負けイン狙いの負けヒロイン   作:ケーズ雷電

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 あけおめ(エイプリルフール)!!

 ようやく、本当にようやくアニメ2話分が終了です。
 それもこれも年が明けてからずっと更新してなかったせいなんですが。

 ちょっと1話あたりの文字数はどれくらいが丁度いいか調べてたんですが、ネット小説の読みやすい文字数が1話あたり5000字程度とのこと。
 そこから飛んでラノベ一冊のページ数を埋めるには30話必要らしいと計算したら自分の遅筆具合に落ち込んだり、3ヶ月ペースで刊行するなら3日で1話と計算して愕然としたのが更なるペース低下の原因でした。しかも推敲とかetc。
 
 そんな訳で地に落ちていたモチベーションですが、5/19に8巻発売ということで舞い戻って参りました。新鮮な佳樹の供給で今年も生きて行けそうです。
 今回はオリ主が佳樹の待つ家に帰るまで。




2話③ すれ違い(全力疾走)

 

「付き合ってるの!?光希の彼女なの!?」

 眼前には、緊張した面持ちながらも興奮に鼻息を荒くする焼塩檸檬。

 こんなセリフは原作に無かった。というか、どうしてそうなるのか。

 

 隣には、「そうだったの?」と言いたげな和彦。

 そうじゃないのは知ってるだろうに、どうして庇ってくれないのだろう。

 朝雲さんが教室に来た時に、一体どんな説明をしたのやら。てっきり原作通りだと思って聞き流したのが不味かったか。

 

 何にせよ、朝っぱらから昇降口で騒ぐのは人目につく。幸い人混みを避けた時間に登校する習性を持つ和彦と一緒だったおかげでまだ人は疎らだが、さっさと誤解を解いてしまおう。

 

「ちがうちがう、ただの友達だって。塾仲間だったけど、高校受かって辞めちゃったからあんまり接点ないし」

「ほんと!?付き合ってない?」

「ないない」

 

 私はね。

 親友の彼氏だけど。今となっては接点無いのは本当だし。

 

 そう聞いた焼塩は強張っていた肩を撫でおろした。

 

「よかったぁ〜。中学のころ光希と仲良かったから気になっててさ、ぬっくんも友達としか言わないし」

「そんなこと無いって、1番仲良しだったのは焼塩さんでしょ。和彦もちゃんと話してよ」

「いや、俺は別に。というかぬっくんて?」

「あーあ、なに一人でわちゃわちゃしてんたんだろ私。ぬーさんもごめんね?保健室で仲良さそうにしてたのが気になっちゃって……はっ!」

 

 そこで、焼塩は慌てて自分の口を手で抑える。

 というかヌーさんって何だ。アフリカ大陸の牛か。

 

「さては聞いてたな?悪い子め」

 自分より高い位置にある焼塩の頭に、こぶしを持ち上げる。

 こつんとやると、ひん、と鳴き声がしたので叩いたところを撫でてあげた。

 

 昨日の昼休み、焼塩は保健室で目を覚まさなかった。

 正確に言えば、間仕切りのカーテンを開けず自分のベッドから出てこなかった。目を覚ました時には私と八奈見さんがオムライスを食べていた頃で、焼塩はこう思ったはずだ。

 気になる彼に近づく泥棒猫を探るチャンスだと。

 

「ごめん、だって光希と気安いやり取りしてたからさ。気になっちゃって」

「いいよ。悪い事したわけじゃないし」

 

 焼塩はきょとんとして私を見つめてきた。

 

「悪い子でいいの?」

「良い子じゃなくてもいいんだよ」

「悪い事したら?」

「悪い事したら良い子でもダメだよ」

 

 焼塩はちょっと下心が出てくる悪い子だが、どっかのラッコと違って悪い事を企む子じゃない。

 原作2巻の先取りだけど。そもそも聞こえる場所で話したんだから、それを聞いていただけで悪い事じゃない。

 

 不思議そうに首を傾げた焼塩は、やがて堰を切ったように笑い出した。

 

「変なの。ぬーさんは私と違って優等生の、もっと良い子だと思ってたけど、違ったんだ」

「えー?瑞樹ちゃんは誰もが認める優等生ですけど?」

「そっか。悪い子の優等生かー」

 

 悪い子の優等生とは?

