ウマ娘〜想いを背負って繋いで〜   作:にゃんころもち(黒糖)

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2話〜デビューに向けて〜

 

 デルタブルースのデビュー戦の後。

 ウイニングライブを見たハーツ達は、文三が取っていた宿に来ていた。

 

 ウイニングライブというのはレースの後、そのレースに出ていたメンバー全員で行われるライブである。

 1着を取った子をセンターにして行われるもので、応援してくれたファンへの感謝のライブでもあるのでかなり重要である。

 そのため、学園の授業のカリキュラムにはライブでの歌唱やダンスの振り付けも含まれている。

 もちろん、デビュー前のハーツもしっかりその授業を受けていたりする。

 

 そんなハーツ達は宿で一晩過ごし、翌日学園へと帰るのだった……

 

 

 

 そして学園に戻り、デビューに向けてトレーニングに励むハーツ。

 月は瞬く間に変わって12月の5日。

 

「ウォラァァァッ!!」

 

 彼女は練習コースを爆走していた。

 が

 

(ふむ……)

 

 その様子を文三は苦い顔をして見ていた。

 その理由を彼はある程度考えていた。

 

(後輩達が続々デビューしている焦りか……いや、当人はそれを自覚していない。自覚していないが、無意識下での認識か)

 

 それに、と彼はある事を思い出す。

 それは12月28日に行われる有マ記念の事。

 中山レース場で行われるレースで、出走メンバーはファン投票で選出される。

 多くのウマ娘が憧れるレースのひとつである。

 

 ハーツがトレーニングをサボって見に行った皐月賞、そして6月に行われた日本ダービーを取ったネオユニヴァース。

 10月の菊花賞は惜しくも落としてしまい、三冠バとなる事は叶わなかったが、クラシック二冠バとなったネオユニヴァースはファン投票2位を獲得。

 だが彼女のトレーナーは出走辞退を発表。

 

 怪我が何かと憶測が飛んだが、トレーナーが当人も気付かない疲労があるかもしれないから念のため休ませると公表。

 それによりファン達は、怪我をするよりは全然良いよねとむしろ来年も頑張ってねムードに。

 

 こうして世間が有マ記念に向けて盛り上がる中、ハーツは自身のデビュー戦に向けての調整に入っていたのだ。

 そう、文三はついにハーツのデビューを決めたのだ。

 

 デビュー日は年が明けて1月の5日。

 それに向けてトレーニングを行っているのだが

 

(張り切ってはいるんだが……)

 

 気合いが入り過ぎており、それによりフォームが少し乱れたりと空回りが起きている。

 

(仕方ない……)

 

 そう考えた文三は手をパンッと叩いてハーツの意識を自分に向けさせて言う。

 

「今日はもう上がれ。集中できていないだろ」

 

 練習を切り上げろと。

 このまま下手にやらせて変なクセがついても困る。

 まだレースまでは1ヶ月ある。

 ずっと頑張らせるより、休ませる事も重要だ。

 

 が、

 

「まだ走れるぜ」

 

 とハーツはやる気を見せる。

 それが空回りの原因であるのだが、彼女にとってはやる気に満ちている今は調子が良いとアピール。

 どうやら彼女としては、調子が悪いから集中できていないと思われたと感じたようだ。

 

 そんな彼女に文三は言う。

 

「ここ最近走りに集中できていないだろ。今日はもう休め。明日仕切り直す」

 

 言うだけ言ってハーツに背を向け、レース場から出て行こうとする。

 が、そんな文三にハーツは言う。

 

「ま、まだやれる! オレは」

 

「今日はしまいだ。あがれ、ハーツ」

 

 それだけ言ってレース場を出ていく文三。

 その背中を納得がいかないという目で見送りながらも、練習を切り上げるハーツなのだった。

 

 

 

「……ただいま。って、いなかったな」

 

 寮の部屋に戻ったハーツ。

 普段ならば出迎える相手がいるのだが、今日はいない。

 彼女のルームメイトであるデルタブルースは今、阪神レース場で行われる未勝利戦に出るためにいないのだ。

 

(静かだな……)

 

 ポリポリと首筋を掻きながら思う。

 帰ればいつもいた。

 時折相手より先に帰って来る事もあったが、それでも相手がいてくれた。

 

 が、今日はいない。

 部屋の電気を点け、いつもより少し広く感じる部屋を見る。

 

(負けるなよ……デルタ)

 

