『纏害蠱毒』のヒーロー道   作:龍川芥/タツガワアクタ

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「ロンリー様とでも呼んでくれ」

「――人は、生まれながらに平等じゃない。」

「勝ち組が居れば、」「負け犬が居て。」

「主人公が居れば、」「やられ役も居る。」

「前者はなにをやったってカッコ良いし」「いつだってサマになってるけど、」

「後者は括弧を割るほどにカッコ悪いし」「様をつけたとてサマにならない。」

「これが物心ついた時には知っていた」「社会の現実。」

「そして俺様の」「カッコ悪い俺様の」「サマにならない俺様の」

「数えきれない挫折のうちの、取るに足らない最初のひとつさ――」

 

 

 

 

-001

 

「キャアアァーーーー!!」

 

 絹を裂くような悲鳴が、澄んだ朝の空気に思いっきりぶちまけられた。

 

「ひったくりよーッ!」

「チッ!!」

 

 喉を刺すように寒い冬の日の朝。いかにも都会という言葉が似合う静岡県垢離里の街中で、個性社会ではありふれた事件が起こっていた。要するに、個性を使った犯罪だ。

 起こった事件はひったくり。

 今しがた、歩道を歩いていた女性から鞄をひったくった男――ヘルメットで顔を隠しているが明らかな異形型の個性持ち――は、その優れた身体能力を活かして逃走する。ヒーローが騒ぎを聞きつけて寄って来る前に一目散に現場を離れ、逃げ切る為に。

 そんな男は……ふと気付いた。

 歩道の先。逃走経路の只中に、背を向けて呑気に歩いている少年が1人。黒い学ランを着た彼は、先の悲鳴を聞いていなかったのか……こちらに気付かずゆっくり、悠々と、優雅に道を歩いている。男から見たその背は見る見るうちに大きくなっていく。逃走中の余裕のない犯人にとって、自分よりも小さなその背は道を塞ぐ壁のように見えた。焦り、叫ぶ。

 

「どけ、ガキ!」

「ん?」

 

 少年が声に反応して振り向く――が、男の健脚故か、彼我の距離がゼロになるほうが早かった。

 当然、反応できていない少年は男の逃走経路を塞ぐ形となり。焦った男は咄嗟に、邪魔な少年を進路からどかそうと拳を振るった。つまり、手を前に突き出して、手を出した。

 

「邪魔だ!」

 

 グシャ!! と。

 男が少年の無防備な横っ面を背後から殴り付け――そして当然のように悲劇は起こった。

 

 通りすがりに殴られた少年は、その拍子に道路に飛び出してしまい、

 たまたま通りがかった車に轢かれて吹っ飛ばされ、

 道沿いの建物の窓に頭から突っ込み、

 割れたガラスの破片に全身をズタズタにされ、

 そしておまけに、たまたま上空を飛んでいた烏の糞を尻に落とされて沈黙した。

 

 なんという不幸な負の連鎖……笑えない悲劇のわらしべ長者、最悪なだけの塞翁が馬。

 死んだ。多分死んだ。

 

「……え、いや」

 

 その余りの惨状に、文字通りの惨い状況に、「そこまでやるつもりじゃ」と殴り付けた本人でさえ思わず足を止めてしまい。

 

 ――ちくり。

 

「痛ッ?」

 

 男の腕を痛みが刺した。

 その痛みに、違和感に、男は足を止めたまま、思わず少年を殴った腕に視線を落とし。

 そして、見た。

 

 百足。毒蛇。毛虫。蟻。蜂。蛭。毒蜘蛛。毒蛙。

 うぞうぞと腕の上を這い回る、多種多様無数の毒蟲たちを。それらに群がられ、噛み付かれ、刺され、塗り込まれ、毒々しい紫色に変色した己の肌を。

 

「ぎゃ、あああああああああああ!?」

 

 気付いた瞬間、思い出したように激痛が腕を襲う。否、腕だけではない――虫と共に、痛みは肘を通り肩へ、そして全身へと回っていく。

 痛い。苦しい。気持ち悪い。余りの異常事態に声も出せず蹲ってしまった男、その醜態を嘲笑うかのように、明後日の方向から声がかかる。

 

「――おっと、もう毒になっちゃった?」「それとも猛毒になっちゃった?」

 

 激痛に苛まれている最中だというのに妙に耳に残る声。思わず声の方を振り返れば、そこには先のボロ雑巾みたいになった少年が。

 血塗れ傷塗れ糞塗れの彼は、常人なら立ち直れない程痛めつけられた彼は……グググ、と。糸で吊られた人形のような、意図など持たないゾンビのような、不死身じみた不気味な仕草で不撓不屈に立ち上がった。

 

 ――その少年は。虫が好かない奴だと一目で思わされる程、無性に気持ちが悪かった。

 

【挿絵表示】

 

 髪が二房、虫の触覚のように上に飛び出たのが目を引く少年。

 年齢は恐らく中学生程……少し小柄で、着ている学ランはまるでサイズがあっておらず、袖がダボダボで手が隠れている。その様は少し不恰好だが、そんなことはまるで問題ではない。

 顔も。声も。恰好も。別に度を越えて異常な訳ではない。寧ろ凡庸でさえあるだろう。

 なのに。

 

「無視は酷いな」「傷つくぜ」「剰えそんな虫を見るような目で見られたら」「いくら俺様でも腹の虫が収まらなくなる」

 

 声を聴くだけで虫酸が奔る。見るのが苦痛で無視したくなる。見られていると思うだけで、苦虫を嚙み潰したような気分にさせられる。

 ひったくりの犯人などとは比較にならない程の、頭を搔き毟りたくなるような忌避感、嫌悪感。もしこの場に一部始終を目撃していた第三者が居たとしても、間違いなく「悪いのは少年の方だ」と断言するような無二で無性な薄気味の悪さ。

 そんな気味が悪い少年は、「君が悪い」と全身で主張しながら男に近付いて来る。

 

「でも大丈夫」「俺様は虫が好かないから」「もとい無視が好かないからさ」「嫌いな奴でも無視はしないぜ」「ていうか寧ろ構い倒す」「逆に(むし)()んじゃうほどにね――」

 

【挿絵表示】

 

 ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ――!! と虫が這い寄ってくるかのような異音が耳を汚すのは幻聴か。少年の服の下から無数の毒虫が這い出て来たのは幻覚か。

 己の首を這い上がって来た百足を、ブチィ! と嗤いながら食い千切り。

 文字通り(むし)()む少年は、倒れた男に毒虫だらけの手を伸ばす――。

 

「――」

 

 がくん、と。

 ひったくり犯の男が気絶し、そのまま地面に倒れ込んだ。

 

「あれ」「おーい?」

 

 声をかけても男は苦し気に呻くだけで、その意識が戻る様子は無い。

 果たして毒の効果なのか、痛みが閾値に達したのか、恐怖が限界を超えたのか……それは分からないが、ともかく男は気絶した。意識を失って痙攣し続ける、返事を返せない状態となった。

 そんな男を前にして、虫の好かない少年は。

 

「……ちぇ」「先に声をかけてきたのはあなた様なのに」「そうまでして俺様を無視したいのかよ」「なら虫が好かない俺様も」「あなた様なんか無視してやるよ」「ばーかばーか」

 