 謎の概念をぶち上げた焼塩はその後、体育倉庫イベントに言及して和彦に不審な目を向け、放課後の約束をして去っていった。

 じゃあ放課後ねー!と手を振る焼塩に手を振り返し、和彦を伴って教室に向かう。

 

「……良かったのか?」

「ヌーのこと?」

「違う。瑞樹ってソリが合わない相手だと積極的に距離取るだろ。体育会系とか」

 

 おや。

 和彦は佳樹以外の人間関係に無関心なのかと思ってたけど、意外とそうでもないのか。

 

「まあ、中学の時はそうだったね。思春期の運動部はちょっと仲良くすると勘違いして面倒なんだよ。しかも陸上部みたいに男子と女子で部を分けてるのに限って仲良いから」

「それで焼塩とも?」

「まあね。これからは仲良くしたいけど」

 

 何せ、いよいよ焼塩攻略チャートがスタートするからね。

 少々想定外の誤解はあったが、その原因は私が焼塩を避けていたことにある。

 

 中学時代、原作改変を最小限とするため、私は校内で和彦や焼塩に極力関わらないようにしていた。

 一方で、和彦と塾に通う関係で接近不可避の綾野くんについては積極的な交友関係の制御に注力する。和彦よりも私が仲良くなることで和彦をグループ内ぼっちにし、かつ朝雲さんと綾野くんの仲を取り持つことで温水兄妹と朝雲カップルの間に線を引いた。

 この一線は塾と私生活では上手く機能したが、中学校では機能しない。朝雲さんという防波堤が無ければ、私と和彦は綾野から見て「塾で接点のできた新しい友人」だ。

 それが焼塩からすれば「自分の知らない所で女を引っかけた」となる。しかも自分を避けている相手なら尚更気になって仕方ない。

 

 そんな誤解も、さっきの様子からして解けたと考えて間違いない。ちょっと露骨に避けていた手前どう焼塩に接近するかが課題だったが、それも無事解決。誤解も時には役に立つものだ。

 露骨に距離を置いたり置かれたりした相手に踏み込むには、良い切っ掛けになったということだろう。

 

「焼塩さんが私を嫌いにならなければね。

 ―――和彦、荷物ありがと。ごめんね?病み上がりなのに重いの持たせて」

「え?あぁ、別に」

「じゃあまた放課後ね」

 

 昨日持ち帰った体操服やら何やらを詰めたバッグを受け取る。さほど重くはないのに、女の細腕では疲れるから困る。

 和彦とF組の前で分かれると、重たそうに見えるようタオルやらで膨らませたバッグを肩に担いだ。

 

 朝の教室特有の喧騒に、おはよー、と声を投げると山彦のようにいくつか挨拶が返ってくる。

 誰かが返事をしてくれるのって良いよね。この空間が自分の居場所なんだって気がしてきて自己肯定感が上がる。

 

 朝の女子高生は新鮮な話題に餓えている。水槽に酸素や餌を撒くように、定期的な供給を絶やさなければ魚たちは水面に伸ばした手に集まるようになる。

 TS転生してはや15年。女子高生のノリについて行けるかと言われれば、未だに怪しいところではあるものの。曜日ごとに日替わりの話題を提供することで、私なりの処世術は成り立っている。

 

 今日も私の机はすぐクラスの女子たちに取り囲まれた。

 ここはひとつ、私の教室遊泳術というものをお見せしよう。大人の話術で子供なんて手の平の上で転がせるというのをわからせてやる。

 

「さっきの男子誰?彼氏?」「もう体調大丈夫ー?」「一緒に駅から出てきたよね」「許すまじ」「やっぱ彼氏なの!?」「だれだれ?もしかして袴田君?温水さん、最近C組の袴田君と仲いいよね!」「昨日綾野君と歩いてるの見たよ」「さっき陸上部の子と―――」

