-001
国内某所、夕暮れの路地裏。
人気の無い、人目に付かない街の影に彼等は居た。
それは1人の小柄な少年と、彼を取り囲む4人の体格の良い不良たち。
「許して……許してください! お金ならあげるから、誰にも言わないから! だから、だからさ!」
悲鳴にも似た懇願はしかし、路地裏の外へ漏れることはない。そうなるように4人組の不良が計算して少年を連れ込んだからだ。
だから、どんな暴力も、脅迫も、例え個性を使っても――ヒーローに嗅ぎ付けられることはない。
「お願い、許して……なんで、なんでこんな目に……」
頭を下げ、涙と鼻水で顔面を汚し、惨めに無様に祈る声。きっとこの場に第三者が居れば、その醜態に同情し通報なり制止なりしただろう。あるいは、許しを乞われた当の本人にマトモな神経があれば、惨劇は終わりを迎えたハズだ。
けれど。それでも。それなのに。
そんな
「――嫌だね。」「なにせ俺様は虫が好かないから」「もとい無視が好かないからさ」「嫌いな奴でも無視はできない」「ていうか寧ろ構い倒す」「逆に
声にならない悲鳴が木霊し。
どさり、また1人不良が路地裏に沈む。
体格の良い彼等は皆一様に、真っ青な顔色で口から泡を吹きながら気を失っていた。まるで猛毒に蝕まれているかのように、あるいはひっくり返った死にかけの虫ケラそのもののように。
少年を取り囲んだまま倒れた不良はこれで3人。遂に残るはあと1人。
最後に残されたリーダー格の男は、腰を抜かせ壁に背を預けながら、迫る少年を前に怯え竦む。
「なんなんだよ、なんなんだよオマエ……!?」
自分をこんな路地裏まで連れ込んだ張本人に、そう息も絶え絶えに問われた少年――虫の好かないお邪魔虫な
「いやいや」「先に手を出して来たのは」「人を辛い目に合わせようとしたのはそっちだろ?」「それが今更被害者面とか」「面の皮が厚いってレベルじゃないぜ」「しょうがないからその面の皮」「俺様が綺麗に蝕んであげるよ」「イヤなら逆に
「止めろ、止めてくれぇーー!!」
ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ――!! と異音を奏でながら手を伸ばす。
巨大な百足が這い出る少年の袖が、不良の顔を蝕まんと迫り――。
斬!!
「!?」
ドザァ、と少年の体がゴミ袋の山に突っ込み、更に衝撃で室外機が落下し少年に衝突、そのまま少年はゴミの山の中に沈んでいく。
何が起こったのか分からず……しかし恐怖の対象が視界から消えた事に不良は安堵しかけ。
「はッ、はッ……た、助かっ――」
「ハァ……」
代わりに己の前に立っていた血染めの怪人の姿に、迫力に、今度こそ恐怖のあまり泡を吹いて気絶した。
そんな不良の姿など一顧だにせず、路地裏に乱入した怪人は今しがた斬り飛ばした少年を見やる。
「……」
……動く気配はない。不意打ち一発で勝負は着いた。
『仕事』を終えた怪人――『ヒーロー殺し』は、刃毀れだらけの愛刀の血を掃いその場を去ろうとして。
じゅう、ぼたり。
異様な音に、ふと気付く。
先程少年を切り飛ばした己の刀――その刀身がうぞうぞと蠢く無数の毒虫に蝕まれ、半ばから融解していることに。
「――」
ザッ、と。
いつの間にか、いつになく不気味に。
首を切り倒したハズの少年が、埋もれていたゴミの山から無傷でむくりと起き上がっていた。
「オイオイなんだよ」「危ないな」「刃物振り回してヒーロー気取り?」「言っとくけどそれ」「匿名掲示板で正論振りかざすよりも」「よっぽどタチ悪いからね?」「そもそも
そう無防備に近付いて来る少年に、怪人は反射的に脇に差していたサバイバルナイフを投擲する。その稲妻のような動きに反応できる優れた反射神経など、ひとつとして優れた部分を持ち合わせてはいないその少年には無く。
ドス!! と確かにナイフは少年の顔面に突き刺さった――かのように見えた。
「全く」「人の話は最後まで聞こうよ」「慎重な頭でっかちの方が」「せっかちよりはまだマシだぜ?」
ギイギイと毒虫の喚く音。