 くるり、と男に背を向けて、少年は元のように歩き出す。

 その体には、纏わりついていた毒虫一匹、刻まれた傷や血の汚れひとつ付いておらず……全て幻覚だったかのような彼とは対照的に、周囲はやにわに騒がしくなり始めていた。

 

 

 「……おい、人が倒れてるぞ!」

 「意識がない、全身が青ざめて痙攣してる……! 呼吸もおかしい、とにかく救急車を――」

 「そ、その人ひったくりです! 私の鞄を盗んだ人で間違いありません!」

 「え!? でも私は今到着したばかりで……他のヒーローも居ないし、じゃあこれは一体誰が……」

 「おい、どうにかしてくれよヒーロー! 何かがぶつかったと思ったら、俺の車がドロドロに融けてさ……!」

 「ウチの店もだ! 何かが窓を割って突っ込んで来たと思ったら、大量の虫が店内を這い回って……虫は消えたが商品が滅茶苦茶だ!」

 「一体ここで何が……凶悪な(ヴィラン)の仕業なのか……!?」

 

 

 しかし、背後の喧騒などどこ吹く風。

 少年は最初に殴られた頭をさすり、早朝の空を仰ぎながらこうぼやく。

 

「あー(いた)かった。」「とんだ殴られ損だぜ、まったく」

 

 


()()(とり) (ろん)()

所属:■■中学 三年マイナス十三組

血液型:AB型

志望校:雄英高校ヒーロー科

備考:本日実技試験受験当日


 

 

 

 

-002

 

 事の始まりは中国・軽慶市。"発光する赤子"が生まれたというニュースだった――。

 

 超人社会の成り立ちは、大体このような起句から語られる。そして「超常」が「日常」に、「架空(ゆめ)」が「現実」にと繋がり、ヒーロー様の登場へと繋がるのだ。

 俺様がこの15年の人生で――あるいは15年の人でなしとしての人でなし生で――学んだ所によると、人間様というのは往々にして、物事の「始まり」という奴を気にしがちだ。

 

 光る赤子様が生まれたから、超常社会が始まった。

 お父様とお母様がセックスして精子と卵子が出会ったから、あなた様がこの世に生まれた。

 ビックバンが起こり宇宙が生まれ太陽と月と地球が生まれたから――あるいは神様が1週間でぱぱっと作ったから、皆様が生きるこの世界は完成した。

 

 とまあこのように、人間様は「終わり」と同じくらい、万物の「始まり」を決めたがる。

 普通端っこの方に隠れているソレを、恥も外聞もなく引っ張り出して、これこそが何々の「始まり」なのだとはしたなくはしゃぎながら皆様の前へ弾き出すのだ。

 飽きることなく。

 諦めることなく。

 空きを埋めずにはいられないとばかりに、「始まり」を漁り明らかにする。

 馬鹿馬鹿しさも甚だしい。なんて無意味なのだろう。無為で忌むべき奴等なんだろう。

 

 「今」――それこそが世界の、皆様の、俺様達の居る場所なのに。絶対に変えられないただひとつの、己の意思で変えられるものなのに。

 今しかないと戒められる程貴重な今を捨ててまで、なぜ忌々しくも端っこの「始まり」なんかに構うのか。それは一度しかない学校行事の主役を、自分たち学生ではなくその親に割り当てるのと同じくらい、今を疎かにした愚かな行いだろう。少なくとも、俺様にはとんと理解できない。

 

 見た覚えも無い「始まり」を知ったって。

 見る予定も無い「終わり」を予想したからって。

 そんな触れられないし変えられもしないものに構う余裕なんて、「今」を生きる俺様達には無いというのに――。

 

「だからまあ」「俺様は原点(オリジン)なんて堅苦しいもの語らないぜ」「俺様って奴はとことん『自分』ってのが無い奴だって自覚してるし」「それは皆様の脳内で都合よく」「不都合の無いように内容を補完して欲しい」「つまり、俺様はなんとなく、」「確固たる意志で、」「周りに流されて、」「両親からの圧力で、」「純粋な憧れで、」「純粋な悪意で、」「興味本位で、」「心の底から、」「表面的な理由で、」「10年来の夢で、」「たった今思いついて、」「そのどれでもなく、」「結局のところ要するに、一番大事な結果だけ言えば――」「――俺様、()()(とり)(ろん)()様は、ヒーローになりたいと思ったのさ」

 

 

 ――時は2月26日、雄英高校実技試験当日。

 

 余裕を持って早朝に家を出。

 ひったくり犯に殴られ車に轢かれ窓ガラスで全身を切り烏の糞を浴び。

 躓いてゴミ箱に頭から突っ込み、弾みで工事現場に飛び込んでコンクリートの泥濘に埋まり。

 ヒーローから職質を受け、冤罪で疑われ、連行されかけて暴行され。

 なんだかんだで財布を失い、鞄を失くし、やる気も9割は削がれて今。

 俺様にしては随分と順風満帆な1kmの道のりを、しめて徒歩約2時間弱……。

 

 俺様の眼前、「H」型の両端で摩天楼の如く天を衝くのは、国立雄英高等学校の巨大な校舎本棟。

 全面ガラス張りのハイテク全開な建物が陽光を受けてきらりと光る様は、まるで目の前にトロフィーが展示されているかのようだった。この場合優勝賞品は雄英高校への入学権で、その為のトーナメントが今から始まる実技試験といった所だろう。

 

「……いや」「しかし驚いた」「まさか俺様が試験会場に到着できるとはね」「何事もなく、とはいかなかったけど」「スタートラインに立てちまった」「なんて虫の良い話なんだ」「こりゃあ凄いや」「ひょっとしたら、今日こそ何かが変わるかもしれないぜ」

 

 そう独り言が口から出るくらい、俺様は現状に驚いていた。

 その理由を語るには、今までの俺様の半生を語る必要があるが――反省も恥じる所も無い、下らないだけの半生を語る必要があるが――そんなことに俺様は何の意味も見い出せ無いので端的に言ってしまうと、要するにこんなことは中々無いのだ。「スタートラインに立てる」という、普通の人様にとって普通の事が、俺様にとっては普通以上に珍しい。そしてそんな珍しい出来事がこんな大一番で起こることがどれだけ珍しい事なのかは、もう言うまでもないだろう。

 まさかこの俺様が、初戦敗退どころか不戦敗の常連だった俺様が……この人生最大の大一番において、目覚まし時計が壊れて寝坊するなんてことも、タイミング悪く流行り病に罹ってしまうなんてことも、道中でアクシデントに巻き込まれ行動不能になるなんてこともなく、会場に辿り着けてしまうなんて。おまけにやむにやまれぬ事情で試験が中止になったりしている様子もないときた。

 これは愛も希望もない俺様だって――愛も希望も抱けなくなる半生を送って来た俺様だって、流石に期待せざるを得ない。人生初の「勝利」って奴が、今日遂に俺様の身に訪れるという、そんな都合の良い奇跡との出会いを。

 そんな風に期待したからか――稀代の奇跡に期待を寄せてしまったからか。試験会場を前にして、なんだかイヤに緊張してきた。

 緊張とはつまるところ、結果に不安と期待を同時に抱くから覚えるものだ。今日こそ勝てるかもしれない、そして■■■るかもしれない……でも普通に考えれば、いつも通りから逸脱できずいつにも増して無様に負ける。

