ウマ娘〜想いを背負って繋いで〜   作:にゃんころもち(黒糖)

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16話〜分岐点〜

 

 5月23日。

 30度を超える気温の中、東京レース場にて行われる日本ダービー。

 多くのウマ娘の夢の舞台。

 そこに出走する18人のウマ娘。

 その中で称賛をその身に浴び、勝利を噛み締められるのはただ一人。

 

 勝利の女神が微笑むのは、一人だけである。

 

 そしてその微笑みが向けられるのは……

 

 

 

 

 

「くっそアチィ……」

 

 レース前の控え室で団扇で仰ぐハーツ。

 ウマ娘にも今日の気温は応えるようだ。

 体が冷えるからと、冷たいお茶を飲みたい所を堪えている。

 

「落ち着けハーツ。ほれ、茶だ」

 

 そんな彼女に常温のお茶を出す文三。

 それを受け取り、ゆっくりと飲むハーツ。

 

「……落ち着いているさ。ただ、こうも暑いとよ」

 

 体を冷やさぬようにクーラーではなく持ち込んだ扇風機を使っているハーツ陣営。

 彼女はすでに勝負服に着替えてを済ませており、その時が来るのを待っている。

 

(チッ……同じ暑いでも走っている方がまだ風を感じて良いんだけど)

 

 右足を小刻みに揺らす。

 そんな彼女を見て文三は思う。

 

(確かにこの暑さ。俺達人間のアスリートでも参る奴は出てくる)

 

 メンタル面に繊細さがあるハーツクライ。

 悪く言えば神経質な面を持つ彼女。

 初めての猛暑の中で行われるレース。

 ダービーという注目度の高いレース。

 

(普段の環境とは大違い……いや、違い過ぎる)

 

 だがそれはライバルのウマ娘達にとっても同じだ。

 

(条件は全員同じ。呑まれなかったやつが勝つ)

 

 今回走るのは日本ダービー。

 もっとも運があるウマ娘が勝つと言われているレース。

 そして運も実力のうちという言葉もある。

 

(まさに、勝利の女神の気分次第だな……)

 

 そう思うほどに。

 誰が勝つか分からないと考えていた。

 

 

 

「んんっ……ふぅ。良し!」

 

 場所は変わってダイワメジャーの控え室。

 すでに勝負服に着替えたメジャーは、喉の調子を確かめていた。

 というのも皐月賞の後辺りから喉に息苦しさを感じていたメジャー。

 検査を受けた所、喘鳴症(ぜんめいしょう)と診断された。

 喉なりとも言われている。

 一言で言うと咽頭口という部分が狭くなってしまい、上手く呼吸ができなくなってしまうのだ。

 

 ウマ娘の引退理由の引退理由のひとつでもあり、引退とまでいかずともパフォーマンスの低下に繋がるとして治療のために長期離脱を余儀無くさせられてしまう。

 

 というのもレース中の彼女達は時速70km近い速度を出す。

 故に大量の酸素を必要とする。

 そんななか上手く呼吸ができなくなれば、突然パフォーマンスは低下してしまう。

 現状治療法は外科的なものしかなく、さらには手術を受けたとしても発症前のパフォーマンスに戻る確証も無いため、そのまま引退という流れになるパターンがある。

 

 メジャーもその喘鳴症と診断されたがレースに支障をきたすレベルではなかったため、今回ダービーに出走する事にしたのだ。

 

 そんな彼女に

 

「大丈夫かメジャー」

 

 トレーナーの雅弘が尋ねると

 

「もちろん。私を誰だと思っているのさ。皐月賞を取った私だよ? この程度。良いハンデさ」

 

 と笑って返す。

 それに、と

 

「負けないよ。私は」

 

 スッと目を細めて言う。

 

「最高の走りを見せる。見に来てくれたファンも、ライバルのファンも。テレビで見てくれている人も。全てを魅了する最高の走りをね」

 

 目指すのはレコード更新。

 アイネスフウジンが出し、アドマイヤベガが並んだ記録。

 ダービーレコード記録の2分25秒3。

 それを超える。

 

 そして観客を熱狂の称賛をトレーナーに捧げる。

 雅弘を、ダービーウマ娘のトレーナーにする。

 先輩達が叶えられなかった夢を、自分が叶える。

 

「今日を取って」

 

 メジャーは言う。

 

「私は三冠を掴むよ」

 

