『纏害蠱毒』のヒーロー道   作:龍川芥/タツガワアクタ

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「よろしく仲良くしてください」

「――え」「雄英高校へ転校?」

「そりゃ俺様は構わないけれど、随分急展開じゃないか」

「虫が良すぎるというか」「これまでの流れ全無視というか」

「まるでジャンプ漫画における不人気作品のテコ入れだ。」

「いやまあ行くよ」「行く行く」「是非俺様を転校させてくれ」

「ああ、一応訊いておくけれど」「折角雄英に通うんだ」

「――俺様の本当の過負荷(マイナス)を解放しちゃっても構わないよね?」

安心院(あんしんいん)さん。」

 

 

 

 

-001

 

 

 虫の好かないお邪魔虫なマイナス、()()(とり)(ろん)()

 これは彼が(ヴィラン)連合の勧誘を蹴った、少し後の物語である……なんてね。

 

「インターネットの深淵から転校してきました」「()()(とり)(ろん)()です!」「名門雄英高校の皆様」「よろしく仲良くしてください!」

 

 まあそんな訳で、ひょんなことから入試に落ちた夢の雄英高校に転校してきた俺様だったんだけど。

 

「「……」」

 

 どういうわけか。黒板を背に見渡した教室内、新たなクラスメイトたちは、俺様の自己紹介に何のリアクションも取ってはくれなかった。誰一人、である。

 まあ、その気持ちは分からなくもない……漏れ聴こえる声に耳を傾ければ、首を傾げるまでもなく想像に難くない。

 なんでこんな時期に転校生が来るのかとか。

 なんで雄英の制服ではなく、袖が余るほどぶかぶかの学ランを着ているのかとか。

 なんか無性に気持ち悪い奴だとか。

 そういう反応は失礼だけれど、相手の気持ちを失念している無礼な態度の一例だけれども……その実ありきたりで平凡でモブらしいものでもあり。即ち、決して『間違い』とされるべき反応ではないのだろう――転校生が俺様(マイナス)でなければ、の話だけどね。

 まあ、つまり。

 

「笑えよ。」

 

 ぐしゃ!! と。

 論裏を除く教室内の全員が、毒虫に蝕まれて力尽きるように机に突っ伏した。否、俺様が机に突っ伏させた。

 

「頑張って考えた自己紹介を披露したのにくすりとも笑ってくれないなんて」「ああ傷ついた」「俺様の心が蝕まれた!」「だからまあ、しょうがないよね」「あなた様方が逆に虫食まれるのも、さ」

 

 それが俺様の纏害蟲毒(リトルポイズン)――なんてね。

 

「「――はっ!」」

 

 一秒後、教室内は先程までの光景が嘘のように綺麗さっぱり元通りになっていた。否、俺様が元通りの展開に()()()()()

 それでも事実が消えたわけじゃない。教室内にどよめきが溢れる。

 今自分たちは、毒虫に蝕まれて倒れなかったか……そんな嫌な気持ちを忘れさせてあげるために、俺様はあけすけに明るい声を出す。

 

「とまあ」「一発目からバイオレンスな展開じゃあ読者様が離れちゃいそうなので」「普通の展開に()()()()()」「改めてもう一度やり直そうか」「――じゃあ、自己紹介代わりにクイズ出しまーす!」「『毒は毒でも体に良い毒はなーんだ?』」「答えは『孤独』!」「理由は、友達を作ると人間強度が下がるから、なんてね」

 

 ……教室内の全員が、物凄くぎこちなく笑った。

 なんだ、良い人達じゃないか。仲良くしようそうしよう。

 

「うん、仲良くなれそうでよかったよ」「これからよろしくね皆様方」「俺様のことはロンリー様とでも呼んでくれ」「言っとくけど『様』は忘れずつけてくれよ?」「じゃないと俺様みたいな奴は」「ちっともサマにならないからね」

 

 まあそんな訳で、俺様は雄英高校1年C組の皆様に、転校を歓迎されなかったのだった。

 いつも通りのお邪魔虫っぷり。最早落ち着くまであるぜ……嘘だけど。全然寂しいし今にも涙が零れそうだけど。

 けれど、俺様は虫が好かないから。間違えた、無視が好かないから。愛想笑いも評価するし……それに、一方的に顔を知っている()のことを、きっちりきっかり見逃さなかった。

 

「というか」「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思ったら……」「なるほど」「彼女なりに気を利かせてくれたってわけか」

 

 そうして俺様は、すっかり俺様を避けるクラスメイトの間を海を割る聖人みたいに通り抜け、彼の座る机の元に辿り着いた。

 なんだよ、と少し怯えた表情の彼に、俺様はすっと手を差し伸べる。

 

心操(しんそう)人使(ひとし)様」「あなた様のこと体育祭で見たぜ」「そして俺様は思ったんだ」「――いい友達になれそうだ、ってね」

 

 にっこり、と笑ったつもりだったけれど……何故だろう、心操様は毒虫を前にしたみたいに身を引いた。がたりと椅子が音を立て、がたがたと体が震えている。

 なんだい、僕の手に何かついているのかな――あるいは袖の中からずるずると、喉元目掛けて這い出て来る百足が気になるのかな。だったら気にしないで良い。それはあなた様へのプレゼントなのだから。

 

「ヒーローに憧れながら」「ヒーロー科のメンバーに加わりたいと願いながら」「そんな彼等を面罵する」「プラスの感情が」「マイナスの行為を出力してしまう」

「俺様が保証しよう」「――あなた様は最高(さいあく)過負荷(マイナス)になれる。」

 

 ――そうして、俺様は彼と友達になった。

 雄英高校に相応しい、共に切磋琢磨し高め合える友人ではなく。

 俺様たち過負荷(マイナス)に相応しい、なあなあでなれ合い、あるいは傷を舐め合って一緒に落ちぶれる最高(最悪)の友人に。

 

 一回やってみたかったんだよねえ……()()()()()()()()()がやっていたような、人を堕落させてつるむやつを、さ。

 

 

 

 

 

-002

 

 

