ワイ『ダンボールは万の事に使いけり』 ミヤコ『流石です師匠』   作:\コメット/

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記念すべき10話目です。色々ありましたが、ここまで書き続けることができたのも読んでくださる皆様のおかげです。ありがとうございます。

よって、今回は情報量の無量空処とします。




10 あの日、彼は光を見た。

 

 

「雨だな...」

 

所確幸との一悶着から数日後。

大雨特別警報が出されたキヴォトスは、交通規制もかかるようなちょっとしたパニックに陥っていた。

 

「うわぁ...これまたすごい量だ」

 

建物や人、それらに容赦なく叩きつける暴風雨。

持ち運び用のノートパソコンで雨雲レーダーと降水量、そして目の前で絶賛大降り中の雨粒を見比べて、モエは驚きの顔を見せる。

 

「機材の避難が間に合ってよかったです。防水に対応していませんので、危うく買い直すところでした」

 

「金は無いからそれは無理だけどな」

 

「撤収まで...手際良かったですね...」

 

「天気予報は随時チェックしている。それにこの時期、風も雨も強くなるのは分かっていた」

 

今朝はセンの大声から始まった。

洒落にならない暴風雨が来るため、機材や装備を避難する、と。

何をそんなに慌てて、と最初は困惑気味の隊員達だったが、片付けも中盤に差し掛かったところで強まった雨足に、彼の予測は正しかったのだと痛感。

それからはペースを早め、どうにかこうにか子ウサギ公園からの一時撤収にRABBIT小隊は成功していた。

 

「商店街、本当に良い人たちばかりだ。まさかコンテナを無償で提供してくれるなんて...」

 

「ねー。荷物運ぶのも手伝ってもらったし、頭が上がんないよ」

 

「排水路を掘るのも...私達だけじゃ何時間もかかってただろうし...ありがたいね...」

 

「これも日々の行動の結果ですね、師匠」

 

「ああ。見ている人は、ちゃんと見ているんだよ。良い側面も、悪い側面も」

 

ミヤコ達の行いを評価するのは、民衆だ。

彼らは今回のように味方になってくれることもあれば、行動を吟味した末に敵になることもある。

こうして良好な関係を構築し、維持するのも必要な事だ。

 

「それにしても、私はセンのことだからてっきりダンボールで雨風を凌ぐと思っていたのだが」

 

「は?ダンボールが自然災害に勝てる訳ないだろ。いい加減にしろ」

 

「その通りです」

 

「...ん?これって私がおかしいのか?」

 

「むしろおかしい奴らに嵌められた被害者だよサキは」

 

鮮やかな、そして実に酷いハシゴ外しを前に、珍しくモエがサキにフォローを入れた。

常にダンボールへ異常なまでの執着と信頼を見せていたセンを普段から見ていれば、そういった発想に至るのも無理はない。

 

「おまえ達も知っての通り、ダンボールは万の事に使いける万能具だ。ただ、当然弱点もある」

 

「炎と水ですね」

 

「如何にも。炎の方については対策を考案できたが、水についてはサッパリだ...」

 

「寧ろ炎は対策できるのかよ...」

 

爆風で吹っ飛ばされ、火炎放射器で燃やされたのが記憶に新しいダンボールバリケード。

あれをどう改善して炎に対抗するのか、気になるところだ。

 

「いつか披露する事になるだろう。心して待て」

 

「ワクワクです」

 

「です...」

 

「ミヤコとミユだけだよ」

 

「...それで、これからどうするワケ?」

 

お喋りはここまでに、モエは現状についての話を切り出す。

現在、RABBIT小隊は子ウサギ公園を後にし、シャーレオフィスに店を構えるエンジェル24のイートインスペースを雨宿り場所にしていた。

 

「どうするも何も、止むまで待つしかないだろう」

 

「第一、なんでシャーレのコンビニ?公園の近くにもっとあったと思うケド」

 