 ナリタブライアン以来出ていないクラシック三冠達成の偉業。

 トゥインクル・シリーズの長い歴史の中でも、その偉業を達成したのはセントライト、シンザン、ミスターシービー、シンボリルドルフ、ナリタブライアンの5人だけ。

 メジャーは今日勝てば大手をかける事になるのだ。

 

(問題は……)

 

 警戒しているのはNHKマイルカップから来たキングカメハメハ。

 変則ローテによる記録を狙う彼女を警戒していた。

 ちなみにクリフジというウマ娘が過去にダービー、オークス、菊花賞を制覇しており、現状唯一の変則三冠ウマ娘として記録に名を刻んでいる。

 ちなみに現在オークスは5月開催だが、クリフジが走った当時は10月に行われている。

 

 つまり、キングがダービーを取って菊花賞へ進んで制覇した場合、二人目の変則三冠ウマ娘となるのだ。

 

(見てみたくはあるけれど)

 

 偉大な記録が生まれる瞬間に立ち会いたいと言う気持ちはある。

 だが、勝負は勝負。

 

(負ける気は無いよ。キング)

 

 一番注目する相手との初勝負に心を躍ろさせつつ、勝つ気満々のメジャーだった。

 

 

 

 その頃スタンドでは

 

(やっぱダービーの注目度は高いな……)

 

 一人の記者がまるで風物詩を見るような目で周囲を見ていた。

 金髪に黒縁メガネの男性。

 彼の名前は藤井(ふじい)泉助(せんすけ)

 トゥインクル・シリーズ関係の記事を書く記者である。

 一見すると軽そうな印象を受けるが胸の内に秘めた情熱は本物で、海外のウマ娘と日常会話を普通にこなせる程度には語学が堪能である。

 また、とある事情にて人気ウマ娘が欠場したレースの記事で主役不在と書いたり、誰かを当てウマとして書くような方針、誰かを贔屓するような書き方を嫌う傾向がある。

 

(変則二冠ウマ娘の誕生か、クラシック二冠目を取るか……世間的にはそれに注目が集まっとるな)

 

 もちろんそれだけじゃないが、周囲の状況からそれを察する。

 が

 

(何もそのふたつが全てやないけどな)

 

 手帳を開いて今回出走するウマ娘の情報を確認する。

 

 皐月賞ウマ娘のダイワメジャー。

 NHKマイルカップ勝者のキングカメハメハ。

 京都新聞杯にて惜しくもハーツクライに差されたスズカマンボ。

 地元の北海道の期待を背負って挑む、皐月賞2着ウマ娘のコスモバルク。

 コスモバルクに3連敗しており、リベンジも兼ねてやる気十分のハイアーゲーム。

 初挑戦のGⅠは14着に終わったものの、GⅡレースの京都新聞杯では見事勝ちを取ったハーツクライ。

 

 その他にも各ウマ娘の事が書かれている。

 

(1番人気はキングカメハメハ。2番がコスモバルクで3番はハイアーゲーム。まぁ、順当よな)

 

 だが、人気が全てではない。

 1番人気が負ける事だってある。

 レースに絶対は無い。

 が

 

(ボクとしても新記録が生まれる瞬間には立ち会いたいけど)

 

 記者としのサガだろう。

 だが

 

(ま、全員が無事にゴールしてくれるのが一番だけどね)

 

 記者として、数多くのレースを見てきたからこそだ。

 それだけ、悲劇を見た事もある。

 だから願う。

 全員が無事にゴールする事を。

 

 

 

 その頃。

 時間になったので出走するウマ娘達は地下バ道を歩いていた。

 

 その中にはもちろん、彼女の姿もあった。

 

(体調良し。元気良し。やる気良し。負ける要素、無し)

 

 自己確認をしながらカツコツと靴を鳴らして歩くのはキングカメハメハ。

 今回走る18人の中でただ一人、雰囲気が違った。

 落ち着き、どっしりと構えるような雰囲気。

 自信に満ち溢れたその姿。

 その理由はトレーナーである北原が報道陣に

 

「キングは本当に強い。もう誰でもどこからでもかかって来いって感じです」

 

 と言っていたのだ。

 

(トレーナーさんにあそこまで言われたら、どこまでも頑張れちゃいますよ)

 

 フフッと小さく笑うキング。

 北原が担当になって日は浅い。

 それでもそこまで言ってくれるのなら、その信頼に応えてみせねばなるまい。

 

(そういえば)

 

 顎に指を当てて思い出す。

 

(あの人は元気かしら……)

 