 

 でももしかしたら勝つ可能性だって、そりゃあゼロじゃないだろうしそもそも宇宙が生まれ地球が出来て俺様が俺様になったのが既に超超超低確率の奇跡なのだからそれに比べればまだ見込みはある訳だしやってみなきゃ分からないまあ運命みたいなものがこの世にあって俺様が絶対に勝てないって試合運びならぬ命運びを決められてるんだったらこれからやる努力は無意味な悪足搔きであってでもよく漫画の主人公は運命なんてぶち破って勝利を手にするしよくよく考えたら運命なんて見えもしない触れもしないものが本当に存在するのかどうかって分からないからこんな事考えてもまるで意味は無くてつまり今の俺様が考えてることって傍から見たら無意味っていうか無味無臭の地の文ああ間違えた思考って感じでいや人の心を読めるなんてそんな奴居るワケいや個性社会ならありえなくもないなそう考えるとなんだか急に恥ずかしくなってきたぞだって俺様って実は無味無臭ってより無味乾燥なツマラナイ奴でそのつまらなさはもう一周回って有毒級と言ってもいいイヤ中毒級と言うべきかなあれこれじゃなんだか俺様がやめられないとめられないくらい面白い奴みたいじゃないかでもそう考えると水清ければ魚棲まずって言葉もあるし人間多少は毒がある方が良いってことなのかもしれないぜ納得やったね万々歳でもじゃあなんで俺様に友達が1人も居ないんだろうおかしいな俺様って実は魚が棲めない程澄んだ水くらい綺麗な性格なのかそれとも単に棲める否澄んでる所なんて微塵も無い毒沼みたいな奴なのか後者だったら傷つくぜっていうかここまで読んでる或いは読み取ってる奴が居たらちょっと小布いよね間違えた怖いよね人の心を盗み見るなんて最低だぜまあ俺様が勝手に怖がってるだけって言われちゃ形無しなんだけどとりあえず無視は良くないから名乗りを上げて欲しいんだよねって思念をシレっと飛ばしても誰も反応しないなぁならそんな奴本当は居ないのかなぁまあ本当に居たら蝕んでやるけどそれか逆に虫食んでやるけどだって俺様虫が好かないし間違えた無視が好かないしだって無視ってよくないよね人を針の筵に座らせるような無神経な行いだぜ無性に腹が立って仕方が無いねつまり虫の居所が悪くなって腹の虫が収まらなくなるってことさあれそう言えば今「むし」って何回言ったのかな俺様スッゲーどうでもいいのになんか気になるなぁって言うか今何してたんだっけ……いけない。

 

 思いっきり緊張が加速して、意味のないことを延々と考えてしまっている。思考が空回りどころか脳内で乱痴気な空騒ぎをしている。ここが勝負所なのに、このままじゃ勝負どころではない。緊張感に押し潰されてしまえば最後、いつにない程いつも通りに大惨敗だ。

 それを避ける為には……丁度いい。

 耳を傾けるまでもなく、周囲の喧騒が耳に入って来た。

 

 「間に合った……」

 「どけデク!」

 「あれ『バクゴー』じゃね?」

 「お互い頑張ろう」

 

 周囲を見渡せば、俺様と同じく雄英高校ヒーロー科を受けるだろう受験生の皆様の姿が。ちょっと現実逃避じみているが――そんな現実逃避が染み付いている俺様だが、とりあえず彼等に話しかけてこの緊張をほぐすとしよう。それに同じ試験を受け、もしかするとこれから高校生活を共にするかもしれない見ず知らずの皆様とは、交友を深めておくに越したことはないだろう。

 これは勘違いされがちなんだけど……これでも俺様は――周りと比べて驚くほど劣っている俺様は、それでも人様とのお喋りが好きなんだ。

 

「やあやあ」「初めまして」「あなた様も受験生?」「俺様の名前は()()(とり)(ろん)()」「親愛を込めて」「あるいは嫌悪を込めて」「ロンリー様とでも呼んでくれ」「ああ、『様』は忘れずつけてくれよ」「じゃないと俺様みたいなやつは」「ちっともサマにならないからね」「それで、あなた様の名前を教えてもらえるかい?」

 

 とまあそんな風に、俺様がにこやかに話しかけた結果。

 

「……」

「あー、ごめんなさい急いでるんで……」

「キモッ、二度と話しかけてくんな」

「死ね」

 

 どいつもこいつも酷い態度で無視ばかり! というより殆ど虫けら扱いだ、虫が好かない皆様だぜ、俺様はこんな皆様と一緒にヒーローなんて目指せないね、全員失格だ蝕んでやろう――と思ったけど、一度は本心から決意したけれど……気付いた時には俺様の周りには誰も居なかったので、怒りは行き場を失い意気消沈した。

 

「……そう言えばもうこんな時間か」「試験が始まってしまうじゃないか」「なるほど、それで皆様は急いでたんだな」「俺様を好きで無視した訳じゃ」「虫けら扱いしたんじゃなかったのかも」「うん」「そうだな」「そうに違いない」

 

 そう、実技試験の時間が迫っていた。だから皆様揃って俺様に構う余裕がなかったのだろう。試験の合格を夢見ているのは皆様も同じなのだから、時間に間に合わず不合格だけは避けたいはずだ。

 というわけで俺様も、皆様に倣って会場へ急ぐことにした。急ぎ足で移動することにした。

 

「……でも」「もし本当に無視されてたら」「その時はちゃんと蝕んじゃおう」「だって、そんな嫌な奴をヒーローにするワケにはいかないし」「むしゃむしゃと(むし)()んで消しちまおう」「ああ、なんて良い奴なんだ俺様は」「誰に頼まれた訳でもなく」「無償で試験官をやるなんて」「天性のヒーロー気質って俺様みたいな奴のことを言うんだろうな、きっと」「うわー、そう思うとなんだかやる気が出て来た」「よーし、どんな手を使ってでも」「ライバルを全員蝕んででも合格するぞ――」

 

 そうして善良な俺様は、天性のヒーロー気質な俺様は。

 きっと4月から通うことになるだろう雄英高校の敷地内を、決意と共に走ったのだった。

 

 

 

 

-003

 

 倍率300超、全国最高峰の人気と難易度を誇る雄英高校の実技試験――雄英高校出身のプロヒーロー兼雄英教師でもあるプレゼント・マイクから受験生たちに告げられたその内容は以下の通り。

 

 ①本試験は模擬市街地演習場を舞台とした、10分間の演習である。

 ②受験者の目的は個人単位でより多くのポイントを稼ぐこと。

 ③三種類のロボットを行動不能にした場合にポイントを入手できる。その場合、ポイントは行動不能にしたロボットの種類によって異なり、それぞれ難易度が低い順に1P(ポイント)、2P(ポイント)、3P(ポイント)である。但し最も撃破難易度が高い四種類目のロボットは、行動不能にした際のポイントが0P(ポイント)であり、基本的には回避が推奨される。

 ④演習場には四種類のロボットが複数配置されているが、具体的な数は受験者に開示されない。

 ⑤個性の使用は推奨されている。

 ⑥持ち込みは自由。

 ⑦他人への攻撃など、ヒーローらしからぬ行為は禁止。

 