「仕方ないだろ。その辺のコンビニは全部センが出禁食らってて、最後に残ってた店からも追い出されたんだから」

 

「やはり充電スペースでタコ脚コードは駄目だったか...」

 

「その所業はコンビニに喧嘩売ってるだろ」

 

「師匠、食品を持ち込んで食べていたのも理由の一つかもしれません」

 

「しかも...カイザーコンビニにエンジェル24のお弁当を持ち込んでたのも大きいかと...」

 

「杜撰な食品管理に対する無言の抗議だよ。カイザーのコンビニ飯は、いかんせんコストパフォーマンス重視で味が物足りん。その上期限当日の品の取り替えも遅い。少しはエンジェル24を見習えというものだ」

 

「えへへ、ありがとうございます」

 

センの批評を聞いていたのか、レジにて暇を持て余していたアルバイトのソラがパーッとした笑顔でRABBIT小隊の近くに立った。

手の中にはエンジェル24チキン、略してエジェチキが人数分あり、よろしければどうぞと一人一人に手渡してくれる。

 

「いいのか?私達、払えるようなお金は...」

 

「この雨だと今日はお客さんあまり来ないと思うので...どうせ余ることを考えると、商品が勿体無いです。気にせず食べてください」

 

「すまない、礼を言う」

 

「ありがとうございます」

 

「い、いえいえ!RABBIT小隊の皆さんにはいつもお世話になっていますので。そのお礼も兼ねさせていただければ」

 

店員としてはアウトな行為だが、気持ちは有り難い。トテトテとレジに帰っていくソラを微笑ましく見届け、五人はチキンにありつく。

パリッとした衣、ジュワッと肉汁たっぷりの中身、雨模様で冷えかかっていた身体がみるみるうちに暖まっていくのを感じる。

 

「やっぱ美味いね、エジェチキ」

 

「これを買っておけば間違いない商品ですね」

 

人気の品らしいが、立地条件が悪いため何かと売れ残ってしまうとのこと。

契約上このチキンも弁当と共に貰えるが、なんとも複雑なのが正直な話だ。

 

「必ずやデモを成功させて、ソラさんの気持ちにも報いなければ」

 

「その通りだ。俺たちは五人で戦っている訳ではない。それを常に忘れないことだ」

 

「はい」

 

「なら、ずっとここで大人しくしてるわけにもいかないだろ」

 

「雨中訓練でもする?」

 

「いや、この際だ。一つ授業といこうか」

 

そのままでいいからまぁ聞け、と先にエジェチキを平らげたセンは四人の前に立つ。

 

「現在キヴォトスが抱える最大の問題、なんだと思う?」

 

「もぐ...犯罪数が...増加傾向にあることでしょうか...?」

 

「各学校間の関係が拗れてること?」

 

「いい線行ってるが、違うな」

 

「ならこれしかない。SRTが閉校したこと、だろ?」

 

「フッ」

 

「おい、鼻で笑うな」

 

「───連邦生徒会長の不在、ですね」

 

「正解だ」

 

ミユ、モエ、おまけにサキ。

三人の答えは、全てミヤコのアンサーに収束する。

 

「連邦生徒会長、彼女が失踪する前のキヴォトスは平和そのものだったが、今となってはその面影すら無い。違法兵器の流通量は失踪前と比べて2000%増加。さらに七囚人の脱獄、犯罪件数は日を追うごとに増加の一途を辿っている」

 

「数字がおかしすぎる。2000?」

 

「それだけ、彼女の抑止力は凄まじかったということだ。手腕は言わずもがな、カリスマも歴代屈指ときている。学校間の仲も、今ほど拗れてはいなかった」

 

「どんだけすごいのさ、生徒会長...」

 

「そんな彼女の政権の一端を担っていたのは、他でもないおまえ達SRT特殊学園だぞ?」

 

