最後と聞いていた戦いが終わってそのまま、いつかのように死体の処理をしている。
地理をまるで知らないせいでどこにいるのかよく分からない。エスルアスという都市だとは聞いたけど、それがどこで自分がどこから来たのか知らないので意味がない。
「今日はこれで終わりだ! 明日に備えて休め!」
死体のほとんどを積み終わり、神官様たちが燃やし始めたあたりで降って来た指揮官──ボミクからの嬉しい言葉に沸き立つ仲間たち。
軍を分けても俺の指揮官は変わらず。変わったらまた話さなければいけないかと憂鬱だったから嬉しい。
どんな言葉が失礼になるかわからない人とはできるだけ話さないのが一番良い。
そして死体処理を残った兵たちに任せず自分たちでやっているから薄々気づいていたが、七度の戦いをようやく終えて一段落か。
かなりの長丁場になった。戦っている時間はそこまででもなかったが、感覚として。
あたりを見渡せば死体を持ち立ったまま舟を漕いでいる人、
皆もう疲れ切ってるな。これが明日も続いたらまずそうだ。
「ようやくだな。くぁああ……終わりだって分かると一気に来るな。泥のように寝てやる」
「その前に飯じゃない?」
大口を開けてあくびを吐き出すセン。あくびが出切ってもまだ元に戻していない目はほとんど閉じている。
俺も似たような感じだ。肉体の方はまだそこまで疲れていないけど、精神の方は少しくたびれてきた。
「ああクソ、そうじゃねえか。飯を食うのが億劫に思えてくるなんて産まれてこのかた無かったんだがな」
「そうなんだ、腹減ってないの?」
「俺はアグナほど頑丈にはできてねえんだ。動いた後何度も食いまくれるわけじゃねえ。繊細なんだぜ?」
「はっはは、どこがだ」
センの言う通り、戦に次ぐ戦でひたすらに動いていたので燃料を入れておかなければ干からびてしまうと合間合間に飯を食わせてもらっていた。
基本は肉を固めたのとパン、後半からは丸物野菜もそのままついてきた。肉と生野菜の組み合わせは初めてだったけど案外悪くない。
「まあ飯食えば……おーい?」
俺の言葉に反応がない、多分この流れで寝るとしばらく起きられないだろうから話しかけ続けて意識を繋いでおこう。
「セン! ……これから入る街、エスルアスって言うらしいんだけど聞いたことある?」
「んぁあ……エスルアス……香草の名産地だな。ここのは油に
「へえ。それは凄い、のか?」
「おお凄い凄い、だから毎度買ってんだ。おかげで俺がギルドへ顔出しても注文の前に香草が出てくる始末だ」
耳元で声を出したのが効いたのかぱちぱちと目をしばたたかせ大げさに肩をすくめて笑うセン。半分寝てたな。
そして顔を出すという表現、ギルドが“来る”じゃないんだな。
「センの故郷のビエシクだっけ。そこだとギルドが店を構えてるの?」
「勿論そうだ。アグナの村だとギルドとやりとりするのは行商だけだったか」
「そうそう、馬車とか荷車に色々載せて来てさ。戦が終わったらここで買い溜めしてく?」
「草を片手に褒美を片手にってか。それがいいや」
少しのブレも無い綺麗な突き、大きく弾いてしまうとその勢いを利用されて反転での石突が来るので弾くのではなく滑らせる。
幸い相手の槍は一直線に刃が伸びるだけの飾り気のないもの、途中で引っかかる心配はそう無い。
両手剣を立てるように構えぶつける。火花を散らし脇に流しつつ踏み込む。
その少し前からうねり始めていた魔力が急加速する。恐らく狙っているのは身体前面に炎を纏い距離を離させての仕切り直し。
しかしこれが隙になる。魔法と身体操作、どちらもを完全に意識を緩めず行うことは難しい。
踏み込みは緩めず獲物を手元に寄せたまま体ごとの突き……に見せかけ足狙いの前蹴り。盾の隙間を縫ってのそれは上手く間をついたようできれいに通り相手は膝をつく。打点が変わったせいで踏ん張り方を間違えたな。
魔力の動きは一瞬止まったもののそれで終わる向こうではない、盾で身を隠して動きを知らせないのではなく、こちらにぶつけるほどの勢いで盾を振り上げる。
牽制にもなりつつ能動的に使っての視界遮断。
こうするってことは近距離での戦いになる。槍を短く持ったか腰の剣に持ち替えようとしているか、槍先がまだ後ろに残ってるから剣だな。
そのまま相手が近間に迫ろうと立ち上がりかけると同時に盾越しの手元で魔力がうねる。炎かそれとも更に別のものか、それを判別しきれない。
ただそれが何であれ関係ない。
蹴りで相手に向けた足はそのまま、魔力を足裏から出す。
──ッゴォン!
