ウマ娘〜想いを背負って繋いで〜   作:にゃんころもち(黒糖)

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15話〜それでも私は……〜

 

 京都新聞杯翌日。

 キングカメハメハは、NHKマイルカップが行われる東京レース場の控え室にいた。

 

 その姿はまだトレセン学園の制服姿で、勝負服には着替えていない。

 

(今日勝ってダービーに……)

 

 勝てばではない。

 勝ってと言うあたり、自信があるのだろう。

 だが、彼女の顔はどこか浮かない。

 

(……いつまでもつか)

 

 そう言って優しく、自分の右足をさする。

 前走の毎日杯にて、2着の相手に2バ身半差で勝ったキング。

 そんな彼女。

 領域に達した彼女。

 すみれステークスと毎日杯。

 そのたった二度でコツを掴み、制御した彼女。

 

 そして、領域頼みの戦術は立てない。

 領域が無くても勝てるように鍛えている。

 

 今日とダービーに勝つ。

 そして

 

(トレーナーを、ダービーウマ娘のトレーナーにする)

 

 彼女のトレーナーはスズカマンボと同じ北原。

 そして彼女もスズカと同じく、北原をダービーウマ娘のトレーナーにしてあげたいと考えていた。

 それだけではない。

 

(天皇賞春秋連覇もしたい。有マにも出たい。だから、ここで負けられない)

 

 彼女は一度、トレーナーが変わっている。

 前のトレーナーは彼女が変則二冠を目指すと言った当初は応援していたものの、自分ではその夢を叶えられないと言って担当契約の解除をしてしまった。

 その後彼は、それでも夢は応援したいと言って北原を紹介したのだ。

 

 その経緯から彼女は、自分では無理だと言って担当を降り、それでも夢を応援してくれている前トレーナーのためにも勝ちたいと思っていたのだ。

 

(……思い返せば、いろんな人に支えられているんだな)

 

 そう思いつつ、そろそろ着替えるかと椅子から立ち上がるのだった。

 

 

 

「お、準備万端だな」

 

 彼女が着替え終わって数分。

 北原が控え室に来た。

 

「似合っていますよ。キングさん!」

 

「ありがとうベルノ。私のために作ってもらったんだもの。ちゃんと着こなさないとね」

 

 ベルノライトに礼を返すキング。

 そんな彼女の勝負服だが、一目見て王をモチーフにしている事が伝わってきた。

 

 ティアラにも見える王冠に右耳に着けた青いリボンが彩りを添える。

 職人が手作業で縫った金のマントはわずかな風でも靡くほど薄く軽い。

 また首周りには黒い羽飾りが取り付けられている。

 

 服は上下黒だが、使われているのは檳榔地黒(びんろうじぐろ)という青味を含んだ黒。

 下は丈が少し短めのスカートとなっており、縁には金糸で縁取るように刺繍が入っている。

 上の袖は両方とも二の腕辺りから青く染められており、黒と青の境目はギザギザ模様になっている。

 

 靴はヒールが少し低めで黒と白のツートン。

 

 王冠、マント、羽飾り。

 歴代の王の勝負服のパーツを自分の勝負服に取り入れたキング。

 まるでそれは、歴代の打ち立てた記録を自分が塗り替えると言っているようだった。

 

「初GⅠ、頑張って来いよ」

 

「もちろん。勝って来ますよ」

 

 フワリと柔らかな笑みと共に返し、控え室を出るキング。

 そんなキングの背を見送る二人。

 だから見えなかった。

 背中越しに見る事が叶わなかった。

 

 キングの顔が一瞬、悲しそうな物になった事に。

 

 

 

 キングカメハメハは分かっていた。

 領域がどれほどのものか。

 爆発的な末脚を発揮させる領域。

 他の追随を許さぬほどの加速を可能にする異次元の末脚。

 

 まさに豪脚と言える力。

 

 だが発揮される力にその身が耐えられなかった時。

 勝利を呼ぶ力は自身の脚を砕く。

 

 ならば使わなければ良い。

 簡単な話だ。

 使わなくても勝てる。

 無理して使って選手生命を断つなんて馬鹿げている。

 

 が

 

 それはできない。

 

 ライバル達は全力を出して勝ちを目指す。

 