 雄英高校、校長室。

 ところ変わって、そんな一般生徒には縁のない場所に俺様は呼び出されていた。

 

 俺様の目の前には根津(ねづ)校長様。雄英高校の校長先生という勝ち組代表で、鼠の異形型個性なのかな? まあともかくそんな校長様は、机ひとつを挟んで口を開いた。

 

「……飫肥鳥論裏。君の転校に関わる一切の資料は残されていない。私以外の教師ですら違和感に気付いていないくらいさ。一体どういうトリックを使ったんだい? そして、そこまでして雄英に入り込んで、一体何が狙いなのさ」

 

 問われ――ことり、俺様は湯呑みを置いた。

 なんだかんだと訊かれたら、答えてやるのが世の情け……ってね。まあ別に隠すようなことでもないし、素直に正直にお答えするとしますか。

 

「やだなあトリックなんて」「俺様の転校は、種も仕掛けも無い」「純然たる不正ですよ根津校長様」「1京個以上のスキル(こせい)を持った、チートみたいな女の子の手引きによる」「普通のチートによる不正入学です」

「……」

「おや」「その顔、さては信じてませんね?」「確かに彼女は存在自体が冗談みたいな人だけど」「間違えた、冗談みたいな人外だけど」「俺様が今言ったことに関しては、冗談でもなんでもないんだけどなー」

 

 全く、どうして信じてくれないんだろう。俺様は正直に話したのに。それともあれか、世界観の違いってやつかな? 安心院さん風に言えば、同じジャンプ作品どうしでも、クロスオーバーってのは必ずどこかにひずみが生まれるものらしいけれど……まあ自分が居るのが漫画の中だなんて、俺様はそんな考えを一瞬たりとも信じた事なんてないけれどもさ。俺様みたいなのが存在できるのは、できの悪いネット小説、それもアンチ・ヘイトマシマシの二次創作の中くらいだろうし。

 おっと、根津校長が真剣な顔で――まあ鼠の真剣な顔なんて分からないけど――俺様の言葉の続きを待っているじゃないか。

 

「これは失敬」「何が狙いか、でしたよね」「そんなの簡単ですよ根津校長様」「俺様の狙いは、普通に世界平和とかです」「ラブアンドピース平和が一番、ってね」

「……それも、冗談じゃないのかい?」

「ええ勿論」「俺様はどっかの大噓憑きと違って」「あるいは正喰者(リアルイーター)とも違って」「普通に正直者ですよ」「疑われるなんて冗談じゃない!」「……なんてね」「おっと、また脱線しちゃったかな?」

 

 あ、個包装のお茶菓子があるじゃん。ちょっと失礼して頂こう。

 ぱくごくむしゃり。個包装のビニールごとお茶菓子を口に放り込んだ俺様は、歯で袋を破き中身だけ食べてから舌でビニールを吐き出した。うん、美味しっ……なんだよそんな目で見てさあ。失礼しちゃうぜ、全く。

 

「ともかく、俺様は考えたんです」「ヒーロー様と(ヴィラン)様がみっともなく争い合うこの社会を」「どうやったら平和にできるのか」「争いの生まれない世界にできるのか」「そして気付いたんです」「善か悪」「――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、って!」

 

 だって、争いというのは異なる主張から生まれるものだ。

 悪は、欲望を満たす為に。

 善は、秩序を守る為に。

 そうして悪は善を憎み、善も悪を恨み……互いに暴力を振るうに至る。この世に悪の栄えた(ためし)なしというけれど、それは正義が悪を排除しているからだ。正義の名の下に、しかし悪と同じ暴力を使って、悪を下しているからだ。

 最早このヒーロー社会は、正義(ヒーロー)(ヴィラン)という対立構造を打破することができない。ヒーロー様はヴィランを取り締まることを生業とし、ヴィラン様はそんな彼等に反抗する、そんな図式で固定されてしまっている。

 光があれば影が生まれる……ヒーローという強い光が生んだ濃い影こそが、俺様がこの前会った、(ヴィラン)連合なんていう悪の組織だろう。要するに今の社会が出来た責任は、善悪両方の側にあるともいえる。

 善と悪によるいたちごっこ。片方が動く限りもう片方も動き続けるふたつの歯車。

 ならば、その歯車の片方を壊してしまえばどうだろう。世界は大きく姿を変え、争いは消滅するんじゃないだろうか。

 

「だからまあ、とりあえず」「逃げも隠れもする(ヴィラン)様がたを殺すのは面倒なので」「逃げも隠れもしないヒーロー様がたを皆殺しにしようかなって」「手始めにそんなヒーロー様の卵たちを」「新芽を毟るみたいに蝕んで」「丸呑みする蛇みたいに虫食んで」「唾棄すべき蟲毒で抱き殺してやろうかな、って。」

 

 善だけの世界では、悪との争いが生まれないように――悪だけの世界では、善との争いなんて起こらない。

 確かに、光があれば影が生まれるけれど――その逆、影から光が生まれることはないんだし。この世に悪が栄えた(ためし)なしと言うのなら……一度世界を悪に任せてみてもいいじゃないか。

 それに、世界の全員が悪人なら、あらゆる悪行は意味を失う。だって悪人への悪行は、みんな大好き因果応報だ。それは争いとさえ呼べない。そう考えるとホラ、悪だけの世界もそこそこ平和だと思わない?

