手慰みに書いた短編です。

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だだ甘な話を書きたかった


ウチの嫁はTS転生者らしい

北陸地方のとある場所。季節は冬、しんしんと雪が降り積もり、景色は白く塗り潰されている。

 

県庁所在地よりは田舎で、山間部よりは都会な田舎にある二階建ての一軒家。周囲の五割を田園に囲まれ、白い外壁で建てられた家屋の中、二人の夫婦が暮らしていた。

 

一階にあるリビングルーム。お昼ご飯を食べ終えて、食器類を片付けた嫁ちゃんは、ソファの背もたれに体を預けてくつろぐ旦那くんの背後から近寄ると、おぶさるように抱き付いた。

 

 

「な~に、甘えた?」

 

「ん……」

 

 

旦那くんの左肩に顎を乗せて、自身の頬を相手の頬に擦り付ける。時間が経って少し伸びてきた髭がチクチクするし、眼鏡の蔓が少し邪魔だが、人肌の温かさが心地好い。

 

幸せだと感じる。胸の中がぽかぽかして、心臓がとくんとくんと脈動する。こうしているだけで、あっという間に時間が経ってしまう。ずっとこうしていたいと心から思う。

 

──だからこそ、憂い無くこれからも過ごしていくために、ずっと心の中に仕舞い込んでいた『カクシゴト』を旦那くんへと伝えることにした。

 

 

「あの、さ……ずっと言ってなかったことがあるんだけど」

 

「どうしたの、改まって」

 

 

旦那くんは自身を抱き締める嫁ちゃんの右手に自分の手を重ねて、僅かに後ろを向く。嫁ちゃんの声が少し緊張したものに変わったことに気が付いたのだろう。安心させるように嫁ちゃんの言葉を待つ。

 

 

「実はこの世界、漫画の世界なんだ」

 

 

──ぱちくりと、旦那くんは目を瞬かせて。

 

 

「そうなんだ。そういうこともあるよねぇ」

 

 

そして、なんてこと無さそうに言葉を返した。

 

あまりに普通に返事をするものだから、嫁ちゃんは肩透かしをくらう。

 

 

「……旦那くん、ホントに信じてる?」

 

「嫁ちゃん、嘘つかないでしょ」

 

「それは、うん」

 

 

その通り、嫁ちゃんは嘘をつかない。隠し事は話さないが、聞かれれば『隠し事なので』と素直に答えるタイプ。他人に強制はしないけれど、自身のポリシーとして昔から貫いてきたことの一つだ。

 

そんな嫁ちゃんの事をよく理解していて、普通に聞けば頭を疑うような突拍子もない言葉を、疑うこと無く信じてくれたことに嬉しくなる。

 

 

「それで、どんな漫画だったの?」

 

「旦那くんがヒーローで、ヒロインの女の子と恋をする話」

 

「じゃあ嫁ちゃんがヒロインだ」

 

「んぐ」

 

 

間髪いれずに放たれた旦那くんの言葉。何の疑いもない言葉に、思わずときめく。

 

でも違う。この漫画に出てきたヒロインは黒髪ロングのちんちくりんな私と違い、栗色のボブヘアーでボンキュッボンな美少女だ。工作系学園ドタバタラブコメディとしてそれなりに有名だった。

 

 

「えっと、違くて。その漫画のヒロインは別にいて、私はモブキャラとして転生してきたんだけど……」

 

「んー……もしかして、浮気を疑われてる?」

 

「ちっ、違う!」

 

 

思わぬ不安を与えてしまったことに気付き、食い気味に否定する。旦那くんのことは心から信じているし、ずっと一緒に過ごしてきた彼がそんなことをするはずが無いと、嫁ちゃんは誰よりも理解しているつもりだ。自惚れているわけではないが、旦那くんは嫁ちゃんを好いてくれていると分かっている。

 

 

「……だって旦那くんは、浮気なんてしないでしょ?」

 

「勿論、嫁ちゃん一筋だからねぇ」

 

「ふぎゅ」

 

 

旦那くんに頬を掴まれ、変な声が漏れてしまう。恥ずかしい、頬が熱い。慌てて後ろへ距離をとり、ぱたぱたと手で顔を扇ぐ。息を大きく吐いてから、くるくると髪を指で弄りながら話を続ける。

 

 

「それで、その……私は元々前世で男だったんだけど」

 

