ワイ『ダンボールは万の事に使いけり』 ミヤコ『流石です師匠』 作:\コメット/
何がとは言いませんが、一人増えます。
「私は、自らが学生である間に必ず、学園都市キヴォトスが今より更に平和になるキッカケを、足掛かりを作ります」
四年前のヴァルキューレ警察学校中等部入学式、新入生代表挨拶にてそう宣言した少年を見て、尾刃カンナは開いた口が塞がらなかった。
生活安全局を志望しているにも関わらず持ち前の強面が災いし、キミにはきっと公安局が向いているよ!と先輩上司に諭されて以来、ギラつく歯を隠そうと努めて口を閉じていたのを忘れ、ポカーンと呆けてしまうぐらいには、目の前の光景に圧倒されていた。
「手始めに、このヴァルキューレ警察学校に変革をもたらして見せましょう。先輩方、どうぞ期待と希望を胸に私の後ろをついてきてください」
(とんでもない後輩が入ってきたな...)
他の新入生のことも加味しての宣誓を行うのが常識なのだが、そんなことは彼にとってどうでもいいらしい。
傲岸不遜、自らがこの場にいる誰よりも上であると確信している物言いに、早速周囲はざわめき始める。
変なのが入学してきた、後輩でヘイローも無いくせにあの態度、舐めやがって、なんか面白そう、顔はイケメンだよね、と反応は様々。
未来の公安局のエース、カンナはというと、
(絶対に関わるまい)
確固たる方針を決めていた。
ヴァルキューレ警察学校創設以来の奇人であろう彼に近づけば、面倒ごとはまず避けられない。
少年、ヘイロー無し、あの態度、どう考えても厄ネタの宝庫だ。
今後の学園生活を有意義に、且つ快適に過ごすには、高城センとの接触を極力避けるに限る。
(と、思っていたんだが)
キヴォトスにおける警察機関、ヴァルキューレ警察学校には上が下級生に定めたカリキュラムがある。
駆け出し、見習いではあるものの一年間の学習実績のある中等部二年生。彼女らは、生活に慣れてきた頃の新入生とバディを組み、訓練や授業などを数ヶ月共にしなくてはならない。
バディの基準は学力試験と実技試験の点数を足した合計値によって決められる。
学年平均値の二年生は同じく学年平均値の一年生と。
二年生の中でも点数の低い者は、一年生で優秀な者と。
そして、将来を有望視されている二年生は、落ちこぼれ一年生と。
カンナは三つ目の部類だ。伊達に公安局に推薦をされていない。
そんな彼女の気になるバディはというと、
「高城センです。若輩者ですが、どうぞよろしくお願いします、尾刃先輩」
「いやなんでだぁ!?」
普段の冷静さを欠き、カンナは叫んだ。
ハッとして、ブルブルと首を左右に振り頭を冷やしつつ───頭は抱える───彼女はいくつか尋ねた。
「コホン...キミは、たしか一年生代表生徒だったな?」
「ご承知の通りです」
「代表生徒になるからには、優秀な成績を収めているわけだな?」
「はい。入試では満点でした」
「...在学中の学力低下、か?」
「いえ、前回の試験でも学年一位です」
「...キミも、バディを組む基準は聞いているな?」
「学力と実技を足した点数によって決められる、と聞いています」
「ああ、それで合っている。なら、なぜ私となんだ?自分語りでは無いが、私も二年生では筆記実技共に首席なのだが...」
もしや上の手違いか?ならば早急に報告しなければ、と思い至るカンナ。
その思考をセンは停止させる。
「いえ。先輩と違って、俺が一位なのは学力だけで、実技に関してはドベです」
「...ドベ?」
「はい」
「ドベとは、最下位やビリを表すあのドベか?」
「はい、そのドベです」
尾刃カンナは頭を抱えた。
それぞれの満点が100として、彼は学力100、実技は10。結果、平均55点を叩き出し、見事首位と最下位という天地に分かれた二冠を達成した。
実技10点の内容は出席点と意欲点であり、試験に出れば必ず全員貰える点数である。
実質、彼は実技0点なのだ。
「...学力一位を取ろうと、二つ足しての平均では学年最下位。よって私とのバディが実現したと」
「その見解で間違いありません」
他にも彼より平均が低い落ちこぼれがいるのでは?とも思ったが、どうやらいないらしい。
理由は、センが学年全体の学力UPを図り勉強会を開催したからだ。
これにより筆記試験の平均点は軒並み向上したという。
そこに得意とは言えなくともセンよりかは数段マシな実技の点数がプラスされ、一年生全員の平均は彼を超えた。