「ふむふむ」「大体分かったぞ」「しかしロボット様とは」「蝕みがいがありそうだ」

 

 そのプレゼンを受けるホールの中には、当然受験生の1人である()()(とり)(ろん)()の姿もあった。憐れ近くの席になってしまった縦横斜め全ての受験生から可能な限り距離を取られた、既に蛇蝎の如く気持ち悪がられている彼は、何を思ったかふと手を上げた。手を上げて、声を上げた。

 

「――質問いいかな」「プレゼント・マイク様」「俺様は虫が好かないからさ」「もとい無視が好かないからさ」「答えてくれると嬉しいなぁ」

『……あー、オーケー受験番号4913君。聞かせてくれ君のお便りを』

「ありがとう」「ずばり単刀直入に訊くけれど――」

 

 そうして。彼に発言権を与えたことを、プレゼント・マイクはすぐに後悔することとなる。

 何故なら――()()(とり)(ろん)()の質問は、この広いホールの隅から隅までを瞬く間に凍り付かせたのだから。

 

「――()()()()()()()()()()()()?」「希望に満ち溢れた中学3年生の」「優秀なヒーローの卵様がさ」「不慮の事故で、」「ロボットの暴走で、」「仕組まれた謀略で、」「当たり所が悪くて、」「誰かに蝕まれて、」「天文学的な確率で、」「憐れに無様にあえなく命を落とした場合」「二度と会えなくなっちゃった場合」「一体誰が責任を取ることになるのかな?」「まさか天下の雄英高校様が」「『絶対に死人なんか出ない』とか」「少年漫画のご都合主義設定みたいな」「虫の良いこと言わないよね?」

 

 ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ――と。

 不快な声が、言葉が、幻聴が、容赦なく耳に入って来る。それはまるで毒虫の群れが耳の穴から体内に入り込み背筋を這い回ったような錯覚を、その場にいた全員に容赦なく与えた。

 シン、とホールに静寂が満ち、室内に満ちていた熱気のようなものが弱まるのを誰もが肌で感じる。

 虫が好かない、虫すら好かない少年の、蝕むような無神経な物言い。だがホールが静まり返ったのは、その無性な気持ち悪さだけが理由ではない。

 彼等は蝕まれていた。()()(とり)(ろん)()が原因で。

 

『あー、そりゃ多少の怪我人は出るかもしれねえが……ロボットには勢い余って大怪我させないようプログラムされてるし、何かあっても俺達10人以上の教師兼プロヒーローが控えてて、リカバリーガールを始めとした医療班も演習場の傍にちゃんと居る。それに今まで実技試験で死人が出たことは一回も無いし、要するにそんな心配はしなくても良いって事で……』

 

 言いながら、プレゼント・マイクは「これじゃ駄目だな」と分かってしまった。

 今の答え方では、受験生たちに植え付けられてしまった「恐怖」を拭いきれていない。というより逃げ道を執拗に潰すような質問のせいで、そんな答え方しかできなかったのだ。

 

 そう、「恐怖」。

 今の()()を聴いた受験生たちは、否が応でも想像してしまっただろう……「自分が死ぬ」姿を。考えてしまっただろう……多少なりとも危険を孕む試験の中で、何らかの事故が起きてしまう可能性を。それはつまるところ「失敗のイメージ」だ。積み上げて来た自信によって蓋をされていた奥底の恐怖――それを今、()()(とり)(ろん)()に纏めてほじくり返されたのである。

 

「(コイツ……周りの受験生の士気を下げて意気消沈させるために、質問を装って恐怖を煽ったんじゃねえだろうな。質問って形なら全員に漏れなく耳を傾けさせられるし、おいそれと『妨害行為』と判定することもできねえ……)」

 

 プレゼント・マイクがそう疑ってしまうのも無理はない。それ程までに今の()()は確信犯的で、質問の主にはそう思わせるだけの虫の好かなさがある。

 けれど結局の所、これはただの疑惑なのだ。なにせ虫の好かない()()(とり)(ろん)()は、あくまで()()()()()()()()()。例え「今のはこういう裏の意図があったんだろう」と糾弾しても、本人がけろりとした顔で「ただの質問だったんだけど」「気を悪くしたのなら謝るよ」などと言ってしまえば、誰もそれ以上追及することはできない。そこからはただの水掛け論にしかならないからだ。

 疑わしきは罰せず、である――疑わしくても罰せられず、疑わしき男は罰せられない。

 或いは、そこまで全て計算ずくか。

 

「(なんていうか、たかが受験生のひとりにこんな事思いたくないんだが――)」

 

 そしてプレゼント・マイクは。大なり小なり気勢を削がれた周囲の受験生たちは。

 ホールじゅうの注目の的になりながらも、虫も殺さないような表情で微笑む()()(とり)(ろん)()に対して、壮絶に痛烈に思わされる。

 

「?」「なんだよ皆様、俺様の顔をじろじろ見て」「気持ち悪っ」「引くわー」

 

 そうして、1人を除いたホール内の全員の心はひとつになった。

 彼等は声を揃えて言う――代わりに、心を揃えて強く思う。

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

 

 

 

-004

 

 試験会場、模擬市街地演習場前。

 プレゼント・マイクのプレゼンを受け終えた受験生たちは、それぞれA~Gのグループに分かれて、それぞれ別の演習場の前で一塊に――全体で見れば六塊に――なっていた。

 そんな集団の中。市街地演習場というより「市街地そのもの」の演習場を見て、彼は思わず声を上げる。

 

「うっひゃー」「なんて広さだ」「まるで一個の街じゃないか」「どれだけのお金がかかってるんだろう」「湯水のごとくかけられているんだろう」「土地代、開発費、建築費、維持費用」「中学生の俺様には想像もできない大金だ」「となるとやっぱり」「金の出所は国民の皆様の血税かな」「だとするとこの街がこれから始まる演習で壊れたりすると」「また税金を使って建て直すんだろうなぁ」「一握りのエリートにしか使えない」「誰も住めないゴーストシティを」「国民全員から巻き上げた税金で」「また壊すために補修する」「なるほど、これがヒーロー社会かぁ」「なんて素敵な世界なんだろう」「ねえ、あなた様もそう思わない?」

「「「(うわぁ、コイツと一緒の会場かぁ……)」」」

 

 またしてもその虫の好かなさを遺憾なく発揮している如何ともし難いイカれた少年、()()(とり)(ろん)()。そしてそんな彼と同じ会場ということで気が落ちてしまった、6分の1の不幸に見舞われた受験生たち。

 それぞれが思い思いに準備したりストレッチしたり精神統一したり逆に精神攻撃したり――最後のはやっているのは1人だけだが――する中。

 

『ハイスタートー!』

「ん?」「え?」

 

 唐突なアナウンスが響き、受験生たちが気の抜けた声を漏らした。

 事前通告、心の準備、カウントダウンなど気の利いたものは一切無し……不意打ちのような、というよりは不意を突くことを明確に狙ったスタートの合図。それはプロヒーローの実際の現場での、いついかなる時に事件が起こるか分からないという状況を再現したものだ。

 つまりそのアナウンスが意味することは、心構えや瞬発力もこの試験で試されるもののうちのひとつということ。最もその意図を一瞬で汲み取るなど、常人にはとても不可能だが。