腰下あたりにぶち当たった魔法はそのまま抜け、向こうは回転し顔から地面に叩き付けられる。暴発した魔力が溢れかなりの勢いの水が撒き散らされる。
隙を逃さず追撃に剣を振りかぶる直前、動きを止める。
完全な死に体。ひとまずの決着だ。
「っち……足からの魔法を実戦強度で。器用にやるな、それが新戦法か」
「これも新戦法です。もう一つあります」
「そうか、ならもう一戦だ。足をそのまま盾で潰すべきだったか。ただそうなれば得意の至近距離で──」
ルッツさんが立ち上がりぶつぶつと反省点を呟きながら装備の点検を始める。
飯を食って後の休憩時間、みんなはすぐさま寝始めたけど自分はどうしても試したい新戦法があったので頼み込んで数戦付き合ってもらうことにした。
駄目元で頼んだが予想外に乗り気だったおかげでこうしてやってもらっている。疲れているだろうに優しい人だ。
「ルッツさんよくそんなに色んな武器使えますよね」
「俺の能は早熟だからな。覚えられる武器戦法の大体は一定域まで修めてる」
「滅茶苦茶凄いです。ここにある武器全部使えるんですから」
端に並べて置かれている剣槍斧槌……その他諸々の十数種の武器。訓練が始まってからの数日で一通りやってくれたが、その全てが高水準のものだった。
「これで肉体の方も伴ってくれば文句無しの超人になれるんだが。現実そう上手くはいかないもんだ」
「ルッツさん身体能力も高いじゃないですか。普通の兵士くらいならなぎ倒していけますよ」
体感だからそこまで正確ではないけど普通の兵士と比べれば赤子と大人……とまではいかずとも子供と大人ぐらいの差はある。
直接戦場で戦っているところはまだ見ていないけどかなり活躍しているはずだ。
「一兵卒と比べれば当然だろうが。超人域での話だ」
「そうなんですかね」
「お前からしたらそう変わらんだろうが、準超人としては力があるが超人には届かない。同じ準超人での一対一なら大体の奴に負けない自信はあるが超人とは三対一以上が大前提、微妙なとこだ」
「でもまだ鍛えれば……」
「八十になって未だ若さ溢れる見目で成長を続ける化け物もいるが俺はそうじゃない。
話題の振りを間違った感じだな。人が弱みだと思っているところをつつくのはよろしくない。それともルッツさんは自分でこういう話をしていても気にしない人だろうか。
どうあれここをこれ以上掘っても角が立つだけだな。関係無い話題に変えるか。
「……やっぱり魔法を複数種使えるのっていいですね。魔力の動きであたりをつけ切れないのが特に」
「あ? そうだな、多重属性の強みはそこだ。お前の場合それ以外は気にしなくていい」
「最初は同時に二種類以上の魔法を使えたら最強って思ってたんですけどね」
「雑魚相手の威圧としては効果抜群だぞ」
ルッツさんは回復含め魔法を四種使え、当然同時に発動することもできるが残念なことに魔法の同時発動はあまり強くない。
より正確に言うと牽制、見せ札としては有用な場面があるけど威力はかなり低い。
回復魔法を使いながら他の魔法を使うと威力が落ちる原理と同じだ。一度に消費できる魔力量は個人個人で決まっている。その量を増やしたいなら鍛えていくしかない。
同時に二種以上の魔法を使おうと思えば、よほど偏った配分にしない限りどっちつかずの威力になって終わる。この前の雷男みたいな要領だ。
そして、と間を置いてルッツさんが続ける。
「お前の魔法やはり良いな。今まで魔力撃を使える奴は様々いたが、ここまでの強度と速度は無い」
「自分もそう思ってます。かなり便利だなって」
「発動までの速度自体も凄まじいものがある。だからこそ俺はあの場の判断を間違えた、魔法を放つ様子が無いとな。全力で放てば二・三発で空になる魔力量以外は満点に近いぞ」
「褒め殺しじゃないですか。嬉しいです」
「俺が褒めてるんだからもっと露骨に喜──」
次の武器をどれにしようかと獲物を漁る俺に声を放っていたルッツさんの言葉が止まる。
同時に扉を抜けて聞こえるいくつかの足音。音の方向へ顔を向ければ思いがけない人たちが。
コルエル様を先頭に討滅隊の方々がぞろぞろと入ってきていた。
武器はそれぞれ帯びているものの防具は着けていない。革の鎧下だけだ。革というのも珍しい、しわのでき具合からして革鎧よりは柔らかそうだ。
軍を分割するときに俺たちとは離れたはずだ。何かあったか、それともここで合流する予定だったのか。負けて退却してきたならご無事で……みたいなことを言うのは失礼だしな。
