ワイ『ダンボールは万の事に使いけり』 ミヤコ『流石です師匠』   作:\コメット/

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しっとりしてきたな...。




15 独白、扇喜アオイ。

 

 

最初は、変な人だと思った。

 

訂正。彼はずっと変だった。

財務室長の扇喜アオイは、今でもそう思っている。

 

連邦生徒会は各校の代表生徒によって組織される。

アオイもその一人であり、無論、高城センもそれに該当した。

毎年優秀な成績と実績を持つ者が選出されるが、中でも彼は群を抜いて優秀であり、連邦生徒会への入会メンバーが発表された時は、ちょっとした騒ぎにもなった。

なんといってもヘイローの無い、それも男性の新規委員、しかも優秀、更には顔立ちが整っているとなれば、浮つかせる生徒もいるにはいる。

かくいうアオイも周囲ほどではないにしろ気にかけてはいたのだが、

 

「会長、俺と勝負していただきたい」

 

新入委員歓迎式が終わってすぐ、センは十人以上の室長と共に歩む生徒会長の行先に立ち塞がった。

あぁ、あれやばい人ね。

一瞬で理解し、以降関わらないでおこうと心に決め、席を外そうとした。

 

「いいですよ、今からやりましょう」

 

会長の返答を聞いて、足が止まる。

歓迎の言葉を壇上で新入委員達に贈っていた、おっとりと優しい目つきだった彼女はどこへやら。

細められ、獲物を見定める肉食獣のソレへと変貌している。

 

「会長、そのような些事に...」

 

「お気になさらず。高城センくん、でしたね」

 

「知っていただけているとは、光栄です」

 

「全生徒のプロフィールは把握しているつもりです。勝負はチェスでいいですか?」

 

「はい、是非に」

 

そして、二人はチェス盤があるという部屋へ。

彼らのやりとりを見ていた新入生、在学生たちはというと、滑稽と蔑む者、面白いと笑う者、呆れて頭を抱える者と反応は様々。

アオイはその中でも後者にあたり、尚のこと彼との関わりは絶った方がいいと痛感していた。

 

勝敗は、会長に軍配が上がったと後から聞いた。

 

聞いた、というのは試合時間があまりにも長すぎたため、誰もが勝負していることを忘れた頃に速報が入ったためだ。

およそ20時間、二人は食事も睡眠もそっちのけで、思考を巡らせ駒を動かし続けていたという。

共に恐ろしい精神力だ。はっきり言って常軌を逸している。

尤も、試合後の様子は会長はピンピン、センは憔悴しきっていたらしいが。

大半は会長に挑むだなんて愚かにも程があると、結果だけで判断して彼を見下していたが、アオイを含む一部の生徒は違う。

 

あの超人相手にほぼ丸一日の死闘を演じた、その事実に畏怖を抱いた。

 

この20時間というのは、プロの公式戦での試合時間に相当する。これが証明するのは、互いが名人級の腕前を持ち、且つ実力は確かに拮抗していたということ。

 

「将来的に、彼は私に並びますよ」

 

なんてことを会長は言っていたらしいが、定かではない。

 

 

 

ヴァルキューレ創設以来の天才が連邦生徒会長に敗れて数週間が経った。

正確には一度目の負けから、だ。

あれ以来、高城センはめげずに再度再三とチェスを挑み続けているという。

回数を数えている者が言うには快速チェスに切り替えて144戦を終え、引き分けることなく連敗を喫し続けているらしい。

彼の敗北速報は、今や連邦生徒会内の日常と化しつつあり、それにあやかって賭け事を催す人まで現れている。

 

「ちょっとあなた、ここ間違ってるんですけど!?」

 

「す、すみません、すぐに修正します!」

 

「ったく...これだから新人は使えないッ」

 

この頃になると、新入生は簡単な資料作成やデータをまとめる仕事を任される。

希望の配属先に行くには今の時期に叩き出す成績が重要視されるので、皆血眼になって作業に没頭するのだが、当然入ったばかりの新人なのでミスは出る。

トリニティ総合学園から選出されたという、新入生の監督を任された彼女は、毎日のように怒気を顕にし、ミスをした生徒を叱りつけていた。

 