他自治区への強制介入権、強力な火器の使用。

これらを生徒会長の権限により認められたSRTは、政権と平和を脅かす者達への対抗手段、反則的なアンチテーゼとなり、法の番人として君臨していた。

しかし、飼い主がいなくなってしまった今、武器と技術だけを磨き上げた兵達の行き場は無くなり、閉校という措置を取らざるを得なくなった。

 

「早い話、連邦生徒会長が帰って来ればこの状況もどうにかなるんじゃない?」

 

「今は何をしているのでしょうか...」

 

「以前、ヴァルキューレと連邦生徒会総出で捜索活動をしたらしいが、それでも見つからなかったんだ。考えたくもないが、恐らく...」

 

死んでいる。

サキが言いかけて止めたのは、言わずともそこまで出せば他も察すると思ってのことだ。

ミヤコ、ミユ、モエも、同じ結論である。

ただ、センは違った。

 

「いや、あの人は生きている」

 

かもしれない、ではない。

生存を、彼は断言した。

 

「その根拠は?」

 

「俺に劣等感を抱かせた人が、そう簡単にくたばる訳がないだろう」

 

初めてチェスで負け、初めて自身の上を行く発想を目の当たりにし、初めて下に就きたいと思った。

そう思わせた人物が自分を差し置いて亡くなっているなど、あり得ない。

 

「師匠は、連邦生徒会長とお知り合いなのですか?」

 

「言ってなかったか」

 

「初耳だぞ」

 

「ヴァルキューレ中等部に編入した頃、連邦生徒会からスカウトを受けてな。そこで二校を兼任する形で、戦術予報士や他諸々の仕事をこなしていた」

 

「そんな経歴今まで黙ってちゃダメでしょ...」

 

「聞かれなかったからな」

 

「それは...まぁ、その通りだが」

 

聞けば、センは渋らず答えてくれる。今まで言わなかったのは、言う必要が無いと彼の中で思っていたからであって、決してRABBIT小隊を信用していないからという訳では無い。

 

「ヘッドでも勝てないと思った人っているんだ」

 

「は?負けてないが?」

 

「負けず嫌いか」

 

「...この際だが言うが、確かに、俺は彼女に敗北した。完膚なきまでにな。だが、忘れもしない125戦目。三徹の会長を攻め立て見事勝利を掴み取った。思い出すよ...あの時の自分を。実に誇らしい」

 

「誇るな恥じろ」

 

会長と対戦するまでチェスでは負け知らずだった彼にとって、敗北は屈辱の一言だった。

幾度も挑めど勝てず、その末に正攻法では無理だと悟ったセンは、50戦目の時点でゾンビ戦法を敢行。ようは数をこなしてワンチャンスを狙ったのだ。

負けても挑み、負けても挑みを繰り返し、それは休み時間や執務中も続いた。流石に片手間にあしらわれた際は心が折れそうになったが、それでも彼は自前でバトルサーチャーを連続使用するかの如く勝負を仕掛け続ける。

一方の連邦生徒会長も、ここまで執拗な後輩は初めてだったようで興が乗ったのか、全てを全力で迎え打った。

そして、眠ることも忘れ仕事と遊戯をこなす二人を見て、いつしか他の役員達は哀れという感情を振り切って畏怖を抱く。それに乗じてモモカ主導で果たしてセンが勝つ日が来るのかの賭け事まで始まり、連邦生徒会内での一大ムーブメントと化した。

 

終わりは、案外呆気なかった。

 

さしもの超人である生徒会長も、三徹もしていれば判断力も鈍る。故に、常人では気づかずとも対峙する相手からすれば致命的ともいえるミスを犯してしまい、同じく三徹のセンは意地と執念で今後訪れるかどうかも分からない隙を攻め続け、結果勝利を収めたのだった。