どういった言葉で始めるか固まっているとルッツさんが繋いでくれる。
「お早い到着で。しかし討滅隊のお歴々がどうしてまた。こいつに何か用でも?」
「察しの通りです。外していただけますか?」
「……そうですか。では存分に」
数瞬言葉を介さず視線をぶつけていた二人だったが、ルッツさんが先に折れ顔を逸らす。
そこまで対抗意識を燃やすというか、食ってかかることかなこれ。
「喜べよお前も。目をかけていただけるなんて光栄なことだぞ」
「はい、嬉しいです」
「はっ……丁度良いだろ、訓練は終わりだ。新戦法とやらも明日見てやる。話が終わったらさっさと寝ろよ」
それだけ言うと俺の返答も待たず武器をまとめて行ってしまった。
ルッツさんが扉を閉めるなり会話が始まる。少し急いでいるのか、聞きたいことはあるけど向こうが諸々を話し終わって余裕があればにしよう。
「ご無事で何よりです」
「こちらこそ討滅隊の隊士様がご無事……ああいや、ええと……」
「幸い私たちは一人も欠けることなくこの場にいます」
「ああよかった! ご無事なようで嬉しいです」
一応フラウスさんに軽く敬語を教えては貰ったけど流石に付け焼刃すぎて無理がある。変に背伸びをして大火傷しかけたけど助け舟を出していただいて何とか会話の形になった。
フラウスさんが一瞬口を結び、また会話が続く。
「それでは本題に。私たちは悪魔の姦計の阻止に失敗しました、もう間に合うことはないでしょう」
「え?」
「私たち聖教の手抜かりが招いた事態です」
「いえ、そんなことは。詳しい話を聞かせていただいても……」
どういうことだ。いきなりとんでもない情報を叩き付けられたせいでまるで状況が飲み込めない。
そんな俺の様子を見て取ったのかコルエル様が言葉を付け足す。
「ジーナでの上級悪魔、覚えているでしょう」
「はい、それはもう」
「あの悪魔の振る舞いに違和感を覚えませんでしたか?」
「んん……?」
これまた予想外の言葉に少し考え込むが、違和感は特段あると思わなかった。
感情の上下が極端だったとかの話か?それとも長年悪魔と対峙してきたであろうコルエル様だから気付いた違和感なのだろうか。
これ以上待っていても答えが返っては来ないと判断したのか続ける。
「あの時悪魔が自らの醜態に痛憤を吐き出していたのは事実、あなたの強さを見誤ったのもまた事実。むしろアグナ殿の強さそのままを想定して行動することは杞憂に近い」
「それは確かにそうですね」
何度か戦って、色んな人と交流して分かったが俺は前提の部分で省かれる人間だ。
可能性を挙げても“そんなこと考えていたら何も出来なくなるだろう”で終わるからそもそも真剣に考えることがないと言えばいいのか。
そこらにある開拓村からいきなり超人を殺せる奴が出てきました、なんてことを想定するなら実際何もできなくなってしまうから仕方ないとは思うが。
「しかしそれでもあなたとバラガの戦いに加勢するべきだった。あの場から離れ儀式を一からやり直すことになったとしても」
バラガは雷男だったか。で、あの場を離れたらあの場でやってた儀式が振り出しに戻ることになると。結構な日数かけたようだからその日数分の苦労を捨てるかどうかで迷ったのかな。
「なるほど、結局儀式が出来ないならまだ俺殺した方がいいですもんね」
「決着までの時間は凡そ二十秒前後。悪魔特有の慢心で遅きに失したということも充分有り得ます」
「どっちを取るか迷って気付いた時には……みたいなことですか?」
あの城塞から儀式を中断して出てきて雷男と共闘でもされたら……と考えると怖いものがある。
雷と死をまるで気にしない悪魔の組み合わせはかなり強い。雷で動きが鈍ったところを邪魔されるだけでも結構辛い。
なのに儀式の方にこだわってたのは単純にあいつの失敗だ。だと思う。
「そう、大凡の部分に真実が入り込んでいた。しかし気がかりなのは滅される直前にあって尚地獄門の役割を放棄しなかったこと。通常の魔術使用に切り替えていればまだ隊士の一人二人を道連れにできる可能性もありました」
「頭に血が上ってて無理だったんですかね」
「焦りや怒りで正常な判断が出来なかった、それも無いとは言い切れません。ただ、あれに私は演技のようなものを感じました」
確かに少し過剰だった……か? 今までの戦いで何度か悪魔とやったが、弓男とジーナの悪魔以外は話す前に潰しているからそういうものなのだと思っていた。
「この機微はアグナ殿にはまだ難しいことですね」
