ダービーの翌週。
ユートピアが安田記念に出走し、4着だった翌日。
ハーツはすでに次のレースに向けてトレーニングを開始していた。
0.2秒の差で届かなかったダービーウマ娘の座。
ちなみにだが、0.2秒は普通にまばたきをした時に目を閉じてから開くまでの時間と言われている。
それだけの短時間の差で負けたのだ。
悔しくないはずがない。
(次は菊花賞……)
クラシック三冠ラストのレース。
変則二冠を達成したキングの三冠を阻止したいわけではない。
クラシック三冠を目指していた者として、せめて最後の菊の楯は取りたい。
意地である。
ただそれだけが理由ではない。
ダービーの後にキングから言われたのだ。
突っ込んで来た時は驚いた。
もしかしたら次は負けるかもしれない。
また今日みたいなレースをしよう。
そう言われたのだ。
それに対してハーツはハーツで、次は負けねぇと返したのだ。
その言葉を聞いたキングは満足そうに、楽しそうに。
まるで好敵手を見つけたかのように、良い笑顔でターフを去った。
(距離適性的には神戸新聞杯に出たいな……)
セントライト記念と共に3着までに優先出走権が与えられる神戸新聞杯。
ハーツとしては、若葉ステークスと京都新聞杯で勝てた事から2200mのセントライト記念より2000mの神戸新聞杯に出たいと考えていたのだ。
一応京都新聞杯はセントライト記念と同じ2200mなのだが、セントライト記念は彼女が14着と大敗した皐月賞と同じ中山レース場で行われる。
その点神戸新聞杯は若葉ステークスと同じ阪神レース場。
レース場の相性も考えていたのだ。
ダービーよりも距離が600mも長い菊花賞。
京都レース場はすでにきさらぎ賞と京都新聞杯で二度走っているのである程度勝手は分かる。
が、距離は違う。
きさらぎ賞の時は1800m。
京都新聞杯でも2200mだ。
だが今回は3000m。
コースを2周。
つまり坂を二回越えねばならない。
きさらぎ賞の場合はスタート直後の長い直線を駆け抜けての坂だった。
京都新聞杯の時もある程度走ってから坂だった。
だが今回は違う。
スタート直後に坂が待っている。
(今のオレじゃ確実に出遅れる……いや、後方待機のオレなら問題無いか?)
走るのを終え、汗を拭きながら考える。
(いや、ダービーで課題は見つかった……それの克服も考えると悠長に構えてらんねぇ。さてどうするか)
と考えている時だった。
(……ん?)
木の影からこちらをジーッと見ているウマ娘がいた。
(なんだアイツ……)
多分中等部。
新入生だろう。
前髪の流星は先に行くに連れて細く、シュッとしている。
黒みを帯びた茶髪は短めに切り揃えられてあるが、外に向けてツンツン跳ねている。
右耳にOの中にnとeが入った耳飾り、黒字に白のラインが真一文字に入ったカチューシャを着けている。
キラキラとした目でコチラを見ている相手にハーツは、時々いる
実はハーツ。
んな事ねぇと本人は否定するが、顔が良い。
もうメチャクチャイケメンである。
それも少し不良系の鋭さを持ったイケメン系なので、フジキセキのような王子様系とは違った方面で人気が出ている。
なのでファンも多いのだが、当人はどこ吹く風。
オレをイケメンと言うのなら、世の中イケメンで溢れ返ってるという具合である。
そんな彼女的には自分にファンはおらず、見に来るのは物好きなヤツ程度にしか思っていない。
なので今日もいつもの物好きか、と思っていたら
(……ん? なんかこっちに)
見ていたウマ娘がコチラへと走って来て
「は、ハーツクライ先輩ですよね!!」
目の前で急停止すると開口一番尋ねて来た。
「お、おう。そうだけど」
「自分! ワンアンドオンリー言います! 先輩の弟子にしてください!」
そのままビシッと綺麗なお辞儀をして見せる、ワンアンドオンリーと名乗ったウマ娘。
「は? え……」
そんな彼女にハーツは
(面倒な事になったな……)
と思うのだった。
そして翌日。
(今日はこんなもんにするか……)
練習を終え、乾いた喉を潤そうとボトルを手にするが空っぽ。
(しまった……飲みきってたの忘れてた)
仕方ない。
近くの水道で飲むか。
そう思った時。
「はいどうぞッス!」
横から別のボトルが差し出された。
「おう。ありがとう」
それを受け取って飲むハーツ。
が
「なんでいんだよ!?」
ボトルを差し出したのはワンアンドオンリー。
「いや〜。師匠のボトルが空になってましたので」
「あ、そう……いやいやまだオレ。お前を弟子にした覚えねぇんだけど!?」
「え、してくれないんスカ!?」
まるで雷にでも打たれたような、ガーンという効果音が聞こえて来そうな顔をするワンアンドオンリー。
一応ショックを受けたのか、動かなくなった彼女を見てハーツは、面倒に巻き込まれるのはごめんだと言うようにその場を去った。
翌日の昼。
食堂にて……
「師匠〜! ここの席空いてますよー!! し〜しょ〜!!」
また翌日の放課後。
「ハーツ師匠〜! どこですか〜!!」
「……行かなくて良いのか?」
「ほっとけ」
外から自分を探す声を聞き流しながらタナベトレーナーの将棋の相手をしたり。
そのまた翌日。
「ハーツ。起きてハーツ」
「ん〜。なんだよデルタ……まだ5時」
「朝からお客さんだよ」
「客?」
デルタブルースに起こされて見たのは
「おはようございます師匠!」