「数年後、あなたたちが連邦生徒会を率いていると考えるだけで不安になるわ...ほらそこ!何を駄弁っているの!?仕事に集中なさい!」

 

怒鳴った後、満足そうに周囲を鼻で笑う上級生。

彼女は、確か現ティーパーティーにも属している生徒だ。トリニティの一部の人間には自身より下の者を見下す習性があると聞くが、上は上でもその習性は変わらないようだ。

大した実力も持たず、連邦生徒会とティーパーティー共にコネで入ったという良くない噂もある。

 

(関わらない方がよさそうね...そんな人ばっかり)

 

極力会話を避け、自分の仕事をこなし、争う火種を作らない。

アオイはそれを徹底していたし、事実指摘されるようなミスは無かった。

だが、

 

「扇喜アオイさん、だったかしら」

 

この手の人種は、気に入らない相手がいれば自分から攻撃に出ることを、当時中等部のアオイは知らなかった。

 

「...はい、どうかされましたか?」

 

「どうかされた?これを見て同じ言葉が吐けるかしら!?この資料!計算が間違っているわよ!」

 

「...え」

 

渡された数枚は、アオイ本人が担当したモノだった。

指摘してきた箇所も、監督者の言う通りミスがある。

しかし、

 

「...お言葉ですが、先輩。これは本当に私が犯したミスでしょうか?」

 

「は?あなたが作ったものでしょう!?シラを切る気!?」

 

「この数字は先輩の言う通り間違いではあります。ただ、私は確かに、正確な数字をその欄に打ち込んだことを記憶しています」

 

部屋中を満たしていたキーボードを叩く音が止まり、視線がアオイと監督生徒の二人に集まった。

口ごたえ、それもティーパーティーと連邦生徒会を兼任する上級生に向かって。

ピキリと、額に青筋が浮くのをアオイは見た。

 

「...なに?そんなに自分のミスを認めたくないの?」

 

「これがミスではないから弁解をしているに過ぎません」

 

「ハッ、言い訳なんて惨めなことを!素直に認めたらどうなの!?」

 

「資料の右上に、この資料を印刷した時間が記載されています。14:30...これが、今手元にある物を印刷した時間です。今が14:34なので、つい先ほどのことになります」

 

「だったら何よ!?」

 

「私はこの資料を、14:30ではなく13:23にあなたに印刷して提出しました」

 

周囲が騒めく。

 

「ですので、これは私が提出したものではありません。誰かが14:30に、私の作った資料に手を加えて印刷し、ミスだと指摘した───違いますか?先輩」

 

「な...っ、私を疑っているの!?」

 

「資料のデータは共有ファイルに転送されます。私が提出したものを処分し、自身のパソコンで書類を改竄して印刷すれば、それも可能かと」

 

「出鱈目を...!そこまで言うなら証拠を出しなさい!証拠を!」

 

「共有ファイルの書き込み履歴、そしてそれを行ったパソコンのナンバーが合致すれば、十分証拠になり得るかと」

 

「...なら、その画面に表示してみたらどう?」

 

妙に自信満々に、監督生徒はアオイにそう促した。

怪訝に思いながらも、無実を証明するべく共有ファイルを開き、中身を漁る。

 

「...データが、無い?」

 

だが、肝心のアオイが作った資料のデータが紛失していた。

念の為他のファイルをチェックしたものの、見当たらない。

 

(...まさか)

 

監督生徒の表情を見れば、下衆な笑みを浮かべていた。

 

(間違いない...データが消去されてる...)

 

人を貶めるためにここまでするか、呆れると同時にアオイは憐む。

 

「どうなのよ。ほら、どうなのかって聞いてるのよ!」

 

「...っ」

 

肩を押され、椅子から倒れる。

大きな音が鳴り、ギャラリーからは小さな悲鳴が漏れた。

 

「まさか自分の罪を隠すためにデータを削除するなんて、見苦しいにも程があるわね」

 

(どの口が...っ)

 

「アオイさん、だいじょ...」

 

「触れるな!近づいたら同罪と見做すわよ!」

 

「ひ...っ」

 

アオイを心配して駆け寄ろうとした岩櫃アユム。

その歩みは、怨嗟の含んだ金切り声によって制止させられる。

 

