少し間をあけてしまったのでとりあえず一話だけ更新したいと思います。
親友との旅行はとても楽しい思い出となった。
例え、オーフィスによる勧誘という要素があったとしてもそれは変わる事はない。一緒に笑って、バカやって、これ以上ない位に楽しんだのだから―――。
「……確か……駅前で迎えの人を呼んだって言ってたよな」
旅行から帰った数日後、彼はやや大きめのリュックを背負いリアス達を見送った駅前に立っていた。冥界の生き方なんて一誠自身知らない事に加え、人間であるのでリアスが迎えの者を寄越してくれるのだそうだ。
恐らくリアスの信頼する人か、彼女の使い魔が来てくれると考えてはいるが実際はどうだか分からない。
「予定より早く来ちゃったな……」
まあ遅れるよりはいいだろう、と思いつつ周りを見る。
夏だからか、数日前の自分と同じように旅行へ行こうとする人がちらほらと居る。
数日前の旅行と考えてあの自分を勧誘してきた黒髪の少女、オーフィスを思い出してしまった。禍の団の首領というからには凄く悪い奴を想像していたのに実際に会ったのは悪い感情を感じさせない無垢とも取れる少女。
嫌な感覚はした、が、それは彼女の圧倒的な力と存在感に過剰に自分の中にある力が反応してしまったせいだろう。
「………部長に、話さなくちゃな」
それにサーゼクスにアザゼルにも。これは隠していい問題ではないのはバカな自分でも分かる。
きっと心配されるだろうが、最強の存在と言われるような奴が自分の力を求めるなんて只事ではないはずだ。
「よしっ、まずは報告だ!……でも冥界ってどんな場所なのかな。やっぱり普通とは違うんだろうなぁ」
オーフィスの事について報告するのは決定事項だとして、何気に冥界がどんな所なのか露ほども理解していないのは怖い。
まさか魑魅魍魎の怪物立ちが跋扈しているような所なのか。冥界と言うからには角や尻尾の生えた悪魔達が燃え盛る獄炎の中を飛び交っている地獄のような場所なのか……。
そんなことを考えていくうちに人間の自分が本当に行っていいか不安になる一誠。
「此処と冥界は神秘が秘匿されているかされていないか、後は……空の色くらいしか違いはありません」
「は………?」
背後から投げかけられた聞き覚えのある声。その声のする方へ振り返ると、艶やかな銀髪が視界に入り込んだ。
思わず素っ頓狂な声が出てしまったのは仕方の無いことだろう。何せ一番思いもつかなかった人が待ち合わせ場所にやってきていたからだ。
「グレイ、フィアさん?」
「お待たせしました。兵藤一誠様」
未だに衝撃抜けきらない一誠にメイド服を着た女性、グレイフィア・ルキフグスは彼に向かって恭しいお辞儀をするのだった。
「冥界って、電車で行くんですね……」
「人間界と冥界は次元で区切られているのでこのように列車で冥界で向かう事になっているのですよ」
驚くことに駅の地下にはグレモリー眷属専用の列車が存在していた。その場所まで迎えに来てくれたグレモリー家専属のメイド、グレイフィアに着いて行き、無事に列車の乗り込むことができた一誠はキョロキョロと周りを見ながら高級そうな椅子に座った。
彼が座ると、何時の間にか淹れた紅茶を差し出したグレイフィアは座らずに彼の斜め前に佇む。
「他に何かご要望がありましたら、私にお申し付けください」
「え、あ……はい」
一誠自身、本物のメイドとはもてなされた事も喋った事もなかったので、グレイフィアにどう接していいか分からなかった。
無言で目の前に立たれると慣れてない自分は何か粗相してしまいそうで不安になったので、とりあえず話しかけてみる事にした。
「あの……意外でした。まさかグレイフィアさんが迎えの人だったなんて……」
「お嬢さまはそのつもりでは無かったようなのですが、サーゼクス様の指示で私が迎えに赴くことになりました」
「魔王様が……」
「過保護、と思うでしょうが貴方はそれだけ歓迎されるべきお方とサーゼクス様は考えていらしています」
―――だとしても凄い人を寄越してくれた。リアスの話によると最強の女王という異名で呼ばれるほどの実力者らしい。そんな凄い人が迎えに来てくれるなんて道中はもう安全すぎると言っても良い。
冥界行きの電車が発進したその後、グレイフィアから自分が居ない間リアス達に起こった事を聞いた。
なにやら、新人の上級悪魔達の会合でひと悶着あったらしく、その話の末にリアスと駒王学園の生徒会長であるソーナ・シトリーがレーティング・ゲームをするという話になっているという。
「それで皆はソーナ会長とその眷属達のレーティングゲームの為の訓練をしているということですか?」
「そういうことになりますね」
