6月も半ばになったある日の夕方。
タップダンスシチーやゼンノロブロイ、スティルインラブ、そして文三のチームにいるダイタクバートラム達が月末に行われる宝塚記念に向けて最後の追い込みをしている頃。
「今日はよろし」
「よろしくお願いします! ローゼンクロイツ先輩ッ!!」
学園内の練習用コースにて、ローゼンクロイツとワンアンドオンリーによる模擬レースが行われる事に。
あまりの気合に気持ちがはやり、相手の言葉を遮ってしまうオンリー。
「あ、あぁ。よろしく」
と、握手を交わす二人。
「じゃあ二人とも位置について〜」
と言うのは、話を耳にしたキングカメハメハ。
せっかくだからダービーウマ娘の私がスターターやるよとやって来たのだ。
それも当日の朝。
サプライズで。
その登場に驚く二人だったが、気を取り直してスタートの位置に着く。
デビュー前という事もあり、模擬レースの距離は1800m。
ハーツのデビュー戦より200m短く、デルタブルースのデビュー戦より200m長い。
同距離のレースとしてはきさらぎ賞、毎日王冠、中山記念等がある。
二人が並び、スタートの体勢を取ったのを確認したキングカメハメハが右手を高く上げ
「よーい……」
キングの所作に限界まで集中する。
「どん!」
その手が勢い良く振り下ろされた瞬間。
わずかにローゼンクロイツが先に駆け出した。
「お〜。盛り上がってるね〜」
模擬レースの話を耳にし、様子を見に来たのはダイワメジャー。
ダービーでは6着と掲示板を外す結果になってしまった彼女。
喉の不調から最後の直線で伸びなかったが、その事に関して彼女はトレーナーである雅弘に、喉が快調でもあのキングには届かなかったと思うと言っており、どの道負けていたと言ったそうだ。
そんな彼女だが、秋シーズンは菊花賞を狙わないと表明。
喉の事もあるが。単純に距離に対する適性から雅弘と相談した結果だった。
では何を目指すのかとなったが、次に目指すのは秋の天皇賞。
シニア級ウマ娘も参加する、芝2000mのレースである。
ただ
(彼女も目指すとはね……)
視線の先にいるのはスターターをやったキングカメハメハ。
NHKマイルとダービーを制し、変則二冠を達成した彼女。
次は菊花賞を目指すとすでに表明しており、変則三冠を狙っている。
が、その前に秋の天皇賞を目指すとも表明。
つまり、このまま行けばダイワメジャーは彼女と再戦する事になる。
(リベンジ、か……)
秋の天皇賞は距離は皐月賞と同じ2000m。
だが会場はダービーと同じ東京レース場。
ただ、距離だけで言うのならばキングが取った毎日杯も2000mである。
つまり
(相性はどっこいどっこい。いや、ダービーで勝っている分向こうの方が有利か?)
そもそもの話、キングが皐月賞を回避したのは京成杯で敗北し、中山レース場との相性が悪いと考えたからだ。
だからこそ、秋の天皇賞との相性は向こうの方が良いだろうとメジャーは考えた。
だが
(そう簡単にはいかないだろうね……)
先にも言ったが、秋の天皇賞はシニアクラスも走る。
中山記念で勝利したが、体調不良から休養中だったサクラプレジデントが秋の天皇賞を目指すと発表。
春の天皇賞では5着だったナリタセンチュリー。
宝塚記念に出走予定のゼンノロブロイも秋の天皇賞を目指すと言っていた。
今年の桜花賞ウマ娘のダンスインザムードも秋の天皇賞を目指すと言っている。
また文乃のチームに所属している、昨年のエリザベス女王杯ウマ娘のアドマイヤグルーヴも出走を目指していると表明。
このように、実力のある先輩ウマ娘達が参加するのだ。
(キングだけ見ていたら、それこそ負けるな……)
だがそれと同時に、そんな状況で勝利すれば盛り上がりは凄いだろう。
(ダービーの時は最後の直線で一瞬だけど3位までは上がれた……つまり、この喉でも上位は十分狙える)
2400mのダービーの最後の直線。
確かに彼女は一瞬だが3位にまで上がった。
距離が500m以上あるストレート。
つまりあの時点で2000mは走り切れていた。
ならば1位は十分に狙えると考えるメジャー。
(……ん?)
そんな中メジャーは見た。
わずかに。
本当にわずかだ。
注意して見なければ見逃してしまうほどわずかに。
キングの重心が、左に寄っているように見えた。
(気のせい、かな?)