 思い出すのは北原の前のトレーナー。

 自分が変則二冠をまず目指すと言った後、頑張ってくれたが自分では夢を叶える手伝いはできないと言ってトレーナーを降り、その代わりにと北原を紹介したトレーナー。

 イタリアから来たばかりの男性で、短期制度を利用して日本のレースを勉強しに来ていた所、当時まだ誰とも契約していなかったキングに光る物があると言って契約したのだ。

 が、先も言ったようにトレーナーを降りた後は期間更新をせずに帰国してしまった。

 

(見てくれていると良いな……)

 

 彼がトレーナーを降りてまで応援してくれた。

 北原という、オグリキャップと共に駆け抜けたトレーナーを紹介してくれてまで応援してくれた。

 そんな彼に、自分はちゃんと走れている所を見せたい。

 そしていつの日か、再会した時に言いたい。

 短い間だったが、共に走れたのは楽しかったと。

 そのためにも

 

(負けないからね。みんな)

 

 胸の内で言う。

 それと同時に、彼女の雰囲気はガラリと変わった。

 

 

 

「あ、出てきましたよ!」

 

 スタンドではウマ娘が出てくるを見ていたのは、北原のサポートをしているベルノライト。

 キングカメハメハやスズカマンボとも良好な関係を築いている、オグリキャップの友人だ。

 

 そんな彼女の後ろから、本日の主役達(18人)の登場に対する歓声という名の轟音が巻き起こる。

 

「っっっっっ!!」

 

 その凄さに思わず耳を倒すベルノ。

 だが

 

(凄い……)

 

 視線の先にいるキングカメハメハを見てそう思う。

 なんせ、観客の大歓声を前に動じていないのだ。

 圧倒されて動けないのではない。

 正面から受け止めているのだ。

 しっかりと。

 全てを受け止めて。

 

 手を振りかえしたのだ。

 

 見た人は些細なファンサービスだと思うだろう。

 が、何万人もの大歓声を受けてそれができる者がどれほどいるだろうか。

 

(本当に……凄い)

 

 そう思うベルノにも手を振って、キングはゲートへと向かう。

 

 

 

「トレーナー……今日は、何かが起きますよ」

 

 その光景を見て、ハヤテエンペライザは言った。

 

「何かって……」

 

「私の感が告げています。今日はきっと、歴史に残るレースになると」

 

「お前の感かよ……」

 

 と、ハヤテの言葉に苦笑いする諒太。

 

(まぁ、たまに当たるけどな……コイツの感)

 

 言われた通りに横にズレたら、少し前にいた所に鳥のフンが落ちて来た。

 今買うと良い事があると言われ、自販機でジュースを買ったら当たりが出てもう1本ゲットできた。

 もちろん、当たらない事もある。

 

(ま、ほどほどにしとくか)

 

 そう思いながらゲートに向かうウマ娘達を見る諒太なのだった。

 

 

 

 ダービーの開始を告げるファンファーレが奏でられ、観客の手拍子、そして大歓声が送られる。

 

『10万を超える大歓声が、夢を背負いし18人のウマ娘へ送られます。さて桶谷(おけたに)さん。1枠1番のマイネルマクロス。皐月賞では行けませんでしたがどうでしょうか』

 

『そうですね。元々スタートが良い子ではないのですが、ただ普通に出れればやっぱり行くと思いますよ』

 

『今日は行きますかね』

 

『行くと思いますよ』

 

『なるほど。皐月のリベンジもありますし、最大集中して行くでしょうね。西幹(にしみき)さん』

 

『そうですねぇ……前回はちょっと、ね。今回は上手く出れればハナを切れるかと』

 

『なるほど……』

 

 実況の泉本(いずもと)奈々(なな)と解説の桶谷と西幹が話す中、続々とゲートインしていく。

 そんななか、キングはゆったりとその時をゲートの外で待っている。

 

『あと5、6人ですかね。ハイヤーゲームが落ち着いてますね〜』

 

 そういう間にもゲートインは進み、キングが自分のゲートへ進み、続いてキョウワスプレンダが入る。

 

『そして北の夢を抱えるコスモバルクがゲートに入り、最後にピサノクウカイがゲートへと入ります』

 

 18人全員がゲートに入り、スタートの姿勢を取るとスタンドの盛り上がりが一段と強まる。

 

『さぁ、9015人の頂点は2400メートル彼方! 栄光はただひとつ!』

 

 泉本の言葉に続くようにゲートが開く。

 

『さぁ今! 日本ダービースタートが切られました!!』

 