ずるり、とナイフが地面に落ちる。否、落ちたのはナイフの柄だけで、そこには刀身が付いていない。何故なら鋼の刃は、少年に触れた瞬間に融け、敵を貫く刃物の硬さを失ってしまっていたから。
どろり、少年の顔から鈍色の液体が落ちる。その顔に纏わり付いた毒虫たちが、キイキイギイギイと喚き立てる。
「(刃物が煙を立てながら融けている。これは――) 毒か」
「正解。」「俺様に触れると蝕まれるのさ」「
ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ――と少年の制服の袖から巨大な百足が顔を覗かせ、まるで異形の武器のように構えられる。
気色ばむほど気色悪い。それこそが
「――唾棄すべき
その
「ハァ……この辺りでチンピラや
「え?」「ナニソレ」「いやー初めて聞いたなーそんなの」「俺様めっちゃ暴力とか嫌いだし」「人違いじゃない?」
そうとぼける
「ハァ……言い訳、誤魔化し。信念もなく徒に力を振るうだけの『偽物』は、粛清対象だ」
そんなステインの死刑宣告に、
「はぁ?」「『偽物』はあなた様の方だろ犯罪者様」「偽ヒーローな自分の事を棚に上げて人を偽物扱いって」「もしかしてあなた様俺様と同類?」「それともあれか」「『本物になろうって気持ちがある分、本物より偽物の方が価値ある』って思ってるタイプ?」「その考え方には全く同意ができないな」「どう考えても同感できない。」「なんでもかんでも加点すれば良いってもんじゃないだろう」「本物になろうとする意思なんて」「本物が持ってないただの不純物だ」「だから減点するべきなんだよ。」「勝てないからって加点するんじゃなく、原典との差を減点にするべきなんだ。」「つまるところ」「本物になろうとする意思があるぶん」「そんな不純な動機がある分」「偽物は本物より価値がないし、偽物である以上勝ち目もないのさ。」
はーやれやれと長台詞を言い切って。
「これだけ言っても分からないなら」「いいぜ、来いよ偽ヒーロー様――」「無償で」「ムシャムシャと」「
だが……やる気になった
「『偽物を嫌悪する』。その一点においてのみ、俺とオマエは共通している……」
「は?」「犯罪者様のくせに勝手にシンパシー感じてくんなよ」「キモッ」
「ハァ……今の俺の手持ちにオマエの毒を貫ける武器はない、これ以上は武器の無駄だ。今回は見逃してやる、だが……次は、無いぞ」
そう言って、ステインは壁を駆け上がりより深い街の影へと消えていった。
「……なんだよおい!」「そりゃあないだろう!?」「折角やる気になったのに」「俺様の気持ちは無視なのかよ!?」「許せないねそういうの」「本当に虫が好かない奴だぜ」「次会ったら絶対蝕んでやる」「それか逆に虫食んでやる……」「……」「……虚しい」
ぽつり、残された少年は、臨戦態勢を解き落ちていた自分の鞄を拾い上げた。
「あー痛かった」「とんだ殴られ損ならぬ」「斬られ損だぜ全くもう」「しかし物騒な世の中になったなぁ」「夢破れ失意にまみれた俺様の」「残された平穏な日常さえこうも簡単に脅かされるなんて」「危うく殺されるところだったぞ、何やってんだよヒーロー様は」「善良な一般市民を守るのが」「高尚なエリート様たちの仕事だろ?」
悪態を吐き、
彼はヒーローでも無ければ、ヒーローを志す雄英高校の学生でもない。
そんな『ただの善良な一般市民』が去った後には、不良たちが蟲毒に蝕まれ悶え苦しむ、死屍累々の惨状が残されていた。
-002
俺様の名前は
雄英高校ヒーロー科不合格を機にヒーローになるという夢を諦め、今は普通の普通科高校に通う、守られるべき善良な一般市民だ。
ヒーローを諦めた俺様の生活はそれはもう平穏で平凡で、平和すぎて困ってしまうほど。
うちの学校では入学早々除籍の危機にはならないし、授業中に
せいぜい全校生徒がたった1人の女の子に支配されてるとか、野良の
未だに友達のひとりもできていないけれど、俺様はこの安穏とした日々を送りながら自分自身の善良さに酔っていた……虫の好かないお邪魔虫らしからぬ善良さに寄っていた。
とまあ、ここまでが前置きで。
「――そんな無害な俺様を」「根も葉も善良な俺様を」「こんな所に連れ込んでさ……」「何のつもりだい雄英襲撃犯」「皆が噂する『社会の塵』様?」
