美神の眷属が女神そっちのけで酒場に入り浸っているのは間違っているだろうか 作:ぴえんふー
オラリオ、東のメインストリート。
迷宮都市においても比較的治安が良いとされるこの場所だが、それだってどんぐりの背比べ。
そういった評判はそれだけ憲兵の手が行き届いているとも言えるし、逆を言えばその評判を利用した隠れ蓑にだってやろうと思えば出来てしまう。
つまり何が言いたいのかと言えば、治安が良かろうがここは血気盛んな冒険者が根付く街。
えてしてそういった輩というのは発生してしまうものなのである。
「見つからない……」
「にゃ」
「アイッタ―!?」
「どこに行ったんですか、あの
「にゃ」
「アイッタ―!!?」
「いっつもフラフラほっつき歩いてアスフィさんに迷惑ばっかりかけて」
「にゃ」
「アイッタ―!!!?」
「そしていらん時に姿を現すんですから……思い出したら腹立って来ましたね」
「にゃ」
「アイッタ―!!!!?」
最後の悲鳴を聞き届けて周囲を確認すれば、オラリオの内情を証明するかのように死屍累々の如きゴロツキ冒険者が転がっている。
憲兵が定期的に巡回し、比較的治安が良くなったというのにコレなのだ。ここがこの調子であれば歓楽街の方などに行けばもっと酷い光景が見れることだろう。
「キミも大丈夫か」
「にゃにゃ」
「……ポーションも効いてるし、大丈夫そうだな。ヨシ」
小脇に抱えていた猫を両手で眼前に持ち上げれば、俺への返事のつもりなのかぽむぽむと両手の肉球を額に押し付けてくる。中々に御仁(猫)だ。
……いや、本当に何をしてるんだ俺は。
「――やはり、レンリさんだ。間違いない」
「すげー……なんでわかったのニャ。ミャーはちっとも気づかなかったのニャ」
「……? レンリさんは目立つでしょう。あの白髪と佇まいを見ればどのような群衆に紛れていようとわかります」
「だからってほぼ豆粒みてーにしか見えない位置から気づくのはリューくらいニャ」
……合縁奇縁とも言えば良いのか、人通りが比較的多いこの通りでこの遭遇は確率的に言えばある意味必然だったのかもしれない。
凶日と告げられた
みゃーと呑気に鳴きながら匂いを擦りつけるみたいに頭を寄せてくる猫の存在が、今だけはどこか羨ましかった。
「ご無沙汰してます、レンリさん」
「……どうも、リューさん。『豊穣の女主人』のヘルプ以来ですね」
「白髪頭ー! アルノー! 暇ならもう一度ミャーのまかないを作るニャ!」
「相変わらず元気ですね、アーニャさんは。あと別に暇ではありませんよ」
目の前には今じゃすっかり馴染みの制服を纏ったエルフと猫人の女性が二名。
リューさんは相変わらず礼儀正しくぺこりと買い物袋を抱えたまま一礼。
アーニャさんは俺を見るなり目を輝かせて両手に買い物袋を抱えながら器用に俺へ突っ込んでくるのをなんとか受け止める。
アーニャさん、一応年上なんだけどなと言うささやかな疑問は頭の隅に置いておく。考えたら終わりなのだ、こういうのは。
「ところで……レンリさんは一体何をしにここに?」
「人探しです。いささか不本意な」
「……人は見つかったのですか?」
「猫は見つかりました」
「……どうして猫を?」
「そこの路地裏で怪我して一人で震えてたので」
よすよす、と撫でてやれば機嫌良さげに腕の中で転がる三毛猫の姿。
厳密には一人ではないが、まぁそれは言わぬが吉だろう。
猫に怪我させて良識のある人を寄せ付ける餌にしようとしたことなど、リューさん達に伝えたらそれこそ今も路地裏で失神している連中が半殺しでは済まなくなる。
「そういうお二人は買い出しですか」
「はい。レンリさんが来て以来お店が繁盛しているので、食材の消費もそれなりに」
「……それ俺はなんて声を掛ければ良いのでしょう」
「まかないを寄越せば見逃してやるニャ」
「黙りなさい、アーニャ」
「別にこの場でとは言ってないニャ!」
「この場で用意できてたらもはや別の問題でしょう。何者ですか彼は」
わーぎゃーと喚き散らすアーニャさんを宥めてるのか、リューさんは澄ました顔で俺へ今度は謝意を込めてぺこりと一礼している。
なんだろう、この……子どもの我が儘を諫める母親のような構図は。
