運命の時
午後0時。
別名、正午と呼ばれる時刻。
チャイムが鳴り、各々が帰り支度を済ませていた。
この日は始業式ということもあり、帰りが早いのだ。
「五河、園神。一緒に帰ろう」
「悪い、今日は先約があるんだ」
放課後になるや否や話しかけてきた殿町に士道が申し訳なさげに応える。
「何だ、女子か?」
「まあな、琴里だけど」
先約=女子とするあたり、殿町らしいなと思う。
「だろうな、俺の調査では琴里ちゃんか凜祢ちゃんくらいしか、好感度が高い女子はいないからな」
「お前、なにげにひどいな」
「ん? 呼んだ?」
そんなやりとりを口広げていると、自分の名前に反応したのか、凜祢がこちらに歩み寄りながら声を掛けてくる。
「あー、別に凜祢に用があって呼んでるわけじゃなくて……」
「実は、五河と昼食を摂る約束ができるほど好感度の高い女子は、二人しかいないという話をしていたのさ」
俺の言葉を引き継ぐようにして殿町が応えると、それで合点がいったのか、凜祢はどこか困惑したような表情を浮かべる。
「士道も、そのうち私たち以外にそういう風なことができる人が現れるから、大丈夫だよ」
「そうそう。今は困難でも、将来は大逆転してるかもしれないし」
「凜祢……涼。俺は、どう返すべきなんだ?」
僕と凜祢の言葉に、士道は複雑そうな表情を浮かべていた。
「で、二人はどうするんだ?」
「私はラクロス部の集まり。練習の日程を決めるんだって」
「俺も部活だ。ちょっと面倒な打ち合わせ」
話題を変えるように聞いてきた士道に、俺達は今日の予定を答える。
「いや、面倒って……お前、主将だろ」
「それは俺にとっては黒歴史だ」
俺の言葉に、士道のどこか呆れた口調の相槌に俺は軽く頭を抱えながら返した。
凜祢はここに入学した後の部活紹介で見たラクロス部に入部し、俺は俺で剣道部に入部した。
元々は誰かを守れるようになりたいという思いからだったから、剣道部に入部したことに悔いは無い。
見学に行った剣道部で、試合の流れを体験してもらうためにと模擬戦をすることになったのも、問題は無い。
問題なのは、そこで模擬戦をした相手に勝ってしまったことだ。
たかが模擬戦。
しかも、入部してもらうためのお試しのようなものだ。
相手だって相応の手加減くらいはしているはずだ。
入部したら、慢心せずに一歩ずつ強くなっていけば良いという風に思っていた。
……のだが、その相手が自分は本気でやっていたと言い出したから大変だった。
しかも、どういうわけか相手は当時の主将というおまけ付きだ。
その主将からの指示で、入部一ヶ月で俺は選抜大会に出ることになったのだ。
結果は準決勝敗退でベスト4入りというものだった。
そんな結果を残した俺は、この高校始まって以来の快挙ということで表彰までされて、事実上の主将になってしまったという経緯があるのだ。
そして、この日は部長と部活紹介で披露する模擬し合いについての打ち合わせをする予定なのだ。
「いやー、アレは俺も驚いた。まさか、入部一ヶ月でベスト4とは」
「うん。あの時の涼は凄かったよ」
しみじみとした様子で言う士道は良いとして、笑顔で言ってくる凜祢の言葉には何だかもやっとした。
「……まあ、元々運動神経は良い方だったし、ね? そういう凜祢だって錚々たる実績を残してなかったか?」
「わ、私のことはいいでしょ」
からかうように話題を振ってみると、案の定凜祢は恥ずかしげに頬を赤らめながら誤魔化すように口を開いた。
凜祢も凜祢で最初の大会で好成績(ベスト何だったのかは覚えていないけど)を残しているのだ。
なので、俺の去年の部活動の黒歴史の話になった時の避雷針のような感じで利用していたりする。
尤も、あまりやり過ぎるとお仕置きが待っているので、ほどほどにしているが。
「……次は気をつけないと」
「凜祢、何か言ったか?」
その時、凜祢がぼそりと何かを呟く。
「ん~? なんでもないよ。ただ、今晩の涼の夕食のおかずを考えていただけだよ」
「ひ!?」
士道の言葉に凜祢はふわりと微笑んで答えるが、俺はその姿に背筋がぞわりと寒くなるのを感じる。
(絶対に俺へのお仕置きを考えていただろ! 絶対に)
なにせ、凜祢の目が一瞬だけ、それはもう楽しそうに輝いたからだ。
そういう時って、決まって俺にとってあまり良くないことが起こるんだよな。