俺様は今、怪しげな雰囲気漂うバーの中に居た。
目の前には全国区で大ニュースになった『雄英高校襲撃』の実行犯。
顔面に手をくっつけた手強いならぬ手怖い男。
バーカウンターの奥には顔や体が黒い煙みたいになってる、俺様をここまで連れて来た『ワープ個性』のマスター。
そんで何も写してないけどなんか喋るテレビ。
平和な日常から一転、急転直下の急展開である。
「しっかし陰気臭い場所に」「辛気臭い人達だね」「お客様にお茶とか出してくれないの?」「俺様は緑茶と麦茶と烏龍茶と紅茶を」「全部混ぜたやつが好きなんだけど」「駄目ならたい焼きでも頂戴」「あ、ちゃんとこし餡にしてくれよ?」「ぎゅっと絞って餡だけ飲むのが」「俺様流の楽しみ方だからさ」
「……気持ち悪い奴だな……オイ
「おいおいそんな言い方じゃ」「俺様だけが気持ち悪い奴みたいじゃないか」「駄目だぜ? 人を勘違いさせちゃ」「人に『気持ち悪い』なんて言う奴が」「気持ち悪くないワケないんだから」
「……黒霧、こいつ帰せ。なんていうか、『こんな奴とは会いたくなかった』って感じだ」
『まあまあ弔。気持ちは分かるが本題に入ろう』
普通に喋ってるだけの俺様を邪険にする、偏屈な
「……なあ
そんな手怖い男様の言葉を遮ったのは、俺様。
だってさあ。
「こういう時ってさ」「まず自己紹介が先だろ普通」「はーやれやれ」「これだから
俺様はごく当たり前のことを、彼に優しく諭してやった。あるいは言葉にすることで俺様と彼の差としてやった。それが気に入らなかったのか、明らかに手怖い彼の肩が怒りに強張り始めたのが分かる。
「
黒霧と呼ばれた異形のマスターが諫めるが、気の長い俺様もいい加減待てなくなってきていた。
「ねえまだ?」「自己紹介はコミュニケーションの基本」「誰でも知ってる
だってしょうがないよね? 俺様は虫が好かないんだから――もとい無視が好かないんだから。そんな俺様を無視する蛆虫野郎なんか、俺様に蝕まれても文句は言えないよね? だって悪いのはそっちなんだから、君が悪くていい気味だから。さあ猛毒で
「……俺は
「あ、これはご丁寧にどうも」「俺様は
なんだ、ちゃんと自己紹介してくれるなんていい人じゃないか。仲よくしようよそうしよう。
? なんだよそのよそよそしい目は。仲良くするのをよそうとするような、危険な奴でも見るような目は。こんな良い人を蝕むなんて、善良な俺様がするはずないだろ?
なんか憮然としない表情をしている気がする死柄木様に、今度は俺様の方から気さくに話しかけてあげる。
「それで」「そんな俺様に何の用だい?」「
「……」
「おいおいここは」「『人をうがいの擬音みたいに言うな、俺の名前は死柄木だ』って」「しっかりきっかりツッコんでくれないと。」「もっかいいこうか」「みだら木様」
「……おい」
「それじゃツッコミとしては足りないな」「『人の事をR18系鬼畜
「今なんて言っ――チッ、黙れ。おまえのお遊びに付き合ってる暇はないんだよ」
「ええー?」「俺様の遊び心を無視は酷いな」「傷付くぜ」
抗議の声はすげなく無視され。遊び心の分からない死柄木様は性急に本題に入る。
「敵連合に加われ
「ふぅん」「俺様を仲間に、ねえ」「で」「あなた様方の目的は?」
「オールマイトを殺すんだ。奴が作り上げた平和を、社会を、跡形もなくぶっ壊してやるのさ」
わお、これは予想外。まさか人をすぐさま危篤にしちゃう俺様を仲間に引き入れようなんて奇特な人間が居るなんて――しかもその人たちがかのオールマイト様を殺そうとしているなんて。
「
俺様は確かに真面目で善良な一般市民だが、反面、「善悪」と言う言葉に囚われない異端市民でもある。
そもそも「善悪」というのは、社会にとって都合の良い考え方でしかない。
人助けや平和主義が「善」とされるのは、それが社会の存続にとって都合が良いから。
人殺しや利己主義が「悪」とされるのは、それが社会の存続にとって都合が悪いから。
たったそれだけの理由でしかない。誰もが隣人を殺し続ければ、社会なんてとても維持できないからね。
