デルタブルースが青葉賞で13着だった翌週の5月8日。
京都レース場で行われる京都新聞杯に出るため、ハーツは京都にいた。
このレースに勝ってもダービーへの優先出走権は与えられないが、結果次第では道が開かれる重要なレース。
そして、ダービーに出るための最後のチャンスである。
GⅡレースである本レース。
「分かっていると思うが、気負い過ぎるなよ。周りに流されず、自分のレースをしろ。焦って勝負を急げば負けるぞ」
「分かってるってんな事ぐらい。それともなんだ? オレが負けるとでも思ってんのか?」
レース用の体操着姿で返すハーツ。
「んな事思ってねぇよ。勝てると思ってなきゃそもそもレースに出したりなんかしねぇよ」
「ならどっしり構えて待ってろよ。オレの勝利報告をよ。そんでダービーに行って、あんたをダービーウマ娘のトレーナーにしてやっからよ」
そう言ってニカッと笑って見せ、控え室を出るハーツ。
そんな彼女を見送り、観客席へと向かう文三なのだった。
地下バ道。
レース場へと続く道を歩くハーツ。
今回彼女は8枠11番。
一番外側である。
今回出るのは彼女含めて11人。
その中で彼女は2番人気と高い。
1番人気はミスティックエイジ、3番人気はスズカマンボとなっている。
前走皐月賞が14着と惨敗だったにも関わらずの2番人気。
それほどまでに応援してくれている人がいる事を嬉しいと思うと同時に、負けられないと気合を入れるハーツ。
靴の紐を結び直し、坂を上がってコースへと姿を現す。
頭の中にあるのは勝つ事だけ。
レースのプランは組み上げてある。
ひとつだけではない。
彼女が文三と共に練ったプランは複数ある。
が、想定外が起きるのがレースだ。
いざという時はアドリブでこなす。
でなければこの先、挑むG1で勝つ事は無理だろう。
そしてその事は、出走する全員が理解していた……
出走するウマ娘達が次々とターフに姿を見せている頃。
トレセン学園では
(こんなものかな)
キングカメハメハは練習用コースにて仕上がりを確認していた。
友人の応援や未来のライバルの偵察、先輩陣も将来のライバルになりそうな後輩がいないかと各々レースを確認する中で、だ。
ふぅ、と小さく息を吐いてクールダウンに入る。
今日はもうおしまい。
明日のNHKマイルカップにこのまま行く。
それに集中する。
その事だけに集中する。
初のGⅠレースを翌日に控えていながら、彼女は落ち着いていた。
(大丈夫。勝てるから)
そう自分に言うが、そこにあるのは絶対の自信。
自信を付けたり、奮い立たせるためのものではない。
キングとして。
頂点に立つ。
最強になる。
そして
(トレーナー……
北原
以前は笠松の方でトレーナーをしていたがとある夢を追いかけ、猛勉強の末に中央でのトレーナー資格を獲得したトレーナー。
中央に来たばかりの頃は叔父の元でサブトレーナーとしてウマ娘達を見ていたが、現在はサブではなくメインのトレーナーに。
そしてサポートにかつての担当ウマ娘であるオグリキャップとその友人であるベルノライトがおり、二人に支えられながら担当の夢を叶えるために奮闘していた。
そんな彼だが、まだ担当ウマ娘を日本ダービーで勝たせられた事は無い。
有力者候補だったオグリキャップはそもそもクラシック登録していなかったのに加え、彼は笠松の方にいた。
ちなみにだが京都新聞杯に出ているスズカマンボも彼の担当ウマ娘であり、彼女の応援のために彼は今京都にいる。
ので
「キングさーん」
ベルノライトが残ってくれている。
それと共に北原の叔父である
そしてキングはキングで両名の事を非常に信頼している。
「調子は良さそうだな」
そう話しかけるのは六平
サングラスに帽子にアロハシャツ姿。
60代を超えており、腰は曲がっており杖をついている。
ちなみにそのサングラスの向こうでどんな目をしているのかを知る者はほとんどいない。
そんな彼だが、北原が中央に来るまでオグリの事を担当していたり、奈瀬文乃の父親の奈瀬
そんな彼にキングは
