■もしもなのはさんがStSから八年前のあの事件で大きな欠損を残していたら、というifです。脇役の少女がメイン。一発ネタです。
■短い作品ですが、よろしければ感想などいただけるとありがたいです。
管理局本局、通称『海』と呼ばれるそこの廊下を、一人の女性が歩いていく。
長く伸ばされた栗色の髪は綺麗に梳かされ、女性的な体つきの彼女をしっかりと彩っている。
特別戦技教導官、高町なのは二等空尉。それが、彼女の肩書きであり、彼女を表す名である。
本来なら、肩書きに特別の二文字はつかない。それがついている理由は、単に彼女の身体的特徴にあった。
ぶらぶらと大気と振動に揺さぶられる、中身のない戦技教導官の制服の左袖。
視界を大きく遮るような、鋭い印象を与える黒のサングラス。
それが彼女を表す記号であり、彼女を恐れさせながらも尊敬させる称号だった。
「なのは」
そんな彼女を呼び止める声。
なのはと同等か、もしくはそれ以上の有名人の声だった。
金色の長い髪に黒い執務官の制服。執務官の中でもベテランと呼ばれる域に入ってきたSランク魔導師、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官。
なのはとは十年来の友人である彼女の声に、なのははその足取りをゆるくした。
「フェイトちゃん。どうしたの? 仕事は?」
「もう終わったよ。それよりなのは──」
気遣わしげに声を上げたフェイトへ、なのはが軽く睨むような調子で返す。
「その話はもうよしてって、言ったよね」
「でも! 腕だって、治るかもしれないんだよ……? それに、目だって……」
悲壮感を漂わせて言うフェイトに、なのはは苛立たしげに息を吐き出すと、諭すような調子で口を開いた。
「私はこのままでいいの。魔法なんかよりよっぽど大切なことを、教えてもらった証なんだから」
「でも、でもぉ……!」
「ああほら、泣かない泣かない」
っていうか親友を泣かせている自分はどうなんだろうか、などと思案しつつ、涙をぼろぼろと零し始めたフェイトの頭を撫でる。
なのはには、左腕がなかった。そして、視神経も消失している。
理由は単純だ。六年前の撃墜事件。調子に乗ってまだやれる、まだいけると任務にでまくったなのはは、そのツケを左腕と視力の喪失と言う形で返す羽目になった。
最初の頃はとにかく不自由した。
あるはずのものが無く、見えていたはずのものが何も見えない。
恐ろしくて、寂しくて、辛くて、悲しくて。
けれど、そんなものどうしようもなかったのだ。
当時はまだ、外傷を完全に治療する技術は完全ではなかった。だからなのはの腕は仕方なく切り落とされ、肩から先は存在しない。
今でも、失われた神経を修復する技術は存在しない。だからなのはの視力は失われ、彼女の目に光は無い。
「フェイトちゃん、私はまだお仕事があるから先に行くよ?」
「う、うん……、ぐすっ」
「はぁ……。それじゃあね、フェイトちゃん」
ぽんぽん、とまるで娘をあやす母親のように微笑んで頭を撫でたなのはは、首から下げられた赤い宝石を瞬かせて歩き去っていく。
その背中を、フェイトは涙ぐみながら見送るしかなかった。
「レイ、今日も病院だよね?」
『はい。ラグナのところです』
相棒たるレイジングハートの声に、なのはは珍しくその頬を綻ばせた。
本局からポータルで移動したなのはは、その足で病院へと向かう。
クラナガン中央病院。それがなのはの目指している場所だった。
教導服から私服へと着替えていたなのはは、その歩みを揺らがせること無く歩いていく。
ちなみに、私服は全てレイジングハートが選んでおり、そのセンスは相当に高いものだ。左腕が無いことをしっかりとカバーできるほどに。
病院へやってきたなのはは、受付の看護婦に小さく会釈してから目的の病室へと向かう。
「どうぞ」
ノックの返しはその言葉だった。
いつものように扉を開け、ラグナ・グランセニックの『色』があるところへ向かって歩いていく。
「こんにちは、元気にしてた?」
「はい。なのはさんこそ、お仕事の方は……」
「ふふ、お姉さんは元気だからね。目、もう疼かない?」
ラグナは、四年前にある事件で片目を失っていた。