俺としてはアーニャさんがチョロすぎて心配になる構図だ。当然脳裏に浮かぶのは兄である副団長の姿である。
平時の姿との剥離に、今のところ共通点が猫耳くらいな兄と妹というのも珍しいのではないか。
取り敢えずこのままじゃ収拾がつかなそうなので、宥めるようにアーニャさんの頭へ手を置いておく。
「わかりました。俺も人探しがひと段落したら酒場に向かいますよ。その時にアーニャさんの好きな食材を持ち込むので、これで手打ちというわけにはいきませんか?」
「……むむむ……むむむむむむ……!」
「レンリさん、あなたはまたそうやって……ほら、アーニャ。彼もああ言ってくれている。いい加減むくれるのはやめなさい」
「む、むくれてないニャ! ミャーは白髪頭の先輩なのに、なんか……こう……とにかく、なんだかすっごくムズムズするのニャ!」
「ならどうしろと……ああ、なるほど」
「手を増やせって意味じゃねーのニャー! つーか撫でるのをいい加減やめるニャー!?」
保護した猫を首に巻き付けてアーニャさんの両耳を解きほぐすように両手でわしゃわしゃする。
それを見て何やら更に憤慨してるが、喉元辺りからゴロゴロと振動が伝わってくるあたり本当に機嫌を損ねてるわけじゃないのがわかって一安心する。
「しかし本当によろしいのですか。あなたはいつも働きすぎる、なのにウチに寄って貰うなどと」
「問題ありませんよ、顔を出す分にはいつでも良いですし……色々様子見も兼ねてるので」
「……?」
まぁピンとこないだろう。内情を明かされていないリューさんなら特に。
『
シルさんの正体を鑑みれば……気にならない方がおかしい。
だが大事にはならないだろう。
だって実際に
本当に、妙な拘りのある
「むむむむ……! なーんかのけ者にされてる気がするニャ……!」
「してませんよ。そうでしょう、リューさん」
「アーニャ。先ほどから何を言いたいのです。ふくれてばかりでは何も伝わりませんよ」
「つまり納得いかねーのニャ!」
「……レンリさん、どうすれば」
「荷が重いですよ流石に……」
同僚のリューさんでどうにか出来ないのなら俺では本格的にどうしようもないのだが。
頑なに不満以上の明確な言葉を口にしないのは、一体いかなる理由から来るものだろうか。
……ってあぁ、成程。そういうことか。
「アーニャさんは俺に何をして欲しいのですか」
「え」
「え」
いや、『え』じゃないが。
というか何故にリューさんまで同じような反応をするのだろうか。
「俺に何かをして欲しいのでしょう。この際何でもよいですよ」
「ま、まじニャ……? ほ、本当に何でもいいのニャ!?」
「無理のない範囲であれば。俺とアーニャさんの仲なので」
「……っ! レンリさん! あなたはいつも自分を安売りし過ぎる! 安請け合いはいらぬ後悔を招きます!」
「リューさんまで何を言い出すんですか……」
ばっ、と手で制してきたリューさんに何やら攻守を逆転させてしまったかのような、議論が振り出しに戻ったかのような徒労感が俺を襲う。
そしてその傍らには鰹節やらおなかの虫やらいろいろとぐちゃぐちゃ言いながら右往左往するアーニャさんの姿が。
ツッコミが、ツッコミが足らない。
「じゃ、じゃあ――おおお、おんぶするのニャ!」
「なんて?」
鰹節、まかない、昼飯、夕飯と呟いていた彼女の思考の横入りがえぐい。
またぞろどうしてそんな願いが出力されて来たのだろうか。
我が先輩ながら、後輩として普段何を考えて生きているのか不安になってくる。
……いや、でもそれぐらならまぁ、良いのか……? 一人の女性としての扱いがソレで良いのかという当然の疑問はこの際おいておくとして。
「……これで良いですか」
「お、おぉ……! なんか広く見えるのニャ……! で、では早速……」
「……、だ、ダメだ! 深き仲でもない男女が背中越しでとは言え抱き合うなど!」
「リューさん、言い方」
なんかそっちの方がやらしく聞こえますよ、と口にしようとしたその瞬間だった。
穏やかなメインストリートに――『直感』が迸った。
「――こ、この気配は、まさか」
「……レンリさん?」
「に、にゃー!」
