ある日突然友人から私の所へと連絡がきた。最近会っておらず、電話すらもあまりしなくなっていたので少し驚いた。
しかし久し振りの友人からの電話の内容が"今すぐ家へ来てくれ"ということだけだったのも気になるところだが、電話越しに聞いた彼の声がひどく弱り切っていたのが最も気になるところであった。一体どうした、重い病気でもしたのかと聞くと彼は、今は言えない、家まで来てくれれば嬉しいとそれだけ言ってそれ以上は何も話そうとはしなかった。
彼の家までは車で四時間はかかる。それも彼と中々会えない原因の一つだった。
十八時に出発し、到着したのはもう二十二時過ぎだった。彼の家はあまり人の通らない郊外にある。車を駐め、彼の家の前まで歩く。
さて、ドアの前に立ち、チャイムを押すのだが一向に返事は無く、不気味な雰囲気を孕んだ時間が過ぎる。もしや彼に何かあったのではないかと私は焦り、ドアを叩き、彼の名前を呼ぶ。そしてしばらくして、それに応じるように弱々しい声が家の中から聞こえる。
「あぁ、お前か、やっと来てくれたのか。さあ入ってくれ、これ以上一人の時間が長く続くようだったら自殺でもしてしまうところだった……」
ドアを開け、そう言って家の中へ入ることを促す彼は私を玄関まで入れ、ドアを閉めるまでずっと何か落ち着かない様子だった。
彼の声は電話で聞くよりも更に弱々しくなっており、体もやせ細ってしまっていた。一体何が彼をここまで追い詰めたのかは私には想像もつかなかった。
居間に私を案内した彼は、茶を淹れて来るからテレビでも見てくつろいでいてくれと私に言って、台所へと向かった。
待っている間に私は色々と、昔のことを思い出した。思えば彼にきちんと会ったのもこれが三年振りほどではないだろうか。
高校生時代はスポーツ万能、成績優秀であり密かにライバルであると感じていた彼が、これほど弱っている姿を見るのは耐え難かった。
さて、茶を淹れ、戻ってきた友人は私と対面する形で座布団に座り、その口を開いた。
今思うと、こんなことをお前に話してもいいのか、それで解決するのかはわからないが、と始まった彼の話は、軽口を交えた昔話でも思春期さながらの恋の悩みでもなかった。それは次のような話であった。
一ヶ月程前の事、彼は仕事で夜中に帰宅した。そのまま着替えもせずに居間に寝転んでいると、何処からか澄んだ歌声のような、赤ん坊の泣き声のような、また猫の発する断末魔のような声が聞こえたという。その声は穏やかであると同時に凄まじく恐ろしく、原始からの恐怖が呼び覚まされるようなものでもあったという。
とにかく一瞬にして脳の許容を超えるような恐怖を感じた彼はすぐさまその場に耳を塞いでうずくまり、そのうちに寝入ってしまったらしい。
翌朝になって彼はそれを夢であると結論付け、いつも通りに出社した。しかしそれが幻聴でないとの確信に至るまでそう時間は要さなかった。というのも再び夜中に彼はその声を耳にした。脳の深部にまで響き渡る恐怖の声を二度までも聞かされた友人は発狂しそうになり、またその場にうずくまっているうちに朝を迎えたという。
そして5日目の夜中、彼は更に恐ろしい事実に気が付く。声が、遠くから聞こえたものがだんだんと近付いているというのだ。初日は山の向こうから響いてきたようなその声が、だんだんと確実に近付いて来ているらしい。そして昨日はもはやすぐ近くからその声が聞こえたのたが、とそこまで話すと彼は急に口を閉じ、視線を泳がせぶるぶると震え始めた。一体どうしたのか彼に尋ねると小声で
「お前には聞こえないのか?今、あの声がするんだ……かなり近い!もう家のすぐそこだ!あぁ……お前には聞こえないのか……どうしたらいいんだ、あぁ神様……」
そんなことを口走り、その後もずっとブツブツと何かを喋っていた。
しばらくして彼が突然立ち上がり、金切り声のような悲鳴を上げて一気に玄関の方まで走り抜け、家を出て行ってしまった。
私は声は聞こえなかったとはいえ、彼のこれまでの尋常ならざる態度に恐怖を感じ、一人で居ることが耐えられなかったので大急ぎで彼を追いかけようとして彼の家を出た。
しかし私は玄関先で人を見てしまった。後ろ姿だったのでそれが男か女かどうにも判別がつかなかった。これ程異常な状況であったが何故かその人物の正体が気になり、私がひとつ、"おい"と叫ぶとその人物はゆっくりとこちらを振り向いた。
その顔を見た私は。