「あー……そうか。ま、まあほどほどに、な」
「うん♪」
士道もそれを察してか、引き攣った笑みを浮かべると、同情するように俺の肩をポンと叩いた。
その気遣いが今はただただ辛い……。
「さ、さてと、そろそろ部活にでも行こうかな」
「うん。私もラクロス部に行かないと」
俺が逃げるように言うと、凜祢もそれに合わせて立ち上がる。
士道はそんな俺たちを微笑ましげに見ながら、軽く手を振った。
「じゃあ、また明日な」
「ああ、また明日」
それは、何でもない平凡な日常。
その日常が、いつまでも続くと思っていた。
サイレンが校内に鳴り響くまでは。
不安感を抱かせるその音は、間違いなく空間震警報だった。
「……っ!?」
「空間震警報っ」
その音を聞いた士道が、驚愕に満ちた表情を浮かべながら席を立つ。
凜祢も、驚きの余り目を見開いていた。
『ただいま、当区域において空間震の予兆が観測されました。最寄りのシェルターへ速やかに避難してください! これは訓練ではありません。繰り返します! ただいま―――』
空間震警報のサイレンが鳴り響き、同時に避難を促す放送の声が聞こえてくる。
「とりあえず避難しよう。ここのシェルターなら安全のはずだ」
「そうだな」
「凜祢、俺達も」
「う、うん」
士道の言葉に、殿町が頷く。
俺も同意し、凜祢に声を掛ける
「どうかした? 士道」
「あ、いや、今鳶一が外に出て行ったから」
士道の視線が廊下の方に向けられていたので声を掛けると、士道は取り繕うような口調で答える。
「きっとシェルターにでも行ったんだろ。俺達も行こう」
「……ああ」
この状況で外を出歩くようなことをする人には見られないので、そう考えるのが普通だ。
それまで和やかだった雰囲気が一変し、重苦しい緊張感が支配するなか、俺達は学校の地下シェルターに移動するのであった。
空間震が起きると半径数百メートルから数千メートルが、クレーター状に破壊されるという特徴を持っている。
幸いにしてここしばらくは建物の被害などで、人的被害はほとんどないが、それでもここ最近その頻度は上がってきている。
その為、天宮市では空間震への対策として街の複数箇所に、地下シェルターが設置されている。
俺達が通っている来禅高校にも例外なくシェルターが設置されていたりするので、俺達は比較的素早くシェルターに避難できるのだ。
「み、皆さん落ちついてっ。”おかし“ですよっ。押さない、かけない、しゃれこうべ!」
そんなシェルターへの出入り口で、岡峰先生が落ち着くように呼び掛けていたが、テンパっているのか言ってることが滅茶苦茶になっている。
とはいえ、言われるまでもなく皆は落ち着いた様子で避難していた。
それがより一層岡峰先生の慌てっぷりを強調している気がする。
「何だか、逆に不安になってくる」
「涼、先生に聞かれたら怒られるよ」
「聞こえないようにしてるから問題無い。……多分」
「そういう問題じゃないと思うんだけど」
隣を歩いていた凜祢に釘を刺されてしまうが、それは聞こえないフリをしてやり過ごす。
その時、一緒に歩いていた士道が立ち止まってスマホを操作しているのに気がついた。
「士道、どうしたんだ?」
「あ、ああ。琴里がちゃんと避難しているかどうか気になってな」
俺の問いかけに、士道は手短に要件を言うと、スマホを耳に当てる。
どうやら琴里ちゃんに電話をしているようだ。
だが、いくら待っても繋がらないようで、しばらくすると諦めたのかスマホを耳元から離す。
「ダメだ。繋がらない」
「まあ、シェルターに移動していたりしてバタバタして気づいてないんじゃないのか?」
俺の推論に士道はどこか納得していない様子を見せ、再びスマホ画面に視線を落とす。
まあ、士道の気持ちも分からなくもない。
確かに朝、行く時に”空間震が起きても”とか言ってたし。
「……士道? 何してるの」
「あ、ああ。一応念のために確認をな」
そんな士道の行動に、凜祢が不思議そうに首を傾げる。
「確認?」
「ああ、位置情報アプリで今いる場所を調べてるんだ」
凜祢に返す士道の言葉に、俺は眉を顰める。
位置情報アプリで居場所を探るなんて、普通はしない。
「……士道、それシスコン一歩てま―――むぐ」
「しーっ。それ以上は言っちゃダメ」
その行為に対して思ったことを言おうとしたのだが、すぐに凜祢に口を塞がれる。