「本来なら上に報告するべきでしょうけど、私は寛容なの。どう?そこで土下座をすれば勘弁してあげるわ」

 

「...」

 

「さぁ、さっさとしなさいよ!あなたのせいで、業務に遅れが生じているのよ!?」

 

地に付く拳を握りしめる。

こんな醜悪で、腐った人間に屈してはいけない。最後までアオイは反骨心を向けていた。

しかし、このまま反抗を続けても監督生徒は一切罪を認めはしないだろう。

何故なら、決定的な証拠が無いのだから。

そして事態が有耶無耶に済まされれば、今度被害を被るのは他の新入生。

これから先、同じようなことが多発するだろう。

 

(...ここまでね)

 

悔しいが、穏便に済ませる。

これは今後のためだと自分に言い聞かせて、アオイは両膝と両掌を付き、頭を下げ───、

 

 

 

「おかしいですね」

 

 

 

ようとした、その時。

 

「───ぇ」

 

声がした。

殆どが少女の職場に似つかわしく無い、少年の声。

固唾を飲んでアオイの土下座を見守っていたために静寂だった室内で、彼の美声はよく響いた。

ギャラリーの向こう側、モーセが海を割るかの如く人混みが割けた先に黒い少年...高城センはいた。

椅子でクルクル回りながら、優雅な姿勢でブラックコーヒーの香りを楽しむ彼は不思議がる。

 

「1時間前に彼女...扇喜が扱うパソコンに表示されていた資料を見ましたが、どれも正確な数字が入力されていました。ミスというミスは無かったと思うのですが」

 

まさかの目撃者の登場に、再び周囲に騒めきが起こる。

 

「なんですか?この人を庇うおつもりで?」

 

「違う。あなたを潰すつもりだ」

 

「...は?」

 

「失敬。庇うも何も、事実を言っているに過ぎません。それとも、私の発言が気に入りませんか?...いや失礼、あなたにとって気に入らないのは我々新入生でしたね。どうですか?ストレスの捌け口には丁度良かったのでは?」

 

「何のことを言っているのかサッパリなのですが。会長とのチェスのやり過ぎで頭がおかし」

 

「先輩」

 

上級生の台詞を、彼は遮る。

 

「俺はですね、あるお願いをあなたの周囲の一年生にしているんですよ」

 

「...お願い?」

 

「ええ。あなたがよく使うシュレッダーに、破棄する紙を通さないでくれと───そして、中身のゴミの処分を、丁度1時間ほど前に」

 

「なにを...」

 

言葉の意味をまるで理解していない監督生。

だが、彼の発言を順々に頭の中で繰り返したのだろう。

 

「...あっ」

 

サァッと、顔から血の気が引いた。

 

「...ッッ!!」

 

目を血走らせ、彼女の席に1番近いシュレッダーの蓋を開放、

 

「もう回収しましたよ。あなたが扇喜と言い合っている間に」

 

する前に、彼の宣告により動作が止まる。

 

「直近の144戦目は会長にボロ負けでしたので、やはり睡眠は摂るものです。おかげで」

 

センの手元には、

 

「回収してからの数分は、修復するのに十分な時間でした」

 

テープで繋ぎ止めた、アオイの作ったミスのない資料があった。

右上に表示される印刷時間は、13:23。

作った本人の言った通りの、正確な時間だ。

 

「なん、で...」

 

「改めて聞きましょう、おかしいですね。何故、あなたの近くのシュレッダーからこれが出てきたのでしょうか。あなた以外には使用を禁じているにも関わらず、どうして?」

 

「それは、その...!...扇喜さんが自分で処分するためにッ!」

 

「彼女とあなたの席は距離があります。彼女の席の近くにもシュレッダーがあるのに、態々あなた側にあるシュレッダーを使うと思いますか?」

 

「な...この...ッ」

 

「そもそも、俺がゴミを回収させたのは13:30。あなたに扇喜が1番近づいたのは印刷時間の13:23とゴミを回収した時間の間だ。たとえ彼女があなたを貶めようと策略しようと、その数分の間にシュレッダーの中身は空になっている。土台無理な話なんですよ、あなたの言い訳は」

 

「く...ッ!」

 

睨みを効かせるが、それに怯むセンではない。

 

