4月17日。
福島レース場で行われた未勝利戦に出走したデルタブルースは
『デルタブルース1着! デルタブルース1着ー!!』
初勝利をあげていた。
11月にデビューして約5ヶ月。
彼女はゴールを先頭で駆け抜けた。
彼女の耳に届く祝福の声。
ファンの声。
共に駆け抜けたライバルの拍手。
それを一身に浴びながら彼女は天を仰ぎながら小さく呟く。
「あぁ……」
口許に微笑を浮かべて
「もっと早く、勝ちたかったな……」
紡がれた言葉は風に乗り、歓声によって掻き消された。
その日の夜。
『続いて明日の皐月賞ですが』
テレビで未勝利戦の事を少し触れられた後、すぐに皐月賞へと内容は切り替わった。
「やっぱりタイド先輩じゃない? この前のスプリングステークス1着だったし」
「だったらハーツ先輩だって若葉ステークス1着だったよ?」
「私はコスモバルク先輩が勝つと思うな〜」
「いやいや、コスモサンビーム先輩だって」
「メジャー先輩だってスプリングステークス3着だったし、狙えると思うけどな〜」
「だったら2着のキョウワスプレンダ先輩だって」
生徒達は誰が勝つのかで盛り上がっている。
未勝利戦より、クラシック三冠のひとつである皐月賞が注目されるのは無理も無い事だが、やはりもう少し触れて欲しいとデルタの友人をはじめ、今日の未勝利戦に出た子達の友人は思うのだった。
そして翌日の中山レース場は大賑わいとなっていた。
1番人気はコスモバルク、ブラックタイドが2番人気でコスモサンビームが3番人気。
ちなみにハーツクライは5番人気である。
5着までにはダービーへの優先出走権が与えられるだけあり、ファンの応援にも熱が入る。
そんなレース場の控え室では
「分かっていると思うがハーツ。今回のレースは」
「芝2000のクラシック三冠1本目。全員気合い入れてくる。だろ?」
控え室内の更衣エリアで着替えるハーツと仕切り越しに話す文三。
「そうだ。だが今回は皐月賞。もっとも速いウマ娘が勝つと言われている」
クラシック三冠にはこういう言葉がある。
皐月賞はもっとも速いウマ娘が勝つ。
ダービーはもっとも運のあるウマ娘が勝つ。
菊花賞はもっとも強いウマ娘が勝つ。
クラシック三冠レースの中では1番距離が短い皐月賞。
そして最初のレースである事から、デビューしてからの成長の早さが影響すると一部で言われている。
そんななか
「ま、勝つのはオレだけどな」
着替え終わったハーツが仕切りを開ける。
黄色のインナー。
二の腕あたりにブルーのリングが入った黒のジャケット。
黒のパンツ。
最後に右足側が黒で左足側が白のショートブーツへと履き替える。
彼女の勝負服だ。
「勝てると思っていないレースに出すような事はしねぇよ」
「知ってるよ」
そう返しながら、ジャケットのポケットに入れてあった黒い薄手の生地で作られた手袋を着けるハーツ。
元は無かったのだが、せっかくならと仕立て屋が作ってくれたのだ。
「似合ってんじゃねぇか」
「当たり前だ」
そう返すハーツの右耳で揺れている耳飾りは先日までのとは違い、ゴールドのハート型のデザインの物に変わっている。
これも仕立て屋がサービスで作ってくれたのだ。
そのハートはやや細めの針金状の部品で作られた物で、クッキーみたいなデザインではなく、ハートの形をした枠といったデザインとなっている。
新しく右耳に着けたそれを揺らしながら、心機一転気合を入れて部屋を出るハーツと文三。
その頃別の部屋では
「まさかの2番人気、か」
勝負服に着替え終わったブラックタイドが、椅子に座りながらそう呟いていた。
彼女の勝負服は漆黒のロングコート。
左右非対称のデザインとなっており、前を閉じた際に右足は長い裾で隠れているが、左足側は見える様に前から見ると下に行くに連れて側面へと緩やかなカーブを描いている。
右足はくるぶしより下が白い、それから上は足首より少し長いぐらいの黒のブーツで左足は黒のロングブーツ。
右耳には青いリングを二つ繋げた耳飾り。
それとは別に右のこめかみ辺りには黄色の三角を三つ繋げて作られた髪飾りが着けられている。
前を開けた状態のコートの下だが、首元から裾にかけて1本の白いラインが走った黒いシャツ、そして黒いパンツとなっている。
そして普段よりも気合に満ちており、集中している。