 そんな不意打ちのようなスタートの合図に、どれだけ優秀でもまだ中学生の受験生たちが出遅れる中……ただ1人だけ、駆け出している者が居た。

 

「あいつは……!」

 

 それは、はみ出し者を体現するかのように集団から飛び出し、独り走り出すその少年こそは。

 

「おいおい雄英志望のエリートの皆様」「ちょっと想定が甘いんじゃないかい?」「正々堂々生きてるからかな」「想定外の不意打ちに弱いんじゃないの?」「そんなんでヒーローになんかなっちまったら」「悪いヴィランに瞬殺されて」「虫に毟られる死体になっちまうだろうな」「お先真っ暗だね可哀想に」

 

 ()()(とり)(ろん)()。虫の好かないお邪魔虫。

 見事にスタートダッシュを決めた彼は、出遅れた受験生たちをこれでもかと嘲笑う。

 

「俺様は違うぜエリートの皆様」「なにせ下劣悪辣なんでもござれ」「臆病者の卑劣漢!」「この程度の不意打ちなんかで遅れをとる俺様ではないのさ」

 

 想定外の不意打ちなど、彼はいつだって想定している。勿論()()()()()ではなく()()()の立場で、ルールを逸脱しない範囲の反則を、勝負をふいにする方法を常日頃から考えている。

 尤も、それがなくても彼は虫の好かない()()(とり)(ろん)()。彼は耳にしたあらゆる言葉を無視しない。常識外れの嫌われ者が故に、常人なら無意識で「自分には関係ない」と弾いてしまう言葉だって、「もしかしたら」と自意識過剰に反応できる。

 

「ようし」「このまま俺様が」「落ちこぼれの俺様が」「鼻につく上に鼻持ちならないエリートの皆様を置き去りにして」「その甚だしく高い鼻っ柱をへし折ってやるぜ――」

 

 そんな彼を、スタートの合図から何拍も遅れて他の受験生たちが慌てて追い――。

 

 ――あっさりとあっけなく当たり前のように、追い付いてそのまま追い抜いた。出遅れた受験生たちは1人残らず、見事なスタートダッシュを決めた()()(とり)(ろん)()を抜き去ったのだ。

 

 簡単な話。()()(とり)(ろん)()の運動能力は受験生の平均を大きく下げ、下がった平均を更に大きく下回る程に低い……つまり彼は、普通に足が遅いのだ。

 

「……やるねエリートの皆様」「正々堂々、卑怯な俺様に遅れを取らせるとか」「これだから嫌なんだエリートってのは」「はーあ、つら」「やってらんないよこんなの」

 

 意図せず他の受験生の運動能力を引き立てることになった、ただスタートダッシュが上手かっただけの鈍足で虚弱なかませ犬の少年は、自分を追い抜いた沢山の力強い背中を見ながら力なくぼやく。

 栄養状態が良くないからだとか、筋肉が付きにくい体質だとか、地道に鍛錬できる性格と環境と運を持っていないだとか、言い訳ならいくらでも用意できる。だが、本質はそこではない。すくすく成長できる程栄養状態が良くても、優れた身体能力を手に入れても、凄い量の努力を積み重ねても、それで()()(とり)(ろん)()が勝つことは無いからだ。

 肉体改造も環境改善も性格矯正も望めないし、そんな所に望みは無い。ならばと権謀術数手を尽くし、卑怯な手段を惜しみなく使い、これでもかと言うほど不意を打ち、徹底的にルールの穴を突いて……それでも負ける。当たり前のように負ける。気付いた時には負けている。

 決定的に徹底的に、絶対的に絶望的に、彼はそういう星の元に生まれついているのだ。

 

「でも」「ま」「諦める訳にもいかないか」

 

 それでも。()()(とり)(ろん)()は走り続けた。集団の最後尾という立場を、大きく離されたドンケツを、広がり続けるだけの差を受け入れて、それでもへらへら笑いながら、走った。

 ()()()……或いは()()()なのか――負け犬への更なる受難か、やられ役の逆転のチャンスか――駆動音を響かせ、壁をぶち破り、()()()は少年の前へ姿を現した。

 

 粉塵纏いて現れたるは、異形の姿を持つ鉄の怪物。どこか爬虫類にも似た角ばったフォルム、一挙手一投足に連動するモーター音。少年よりも一回り大きな体躯を誇る文字通りのモンスター・マシンは、(カメラ)で標的を捉えると同時うなりを上げて突っ込んで来る。

 

『――標的捕捉!! ブッ殺ス!!』

 

 その腕にペンキで塗られた数字は「1」。そしてその姿形は事前の資料で見たのと瓜二つ、即ち1P(ポイント)のロボット。

 迫る敵機――ゲームで言う雑魚敵、量産型のやられ役を前に、()()(とり)(ろん)()は笑う、嗤う。その両手の袖の奥から、武器のように巨大な百足を覗かせて――。

 

「来いよロボット様。」「無心で」「無神経に」「虫食んでやるぜ。」

 

 そして、両者の影は激突し。

 

 バキ!!

 

 ロボットの単なるぶちかましが当たり前のようにぶち当たり、()()(とり)(ろん)()は当たり前みたいに向こうの辺りへ吹っ飛ばされた。見事な即落ち二コマならぬ、見物な即落ち二行であった。

 高速移動した鉄塊の突進を、車に轢かれたのと同じくらいの衝撃をモロに受けて、彼の体が宙を舞い近場の壁に叩き付けられる。更に衝撃でコンクリート製の壁が壊れ、ガラガラと崩れた瓦礫に埋まる。一撃で勝負が決まるどころか、一触で土葬まで済んでしまった。

 

(ヨワ)……』

 

 その余りのあっけなさと言ったら、口ほどにも無い足元にも及ばない手応えの無さと言ったら、ロボットですらそう呟いてしまうほどで。

 そう。残念ながら、ロボットと彼ではやられ役としての格が違う。才気あふれたエリートの踏み台として作り出されたロボットと、そこらの一般人にもまるで勝てない()()(とり)(ろん)()。そんな両者が激突した時の結果は火を見るよりも明らかであった。

 

 しかして彼は()()(とり)(ろん)()、常敗無勝の負け上手。勝利まで手が届かないが故に、痛み分けならお手の物――。

 

「――確かに俺様は弱いけど」「無視は好かないぜ」「ロボット様」

『!』

 

 ガラガラと瓦礫を押しのけて、グググと少年は立ちあがる。

 今更立ち上がった所で、勝敗は何も変わらない。

 

 ロボットは追撃を加えようとして――気付いた。

 

『ガ、ギ……』

「おっと、もう毒になっちゃった?」「それとも猛毒になっちゃった?」

 

 動かない。腕部が脚部が関節部が接合部が、スピーカーがジョイントがモーターがタイヤが、情報分析機構が行動決定処理が電波受信機能が疑似人格装置が、思うように動かないどころか思いもよらぬ程動けない。

 何故。どうして。ロボットはその疑問の答えを、壊れる寸前の(カメラ)で見た。

 

 百足。毒蛇。毛虫。蟻。蜂。蛭。毒蜘蛛。毒蛙。

 ロボットの機体、その全身には余すところなく、無数の毒虫が張り付き這い回っていた。それらに群がられ、噛み付かれ、刺され、塗り込まれ、注入された毒が、強酸のように鉄の体をじゅうじゅうじゅくじゅくと融かしている。故に機能不全、故の動作不良。