どう言うわけか窓の向こうにいるワンアンドオンリー。
デルタはデルタで窓を開けていたので
「……」
「あぁ〜! 師匠〜っ!!」
閉めて二度寝するハーツ。
そんな事を繰り返して翌週。
「なぁトレーナー! こいつどうにかしてくれよ!」
「ん〜? ……んー」
「おいコラこっち見てから目を逸らすんじゃねぇ!」
限界になったハーツは放課後、文三に諦めるように説得してくれと言っていた。
ちなみにワンアンドオンリーは
「そんな〜!」
ハーツにしがみ付いており、引き離そうと頭を左手でグイグイ押されていた。
「歩きにくいんだよもー!」
(師匠、か……)
それこそ、ハーツから学びたいと思いたくなるような何かを。
と考える文三。
後輩に教える機会が増えればハーツの成長にも繋がるかもしれない。
が、ハーツはハーツで発展途上である。
(まぁ、練習パートナーぐらいなら良いと思うが……)
多分、目の前にいるウマ娘が望むのはそれではない。
(どうしたものか……)
そう考えている時だった。
「トレーナー。走り込み終わりました〜」
練習を終えたローゼンクロイツがやって来た。
「ん、おう。じゃあ、15分休憩行って来い」
「はーい」
文三に言われ、指示通り休憩に入るローゼンクロイツ。
デビューはまだ未定だが今年中を目指しており、それに向けて絶賛トレーニング中である。
(うーん……)
今日のトレーニング結果を見る文三。
その横で
「だぁぁぁもうっ! 良い加減離れろ!」
「そんな事言わずに〜!!」
(こっちもこっちでどうにかしねぇとな……)
慕われるのは結構な事だが、トレーニングに支障をきたすのであれば話は別だ。
さて、どうしたものかと考えていた時だった。
「そんなになりてぇんなら条件がある」
唐突にハーツがそんな事を言った。
続けて条件を言ったのだが、その条件というのは
「そこにいるクロイツと模擬レースしろ。その走りで決める」
というもの。
「……え?」
突然名指しされたローゼンクロイツは当然戸惑い、ワンアンドオンリーはワンアンドオンリーで
「本当ッスか師匠!」
と有頂天になっていた。
「んで、いきなりどういうつもりだハーツ。考えがあんなら言ってみろ」
「そ、そうですよハーツさん!!」
トレーニング後、トレーナー室にて文三とクロイツはハーツに尋ねていた。
特に突然巻き込まれたクロイツに至っては心の底から訳が分からないという感じである。
そんな二人にハーツは椅子に座ったままこう返す。
「クロイツの調子を見るのに良いと思ったんだよ」
「私の?」
「あぁ。オレ達が相手になっても良いけどよ、ずっとオレ達だと癖とか分かってワンパターンになるだろ? そりゃ、違った走りをしろって言われりゃやるぜ? でも本気でやらなきゃ意味ねぇだろ」
「……なるほど」
だから初対面のワンアンドオンリーと走らせようとハーツは言うのだ。
「確かにそれはありだ」
「トレーナー!?」
文三の言葉に思わず顔を向けるクロイツ。
向ける際の勢いに耳飾りが振り回され、チャリチャリと音を鳴らす。
「俺としてはやるのは構わんが……まぁ、クロイツ次第だがな」
「断れないやつだー」
そんなやり取りを見て肩を振るわせるハーツ。
「笑わないでくださいよ!?」
「い、いや? 笑ってねぇよ?」
「こっちを見て言って下さーい」
「んで、どうすんだクロイツ。お前次第だぞ」
「わー……断れる空気じゃないですよね〜」
「そんな事ないぞ?」
「おう。お前が決めて良いんだからな?」
と言う二人に対してクロイツは
(断れる空気じゃないよ〜)
と思っていた。
その結果
「わ、分かった分かりました! 走ります走りますよもう……」
と受ける事に。
「いやー、悪いな〜クロイツ。なんか無理強いしちゃったみてぇでよ」
「い、いや〜。そんな事ありませんよ」
と笑顔で返しつつ内心では
(絶対分かっててやってんでしょこの人!)
とキレかけのクロイツ。
だがそんな彼女にハーツは
「ま、入ったばかりの1年にお前が負けるとは思ってねぇけどな。今どれだけ走れるのか。オレのチームメイトがどんな奴か。弟子志望なら見せてやりてぇからよ。頼むぜ。クロイツ」
まるでスイッチが切り替わったかのように真面目な様子で伝える。
「え……う、うん」
その変化っぷりに怒りはどこへやら。
むしろ、そこまで頼られるのなら頑張るしかないなと気合を入れるクロイツ。
その頃ワンアンドオンリーは
「うおぉぉぉっ! 負けないッスよー!!」
トレセン学園のある府中市。
そこを流れる川の岸を走っていた。
「絶対に師匠の弟子になるッスー!」
そんな彼女を夕陽が照らしていた。
翌日。
ハーツの元に来たワンアンドオンリーに文三から、後日ローゼンクロイツ模擬レースをしてもらう事が伝えられた。
「勝てば弟子って事ですよね!」
「ん〜……あぁ。まぁな」
と目をキラキラさせながらハーツに尋ねるオンリー。
そんな彼女にハーツは雑誌の月刊トゥインクルを読みながら曖昧な返事を返す。
するとオンリーはローゼンクロイツの方を見て
「絶対負けねぇッスから!」
そう言うだけ言って部屋から飛び出して行った。
「……な、なんか。凄い人に慕われたね」
「なんでオレなんだかねぇ」
クロイツの言葉に、苦笑いのハーツなのだった。
お読みくださり、ありがとうございます。
デビューに向け、クロイツも頑張っておりまーす!
次回もお楽しみに!