 これぞ俺様流――あるいは過負荷(マイナス)流、最低最悪の世界平和さ。

 

 え、もしそうならなかったら? その時は争う奴等を片っ端から殺していけばいいだけの話さ。どうせ悪人だし、何人殺したって別に問題はないだろうし。どう転んでも結局世界は平和になる、これぞ完璧なラブアンドピース理論だぜ。

 

 うん、我ながらグッドアイデア。これで世界平和達成確実、全米が泣きスタンディングオベーションで拍手喝采……と思ったのだが、両手を広げて拍手待ちをしていたんだが、根津様は残念ながら拍手も喝采もしてくれやしなかった。ノリが悪いな全くもう。

 

「……私は雄英高校の校長として、様々な生徒を見て来たけれど……君みたいなのは見た事ないのさ。何をどうやったらこんな……善意を抱こうが悪意を覚えようが、同じように他害し侵害するような、そんな人間が出来上がるのさ。そして悔しいが……私たち教育者は、君みたいな生徒に何をしてあげるべきなのか、正直全く分からないのさ……」

「あれ」「知らないんですか俺様達(マイナス)のこと」「駄目だなあ」「見損ないましたよ根津様」「ヒーロー育成校の校長なら」「週間少年ジャンプくらい毎週読んでもらわないと」「でも、ご心配には及びませんよ」「単行本を読んだって」「OVAを視聴したって」「俺様みたいな過負荷(マイナス)との正しい付き合い方なんて、分かるハズがありませんからね」

 

 おっと、ちょっとおふざけが過ぎたかな――安心院さん節が効き過ぎちゃったかな?

 ならまあ、ここいらで本題に行こうか。

 

「ところで」「根津様ってヒーロー側でしたよね?」

「――!!」

 

 根津様が絶句する。

 だが、絶句以外の反応を許すほど甘い俺様ではない。

 

 ――■■■■■(■■■■■■■)

 

 ぐしゃ、と。

 一瞬で大怪我を負った根津様の小さな体は、そのまま机の上に力なく沈んだ。

 倒れ伏した彼を見下ろしながら、俺様はもうひとつお茶菓子の個包装を頬張る。

 

「俺様はどっかの甘党と違って」「()()()()()()()()()()()と違って」「デザートでもない奴が甘いのは許せないたちでしてね」「でも辛党ってわけでもないから」「辛いのも」「辛くも生き延びた、なんて展開も嫌いなんですけど――」

 

 ぺっ、と舌でビニールだけを吐き出して、そのまま勝利宣言でもしようと思ったけれど。

 世界平和の第一歩として、雄英高校のトップを取り殺してやったぜザマーミロと思ったのだけれど――。

 

「……あれ、ギリギリ致命傷じゃないですね」「辛くも生き延びてしまってますね」「()()()()()()()()()を受けてその程度なんて」「もしかして、意外と辛い半生を送ってます?」

 

 根津様には辛うじて息があった。意識もあった。流石に喋れる程じゃないみたいだけど、確かに未だ生きていた。

 『俺様の本当の過負荷(マイナス)』は、相手が幸福な人生を歩んでいるほど威力が高まるスキルなんだけど――敗者一発逆転の、大富豪における革命みたいな効果なんだけれども……どうやら根津様は、雄英高校の校長なんて勝ち組の代表様は、俺様が思っていたより幸せ者ではなかったらしい。

 

「うわ、なんだか同情しちゃうなあ」「よし、その辛い半生に免じて」「辛いの苦手な俺様も反省して」「虫の好かない俺様も」「今回だけは無視してあげよっと」

 

 そうして俺様は、虫の息の根津校長様を無視して背を向けて、校長室を後にした。

 なんだか計画の一段目で躓いた感はなくもないけど……我ながらちょっと浮ついてるなとは思うけれども。それでも、引き返してトドメを刺すことはしない。無駄な時間は使えないのだ。

 

「なにせ今日は」「()()()()()っていう」「大事な用事があるからね。」

 

 ざっ、と。

 校長室の前で俺様を待っていた友達が――心操(しんそう)人使(ひとし)様が、俺様の横に並び立った。

 

 

 

 

 

-003

 

 

 雄英高校食堂、ランチラッシュのメシ処。

 ヒーロー科、サポート科、経営科……あらゆる生徒が一堂に会する混み合った食堂内には、しかし、ぽっかりと穴が空いたように人が近寄らない場所が出来ていた。

 その穴の中心に居るのは、机を挟んで食事する2人の生徒。

 

 片や、手で掴んだパンが瞬く間に毒虫たちに蝕まれ腐り、しかしそれを美味しそうに頬張る学ランの少年。

 

「いやあ、腐っても美味しいねえ雄英の食堂は」「しかも安いし」「材料の産地はどこなんだろう」「蛆が湧いた食品でも加工してるのかな」「それとも火葬場から盗んで来た人肉とか?」「汚物が食料になるみたいな便利な個性持ちを奴隷みたいにこき使って作ってる説もあるね」「ねえねえ、ひとっしー様はどう思う?」

 

 そんな少年、孤独で蟲毒な()()(とり)(ろん)()に話しかけられたのは……食事に全く手を付けず、気だるげに携帯を弄る雄英制服を着崩した男子生徒。

 彼は濃い隈の刻まれた目で、じとりと向かいの論裏を睨む。

 

「ひとっしー……? なんだよそれ、あだ名のつもりかロンリー様? さすが毒虫野郎、センスも蠅が集るレベルで腐ってんだな」

「当然さ、俺様は虫の好かないお邪魔虫」「蠅も裸足で逃げ出す腐れ外道だぜ?」「そんなに貶したって何も出ないよ」「勿論毒と、たまに涙は出るけどもさ」

 

 余りにも異質な空気を放つ、否、空気さえ腐らせ蝕むような2人組。そんな彼等の余りにマイナスな気配が、一般人(ノーマル)を寄せ付けないのは当然と言えた。

 

 お昼時の食堂にぽっかりと空いた大穴。

 そこへ、蟻地獄に蟻が迷い込むように、3人の生徒が入り込んだ。

 

 何故彼等が過負荷(マイナス)なんて気持ち悪い存在に近付けたのか……理由は簡単。彼等が過負荷(マイナス)のうちのひとりと知り合いだったからである。

 

「心操くん、隣いい? ていうか、なんでこの周り誰も居ないんだろう……」

 

 昼食を乗せたトレイを持ってそう話しかけてきたのは、癖毛にそばかすの地味な男子。彼の後ろには友人か、黒髪で大柄な男子と、紅白の髪に目元の火傷という美形の男子が続く。

 彼等は()()の隣の席に着き……とここで、癖毛の男子が友人の向かいに座る見知らぬ少年に気が付いた。

 

「は、初めまして。君は? (なんで学ランなんだろう……)」

 