「はい、絶好調ですよむさ……ろっぺいさん」
「
六平の事を楽しそうにからかうのだった。
場所は戻って京都レース場。
出走するウマ娘達がゲートに入っていく姿を彼女は静かに見ていた。
かつてトゥインクル・シリーズにて熱狂を生み、
名を挙げればもっとあるがキリがない。
そんな彼女達と激闘を繰り広げ、トゥインクル・シリーズでのラストランで奇跡を起こした芦毛の怪物。
稀代のスーパーアイドルウマ娘。
オグリキャップ。
笠原から中央へと移籍した彼女。
当時言われていた、芦毛は走らないという評価を覆した。
その人気は凄まじく、後年にクラシック追加制度が新設立されるきっかけを作った。
そんな彼女は北原と共にスズカマンボの応援に来ていた。
そんな彼女だが、たこ焼きをモリモリ食べている。
一応だが、現役時代よりは食べる量は減っていたりする。
そんな彼女の隣に立つ北原ももう慣れたのか、スズカマンボの事を見ている。
いや、単に薄くなった財布を見たくないだけかもしれない。
そんななか、全員がゲートに入る。
スズカマンボのゲートは5枠5番となっている。
3番人気と高めの彼女。
前髪に長めの流星を持つ茶の髪。
右耳には黄色地に緑のラインが入った円錐状の耳飾りを着けている。
ゲート内で腕を組んでおり、ツンッ、もしくはフンッといった様子を見せている。
少々ツンツン気味の彼女だが、一部のファンからはそこが良いと言われている。
そんな彼女だが、前走皐月賞はブラックタイドに次ぐ17着。
その前の若葉ステークスは2着。
さらにその前の京成杯では4着。
と、このようにここ最近は勝ちに恵まれていない。
そんな彼女だが、ここで勝てばダービーへの道が切り開かれる。
その性格から彼女は担当トレーナーが何度か変わっている。
北原で6人目なのだが、前任だった文乃からの紹介だったりする。
少々気が強い所があるスズカマンボ。
故にトレーナーとぶつかる事もあったのだ。
が、北原の場合は間にオグリキャップやベルノライトが入る。
結果オグリに思っている事をズバズバと言い当てられたり、ベルノにはサポートしてもらいながら相談に乗ってもらったり。
その結果彼女はなんだかんだ北原のチームで上手くやれていたのだ。
そんなチームを彼女は心地良く思っていた。
まだ慣れないながらも懸命に自分の事を考えてトレーニングメニューを考えてくれる北原。
なんせ彼は、文乃の所から移籍した当日にもうトレーニングを始められるように複数のメニューを考えて待ってくれていた。
だが強く出てしまう彼女は素直になれずにいた。
だから
(ダービーに出て、勝って。そんで)
お礼を言う。
自分をダービーウマ娘にしてくれてありがとうと。
その場合、同じ北原のチームであるキングカメハメハとぶつかる事になるが関係無い。
ぶつかるのであれば全力で戦い、そして勝つ。
勝って気持ちを伝える。
素直に慣れない自分。
強く出てしまう自分。
そんな自分の担当を降りないでくれた事。
それに対する気持ちを伝える。
今までのトレーナーに不満があるわけではない。
今なら分かる。
ただただ自分が未熟だったと。
それを理解し、成長した。
(勝つ)
スタートの体勢を取る。
彼女だけじゃない。
全員がスタートの体勢を取り、ゲートが開くその時を待つ。
そして
『スタートしました』
京都新聞杯が始まった。
レースが始まった頃。
レース場内の通路を急ぐ二人のウマ娘がいた。
先を走るのは黒い髪のウマ娘。
黒白のリボンを右耳付近に付け、前髪が綺麗な白。
彼女の名前はイクイノックス。
トレセン学園に入り、トゥインクル・シリーズに出る事を夢見るウマ娘である。
そんな彼女を追いかけるもう一人のウマ娘。
肩ぐらいまである茶の髪。
白とグレーのチェッカー柄のカチューシャを付けている。
右耳にはカチューシャと同じ柄の正方形の耳飾りを付けている。
その手には焼き鳥やたこ焼き、山盛りのチキンが入った入れ物を持っている。
彼女の名前はドウデュース。