 持てる力を全て出して走る。

 ファンの声援に応えるために。

 己の目標のために。

 そしてなにより、速く走りたいという本能には逆らえない。

 

 

 

 ゲートが開き、始まったNHKマイルカップ。

 雨の中行われたが、幸いにもバ場の状態は良い。

 

(これなら問題無い)

 

 バ群半ば辺りに位置取るキングカメハメハ。

 第3コーナーに入り、第4コーナーへ。

 そのタイミングで彼女は大外へ移動。

 

「……ッ!」

 

 そのまま一気に加速。

 

 最後のスパートに盛り上がる観客。

 上がる歓声。

 それがトリガーとなる。

 

(さぁ見せよう。これが……)

 

 一瞬強く踏み込む。

 

「王の走りだ」

 

 坂を駆け上がる。

 残り200の所で先頭に躍り出たキング。

 

 そんな彼女を追うコスモサンビーム、メイショウボーラー、ダイワバンデット。

 

 だが王の走りには届かない。

 届かないどころか、グングングングンと距離が広がっていく。

 

 その光景に、追いかける3人は信じられないものを見るような顔をした。

 自分達とはレベルが違う。

 一人だけ別次元の走りをされているような。

 本当に同じウマ娘なのか。

 同じクラシッククラスなのか。

 疑いたくなるほどの末脚。

 

 これが、領域を使える者と使えぬ者の差だった。

 これほどまでの差だった。

 

(と、届かない!?)

 

(くそッ!!)

 

(速過ぎる……)

 

 ならばせめて2着はと走る3人の前で、キングカメハメハはゴール板を駆け抜けた。

 

『キングカメハメハゴールイン! これは圧勝です! 強いレース! キングカメハメハ!!』

 

 危なげなくレースに勝利したキング。

 そのレースに実況も興奮を隠せない。

 

 その様子に、光景に。

 彼女のファンだけでなく、レースを見ていた観客全員が歓声を上げる。

 

 それを受けて彼女はやっと実感する。

 

(あぁ……勝った)

 

 応援してくれたファンに。

 いや、このレースを見届けてくれた前観客に向けて右手を高々と上げて見せるキング。

 そんな彼女が身につけるマントが風に煽られ、暴れるように盛大に靡く。

 

 勝ちタイムは1分32秒5。

 第1回大会にてタイキフォーチュンが出した1分32秒6より0.1秒速いレコードタイムに加え、2着のコスモサンビームに5バ身差での勝利だった。

 

 こうしてNHKマイルカップは終わり、世間は本格的にダービーに注目し始めた。

 

 そんななか

 

 

 

「トレーナー! あの、このレース出たらまだダービー間に合いませんか!」

 

 デルタブルースはダービー前に行われるレースの一覧を手に、トレーナーである鈴墨の元を訪ねていた。

 

 皐月に出られなかった彼女としては、ダービーも逃したくはない。

 いやむしろ、ダービーだからこそ逃したく無い。

 

(1個勝ってもダメなら、2個3個勝てば行けるはず……オグリ先輩だって2週連続で走ったんだ。私だってきっと!)

 

 そう思いながら鈴墨に一覧を見せる。

 出ようと思っているレースに赤丸が付けられている一覧。

 それを見た鈴墨は

 

「……すまんが、諦めてくれ」

 

 ただそう簡潔に言いながら、トレーニング中の担当ウマ娘を見ていた。

 彼の視線の先ではデビューを目指すシーザリオが走っている。

 他にも昨年怪我によって全休したが今年に入って復活始動し、5月19日に行われる新潟大賞典に向けて調整中のブルーイレヴンが走っている。

 

「で、でも!」

 

「今のお前じゃ連闘は無理だ」

 

 いや、他のウマ娘でも連闘は無理だ。

 デルタも言っていたオグリキャップが凄かったのだ。

 それでも彼女はマイルチャンピオンシップからジャパンカップに2週連続で出た結果、マイルチャンピオンは勝てたもののジャパンカップは惜しくも2着。

 翌月の有マ記念では、レースのスピード感覚に狂いが生じ、結果は5着となっている。

 

