「うーん。今日も良い天気だ」
「うん。せっかくの始業式だもん。曇りだったらあまりぱっとしない始まりになりそうだね」
外に出た俺のつぶやきに、凜祢が相槌を打つ。
(今日は良いことがありそうだ)
天気が良いだけでそんな大げさなと思うかもしれないが、天気が良いのは一番大事なことだ。
「あ」
そんな時、隣の一軒家からドアが開く音が聞こえた。
そして、青髪の青年が姿を現わした。
「おはよう、涼、凜祢」
「ああ、おはよう。士道」
「おはよう、士道。今日もいつも通りだね」
家の前に立っている俺達に気づいたのか、その青年は軽く手を上げながらこちらに挨拶をしてくる。
俺はそれに返事をし、隣に立っていた凜祢も挨拶を返す。
彼の名前は五河 士道。
家が隣同士で小さい頃から家族ぐるみでの付き合いをしている。
いわば俺にとっては幼なじみであり、兄のような存在だ。
「おう、二人とも相変わらずタイミングが良いよな」
「それは士道が単純だからだと思うけど」
「もう、そんなこと言ったらダメだよ」
俺と士道の会話に、凜祢がたしなめるように言う。
「いや、本当のことでしょ。それに、凜祢も同じ事思ってるよな?」
「えっと……お、思ってないよ? あははっ……」
俺が意地悪く言うと、凜祢は少し困ったように笑う。
もはや、それは十分すぎるくらい肯定しているようなものだけど。
「お前らなあ……」
士道がため息をつくように言いながら笑う。
そんな士道を見て、俺と凜祢も同じように笑った。
「もー、三人とも私を仲間外れにして楽しそうに話すのずるいよー」
そんな風に雑談をしていると、士道の立っている場所の後方から、元気な声が聞こえてきた。
士道が道を空けるように移動すると、赤い髪に白いリボンを付けた小柄な少女が不機嫌そうに頬を膨らませながら姿を現わした。
彼女の名は五河 琴里。
士道の妹であり、同じく俺達の幼なじみでもある女の子だ。
士道を兄的存在というのであれば、彼女は妹的存在とも言えなくも無い。
「……申し訳ない」
「おはよう、琴里ちゃん」
士道の隣に立つようにして現れた琴里ちゃんに対して、謝罪の言葉を口にする俺と、挨拶をする凜祢。
「おー! おはようなのだ、涼お兄ちゃん。凜祢お姉ちゃん!」
すると、さっきまでの不機嫌さは何だったのか、琴里ちゃんは満面の笑みを見せながら挨拶を返してくれた。
まるで太陽のような明るい笑顔である。
「ごめんね、ちょっと話し込んじゃってて」
「ほんとだよー。あとちょっとでお兄ちゃんにドロップキックしてたところなんだからー」
俺が謝ると、琴里ちゃんが冗談交じりの言葉を返してくる。
「こ、琴里、さすがに冗談だよ、な?」
琴里ちゃんの言葉に士道が汗を流しながらそう返す。
「ん? もちろん本気だよー?」
「でしょうねっ」
そんな士道に返ってきた答えは予想通りというか何というか……
まあ、これがいつもの日常だった。
士道はシスコンと言っても過言では無いくらいに琴里ちゃんの事を大事にしているし、琴里ちゃんも兄である士道に懐いている。
むしろこれで仲が悪い方がおかしいだろう。
俺達には……懐いてくれていると思いたい。
少なくとも嫌悪はされてないはずだ。
……多分。
「それよりほら、早く行かないと遅刻しちゃうよ」
「そうだな」
凜祢の言葉に促されるように、俺達は学校へ向かうことにした。
♢
「えっへへ~、デラックスキッズプレート~。ファミレスでお昼♪」
「ふふ、琴里ちゃんご機嫌だね」
通学路を歩いていると、琴里ちゃんが上機嫌そうに言った言葉に凜祢が微笑む。
『デラックスキッズプレート』というのは、その名の通りファミレスの子供向けのセットメニューのことである。
記憶が正しければ、これは本当にお子様向けなのかと疑いたくなるほどの豪勢なメニューだったはずだ。
それを嬉々として注文するあたり、さすが琴里ちゃんと言ったところだろうか。
「ファミレスでそんなにはしゃぐなって」
「別にいーのっ。ありがとね、お兄ちゃん♪」
琴里ちゃんの喜びように、どこか呆れた様子で言う士道。
そんな士道にお礼を言い、満面の笑みを浮かべる琴里ちゃん。
とても微笑ましい光景ではあるけれど、頼もうとしているのがお子様向けメニューだという指摘は野暮だろう、
そして俺たちはファミレス前にたどり着いた。
「それじゃ、お昼にここで待ち合わせだよ、お兄ちゃん」
「分かってる」
琴里ちゃんの言葉に、士道が相槌を打つ。
「絶対だぞ。テロリストに占拠されてもここで待ち合わせだぞっ」
「いや、テロリストに占拠されたら営業できないと思うけど……」
念を押すように士道に言う琴里ちゃんに、苦笑しながらツッコミを入れた俺は間違っていないはずだ。
現に隣にいる凜祢も苦笑しているし。
あ、微笑んでいるの間違いか。
「大丈夫だって。お兄ちゃん、約束は守るさ」
そんな琴里ちゃんの頭にポンッと手を乗せ、優しく微笑みながら言葉をかける士道。