チェックメイトを突きつけた時は年相応にはしゃぎ、その場で気絶するように就寝。連邦生徒会長も同じく、勝者を讃えた後に寝落ちした。

朝を迎え、出勤してきた役員達が目撃したのはソファの上で会長がセンを膝枕しながら寝息を立てている姿。

一時期変な噂が立ち、一人の役員の昼食の量は増加、ついでに会長が最強だと信じていた絶壁ピンク髪の脳も破壊した。

センが中等部一年生、会長が中等部二年生時の出来事である。

 

「師匠が勝てない...コホン、勝つのが難しいお相手が、キヴォトスに存在するなんて...」

 

「挫折で人は強くなる。今の俺があるのは、俺にソレを味合わせてきた者達との戦いの記録があるからだ」

 

「どんくらいいんの?」

 

「鬼怒川カスミは例外として、戦ってはいないが空崎ヒナに剣先ツルギ、この二人は単騎で戦略を崩壊させるレベルで他とは隔絶している。過去の記録を参照したが、どちらもセーフティを外せば記録以上の成果を叩き出しただろう」

 

「ゲヘナ風紀委員長と正義実現委員会の委員長か...納得だな」

 

「そういえばアビドスにも一人いたな。頭でっかちの大馬鹿が」

 

「アビドスって...砂漠地帯の...」

 

「ああ。砂漠化に伴って有効打にならない対応策に金を投資し続けた結果、借金地獄に見舞われた学校があってな。俺個人で返済のための投資について話を持って行ったりしたのだが、手酷く追い返されたよ」

 

「ミレニアムのダブルオーはどうなんだ?トリニティにも、確か素手でコンクリートをぶち破るような人がいると最近聞いたぞ」

 

話を聞くのがなんだか楽しくなってきたサキ。キヴォトス中で名の知れた猛者達を、次々と挙げていく。

 

「後者は知らんが、前者は有名だな。コードネームの00とは約束された勝利の象徴、ことタイマンでは負け無し。本人からも実際に話を聞いたが、実に勉強になった」

 

間近でダブルオー...C&C美甘ネルの戦闘を見る機会があった。

戦術レベルで作戦に組み込める程に、彼女の実力は凄まじい。鬼神とは、まさにあの戦いぶりを称するのだろう。

しかし、同時に対抗策も芽生えた。

 

「恐るべきは反射速度と反応速度。常人とでは比べ物にならないその二つに対抗するには、対応不可能な物量の攻撃を浴びせ続けるに限る。そうすればいずれ倒せる」

 

「脳筋だな...」

 

「あとは、おまえ達のような精鋭部隊をぶつけるとかだな」

 

「おぉう...急に、きたな」

 

「俺の指示ありきではあるが」

 

「それでも、勝てるんだろ?」

 

「ああ」

 

突然の白羽の矢。それも、ダブルオーに勝てるというお墨付き。

サキ以外の三人も、心躍らずにはいられない。

 

「空崎ヒナや剣先ツルギとの違いは、一度の攻撃による多数への殲滅手段の有無だ。美甘ネルにはそれが無い。心得はあるだろうが、2丁のサブマシンガンでは限度がある」

 

「なるほど、そこを突くということですか」

 

「ただ、知っての通り彼女はタイマンは好きだが必ずしも一人でいるわけでは無い。C&Cという組織に身を置いているからな」

 

「...つまり、ダブルオーと相対する時は決まって他のメンバーとも戦うことになり...」

 

「け、結局負ける...?」

 

「言い切りはしないが、勝率は低くなる」

 

「期待して損したー」

 

指揮官に依存しっぱなしで、あたし達に勝てる訳ねェだろォ!と活き活きしながら胴体を蜂の巣にされる恐れもある。侮れない。

 

「師匠、私達もC&Cと同等以上の練度を積めば、勝つことは可能でしょうか?」

 

「それについては可能だ。そうなる覚悟とビジョンがおまえ達にあればの話だが」

 

「あります。誓って嘘は言いません」

 

「なら、今後の扱きは覚悟しておけ」

 

「はいっ」

 