「不満か?」
そんな彼女に尋ねるのはブラックタイドのトレーナーである奈瀬文乃。
腕を組んで立っているその姿に威圧感は無く、むしろどこか王子様っぽさがある。
そんな彼女の問いにタイドは、左膝に右足首を乗せる様にして足を組んで答える。
「いんや、別に。不満なんてねぇよ。むしろ、2番人気の俺が1番人気をブチ抜く方が見ている奴らは盛り上がるだろ?」
ニイッと牙を向く様な笑みと共に返す。
確かに、タイドの言う通りだろう。
だが彼女の気合いの高さの理由は他にもある。
「まぁ、妹さんの前で格好付けたいのは分かるが」
「っ!? バレた!?」
タイドの言葉に無言で肯定する文乃。
そう。
今日のレースはディープインパクトともう一人の妹も見に来ているのだ。
「せっかく見に来てくれてんだ。ダセェ所は見せられねぇよ」
ようはそれだ。
2番人気である自分が1番人気に勝って場を盛り上げたいのも本音だ。
ファンの前でちゃんと勝ちたいのも本音だ。
トレーナーに皐月賞に勝ったと報告をしたいのも本音だし、勝った所を見せたいのも本音だ。
だがやはり。
家族が見ている前でかっこ悪い所を見せたくはない。
しかもそれが妹なら。
将来レースに出る事を夢見ている妹の前ならなおさらだ。
そしてタイド自身も、いつか妹と共に走る事を夢見ている。
強い姉として妹の挑戦を受ける。
そのためにもクラシック三冠が欲しい。
分かりやすい強さが欲しい。
いや、それ以前にだ。
妹が見ている前で良い格好がしたい。
「……そろそろ時間か」
控え室を出るために椅子から立ち上がるタイド……だったが
「……」
一歩を踏み出さない。
(……っ。気のせい、じゃあねぇな)
彼女が感じていたのは左脚に走る痛み。
今日のレースを走れないほどの痛みではない。
が、意識しないでいられるかと言われると自信がない痛み。
(いや、行ける……)
一度深呼吸をして歩き出す。
そんな彼女に文乃は尋ねる。
「どうかしたの?」
と。
それに対してタイドはこう返す。
「いや? ただの緊張さ」
笑顔と共に返したのはトレーナーである文乃に心配をさせないためか。
いや、もしくは自分自身を安心させるためなのかもしれない。
「じゃあ行ってくるよ。
そう言って彼女は控え室のドアを開け、出て行った。
ブラックタイド達が控え室を出た頃。
一足先に部屋を出て地下バ道を歩くウマ娘がいた。
1番人気のコスモバルクだ。
部分的に茶の入った短めの黒の髪は、所々外向きに跳ねている。
勝負服は袖の短い赤いシャツにダメージジーンズ。
赤地に緑の縦のラインと横のラインが格子状に入ったジャケット。
そのジャケットは着ず、赤い袖を腰に結び付けている。
そしてジャケットと同じく、側面に赤字に緑のラインが格子状に入ったシューズを履いている。
運動が好きそうな印象を与える。
北海道出身の彼女だが、ここまで来るのにかなり苦労している。
それでも夢の
そしてここまで上がって来た。
だからこそ示さねばならない。
地元の期待。
両親、トレーナー、友人、応援してくれるファンの期待に。
(……行くぞ)
広大な、豊かな大地で鍛え上げた肉体。
それが生み出す力を見せつけるべく。
彼女は歩き続けた。
そんな彼女に続くように地下バ道を進むウマ娘。
全体的に黒が強い髪。
太陽を連想させるハツラツとした顔。
赤字に緑の格子が入ったマントに赤いシャツに赤いパンツのせいか、どことなくサンタさんにも見える勝負服。
だがそれを彼女は気に入っている。
自分の走りで誰かを笑顔にできるのならそれが1番なのだ。
だから彼女は走る。
1着を取って、応援してくれるみんなに笑顔を届けたいから。
彼女の名前はコスモサンビーム。
宇宙から届く温かい光をその名に与えられたウマ娘である。
そして最後。
青を基調とした勝負服に身を包んだウマ娘。
白いシャツの上に青地に白袖の上着を着ており、その上着には腰まで届かない短めのマント。
左手には白手袋。
スカートは左右で長さが違っており、左側の方が長くなっている。
さらに左の側面に白の縦ライン。
白のパンツに黒のショートブーツを履いたウマ娘。
勝負服を着たダイワメジャーである。
しかもその様子は、先日学園の練習コース脇の芝で昼寝をしていたとは思えないほどの集中力を見せており、トレーナーですら若干驚いている。