 問われ……食堂内で唯一学ランの少年は、貼り付けたような笑顔を作った。

 

「ああ、初めまして」「今日から転校してきた飫肥鳥論裏だよ」「気軽に『ロンリー様』とでも呼んでくれ」

「え、えっと……ロンリーくん?」

「おいおい」「様は忘れずにつけてくれよ」「じゃないと俺様みたいなヤツは」「ちっとも様にならないからね」

「(学ランといい変わった人だなあ……) えっと、ロンリー様。僕は緑谷(みどりや)出久(いずく)、よろしくね」

 

 癖毛の男子・緑谷に続き、彼と共に行動していた2人の男子も連続して名乗る。

 

「俺は飯田(いいだ)天哉(てんや)だ!」

「……(とどろき)焦凍(しょうと)

「緑谷様に」「飯田様」「そして轟様だね」「よろしくね、皆様」

「……俺らにも『様』、つけるんだな」

「確かに! 高慢か謙虚か、一体どっちなんだ君は!」

「さあ?」「そんなのどっちでもいいだろ?」「礼も無礼も」「様付けの意味も」「時代で」「状況で」「簡単に様変わりするものなのにさ」

 

 変わった転校生だなあ、の一言で片づけるには余りに奇妙な少年だったが……それでもここは個性飽和社会、その中心とでも言うべき雄英高校。緑谷たちも「変な人だなあ」と受け入れて、その横で食事を始めた。

 ……彼等の過負荷(マイナス)極まりない会話が聴こえてくるまでは。

 

「しかし、この食堂は沢山の生徒が利用してるんだなあ」「雄英高校の優秀な生徒たち」「いずれ国を背負って立つ勝ち組たちも」「こうして食事している所を見ると普通の少年少女だよね」「そんな皆の憩いの場たる食堂で」「食中毒事件でも起こったら」「致死の蟲毒が鍋に混入でもしていたら」「雄英高校の優秀な生徒たちは、ひとたまりもなく死ぬだろうなあ」

「ははっ、そうだな」

 

 和やかに、穏やかに。

 余りにも自然に話すものだから、緑谷出久は、日常会話のように行われたその発言内容を咀嚼し理解するまで数秒かかった。

 特に表情を変えるでもなくスプーンで掬ったスープを頬張る論裏へ、緑谷は震える声で尋ねる。

 

「な、何を、言ってるの……?」

「ん?」「ああ、まだ居たんだ」「何って普通に悪巧みさ」「俺様と心操様は、一緒にヒーローを皆殺しにするんだから」

 

 ばきりべきぐしゃり。論裏が咥えたスプーンが、その口から這い出して来た毒虫に群がられ、鉄さえ溶かす毒に蝕まれ、そのまま虫ごと口の中に消えていった。ばりばりごくんと彼が今呑み込んだのは、果たして。

 ――毒の個性。先の言葉の信憑性が増したようで、緑谷の頬を嫌な汗が流れる。

 

「じょ、冗談だよね……?」

「逆に訊くけど」「冗談じゃなかったら」「いったいどうするつもりなのかな?」

「――そんなことさせない!」

 

 がたん、と緑谷が机を叩いて立ち上がる。

 真剣なのは彼だけではない。飯田、轟もまた警戒の面持ちで暫定危険人物を睨む。

 

 対し、論裏はへらりと笑顔を貼り付けた。

 

「あー嘘嘘」「冗談だよ冗談」「ヒーロー皆殺しとか食事に毒を盛るとか」「そんなの考えたこともないよ」「俺様はずっと」「雄英高校の普通科に進学するのが夢だったんだから!」

 

 適当に重ねられる言葉は薄っぺらく。空気を満たす緊張は微塵も緩和されなかった。

 

「……うん」「この空気じゃ誤魔化すのは無理かー」

 

 諦めたように言って。

 ゆらり、学ランの少年は、余った袖の下から武器みたいに百足を垂らして立ち上がる。

 

「あーあ」「出鼻を挫かれたと思ったら」「こんなすぐ二度目の躓きが訪れるとはなあ」「やっぱり俺様は運が悪い」

 

 緑谷に続いて轟、飯田も立ち上がり、論裏の一挙手一投足に即応できるよう身構える。

 ただ、彼等ヒーローの卵たちは失念していた。未だ椅子に腰かけたままの、既に過負荷(マイナス)なりし少年のことを。

 

「でも、丁度いい機会だ」「だろ?」「ひとっしー様――」

 

 飫肥鳥論裏は嗤う。新しい学校で新しく出来た、唯一の友人へ笑いかける。

 

「――君の新しい個性」「心操人使の『過負荷(マイナス)』」「そのお披露目にはピッタリだ」

 

 瞬間、心操人使が口を開き――。

 

 爆発が起きた。

 否、そう錯覚するほどの無色の衝撃が、食堂内を蹂躙した。

 

 机や椅子は吹き飛び、人も吹き飛ばされ、辛うじて衝撃波の及ばなかった生徒たちが悲鳴を上げ蜘蛛の子を散らすように逃げだす。

 そんな爆心地の中心に立つのは二人――心操人使と飫肥鳥論裏。

 目の前の惨状に満足しつつ、論裏は適当に目に付いた生徒、床に倒れた緑谷出久に襲い掛かる。

 

「企みがバレたなら仕方ない」「強行突破で皆殺しだ!」「さあ行くぜヒーロー様の卵たち」「無心で」「無神経に」「無茶苦茶惨く蝕んでやるぜ。」「嫌なら逆に(むし)()んでやるぜ!」

 

 そうして、巨大な百足を武器のように構えた彼は、その毒手を無防備な緑谷へ伸ばし。

 

 ぱきぃん――。

 涼やかな音とともに生まれた巨大な氷塊に全身を呑み込まれ、容赦なく氷漬けにされた。

 それを成したのは轟焦凍、その個性『半冷半熱』。氷の檻に閉じ込められ、論裏は一瞬で行動不能となる。

 