 連闘は確かに可能だ。

 が、一番怖いのはスピード感覚の狂いだ。

 調整はその、レースの距離に合わせた感覚を養うためのものでもあるのだ。

 先も言ったオグリの2週連闘。

 マイルチャンピオンは1600m。

 ジャパンカップは2400m。

 有マ記念は2500m。

 こうして見ると大して変わらないじゃないかと思うが、その時のジャパンカップが問題だった。

 

 なんせワールドレコードが出るほどのレースだったのだ。

 

 しかもレースの展開としては先月の皐月賞と同じように、前のペースが落ちなかった。

 1800mの通過タイムは1分58秒。

 一応参考までにだが、ハーツが出た皐月賞でダイワメジャーが出したタイムは1分58秒6。

 皐月賞は2000mだったり、会場も中山と違うので一概には言えないが、2000mのゴールタイムを2400mのレースの道中で出しているのだ。

 明らかに異常だった。

 要は、メジャーがラストのスパートをかけて出した総合タイムが、レースの道中で出されていたのだ。

 

 そのハイペース故に後方勢は追うだけで精一杯。

 後半は脱落する者もおり、その中には凱旋門賞を取ったウマ娘の姿もあった。

 

 そんな中勝ちを獲得したのは……

 

(まぁ、今はそれは良いか)

 

 鈴墨は当時の光景を思い出しつつ、デルタと向き合う。

 

(それに……)

 

 デルタが持って来て見せた一覧。

 その通りにレースを走らせるわけにはいかなかった。

 明らかな過密スケジュールだったのだ。

 

(こんなローテ。オグリやルドルフ。オペラオーですら無理だ。足がやられちまう)

 

 だからこそ、許すわけにはいかなかった。

 

「すまないデルタ。分かってくれ……」

 

 そう言って彼は、シーザリオとブルーイレヴンに視線を戻した。

 

 

 

 その日の夜。

 

「お客さん。飲み過ぎですよ」

 

「あと1杯。それで終わりにするから」

 

 鈴墨はとあるバーに来ていた。

 ウマ娘のトレーナー達がよく来るバーである。

 そんな彼に

 

「確かに飲み過ぎじゃな」

 

 先輩トレーナーであるタナベが話しかけた。

 

「な、ナベ先輩!?」

 

「聞いたぞ。ブルースの事で悩んでいると」

 

「あ、それは……」

 

 よっこいせと隣の席に座るタナベ。

 簡単に説明すると彼はフジキセキとジャングルポケットというウマ娘の担当トレーナーである。

 トレーナー歴もそれなりに長く、人柄もあってかトレーナーウマ娘問わず慕われている。

 

「……まぁ、言いたい事は分かるが」

 

 マスターに注文し、鈴墨と話すタナベ。

 

「ダービーは一生に一度。こだわるのも分かるんですけどね」

 

「トレーナーとしては出してあげたい。でも出してやれない。むしろ、出られないウマ娘の方が多い」

 

「分かっています。俺もデルタを、その……勝たせてやれていませんから」

 

 ウマ娘は出走後、着ごとにポイントが与えられる。

 こちらの世界での賞金の代わりだ。

 優先出走権がなくとも、そのポイントに応じて出走する権利が与えられる。

 

 ハーツが京都新聞杯に出た理由もそのポイント。

 勝てば出走権内のポイントを獲得できるからだったのだ。

 

 対するデルタは勝ち星に恵まれず、そのポイントが足りない。

 それを彼女自身も分かっており、一覧表で印が付けられていたレースのポイントを足せばギリギリ出走可能権内に入れるレースだった。

 が、それでもやはり

 

「あのローテで走らせる事はできません」

 

 そう言ってグラスの中身を飲み干す。

 そんな彼にタナベは言う。

 

「デルタもきっと、分かっていたと思うぞ」

 

「……え?」

 

「まぁ、正直言うとウマ娘の事はウマ娘にしか分からんと思うが。本気でその無茶を通そうと考えているのなら、お前さんがいない時に勝手に出走届にお前さんの名前を書いて判を押して出していただろうよ」

 

「……あ」

 

「多分デルタは、誰かに諦めさせてもらいたかったのかもしれんの」

 

 出られない事。

 走れない事。

 夢を叶えられない事。

 それを直視するのはきっと、想像以上に辛く苦しい事。

 