「はは。それは嘘だよ~、こんなに可愛いのに」

 

「う、嘘じゃないしっ!」

 

「だってほら、仕草が女の子なんだよねぇ」

 

 

手をぎゅっと握り締めて大声を出す嫁ちゃんに、旦那くんはケラケラと笑いながら指先を向ける。内股で拳の先をぐっと地面へ向けた姿は、容姿の幼さも相まって一生懸命怒ってますといわんばかりだ。

 

 

「こ、これはっ! ちっちゃい頃にお母さんに矯正されたから……!」

 

「あぁ~、そういえば昔は一人称『俺』だったね」

 

「お、思い出させないで! もー!」

 

「あっはっは」

 

 

ぺしぺしと旦那くんの背中を叩く。形だけで全く力が入っていないため、痛みはまるでない。小動物がじゃれているような、ほのぼのとした空気感に満たされる。

 

 

「──それで、どうしてその話を僕に?」

 

「えっと、ほら。私たち結婚したじゃん」

 

「新婚ほやほやだねぇ」

 

「だから、その……愛してる人に隠し事とかはしたく、ないし」

 

「嫁ちゃんは可愛いねぇ、よしよし」

 

「んぐぐ……」

 

 

頭を撫でられ、嫁ちゃんは頬を膨らます。手玉に取られているようで癪だったが、嫁ちゃんは旦那くんの大きな手で頭を優しく撫でられると何も言えなくなった。小さな不満も、簡単に霧散してしまう。

 

 

「まぁ、前世がどうあれ、僕は嫁ちゃんが好きだし、愛してるから、別に気にしないけどね。例え嫁ちゃんが男だったとしても、惚れてたと思うよ」

 

「……ありがと」

 

「ほら、こっちおいで。そんな不安そうな顔しないでさ」

 

「うん……」

 

 

ぽんぽんと自身の膝を叩く旦那くん。嫁ちゃんはおずおずとソファへと移動すると、膝の上へちょこんと座る。そんな嫁ちゃんを旦那くんは後ろから覆い被さるように抱き締めた。

 

細身だが、大きな体。嫁ちゃんは旦那くんの体温に安心を覚える。体に感じる重さが少し苦しいけれど、心の中は幸福感に満たされていた。

 

 

「そっかそっか、なるほどねぇ。もしかして、学生の時に嫁ちゃんの成績が良かったのも、前世の記憶があったから?」

 

「お陰で中学までは楽勝だった」

 

「あれ、でも歴史だけは壊滅的だったよね」

 

「前世の歴史と違ってたから……」

 

「だから江戸幕府の初代将軍に『徳川家康』じゃなくて『織田信長』なんて書いてたんだ。」

 

「恥ずかしいから止めて……!」

 

「え~、可愛いよ?」

 

 

ぎゅっと抱き締められて、頭を優しく撫でられる。まるで子ども扱いだ。けれどそれが嬉しくて、文句の一つも言えやしない。借りてきた猫のように、されるがままに撫でくり回される。

 

 

「んー、そっかそっか。それじゃ、僕も秘密を打ち明けようかな」

 

「旦那くんも?」

 

 

顎に手を当てて話す旦那くんの言葉に、嫁ちゃんは首を傾げた。普段から意地悪なことはするものの、割りと明け透けに話している旦那くんに秘密があるなんて思いもしなかったためだ。

 

でもまあ、人間なんだから秘密の一つくらいあるだろうと納得する。それだけ自分を信じてるくれているのだと、なんだか嬉しくなる。嫁ちゃんは後ろを振り向いて、旦那くんの言葉を待った。

 

 

「──うん、僕の前世は女だったんだ」

 

 

真っ直ぐに目を合わせて呟いた旦那くんの言葉に、嫁ちゃんは眉根を寄せた。先程の自分の話を繰り返されているようで、また意地悪をされているのではないかと思い、不機嫌そうにむっとした表情で旦那くんの顔から視線を反らした。

 

 

「嘘だぁ。私に話を合わせようとしてるでしょ」

 

「この世界の元になった作品の名前は……確か『ハンドクラフト・ステンドグラス』だっけ?」

 

「……え、ホントに!?」

 

 

バッ! と、嫁ちゃんは再び後ろへ振り向いた。まさか、本当に自分と同じ境遇であるとは夢にも思わなかったからだ。瞳を真ん丸に開いて、嬉しそうな弾んだ声と共に旦那くんの顔を見た。