「さて、行くか」
そう軽く言うや椅子から立ち上がり、軽やかな足取りで控え室を出て行く。
その様子は普段通りの気分屋な彼女。
自由気ままに過ごし、トレーニングも気分が乗らなければ寝ていたりする。
だがそれはトレーナーの事を信頼しているから。
聞いていないようでちゃんと聞いている。
気分が乗らないと言うのも、実はトレーナーがしっかり休めていない時に言っていたりする。
彼女なりの休んでくれというサインだ。
右耳に付けた青と白のリングを繋げて作られた耳飾りを軽く鳴らしながら歩くメジャー。
その胸中は
(負けられないね……)
闘志が静かに燃えていた。
『各ウマ娘。本バ場入場です』
場内アナウンスに続くように、出走するウマ娘が地下バ道から誘導担当のウマ娘に続いてターフに姿を現す。
それを見て観客達から歓声が上がる。
ある者は推しの勝利を願って。
ある者は推しが無事に完走する事を願って。
各々がそれぞれの想いを胸に声援を送る。
デビューした時から応援して来た推しが初めて、それもクラシック三冠のひとつである、選ばれた者しか走れない皐月賞を走るのだ。
自然と応援にも熱が入る。
そんな、応援を受ける18人のウマ娘を2000m先で待つ栄冠。
先頭でゴールを駆け抜けた勝者にのみ与えられる栄光。
得るチャンスは一生に一度しか与えられない。
文字通りの一発勝負。
それを掴むために。
それぞれの想いを胸に宿し、足に乗せて。
彼女達はゲートへと向かう。
そんなゲート付近では
「……」
足の具合を確かめるブラックタイドがいた。
(ここまで来はしたが……)
やはり左脚の違和感を無視できないらしい。
(いや、走れる。俺は走れる)
自分に言い聞かせるように胸の内で呟く。
そんな彼女に声をかける者がいた。
「何か気になる事でもあるのかな? ブラックタイド」
「メジャー……なんの用だ」
話しかけて来たのはダイワメジャーだった。
「いや別にこれといって特別な用では無いけどね。ただ……考え事をしながら走って勝てるほど、皐月賞は甘くはないよ」
「……んな事。分かってるよ」
「そうかい。なら良いけどね」
「なんかお前、キャラ変わってねぇか?」
と、思わず尋ねてしまうタイド。
なんせタイド達の中のメジャーは、自由気ままに過ごす気分屋。
練習も気が乗らなければやらない。
噂では、気に入らない事があるとわがままになったり、何か新しい事を覚えるのが苦手なあまり初めはすごく拒む。
デビュー戦のパドックでは待ちくたびれたのか人が見ている前で横になって寝そうになる。
トレーナー泣かせなウマ娘。
だが目の前にいるのは誰だ。
まるで自分達が聞いていた当人のキャラはそれを演じていたかのよう。
そう思ってしまうほど、今目の前にいるメジャーは別人に見えた。
そしてメジャーはメジャーで問いにこう返す。
「なに。目に見える事だけが真実という訳ではないって事さ。まぁ、君の選択だ。後悔しないようにね」
「……負けねぇからな」
学園の時には見せた事の無い顔を見せるメジャーにそう返すのが精一杯のタイド。
だがその言葉に込められたのは、出るからには絶対に勝つという強い意思。
それを読み取ってメジャーは言う。
「無論こちらも勝ちを譲る気は無いよ」
出るからには全力を出すと。
そう返すメジャーをジッと見てからゲートに向かうタイド。
(さて……)
ゲートインするために進むライバル達の背を見ながらメジャーは思う。
(トレーナーとファンの期待に応える走りをするとしましょうか……)
それもただ応えるのではなく、最高の応え方。
そのために彼女は、デビュー戦からスプリングステークスまで時間をかけて仕込みをしたのだ。
(勝てなかったのは私の力不足。それでも応援してくれたファンに。見捨てないでくれたトレーナーに)
スッと視線を上げる。
共に走る17人の背を見て彼女は誓う。
(返すよ。必ず……勝って、必ず)
一歩。
また一歩踏み出して
(あなたを、クラシック三冠ウマ娘のトレーナーにしてみせる!)
ゲートへと向かった。
お読みくださり、ありがとうございます。
本当ならもうゴールまで書こーって思っていたのですが、なんか色々と書きたい事がポコポコ出て来ちゃいました…
なのでゲートインちょっと前までにしました。
次回出走です!
お楽しみに!!