「ヘイローが無いから、と同情はされましたがそれは間違いです。俺の運動神経の無さは他の一般人と比べても群を抜いています」
「誇らんでいい」
むふーっと何故か自信ありげに胸を張るセンに、思わずツッコミを入れるカンナ。
ちなみに学年での彼の立ち位置だが、早くも指揮官として人気を博している。
最初は変人と煙たがられていたらしいが、学年平均への貢献、意見書の提出などを率先してやってくれるという彼を学年のほぼ全員が支持した。
運動ができないのも普段の態度とギャップがあり、愛嬌として捉えているのだとか。
「先輩の噂は予々耳にしています。なんでも、公安局からのスカウトもあったとか」
「少し尾鰭がついている。正しくは推薦だ。尤も、断りを入れるつもりだが...私は生活安全局志望でね」
「それは...頑張ってください」
「無理な同情はいらない。私も分かっているさ、この顔が市民と接する機会の多い部署に向いていないことくらい」
「この仕事で重要なのは気持ちですよ。そこに人相は関係ありません」
「そ、そうか」
気を利かせたのか、それとも彼にとって当たり前の回答なのか。再度意表を突かれて動揺する彼女だったが、切り替える。
「少々喋り過ぎたな。なんにせよ、組むと決まったからには最後まで付き合おう。よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
両者の右手が強く握られた。
これが、のちにヴァルキューレのダブルエースと呼ばれる名コンビの誕生である。
********************
(あれからもう四年か...)
防衛室長室へと繋がる廊下を歩くカンナは、ふと彼との出会いを思い出していた。
(最初は、一体どうなることやらと頭を悩ませていたな、私は)
問題児とのコンビ。どんな面倒ごとが待ち受けているのかと身構える日々だったが、それは最初だけ。
運動能力以外、彼は比較的まとも、真面目であった。
レスポンスや言語化は早いし、何より頭が回る。
他上司と度々言い争っている場面を見かけたが素行に問題は無く、センから先輩に対しての指摘や追求は的を射ていた。
実に、実に優秀な、それでいて型にハマらない柔軟さが彼にはあった。
(あいつの能力の高さを実感したのは、バディを組んで一ヶ月経った頃か)
高城センというイレギュラーに順応しつつあったカンナ。
その日は演習も兼ねた校外パトロールに出ていた。
貸し出された白バイに跨る未来の狂犬と、側面に取り付けてあるサイドカーに乗る未来の戦術予報士の二人。
彼と彼女を含めたD.Uの街を巡回中のヴァルキューレ生徒全員に、一報が届く。
『強盗傷害事件発生、犯人は付近を逃走中!中等部の生徒はその場で待機、高等部の生徒は捜索にあたれ!』
宝石店で起こったらしい犯行。店員を切り付け、商品を奪って直ぐに逃げ出したという。
中等部を動かさないのは未だひよっこである彼女らを危険に遭わせないための上からの配慮だった。
しかし、彼には関係ない。
『先輩、後ろ乗りますね』
『ああ...ん?なんだ、なんのつもりだ』
『決まってます。犯人の捜索、及び確保に動くんですよ』
サイドカーの接続を外しながらカンナの背後に跨るセンの顔には、何当たり前のことをと書いてあった。
『我々中等部は待機、その場での見張りに徹するべきだ。通信を聞いていなかったのか』
『勿論聞いていました。しかし、それは悪手だ。上の考えもわかりますが甘過ぎる。使える駒があるなら出し惜しむべきではありません』
『命令違反で独房に入れられたいのか?私を巻き込むな』
『この程度の違反、成果で洗い流せますよ。緊急時による状況判断、理由の後付けはこれで充分です。それに、ここから現場は近い。このまま動かず犯人を取り逃してしまう方が今後の不利益、ヴァルキューレにとっての不利益です。そして先輩、確かに俺はあなたを巻き込もうとしている。迷惑と思うのは勝手だが、あなたのためでもあるんですよ』
『なに?』
『凶悪犯の確保、成し遂げた暁には上からの高評価は間違いありません。諦めていた自分の要望が通る、なんてことも考えられます』
『...私を試しているのか?必要なら脅すとでも』
『とんでもない。利害の一致です。俺も上に用事があるのでね』
『何を企んでいる』
『連邦生徒会への推薦が欲しいんですよ』
『...な』
思考外からの返答。
(こいつは...どこを見据えているんだ?)