「ぎにゃー!?」
豹変した俺を覗き込むリューさんと、どういう経緯か保護した猫に飛び掛かられているアーニャさんを視界に納める。
いや違う――野生の勘とも言うべき反応で、とんでもない速度でいつの間にやら離脱していた。
「な、なんか来たぞぉぉぉーーーー!?」
「子どもを家の中へ!」
「歓楽街の猥褻物がやってくる!」
一瞬にして塗り替わった喧噪の中から、何やらトンデモない会話が聞こえてくる。
「……悲鳴?」
「な、なんなのニャこの振動!? なんかヤベーのが来るニャ!?」
遠くから響き渡る市民の悲鳴に警戒を露わにするリューさんと、第二級冒険者としての感覚が開いたのか間の抜けた言動の割に戦闘態勢に入るアーニャさん。
そうしてる間にも、ドドドドドドドドドと粉塵を巻き上げながら東のメインストリートを爆進する巨大な影を視界に収める。
それは趣味の悪い黄緑の衣装を纏った、恰幅のよい褐色の大女であった。
「――この雪の夜みたいな匂い、間違いないねぇ……!」
どんな匂いだそれは、とえらい抽象的な言葉にツッコむ気力も今の俺は失せている。
黄色の目玉の中に浮かぶどこぞの両生類を彷彿させる横に伸びた虹彩。
はぁはぁと釜炊きの飯みたいな熱を孕んだ呼吸を繰り返し上下する巨漢は、その見た目も相まっていよいよ水生生物っぽい。
「……あれはまさか――フリュネ・ジャミール!?」
Lv4の時分に盛大に張り手を喰らわせて気絶させてしまった忌々しい記憶が俺の中に過ぎり――ぎょろりと文字通り人並み外れた瞳が俺の姿を捉えた。
「見つけたよ、『
「………………え?」
それがなんか俺の名前を呼んでる。
「………………え?」
「いや、私を見られましても」
「なんかどんどんコッチに来てるニャー!?」
「…………い、いや、聞き間違いでしょう。『女神の白鷹』なんてよくある二つ名ですよ、えぇ」
「いやそれはあり得ない」
「名前からして間違いなくお気に入りニャ」
……どうやら現実逃避すら許されない状況らしい。そりゃそうだ。
だけど、まぁ、やっぱり何かの間違いの可能性だって未だなきしにもあらずで――。
「アルノ・レンリぃぃぃぃぃぃ! アンタにボコられた時からアタシはずっとアンタを組み伏せたくて仕方がなかったんだよぉ!」
や、やっぱり聞き間違いなんかじゃなかった……!
「クソっ! 取り敢えず退避! お二人とも失礼!」
「れ、レンリさん!?」
「ニ″ャァ!? なんでミャーだけ俵抱きなのニャー!?」
リューさんの手を引っ張るように握る。
そしてアーニャさんは問答無用で肩に担いで駆け出して――フリュネ・ジャミールの手元を見て思わず固まった。
「ね、ねぇフリュネちゃん……!? いったん考え直そう!? ね!? ほら、君の愛しのアルノくんのことだって色々教えるからさ……!」
「フフフフフ、アタイは自分の知りたい男のことは自分で聞き出すタチなんだよ……! それが抱きたい男ならなおさらねぇ! だから最期くらい役に立ちな――ヘルメス」
「いや字面!」
「は?」
なんか聞き捨てならない言葉を拾ってしまう。
まさかと目を凝らすがどう足掻いても現実であった。
旅人風の羽根つき帽子に、『軽薄』という在り方を周囲に誇示するような胡散臭い表情は記憶に新しい。
溜息を吐きたくなる衝動が、渋面として表情へ浮かび上がるのがわかった。
「……アーニャさん、リューさん。探し人が見つかりました」
「マジでニャ!? この状況で!?」
「…………まさか」
「はい、あの
失踪したとは依頼書に記載があったが、まさか『
アスフィさんの怒りもわかるというものだが……どうやらそうも言っていられない。
「っ、この感じ……! レンリさん、攻撃きます!」
「でもアイツ武器なんて持ってないニャ!」
「いや、もってるでしょう。ちょうど
そんな俺達のぼやきが聞こえてるのか聞こえていないのか、さぁとフリュネ・ジャミールに引きずられてる男神の顔から更に血の気が引いた。
かくして――ソレは放たれる。
「あはああああぁぁぁああああああああーーーーーーーー!!!!!?」
渾身の、あらん限りの力で以て――
「ふん」
「どべぅ!?」
「レンリさん!?」