「───」

 

涼しげな、そして見苦しく言い訳を重ねる愚者を蔑む目で、監督生を見下す。

逆に怖気付いてしまった彼女だが、それでも悪あがきを続ける。

 

「た、ただ私の近くのシュレッダーから、偶然その資料が見つかっただけでしょう!?あなたの言う事情を知らない生徒が、使ったかもしれないじゃない!」

 

「...」

 

「そんなものは証拠になったりしないわ!そもそも、それを私のシュレッダーから出したという証拠も存在しない!この私に意見し、貶めようとしたこと...後悔しておくことね!絶対に許さな」

 

「これを見ても、言い訳できますか?」

 

センが手持ちのデバイスに触れると、部屋中全てのパソコンが彼の画面に切り替わる。

 

 

 

監督生がアオイから資料を受け取り、それをシュレッダーにかけ、共有ファイルのデータを改竄し、印刷後にデータを消去していた一部始終が映し出された。

 

 

 

「...ぁえ?」

 

何が何でも逃げ果せようと足掻いていた彼女は、呆けた声を上げたのちその場に崩れ落ちる。

 

「...し、CG...合成で...」

 

「俺のデバイスは生徒会から支給された物です。あなたもご存知でしょう。そんな高等な機能は付いていないと」

 

「あ、ああ...」

 

「身に覚えのないミスを指摘される、という声を聞きましてね。個人的に調査させて頂きました。まさか相談された初日に見つかるとは思ってもみませんでしたが、くだらないことを大っぴらにやったものです、本当に」

 

「こ、このこと...うちの学校にだけは、どうか...っ」

 

「先ず謝罪ですよね」

 

「...っ!申し訳...」

 

「俺にじゃない。扇喜や、貶めた他の生徒にだ」

 

憎悪と屈辱、負の感情を彼に向けながらも、彼女は震えながら立ち上がり、皆に頭を下げようとする。

それを止めたのは、センだった。

 

「あれ、態々立つんですか?せっかく座ってたのに」

 

「...え?」

 

「誠意が見えない。扇喜にさせようとしたんだ、アンタもそうするべきだろう」

 

「そうするべきって...」

 

「ここまで言ってまだ分かりませんか?」

 

「わ、私は...連邦生徒会で...ティーパーティーで...」

 

「知っていますよ───それで?なんですか?それはアンタが土下座をしない理由にはならないでしょう」

 

アオイは察する。

高城センは、前述の通り本気で、この女を潰すつもりだと。

念入りに、入念に、徹底的に、彼女を地獄に叩き落とすつもりだと。

敬称のあなたからアンタに変わっていること、黒い感情の孕んだ声で、それを察知した。

 

「さぁ、さっさとしてください。アンタのせいで、業務に遅れが生じているのですから」

 

先ほど彼女が吐いたのと丸っ切り同じ言葉を贈り、彼は土下座を促す。

 

「ぎ...ぐぎ...っっ」

 

多くの視線に見つめられ、己のプライドと未来のことを考えて、ゆっくりと、口から漏れる錆びついたロボの駆動音に似た嗚咽と共に、彼女は両膝を着け、

 

「申し訳...っ、御座いませんでした...っ」

 

額を、床に密着させた。

その様を躊躇なく写真に収めた後、センは周囲を見渡し声をかける。

 

「皆、これで満足か?」

 

数秒の間、土下座する監督生と少年を見比べて、コクコクと首肯する人数が増えていく。

 

「キミもいいか?」

 

センと、目線が合った。

 

「...ええ、充分よ」

 

これ以上求めることは、無い───少なくともアオイ達には。

彼は違った。

 

「では、顔を上げてください」

 

「...今に見て」

 

「既にこれらの一部始終は会長と、ティーパーティーの代表に報告させて貰いました」

 

「...へ?」

 

今に見てなさい、と彼女は言おうとしたのだろう。

返ってきた思いもよらない言葉に目は白黒、震えが全身を支配する。

 

「なん、で...土下座したら、許してくれるって...」

 

「誰もそんなことは言っていません。俺は先ず、皆に赦しを請えと言ったんです。けれどアンタに反省の色は微塵も見えなかった。今後もここにいる限り、アンタは同じことを下級生に繰り返すことでしょう。それは連邦生徒会の、ひいては会長にとっての損失に他ならない。なので相応の対応を俺の方でしたまでです」