得体が知れない。
正義感が振り切っての行動に見えたそれは、全て彼の中の計算の内らしい。
『安心してください。あなたと俺の二人なら、余裕で確保できます。手柄も二人占めです』
悪い話では無いでしょう?
ニヤリと笑う彼に、カンナは寒気を覚えた。
恐らく、今自分はこの少年の本性の一端に触れている。
それを本能が不気味と信号を鳴らし、エリート気質が一蹴しろと囁く。
だが、
『...その言葉に、二言はないな?』
いずれ狂犬と呼ばれる己の嗅覚が、彼を信じろと無意識のうちに彼女の口を動かした。
『ええ。失敗したら、その時は退学でもなんでも受け入れましょう』
『───いいだろう。なら、しっかり掴まっておけ!』
アクセル全開、サイドカーを置き去りにし、二人は犯人目指して疾駆する。
その日を境に、高城センと尾刃カンナの名をヴァルキューレで知らぬ者はいなくなった。
犯行の起こったポイントから逃走ルートをセンが算出し、先輩達の誰よりも先んじて犯人を発見することに成功。
型の古い大型二輪を駆る凶悪犯に対しセンは閃光弾を投げ付け転倒させ、車体から投げ出された痛みで呻く男をカンナが取り押さえた。
手錠をかけたのと同じタイミングで高等部の生徒が現着。叱責を食らうかと思われたが、まさかの大手柄だと讃えられた。
他の生徒がいない道をセンが選択して通ったのが功を奏したのかもしれない。偶然居合わせたところを二人が捕らえた、と上は判断したのだ。
一応処罰を受ける覚悟はあったセンは、このお粗末さも改善点の一つだと、真面目に分析していた。
その後、センは連邦生徒会への推薦を貰い、カンナは公安局への道を固く舗装された。
『おい、聞いてた話と違うのだが』
『先輩の腕が高く評価されたということです。バディとして誇らしいですよ』
『...さてはこうなることを見越していたな?』
『こればかりは俺も予想できませんよ...強いて言えば、長らく公安局には筆頭と呼べる隊員がいません。それを上は気にしていたのだと思います』
『はぁ...それで、運良く私とおまえが見つかり、未来のエースとして席を空けておくという有り難くもない気遣いをされたという訳か』
予ての目標だった部署には着けそうもなく、以降は気苦労も絶えず、何かと振り回される日々が続く。
けれど、悪くはなかった。自分達の行動がキヴォトスの平和に繋がっていることは減りゆく犯罪行為を見ても明らかであり、成果には正当な評価が下され、二人のカーストはみるみるうちに上がっていく。
同時に、カンナからセンを見る目は奇人を見るソレとは打って変わって、超人的な活躍を残す彼を純粋に賞賛するものへと変貌していた。
そうして、バディ期間が解消される日。
『短い間でしたが、お世話になりました』
『ああ...』
『それで、不躾ですがお願いがありまして』
『なら私からいいか?』
『...?ええ、どうぞ』
『今後とも、おまえと私とでコンビを継続したい』
『───』
『悪いが、これについての異論反論は受け付けん。生活安全局への道が閉ざされた件についての責任を取ってもらおう...なんだ?何がおかしい』
『ふふっ、いやなに...提案が被ったのが意外でして』
初めて見た、少年の驚きの顔。それに含まれる微笑は、本心からのようだ。
『───ふっ、つまり?』
つられて彼女も笑い、問いかける。
『はい。今後ともよろしくお願いします、尾刃先輩』
こうして、カンナとセンは戦友になった。
それはセンが二、三年生と学年を重ねても、カンナが一足先に公安局に配属されても変わらない。
二人の前に敵は無く、障がいも、困難も、全てが塵芥に思えるほどに、このコンビは無敵だった。
(ここ最近...あいつと再会してからだ。あの青臭くも輝いていた日々を思い出す)