「レーティングゲームか……」
人間である自分が出れないのは分かっている。
本来なら、ライザーとのレーティングゲームだって出る事すら無理だったのだ。ここで無理を言って参加させて貰おうとしようとは流石の一誠でも思わない。
……やはり、レーティングゲーム前の大事な時期にオーフィスと接触したなんて報告するべきではないのかもしれない。
いまいち問題の大きさが理解しきれない一誠だが、漠然とこれは簡単に扱ってはいけない問題だということは分かっていた。
「―――あ」
「?どうなさいました?」
ふと、目の前で佇んでいるグレイフィアを見て思いついた。
この人に言伝を頼めばいいのではないか?と、一人間の自分の言葉を多忙であろう魔王様に話を通してくれるとは限らないし、まず一番に伝えなくてはいけないのは悪魔達のリーダーである魔王様だろう。
自分を庇護下に入れてくれているリアスの兄であり自分の身の安全を保障してくれる人だ。いの一番に報告すべき―――そう決断した一誠はやや緊張しながらグレイフィアを見る。
「あの……魔王様に伝えて貰いたいことがあり……あるのですけど……」
「?……はい、なんなりと」
複雑な話だが、自分ではうまく伝えられないのはよく分かっているので簡潔に伝える。
緊張のせいか声を上擦らせながらも一誠は怪訝にこちらを見るグレイフィアに口を開く。
「オーフィスに、会いました」
「………すいませんもう一度」
「オ、オーフィスに勧誘されてしまいました……」
「………」
震えた一誠の声に、数秒ほど硬直した後にグレイフィアは額を抑えた。
冷静と思えた彼女でさえこうなるのは予想できなかった一誠はどれほどやばい自体に自分が置かれていたのかを再度自覚し体を震わせる。
彼女が鉄面皮を崩してから十数秒後、考えが纏まったのか厳しい表情で顔を上げた彼女は、面と向かって会話するためだろうか?一誠の目の前の席に座り、彼を見つめた。
「―――それはリアスに?」
「え、いやまだです……」
なんだろうか、一瞬口調が崩れた気が―――。
「このことは彼女には言うべきではないでしょう。……彼は他に何を?」
「彼?……いや、蛇を飲めとか受け入れよとか……」
「部下ではなく、彼自身が出張ってきたと?明らかに普通じゃない……目的は一体何?」
冷静沈着の完璧メイドというイメージがあったグレイフィアだが、今はそれとは別の、研ぎ澄まされた刃物のような雰囲気を纏っている。
正直怖い。
「後は、俺の事を禁断のなんとかって……」
「禁断……?……いや、まさか……」
鉄面皮のように冷静を保っていた表情が驚愕へと移り変わる。
驚愕に目を丸くさせた彼女は目の前できょとんした顔で自分を見る一誠を注視する。一誠自身はよく分かっていない―――だが知識がある者ならば、誰でも合点がいく程の神聖な存在。
それは欲。
それは命。
それは罪。
そして始まり―――。
人に恥を与え、人が人たる営みをする切っ掛けを与えたとされる、強大な力を宿していたと言われた失われた力。
人間には決して宿るはずがない力。
だがこれまでの彼の力、そしてサーゼクスが自分を寄越させるまでに執心する理由を合点がいく。生物という種族を超越していると言える彼、オーフィスは兵藤一誠という存在の中にある強大な力を無意識ながらに知覚した。
これがリアス達や外部に漏れなくて良かった。
あまりにも危険だからだ。
これは三大勢力ならず他勢力を巻き込む渦の中心となり得る。
冥界の隠れた野心家達は彼を取り込もうとするかもしれない。
天界の狂信者達は彼を新たな神として祀り上げるかもしれない。
北欧は一誠の引き渡しを要求してくるかもしれない。
それを彼が―――こんな子供が耐えられるはずがない。
「いいですか、この事は誰にも言ってはなりません」
「誰にも……部長にもですか……?」
「お嬢様にもです」
誰もが疑問に思っていた。
そしてグレイフィア自身も……赤龍帝である弟はともかく、神器でもなく魔法でもない誰もが理解できない力を振るう一人の少年が何故ここまで強いのかを―――。
眷属になれなくて当然だ。
悪魔の駒は、神又は神に類似する種族には効果は示さない。彼の内にあるのは命を総べ得る力、彼が神に匹敵―――否、もしかすればそれ以上の力を宿す事もありえるだろう。
異常だ、何がどうやって一誠に宿ったのかは知らないが、偶然にしても性質が悪い。
人としての営みを示した存在が、たった一人の少年に宿り異形の存在へ変えようとするなんてあまりにも残酷すぎる。恐らく当の本人は感覚的には分かっているようだが、人という枠を超え【至ってしまった】その時、自分がどうなってしまうかだなんて想像もしていないだろう。