 そう思いながら、まだ練習するウマ娘達で賑やかな外を見るハーツなのだった。

 

 

 

 翌日。

 土曜日という事もあり、彼女は早朝からコースを走っていた。

 

(……タイムは安定している。あとは)

 

 ライバルを抜き去り、置き去る速さ。

 

(いや……)

 

 その足ならある。

 

「っ!」

 

 最終コーナーを周り、スパートをかける。

 直線を駆け抜け、仮として置いておいたゴール板の前を駆け抜ける。

 そのタイミングで、彼女の走りを計測していたアルティマトゥーレがストップウォッチを止める。

 

 そのタイムを見てハーツに駆け寄り、口を開くアルティマトゥーレ。

 だがハーツにその言葉は届かない。

 

(あぁ……早く走りてぇな)

 

 ボンヤリと空を見上げながらそう思う。

 

 

 

『1着はピエナオンリーワン! ピエナオンリーワンが勝利を掴みましたぁ!!』

 

 小雨の中阪神レース場で行われた未勝利戦。

 それを駆け抜けたデルタブルースは、自分より前にゴールを駆け抜けたピエナオンリーワンを、膝に手をつきながら見ていた。

 

(っ、また……また)

 

 勝てなかった。

 

 前回は7着だったが今回は2着。

 掲示板入りしたが、勝てはしなかった。

 

 今出せる全力を出した。

 出した上で届かなかった。

 

 1着とは0.1秒差。

 たったそれだけだった。

 小さな小さな差。

 瞬きするよりも短い差。

 

 それが勝者と敗者の間に差を生む。

 

 彼女達の視線の先では、観客からの賞賛をその身に浴びるピエナオンリーワンの姿がある。

 その賞賛の言葉の中に、小さいながらもデルタブルース達への賞賛の言葉もある。

 

 よく頑張った。

 次も応援している。

 次こそ頑張れよ。

 様々ある。

 

 様々あるその言葉が、胸に突き刺さる。

 

 期待に応えられなかった。

 

 そんな中視界に映るトレーナー。

 そちらから顔ごと目を逸らし、逃げるようにターフから地下バ道へと入った。

 

 

 

「負けちゃったね……」

 

 控室に戻ったデルタに、そう声をかけるトレーナー。

 デルタはレース着から私服に着替えるため、カーテンで仕切られた更衣スペースにいるため顔は見えない。

 が

 

「あはは……向こうの方が強かったよ」

 

 声だけは返って来る。

 明るい声だ。

 

「向こうもデビュー戦で負けて、やっと勝てたんだ。すごいよ」

 

 デビュー戦で負けて4戦目。

 ピエナオンリーワンはやっと勝ったのだ。

 だからこそだろう。

 ゴールした後に全身で喜びを表していた。

 

「こんな、2戦目で勝てるなんて……甘い考えだったんだ」

 

「そ、そんな事は!」

 

 ない、そう言いたかった。

 だがその言葉をトレーナーは飲み込む。

 このレースは、勝者はいつだって一人だ。

 極々稀に同時ゴールで二人同時表彰される事もある。

 が、それは片手で数える程度の回数しかない。

 

 基本、レースの勝者は一人なのだ。

 

 それでも

 

「……でも、次は勝ちますよ」

 

 1番を目指して走る。

 諦めたりはしない。

 

 2戦目で勝てるなんて甘い考えだった。

 だが、勝てないとは思っていなかった。

 勝てないと思っていたら、最初から走ったりしない。

 

「次は……勝ってみせます」

 

 紡がれた言葉はなんら特別なものではない。

 レースに出る者が必ず抱く思いなのだから。

 

 

 

 そしてその頃ハーツは……

 

「……よし。良いタイムじゃないか」

 

 文三にタイムを計ってもらっていた。

 

「昨日とは大違いだな。一晩頭を冷やしたか?」

 

「うるせ」

 

 ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向くハーツに苦笑いする文三。

 

「悪かった悪かった。それはそうと、デルタのレースは見なくて良かったのか? 今日だろう」

 

「別に。オレが見たら勝つって訳じゃねぇ。見る暇があったら、オレはオレのできる事をやるだけだ」

 

「……そうか。なら、やれる事をしっかりやって、しっかりデビューしないとな」

 

「んな事分かってるよ」

 

 そう返しつつ、文三から受け取った水を飲んで一息つき、ボトルを返すハーツ。

 