難事件を解決した時、二人でずっと一緒にいるのをコノカに弄られた時、仕事終わりにラーメンと屋台を梯子した時。
くだらない思い出は多々あるが、そのどれもがかけがえのないものだったと失って初めて気づく。
(なあ高城...私は、昔の自分に胸を張れるだろうか)
言葉にせず、心の内で呟いて、答えは否だと即決定づける。
聞く時点で、それは無理だと悟ったのだ。
(あの事件が起きず、おまえが側にいてくれたら...私は、変わらずに済んだのだろうか)
現状を産んだ一件、お互いの青き春を全て否定したあのやりとり。
全ての真相を知ってから、後悔しない日は無い。
たとえどんな状況であっても、自分は彼を信じるべきだったと、何度も思う。
「失礼します」
手を伸ばしたところでもう届かない過去に思いを馳せつつ、カンナは防衛室長の部屋へと入った。
「ご苦労様です、カンナ」
態々来てくださり申し訳ありませんね、とガラス張りの窓から地上を眺めながら応対するカヤ。
「来て早々ですが単刀直入に問います。子ウサギタウンの開発は、順調ですか?」
細められた瞼から覗く瞳が、牙を捥がれた狂犬を射抜く。
セン達が居住する子ウサギ公園、その近辺を総称したのが子ウサギタウンであり、現在、従来と比べての過疎化、新事業立ち上げの名目上、一帯の新規開発が水面下で行われている。
この計画を主導するのは防衛室長の不知火カヤと、パートナー契約を結んでいるとある企業。
予定ではそろそろ建設に入ってもいい段階なのだが、『お手伝い』を担当するカンナの返答はカヤにとって良くないものであった。
「...いいえ。野宿している浮浪者達の数が多く、撤去作業が少々遅れており...」
「...はい?」
「...っ」
「それはつまり、こういうことでしょうか?キヴォトスの治安維持を担うヴァルキューレ警察学校が、たかがホームレスの立ち退きに苦労していると?」
「で、ですがその、奴ら普通ではあり得ない武装で抵抗してきまして...我々の装備では、なかなか対処できず...」
丁度二年前まで、ヴァルキューレが手持ちの装備で困ることなど無かった。
理由は、センが学校の代表として連邦生徒会に働きかけ、予算や備品の確保をしていたためだ。
その供給が無くなって以降、警察学校としての権威は怪しくなり、連邦生徒会長が不在の今となっては犯罪者達にすら舐められる始末。
そんな状況になっても、カヤが公安局に求める要求値は高い。
「カンナ、私は責任感のある方が大好きです。私は私の、あなたはあなたの責任をそれぞれ果たしましょう。万が一、それを放棄するというのなら...」
「...心得ています」
「ふふっ、よろしい。では、私からアドバイスを差し上げましょう。カンナは『三本の矢』についてご存知ですか?一本では脆くとも、それが複数合わされば簡単には折れません。そう、協力者を募るのです。公安局だけで難しいのであれば、利害関係が一致する人たちを呼んではいかかですか?」
なぁ、高城。私は...昔の自分に胸を張れるだろうか。
再度、カンナは自身に問う。
答えなど分かりきっているにも関わらず、それを止めることはできなかった。
********************
一方、子ウサギ公園。
「俺、Vtuberになろうと思うんだ」
元相方が今どんな状況に追い込まれているのかいざ知らず、過去の自分が見れば腹を抱えて笑いそうな惨状を羞恥すら感じずに撒き散らかす少年、高城センは、RABBIT小隊の前で堂々とそう宣言した。
「オーケー、先ずは落ち着け」
「いや、努めて俺は冷静だが。やはり資金が欲しくてな。手っ取り早く稼ごうと思って」
「どう考えてもその発想は錯乱モノなんだよなぁ...」
サキが死んだ目で対処し、モエが呆れるようにため息を吐く。