良い返事に、少年は少女の頭を撫でる。

所確幸との一件以来、何かとこういったスキンシップが増えた二人。例としては、問題に正解した時、高スコアを叩き出した折にセンがミヤコを褒めるべく撫でるといった具合だ。

ありとあらゆるハラスメントが問題視されるこの世の中、これも捉え方によってはセクハラに当たるのではないかという意見もあるが、当のミヤコは満更でもない様子。

目を細め、しっかり男子している大きな手に頭を預ける小隊長の姿は、幸福そのものだ。

 

「む...」

 

それに対して、ヤキモチを焼く者一名。

ご存知堅物、空井サキである。

『ならそのヘルメットを外せばいいのに...』とモエは思うだけで口には出さない。

なぜなら、黙って眺めている方が面白いから。

 

「あ、あの...他にはいますか...?センさんがその...認めた方って...」

 

若干空気が湿気てきたのを察し、換気のためミユが話題を戻す。

 

「戦闘面ではその三人だな。あとは...おまえ達も会ったことがあるぞ。公安局局長の尾刃カンナ。彼女の尋問官としての腕はキヴォトス屈指だ。強面なところといい、俺には真似ができん」

 

「本人はそれで苦労なさってそうですけど...」

 

偶然ミヤコが街中で見かけたカンナは、迷子を保護したはいいものの目つきの悪さと鋭い歯が災いして延々と泣かれていた。幸い母親が近くにいたため事なきを得ていたが、去り行く二人を見送る彼女の背中には哀愁を感じずにはいられなかった。

 

「他には...いや、これはどうだろうな」

 

「まだ誰かいらっしゃるんですか?」

 

「ああ。ただ随分と昔、中等部に入学する前の話だ。同い年でとても頭の良い子がいたんだよ。記憶力が抜群に良かった。塾が同じで、そこで行われた試験で負けて、一方的にライバル視していた。俺も会長と出会うまではガキだったからな」

 

「その方は...ヴァルキューレにいるんですか...?」

 

「いや、ミレニアムに入学したと聞いた。俺もそこの特進クラスを受かりはしたが、当初の目的はヴァルキューレの警察学校に入ることだからな。一応の滑り止めに過ぎない」

 

「み、ミレニアムの特進クラスって、余程の頭脳が無いと合格できないなんて噂があるあの...?」

 

「ヘッドって実はマジですごい奴なのでは...?」

 

「他にも山海経、レッドウィンター、百鬼夜行、ハイランダーを受講したがどれも当初の目的を超えるようなメリットを感じなかった。山海経は門主が今のお方なら、考えたかもしれん」

 

「ゲヘナとトリニティは受けなかったのか?」

 

「前者は当時の生徒会がキナ臭くてな。その勘は正しかったようで、俺が中等部三年の頃に生徒会長が失脚したよ。今は多少マシになったが、エデン条約のこともあってか未だ侮れん。後者は、そもそも受験資格が無かった」

 

「昔のゲヘナって、どんな感じだっけ」

 

「さぁ...私たちがSRTに入学する前だからな。先輩たちなら知ってるかもしれないが...」

 

「あの、師匠。お話を中断してしまうのですが、質問よろしいでしょうか」

 

センに関しての情報の嵐が吹き荒れる中、ミヤコがそこに割って入る。

 

「なんだ?」

 

「当初の目的、というのが気になりまして...師匠がヴァルキューレ警察学校に入学した目的とは、一体何ですか?他の学園への入学を蹴ったということは、それなりの理由があると...」

 

「───そういえば、言ってなかったな」

 

他人を詮索しておいて自身のことを話さない。俺の悪い癖だと自嘲気味に笑うと、彼にしては随分と照れ臭そうな顔で後ろ髪を掻いた。

 

「笑わないか?」

 

「はい。絶対に」

 

「では...」

 

コホン、と咳払いをし、センは話し始めた。

 