そう思ったのはすぐにキングがそれを直したから。
(……気のせいか)
それはそれとして
(君との再戦も楽しみだよ)
皐月賞では圧勝した。
ダービーでは大外から抜き去られた。
1勝1敗。
(次は負けないよ。ハーツクライ)
最後に模擬レースを見ているハーツを見て、その場を去った。
「面白そうな事をしているわね」
メジャーとすれ違うように現れた一人のウマ娘。
黒みを帯びつつも明るい茶髪に赤い目をした彼女の名前はヴァーミリアンと言い、文乃のチームに所属している。
ローゼンクロイツのクラスメイトでもある。
今年中のデビューが決まっている彼女は自主トレの途中でレースの熱気を感じ、見に来たのだ。
そんな彼女が見たのは、だいぶ形にはなったがまだ少し荒削りなウマ娘と、一度も磨かれていないまだまだ原石の状態のウマ娘の模擬レース。
(……へぇ)
勝負は明らかにローゼンクロイツの方が優勢。
というより、レースを理解して走っている。
問題は、頭では分かっていてもまだ技術が追い付いていない。
そうヴァーミリアンは感じた。
対するワンアンドオンリー。
クロイツを懸命に追いかけてはいるが、差はドンドン広がっていく。
(これは決まったわね……)
だがオンリーは走る。
少しでも差を詰められるように。
その背中を追いかける。
(へぇ……やるじゃない)
まだデビュー前とはいえ、トレーナーのもとでトレーニングを積んだクロイツ。
対するオンリーは自主練がせいぜいだろう。
それでも、距離が離されても諦めないで走り続ける姿に、ヴァーミリアンは目が離せなかった。
「だぁぁぁっ! 負けたァァァッ!」
レースはローゼンクロイツの勝利に終わった。
負けてしまったオンリーはそのまま芝の上に大の字で寝転んでいた。
出せる全力は全部出した。
それで負けた。
悔いは無い。
それに、相手の方が純粋に上だった。
ただ残念なのは
(これで師匠の弟子の話は無しって事ッス……はぁ)
ハーツに弟子入りする話は白紙に。
その事が残念で仕方がないオンリー……だったが。
「おい」
頭の上の方から声がかけられた。
その声の主をすぐに理解したオンリーは
「師匠!」
すぐに起き上がった。
が
「っとと……すみません。疲れちゃったみたいで」
若干ふらついてしまった。
そんな彼女をハーツがそっと支える。
「初めから勝つなんざ思っちゃいねぇよ。お前が勝ったら、それこそクロイツの奴はトレーニングし直しになるからな。アイツはアイツで気が気じゃなかったと思うぞ」
「な、なるほど……ってじゃあ初めから弟子にする気は無かったって事ッスか!?」
「いや、そうじゃねぇよ」
「え?」
「試すような事をして悪かったな」
そこから話に加わったのは文三だ。
「まぁなんて言うかな。ファンです憧れてますチームに入れて下さいと言われて片っ端から入れていたらこっちのキャパを超えちまうからな。クロイツの仕上がりの確認がてら、お前の覚悟っていうかな。どれだけ真剣なのかを見させてもらった」
あの後詳しくハーツから考えを聞いた文三。
だからハーツはクロイツとレースをしろと先日言った時、勝ったら入れると言わなかったのだ。
ちなみにだがこの話はクロイツにもした。
オンリーのためにならないから、全力で走ってくれと。
「え、だって……」
「勝ったらなれるってお前が思い込んでただけだろ。オレはただ、走りを見て決めるとしか言ってねぇよ」
「あ、そう言えば……」
と思い出すオンリー。
「じ、じゃあテストは……」
と言うオンリーに文三は1枚の紙を見せる。
それは
「ん? 不合格の相手にチーム加入届けを見せるほど、性格捻くれてねぇよ」
合格の印だった。
「や、やったー! 師匠〜!」
感極まりハーツに飛び付くオンリー。
だがそんな彼女をハーツは右に避けるのだった。
「し、師匠〜」
「……フン」
「あ、待ってくださいよ〜」
「……本当に入れて良かったんですか。トレーナー」
「ん? あぁ。まぁ、良いだろ……」
尋ねて来たクロイツにそう返しながら、ハーツを追いかけるオンリーを見る文三。
(ま、うちも大所帯になって来たな……)
見ながら思う。
現在文三のチームにいる中でデビュー済みなのはハーツクライ、ユートピア、ダイタクバートラムの3人。
デビューを目指しているのはローゼンクロイツ、ロジック、ローズキングダム、スリープレスナイト、クラレント、そして今回加わるワンアンドオンリーの6人。
そした引退したがサポーターとして菊花賞ウマ娘のダンスインザダークとダイタクリーヴァが残っている。
「本格的にサブトレーナー探さねぇとな……」
「良い人いたら紹介しますね」
「おう。頼む……おーいワン! 戻ってこれ書けー! チーム入れねぇぞー!」
「はーい!!」
文三の言葉に速攻で戻るオンリー。
ただ
(ワン……)
(ワン?)