「容赦ねぇニャ……」
粉塵を巻き上げ煙幕として視界が塞がれるような衝撃を周囲にもたらしながら飛来する『ソレ』の鳩尾に拳を叩き込み、回転を強制的に停止させる。
蛙が潰れたみたいな声が聞こえた気がしたがそれを無視し、鯖折りでもされたかのように『く』の字に折れ曲がる男神――ヘルメスの片足を掴んでその状態を確認した。
「あなた何やってるんですか」
「俺も知らない!」
心無しか萎びたように痩せこけた顔つきをしてるが、取りあえず心はともかく身体は元気と判断した。そんなことないよ! と手元で叫んでるが当然それは無視する。
しかし香水で誤魔化してはいるが、どことなく体液っぽい匂いがどこからともなく滲んでる。
そしてこの場には通称『男殺し』と呼ばれるフリュネ・ジャミールの存在。
色々察して、自分の中でこの男神に対する評価が更に下降した。
「なるほど……絞られたんですね」
「ぎくぅ」
「レンリさん……?」
この期に及んでもふざけた態度を取る目の前で逆さ吊りになってる神に、苛烈な言葉を乗せた舌の油に火が着くような感覚が俺を支配する。
お陰でリューさんが見たこと無い表情で俺を見ているではないか。
「いっそそのまま枯れてしまえば良かったものを。アスフィさんあんなに振り回して、生きてて恥ずかしくないんですか」
「レンリさん……?」
「あ、あれぇ~? キミそんな冷たかったっけ……?」
別に男と女の情事に首を突っ込むつもりはない。
迷惑をかけない範囲なら火遊びもよし。女漁りだってよし。好きにすればよい。
俺自身はやりたいとは思わないが、それを言うならうちの
だがこの男神に関しては、アスフィさんというものがありながらと言った感じである。
「リ、リュー、なんかアルノが滅茶苦茶キレてるニャ……! かつて無いほどキレてるニャ……!」
「いや、私もこんなレンリさんは知らない。神ヘルメス、レンリさんに一体何を……」
別にそんな大層な理由じゃない。
『オシリス』の一件で必要以上に敵を焚きつけてたらしいことなんて知らないし、『女神同盟事件』の時に俺の情報をこっそり伝えて場を引っ掻き回したことなんて気にしていない。
ただ、俺のランクアップにこの神の影がちらつくのが毎度の如く虫唾が奔るというだけで。
「頼むよアルノくん、助けてくれ! このままじゃ絞られるどころか確実に干からびる! 今ならアスフィの魔道具だって貸すからさ! 『ハデス・ヘッド』とか使いたいとか言ってたじゃないか!」
「いらない。やるならちゃんと書面に控えて正式に貸し出しを申請します。もういいですか?」
「キミそんな短気だったっけ!?」
「…………」
「うおおおおおおおおぃぃぃいいい!!!!!? 悪かった、悪かったからブン回すのはヤメテェ!?」
縦回転、右回転、左回転。
ぶんぶんと振り回して、現在進行形で溜まり続ける鬱憤をどうにか吐き続ける。
だがそれを見かねたのか、リューさんとアーニャさんが流石に待ったをかけた。
「レンリさん! 取り敢えず隠れましょう! このままでは全員袋叩きです!」
「早く行くニャ! 『男殺し』を相手にするなんてまっぴらごめんニャ!」
「……わかりました」
「引きずってる! 引きずってるよアルノくん! せめて抱えて!?」
足を掴んで引きずられる神ヘルメスは歩を進める度にびたんびたんと石床に叩きつけられるが、それを黙殺して近場の路地裏へ潜伏する。
巻き上げられた粉塵が煙幕となったうえ、当のフリュネ・ジャミールも興奮状態に陥っている影響か隠れることは容易だった。
「どーこに行ったんだぁーい、アルノォォォォォ! アタイの愛を受け取ってくれよ! そうすればお前はアタイだけのものになる! そうだろう! アッハハハハハハ!」
「というかこれといって関わりもないのに頑なにロックオンされてるんですけどアナタ何したんですかマジで……!」
「し、死にそうになったからキミの名前を使っちゃって……」
「……ちなみになんと?」
「アルノくんなら君の全てを受け止めてくれるよ! それにイシュタルの意趣返しにもなるよ!ってな感じで――ごめんごめん!!!! 謝るから振り回すのヤメテ!?」
ほんと、ほんとこの神……!