「はい、いまいち分からないです」
「では……元々開戦直後、オーレール首都コォゼに状況説明を求める使節団は送られましたが──」
「文字通りの門前払い、街を囲む外門すら跨がなかったと聞きました」
これもまたフラウスさんに魔法の練習がてら教えてもらった。魔法の練習中は話しかけられることが多い、というかほぼ全ての時間喋っている。
実戦想定なら思考にかかる負荷は増やせるだけ増やした方が良いとのことでそうなっている。
「対応としては下の下。当然本国から神官たちを引き連れ強制審理が始まることとなりましたが、ほぼ同時期に聖都の周辺での悪魔召喚が多発」
「狙ってるみたいな間の合いようですね」
「その推測で間違いはないと思いますよ。結果その対処に追われ私たち討滅隊の差遣数は大幅に減らすこととなりました」
それでルッツさんと少し折り合いが悪そうな感じだったのか? 期待よりも増援が少なかったから。
いやでもそんなに大人げない人じゃない、はずだ。
……今は関係ないか。
「聖都は悪魔から最も狙われる場所の一つ。当然魔なるものからの防衛策は練り上げられています。それでも尚妨害を通した周到さと、あの場での
「そう聞いているとおかしく思えてきますね」
俺の返答が期待通りだったのか手を取られる。その体と同じく女性なのにかなり大きい。
「そうです。単純に連携不足の可能性もありますが。どれほどの知恵者であろうと大局を見て思う
「そうなんですか? でも指揮官様とか凄く先を見て行動してるような気が」
「誰もが……その指揮官も推測と経験則を混ぜ目の前の物事に対処しているだけです。ですから有り得ない行動をしたオーレールにクザーンは後れを取り、有り得ない存在であるあなたにオーレールは後れを取った」
俺より遥かにものを知っているコルエル様が言うならそうなんだろうか。
しかしどんどん話が不穏になってきた。今の時点でもうこれ以上を聞きたくないけど、聞かないと後々困るんだろうな。
「王都への超人襲撃にクザーン国内への通常兵力の侵攻、戦略も何も無い前のめりな攻勢は領土内の対処に集中していろと言っているようなものです。運良く指揮を任せた者が優秀だっただけで本来は力押しだけの考え無しです──と見せつけているようなわざとらしさ」
「そういった懸念を鑑みて首都を伺う為の隊をいくつか遣った。ジーナ攻略直後の話だ」
後ろに控える隊士様が補足を加えてくださる。
次が一番聞きたくない部分だろう。何故か嫌な予感は当たるんだ。
「斥候の伝える様はまさしく魔都。悪魔と
「な……なるほど」
溜息が出そうになるのを抑えて言葉を捻り出す。
もう手遅れ、どう足掻いても悪魔どもの思い通りになる部分が出てくるか。今までにないくらいに気が滅入ってくるぞ。
視線を交わしたコルエル様が言外に伝えてくる。まかり間違っても首都への単騎駆けなどはするなと。流石に迎え撃つ気満々の敵に突っ込むほど俺も命知らずじゃない。
そんなことが頭に浮かんだ直後、コルエル様が腰を折って頭を下げる。
「本来ならこの惨状に至る前、戦が始まる以前にオーレールの動きを知っておくべきでした。全ては私たちの責任です、今一度の謝罪を……」
「いえいえいえっ! 自分に謝ることは何もないです!」
そもそもコルエル様は別大陸から来た、ここに関わることもほとんどなかったであろう人だ。本当に謝る必要がない。
「お優しいのですね」
「優しいというか……コルエル様には何も悪いところはないですから」
肩を掴んでようやく顔を上げていただけたコルエル様がぐいっと顔を寄せてくる。
そういうことじゃないと分かっていても女性とここまで顔を近付けるのは気恥ずかしい。思わず後ずさりをするが下がった分だけ詰められる。
「──では最後に。アグナ殿にこうして状況を説明した理由は一つ。覚悟を決めて欲しいのです」
「……はい?」
「これより始まるのは地獄の現出。怨讐渦巻く絶望の戦地」
俺の予想外をよそに言葉は止まらない。
「その只中であなたは希望になれる。悪魔に立ち向かう原動力となり得る」
実際今の時点でそんな感じの人はいるもんな。
「今はまだ曖昧なあなたへの尊崇に、形を与える」
……ああ、そういうことか。
「あなたには聖人になっていただきたい」
万能の父
・神の尊称の一つ
・他にも万能の母の女性解釈、万能の主の無性解釈がある
・聖教としては聖典の描写からしてどうとでも解釈できるんだから好きにしなよという姿勢
ルッツ
・単純に新戦法が見たかった