 だから、自分ではない誰かの言葉で諦めたかったんじゃないかと、タナベは言う。

 

 タナベにも苦い経験はある。

 フジキセキの怪我による引退。

 ジャングルポケットという後輩と出会ってレースに復帰するも、引退前の走りは難しく結果を残せなかった。

 ジャングルポケットもオペラオーとジャパンカップで激戦を繰り広げた後は戦績が振るわなかった。

 そんな二人を見るのは辛かったが、本当に辛いのは彼女達二人だと分かっていた。

 

 それでも諦めなかった二人はドリームトロフィーリーグへと移籍し、今は夏と冬の年に2回行われるレースに出るためにトレーニングに励んでいる。

 

「まぁ、これはいちトレーナーとしての言葉だが……デルタは長距離に向いていると、儂は思うよ」

 

 そう言うと同時にマスターが出したグラスの中身を飲むと席を立つタナベ。

 

「ここは、儂が払っておく。あまり飲みすぎるなよ」

 

 と言って鈴墨の分も払って出て行くのだった。

 

 

 

 そして後日。

 デルタは次のレースについて話をされた。

 出るのは5月23日の特別レース。

 所持ポイントがある一定以下の者しか出走できないレースだ。

 

「……諦めろ、って事ですか」

 

「そうだな」

 

「……私じゃ、ダメって事ですか」

 

「……すまない」

 

 ダービーは30日。

 23日のレースに出てもポイントは足りないだろう。

 いや……

 

(分かっていたんだ……私じゃダービーに出ても勝ちきれないって)

 

 だから

 

「……分かり、ました」

 

 頷いた。

 ダービーは諦める。

 三冠は無理だったから二冠を取る。

 そう思っていたけれど、その夢を諦めよう。

 そう思った時だった。

 

「だから。菊を取るぞ」

 

 鈴墨は真っ直ぐ。

 デルタを見て言う。

 

「菊花賞だ。クラシック三冠の最後。それは必ず取る。それを目指して行く」

 

 10月に京都レース場にて行われる菊花賞。

 クラシック三冠最後のレース。

 芝3000mという長距離のレースである。

 それに照準を合わせ、調整をする。

 そう鈴墨は続けた。

 

 鈴墨は鈴墨で、夢を諦めてもらう以上、最後の菊花賞だけは取らせてあげたいと考えていた。

 だから

 

「勝つぞ! 23日!」

 

 夢を諦めてもらうデルタだけではない。

 彼女を勝たせてあげられなかった自分に、気合を入れ直すように。

 鈴墨は言った。

 

 そして……

 

 

 

 5月23日。

 デルタブルースはアタマ差でレースに勝った。

 

 そして……

 

 

 

 5月30日。

 彼女は東京レース場にいた。

 30度を超える気温の中、その気温に負けじと盛り上がるスタンド。

 その視線の先には順番にゲートに入って行くウマ娘達。

 

 皐月賞ウマ娘のダイワメジャー。

 GⅠでの勝ち星こそないが、GⅡ含む5戦3勝のハーツクライ。

 ハーツと京都新聞杯で競い、惜しくも負けたスズカマンボ。

 皐月のリベンジを果たしたいコスモバルクとコスモサンビーム。

 コスモサンビームに至っては前走のNHKマイルでキングの次の2着という結果なので、それのリベンジも果たしたい。

 そしてNHKマイルカップで圧倒的な走りを見せて勝利したキングカメハメハ。

 彼女達を含む18人のウマ娘がゲートに入っていく。

 

 やがて全員が入り終わるとスタンドは静まり返る。

 ジリジリと肌を焼く日差し。

 それを受けながらデルタは見ながら思った。

 

(あぁ……やっぱり)

 

 ゲートが開く。

 

(走りたかったな……)

 

 東京優駿。

 日本ダービー。

 クラシックレース三冠の内のひとつ。

 灼熱の日差しの中。

 始まった。




お読みくださり、ありがとうございます。

キングの勝負服は予め考えていたのですが、いざ文字にすると難しい…

書いていて思ったのですが、みんなが夢見る舞台に立てるのはほんのひと握り。
しかも挑戦できるのは一生に一度。
そりゃみんな本気で挑みますよね…

そして次回ですが、あのダービーです。
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