琴里ちゃんも嬉しいのか目を細めていた。
実に微笑ましい兄妹の姿が目の前にある。
「……士道がシスコンって噂があるんだけど、言った方が良いかな?」
「……さすがに言えないだろ。これ」
その光景を見ながら小声で聞いてくる凜祢に、俺は同じく小声で苦笑しながら答える。
クラスメイトがそのような噂をしているのを聞いた時に否定したかったのだが、思い当たる事が多すぎて苦笑することしか出来なかった。
実際、この光景を見ていると否定出来ないよなぁ。
「絶対の絶対だぞー、空間震が起きても絶対だからね」
「ああ、わかったから早く行ってこい」
頭を撫でてもらうのに満足したのか、少しだけ前に走るとこちらに振り返ってそう言いながらぴょんぴょんと手を振りながら言う琴里ちゃんに士道が呆れたように返す。
その返事に満足したのか、琴里ちゃんはタタタっと走っていった。
「んじゃ、俺達も行くか」
「そうだね」
士道の言葉に答えながら、俺達は学校へと歩いていった。
(にしても、さっきの琴里ちゃんの表情)
去り際に見せた琴里ちゃんのいつもと違う表情に、少し疑問を覚える。
その表情はどこか大人びていて……まるでどこかのお偉いさんではないのかと思わせるような表情に見えた。
(まあ、気のせいだろ)
そんな事を考えながら。
♢
―――来禅高校。
天宮市の西側にあるこの高校は、どこにでもある(学校内にシェルターがあることを除いて)ようなごく普通な高校だ。
創立何年なのかは分からない(と言うか興味が無かったのだが)が、30年前に二つの高校が合併して出来た高校だ。
元の名前は分からないが、この高校の名前は公募で決められたとのことで、それをもぎ取るために合併する二つの高校で勝負をしたのだとか。
ちなみに、その勝負でもう一つの高校に通う三人の生徒が完封勝利をしただとか、その生徒のうち二人が体験入学生として通っていただとか、どこのドラマやアニメの世界だよとツッコみたくなるような伝説があったりするが、おそらく誰かが大げさに言っているだけだろう。
そんな高校に、俺達は通っているのだ。
校舎前でクラス分けを確認した俺達は、これから一年間学校で過ごすであろう教室、”2-4”の教室に足を踏み入れる。
ちなみに、俺達はどういう偶然か同じクラスだった。
「今年は同じクラスだね」
「ああ。去年は凜祢が別のクラスだったからな」
自分の席に荷物を置いて、先に自分の席に腰掛ける士道の所に移動した(移動と言っても二つ後ろだけど)俺が話しかけると、士道も普通に返してきた。
ちなみに俺の席は廊下側の席で、隣はどういう因果か凜祢だったりする。
「五河、涼」
「ん?」
「殿町か」
不意に名前を呼ばれたのでそちらを向くと、そこには見覚えのある男子生徒がいた。
名前は殿町宏人。
逆立てられた髪型が特徴で、俺と士道の友人だったりする。
「二人も同じクラスのようだな。よろしく、二人とも」
「ああ、よろしく」
「まあ、よろしく」
殿町の挨拶に、俺と士道がそれぞれ返事をする。
「しかし……まさかまた三人で同じクラスになるとはな」
「だな」
「何だか運命めいたものを感じるよな」
殿町の言葉に、士道と俺は笑いながら言葉を返す。
というのも、去年も彼とは同じクラスだったのだ。
本当に、運命のような物を感じずにはいられなかった。
「一体どんな運命だよ」
思わず出てしまった俺の言葉に、士道が苦笑する。
だが、それが事実なのだから仕方がないのだ。
「とりあえず、今年もよろしく頼むよ、殿町」
「こっちこそ」
そう言って俺と殿町は握手を交わす。
この一年は同じクラスなのだ。
仲良くしておくことに越したことは無い。
「っと、彼女からだ」
その時鳴り響いた着信音(というよりは通知音?)に、殿町がスマホを取りだし画面を操作する。
恐らくメールかなにかが届いたのだろう。
「へぇ、殿町付き合ってたのか」
「紹介しよう。この子だ」
殿町の”彼女“という発言に、驚いたように言う士道に、殿町は自慢げにスマホを見せつけてきた。
「「え?」」
画面をこちらに向けてきた殿町に、俺と士道は思わず声を上げた。
画面に映っているのは、ピンク色のツインテールの髪型をした、かわいらしい少女だった。
そして画面の一番下には『恋してマイ・リトル・シード』と言う文字が書かれていた。
「って、ギャルゲーじゃないかっ!!」
俺の心の声を代弁するように、士道が叫ぶ。
そこに映っていたものはいわゆるギャルゲーと言われるものだったのだ。
まあ、殿町が誰かと付き合っていないという印象の強い俺としては、そりゃそうだよなと納得する気持ちと、ギャルゲーのキャラを恋人と言う殿町がどこか惨めに思えてくると言う複雑な心境になったのはここだけの話である。