「Vtuber、とは...画面内のアバターと同期して、ゲームの配信や企画などを行う、あのVtuberでしょうか?」
「ああ、それで合っている。昨今のVtuberブームには俺も目を見張るものがあってな。市場価値は落ち着いてきているが、まだまだ熱は残っているぞ」
「動画でたまに見ますけど...楽しそうですよね...」
「一大事業として会社を立ち上げる者も出てきた業界だ。そうするだけの資金力は無いから個人vという括りでのスタートになるが、まぁ誤差だろう」
「何を持っておまえはそれを誤差と断定できるんだ...」
「第一、前準備とか色々ややこしいでしょ。2Dモデルとか、機材とか、無一文なのに用意できるわけないじゃん」
「その辺に関しては問題ない」
言ってから、センは新築ダンボールハウスの中へ四人を案内する。
「これ、外の音が全然聞こえないぞ?」
「ダンボールを重ねて完全防音にした」
「なんて?」
「配信において、防音部屋は必要不可欠だからな。バリケード用のバナナ箱を奮発して、部屋サイズに仕上げたわけだ」
「そろそろ私はダンボールが恐ろしいよ...」
「まさに万のことに使いける...流石です、師匠」
ミヤコの狂信っぷりにも拍車がかかってきている。尚更恐ろしい。
「あれ?ヘッド、このパソコンとかマイクどうやって手に入れたん?カメラもあるし」
「型落ちの物を商店街から譲ってもらった。どうせ廃棄するしなんなら使ってくれとな」
「タダでか?新品同然じゃないか」
「最近売れ行きが悪いらしくてな。今度、礼にその件について相談に乗るつもりだ」
これは商店街全体に言えることらしく、一帯の過疎化が原因とセンは考えているが、どこか意図的にも思える。
まるで、何者かが裏で糸を引いているように。
(まぁ十中八九、絡んでいるのは不知火先輩だろうが)
やり口が総じて彼女らしい。
大方、カイザーと癒着して商店街を潰し、新しいデパ地下でも作る予定なのだろう。
今更直接いちゃもんを付ける気は無いが、向こうの上手いように行くのは気に入らない。
それとなく、センは邪魔でもしてやろうかという魂胆だ。
「けど、機材が揃ったところで上手くいく保証はない気が...」
「ふっ、それについては問題ない。事後報告ですまないが、実は活動についてはもう始めていてな」
マウスを優雅な手捌きで操り、カチカチッと彼が開いた自身のチャンネル。
そこには概要欄、投稿した動画と共にチャンネル登録者数なるものが載っているのだが、
「に、2000人!?」
まさかの四桁。
最近始めたにしては多過ぎる成果がそこにはあった。
収益化可能な人数が1000人であり、早くもその倍は登録者がいるわけだ。
「か、活動してるって...ガワはどうしたんだ」
「ミレニアムに伝手があってな。依頼したら快く引き受けてくれた」
「先日話していた、師匠がライバル視なされていた方ですか?」
「それとは別だ。ハレ...ヴェリタスに同い年の友人がいて、相談に乗ってもらった。イラストについては専門外だったらしいが、後輩にデザインを描ける人材がいるのだと」
「ヘッドってマジでどことも繋がりあるじゃん...」
「(...なぁ、ミヤコ)」
「(...ええ、気づいています)」
一瞬、僅かに彼の口から漏れ出た、おそらく少女の名前。
苗字、ではなく名前。
「「(名前呼び...っ!)」」
基本、センは他人に対して苗字で呼ぶ。
それなのに、話題に上がった少女のことは名前で呼んでいた。
これは特別な関係に違いない、と推測する二人だったが、センにとってはその件に関して全く他意はない。
というのも、彼は同級生に対しては全員名前呼びなのだ。
しかし、ミヤコとサキにとっては突如現れた未知の強敵である。
「(ヴェリタスのハレ...)」