 

 

 ごめん、嘘をついた。

 さすがに恋愛沙汰に盛り上がる女子高生は手に負えないわ。

 

 そもそも私の社交術とは話題の提供であって、話題の人になることじゃない。

 日ごろクラスの女子たちに揉みくちゃにされる私だが、今日は全身貪り尽くさんばかりに集られて身動きも取れなかった。

 ピラニアの水槽かここは。

 

 私はちょっと和彦を見せびらかして話題に上げ、例の計画の布石を打とうとしただけなのに。

 

「みなさん、落ち着いてください」

 そこへ響いた理性的な声。

 やはり朝雲さんはクラスで最も冷静な人物だ。

 

「光希さんは私の彼氏です」

 訂正しよう。

 朝雲さんはこのクラスで最も浮ついた人物だ。

 

 最早このクラスに頼りになる人物はいないのか。

 

「じゃあやっぱり袴田君狙い?」

「彼女持ち狙ったりしないってば!」

「じゃあどの男子が狙いなの?」

「もう、男子は和彦がいれば十分だから!」

 

 このままじゃ埒があかない。

 どうにか話を逸らさないと。

 

 と、そこへすすすっと人垣をすり抜け近寄ってきた小柄な人影。

 円ちゃんだ。

 

「温水さん!今のお話、詳しく!」

「え?」

「温水さんが狙ってる和彦さんについて、詳しく!」

 

 双子なんだが?

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 突然だが、ペットを飼っている人は知っているかもしれないクイズをしよう。

 問題。

 犬がシッポぶんぶん振るのはどういう意味でしょうか。

 

 当然「遊んで」とか「楽しい」という意味―――ですが、猫の場合はどういう意味になるでしょう。

 猫は犬とは意味が逆で、「もういい」とか「やめろ」という意味になる。

 このサインを読み取れず、なでなでゴロゴロしてた猫に突然噛みつかれた飼い主は多いだろう。

 

 つまり何か言いたいといえば。

 

「私と小鞠ちゃんは仲良しってことだよね!」

「ちっ、違……!」

 

 抱きすくめた小鞠ちゃんは、私の腕の中でジタバタしていた。

 

 文芸部の部室はとてもアットホームな雰囲気で、和気あいあいとしている。さっきも部長さんは連日押しかけた私を快く歓迎してくれたし、小鞠ちゃんとのボディランゲージのお手本を見せてくれた。

 しかし頭を撫でられるのが嫌じゃないというからなでなでしてるのに、どうして抵抗するのだろうか。

 謎だ。

 

 ちなみに部長さんはもういない。小鞠ちゃんは最後まで助けを求めていたが、それを照れ隠しと思った鈍感男は部長会議へ向かい、哀れにも取り残された小鞠ちゃんは私の細腕に絡め取られたというわけだ。

 

「それにしても小鞠ちゃんは可愛いなぁ」

「か、可愛くない!」

「食べちゃいたいくらい」

「ひっ」

 

 耳元で囁きながら喉元をくすぐると、手足をピンと張って動かなくなる。

 なるほど、ここがいいのか。猫や犬でも種類によって触って喜ぶ場所は違うと聞くし、触らせる相手を選ぶと言う。

 つまり合意と見てよろしいですね?

 

 合意のもと小鞠ちゃんの華奢な身体をくすぐっていると、何が気になるのか八奈見がこちらを覗き込む。

 

「泥棒猫……」

 

 その目は澱んだ水槽の底のように暗かった。

 

 ああ、なんだ。小鞠ちゃんが固まったのは八奈見が怖かったからか。人見知りの子に親の仇を見るような目つきの魔女教大罪司教は恐ろしかろう。

 私は震える小鞠ちゃんをそっとソファに放すと、間に立ち両腕を広げた。

 

「杏菜ちゃん、ダメだよ。横恋慕だって恋心なんだからそんな萎縮させちゃ」

「ぐぬぬ……。頭では分かってるんだけどこればっかりはがるるるる」

「ほらほら、小鞠ちゃんが怖がってるでしょ。どうどう」

 