「この学園都市は、犯罪、暴力、汚職、暗躍、上げればキリがない理不尽と廃れた倫理の上に成り立っている。俺がそれに気づいたのは、まだ10にも満たない歳頃だった」

 

『...』

 

「何故こうも悪意が蔓延しているのか。どうして犯罪は無くならないのか。俺は少年期の有り余る時間を使い思考を張り巡らせ...そして、気づいた。ある物が原因だったんだ。ソレはこの社会の至る所に存在する物で、住民にとっては当然のように手元にある、謂わば生活必需品だ」

 

「なんだ、勿体ぶらずに教えろ」

 

「まぁ聞け。全てはそう───コレがあるからだ」

 

彼が取り出したのは、拳銃。

ヴァルキューレ時代からの持ち物ではあるものの、引き金を引いたのがいつなのかも忘れてしまうほど使い古されていない、愛銃とは言えない銃器。

 

「...?」

 

「え...?」

 

理解が及んでいないのか首を傾げるモエ、ミユ。

 

「セン、おまえ...それは本気で言ってるのか?」

 

「ああ」

 

察しの良いサキは、これだけで即気づいた。

曇り無き眼で断言するセンに、彼女は震える。おかしいと笑い蔑むのではなく、その発想に至ったことへの畏怖として。

先んじて気づいたサキに遅れて、ミヤコもまた正解へと至る。

 

「師匠...師匠が掲げる理想は、余りにも...」

 

「そう思っても仕方がない。笑われても当然な夢物語だからな。だが、俺はそれを本気で成そうとしていたんだよ」

 

それは、彼の夢であり、理想であり、野望であった。

現実的に見て不可能と断じられ、罵られても当然な発想であり、暴論とも言える。

 

銃社会の撤廃(・・・・・・)...師匠は、今のキヴォトスとは正反対の政策を打ち立てようとしていたのですね」

 

その思想は、現在を生きる人々からすれば危険分子そのもの、唾棄、淘汰されるべきものだ。

これが意味するのはつまり、学園都市キヴォトスという世界への叛逆である。

 

「いや、いやいやいや。ヘッド、それは...」

 

「無理だと思うか?」

 

「...まぁ、うん。人の夢否定するのは間違ってるけど、こればっかりはね...てか、実際問題不可能でしょ」

 

「確かにな。銃はキヴォトスに古くから根付いてきた文化だ。それを否定することは正しく異端だろう。だが俺は思う。これが自分の身を守る物であってはならないと」

 

キヴォトスにおいて、銃とは自衛の術の一つ。

人の生命、財産を守る道具として扱われ、子供から大人まで、外を出歩く全ての者が必ず持ち歩いている道具だ。

犯罪や暴力の抑止力になる一方で、同時にその二つの害意を増幅させかねない激薬でもある。

現に今のキヴォトスの治安を見ればそれは明らかで、事件や犯罪には必ずと言っていいほど銃火器が絡む。

 

「コレが人の命を守る物であってはならない。その役目は法であるべきだ」

 

「けど、銃が無くなったらそれこそ調子付く奴らが出てくるんじゃないか?」

 

「俺は何も全ての銃を淘汰すべき、とは言っていない。民衆全てがソレを持つがために治安が悪化するのなら、治安を維持する組織に管理を委ねればいい。連邦生徒会、ヴァルキューレ、SRTといった組織にな。そして使用にも制限を付ける。事の大きさ、事態の悪化、本当に使用しなければ一大事に発展しかねない場合につき発砲を許可する、とかな」

 

「加えて、事態の収束した後にその判断は正しかったのかを追求することも必要になるかと」

 

「話が早いな。そう。ようは、しっかりとしたルール、法を敷くんだ」

 

「言いたいことはわかるが、実現するのにどれだけ掛かると思ってるんだ。1、2年じゃ土台無理な話だぞ?」

 