確かにオリヴァスとの一件から歓楽街の調査を『ヘルメス・ファミリア』には依頼してるが、それはアスフィさんへの信頼あってのものなのに。
なのに、なのにこの神々のバランサー気取りときたら人が不快に感じるドツボばっかり踏み抜いてくるのだ。それも遭遇するたびに、定期的に。
やはりこの神は信用も信頼してはならないと断言できる。
「リューさん、もうこの神そのまま差し出しましょう。馬鹿につける薬はありません。そしてこの手の
「レンリさん、気持ちはわかる……とは言えませんが、此処は冷静に。この場をもっとも穏便に収めることが出来るのは現状アナタだけです」
「……」
「そんな嫌そうな顔初めて見ました……」
「頼むニャアルノ! こんだけ暴れてたら次は母ちゃんが出てくるニャ! その前になんとか解決して欲しいんだニャ! このままだとミャーはサボり認定されてご飯抜きどころじゃ済まないお仕置きがまってるのニャ!」
……アーニャさんの見事なまでの保身に何も言えなくなるが、リューさんに頼まれてしまっては動かないわけには行くまい。
ほんと、俺ってなんの理由があってこんな役回りばっかりなのか。
「この場を抗争も起こさず解決する策が、一つあります」
「なんと」
「流石ニャ!」
「ぜ、是非やってくれアルノくん! もうキミだけが頼りだ!」
「……」
仰々しく俺に懇願する男神に舌打ちを零しそうになるのを何とか堪える。
しかしこの場にはリューさんもアーニャさんもいる。不用意な心配をかけるのは避けるべきだし、彼女たちはコレに巻き込まれただけなのだから俺がしっかりしなくては。
だがこの男神に関しては、出来れば気安く名前を呼ばないで欲しいというのが本音である。
よって、結論は決まってる。
「元凶は神ヘルメス――つまりこの神の存在自体をうやむやにしてしまえば良い」
「なんて!?」
うん。それが良い。
それは――さぞすっきりすることだろう。
「リューさんとアーニャさんはこのまま待機。巻き込まれかねません」
「その前に俺の安全は!?」
「め、目がマジニャ……!」
「レンリさん! 神殺しは大罪です! ご一考を!」
「安心してください。殺しはしません」
「ほっ」
「でも生かしもしません」
「俺どうなるのほんと!?」
「一瞬でも安心したのが不快だった」
喚き散らす神ヘルメスを無視して抱え、どすどすとそれこそダンジョンのモンスターみたいに徘徊してるフリュネ・ジャミールの前へ躍り出る。
「こっちです! フリュネ・ジャミール!」
「……! アルノ! アタシに会いに来たのかい!? 嬉しいねぇ嬉しいねぇ……! さぁ、今すぐアタイと歓楽街に行くよ!」
「行かん! 行くぞ!」
「結局どっちニャ」
「だいぶ混乱してますね」
気ぶり盛る巨大アマゾネスの妄言を無視して『死猟騎士』を起動させた。
滅茶苦茶になったメインストリートの周囲で、魔力が励起し集束していく。
なおも突貫を続ける褐色の巨躯。
接触まで間もなく。
そしてスキルの影響を受けた魔力が励起――神ヘルメスへ充填されていく。
「――――領域集束。射出用意。魔力重装。出力固定。投擲工程終了。神罰執行期限設定」
「おいおいおいおい! 冗談だろう!?」
「――――全承認」
「すんな!」
ゴゴゴゴゴゴゴ、とおおよそ人体を武器にした際に出てはならない音を奏でながら、これから見舞う『投擲』に向けて力が集束していくことを肌で感じ取る。
喚き散らす情けない声が遠くなる。
今も何やら口をぱくぱく開いてるが、死にはしないだろう。たぶん。少なくともアスフィさんら『ヘルメス・ファミリア』一同の生命線を断つような真似はしない。
ならば、あとは
クッソくだらないことに
「来な、アルノ! 抱いてやる――!」