 

行き過ぎた行動だ、と彼を非難する者はいなかった。

これ以上の苦痛を味わわされていたのもそうだが、何より彼の圧が他者の介入を許さなかったのだ。

 

「今日明日にでもアンタの元に解任通知が二枚届くでしょう。現ティーパーティーからは良い噂が聞けないが、こちらが大々的に動くんだ。アンタの辞令には従わざるを得ない。何せ、そちらが提示しろと叫んだ証拠はたんまりあるわけですから」

 

アオイに手を出し、証拠を見て崩れ落ちるまでの一連の流れが映された動画を間近で見せられて、監督生の顔は青ざめ、そのまま放心状態に陥る。

 

「さて...皆、すまなかった。この人は俺が預かる。仕事に戻ってくれ」

 

一様に頷き、新入生達は各々の席に戻る。

ただ一人、アオイを除いて。

 

「...」

 

普通じゃない。

彼のやり方、彼の覇気、彼の立ち姿を見て、いずれ財務室長になる少女はそう思った。

 

 

 

その後、監督生は連邦生徒会とティーパーティーの両方を退任。

 

「やり過ぎです」

 

「はい」

 

センはというと、会長からの指示で二日間の停学を余儀なくされた。

本来は一週間の予定だったが、彼を支持する同級生が多く───アオイもそれに含まれる───その声を加味しての二日だ。

 

「あ」

 

「ん?...ああ、キミか」

 

そして二日後の朝、センとアオイの二人はサンクトゥムタワーのロビーで再会した。

 

「おはよう。キミが会長に他の生徒と署名を提出してくれたらしいな。おかげで早目に戻れた、感謝するよ」

 

「いいえ...誰もがあなたを正しいと言っていたわ。私はそれに流されただけよ」

 

「そうか。それはそれで少し問題だな」

 

「どうして?」

 

「相手がどうあれ、大勢の前で人を晒し上げるのは好きじゃない。この前のアレは放置しておけば問題に発展すると思ったからやったのであって、時間があるならもっとゆっくりやっていたさ。集団による悪意は、個人よりも恐ろしいからな。そこは分かって欲しい」

 

「ええ」

 

「キミが突き飛ばされたのを見て、思わずカッとなってしまった。感情の制御は今後の課題だな」

 

「───はい?」

 

思わず聞き返してしまった。

 

「えっと、つまり...私が原因で早期に動いて、停学を食らったってことなの?」

 

「簡潔に言えばそうなるか?」

 

「聞き返さないでちょうだい...その、ごめんなさい」

 

「謝る必要は無い。が、借りと思っているなら缶コーヒーでも買ってくれ。その方が後腐れないだろう」

 

「なによそれ」

 

フフッと、ついアオイは吹き出す。

 

変な人だと思った。

会長への盲信度は計り知れないし、なのに勝負は挑み続けるし、今後の付き合いでわかることだが彼にはデリカシーが欠けているし、随所で常人を逸した判断を叩き出す。

近づかないでおこう、関わらないでおこう、そう思っていたが、その前評価は彼女の中で変わっていた。

少しくらいなら、彼と話してもいいと思えた。仲間として、友人として...その他の関係として、仲を深めようと思えた。

 

なぜなら、彼は変な人であっても、悪い人ではなかったから。

 

 

 

********************

 

 

 

監督生とのごたつきから数週間後、彼は連邦生徒会長にチェスで勝利を収めた。

日が空いたのは仕事が山のように押し寄せたからであり、捌き切るのに娯楽を挟む余裕すらなかったから。

最後の書類に判を押し、ようやく一息つけるというところでセンが会長に勝負を挑んだとか。

互いにデスワーク明けの三徹状態で勝負はスタート。試合は澱みなく進んでいたものの、会長の常人では見当もつかないミスをセンが攻め続け、ようやく、どこぞの地方競馬で愛されるようなアイドルホースよりも長い連敗記録に終止符が打たれたのだった。

 