 理性を失いかけている八奈見を落ち着かせていると、部室の扉が開いた。

 綾野君と焼塩だ。

 

「失礼します。……檸檬、騒いじゃダメだぞ」

「綾野……!待ってたぞ」

「?珍しいな、温水がそんなこと言うなんて」

 

 男ひとりにされて心細かったんだよ、きっと。

 本来なら和彦のひとりごとのはずの呟きも、中学時代の交流があるこの世界では反応が変わってくる。

 

 まるで飼い猫が初めて懐いてきた飼い主みたいにウッキウキで近寄ろうとする綾野君。このままではまさかの綾野くん入部ルートになりかねないのですかさずインターセプトする。

 

「やあやあいらっしゃい綾野君、それに焼塩さん。

 好きにくつろいでどうぞ」

「瑞樹、お前まだ部員じゃないよな」

 

 もう入ったようなもんだから良いじゃないか。

 それに綾野くんの反応を見て一瞬「あっ、やべ」って顔をしたのは見逃してないぞ。感謝してくれ和彦。

 

「そうだ、安部公房だっけ?借りたかったの」

 月之木先輩に対応をパスして軌道修正しつつ、焼塩攻略チャートを脳裏で再確認する。

 

 攻略といっても、やる事はシンプルに失恋の傷につけ込むだけ。距離を詰めたら、メンタルケアを装ったハグとなでなでを繰り返し、ポリネシアン方面に進撃する計画だ。

 若い雌が身体の疼きを持て余したら何をするかなんて決まってる。私はちょっとそのお手伝いをするだけだ。

 

 ちょっと方向性を誘導し、心理的ハードルを下げ、背中を押してあげればいい。お互いの秘密を共有して裏切れないよう雁字搦めになれば後はなし崩し的に進むだろう。

 まさに完璧。完璧な計画。

 

 これは今後のヌラヌラ展開に備えて盗聴器と探知機を用意した方が良いかもしれない。

 

「―――俺彼女いますし!」

 おっと、綾野くんが焼塩の乙女心にメガンテするのが聞こえたので意識を現実に向け直そう。

 

 ここから鈍感野郎の「檸檬にはまだ言ってなかったよな」を始めとするWSS(私が先に好きだったのに)展開が生で見られる。

 桜に限らず、この世のありとあらゆる花は散る瞬間こそが最も美しい。それが華の女子高生なら尚更だ。これから私が手折る牡丹の華をとくと見せてもらおうじゃないか。

 

 人の不幸は蜜の味とは言うが、自分が悪事を働いていなければ観客になるのも罪ではない。ちゃんと慰めてあげるから間近で見させてもらうとしよう。

 

「嘘でしょ!?彼女いないって聞いたもん!」

「嘘じゃないって、なぁ温水さん!」

「どういうことヌーさん!」

 

 どうして私の名前が出てくるんですかね?

 

 まさか今朝の下駄箱で「(私は)彼女じゃないよ」と言ったのを勘違いして「綾野くんに彼女は居ない」と思い込んでいたのか。

 だからって今、私を当事者にしないで欲しいんだが。

 

「えっ?」「おん?」「はっ?」

 ほら、和彦と負けイン二人がすごい目でこっち見てるじゃないか。勘違いが勘違いを生む無限ループは勘弁してくれ。私はズブズブになりたいのであってドロドロは遠慮願う。

 

「……綾野くん、その言い方だとまるで私が彼女みたいでしょ。ちーちゃんが泣くよ?」

「確かに千早より先に温水さんの名前を呼んだのは悪かった。だけど千早を泣かせるつもりなんて無いさ。俺たちを引き合わせてくれた温水さんに申し訳が立たないからな」

「私は何もしてないよ? 塾に私が居なくてもちーちゃんの方から綾野くんと仲良くなろうとしただろうし。私が必要なのは最初のうちだけだったんじゃないかな?」

「そんな寂しいことを言わないでくれ。温水さんが四人で勉強会に誘ってくれたから自然に千早と親しくなれたし、そうじゃなかったら俺はもっと身構えてた。俺と千早の相談に乗ってくれて親身になってくれたのもそうだ。