(ワン……)
文三のワンという呼び方、そしてすぐ戻った様子から、犬みたいだと思う周囲なのだった。
そして日は流れて6月27日。
阪神レース場にて宝塚記念が開催。
タップダンスシチー、ゼンノロブロイ、スティルインラブ、ダイタクバートラム達がターフの上を駆ける。
そのレースをメジャーは見に行っていた。
阪神レース場で行われる芝2200mのレース。
(まだ調子は戻らないか……)
彼女の視線の先にいるのはダイタクバートラム。
昨年の宝塚記念の後に負傷し、長期療養に入っていたが今年に入って復帰。
4月10日の大阪ハンブルクカップに約10ヶ月ぶりに出走するも10人中5着。
続く5月22日に行われた目黒記念では18人中6着。
(いや……距離適性、なわけないか)
と考えるメジャー。
というのもダイタクバートラムは今まで30戦近くレースに出ており、距離も様々。
最短で1400mの芝でのデビュー戦。
最長で3600mのステイヤーズステークス。
その他にも2000m〜2500mのレースにも出ている。
重賞レースにも多く出ており、今回の宝塚記念で12回目。
経験は豊かである。
だが重賞での勝ち星は昨年のGⅡレースの阪神大賞典のみ。
とはいえデビュー年に走った京都新聞杯、その翌年行われたカブトヤマ記念、去年の怪我休養直前に走った宝塚記念、そして先月走った目黒記念以外の重賞レースでは掲示板入りしている。
つまり、重賞レースでは7回は掲示板入りを果たしているのだ。
実力のあるウマ娘と言えるだろう。
だがそんな彼女でも、病み上がりの状態で勝てるほどGⅠは甘くない。
それでも彼女は意地を見せた。
15人中11着。
1着を取ったタップダンスシチーとは1.7秒差だった。
その走りを文三ももちろん見ていた。
後学のためにと来たハーツ達チームメンバーも見ていた。
チームの中ではエースと言っても良い走りをしていた先輩の惨敗。
今日のレースで29戦目。
通算23回掲示板入りを果たしており、グレードを問わないのであれば1着を6回取っているエース。
1番低くてもカブトヤマ記念の8着だった。
そんなダイタクバートラムが11着。
初の二桁順位だった。
「嘘、だろ……」
その光景にハーツはそう呟いていた。
出るからには文三もだが、なによりバートラム本人に勝てる自信はあった。
そのバートラムが先頭から大きく離されてのゴール。
「……これが、シニアクラスのレースだ」
苦虫を噛み潰したような表情で、絞り出すような声で文三が言う。
これが、来年ハーツクライが走るクラスだと。
ひと足先にシニアクラスに入ったユートピアは4回レースに出て掲示板入りは二度。
そしてまだ勝ち星を上げられていない。
昨年のクラシッククラスの時は二度勝っており、掲示板入りも7回のレース中5回果たしている。
すでに来月行われる西日本北九州記念に向けてトレーニングを始めている。
シニアクラスは文字通り、先輩後輩関係なくぶつかり合う魔境。
シニア1年目は無敗を貫いた世紀末覇王テイエムオペラオーですらシニア2年目は7レース中2回しか勝てていない。
それでも全てのレースで掲示板入りを果たしている。
絶対は無いレースにおいて、唯一絶対があると言われた皇帝シンボリルドルフ。
生涯戦績16戦13勝。
三度の敗北の内、掲示板を外したのは海外のレース。
その理由もレース中、芝コースを横切る形で存在するダートに足を取られ、さらにレース中に左脚を故障。
それでも最後まで走りきったのは皇帝としての意地だろうか。
トウカイテイオーですらシニア期は3度の黒星。
芦毛の怪物と言われたオグリキャップも6度の敗北を味わっている。
ハイセイコーだってシニア期には5度の敗北を経験している。
ルドルフ以外の三冠ウマ娘もそうだ。
シンザン、ミスターシービー、ナリタブライアン。
皆どこかで負けている。
セントライトも三冠ウマ娘だが、彼女はシニアクラスに出ていないのでここでは除外させてもらう。
それほどまでに勝つのが難しい。