 18人が一斉にゲートを飛び出す。

 泉本が言ったように、2400m先にて待つ栄光を目指して。

 勝者ただ一人に与えられる栄光に向けて。

 

 

 

 スタート直後、マイネルマクロスとメイショウムネノリによる先頭争い。

 その争いを制したマクロスは先頭で最初のコーナーへと入って行く。

 ムネノリが2番手。

 コスモバルクは3番手を進み、一番人気のキングは中団のやや先を走る。

 そんななかハーツは後ろから2番目の位置を走りながら、仕掛け所を待っていた。

 

 そのまま第1コーナーから第2コーナーへと進むなか、マクロスが飛ばす飛ばす。

 皐月の時に叶わなかった先頭爆走。

 まさに皐月の時の分を取り戻すかのような走りをする。

 

(おいおい……)

 

 そんななか、泉助は手元のストップウォッチの示す数字を見て目を疑った。

 

(1000メートルを58秒切っている……って、おいおいこのペース)

 

 アイネスフウジンが走った時の1000m通過タイムは59.8秒。

 アドマイヤベガの時は1分0秒2。

 そして今回のマイネルマクロスの通過タイムは57.6秒。

 レコードを出した両レースのどちらよりも速い。

 

 さらに言えば、同レース場で同距離で行われるジャパンカップ。

 フォークインというウマ娘が2分22秒2という世界記録を出した時の1000m通過タイムは58秒5。

 

 つまり、世界記録の時よりも速いのだ。

 

(な、なんやこのレース……何を見せられているんや)

 

 思わずそう思ってしまう。

 

 そんなレースだが先頭は変わらずマイネルマクロス。

 その後ろを大きく離されてコスモバルクとメイショウムネノリが並ぶようにして走る。

 その後ろ約5バ身離されてヴンダーが行き、その後ろにダイワメジャー。

 その少し後ろをマイネルデュプレが行き、少し後ろマイネルブルック、その外側にアドマイヤビッグ。

 その後ろをキングカメハメハが落ち着いた様子で走る。

 そしてグレイトジャーニー、ハイヤーゲーム、フォーカルポイント、ピサノクウカイが続く。

 また少し離されてスズカマンボ、ホオキパウェーブとキョウワスプレンダ。

 その後ろにハーツクライとコスモサンビームが走る。

 

 全員落ち着いて仕掛けどころを探っている。

 先頭のマクロスは今こそ飛ばしているが、そのペースが最後までもつ訳がないと思っているからだ。

 

 問題は自分の走りをしっかりできるかどうか。

 

 だがそれでも

 

(ッ……バカみてぇに飛ばしてやがって。だが)

 

 後ろから2番目を走らながらハーツは思っていた。

 この猛暑の中行われるレース。

 先頭ははるか先を走っているが問題は無い。

 

(ぜってぇに追い付く)

 

 先頭のペースが落ちず、中山の直線が310mと短い事もあり、皐月賞では追い付く事はおろか14着。

 だが今回は違う。

 最後の直線の距離は525.9mと長い。

 差しを得意とする子にもじゅうぶんチャンスはある。

 そう言えるほどの距離があるのだ。

 

(落ち着け。イラつくな……練習した事を思い出せ)

 

 そう自分に言い聞かせるハーツ。

 そうこうしている内に先頭は再びコーナーへと差し掛かった。

 

 

 

「うおぉぉぉぉぉっ! ずっと先頭を行けば1番は私だー!」

 

 と爆走するマイネルマクロスだったが、第3コーナーから第4コーナーへ入る頃には先程まであったリードはほとんどなくなっていた。

 

 そしてそのタイミングで

 

「ッ!!」

 

 一度後ろを見てからコスモバルクが仕掛けた。

 外からマイネルマクロスを抜き、先頭へと出る。

 それを追うようにハイヤーゲームとキングカメハメハがペースを上げる。

 

 それに続くように各ウマ娘もペースを上げてゴールを目指す。

 

 その光景に。

 スタンドは一層盛り上がる。

 

 その熱をトリガーにして

 

(さぁ見せよう)

 

 彼女は

 

(目に焼き付けろ。これが)

 

 グッと

 

(王の走り。いや)

 

 足に力を込めて

 

(凱旋を)

 

 領域を発動させた。

 

 

 

 直後。

 栄光へと続く坂へ17人のウマ娘を引き連れるようにして、キングカメハメハが先頭で入った。

 その姿はまさに王だった。




お読みくださり、ありがとうございます。

関西弁難しい……でも泉助さんは出したかった……

次回、ダービー決着です。
お楽しみに。
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