 いつも通りの即落ち二行。油断だらけの隙だらけ、どんな手段を使っても、警戒を怠って瞬殺される。

 だが彼こそは飫肥鳥論裏、常敗無勝の負け上手。瞬殺されてからが本番の、決着を蒸し返す噛ませ犬――。

 

 うぞうぞと虫が蠢く音が聴こえる。

 百足、毒蛇、毛虫、蟻、蜂、蛭、毒蜘蛛、毒蛙――蟲毒が氷を喰い破り、毒し虫食んで融かす音。

 ばきん、と割れた氷塊の中から復活を果たしたお邪魔虫は、いつも通りのキメ顔で告げる。

 

「残念でした」「氷であれ何であれ」「俺様に触れると蝕まれるのさ」「(むし)()まれて(むしば)まれるのさ!」「天涯孤独の蟲毒死ボディ、」「それが俺様の纏害蟲毒(リトルポイズン)!!」「そして――」

 

 そんな彼を丸っきり無視して、緑谷を抱き起こしながら飯田は叫ぶ。爆心地に立つ、明らかに論裏と敵対する様子がない心操へ。

 

「心操くん! 今のは君がやったのか――」

「――『燃えろ』

 

 瞬間。

 何の前触れもなく生じた炎が、飯田の体をゴウと包んだ。

 

「ぐ!?」

「飯田!」

 

 咄嗟に轟が冷気で炎を消化する。

 誰もが肌感覚で理解する……幻覚などではない、本物の炎。それはまるで、心操の放った『ただの言葉』が現実に影響を及ぼしたかのような。

 その光景を目の当たりにした、頭から血を流しながらもなんとか起き上がった緑谷は、痛みではなく驚愕に呻いた。

 

「……!? おかしい、心操くんの個性は『洗脳』のハズじゃ……!」

「『洗脳』? そんなハズレ個性は、この人に取り換えて貰ったよ」

 

 緑谷の視線の先で――心操が、笑う。

 へらりと軽く。へらへらと不気味に。

 過負荷(マイナス)の笑みで嗤う彼は、衝撃波や炎を生んだその口で告げる。

 

「個性『洗脳』が取り替わり改まったスキル――洗脳大凶唆(ブラックレインウォッシング)。それが俺の新しい個性(マイナス)だ、緑谷」

 

 その言葉が意味する所を――しかし緑谷出久だけは取り違えた。

 

「新しい個性……!? まさか、OFA(オールフォーワン)と接触を……!?」

「?」「何か勘違いしてるみたいだけど」「これは個性の変更じゃない」「言うなれば個性の変質さ」「蛹が蝶になっただけで」「鳶が鷹になったワケじゃない」「彼の心の中に過負荷(スキル)のパーツは揃ってたんだ」「俺様はそれをちょいと並び替えた」「もとい取り換えただけで」「それ以上のことはしちゃいないぜ?」

「き、君が……? でも、君の個性は『纏害蟲毒(リトルポイズン)』って毒の個性なんじゃ……」

「ああ、実は俺様の蟲毒って貰い物でね」「本物の個性」「生まれ持った過負荷(マイナス)は別にあるんだ」「でもさ」「今はそんなことどうでもいいだろう?」「今の主役はひとっしー様の方なんだから」「彼を無視するなよ、無神経だぜ」

 

 括弧割る少年は王の御前に立った道化のように。

 へらへらと笑いながらつらつらと語る。

 

「『言葉で人を傷つける』とか」「『言葉の暴力』って言うけれど」「言葉だけじゃ本物の暴力には及ばない」「基本的に、体が傷つけば一緒に心も傷つくものだからね」「反面言葉の方には、体を傷つける力、つまり物理的に攻撃する力なんて無い」「でも、もしも」「言葉に物理的な攻撃力が宿ったなら……」「それはきっと、本物の暴力を更に超える力になる」「何故って、ホラ――」「言葉を伝える声ってやつは、躱しようがないからね」

 

 そのことを証明するように。

 心操人使が再び口を開き、言葉を介してその個性(マイナス)を発動する――。

 

『凍れ』

 

 今度の言葉が呼ぶのは冷気。

 凍結は音速で世界に波及し、ヒーロー科の三人を凍らせる……が、轟が炎を放つ事で冷気は相殺、三人は氷結から解放される。

 だが、轟は寧ろ強い憤りを露わにした。

 

「さっきから……! 『俺にできることは自分にもできる』って言いたいのかよ……!」

「……」

 

 炎、氷。

 心操人使の新たな個性(マイナス)洗脳大凶唆(ブラックレインウォッシング)が、本当に「言葉通りの現象を起こす」というものなら、炎や氷の他にいくらでも攻撃方法を選べるだろう。なのにそのふたつに攻撃方法を絞るのは、まるでヒーロー科きっての優等生にして強個性の轟焦凍に対抗しているように思われて――。

 

 だれど。そんな疑惑と糾弾の前に、()()()使()()()()は立ちはだかる。

 

「――おいおい、そりゃ言いがかりってもんだぜ」「炎熱系も氷結系も、そんな個性は世に溢れているだろうに」「『凍る火柱(アイスファイア)』とかね」「なのに轟様だっけ、どんだけ自意識過剰なの?」「ガスコンロや冷蔵庫にもそうやって怒っているのかい?」「もしそうなら、無視が好かない俺様も流石にドン引きだ」「……でも確かに」「ひとっしー様、さっきから相手が対処できる言霊しか使ってないね」「無意識に手加減してるのかな?」「同級生を手にかけることにちょっと抵抗が残ってたりする?」

 

 疑惑も糾弾も、懊悩も煩悶も、その全てを掻き混ぜて台無しにするように。

 飫肥鳥論裏はへらりと嗤う。

 

「いいんだよ」「そんな重大に捉えなくても」「重く考えることはない」「折角芽生えた力なんだ」「軽い気持ちで」「軽々しく使ってしまおうよ」「周りの事なんて気にしないでさ」「そう」「放課後の教室で、友達と軽口をたたくみたいに、」「――軽口で叩いて、押し潰せ。」

 

 そんな甘言に背を押され。

 心操人使は言葉を紡ぐ。

 

「――『潰れろ』

「! 心操くん――」

 