 俺たちが付き合えたのは温水さんのおかげだし、そんな事をすぐに忘れるほど恩知らずじゃないつもりだ」

「お、おう……」

 

 どうして鈍感野郎のくせに律儀で人格イケメンなんだこの野郎。

 

 私がしたことなんて、ちょっと階段を飛ばして登る方法を教えたくらいのことだ。どのみち原作の筋書き通りだったから問題ないと二人の進展を早めたが、逆に言えば早まっただけ。階段を早く登れたところで授業開始のチャイムが前倒しになる訳でもなし。

 それなのに、どうしてこんなに恩に着られてるんだ。

 

 いや、実際問題重要な関係は何も変わっていないはず。

 だから問題ない。私がしたことは、大筋に影響無いはずだ。

 

「ほぉ〜?泥棒猫の味方をしたんだ?ほぉ〜〜ん?」

 なんか横から大罪司教が呪詛を吐いている気がするけど、これも気のせいに違いない。

 

 和彦は愕然とした様子で、小さく呟くのが聞こえる。

「聞いてないんだけど?」

 聞かれなかったから。

 元からぼっちだし、いいじゃん別に。

 

「勘違い……。あはは、わたし、勘違いして浮かれてたのか〜」

 目が虚ろな焼塩。

 一瞬前まで「この裏切り者」と言わんばかりだったのが、今では抜け殻のようだ。

 糠喜びさせたせいでショックが倍増したらしい。

 

 これは駄目そうですね。

 もう言い訳の余地は無い。焼塩攻略チャート、詰みです。

 

 私は「このあと買い物に」とぬかす鈍感男を部室から追い出し、文芸部に入る事にした焼塩を置いてその場を去った。

 とてもじゃないが、一緒に入部して「辛いこともあったけど、一緒に頑張ろうね♪」とか言える空気じゃない。

 どうしてこうなった。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 豊橋市にははしらという地名と橋良はしらという地名がある。

 私と和彦がよく使うガスト豊橋橋良店は橋良にあるのだが、その向かいにはから好し豊橋柱店が構えており、しかし道を挟んで豊橋市柱という地名になるわけではなくから好し豊橋柱店はあくまで豊橋市橋良にあった。

 何が言いたいかといえば、つまり覗き見にはうってつけということだ。

 

 向かいのガストでは和彦たちが焼塩の歓迎会という名の残念会を行っている。本当なら今ごろ、私もそこに混ざっていたのに一人寂しく孤食とは、女子高生にあるまじき寂しさだ。

 私は鶏から(税込み千円)鶏つけ汁蕎麦定食をひとつ箸で掴むと、衣を歯で破き、その柔らかな肉を食いちぎった。

 

「はぐっ、もっ、もっ……」

「はぁ、やっぱり蕎麦はいいね。日本人のソウルフードだよ。ちゃんとお店で食べるの初めてだけど」

「この手羽先美味しいよ。いっこ食べる?」

「……ずずずっ」

 

 唇を脂で濡らすと、そこに軽く汁につけた蕎麦をすする。

 甘い汁と蕎麦の風味が口の中をすっきりとさせ、八奈見さんが豪快にハンバーグを食べる光景と鶏からの味でバグった脳をリセットしてくれた。

 

「円はから揚げじゃなくてうな丼で良かったの?」

「なんだか精をつけたくなっちゃって。そば湯飲みながらなら味濃くてもクドくなくなるかなって。時雨ちゃんも飲む?」

「もらう」

「……どうしてここに居るのかな?」

 

 窓から視線を正面に戻すと、そこにはクラスメイトの百合幼馴染コンビがいた。

 

「温水さんもそば湯飲む?」

「いや、そば湯はいいから」

「ここのお店、ちょっとしたスポットになってるんですよ。最近向かいのファミレスで痴話喧嘩が多いとかで、同じ店内に居るのは気まずいけど様子は気になるって人の間で人気なんです」

 

 何だその謎のスポット。

 というか、どうしていつの間にか同席してるのか聞いたんだけど。

 