「(副部長についてはモエから話を聞いたことがありますが、他の部員については情報がありません。一体、どんな人なのでしょうか...)」
「へくちっ。うぅ、寒い...」
ミレニアム学園ヴェリタス部室にて、突如湧いた寒気に、素足を丸ごとパーカーに入れることで対処する小鈎ハレ。
「暖房、少し上げとこうかな。アテナ3号、エアコンに同期して室温を2℃上げて」
『了解しました』
球体型のドローンが浮遊し、センサーがエアコンに向く。
電子音が鳴ったのち、送られてくる温風は暖かみを増した。
「うん、接続は正常...そういえば、センくんのチャンネルどうなったかな」
カタカタとキーボードをいじり、彼の配信チャンネルを画面に映す。
「登録者数、2000人越え...!無名なのに数日でこれだけの人に見てもらえてるなんて、やっぱり商才があるんだ...」
彼女が目を輝かせている今も一人、一人とメーターが増える。
ハッキングで無理矢理数を増やそうかと提案して断られた時はどうなるかと思ったが、いらぬ心配だったようだ。
「2Dモデルも問題無さそう。Vtuberのモデル作成なんてやったことなかったけど、センくんの頼みだからね」
後輩に絵の心得がある人が、と言いはしたが、実はモデリング監修は全てハレ自身だ。
システムで補正を効かせているとはいえ、下手になってしまったらとビビって自分が担当したことは伏せたのだが、センは目に見えて───ビデオ通話にて───喜んでくれた。
(これなら、普通に私が描いたって言えば良かったな)
2Dモデルの設定資料にある、ネット内での彼の顔。
現実の高城センという人間をアニメキャラ風にデフォルメし、ヘイローを付け足しただけの、けれど全てが自分作。
キヴォトスでは女性配信者が多い傾向にあり、ボイスチェンジャー無しの男性配信者は人々にとって稀有に写ったのだろう。急激なチャンネル登録者数も頷ける。
「...久しぶりに頼ってもらえたのも、嬉しかったな...」
中等部の頃、連邦生徒会の仕事で彼がミレニアムに訪れた際、ハッキングに強い人はいるかというセンからの要望に、白羽の矢が立ったのがハレだった。
適任ではあるが、彼女以上のハッカーは他に二人いる。ただ、その日は二人とも別の作業に没頭していた。
『近いうちに行われる悪徳ハッカー集団の一斉確保作戦、そこでキミの力を借りたい』
第一印象は、炎のような正義を持つ人だった。
自らハレのいる部屋にやってきて、律儀に、深々と、同年代の女子に頭を下げる、真っ直ぐで芯の通った人。
あまり人見知りはしないが、相手が男子ということでしていた緊張も、その対応で解れた。
事件を解決して以降、度々連絡を取り合うようになり、電子系のトラブルがあった時にセンが頼るのはいつもハレだった。
(二年間既読も付かなかったのは心配だったけど、本当に生きてて良かった)
アポ無しに彼女の元を訪れることがあったので、黙ってキヴォトスの外に留学したのかも、とも思ったのだがどうやら違うらしい。
理由については失礼かと思って、あまり詮索はしなかった。
「またいつでも頼って欲しいって伝えとこうかな...でも、ウザがられないかな」
『高城センへのメッセージ、送信しました』
「うん.........うん!?ちょ、アテナ3号!?」
スマホのモモトークアプリを開くと、今し方自分が呟いた『またいつでも頼って欲しい』という文言が送られ、まさかの既読までついていた。
どうしようどうしよう、と情緒が吹っ飛びかけていた直後、彼からの返信が届く。
『是非とも頼むよ』
裏表の無い少年からの、正直な言葉。
たった一言なのに、それが堪らなく嬉しくて。
「に、にひ...」
色白な肌が紅潮、ハレはニヤけが止まらなかった。
『体温の微量な上昇を検知、記録します』
「アテナ3号、緊急停止」