 

 その様子を見て……いつの間にか自らも全身に毒虫を纏っていた()()(とり)(ろん)()は、邪魔な瓦礫を同じように虫に集らせ毒で融かして破壊しながら一歩一歩と距離を縮める。

 

「俺様に触れたあなた様の方が、逆に(むし)()まれちゃったみたいだね」「虫の角ならぬ、虫の毒牙にかかっちまったみたいだね」

 

 ロボットは壊れかけの処理能力を動かし分析する。いったいいつ攻撃されたのか。そんな様子はまるで無かった……逆に攻撃したことならあったが……。

 はたと、気付く。()()(とり)(ろん)()の袖の下から服の隙間から溢れた毒虫たちは、しかし彼の体を這い回るだけで、地を這ったり飛んだり糸を伝ったりして彼の体から離れようとはしない。例外はその足元の瓦礫、大量の毒虫に食い荒らされ毒で融かされて障害物としての役割を奪われているそれらだけ。

 ロボットと瓦礫の共通点。それはつまり……()()()()()()()()()ということ。ロボットは攻撃の際に当然激しく接触しており、瓦礫は彼の手や足に触れたもののみが毒虫に集られている。

 つまり、これは攻撃されたのではなく。

 

「そう、俺様に触れると蝕まれるのさ」「(むし)()まれて(むしば)まれるのさ!」「猛毒に犯されて孤独に死ぬとか」「腐食してショックを受けるとか言い換えてもいい」「でも勘違いするなよ、俺様が何かした訳じゃ無い」「危うきに嬉々として近付いたのは」「藪をつついてしまったのは」「祟り神を思いっきり殴り付けたのは!」「他の誰でもないお前なんだぜ。」

 

 攻撃したのはロボットの方だった。邪魔をしているのは瓦礫の方である。()()(とり)(ろん)()は何もしていない。彼には何も出来ないのだから。

 そう、彼はやはり口ほどにも無く、雑魚敵の足元にも及ばず、手応えも歯応えもまるで無い。それは決して変わらない。だが――ロボットに手も足も出ず、食らいつくこともできなかった()()(とり)(ろん)()だが――それでも彼には毒があった。触れば神すら立ちどころに祟る、懲悪にして凶悪な猛毒が。

 

 ()()(とり)(ろん)()が遂にロボットの元まで辿り着き。

 その壊れかけで動かない体に、そっと腕を回して接触した。

 そして敗者は嗤い、囁く。

 

「――唾棄すべき蟲毒(こどく)で、抱き殺す。」

「それが俺様の纏害蟲毒(リトルポイズン)!!」

「覚えて貰わなくても大丈夫。」「所詮、触れなきゃ虫一匹殺せない」「しがない孤独な過負荷(マイナス)さ。」

 

 纏害蟲毒(リトルポイズン)。触れた相手を逆に(むし)()スキル、もとい個性。

 抱き着いた少年の、蟲毒を纏った体が離れる……その時にはもう、ロボットは夥しい量の毒虫に集られ、異常な量の毒を全身に流し込まれており――。

 

「あー痛かった。」「これでたったの1P(ポイント)か」「とんだ殴られ損だぜ、まったく」

 

 グシャァ……!! と虫食まれ蝕まれ尽くしたロボットが、原型を失って崩れ落ち。

 それを尻目に復活した敗者は、頭をさすりながらそう言った。

 その全身に既に毒虫はおらず、受けたハズの外傷も無い。

 全ては夢幻の如く……ではないのは、背後に散らばったロボットの死体(ざんがい)が証明していた。

 

「さて」「次は――」

 

 ()()(とり)(ろん)()は周囲を見回し。

 遠巻きにこちらを見ていた、ロボットたちと目が合った。

 1P(ポイント)、2P(ポイント)、3P(ポイント)。今の話を聞いていた三者三様の彼等はしかし、異口同音に騒ぎ立てる。

 

『今ノ聞イタカ?』

『アア、アノ人間ニ触ッタラヤバイ』

『気持チ悪……虫ガ好カナイッテコンナ感覚ナノカ』

『ナンテイウカ、デキレバ会イタクナカッタッテカンジダナ』

『マア、トリアエズ』

『アア』『ソウダナ』

『『『――逃ゲロ!』』』

 

 瞬間、ロボットたちは一斉に、蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げだした。

 

「……無視は酷いな」「傷つくぜ」「とか言ってる場合じゃないっ」

 

 ()()(とり)(ろん)()も慌ててロボットたちの背を追う。

 だが。

 

「うん」「まあ」「俺様が走りで追い付けるわけないよねー」

 

 ぐんぐんと広がる彼我の距離。追えども追えども追い付けない。

 だが、それも当然。()()(とり)(ろん)()の身体能力は前述の通り低い。相手が毒に蝕まれてでもいない限り、彼がロボットに追いつくことは出来ない。

 また、逃げる相手を毒で蝕み足止めすることも難しい。

 なぜなら彼の纏害蟲毒(リトルポイズン)は、触れた相手を逆に(むし)()スキル、もとい個性。つまり、相手を毒で蝕む為には相手に触れる――あるいは触れてもらう必要がある。故に()()(とり)(ろん)()は、逃げに徹されるだけで簡単に勝ち目を失ってしまう。

 

「ちょっと待ってロボットの皆様」「ちょ、待てって」「お願いだから待ってくれよ」「待ってくださいお願いします」「無視するなよこのガラクタ、弱虫!」「ああくそ、振り向いてくれさえしない」「本格的にまずいぞこれは」

 

 ()()(とり)(ろん)()は本格的に焦り始めた。なにせ、相手はやられ役として作られたロボット。突くべき精神的弱点も、大切な存在も何もない……特異な彼が得意とする、ゆさぶりや盤外戦術が通じない。

 そのうえ。

 

「よし、20P(ポイント)!」

「32P(ポイント)目!」

 

 周囲の受験生たちは、明らかに大量のポイントを稼いでいた。やられたロボットの残骸から見ても嘘ではない。対し()()(とり)(ろん)()は現在1P(ポイント)。その差は比べるまでもなく歴然だ。

 劣勢に、苦境に、窮地に。立たされた少年は、しかし諦めずへらへら笑った。

 

「不利」「不調」「不運」「カードが配られた時には負けている……」「()()()()()()()」「そんなのいつものことだぜ」「こんな展開には慣れちまって」「なんの焦りも感じないね」

 

 それに、敗者復活大逆転の目はまだある。

 果たして、噂をすれば影が差すの言葉通りに()()は来た。

 

 ――大地が、揺れた。

 

 道路に足跡を刻み暴風を纏いビルを壊しながら現れたのは、ビルよりも大きな超巨大ロボット。山のように巨大なその異様なる威容は、演習場の何処に居ても見上げざるを得ない程だった。その巨大ロボットの正体こそ。

 

「0P(ポイント)の」「巨大ロボット様!」「なんてデカさだぜまったく」「一機作るのに何億円とかかりそうだし」「簡単に何十億円クラスの被害を出せそうだ」「こんな、俺様なんか目じゃないお邪魔虫を作ってるとか」「もしかして雄英高校って」「実は(ヴィラン)の組織だったりする?」