そんな彼女とは、病院の中で出会っている。まだ入院が続き、なのはが今のように自由に動けなかった頃の話だ。
なのはは、光を失ってから一年間は、とにかく魘されていた。
眠るたびに左腕の疼きで目を覚まし、左腕がないという現実すらその目で確かめられずに、自分だけの暗闇の中で絶叫し続けていた。
そんな彼女は、とにかく自分の足で立ち、飛ぶことを望んだ。我武者羅にリハビリに励み、自身の魔法スキルを徹底的に自分のサポートに使い続けた。
その集大成が今の彼女だ。
目は見えなくても色がわかる。無機物の持つ色、生命の持つ色。世界に溢れるそれを視界として使うことで、なのはは普通の人間と変わりなく歩くことを達成していた。
それどころか、その戦闘スキルは視界を失う前よりも桁違いに跳ね上がっている。それだけ感覚が鋭敏になっているのだ。
「はい、大丈夫です。もう、四年も前のことなので」
「ラグナは強いね。お姉さんよりずっと強い。……でも、まだお兄さんとは?」
「……はい。私もおにいちゃんも、臆病だから」
落ち込んだようにラグナが言った。
ラグナが片目を失う原因になったのは、彼女の実の兄だった。
ある事件で人質になってしまったラグナは、兄の狙撃のミスショットによって片目を失ってしまったのだ。
もちろん、最初は酷く落ち込み、絶望すらしていた。
けれど、そんなラグナを勇気付けたのは、片腕と全ての光を奪い去られたなのはだった。
必死になって立ち上がって、まっすぐ前へ歩こうとしているその姿を見て、ラグナは自分がどれだけ甘えているのかをまざまざと見せ付けられた。
そのときラグナはまだ六歳だった。けれど、だからこそ。彼女のまっすぐな心に、ラグナは胸を打たれたのだ。
そこから、なのはとラグナの交流は始まった。
「まあ、こういうのは難しいし、ね。ゆっくり解決していけばいいよ」
「はい。あ、そうだなのはさん。この間のテキスト終わりました!」
「お、早いね。それじゃ早速採点、と。使いやすかった?」
「はい。頭の中に数式が出てくるって、なんだか変な感じでしたけど、慣れたら楽しかったです!」
言いながら、ラグナがなのはに小さな端末を手渡す。
そのデータをレイジングハートを介して自分の脳内で閲覧し始めたなのはは、小さく笑いながら頷く。
「うん、特に大きなミスは無いね。良く出来ました」
「ありがとうございます!」
「それじゃあ、次のテキストに変えて渡しておくね?」
「はい!」
その言葉を受けて、レイジングハートが内部のデータを書き換えてから端末をラグナへと渡す。
その小さな端末は、なのはがクラナガン中央病院と提携して開発中の、全盲者用の学習デバイスだった。
使用するときは、初回だけ体内に注射器で小さな受信機を入れなければならないものの、それでも全盲者の脳内に画像データを送りこむという方法を取れる画期的なデバイスである。
「それにしても、魔力が必要ないデバイスって、デバイスなんですか?」
「まあ、いいんじゃないかな?」
そう、この全盲者用デバイスには魔力が必要ないのだ。
リンカーコアがなければ使えない介護品など無意味だという病院側の意思と、それに同意したなのはによってそれは大前提とされている。
そんな代物を、ラグナは被験者として自分の意思で試していた。
何か自分に出来ないかと考えていたラグナにとって、それは最初の一歩だったのだ。
片目がなくなった不自由は、ラグナにしか分からない。両目と片腕がなくなった不自由は、なのはにしか分からない。
その人の不自由を他人が完璧に理解するなど、土台無理な話なのだから当たり前だ。
だから、そんな不自由を、他人に当り散らして何とかしようだなんて、そんなこと無理なことなのだ。
『ラグナ、そろそろ貴女も自分のデバイスを持ってみてはどうですか?』
そんな二人の間に、レイジングハートがふと告げた。
これは、絶望と失意の大海から浮き上がり、再び空へ舞い上がった少女と。
その少女に勇気付けられ、自分の思いを貫かんと立ち上がる、もう一人の少女の物語。
隻眼魔法少女、リリカルラグナ。
始まります。
ふと思い立ち、これだけハーメルンさんの方に移転させていただきました。
楽しんでいただければ幸いです。
■続きません。