「ギャルゲーだからって馬鹿にするもんじゃないぞ、五河。ギャルゲーにはな、女の子への接し方や摂るべき言動の全て詰まっている、いわば恋愛の教科書と言っても過言ではないんだぞ?」
しかし、殿町はそんなことを気にもせず、自信に満ちあふれた声で話を続ける。
なぜそこで胸を張るのかいまいちよく分からなかったが、それだけ自信があるという事なのだろう。
「とくにこのアプリは常駐――――」
そして始まるギャルゲーのアプリについての熱弁。
ここまで来ると感心してしまいそうだ。
「涼。殿町君はどうしたの?」
「あ、凜祢」
その時、クラスメイトと話をしていた凜祢が、こちらまでやってきて声をかけてきた。
「なんか、殿町がゲームについて語り始めた」
「あー……なるほどね」
俺が簡潔に説明すると、凜祢は全てを察したような顔をして苦笑した。
「五河士道」
と、その時士道の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
声の聞こえた方に顔を向けると、一人の女子生徒が立っていた。
短く切りそろえられた銀色の髪に、顔立ちはかなり整っているものの、感情が欠落したような無表情な印象を抱かせる。
「え、なんで俺の名前を?」
「……覚えてないの?」
急に自分の名前を呼ばれて驚きを見せる士道に、少女が抑揚のない声で応える。
表情一つ変えていないので、悲しんでいるのか怒っているのかの判別が着かなかった。
それが却って怖くもあるけど。
「あ、ああ。えっと……」
「……覚えてないならいい」
少女はそう言うと自分の席なのか、士道の隣の席に腰を下ろした。
「えっと……彼女は誰なんだ?」
「え、五河。お前鳶一折紙を知らないのか?」
困惑した様子の士道に、殿町が驚いたように口を開く。
「鳶一、折紙……」
殿町が口にした名前を、士道は困惑した表情で繰り返すように呟く。
「学年主席の成績らしくて、そこそこ有名らしいよ」
「おー。さすが涼だな。それに加えてあの容姿だ。俺調べの恋人にしたい女子ランキングはトップ3に食い込んでいるほどだ。ちなみに園神さんは2位だったぜ」
(そんなのやってたんだ)
初めて知る情報に、俺は驚くと同時に心の中であきれたような感情を抱く。
正直、そんな情報を知る必要なんてないと思うんだが、それでも知りたい人がいるのも事実なんだろう。
そう言うことに興味の無い俺にはよくわからない感覚ではあるが。
「……涼、そんなことしてたの?」
と、そんな俺にそばにいた凜祢が訝しげな表情をしながら尋ねてくる。
「いやしてないから。何なら、そんなのやってたことすら初耳だし」
「……まあ、涼のことだから、嘘じゃないんだろうけどね」
少しあきれた様子を見せながら凜祢が言う。
どうやら納得してくれたようだ。
「え、じゃあなんで知ってんだ?」
「……何でだろうね」
士道の問いに曖昧にごまかすように苦笑を浮かべる。
彼女……鳶一さんと知り合いになったのは数ヶ月前のことだった。
「園神涼」
「ん?」
廊下を歩いていた俺に、声を掛けられたので足を止めそちらを見る。
そこにいたのが、鳶一さんだったのだ。
「えっと……鳶一さん、だよね? 何のようだ?」
「あなたは五河士道とはどういう関係?」
質問の内容を理解して、その意図を理解する。
(なるほど、これはあれだ。好きな人と一緒にいる異性に対して牽制をするような物か)
テレビドラマでよく見る展開だ。
……尤も、この場合だと俺がその“異性”という立場になるのだが。
あまり深く考えないようにして、俺は口を開いた。
「幼馴染みだよ。家が隣同士で昔から家族ぐるみの付き合いなんだ」
「……そう。ならいい」
俺の返答を聞いて一言そう言うが、何が良いのか分からない。
「あなたに聞きたいことがある」
「……何でしょうか?」
何か気圧されているような感覚があり、何となく敬語になってしまう。
「五河士道の選択科目を教えてほしい」
「選択科目?」
鳶一さんの口から出た言葉に、俺は疑問符を付けて問い返した。
「そう」
そんな俺の言葉に、鳶一さんが首肯する。
「選択科目を知りたいってのはどうして?」
「それは、あなたには関係ない」
俺の質問に、鳶一さんがぴしゃりと言い切ってしまう。
確かにそうなのだけれども。
(でもなぁ……さすがに初対面の人に教えるのもなぁ)
まあ、個人情報に関することじゃなかっただけマシなのかもしれないが、教えていいものかどうか悩んだ。
「もしかして、鳶一さんも士道と同じ科目の授業を受けたい……とか?」
「……!」
当てずっぽうに俺が言うと、鳶一さんが初めて表情を変え、驚いた表情を浮かべる。
どうやら図星だったようだ。
「わかったよ。教えるよ。ちょっと待ってね」
そう言って俺は記憶をたどって、士道が受けようとしている科目を鳶一さんに伝えた。
「ありがとう」
知りたい情報を知った鳶一さんは、短くお礼を言うと、そのまま去っていった。
(本当に、よかったのかな?)