ガシャッ
アテナ3号は床に落ちた。
「んで、ヘッドはどんな動画上げてんの?」
ジェラシーを奮い立たせる兎二人は放っておいて、モエは興味津々にセンの持つパソコンの画面を食い気味で見つめる。
「やっぱり...ゲームとか、やるんですか...?」
「ハードがないからできないんだなこれが」
「実況者として致命的過ぎる...じゃあ、ダンボールのやつとか?」
「それは時期を置いてからだな。流石に初手でダンボールを宣伝し出したら奇異な目で見られるだろう」
おまえとの出会いがまさにそんな感じだったぞ、とサキは思いはしたが、声には出さない。
「では、師匠は一体どんな企画を打ち立てて、ここまでの登録者数を得たのですか?」
「先ずは需要から攻めていこうと思ってな...時に、空井」
「な、なんだ急に」
「お前は最近、就寝前によくイヤフォンをしていると月雪から聞いたのだがそれは真か?」
「...まぁ、うん。環境音とか、寝付きの良くなる音を聞いたりしている」
「ダウトだ」
「は、はぁ!?なにがだ!」
「環境音を聞いている奴がこんな間抜けなニヤけ面を晒すわけないだろ」
「おおぉぉぉぉい!?誰が撮ったァ!?」
センのデバイスが映し出したのは、涎を垂らし夢心地のまま笑顔で眠るサキの姿。
「はーい私でしたーにっしっしー」
「モエエエエエッッ!!!」
「うわぁちょっ、キレんなってぇ!」
取っ組み合う二人。
一先ずミヤコがサキを羽交締めにしてモエからひっぺがす。
さながら闘牛のような鼻息を出しながら、撮影者兼赤風呂敷(思想も赤)に睨みを効かせる。
「ふーっ!ふーっ!」
「滅茶苦茶キレるじゃん、ごめんて」
「とまぁ、空井の痴態のことは置いといてだ」
「置いとくな!いや話すのもどうかと思うが...って、おい、それって」
「おまえが夜に聞いていた動画とは、これだろう?」
再び画面を見る。
やけに明るいサムネイルだ。
内容は、新人男性Vtuberが初の企画配信でASMRに挑戦!というもの。
「夜にこっそり、ミユ嬢におまえの履歴を調べてもらった。ふむ...なるほど、空井はこういうのが好きなのか」
「マジマジと履歴と登録チャンネル欄を見つめるな!ミユ、おまえまで...!」
「ご、ごめんねサキちゃん...でも、夜食の焼きおにぎりには勝てなくて...」
「そのおにぎり一つで友情が崩壊するとは思わなかったのか...!」
「そうかっかするな。寧ろ誇れ。おまえの先見の明には感服したぞ。おかげで俺の今後の方針が間違っていないと確信できた」
「...どういうことだ?」
「RABBIT小隊の中で最も少女チックな頭をしているのは誰か、そう月雪に問うた。すると、指名されたのは意外な人物だった」
「...まさか、私か?」
「お察しの通り」
「ミヤコォ...」
「自分で自分を少女チックというのもアレですし、モエは思想がアレですし」
「おーい本人こっちにいるんだけどー?」
「消去法でミユかサキになったのですが、ミユはいかんせんネガティブなところがあり...」
「わ、私を選ばなかったのは...正解だと思うよ...サキちゃんの方が乙女だから...」
「は、恥ずかしいこと言うなぁ!誰が乙女だ!」
絶賛羞恥で赤面を晒している私のどこが!?と本人は言いたげだ。
「その乙女達にとっての昨今の需要が、男性の囁きによるASMRらしいことが今回の配信の統計と、今目の前にいるおまえというモルモットによって証明されたということだ」
「モルモット言うな!...いやちょっと待て。なんでおまえが私の聞いていた動画自体の統計を知っている?」
人間、知らなくていいことは無数にある。
サキにとってそれが今回の件であり、いつもの察しの良さがここで裏目に出た。