今まで培って来た経験を全て投入して戦う。
それがシニアクラスなのだ。
「……怖気付いたか?」
「ア? んな訳ねぇだろ。今から勝ちに行くのが楽しみで仕方ねェ」
エースの敗北に驚愕していたが、今では目を爛々と輝かせて見せているハーツ。
(ま、こうは言っているが目下の狙いはキングだろうな)
ダービーで届かなかった相手。
次こそはとリベンジに燃えているハーツ。
(それがコイツの今のモチベーションなんだろうな……)
幸いにも来月から夏合宿が始まる。
7月と8月をまるまる使って行われる合宿は、ウマ娘達に取って成長するチャンスである。
(まぁそれは向こうさんも同じなんだが……問題は)
文三がハーツだけに集中できない事。
先にも言ったように、ユートピアが7月に行われるレースに出るのだ。
そちらを見てやらねばならない。
ので
(あの人に連絡してみるか)
と、携帯を取り出して連絡先一覧を開くのだった。
その頃トレセン学園では
「先輩! タイム良いですね!」
チームの後輩であるハットトリックに練習に付き合ってもらうウマ娘がいた。
そのウマ娘はデルタブルース。
皐月に出られず、ダービーにも間に合わなかった彼女は、最後の一冠である菊花賞に照準を定めていた。
「ありがとう。おかげで良い練習ができたよ」
「っス! 俺も先輩の走りを近くで見れて勉強になりました!」
と返すハットトリック。
デビューして3戦2勝と良い成績のウマ娘である。
「そうか。なら良かったよ。また頼むね」
「っス!」
そう言ってハットトリックと別れるデルタ。
(夏合宿でどれほど仕上げられるか……頑張らないとな)
思い出すのはルームメイトが出たダービー。
圧勝するかと思われたキングに襲いかかるように一気に駆け上がって来たハーツクライ。
(必ず追い付いてみせるから……)
先を進む友人の背に必ず追い付いてみせると違うのだった。
「はぁ、ひぃ、ふぅ……終わった〜」
と、練習コースにヘナヘナと座り込むのはハヤテエンペライザ。
今日の練習メニューを終え、へろへろのクッタクタである。
が
(遂に! 遂に夏合宿!!)
来月から始まる夏合宿が楽しみで仕方がない様子。
(可愛い水着も買ったし〜!)
デヘヘ〜と表情が崩れるハヤテ。
ちなみに彼女。
その感の鋭さを先輩ウマ娘のマチカネフクキタルに買われ、彼女の元で占い修行。
2週間の修行の後、フェスイベールを着けたりと本格的な衣装を身に纏い、シックスセンスという名前で占い師デビュー。
ただ当たる時はメチャクチャ当たるが外れる時トコトン外れる。
そのため占ってもらったウマ娘からは避けられずにデッドボールか場外ホームランと言われている。
そんな彼女に
「お疲れハヤテ」
トレーナーである諒太が声をかける。
「いや〜もうね〜。疲れちゃった〜」
「そうか。そんなお前にちょっと良い知らせがるぞ」
「良い知らせ?」
その時だった。
彼女の第六感が告げる。
この知らせは多分良い知らせだと。
だがそれと同時に悪い知らせでもあると。
彼女の
「聞いて喜べ。お前のデビュー日が決まったぞ!」
「おぉっ!?」
どうやら感は外れ、良い知らせだけのようだ。
そう思った時だった。
「デビューレースは来月。頑張ろうな!」
「……へぇ?」
デビュー戦は、7月18日の函館レース場。
「私の水着が! 海水浴が!!」
「お前夏合宿に何しに行く気だったんだよ……」
「水着。夏祭り。花火……カハッ」
「あっ、おーい。ったく……先が思いやられるな」
そう思いつつ、ここ最近の彼女の頑張りを見ていた諒太は、彼女はきっと勝利でデビューすると信じていたのだった。
多くの思いがあった。
多くの夢があった。
多くの夢が叶った。
多くの夢が散った。
そんな春シーズンは終わりを迎える。
来る秋シーズンに向けて。
夏が始まる。
お読みくださり、ありがとうございます。
ハーツのチームもだいぶ大所帯に…
そしてハヤテちゃんのデビューも決まりましたが、モデルも伝わりましたかね……
次回もお楽しみに!