速報を知り、私だけでも祝福してあげますかと最近重さを感じてきた腰を上げ、アオイは勝者の元へ。

そして、眠る会長の膝に頭を預け寝息を立てているセンを発見。

先に来ていたらしい当時防衛室雑用の不知火カヤが隣で脳破壊を起こし、アオイ自身もその日の昼食はご飯の量を増やした。

 

一時期センと会長の仲のことで変な噂が生徒会内で流れているのは彼女にとって面白くなく、暫く彼に対しては冷たく当たってしまい、俺は何かしたか?と直球で聞いてきた時に掴みかかりそうになってアユムに羽交締めにされたが、今となっては少し大人気なかったし、申し訳なかったとさえ思う。

ただ、こちらの疲れを気遣って仕事を余分に取っていくこと、休憩に入った時にコーヒーを淹れてくれること、アユムも含めた三人で外食に行った時には優先してソファ席を女子二人に譲っていたこと、他にも節々で思わせぶりな態度とスパダリな行動を取っていたので、向こうも反省して欲しいとも思った。

 

高城センと過ごす日々に退屈したことは、一度も無い。

 

(だから、今がどうしようもなくつまらなくて、寂しい世界に思えてしまうのよね)

 

各学園の喧騒が止まない、未曾有の異常事態に対する対策会議。

その部屋に通じる閉ざされた扉の前で、アオイは自身が待ち受けに設定している写真を見た。

二年前にメンバーと共に撮った、集合写真。それをあるところにだけ───自分とセンが隣同士なところを拡大したもの。

我ながら浅ましい、と自嘲気味に苦笑をこぼす。

写真を撮るにあたって並んだ幅が広くなり、もう少し中央に寄ってと指示を受けたところで、

 

『そうか、なら...』

 

『ひゃっ』

 

肩を掴んで無遠慮に脇横へ抱き寄せられ、丁度よくシャッターが押された。

他のメンバーとセンはカメラ目線でキメているのに、アオイだけ目を見開いて固まっている、というなんとも間抜けな仕上がりになり、撮影会後流石に少年にはキレた。

けれど、実は裏で高画質で保存するぐらいには大切な思い出であり、あんな事件(・・・・・)が起こってからというものその感情は彼女の中でより一層強くなる一方だ。

 

「...センくん」

 

二年前、片付けられた彼のデスクの上にある辞表を見つけ、アオイは直ぐに彼を追いかけた。

ヴァルキューレの寮には居らず、そういえば新居を買っていたと思い出しそこへ駆け付けると、目の前には爆破跡と吹き出した温泉という奇妙で残酷な光景が広がっていた。

その後行方不明との報が入り彼女の頭の中は真っ白、遺体は見つからなかったが恐らく命を絶っているであろうと結論付けて、自室で何度も枕を濡らしたことは今でも覚えている。

 

「こんな時、あなたがいてくれたら」

 

叶わない理想を、独り言ちる。

キヴォトス全土で観測される謎の高エネルギー体。その解明のために連邦生徒会長代理であるリンは対策委員会を設立した。

だが、代行としての権限を振り翳す彼女に連邦生徒会内で不満が募っているのをアオイは感じており、会議を開くだけの、正確でもっと真っ当な理由を持ってくれば皆も承諾するだろうと忠告をしたものの、リン行政官はこれを強行。

バランサーとして呼んでいた先生は行方不明、本来防衛に関しての権限のあった室長の不知火カヤもなぜか不在。

 

「...」

 

そんな状態で会議が上手くいく筈もなく、アオイがソッと扉を開けて中に入れば、さながら動物園のように騒がしい有様が彼女を迎えた。

 

「先生はどこにいるのですか?我々はあの人がいると聞いて招集に応じたというのに」

 

「ですから、今我々で捜索を...」

 

「キキッ、やめだやめだ!全部連邦生徒会が仕組んだことなのだろう?イロハ、帰るぞ!」

 

「ちょ...本当に帰るんですか?」

 

「えー?帰っちゃうんだー、待てもできないなんてやっぱりゲヘナってやばーん」

 

「と、今朝の罰作業で低木を引っこ抜いた脳筋が言っており」

 

「なにかなセイアちゃん...?」

 

「シスターフッドはまた隠し事を...この状況でそんなことに拘るなど、協調性が足りないのでは!?」

 