 

 圧倒的巨大さの巨体から繰り出される破壊力破壊力をこれでもかと強調する凶悪な姿は、ヒーロー志望のエリートたちでさえ逃げ惑うほど。それでも()()(とり)(ろん)()にとって、これは逆転のジョーカーだった。

 なにせ奴は、馬鹿でかい癖に0P(ポイント)の「お邪魔虫」。

 

「でもまぁ今はありがたい」「俺様よりも立派な大きいお邪魔虫が出て来てくれちゃ」「()()()()()()()は色々やりやすいってもんだからね」

 

 巨大ロボットの乱入で、演習場が混乱し始めた。普通にやれば絶対に勝てないこのポイント稼ぎ競争(レース)を勝つなら、こういう混乱に乗じるしかない。

 巨大ロボットによる騒乱の死角を突き、他のロボットに触れて蝕んでポイントを稼ぐ。こういう滅茶苦茶な展開こそお邪魔虫の本領発揮だ。最悪油断した受験生を蝕んででも、絶対に合格してやるぜ――。

 

「とはいえ」「流石に一旦は一時的撤退、もとい逃げの一手だぜ」「あんなのにペチャンコにされちゃたまったもんじゃないからね」「特に、俺様は足が遅いんだし」「デカブツ様から十分に距離を取ってから」「ゆっくりと混乱に乗じるとするか――」

 

 そして。

 巨大ロボットから離れる為背を向けようとした()()(とり)(ろん)()は、見た。

 

 巨大ロボット――ロボ・インフェルノの足元に。

 逃げようとして躓いたのか、倒れた女の子がひとり――。

 

 ……当然、助けるメリットは一切ない。早くこの場を離れてポイントを稼がなければ不合格になってしまう。そもそも彼は()()(とり)(ろん)()、何をしたって感謝どころか好かれもしない嫌われ者。何かの気まぐれで倒れた女の子を助けたって、時間と体力と合格の可能性を失うばかりで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()……。

 

「まあ」「俺様は虫が好かない奴だからさ。」

 

 まあ、だから。

 

 ――当然のように、信号が青になったから歩き出すかのように。

 ()()(とり)(ろん)()は女の子を庇って、ロボ・インフェルノの前に立ちはだかった。

 

「おいおい」「しっかりしろよお嬢様」「ヒーロー志望なんだろう?」「お姫様みたいに俺様に助けられるなんて」「そんなみだりに稀代の痴態を」「仔細までじっくり見てるだろう審査員の視界に晒して良いのかい?」

 

 軽口を叩き、へらへら笑って、彼はお決まりの敗北ルートにいつも通り足を踏み入れた。

 そりゃ不合格は嫌だけれど、生まれて初めての勝ちを綺麗さっぱり諦められる程人間出来ていないけど、お察しの通り女の子からは感謝の言葉ひとつ貰えなかったけれど。

 自己満足以外何の得にもならない? 自己満足(それ)()()()()()()()()()。いや、十分どころか最高の報酬だ。この俺様が、カッコ悪い俺様が、サマにならない俺様が……「自分に満足できる」なんて、これ以上はないってくらい最高じゃないか――!

 

 倒れた女の子を庇いながら。

 ひ弱でちっぽけなお邪魔虫は、生まれて初めての「満足できる自分」に歓喜して。

 

「生まれた時から誰一人近寄って来なかった」「蟲毒で孤独なお邪魔虫」「虫が好かない、虫一匹寄り付かない」「無視され続けた弱虫野郎!」「そんな()だって、皆と同じ普通のヒーロー志望だし――ここは括弧割るぶるのを止めて、サマにならない様付けを止めて――無視できない悪い奴を蝕んじゃうか。それとも逆に虫食んじゃうか!!」

 

 ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ――!! と毒虫が、()()(とり)(ろん)()の全身を這い回る。その両手に百足が巻き付き武器のように鎌首を擡げる。

 そして。

 

 グシャ!!!!

 

 巨大なロボ・インフェルノの巨大な手のひらが、小さな虫でも潰すみたいに、()()(とり)(ろん)()を叩き潰した。

 

 いつも通りの即落ち二行。

 ロボ・インフェルノが手を上げれば、そこにはクレーターのように陥没したコンクリートの道路と、その中心に埋まった物言わぬ少年の姿が。

 ……たとえ善行をつんだとて、心のひとつふたつ入れ替えたとて、彼は依然何も変わらず敗北者のまま。運命付けられた敗北に抗うことなど出来ず、たった一撃で戦闘不能になり無様に負ける。

 それでも。

 

「……計算、通りだぜ。デクノボー、おまえ、俺を無視できなかっただろ。そりゃそうだ、なにせ虫の好かない俺が、全力で虫の好かなさをアピールしたんだからな。だからお前は無毒な女の子じゃなく、ついつい有毒な俺を殴っちまった。そう、今のはお前が殴る相手を決めたんじゃない、俺に決めさせられたんだぜ」

 

 ボロボロで身動き一つ取れない、大の字で地面に埋まった()()(とり)(ろん)()は、それでもへらへら笑っていた。巨大なロボ・インフェルノを見上げながら、無傷の女の子が逃げていく足音を聞きながら、計算通りと嘯いていた。

 

 わざわざ目の前に出て来たのも、啖呵を切って目立ったのも……女の子を逃がす為、そして自分に触れさせて纏害蟲毒(リトルポイズン)の発動条件を満たす為。

 

 グググ、と。クレーターの中心で、地面に大の字に埋まっていたボロボロの()()(とり)(ろん)()は、しかし不死鳥のように立ち上がる。

 

「まあ、全身猛毒の俺が女の子の手を引いて逃げる訳にもいかないし、こうすることしかできなかったんだけどさ。それでも女の子は無事逃げ延びて、お前は蝕まれちまった。おやおやなんだか、これじゃあまるで俺が勝――」

『馬鹿ガ!』

 

 と、横合いから殴り付けるように罵声が響いた。振り向けば、そこにはクレーターの縁からこちらを見る、1P(ポイント)のロボットが。

 

「……アンタはさっきの、俺から逃げたロボットじゃん。何の用だい? 見ての通り取り込み中なんだけど……」

『思イ上ガルナヨ人間! オマエノ毒ガオレタチニ通ジテモ、「インフェルノ」ニ通ジルワケネー!』

「ああなるほど、煽りに来たのかー。俺ってばつくづく嫌われ者だな」

『ナニセ超巨大ナ「インフェルノ」二トッテ、オマエハ「虫ケラ」ミタイナモンダ! 象ニ蟻ノ毒ガ効ク訳ネーダロ!』

 

 同胞を無惨に殺された恨みか、それともそういう性格なのか。わざわざ敗者を煽りに来た1P(ポイント)ロボットが上を示す。そこには追撃せんと巨大な腕を振り翳した、超巨大なロボ・インフェルノの姿が。その、()()(とり)(ろん)()に触れた手のひらの中心にはうぞうぞと虫が蠢き、じゅうじゅうと毒が蝕んでいるが、それがインフェルノの巨大全身に回るとは思えない。

 ――そう思えなかったのは、残念ながらロボットだけだったが。

 にやり、と()()(とり)(ろん)()が笑う。毒虫塗れの体で嗤う。

 