「覗きなんて趣味が悪いよ、二人とも。食べたらはやく帰りなさい」

「今日はあんまり面白そうなカップルがいないから、そうするつもり。そしたら店内に温水さんがいたからこっち来ちゃったんだよね。

 ところで温水さんは何を見てたの?」

「私はこのお店から珍しい生き物負けヒロインが見られるって聞いて。野鳥の会みたいなものかな。生態を知り自然と共存する心を育もうとしてたんだよ」

「それは凄いですね。

 ところであれは温水さんのお兄さんじゃないですか?」

「違うよ。こんな所で和彦が女の子たちと一緒に居るわけ無いでしょ」

「あ、こっち見てるよ」

 

 私は光の速さでテーブルの下に潜り込んだ。

 

「嘘だけどね」

「…………時雨ちゃんの馬鹿、嫌い」

「ごめん、意地悪だったね。でもどうしても気になってさ」

「温水さん。時雨ちゃんは意地悪ですけど、単なる意地悪で言ってる訳じゃないんですよ」

 

 そっとテーブルから顔を覗かせると、二人は気づかわしげな顔でこちらを見ていた。

 どうやら最初から痴話喧嘩スポットを目当てに来たのでは無かったらしい。なんて良い子たちだろう。

 

 円ちゃんが淹れてくれた温かいそば湯を飲みながら、ぽつぽつと事情を話していった。もちろん原作知識を持ったTS転生者がヒロインを落とす話ではなく、焼塩周りの人間関係と最近の私と和彦のことを中心に。

 

 端から聞いて、面白い話ではなかったと思う。

 最近新しくできた友達と仲良くしたいなと思っていたら、恋敵の恋のキューピッドをしていたとか。

 それが原因で焼塩とは破綻したが、和彦だけ仲良くしててズルいとか。

 なんか最近和彦の周りに女の子が増えてて羨ましいとか、自分だけそこに入れなくなったとか、中学時代は楽しかったなとか。

 

 そんなとりとめもない話をつらつらとしている間、二人は真剣に、だけど穏やかな表情で聞いてくれていた。

 こういう時に感じるのは、相手に親身になるというたったそれだけの才能だ。問題を聞いて解決方法を投げるだけの私と違って、相手に寄り添う才能。

 

 まるで真剣な時の和彦みたいだ。

 そう思ったからだろう、余計なことまで話てしまったのは。

 

「そういえば、今朝はどうしてお兄さんと一緒だったんですか?」

「それは……あー」

 

 本来なら、クラスメイトである二人には話しづらい内容だ。

 だがこの時、わりと投げやりになっていた私はあっさりと事情を話してしまうのだった。

 

 何せ、家族を理由に自由時間を確保しようにも、時間の使い道が既にない。和彦を話題の種にしたのもそのためだ。

 和彦の偽装友達を頼もうとしていた件も、既に文芸部の負けインたちがいるのだから必要ない。

 

 一通り話を聞き終えた時雨ちゃんは、そば湯を飲み干すとすくと立ち上がりこう告げた。

 

「よしわかった。偽装友達がいらないなら本物の友達になればいいよね」

 どうしてそうなった???

 

 呆然としていると、時雨ちゃんは伝票を手にサッと精算を済ませ店の外に出た。

 その足が向く先は向かいのガスト。迷わず和彦たちの下へ突撃する姿に泡を食って追いかける。

 

「待って時雨ちゃん!珍しく和彦が人と仲良くなれそうなのに、せっかくの雰囲気原作イベントぶち壊すつもり!?」

「そうだね。でも、今まで気を揉んできた瑞樹ちゃんだけその輪から外れるのは本当に仲良くなる事なのかな?私はそうは思わないよ」

「私のことはいいから!」

「私は嫌なんだ。誰かの幸せの裏で、私の友達が寂しい想いをしてるのは!」

 

 なんていい子なんだ。

 こんなにいい子なのになんで私の友達なんてしてるんだ。

 

 嬉しい言葉ではあるが、今はお呼びじゃない。

 どうにか止める方法はないか。

 