グレイフィアは、再度一誠を見る。
―――普通の少年だ。
普通の人間で、普通の子供だ。
彼の家族関係は事前に理解しているつもりだし、今この時が一番彼にとって幸せな時期だろう。だからこそ、これから必ず彼の身に強いられる『試練』と『決断』を思うと、今目の前にいる彼がそれに押しつぶされないかとても心配になってしまう。
彼は強い人間ではない。
リアスも彼女の仲間達も彼を信頼しているだろう。
兵藤一誠は強い力を持っていて、どんな敵にも屈しない意思を持っている。ライザー・フェニックスにもコカビエルにも、相手が格上の相手だろうとも立ち向かった。
それも皆、リアス達仲間の為だった。
失いたくない、幸せを感じてしまった居場所を失いたくないという強迫観念。今の彼にとってリアス達は心の拠り所のようなものに変わってしまっているのだ。
心が今にも壊れそうな程に脆いからこそ自らを支え、励まし、信じてくれた仲間達を守ろうとする。
「……え、えーと、ちゃんと断りましたよ、俺!」
彼もきっと自身が人とは違う別の存在に変わる事を漠然とだが理解はしているのだろう。
だが……理解しているが、彼はあえてそれを受け入れている。人の身を捨てようと、どれだけ傷つこうがそれだけの事をしても―――彼にとって仲間という存在はそれだけ価値のあるものだった。
彼を自己犠牲と讃える者もいるかもしれないが、それは違う、彼は犠牲になるとなんて思っておらずただ、怖がっているだけだ。
人を捨てるよりも、化け物になるよりも、軽蔑されるよりも、ずっと怖いものがあったからだ。
なんて弱く、そして儚い子なのだろうか。
一誠の事はリアスからの話と言伝、それと資料でしか知らないが―――面と向かって話すことで否応なく分からされてしまった。
「貴方は、あまりにも健気すぎる」
「……え?」
「……イッセー様、貴方が傷ついて悲しむ人もいるのです」
今の自分に言える事はこれだけだろう。
これから彼にどのような事が起きるかは予測することは不可能――彼が人の身を捨てるという事を受け入れているのならば、できることならば辞めさせてあげたいと切に思う。
しかし―――それが無理ならば、せめて彼に送ったこの言葉の意味を理解してほしい。
「おお……!」
冥界に到着した一誠を出迎えたのは、アザゼルとギャスパーの二人だった。
話に聞いた通り、リアス達はレーティングゲームに向けたそれぞれの訓練に忙しいようで一誠を迎えに来ることができなかったらしい。その辺の事情は既にグレイフィアから聞いているので気落ちすることもなかった一誠は、電車から降り、外―――冥界の空を見上げる。
「すげぇ……」
何時もとは違う不気味な色の空。
どことないファンタジーさを感じさせる雰囲気に空を見上げたまま呆けている一誠の後ろからギャスパーがついてくる。
「お久しぶりです、イッセー先輩っ」
「おう、久しぶりだなギャスパー。修業頑張ってるか?」
「はいっ!」
ほんの一か月前はあんなに弱々しかったギャスパ―がこんなにもやる気に満ち溢れている。そのことが自分のことのように嬉しくなった彼は「そうか!」と笑顔を返す。
ギャスパーだけじゃない、此処に居ない皆も頑張っている。
ソーナ・シトリーとのレーティングゲームの為に……今回は人間であり、悪魔達にとって部外者な自分はライザーの時のようにレーティングゲームには参加できないが皆の力になれない分、精一杯応援しようと心に決めるのだった。
「アザゼル様、至急お伝えしなければいけない事があります」
「んん?どうした」
一誠とギャスパーが目の前で談笑している一方で、二人の後ろから少し離れた場所でアザゼルは魔王サーゼクスのメイド―――グレイフィアに話しかけられていた。
メイドとして勤めるグレイフィアがサーゼクスの妻だということを知っているアザゼルとしてはそんな彼女が言う『至急』という言葉に若干訝しみながらそちらに顔を向ける。
「詳しい話しはサーゼクス様を交えて話さなければなりませんが……簡潔に言います。オーフィスが彼、兵藤様に接触いたしました」
「は…………はぁ!?」
無表情でそう言い放った彼女の言葉に驚愕するアザゼル。
『無限の龍神』オーフィスは無限の力を持つと言われる最強のドラゴンの一人。そんなやつが一誠に?誰かしらの勧誘あるとは考えていたが、これは明らかに早すぎる。
アザゼルも何度か会った事はあるが、基本的にああいう存在は一存在になんの興味を抱かないはずだったのに―――。
「それは確かか……?」
「……他ならぬ、兵藤様がそう仰っていました」