まあ社会は人を守るものだから、善行は結局巡り巡って自分に返ってくると言えなくもないんだけど……俺様は産まれてこの方社会に守られた覚えなんてないし。排斥された覚えならあるけれど――いやそんな覚えしかないけれど、それはともかく。
社会という視点を綺麗さっぱり排除して、一個人を一個人として見たのなら。
そこには善も悪もない。正も負も、良も不良も、敵も味方も、肯定も否定も、生真面目も不真面目も、和も不和も、成功も失敗も、勝利も敗北も、
あるのはただ「人」だけだ。
人が居るだけなのだ。
そもそも善悪ってのは、その時の社会の状態によって簡単に移ろってしまうものだ。
戦争状態の国家では、討ち死にが美徳とされるように。
飢饉状態の国家では、略奪を容認してしまうように。
そう、移ろってしまう。
簡単に虚ろってしまう。
善も悪も移り変わって、虚ろになって、意味を失う危険を孕む。
だから――大事なのは「人」だ。
人の抱く感情や価値観が、最も重視されるべきなのだ。
……とまあそんな感じのことをつらつらと並べ立てれば、死柄木様もいたく感じ入ってくれた様子だった。
「分かってくれるか
「うん」「あなた様たちの理想に」「信念に」「俺様は心底から敬服するよ!」「――
「………………は?」
「なんだい鳩が豆鉄砲を食ったような」「もしくは泡を食ったような顔しちゃってさ」「言っただろ?」「大事なのは『人』だって」
「善悪」に拘らないということは、当然残った「人」に拘るということ。
そして「人」に拘るということは……この世で唯一、思考を、過去を、価値観を、全てを理解できる「人」、即ち「自分」の都合に素直に従うということだ。
まあ要するに、結局のところ。
「お願いして来たのがデビルーク星から来た王女様とか」「黒髪ツンデレ幼馴染とかならともかくさぁ」「上から目線なカサカサ野郎の言う事なんか」「俺様が聞くわけねーだろ犯罪者!」「これだから『社会の塵』様は」「ナイスバディな美女になってから出直して来な」
これは善悪も正義と悪もヒーローと
俺様は確かに
ただ、そんな俺様の態度が、かの社会の塵様は大変気に入らなかったようで。
「ああ、やっぱ駄目だ……こいつはここで、殺そう……!!」
死柄木様が殺気剝き出しで立ち上がって来たので、俺様は逃げも隠れもせず、あえてキメ顔で言ってやった。
「ハッ、やってみろよイララ木様。」「無心で」「無神経に」「蝕んでやるぜ。」「嫌なら逆に
瞬間ゴングは鳴っていた。
ぐわ、と視界いっぱいに
掌打を受け、腹が崩れ、勢いのままに後ろに吹き飛んで、カウンターの角に頭をぶつけ、椅子ごと倒れて背中を強打し、おまけに頭を床にぶつけて俺様は派手にぶっ倒れた。
いつも通りの即落ち二行。威勢の良い事を言ったって、しょせん俺様は一撃で負けるやられ役なのだ。
「弱……」
という死柄木様の声さえ聞こえた気がする。
まあこうなることは分かっていた。雄英高校襲撃なんて大それたことをしでかした稀代の大犯罪者様と、そんな雄英高校の受験に落ちた負け犬の俺様とでは格が違い過ぎる。たとえ100回戦ったって、俺様は1勝もできないだろう。
ああ、だけど。
俺様はコドクな
「痛っ……は?」
うぞうぞと虫が蠢く音が聴こえる。
百足、毒蛇、毛虫、蟻、蜂、蛭、毒蜘蛛、毒蛙――蟲毒が死柄木様の腕を這い回り、あらゆる手段で毒する音。
「はああああああ"あ"あ"!?」
「
ようやく
ならば、俺様はこう言うべきだろう。
「おっと、もう毒になっちゃった?」「それとも猛毒になっちゃった?」
ゆらり。派手に負けた俺様は、敗者復活とばかりに立ち上がる。
「言ってなかったけど」「俺様に触れると
まあそう言う俺様も、今更立ち上がったって、初見殺しで勝ち誇ったって、キメ顔決めポーズを決めたってもう遅いんだけど。別に勝敗は覆らないけれど。俺様の負けはなかったことにはできないけれど。
それでも――
「さあ
さあ、相手は弱ってて、しかも弩級の犯罪者。倒せばお手柄、負け犬人生一発大逆転、文句なしの大勝利だ。
勝てればきっと俺様だって……おっと、捕らぬ狸のなんとやらだ。いや違うな、俺様は今から狸を掴み取るのだから!