「なにも、短期間で成し遂げられるとは思っていないさ。俺が卒業してからもこの件を次の代へと引き継ぎ、数十年掛けてキヴォトスを書き換える。その足がかりになるような案を二年前に提出して、可決も貰ったんだが関係のないところでやらかしてな。プランは白紙、今やホームレスというわけだ。笑ってくれ」

 

「笑いません。驚いたのは事実ですが、とても素晴らしい思想だと私は思います。SRTの復校がその夢に繋がるといいですね」

 

共感を示したミヤコの言葉の最後に対し、何を言っているんだ?と訝しむセン。

数瞬で納得には辿り着いたようで、首を左右に振った後に彼は言った。

 

「違うな、間違っているぞ」

 

「え?」

 

「俺は別に、おまえ達を利用してもう一度成り上がろうとは思っていない。俺はな、月雪。出会った日の夜におまえが語った、凡ゆる環境状況に作用されない不変の正義という代物を誇張抜きに好ましいと思えた。───いや、違うな。それを語るおまえを、好ましいと思ったんだ」

 

目の前の未熟な一人の兎に、昔の自分を見た。

何もせず、何も成せぬまま腐っていくだけだった惨めな自分の前に現れた少女に、過去の己を重ねた。

彼女の真っ直ぐな精神に触れ...ヴァルキューレと連邦生徒会で自らの信じた正義のために奔走する日々を、センは思い出したのだ。

今、こうして昔のように振る舞えているのは月雪ミヤコのおかげで───つまり、かいつまんで説明すると、

 

「どうしようもなく、俺はおまえに惚れ込んでいるんだ」

 

「───」

 

「今の俺の行動原理は、RABBIT小隊だ。食事を提供してくれた恩義、立ち上がる熱をくれた恩義、俺はそれらに報いたい。夢のために動くのはおまえ達の目標を完遂した後でいい。ただ俺は力になりたいだけなんだよ」

 

いつもの調子で、ハッキリと、捉え方を変えれば告白と見て取れるセリフを、言った。

無論、彼に恋愛観は皆無だ。連邦生徒会やヴァルキューレでも、彼が朴念仁なのはちょっとした噂で、それにより泣かせた生徒も少なくない。

本人はそういう、恋愛感情を抱いたことはあっただろうが、今し方吐いた言葉にソレは含まれていない。

だが、四人はそっちで捉えた。

 

「ん?どうした、揃って顔を赤くして」

 

「...その、あの...えっと...」

 

ミヤコに関しては、湯に当てられた時のようにボンッと頬を紅潮させていた。

 

「(こいつ、恥ずかしがることなくハッキリと言ってのけたぞ...!?)」

 

「(ちょっとちょっとサキ〜。もっと頑張らなきゃじゃ〜ん)」

 

「(うるさい!言われなくても...って、おいモエ。何のことだ。いや、何故知ってる)」

 

「(普段の接し方見れば気づくに決まってるでしょ。ミユも気づいてるし)」

 

「(が、頑張って)」

 

「(く...っ!)」

 

先の発言が関係しているのだろうか。険悪な雰囲気ではないが、小声で何やら言い争っている三人。

何かしらのフォローは入れておかなくては。センは動いた。

 

「これで大体の身の上は話したな。...おまえ達がうるさく言うのも分かる。これまで関係を紡いできたが、急にこんなことを言われて戸惑うななど、それは無理強いだ」

 

「し、師匠がそう畏まることはありません。それに、師匠が望むのであれば私は、今以上の関係構築もやぶさかでは...」

 

ふんすふんす、と少々掛かり気味になって鼻息を荒くし、勘違いをしたままその先へ向かおうとするミヤコだが、ブレーキをかけたのはまさかのセンだった。

 

「...?いや、今の時点で以上も以下もないだろう。今日の会話を通じて、俺はRABBIT小隊とかけがえのない戦友同士になったと思っている。一生物の絆だ。これからもそれが変わることはない」

 

「え」

 

「ん?」

 

なんだろう。今互いにすれ違った気がする。

 