「ここで話す議題では無いだけであって、やましいことは...」

 

「なに!?真冬の乾布摩擦連盟がクーデターを起こしただと!?帰るぞトモエ、直ぐに鎮圧だ!...しかし、そんな連盟あったか...?」

 

「...ノア、これどうするのよ」

 

「収拾つかなくなってますね」

 

帰り支度をする陣営まで現れる始末。

対策委員会は、既にその機能を失っていた。

頭を抱えて今後を思案するリンに、アオイは近づく。

 

「ここまでね、リン行政官」

 

なぜか携帯を見たのちに血相を変えて部屋を出ていったアユムのことは気になったが、今は些細なことだ。

 

「アオイ...」

 

「非常対策委員会であなたに次ぐ発言権を持つカヤ室長が行方不明になったの。よりにもよってこのタイミングで、シャーレの先生も不在...ねえ、出来すぎているとは思わない?」

 

「それは...」

 

肯定も否定もせず、否、出来ずにリンは視線を下に落とす。

 

「連邦生徒会の私的利用。最初から裏で手を引いていたのだとしたら、それは失敗だったわね。各学園の代表者達とはいえ、所詮は子供。まとめ上げるのは大人か、それこそ会長か...彼ぐらいよ」

 

「...」

 

「もしもあなたに損得感情が無かったとしても、これまでに募ったあなたへの独断による政策への不信感を考えれば、この会議を開くべきでは無かった」

 

「私は、ただキヴォトスを...会長が私に託した責任を果たそうと...」

 

「それが、裏目に出ているからこうなっているんじゃない。もう、ここまでにしましょう」

 

言って、アオイは一枚の書類をリンに渡した。

 

「これ、は」

 

「あなたの不信任決議案よ。行政委員会の過半数である六人が、あなたの不信任に同意したわ」

 

「...っ」

 

「これは独断で強行したこの会議と違って、正式に発効された命令書。あなたの行政命令は、再信任投票があるまで停止される事になる」

 

「待ってください。それをしたら、連邦生徒会は麻痺して今後の対策は...」

 

「...あなたの暴走を止めるには、仕方ないじゃない。少なくとも、行方不明の二人が見つかるまではこうするしかないわ」

 

「あーもういい、我々はゲヘナに帰るぞ!このような意味のない会議には付き合ってられん!」

 

「同調するのは気が引けますが、私たちトリニティもお暇させていただきます」

 

「すまんなリン行政官、学園で起こっているクーデターを鎮圧しなくてはならない」

 

各学園の代表者が、口を揃えて席を外そうとする。

 

(...これでいい)

 

確かに事は重大だ。

それでも、この学園都市を揺るがす異常事態が起こる確率は100%ではない。

一旦の不信任でリンを休ませ、再度投票を行い彼女をもう一度押し上げる。

今の疲労困憊の彼女には休息が必要だ。キヴォトスの未来のために、ここで倒れてもらうわけにはいかない。

 

「モモカ、寝ているだけなら皆さんを出口まで案内してちょうだい」

 

「えぇ、いやぁ...ちょっとそれは...」

 

「いいから、他の役員も動きなさい!」

 

「は、はい!」

 

会議が解散する。

席を立ち、結局何もできないまま会議は終焉を迎える。

その筈だった。

 

「あ、ああー!」

 

ふと、騒々しさの中では一際際立つ声が、室内に響いた。

 

「い、いけません。コンタクトを落としてしまいましたー。これが無くては帰れませーん。どうしましょー」

 

皆が視線を向ける先にいるには、他の学園よりも遅れて到着したミレニアムサイエンススクールの生徒会、セミナー所属の生塩ノア。

 

「え、ノア。あなたたしか裸眼...」

 

「どうしましょー、どうしましょー」

 

大根役者も鼻で笑いそうな挙動にアオイとリンは困惑するが、

 

「お姉さん、大丈夫?イブキが探してあげるー!」

 

彼女を心配してか、ゲヘナ学園の万魔殿所属、丹花イブキがその朗らかさと善意をもって真偽は定かではないコンタクトの捜索に乗り出した。

 

「キキキッ、まったくイブキの優しさには頭が下がる。我々も探すぞォ!」

 