「往け、神ヘルメス――! 監督気取りの三文役者! 悪神代表より悪神してるクソコテ脚本家! 道化にもなれないクソ滑り愉快犯! 砕け散れ、忌まわしい記憶と共に!」
「あれは、まさか! レンリさんの新しい魔法!?」
「いや、ここぞとばかりに悪口を言ってるだけニャ」
「待て待て待て、そんなことよりキミ達助け――――」
「『
蒼い閃光が散る。
誰一人まともなことを口にしないおかしな戦場の中――光の柱が立つことは終ぞなかった。
◇
「酷い目にあった」
「ええ、本当に」
地平に沈む太陽がメインストリートの石床を橙色に焼いている。
心無しかボロボロになった『豊穣の女主人』の制服を纏うリューさんの言葉に心底同意した。
アレから当然と言えば当然だが、俺は事後処理に奔走することとなった。
今でもぼろぼろになった街路の片づけは終わっておらず、手隙のファミリアやら民間人、ギルド職員などがあちこち駆け巡っている。
一応の場を収めた俺は、こうしてひっそりと抜け出して事なきを得ている。
「大変でしたね……歓楽街に気絶させたフリュネ・ジャミールを放りこんで」
「そして神ヘルメスの護送……とは名ばかりの連行でしたが」
「あんな怒ったアスフィさん初めて見ました」
今日ほどあの
つまるところ、凶日という忠告は全く以て間違いじゃなかったのである。
「……アーニャの調子は?」
「未だ気絶してます。まぁ、無理もありませんが」
運が良いと言えばよいのか、この騒ぎにおいてアーニャさんとリューさんの収穫物である購入した食料品の数々は奇跡的に無事で、リューさんには無理を言って買い物袋を持ってもらっている。
そして当の俺と言えば、だ。
『豊穣の女主人』を目指して、未だに目をぐるぐると回したまま意識が戻らないアーニャさんを背中に担いでいる。
「……んぅー……」
「アーニャさん、起きてたら返事をしてください。別に怒ったりもしませんから」
「……」
「アーニャ、起きれるなら起きなさい」
寝起きの子どものように背中で唸ったままのアーニャさんを見やる。
その表情は俺の背中に埋まってることで伺い知ることは出来ない。
まるで感触を確かめるように、その存在を確かめるように、戦闘衣を擦る音が聞こえる。
その仕草に、先ほど助けた三毛猫の姿を思い出す。
「――お兄、さま」
「――――」
「――――」
年頃の女性を『おんぶ』するという状況に思う所がないわけじゃない。
ただ、背中で背負ったこの年齢に見合わない幼い女性の時間は、きっと見てるであろう夢の中で止まったまま。
ならば。
であるのならば。
「……今日はこのまま『豊穣の女主人』に寄りますよ」
「そう、ですね」
「リューさんもなにかリクエストがあったら言ってください。一品でも二品でも作りましょう」
「その気遣いはアーニャに向けてください。きっと喜ぶと思うので」
「いや、そういうわけにも……」
夕焼けが照らす道で二つの影が伸びる。
後ろではエルフのシルエットと、ちょっと歪に膨らんだ影が一つ。
背中に滲む何かは……アーニャさんのことだからきっと涎かなにかをだらし無く垂らしてるのだろう。
Q.結局ヘルメスは何をしたの?
A.『英雄候補』として勝手に試練を与えて、オラリオと一部の民間人を混乱に陥れたうえで平気な顔して接してくるから白髪は怒り狂ってる。
具体的に言えば『異端児』たちに仕向けたような暗躍を何度か繰り返してた。
たとえばフレイヤ様を出汁にして他の美神を煽ってみたり。
思ったより大事になってしまったことも含めて白髪がキレた。
○『廻り廻り突撃する旅路の道化』
ランク:B+
種別:対人魔剣
レンジ:1~∞
最大効果:∞
反省を促したい神を召喚(物理)しブーメランとして射出する。
ブーメランと書いてあるが手元に返ることはない。
魔剣と書いてあるが剣ですらない。
贄にされた神の尊厳を消滅させる副次効果を持つ。