「今日はまだ走るか? 俺としては今のタイムはかなり良いと思うが」

 

「もう一本だけ頼む。タイムがどうであれ、それで今日は上がるからよ」

 

「ん、分かった。ならラストに一本走って来い」

 

「おう……行ってくる」

 

 そう言って再び走り出すハーツを見て文三は思う。

 

 彼女は一体どんな走りをするのだろうか。

 どんなライバルと巡り合うのだろうか。

 

 そしてこうも思う。

 彼女が引退する時。

 その日まで怪我をしないで走れるように、と。

 

 

 

 そして時は過ぎ、年末の有マ記念をシンボリクリスエスが制して迎えた新年。

 

「デビュー戦勝てますように!」

 

 近所の神社はデビュー戦を控えたウマ娘による列ができていた。

 もちろんその列の中にハーツの姿は……

 

「おい、おみくじやりたい」

 

「先にお参りだ」

 

 無かった。

 おみくじを先にやらせろと突き進むハーツの腕を掴み、お参りの列へと向かおうとする文三。

 

「んだよ。おみくじぐらい良いじゃねぇかよ」

 

「やらせるから。やって良いから。とにかく先にお参りしろ」

 

「なんでだよ」

 

「なんでもだよ!」

 

 元旦からこんな調子で大丈夫だろうか。

 そう思いながらなんとかハーツを列へと引っ張る文三なのだった……

 

 ちなみにお参りの後に引いたおみくじの結果は

 

「お、大吉だ」

 

「そりゃ良かったな……」

 

 だそうだ。

 

 

 

「明日が冬休みで良かったぜ……」

 

 1月4日。

 ハーツと文三は新幹線で京都へ向かっていた。

 翌日行われるデビュー戦のためだ。

 そんな彼女は新幹線の中で

 

「まだ食うのか……」

 

「ん? 悪いか?」

 

 車内販売の弁当をすでに五つ平らげており、現在六つ目を食べていた。

 

「あ、あ〜いや。良い。食ってろ」

 

「まさか、食べたいのか?」

 

「んなわけあるか。さっさと食っちまえ」

 

「お、おう」

 

 そう返してまた食べ始めるハーツ。

 そんな彼女を見て文三は思う。

 

 食べれる時に食べておけ、と。

 

 環境の変化や緊張から食欲が落ちるという話はよく聞く。

 アスリートにとって食は体を作る生命線だ。

 そして体が仕上がっていなければ勝てるレースにも勝てなくなる。

 

(緊張して食えなくなるよりは、食えた方がマシってやつだな……)

 

 そう思いながら見る文三。

 そんな彼にハーツは尋ねる。

 

「……やっぱ欲しいのか?」

 

「いや、いらん」

 

「そうか……美味いんだけどな」

 

 そんな二人を乗せて、新幹線は京都へと向かうのだった。

 

 

 

 そしてこの日の夜。

 ハーツは京都に着くなりレース場に向かって軽く調整。

 その後宿へと向かってデビュー戦に向けてさっさと寝た。

 

 そんな夜の事だった。

 

「ついに明日か。あの子のデビュー日は」

 

 京都市内のとあるホテルの一室。

 そこに泊まっている一人のウマ娘は、ノートPCの画面を見ながら微かに笑んで呟く。

 見ているサイトは明日のデビュー戦に出るウマ娘についての特集記事。

 全部で10人出るレースの中で、彼女が見ているのはハーツクライの記事だった。

 

 そんな彼女は長い髪を縦ロールにしていた。

 その髪はオレンジに近い明るい色。

 知る人が見れば驚くだろう。

 なぜ彼女がハーツの記事を見ているのか。

 

 彼女はかつて、ジャパンカップに出走するためにイタリアから来日し、オグリキャップやタマモクロスと走り競った経歴を持つ。

 そのレース後は日本に留まって観光したりのんびりと過ごしており、現在は後進の育成にも携わっている。

 

 そんな彼女の名前はトニビアンカ。

 ハーツクライの親戚である。

 

 ようは彼女は、親戚のデビュー戦を見に京都へ来ていたのだ。

 もちろん、彼女には内緒でだ。

 

(楽しみにしているぞ)

 

 微笑みと共に彼女はPCの画面を落とし、寝坊しないように早めに寝るのだった。

 

 

 

 そして翌日。

 1月5日。

 天気は晴天だった。




お読みくださり、ありがとうございます。

次回、出走です。
お楽しみに。
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