 止める間もなく。

 食堂の天井が前兆なく崩れ、降り注いだ大量の瓦礫が緑谷たちを呑み込んだ――。

 

 ぱらり。

 瞬く間に出来上がった瓦礫の山を前に、飫肥鳥論裏は満足げに頷き、手を叩く。

 

「流石だぜひとっしー様」「それじゃ今から」「一緒にヒーロー科の雄英生を皆殺しに行こう」「何、君の言葉(マイナス)の力なら楽勝だよ」「嫉妬の炎で身を焼き尽くし」「冷酷な裏切りで凍らせて」「信念ごと全身の骨を砕いてやろう。」「だって、俺様たちは酷い目に合って来たんだから」「不幸にも負け組に堕とされちゃったんだから」「だからこそ逆に、誰かを不幸な目に合わせてもいいんだ!」「不運で不幸な俺様たちには、当然その権利がある――」

「――違う! そんなの間違ってる!」

 

 諭裏の言葉を中断したのは、瓦礫の下から響いた声。

 同時、爆発じみた衝撃に突き上げられ瓦礫が吹き飛ぶ。

 爆心は三か所、三者三様。

 一か所は、個性『エンジン』の蹴りによって。

 一か所は、個性『半冷半熱』の氷の壁によって。

 そして一か所は、個性『ワン・フォー・オール』フルカウルの超パワーによって。

 ヒーロー科の三人は、瓦礫の山から復活を果たした。

 

「今ので何となく理解したぞ! 君が心操くんによからぬことを吹き込んだんだな!?」

「人聞きが悪いな」「俺様は普通に」「俺様に出来る方法で」「友達の悩みを解決しただけさ」

「……自分の都合よく操ることを、悩みを解決したなんて言わねえだろ……!」

 

 飯田、轟の糾弾にも、論裏はへらへら笑いを崩さない。

 そんな彼へ、緑谷は叫ぶ。

 

「ヒーローの皆殺しなんて企んで、心操くんを操って、食堂もこんな風に……論裏くん、君は一体どうしてこんなことするんだ!」

 

 義憤に燃える叫びを前に。

 ――かくん、と。

 壊れた人形みたいに首を傾げた飫肥鳥論裏は、その顔から笑顔を消していた。

 

「『どうしてこんなことを』?」「その言葉」「そっくりそのままお返しするぜヒーローの卵様たち」「どうしてあなた様方は」「心の底からヒーローを志したまま」「この高校で、ヒーローになる為の勉強をやっているんだい?」

「え……」

「俺様には分かるぜ」「それは、才能があったからだ」「環境に恵まれていたからだ」「信念さえ捻じ曲げる挫折の絶望を知らず」「運良くこの国で一番名門のヒーロー科に入学できたからだ」

 

 雄英高校ヒーロー科の勝ち組を前に。

 入試に落ちた負け組は、過負荷(マイナス)思考全開で語る。

 

「『努力が一番大切だ』『努力は必ず報われる』」「そうあなた様方、報われた『勝ち組』は言うけれども」「そんなのは欺瞞だよ」「七つの大罪のひとつ、傲慢でさえある」「噓だと思うなら、ほら」「紛争に巻き込まれ貧困に喘ぐ餓死寸前の幼い子供や」「若くして難病に罹った病人にでも」「今の言葉を言ってやればいい」「『君に足りないのは努力だ』『努力しないからそうなるんだ』ってね。」

 

 ばっ、と。彼は袖の余った両手を広げた。そして声高にこう叫ぶ。

 

「俺様はあえて言おう――」「()()()()()()()()()()()()」「どんな環境に生まれるか」「どんな個性(さいのう)を持って生まれるか」「いかに幸運に恵まれ不運に見舞われないか!」「それで人生の九割九分九厘が決まる」「その証拠に、ほら」「ヒーロー科に無個性の生徒は居ないだろう?」「それともあなた様方は」「『無個性でもヒーローになれる』なんて」「そんな無責任なことを言うつもりかな」

 

 何も言えない。誰も口を挟めない。(ヴィラン)の暴論だと断じられない。

 だって、身に覚えがあるから。

 無個性のままではヒーローを目指せなかった者。

 不運に見舞われヒーロー活動を断念せざるを得なくなった兄を持つ者。

 親が望む個性を持って生まれ、そうでない兄妹たちとの軋轢を知っている者。

 別に、ずっと幸運だったわけではない。努力を惜しんだこともない。それでも、「自分たちは不運である」、「努力で成功を勝ち得たのだ」とは口が裂けても言えなかった。

 その上……『不運にも個性が入試と噛み合わなかったせいで、ヒーロー科に入れなかった少年』を、彼等は前にしているのだから。

 そんな不運な普通科学生の隣で、もっと不運な過負荷(マイナス)は言う。

 

「運が良かっただけのあなた様方が」「良い個性に恵まれただけのあなた様方が!」「不運を覆そうとしている負け犬を」「たった0.1%の可能性に縋るしかない俺様たちのことを」「見下してんじゃねえよ、虫唾が走る。」

「そんな。見下して、なんか……」

「いや! あなた様は俺様たちを見下しているよ緑谷様」「だって」「『そんなの間違ってる』なんて言葉はさ、」「『自分が正しい』と思ってないと、絶対に出てこない言葉だろう?」

 

 いつの間にか、飫肥鳥論裏は嗤っていた。

 心を蝕む毒虫のように。心に憑りつく悪い虫のように。

 

「おまえが悪い」「きみが悪い」「さあ改心させてやろう」「殴って蹴って言う事を聞かせよう……」「全く、あなた様方はいつもそうだ」「見下げ果てるほど恵まれて居ながら」「誰かを見下さずにはいられない!」「だからこそ我等『負け犬』は、あなた様方『勝ち馬』に勝負を挑むのさ」

 

 そんな論裏の横に並び立つは、彼の手によって過負荷(マイナス)に堕ちた心操人使。

 

「これは証明だ。恵まれたおまえらに勝つことで、俺は俺の実力と不運を証明する……!」

「そうだ、良いぞひとっしー!」「俺様たちのぬるい友情で」「冷笑する勝ち組を蝕んでやろう!」「それか逆に虫食んでやろう!」

 