イクイノックスと同じく、トレセン学園に入ってトゥインクル・シリーズを目指すウマ娘である。
「もー! だから急いでって言ったのに〜!」
「全部美味しそうなんだから仕方ないじゃーん!」
「だからって、もー!」
「レースもだけど、グルメも堪能したいよね!」
「レース始まったら意味無いでしょ」
「ごめんごめん。はい! チキンあげるから!」
「走りながらは流石に」
そう言いながら通路を出る二人。
レースはすでに終盤。
最後のコーナーを終えて直線。
観客達の前へと11人のウマ娘達が駆け込んできた所だった。
「もらっ、たぁぁぁぁぁっ!!」
『バ場の真ん中からスズカマンボ! スズカマンボが一気に先頭に変わる!』
前を走っていた二人のウマ娘をかわし、前に出たスズカマンボ。
残り200の標識を過ぎた頃には彼女一人前に出ていた。
その時だった。
『追い込んで来たのはハーツクライだ! ハーツクライが単独二番手の位置!』
外からペースを上げたハーツクライが一気に距離を詰めて来たのだ。
「ッ!?」
追いつかれてたまるかとペースを上げるスズカと差し切ってやると迫るハーツクライ。
先頭争いはその二人の勝負となった。
『先頭はスズカマンボ! スズカマンボだが外からハーツクライ! 外からハーツクライが詰める!』
お互いに譲らんと、鬼気迫る表情で、歯を食いしばって走る。
『前の二人の差はほとんど無い!』
ただ隣を走る相手より先にゴールするために。
一歩でも先に進むために。
腕を振って足を前に出す。
負けない。
譲らない。
勝つのは私。
勝つのはオレ。
かいた汗が垂れるのではなく、後ろに流れるほどの勢いで走る二人。
目を見開いて駆ける。
ダービーを目指す。
それが目標だった。
だが今は隣を走る相手に負けたくない。
それを胸に走る。
そして……
『かわした! かわしたハーツクライ! ゴール前で差し切ったぁぁぁっ!!』
ゴール前でハーツがスズカを抜き、先頭で駆け抜けた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ゴール後、乱れた息を整えるスズカ。
その視線の先には、同じく息を整えているハーツの姿があった。
(やられた……まさか差し切られるなんて)
今日の調子は良かった。
走りも良い感じだった。
だが、向こうがそれを上回った。
(私もまだまだ、か)
苦笑いしつつ、悔しさと共に爽やかな何かを感じるスズカ。
そのまま彼女はハーツの元へと歩いて行く。
「見事な走りだったわ」
「スズカ……いや、そっちも」
息を整えたハーツが振り返って返す。
「逃げ切ったと思ったんだけどね。あんな綺麗に差されるなんて」
「皐月でメジャーに逃げられたからな……アイツだけじゃねぇけど、届かなかったから」
もう逃さないように鍛えたと言うハーツの言葉にスズカは
(私も出ていたんだけどね……)
17着だったけどと顔には出さないスズカ。
そのまま彼女は言う。
「次は負けないから」
今日のリベンジはきっちりすると。
対するハーツは
「次も負けねぇよ」
受けて立つと返す。
いつかまた、共に走れる日が来る事を楽しみに思いながら。
こうして京都新聞杯は幕を閉じた。
そのレースの後
「凄かったね。見に来て良かった」
「だね。最後のこう、グオッて差した所とかさ!」
興奮した様子でイクイノックスに話すドウデュース。
最後の直線でスズカマンボと競い合ったハーツクライ。
その走りに、運命的なものを感じたドウデュース。
「私もいつかレースに出たいな〜」
胸に抱く夢を再確認するドウデュース。
「出たいなじゃなくて、出るんでしょ?」
と言うイクイノックス。
そんな彼女にドウデュースは言う。
「うん、そうだね! その時は一緒に走りたいね!」
「その時は負けないよ」
「私だって!」
笑顔で言う彼女の耳飾りが陽の光を反射してキラリと光った。
お読みくださり、ありがとうございます。
生涯に一度しかチャンスを与えられないクラシックレース。
そのひとつであるダービーに、果たして出られるのか……
次回もお楽しみに!