「っ!」
そんな時、士道は顔面蒼白になったかと思うと唐突に走り出した。
「士道!?」
「おい! どこに行くんだ!?」
突然の行動に戸惑う俺達の声を背中に受けつつも、士道は振り返らずに一直線に走っていく。
「五河君!? どこに行くんですか!?」
当然の如く岡峰先生が困惑しながら尋ねるが、士道はそれにすら答えず、そのまま通路の奥へと消えていった。
(このまま行かせたら……ッ)
嫌な予感が脳裏をよぎる。
このまま士道を行かせたら危険だという予感が。
だとしたら俺も士道を追わないといけない。
「すみません! 士道を追いかけます!」
「涼、私もっ!」
俺は岡峰先生にそう言って踵を返して駆け出そうとする俺に、凜祢が慌てて声をかけてくる。
「凜祢はシェルターに行っててくれ。ここにいれば安全だから」
「でも……っ」
凜祢が何かを言いかけたが、俺はその言葉を最後まで聞かずに走り出す。
「士道と合流したら無理矢理にでもシェルターに入るから大丈夫!」
そう叫ぶと、俺は全力疾走で士道の後を追いかけて行った。
凜祢が追いかけてくることは無かった。
俺はそのまま学校を後にするのであった。
☆ ☆ ☆ ☆
校舎を飛び出した瞬間、生温かい春の空気が肌を撫でた。
普通であればいつも通りに感じられる気候だが、その平穏は既に遠く、街全体が不吉な静寂に包まれていた。
登校する時は賑やかだった周囲はシャッターが下り、人の姿など全くと言って良いほど無かった。
「くそっ……士道! どこだ!?」
息を切らせながら走る俺の視界に映るのは、閑散とした街のシャッター街。
至る所の電柱に『空間震警報発令中』の文字が表示されていた。
時折吹き抜ける風がシャッターをカタカタと鳴らし、それがどこか不安を煽る。
(まったく……こんな時に琴里ちゃんを探すなんて)
胸の内で悪態をつきながらも足は止められない。
ここまで士道が無謀な行動に出るのは珍しいが、一度決めたら曲げない性格だ。
昔からそうだった。
俺や凜祢がどれだけ止めても、困ってる人を放っておけない。
だから、琴里ちゃんのことが心配なのはわかるが、自分の命を危険に晒してまで探しに行くのは、見ている側からすると気が気でないのだ。
「もし今、空間震が起きたら……」
ゾッとする想像を振り払うように頭を振る。
考えたくないが、万が一のことを想定しなければならない。
あの巨大な破壊力を前にしたら人間など塵に等しい。
「士道!!」
声を張り上げると同時に走る速度を上げる。
「……ッ!?」
そして街角を曲がった瞬間、まるで世界が歪んだかのように景色が揺らいだ。
(しまった……!)
ドンッ!
そう思った刹那、身体を突き上げる凄まじい衝撃が襲い掛かる。
轟音と共に押し寄せる爆風に、悲鳴を上げる間もなく、俺の身体は宙に舞い上がっていた。
耳をつんざくような轟音が鼓膜を叩き、視界の隅ではアスファルトが剥がれ、ビルの窓ガラスが粉々に砕け散る様子が、まるで時間の流れが遅くなったかのようにスローモーションで見える。
「ぐあっ」
宙に放り投げられた俺の身体はまるでボールのように吹き飛ばされ、近くにあった建物の壁に激突する。
背中を強く打ち付け、肺から空気が押し出される。
一瞬呼吸が止まり、痛みで頭が真っ白になる。
(痛っ……くそっ!)
身体が地面に叩きつけられ、全身に鈍い衝撃が走る。
(早く、士道を、探さ……ないと)
朦朧とした意識の中、全身の痛みに耐えながらも立ち上がろうとするが、うまく力が入らない。
勢いよく吹き飛ばされたのだ。
骨が折れていてもおかしくはない。
だが、ここで倒れているわけにはいかない。
早く士道を見つけ出して助けなければ。
「う……ぐ」
立ち上がろうと必死に身体を動かそうとするが、手足が思うように動かず、先ほどよりもどんどんと意識が遠のき始めていた。
視界がぼやけ始め、耳鳴りが大きくなる。
「―――、―――」
遠くで誰かの声が聞こえた気がしたが、もうそれに応える余裕は無かった。
そして、俺の意識は深い闇へと沈んでいくのであった。
大変お待たせしました。
7ヶ月の時を経て、ようやく最新話を投稿するに至りました。
一応エタってはいないので、ご安心ください。
次回がいつになるのかは分かりませんが、楽しみにして頂けると幸いです。