「世間一般ではどうか知らんが、俺はおまえのような勘のいい奴は好きだ。いいだろう、その疑問に答えてやる」
言いながら、彼はパソコンをいじりとある資料を出した。
「これが、俺の今使っている2Dモデルだ」
高城センをアニメキャラクターにデフォルメし、頭上にヘイローを足したような立ち絵。
「───おい、あの、えっ」
サキの脳がフリーズする。
そのVtuberには見覚えがあった。ちょうど昨夜、何か入眠に良い動画は無いか動画配信サイトを漁っている時に見つけたサムネイルに載っていたのと、ほぼ同一人物。
なんだかセンに似ているな、と思いながら再生すると、まさかの声まで似ている始末。
即行でチャンネル登録ボタンを押し、その日は『おまえの苦労をずっと見ていたぞ...』という慰め囁き全肯定ボイスを聞きながら彼女は就寝したわけなのだが。
「そして、これがこのVtuberの初企画」
センのパソコンが映し出すのは、彼自身のチャンネルの投稿配信欄。
そこには、サキに見せていたサムネイルと同じものがあった。これが意味することは即ち、
「この動画を配信していたのは、俺だ」
「いやあああああぁぁぁっっ!!!」
「ああっ、いつも男勝りな口調のサキから生娘のような悲鳴が!」
「生娘ではあるでしょうよ」
サムネは同じ、立ち絵も同じ、正体はまさかの本人ともはや言い逃れることなどできないほどにインコースにビタビタなストレートが決まり、三球三振でストライクバッターアウト。
「流石だRABBIT2、まさか勉学だけでなく流行にも聡いとは思わなんだ。色々と意見を聞きたいから、今後は相談に付き合ってくれ。はっはっはっ」
バシッバシッ
どうしたどうしたそんなに落ち込んでぇ、頼りにしてるぞぉ?と背中を叩かれるたびに、つい先ほど0になったサキのHPにダイレクトアタックが入る。
「く...っ、うぅ...いっそ殺せ...!」
「マジ泣きしてるし」
「サキちゃん...南無三...」
「そう言う意味での殺せ、では無いと思うな私は...」
知らなかったとはいえ、普段はツンケン、心の内では好意を向けている相手の配信をにっへにへで聞いていたのがバレれば、泣きたくも死にたくもなる。
「サキ、これで話す機会が増えたではありませんか。あなたの方が一歩前進です」
「被害がデカ過ぎる...っ」
これほどリスクリターンが割に合ってないことが今まで生きている中であっただろうか。
いや、ない。
「耳かきや化粧水マッサージにもチャレンジしていこうと思う。視聴者からの要望で、指でトントンして欲しいとの意見も見受けられた」
「...ぐす...っ、囁きは、たしかに需要あるから...それ単体での、配信をしてみても...いいかもな...」
「なるほど」
「この状況でアドバイスするとか真面目が過ぎる」
「こ、こうなったら割り切るしかないよサキちゃん...!自分の要望を反映させて、自分好みのASMRを配信してもらったり...!」
「ミユにフォロー入れられるって相当ですよね」
「人間、自分以上に不幸でネガティブな状況に陥ってる奴を見ると、冷静になれるし優しくなれるっぽい」
サキをミユが慰めるという普段では考えられない光景を目の当たりにしながら、上機嫌なセンがパソコンをいじる裏で、ミヤコとモエはメンタルがズタボロになった我らがポイントマンに対して合掌した。
《現在の主な視聴者》
空井サキ
小鈎ハレ
月雪ミヤコnew←この一件を機に。
扇喜アオイnew←似てるわね...まさかね...。
天童アリスnew←アリス知ってます!今のってゴールドタイ
センとカンナで明暗分かれすぎだろ()
そしてこの男、いたるところで女の子引っ掛けてんな...。
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