 やはり論裏の言葉を合図に、心操人使は個性(マイナス)を放つ。

 

「――目障りだ、『俺の視界から消えろ』!」

 

 瞬間、心操に睨まれていた三人は、言葉の力に吹き飛ばされた。

 『視界から消えろ』――視界に入る限り押しのける力場を作る言葉。弾丸のように飛んだ三人の体は、そのまま勢いよく食堂の壁に激突する。

 

「が――」

 

 衝撃に体内の空気が吐き出され、痛みが意識を明滅させる。

 だが、攻撃は――もとい()()はそれで終わりではない。

 

「挫折を知れ! 期待に、プレッシャーに、夢に『潰されろ』!」

 

 次いで、三人は床に激突した。その体が床に減り込む。象でも上に乗っているのではという重力以外の力が、彼等の体を床に押し付けている。

 

「ぐ、ぅ……!」

 

 呻き声すら満足に出せない重圧。

 身動きの取れない彼等に、しかし言葉の暴力が三度(みたび)襲い掛かる。

 

『足を引っ張ってやる』『出る杭を打ってやる』『ズタボロになって』『全部失敗しやがれ』!」

 

 見えない腕に足を引かれて壁に床に体を叩き付けられ。

 巨大な槌にでも叩かれたような衝撃に何度も全身を襲われ。

 理由もなく体中に傷を負い。

 反撃の試み、使おうとした個性さえ強制解除されて。

 

「――」

 

 三人は遂に、力なく食堂の床に倒れ伏した。

 はぁ、はぁと荒い息を吐く心操、その横で論裏は満足げに頷く。

 

「いやあ、凄い力だねぇ」「言葉の雨で打ちのめす過負荷(マイナス)洗脳大凶唆(ブラックレインウォッシング)」「言葉使い(スタイリスト)とはいかないまでも」「俺様の過負荷(マイナス)なんかよりよっぽど便利でスタイリッシュだ」「ほんと羨ましい限りだぜ」「こんなに簡単に」「喋るだけで雄英高校ヒーロー科のエリート様たちを皆殺しにできるなんてさ――」

「……まだ、だ」

「!」「マジかよしぶとっ」「気持ち悪っ」

 

 言葉の雨で打ちのめされたボロボロの三人が、それでも諦めず立ち上がって来たのを見て、飫肥鳥論裏は目を剥いた。

 自分のようにスキル(マイナス)で復活できるわけでもないのに、それでも鍛え上げた肉体の強度と強靭な意志の力で立ち上がって来るとは……ともかく、トドメを刺そうと彼は一歩を踏み出して。

 

「――心操くん! 君は『僕たちに勝ちたい』と言ったよね! 『勝って証明する』と!」

 

 それよりも前に、緑谷出久が叫んだ。

 その不撓不屈の強い瞳が、過負荷(マイナス)へ堕ちた心操人使を真っ直ぐに射抜いて。

 そうして、(ヒーロー)は突き付ける。

 

「それは、『僕たちより凄いヒーローになれる』と証明するためじゃないの!? 心の底からヒーローになりたいからこそ、そう言ったんじゃないのかよ!」

「……!」

 

 ぐらり、心操人使の瞳が揺らいだ。貼り付けたようなへらへら笑いが崩れる。

 けれど。友人の改心を邪魔するのは、虫の好かないお邪魔虫たるこの男――。

 

「なんだよ、説教でもするつもり?」「耳を傾けることは無いぜひとっしー様」「傾けるより斜に構えて」「首を傾げて受け流すのが俺様達(マイナス)流さ」「全く、上から目線性善説とか」「イマドキ流行らねえってーの――」

 

 しかし、そんな論裏の言葉を止める者が居た。

 『エンジン』の個性により高速で距離を詰めて来た飯田天哉だ。

 

「君には暫く黙っていてもらおう転校生!」

「おいおい」「俺様相手に殴りかかって来るとか(笑)」「括弧笑いを超えて」「カッコ悪いことになってもいいのかい――」

 

 しかし、飫肥鳥論裏は余裕綽々で斜に構え。

 

 ――バキィ! と。巨大な瓦礫という鈍器のフルスイングを顔面にモロに喰らい、綺麗に回転しながら宙を舞って、論裏はそのまま受け身も取れずに瓦礫の山へ突っ込んだ。

 

 いつも通りの即落ち二行、パート2。

 カッコ悪いことになったのは飫肥鳥論裏の方であった。そして、いつもの猛毒による反撃も今回ばかりは届かない。

 何故なら、論裏を痛烈に殴打したのは拳や脚ではなく、飯田が今放り捨てた瓦礫なのだから。

 

 『纏害蟲毒(リトルポイズン)』は、触れなければ虫も殺せない個性(マイナス)。当然、瓦礫などの鈍器で殴られれば、蟲毒が蝕むのは鈍器だけで、毒は持ち主まで届かない。

 瓦礫の中で緑谷が発案した作戦をその機動力とフィジカルで実行した飯田に、ゆらりと立ち上がった論裏はどういうワケか無傷のまま――しかし苛立ちを露わにする。

 

「あー痛かった」「くそったれ」「小賢しい奴だぜ全く!」「こんなので俺様の『纏害蟲毒(リトルポイズン)』を攻略したつもりかよ――」

「いいや!」

 

 更に――論裏の足元を這った氷が、その全身を冷気で包み氷結させた。

 当然『纏害蟲毒(リトルポイズン)』は触れた氷塊を虫食むが、それでも数秒動きは止まる。

 氷結の主は当然、轟。

 

「2人で止めるぞ、飯田……!」

「ああ! 緑谷くんが説得する時間を稼ぐ! 邪魔はさせんぞ転校生!」

「わあ」「虫の好かない俺様を」「お邪魔虫な俺様を無視しないなんて」「これは嬉しい限りだぜ……!」

 