鳶一さんの背中を見送りながら、俺は心の中でつぶやくのだった。
とまあ、そんないきさつで彼女のことを知っているのだが、これは言わないでおこうと心の中で決めた。
「っく、これが彼氏にしたい男ランキング319人中40位の余裕かッ」
「ん?」
過去の回想に浸っていた俺を現実に戻したのは、殿町のそんな言葉だった。
「何それ?」
「そもそも、どうしてそんなに中途半端なんだよ」
俺の疑問に続くように、士道が殿町に尋ねる。
「それはだな、主催者が最下位になったからだな」
殿町はやれやれと言った感じに首を振る。
「殿町は何位だったんだ?」
「俺か? 319位だ」
「あんたが主催者かいっ」
興味本位なのか、それとも純粋に気になったのか、士道の疑問に答える殿町の言葉に、思わずツッコミを入れてしまった。
まさか殿町が主催をしていたとは思わなかった。
「まぁ、今回のアンケートはマイナス点の少なさがポイントだったな。ちなみに五河は得票数1で真ん中ぐらいだったぜ」
「「……」」
殿町の言葉に、俺と士道は何も言えなかった。
いや、別に二桁の得票数のほうがいいわけではないのだけど、一票も入っていない人が大勢いると思うと悲しくなる。
「でも、あんまりそう言うのは良くないと思うな」
そんな俺達の会話を聞いていた凜祢が、眉をひそめながら言った。
凜祢的にはこういうのはあまり好き好まないのだろう。
凛祢の言葉に、殿町はバツの悪そうな表情をする。
と、その時まるでタイミングを見計らったかのように予鈴が鳴った。
その音に、皆が一斉に自分の席に座っていくのを見て、俺達も席に着くことにした。
やがてチャイムが鳴り終わり、先生が入ってくる。
その先生は、栗色の短めの髪に童顔の女性教師で、小柄なため制服を着ていれば、俺達と同年代の学生に間違えられるかもしれないのではと思う容姿をしていた。
「おぉー、タマちゃんかー」
入ってきた先生に、殿町が指差しながら立ち上がりながら声を上げる。
それはクラスの皆も同じ心境だったらしく、先生を見てどよめきが起こった。
「今日から一年、このクラスの担任になります。岡峰珠恵です」
そのどよめきの中、自己紹介をしたのが、皆からタマちゃんと呼ばれている岡峰先生だった。
優しくのんびりとした性格のためか、絶大の人気があるらしい。
それはタマちゃんという呼ばれ方が証明している。
ちなみに独身で現在結婚相手を募集中(本人談)らしい。
「それでは、朝のホームルームを始めます」
岡峰先生のその声とともに、朝のホームルームが始まった。
俺は連絡事項を伝える先生の声を聞きながら、これから始まるであろういつも通りの一年に、思いを馳せるのであった。
大変お待たせしました。
4か月ほどかかりましたが、最新話を投稿しました。
この作品は原作に沿って進んできます。
その関係で原作と変化があまりない場面は、バッサリとカットしたりする予定ですので、ご容赦いただけますと幸いです。
後ほど活動報告にてオリキャラのプロフィール等(ネタバレ注意)を投稿しますので、よろしければご覧ください。
次回からいよいよ十香デッドエンド編に入ります。
感想など頂けると嬉しいです。
*時間の都合上、返信が遅れる場合がありますのでご容赦ください。
それでは、また次回にお会いしましょう。