「え、っと...師匠、先ほど仰っていた私に惚れ込んでいるというのは...」

 

「ああ。正義とは不変、それを語るおまえの在り方(・・・)に、な。実に感銘を受けた。暗がりで果てるだけだった俺を拾い上げるほどに...それがどうかしたのか?」

 

「あ、はい。了解です。大丈夫です」

 

「おまえにしては曖昧な返答だな。本当に問題ないか?」

 

「それは、もう、本当に。あまりお気になさらず」

 

「ならいいが」

 

何もよくないが、そこで彼との話は区切りを見せた。

 

「(これは...一筋縄ではいきませんね...)」

 

同時に、ミヤコは気付く。

目の前にいる男が、とんでもないクソボケであることを。だが、こんな初歩で落ち込む彼女ではない。

ミヤコは奮起した。必ずや、この朴念仁且つ唐変木なクソボケを攻略、振り向かせてやると。

 

「サキ」

 

「な、なんだ」

 

「勝負ですね」

 

「...ふ、ふん。望むところだ」

 

火花が二人の間で散る。

それを面白がってかニヤニヤの止まらないモエに、事はどのように転じるのかまるで読めずに冷や汗をかくしかないミユ。

 

「ふ...」

 

自分を取り合っているとはいざ知らず、微笑ましく皆を見守るセン。

 

「ぜぇ...ぜぇ...」

 

両手を膝に付け、肩で息をする先生。

 

「うおっ、ビックリしたぁ!?」

 

突如湧いて出た彼に、モエをはじめ隊員全員が素っ頓狂な声を上げた。

 

「は、はは。驚かせてごめんね...」

 

「ど...どうしたんですか...?」

 

よく見ると、いやよく見なくとも先生はずぶ濡れで、この雨の中を長時間走っていたのが分かる。

 

「この雨だし、みんなが心配でね...急いで公園に向かったんだけれど、テントも何もかも撤収済みだったから何かあったんじゃないかと街中を探してたんだ。無事で良かったよ...」

 

「先生、モモトークで俺に聞けば早かったのでは?」

 

「...あ」

 

「なにやってんだよ先生...」

 

隊員達からはため息が溢れるが、呆れはするものの彼の行動は好意的に受け取っていた。

 

「まぁ、私たちのこと心配してくれてたんだし。そう邪険に扱うのも可哀想か」

 

「えっと...タオル、良かったら使ってください...」

 

「あ、ありがとう」

 

「...先生の考えに、裏表は無いのですね。少し、あなたのことが分かった気がします」

 

「早く帰って着替えるんだぞ」

 

「うん、そうするよ」

 

初見と比べれば、彼女達から先生に対する言葉の棘はいくらか抜け落ちたらしい。

自身の行動が身を結んだのを感じてか、どこか先生も嬉しそうだ。

 

(打ち解けた、とは言えないが関係は以前より改善したようだな)

 

キヴォトスの外から来た者故か、人格者である大人故か、はたまたそのどちらでもない要因によるものなのか、先生は生徒に好かれやすい。

ゲヘナやトリニティ、ミレニアムの重鎮とどのようなやり取りがあって関係を深めたのか、是非とも知りたかったセンだが、単純なコミュニケーション能力と場合に応じて寄り添うか引いて観察するかの二択を適切に選択できるのが先生の強みだと感じた。

 

(俺には無いものだ)

 

無愛想か、そうではないか。二人の違いはこの通り明白だ。

しかし、持たざるが故に起こした行動によって得た仲間が、今のセンにはいる。

 

(存外、俺のコミュ力も捨てたものでは無いらしい)

 

救いようのないクソボケなのはさておき、センは今日という日がRABBIT小隊との絆を深める転換点となったことを、素直に喜んだ。

 

 

 

 




連邦生徒会長は他とスペックがダンチであって欲しい者です。
そして、主人公は思想強めで昔の女にクソデカ感情を抱いていると尚良い。

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