 言葉とは裏腹に焦りを見せる論裏。彼の個性(マイナス)は結局初見殺しのこけおどし……一度手の内が露見してしまえば、彼は普通に最弱である。雄英高校ヒーロー科のエリート2人に足止めされては、もうその時点で打つ手がない。

 彼の本質は、何度倒されても起き上がり蟲毒(マイナス)を撒き散らす『お邪魔虫』。確かに触れればタダではすまないが、雄英入試のとき同様、無視されてしまえばそれまでなのである。

 

 そして、もはや論裏が介入できない舞台で、心操と緑谷は向き合っていた。

 緑谷が一歩、ボロボロの体でそれでも揺るがず距離を詰める。

 

「くそ……『離れろ』『諦めろよ』『どこかに消えろ』『消えてくれ』!」

 

 放たれた心操の言葉が緑谷を叩く……が、その圧力はフルカウルで踏ん張った僅かに緑谷を後退させる程度だった。

 逆に一歩、また一歩。緑谷出久は言葉に逆らって歩を進める。

 

 ――過負荷(マイナス)の力が弱まっている。

 それはつまり、彼の心が正常(プラス)に戻りつつあることを示唆していた。

 

「あの人に何を言われたのかは分からないけど……流されるな、心操くん! ヒーローになるんだろ!? なら、徒に力を使っちゃだめだ!」

 

 ぐ、と心操人使が言葉を詰まらせる。

 そして彼を説得するのは、正面の緑谷だけではない。

 

「『なりたいものをちゃんと見ろ』! 俺を救ってくれた言葉だ……心操くん、目を覚ませ!」

「そうだ! ヒーロー皆殺しなんて、そんなことがしたいんじゃねえだろ……!」

 

 論裏を足止めしながら、飯田、轟も心操へ叫ぶ。

 遂に心操は、否定の言葉さえ言えなくなって。

 がっ、と。遂に距離を零にした緑谷に、その胸元を掴まれた。

 ボロボロでも決して損なわれない輝きが、その瞳には宿っていて。

 

「戦うなら、また体育祭の時みたいに、皆に認められる形で!」

 

 そして。

 過負荷(マイナス)へ堕とされた心操人使へ、緑谷出久は渾身の思いを叫ぶ。

 

「学校を壊してどうするんだ! ここが! 君のヒーローアカデミアだろ!!」

 

 その言葉がトドメであった。

 

「俺、は……」

 

 心操が膝を折る。その心から過負荷(マイナス)が消えていく。

 

 その様子を見て……彼を過負荷(マイナス)へと堕とした正真正銘生まれつきの過負荷(マイナス)、飫肥鳥論裏は呟いた。

 

「言葉の力を使う奴を」「言葉の力で制するなんて」「なんの捻りもないけれど」「俺様には想像もできなかった、何ともサマになる王道展開じゃないか……」

 

 まあ要するに、結局のところ。

 負け犬がどんな努力と工夫をしようとも、勝ち馬はその程度余裕で覆せるという……これはそんな、身も蓋も救いもない感動話なのだった。

 

 

 

 

 

-004

 

 

 まあそんな訳で、後日談というか今回のオチというか……いや、後日でもないしまだオチてもいないのだけれども。

 ともかく現時点で確かなことは。

 俺様は性懲りもなく敗北し、折角できた友人を失って、ヒーローの卵様たちに睨まれているのであったとさ。

 

「あーあ」「結構本気で」「いい友達になれると思ったのになあ」

 

 ひとっしー様とは一緒に駄目になれると思ったのに……ま、あの大嘘憑きな先輩みたいにはいかないか。

 そんな落ち込む俺様に、泣きっ面に蜂とばかりに厳しい視線と言葉が飛んで来る。

 

「大人しくしてろ。すぐに騒ぎを聞きつけた先生(プロヒーロー)が到着する」

 

 そういう轟様は、いつでも俺様を拘束できるよう氷の個性を構えている。

 飯田様や緑谷様の機動力を考えると、俺様が逃げ延びるのはまず無理だろう。

 ひとっしー様改め心操様も、ここからは俺様と敵対し始めるかもしれない。

 まあ要するに、とっくに勝負はついていた。

 ここが漫画の世界なら、俺様は虫けらみたいなやられ役で、彼等こそ主人公なのだろう。

 だから、まあ、俺様はいつも通りに諦めた。

 

「うんうん」「良い話だったよね」「いつも通りの王道展開」「勝ち組が当たり前みたいに勝って終わる」「ご立派な愛と希望の物語ってやつ?」「いやーよかったよかった」「俺様感動しちゃったよ」「だから――」

 

 くるり、勝った彼等に背を向けて。

 

「――不調の如く(ダイナッシング)。」

 

 グシャ!! と。

 人間が四人、力なく地面に倒れる音が連続して響いた。

 触れてはいない。蟲毒で蝕んでも居ない。それでも、今しがた主人公みたいな活躍を見せた三人と改心した一人は、抵抗もできず虫けらみたいに地に沈む。

 

「こんな展開」「俺様が全部台無しにしてやるよ。」

 

 勝者が倒れていて敗者が立っている。要するに、これはそういう過負荷(マイナス)だった。

 尤も、これは制御が難しいうえに取り返しがつかないから。一歩間違えると世界がめちゃくちゃになっちゃうから、友達と一緒の時は使いたくなかったんだけど……友達じゃなくなったなら遠慮は要らない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 こんな学校、俺様の本当の過負荷(マイナス)を全解放して跡形もなくしてやるぜ。

 

「さあ、全国の負け犬待望の時だ」「誰もが目を覆って読むのを止める」「見るに堪えない鬱展開」「要するに」「――誰にも期待されてない悪役による」「大逆転の時間だぜ。」

 

 

 それは、愛も希望も、全てを台無しにする個性(マイナス)

 何度も何度も。諦めて飽きられて嫌われて、それでもなおしつこくしぶとく。

 不死鳥の如く蘇った悪役は、独りへらへらと嗤う、哂う。

 

 

 どうか覚えて帰ってくれ。

 俺様の名前は()()(とり)(ろん)()――全部取り違えて台無しにする、死が無い蟲毒な過負荷(マイナス)さ。

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