「これがそうでもないんだぜ糞ロボット。なにせアイツは象じゃないし、俺も蟻なんてありきたりな生き物じゃない。そんなのよりもっと独特の、毒々しい生き物が俺なのさ。」

 

 ぽとり、と――液状化した鉄の塊が、()()(とり)(ろん)()の周囲に落下した。

 落ちたのはテニスボールくらいの雫。

 ぽたりぼたり、再び融けた鉄の雫が降る。

 今度はサッカーボールくらいの大きさ。

 ぼとり、鉄が降る。

 人を呑み込めるほどの大きさの液状化した鉄球が。

 ぼちゃり。

 遂に民家のように巨大な塊が地面に落下し形を失くす――。

 

 何が起こっているのか、見上げずとも察してしまった1P(ポイント)ロボットの耳に、駄目押しとばかりに説明が入り込んでくる。

 

「俺の体は蟲毒の壺みたいな、毒を閉じ込めた袋みたいなもんでさ……勢いよく殴られれば殴られる程、沢山の蟲毒が外へ飛び出すようになってるのさ。例えば、巨大ロボットのパンチみたいな超威力なら――たった一瞬触れただけでも、タダじゃ済まないだろうぜソイツは」

『テメエ、ソンナ設定(コト)サッキ一言モ……!』

「おいおい、難癖つけてくれるなよ。『コドクな奴を強く殴れば、ソイツのコドクはより強くなる』。そんなの当たり前の事だろう。そんな当たり前の事が分からない奴は、苦虫に嚙み潰されて当然だぜ。」

 

 ぼちゃり――。

 遂にロボ・インフェルノの腕が根元から融け落ち、地面に激突してド派手な飛沫を上げる。

 

 だが、毒は終わらない。毒虫による(むし)()みは、その毒による蝕みは、既にロボ・インフェルノの全身へ余すところなく波及している――。

 

 百足。毒蛇。毛虫。蟻。蜂。蛭。毒蜘蛛。毒蛙。

 無数のそれらに夥しく群がられ、何度も噛み付かれ、深くまで刺され、これでもかと塗り込まれ、そうして注入された毒が、強酸のように鉄の体をじゅうじゅうじゅくじゅくと融かしに融かし。

 

 グシャァ……!!

 

「ザマーミロ、人の言いなりで暴力振るうガラクタ野郎。逆に(むし)()んで、引き分けだ。『虫けらにさえ勝てなかった』って、恥ずかしながらぶち壊れろ。」

 

 遂にロボ・インフェルノの巨体が、蟲毒に融かされて崩れ落ちた。

 

『ンナ、馬鹿ナ……!』

 

 クレーターの縁で喘ぐロボットに、クレーターの中心、ロボ・インフェルノを下した蟲毒を有する()()(とり)(ろん)()から声がかかる。

 

「来いよロボット。お前も抱き合わせに抱き殺してやるぜ? 唾棄すべき蟲毒で、な。」

 

 ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ――!! と、虫が背筋を這い上がってくるような悪寒を、ロボットの身でしかと感じたその機体は。

 

『――テ、撤退ー!』

 

 一目散に逃げだした。

 そうして、ひとりぽつんとクレーターの中心に残された()()(とり)(ろん)()は。

 

「ちぇ、無視は酷いな。傷つくぜ――」

 

 どさり、と。

 大の字でクレーターの中心に倒れた。そして倒れたまま独り言つ。

 

「あー痛かった。」「そして疲れた、虫の息だ」「我ながら無私の粋じみた」「慣れないことをしたからかな」「もう一歩も動けない」「やっぱり俺様は」「括弧割るほどカッコ悪く」「様をつけてもサマにならない」「負け犬のスタイルが体に染み付いてるんだろうなぁ」

 

 既に全身を這い回っていた虫はおらず、傷も流血ごと綺麗さっぱり消えている。けれど()()(とり)(ろん)()立ち上がろうとはしなかった。否、立ち上がる力は残っていなかった。

 そして。

 

『終 了~~!!!!』

 

 10分間の実技試験が終わる。

 ()()(とり)(ろん)()――持ち(ポイント)1。

 遠くから快哉の叫び声が聴こえる。安堵の溜息も聴こえた気がする。いい点を取り合格確実となった受験生のものだろう。

 対し、倒れたままの負け犬は不合格確実の点数を自嘲して、空を見上げながらぼやいた。

 

「いいよなエリート様ってやつは」「愛されて育ってきたんだろうな」「ほんと、なんて下んない茶番だよ」「愛を知らない人間が」「愛を知る人間に勝てるワケないってのにさ――」

 

 ――彼にはあずかり知らぬ事ではあるが。

 この試験にはロボットを行動不能にすることで得られる「(ヴィラン)ポイント」とは別に、人助けによる審査制の「救助活動(レスキュー)ポイント」が存在する。これを加味すれば、最悪獲得(ヴィラン)ポイントが0の場合も、合格できる可能性は0ではない。

 だが。

 彼こそは()()(とり)(ろん)()。虫の好かないお邪魔虫。プレゼンテーションでの番外戦術を含まずとも、初対面から心象最悪スタートの彼と、「審査制」という採点方法の相性は言うまでもなく最悪であった。

 結果。

 

 ()()(とり)(ろん)()――(ヴィラン)ポイント1点、救助活動(レスキュー)ポイント10点――最終合計得点11点。

 

 つまり。

 

 ()()(とり)(ろん)()、雄英入試()()()

 『纏害蠱毒』のヒーロー道――打ち切り(バッドエンド)

 

「あー痛かった。」「とんだ殴られ損だぜ、まったく」

 

 そうして、頭をさすりながら、()()(とり)(ろん)()は夕暮れの街に消えていった。

 後日譚もオチもなく、大逆転大どんでん返しなど訪れず、ただ単に失敗して去って行った。

 未だ明かされぬ秘密を抱え、虚実と善悪を織り交ぜて、しかして結果は覆せず。

 いつも通りに嫌われ無視され敗北して、独り寂しく消えていく。

 これは言ってしまえばそれだけの話。

 負け犬が負け、やられ役がやられ、お邪魔虫がお邪魔虫らしく退散するどこにでもあるよくある話。

 

「嗚呼、チクショウ。()もいつか、誰かに――」

 

 おっと危ない、思わず漏れた負け犬の遠吠えなど、寛大な温情でお聞き逃しを。

 それでは皆様さようなら。俺様に会っちまってこんなところまで付き合ってくれた、苦虫を嚙み潰したような気分の皆様も大丈夫、なにせこんなカッコ悪いやられ役、明日になれば忘れるさ。それでも何かの間違いでトラウマになっちゃった場合は、そうだな、責任なんてとても取れないので、別れの挨拶代わりにアドバイスを。

 

 

「――人は生まれながらに平等じゃない。」

「それが社会の現実だ。」

「だから。」

「たとえあなた様が勝ち組や主人公じゃなくても、」

「負け犬でもやられ役でも、」

「それでもきっと俺様よりは、」

「全身蟲毒の天涯孤独」「虫の好かないお邪魔虫よりはマシだろう」

「上ばかり見て疲れた時は」「下には下が居るって思い出せ」

「大丈夫」「俺様はいつだって」「弱虫泣き虫の味方だぜ。」

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