『は、はい!』

 

ゲヘナ生徒会長の羽沼マコトも率先して部下と共に床を探す始末だ。

 

「あはは、ゲヘナが床で這ってるよナギちゃん」

 

「キキッ、人が困っているのを見過ごすとは。トリニティのノブレスオブリージュもたかが知れるな」

 

「なんて!?もういっぺん言ってみ!?探すし!滅茶苦茶探すし!ナギちゃん、セイアちゃん、私たちもやるよ!」

 

「み、ミカさん...」

 

「ミカ...」

 

頼むからもう喋らないで欲しいな、と二人して頭を抱えるトリニティの代表者たち。

 

「むむっ、それは由々しき事態だ。我々も探すぞ!」

 

『了解!』

 

こんなところで団結しなくても、と皆が一斉にノアのコンタクト探しに取り掛かる中、先ほど部屋を出て行ったアユムが帰還する。

 

「み、皆さんお待たせしました...!今、シャーレから代表代行が到着しました!」

 

バッと、全員の目がアユムへと集中した。

 

「えっと...財務室長、これってどういう状況でしょうか...?」

 

「ただの善意からくる行動よ。それより、そのシャーレの代行というのは?リン行政官、あなたまた...」

 

「いえ、私もそれは初耳です。アユム、まさか適当な人を中に入れたんですか?」

 

「そ、そんなことは...だって、だって...」

 

アユム自身も、何が何だかわからないと訴えるように瞳に涙を浮かべながら首を左右に振る。

 

「ふむ、先生の代わり?少しぐらいなら話を聞いてやろう。キキッ、セミナーの。すまないがコンタクトは話し合いが終わってからだ」

 

「え、ええ。恐れ入ります...」

 

ゲヘナとミレニアムが再度座り直したのを見て、トリニティとレッドウィンターもそれに続いた。

 

「...来ましたね」

 

してやったり。

小声でノアがそう呟いたが、聞いた者はいない。

静けさを取り戻した室内、解放された扉の向こうから徐々に近づいてくる革靴の音に、誰もが耳を傾ける。

 

喧騒の止んだ会議室に、その少年は現れた。

 

おろしたてらしい革靴が床を踏み鳴らす音と、壁にある時計の秒針の音が重なり、室内にいる者全ての視線を、ヘイローを持たない単なる人間の少年は我が物とする。

 

(...?誰でしょう)

 

彼の姿を見たある者───桐藤ナギサは誰だと首を傾げ、

 

「...む?彼はたしか...」

 

ある者───連河チェリノは既視感を覚え、

 

「───うそ」

 

ある者───七神リンは声を失い、

 

「キキッ...なに?」

 

ある者───羽沼マコトは笑みを消し、

 

「...どうして、そんな...都合の良い話...」

 

ある者───扇喜アオイは瞳を潤ませる。

 

翻すは白い制服。

 

《私のお下がりを改良した物ですけど、遠慮せず使ってくださいね!きっと役に立つでしょうから!》

 

連邦生徒会長自身が、少年の背格好に合うよう改造を施した、連邦生徒会長が羽織るための制服。

 

彼は、当初の予定であればシャーレの先生が腰掛けるべきだった席に尊大な態度で着席し、告げる。

 

「私が、独立連邦捜査部S.C.H.A.L.E代表代行、高城センです」

 

会長が信じ、アオイが慕い、リンが畏怖し、カヤが恐れたもう一人の超人が、帰還した。

 

 




会長>二年前会長≧センくん>>二年前センくん>中2会長>3徹中2会長≧精神研ぎ澄まし徹夜センくん>>越えられない壁>>カヤたそ

この男、前回はハレを堕としたにも関わらず二年前にアオイに唾をつけていたなんて...絶対に許しません、陸八魔アル。

ちょっとアンチ・ヘイト強めだったかな...苦手な人はすみません。一応タグ付けたから良いですよね...?

アオイちゃがセンに好意を抱くようになったのは助けてもらったのもありますが、その後に生活していく中で積み上がったスパダリ成分のせいです。
ハレちゃはホワイトハッカーの矜持への共感、そしてハレちゃ自身が彼の正義感に敬意を抱いたことで、そのまま憧れが好意へと発展しました。

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