そうして俺様は今日こそ人生初の勝利を捥ぎ取ろうと、死柄木様目掛けて突進し――。
『
「!」
テレビから飛んだ檄を合図に、ぶわ、と視界いっぱいに黒が広がる。
「へ?」
それは
横から割り込んで来た予想外の助勢に、俺様は反応も出来ず頭から黒い霧に突っ込み――。
――目の前に、地面。
ぐしゃ、と受け身も取れず、俺様は地面に激突した。
慌てて起き上がり周囲を見渡せば、そこは既に先程まで居たバーではなく、俺様が住んでいる街の一角だった。
招かれた時と同じように、黒霧様のワープの個性で戻されたのだろう……当然死柄木様も黒霧様も居ないし、どこに居るのかを知る術もなく。
場外負けと言うか除外負けと言うか。
どちらにせよ、この展開は紛れもなく「また勝てなかった」というやつで――。
「なんだよまたかよ!」「ふざけんな!」「どいつもこいつも喧嘩を売るだけ売って」「俺様の意志は無視しやがって!」「無神経すぎてむしゃくしゃするぜ!」「次会ったら絶対殺してやる」「唾棄すべき蟲毒で抱き殺してやるからな!」「……」「……」「……」「……虚しい」
ひゅう、と吹いた冷たい風が、負け犬の俺様を嘲笑う。
まあ、改めて語るまでもなく。
善も悪も選ばないということは、善にも悪にも選ばれないということで……自分を一番に選ぶということは、自分以外の誰にも選ばれないということなのだった。
-003
彼が去ったバーに残されたのは、床に倒れ込み毒に侵された腕を押さえる
「くそ、痛え、いってえ……! まだ傷が治りきってないってのに、今度は毒かよ……! ああクソ、腕が麻痺してきやがった……!」
いつの間にやらその手から毒虫は消え、後には皮膚を紫に変色させる猛毒だけが残されていた。否、そもそも虫など――
そんなことを思いながら、実体のない霧の体で触れたため毒に侵されなかった黒霧は、先の戦闘に感じた不可解な部分について考えていた。
「(
そんな黒霧とは違い、毒の痛みで思考もままならない
「先生、説明しろ……なんなんだよあいつは……!」
そんな息も絶え絶えの
『「
それは言ってしまえば「
それは過負荷の名の通り、あった所で何にもならない、百害あって一利もないもの。どれだけ強くなっても、成長し完成に近づいても、解決どころか逆効果になる――いわば料理に混入した毒虫のような、あらゆる長所を台無しにするマイナス要素。悪の帝王さえ奪えない、奪いたくもない最悪の
『だからこそ上手く利用する道もあると思ったんだけど……アレは駄目だね。僕の運営する
それこそ毒を撒き散らす爆弾のように使えるかもしれないと思ったが……その前にこちらの手が爛れる。そう判断させるほど、彼は酷い
『先生』は通信を切り……死柄木の腕を蝕む毒を解毒する方法を考えながら、ぽつり呟く。
『それにしても……
-004
まあそんなこんなで、俺様は俺様の日常に戻った。
学校に数人しか居ない
つまり。
『纏害蠱毒』のヒーロー道――
「あー痛かった。」「とんだ殴られ損だぜ、まったく」
そうして頭をさすりながら、
後日譚もオチもなく、大逆転大どんでん返しなど訪れず、ただ単に諦めて去って行った。
未だ明かされぬ秘密を抱え、虚実と善悪を織り交ぜて、しかして人心は覆せず。
いつも通りに嫌われ無視され敗北して、独り寂しく消えていく。
これは結局それだけの話。
負け犬が負け、やられ役がやられ、お邪魔虫がお邪魔虫らしく退散する、いつも通りのよくある話。
「おっと」「これ以上は本当に期待しないでくれよ?」
「どうせ語るべきことはもうないし」「あったって碌なもんじゃない。」
「だからまあ」「ここまで付き合って貰って悪いけど」「ここであなた様とはお別れだ。」
「それでも万が一」「億が一」「また会うことがあるのなら……」
「その時はとりあえず」「取り急ぎ」「無視せずとりあってくれると嬉しいな。」