「温水さん、安心してください」

 そんな私の不安を和らげるように、そっと手を包む温もりは円ちゃんの両手だった。

 そうか、幼馴染として時雨ちゃんの暴走を止めてくれるのか。

 

「時雨ちゃんに任せれば悪いようにはなりません。きっと後で気まずくなるようなやり方はしませんから」

「円ちゃん……」

「それに、私も時雨ちゃんと同じ気持ちです。こんな事で気まずくなって、温水さんとお兄さんの心が離れるなんてあってはいけません」

「円ちゃん?」

「忘れないでください、私は温水さんをいつでも応援しています。だから安心して、温水さんは禁だ―――家族の愛を深めてください。私はそれを見るだけで満足です」

「円さん???」

 

 なんてどうしようもない子なんだ。

 今はお呼びじゃないどころか、負けイン世界にお呼びじゃない。

 この子の存在を許すと佳樹がインモラルシスターと化してしまう。

 

 いや、待てよ?そこではたと気がつく。

 そもそも私が和彦との仲をアピールしたのは周囲に距離を取ったり取らせたりするためだ。むしろ好都合なのではないだろうか。

 

 そうと決まれば、ここは心を鬼にして、時雨ちゃんを突き放すべきだ。あくまで身内の問題だと強弁すればそれ以上深く踏み込めないはず。

 覚悟を決めろ温水瑞樹。ちょっと友達が減るくらい今世なら問題じゃないだろ。

 

 女は度胸。本当は「男は度胸、女は愛嬌」だが元男の現美少女な私は度胸と愛嬌が合わさり最強の存在に見える。

 私は最強なので恐れず時雨ちゃんの前に立ちはだかる。

 

「和彦と仲良くなっちゃダメ!私が困るの!」

「…………え?」

 

 案の定、私の発言に仰天した和彦の驚きの声がする。

 それはそうだろう、こんなこと実際に言うなんてどうかしているブラコンだ。私だったらちょっとお近づきになりたくない。

 だからこそ、だからこそ意味がある。こうして引いている和彦の声がその証拠だ。やべー奴だと思えば和彦もこれ以上踏み込んで来ないに違いない。

 

 …………。

 和彦の声?

 振り返れば、そこにはひ弱そうな男子と不釣り合いな女子高生がふたり。

 和彦と負けインたちだ。

 

「……あの、どうして和彦たちがここに居るのかな?」

「八奈見さんが帰りに唐揚げをテイクアウトしようってこっちの店に入る所だったんだけど」

「お金足りなくなったりしないの?」

「え?財布の中身くらい気をつけてるよ。瑞樹ちゃんに言われてだけど」

 

 そういえばそんなことを言ったような気がする。お金を借りたのが心優しい美少女である私や和彦だから良かったものの、男に安易にお金を借りたりしちゃいけないとか何とか。

 和彦の小言は聞き流してそうな八奈見だが、私の注意はちゃんと聞いてくれたらしい。

 これは信頼の証ではないだろうか。順調にいけば個別ルート開放待ったなし、八奈見攻略チャートの進捗は順調なようだ。

 でもこんな計算外が起こるなら良し悪しかな?あはは。

 

 うん。

 現実逃避はよそう。

 

「ところで瑞樹ちゃん、さっき何て言ったの?」

「―――あ、」

「あ?」

「ああああぁぁぁぁあぁ!」

 

 駆け出した勢いのまますれ違いざまに和彦の襟首を掴み、そして私は風になった。自分の叫び声さえ置き去りにして光となった。視線を、しがらみを、過去の発言を振り切って自宅に帰宅した。

 

 もうなにもかんがえたくない。

 

 





 オリキャラの元ネタがノドカとシグレの理由、覗き。
 から好しはアニメのファミレス外にも映ってます。気になった方はストビューからどうぞ。
 でもくれぐれも覗きスポットには使わないでください。

 ちなみにこの作品タグに近親チョメチョメは有りませんのでご安心ください。
 ただし、瑞樹は主人公に対する偏った認識があります。
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