「……イッセーが嘘をつくとは思えん……だが、かといってそう名乗った奴が本物のオーフィスとは限らねぇ……」
一誠が嘘をつくという考えはない、というより嘘をつける程悪巧みができるような気様な奴とは思えないし、こんな性質の悪い冗談を思いつくような奴でもない。
だからこそ偽物という可能性も考えた。
はたまたオーフィスの名を語った何者かが一誠を陥れようとしている可能性だってある。
しかし一方で、アザゼルの仮説と一誠の言葉を考えれば、一誠はとてつもない力を身に宿した人間という結論付けることができる。
「イッセーは……他に、何か言ってなかったか?」
「………」
「どうした?」
言い淀むグレイフィア。
鉄面皮な彼女が少しだけ表情を崩すのを見たアザゼルは、事の深刻さをおのずと理解した。
「一誠から何を訊いた?『銀髪の殲滅女王』っつー物騒な異名を持つお前がそんな反応をするのは尋常じゃない……」
「―――禁断の果実」
「!!」
たった一言、その一言でアザゼルは一誠の力の根源を理解してしまった。
即座に目の前に歩く一誠の方へ顔を向ける。
呑気な顔で冥界の景色を見ている少年、にしか見えない。
「そうか、ハハハ……マジかよ。ありえねぇ……なんだそりゃ、分からねぇ筈だ、そりゃ、神にだってなれる……クソ、そりゃねぇよ……」
手の平で目元を覆い、眩暈を起こしながらも自嘲気味な笑みを漏らすアザゼル。
疑いたい気持ちもあるが疑いようも無くピッタリと彼の中にピースが嵌り込んでしまった―――
神に至る力。
果実を模した装備。
半減の力を無効化する身体。
悪魔の駒を受け付けない特性。
新たな存在への転生。
つまり、つまりはだ。
誇張も何もないただその通りに一誠の力は命を総べることができる超常の力だった。
「急いでサーゼクスにこのことを伝えろ。絶対にこの事を漏らすなよ……!下手すりゃ、隠れている馬鹿共、いや、北欧から地獄までのほぼすべての勢力が一誠を狙う。禍の団なんて目じゃねぇ……下手したら最低最悪の悪魔―――リゼヴィム……ッリゼヴィム・リヴァン・ルシファーが出張ってくる可能性だってある……!それこそ和平結んで日が浅い俺達じゃ容易く崩される!」
新しい神の誕生―――。
それも命すらも創造することのできる圧倒的な程の神聖を持つ、神。
欲しいと思わない奴はいない。特に、関係性の深い北欧は喉から手が出る程欲しがるだろう。既にオーフィスが手を伸ばしている、危険だ……危険すぎる。
「既にサーゼクス様へ連絡は取りました。この後直ぐに伝えに参りますが―――」
なら直ぐに―――と言いたいところだが、このまま一誠を野放しにするのは些か不安過ぎる。それにギャスパーの訓練を任されている身からして放り出すことはできない。
まず、自分はやるべきことをしなくてはならない。
それに、一誠にはやってもらわなくてはいけないことがあるのだ。
「俺はまだ手が離せん。……セラフォルーとアジュカ……ファルビウムは面倒くさがって来ねぇだろうから、信用できるそいつらに話すべきだ」
冥界に居る間、仲間達の目の届く場所にいれば大丈夫なはずだ。
事態はまだそれほど緊迫していないが救いだ。オーフィスが禍の団の連中に一誠の力の正体を教えている、という可能性も考えられるが、オーフィス単体で出張ってきたという事は少なくとも周りのテロリスト共は手を出してくる可能性は低いということだ。
なら、今必要なのは一誠が襲撃された時の備え。
慎重に事を進めなければならない。一誠の話は冥界でも出回っているだろう。そんな彼を突然に保護したらそれこそ、【一誠にはヤバイ力が備わっていますよ】と誇示しているようなものだ。
事は慎重に、そしてゆっくりと確実に進行しなければならない。まずは一誠の預かり元である悪魔の主であるサーゼクス達にこのことを知らせる事だ。特にアジュカ・べルゼブブの判断を仰ぎたい。
「そう、ですね、それが最善でしょう」
今一悪魔の重鎮共は信用できない。
あいつらは旧魔王派と似通った考えを持っている奴等が多い。もしかしたらスパイがいる可能性もある。あいつらが人間である一誠を軽視するのは分かり切っている。必要とあれば傀儡にしようとさえするだろう。
「ハァ……全く、前途多難だぜ……」
今、眷属達に起こっている精神的な『問題』
そして、一誠自身の肉体的な『問題』
その二つの課題に板挟みにされたアザゼルは虚しげなため息を漏らすのだった。
今回はこの一話だけです。
しばらくの間、他作品もあまり更新できなくて本当に申し訳ありません。
※更新が遅れてしまったことについての理由については、これからの更新に関しての重要な内容も加えて活動報告を書いたので、そちらを読んでみてください。