 

けれど、目に入った旦那くんの表情は、不機嫌そうに目を細めていて。嫁ちゃんに疑われたことが気に入らなかったのか、自分の腕の中に顔を埋め、よよよとわざとらしく泣き出した。

 

 

「だ、旦那くん……?」

 

「僕は信じたのに、嫁ちゃんは信じてくれないんだね。よよよよよ」

 

「う、嘘泣きでしょ? そんなの通じな──」

 

「うえーん!」

 

「子どもか!」

 

 

嫁ちゃんの体を抱き締めて、旦那くんの顔が肩越しに後ろへと向いてしまい、表情が見えなくなってしまう。しかも、耳元で泣き声を上げるため非常にうるさい。

 

旦那くんの背中を叩いて、ギブアップの姿勢を示す。向かい合って抱き合っている上に、旦那くんの体重がのし掛かってきて背骨がヤバい。……後、好きな人の泣き声は、嘘でも聞いていたくない。

 

 

「ご、ごめんってば! 分かった、分かったから! なんでも言うこと聞くから許して!」

 

「──はい、言質とった♪」

 

「へ? あ!」

 

 

体を離して、ぱっと笑顔を浮かべる旦那くんの顔を見て、口を滑らせてしまったことに顔を青くする。慌てて距離を取ろうと旦那くんの膝から降りようとするが、もう遅い。

 

旦那くんは嫁ちゃんをお姫様抱っこで抱えると、左手で嫁ちゃんの両手首を掴み、右手で両足を固定して、抵抗できないようぎゅっと体を抱き締める。男女の筋力差がある以上、ここまでされると逃げられない。

 

 

「じゃ、ベッドに行こうか」

 

「まだお昼過ぎですケド!?」

 

「なんでも言うこと聞くんでしょ?」

 

「そ、それは言葉の綾というか、旦那くんが嘘泣きなんてするから……!」

 

 

体を捩らせて逃れようとするも、全く離す気配が無い。しかも、旦那くんの顔は満面の笑みを浮かべているはずのに、なんか怖い。猛獣に食べられる獲物の気持ちが分かった気がする。

 

 

「今の嫁ちゃんが可愛い女性だってちゃんと教えてあげるよ。着て欲しいコスもあるし……明日も休みだから、朝までゆっくりできるねぇ」

 

「……や、やだ! 絶対意地悪するからやだ! むり! 死んじゃう! 離してぇ!」

 

「はいはい、死なない死なない」

 

「鬼畜! ケダモノ! や、やああぁぁぁ────!」




看護師「おめでとうございます! 元気な男の子ですよ!」





【蛇足】

《嫁ちゃん》
・前世は男
・黒髪長髪ぱっつんコンタクト猫目(オフでは眼鏡)
・身長は150cm、貧乳スレンダー
・嘘と分かっていても好きな人の涙に弱い
・職業は漫画家兼イラストレーター兼デザイナー
・趣味はVTuber(旅行系人妻、登録者数30万人、収益化済み)、同人誌作成、温泉、サイクリング

「話してる時、二言目には『可愛い』っていうの、気持ちは嬉しいんだけど外でやるのは止めて欲しい。流石に恥ずかしいよ」
「すぐ意地悪するし…………えっち、だし……」
「……でも、私の話をちゃんと聞いてくれるから、すき」

「心から好きだから、愛しているから、本当の自分を知って欲しい。独りよがりなのは分かってる。幻滅されるかもしれないし、怖いけど……隠し事をしたまま一緒に暮らすなんて器用なこと、私にはできないから」
「男……いや、女は度胸! やってやらぁ!」


《旦那くん》
・前世は女
・茶髪短髪黒縁眼鏡三白眼
・身長は170cm、色白で細身
・好きな相手にはとことん一途
・職業はガラス職人
・趣味は家庭菜園、工作、アニメ、ゲーム、コスプレ、早朝ランニング

「は? 可愛い(キレ気味)」
「これで前世男とかウソでしょ」
「外出中にこっちの理性を飛ばそうとするの止めてくれないかな?」

「……嫁ちゃんが前世の事を話さなかったら、多分僕はずっと自分の前世のことを秘密にしてたんだろうな」
「嫁ちゃんが思っているよりも、僕は嫁ちゃんに救われているんだよ?」

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