7月。
トレセン学園の生徒は合宿先へと向かうべく、バスに乗っていた。
8月まで行われる合宿では、秋に向けてのトレーニングをするのだがそれだけではない。
近所の神社で行われる夏祭りに行ったり、それこそ海で遊んだりとイベントは盛りだくさんである。
が、一緒に来ているトレーナー陣はそうでもない。
合宿中のトレーニングメニューを考え、他のトレーナーと情報交換をしたり、それこそ合宿期間中にレースに出る担当がいるならそちらも見なくてはならない。
担当が多ければなお忙しいだろう。
そしてそのトレーナー陣の一人である文三は
(ハーツの目下の課題は足腰の強化だな……)
他のウマ娘と比べ、足腰が弱いハーツ。
そのためスタート直後に加速できず、後方からのスタートになってしまう。
(脚が強くなれば同じ後方でも前めにつける。そうすりゃ他の戦略もできるようになる)
曲がりなりにもダービー2着のウマ娘。
実力はある。
ただあの敗因を文三は、キングとの完成度の差だと考えた。
(この夏でどれほど追いつけるか、だな)
と、通路を挟んで向かいに座るハーツに視線を向ける文三。
そこでは通路側に座ったワンアンドオンリーから、お菓子やジュースはどうッスかと迫られ、鬱陶しそうにしつつも相手に悪気が無いため対応に困り、窓辺に肘をついて外を見るハーツがいた。
(まぁ、なるようになるか……)
と思いつつ、初日は1日オフにしてやるかと考えていた文三だったが……
「なぁトレーナー。こいつチームに入れて良いだろ?」
初日から文三は頭を抱えていた。
というのも、ハーツが一人のウマ娘を連れて来て先のセリフを言ったのだ。
連れて来たのは薄っすらと茶の入った黒髪のウマ娘。
皆が水着姿の中、ジャージを着ている。
「どういうつもりだハーツ。これ以上チーム増やして俺の仕事増やす気か?」
「いやだってコイツよ。みんなが遊んでる中一人トレーニングしててさ。その走りがこう……良かった」
「お前なぁ……」
「な、良いだろ?」
眉間に皺を作る文三に対し、まるで拾って来た犬を飼って良いでしょと言うような気軽さのハーツ。
だがそこに
「ダメッスー!」
ワンアンドオンリー乱入。
「自分は師匠のテストを受けて、合格してチームに入ったんス! あんたもテストを受けるッスよ!」
と、ビシッと指を突きつけて言うオンリー。
だが
「いや、あれはお前から来たからであってコイツはオレのスカウトだからテストはねぇぞ」
「なっ!?」
というハーツの言葉に、ガーンとショックを受けるオンリー。
その様子はまさに、漫画等でショックのあまり雷が落ちたような、そんな顔である。
「し、師匠からのスカウトだなんて……」
ショックからヨロヨロと立ち直るとオンリーは、キッと相手を睨み
「ぜってぇに負けねぇッスから!!」
と言うだけ言うなら、雄叫びを上げながら砂浜をダッシュして行った。
「……はぁ。アイツ、やる気だけはあんだけどな」
やれやれと言った様子の文三も気を取り直し
「まぁ、ハーツが良い走りするってんならそうなんだろうが、お前さんはどうだ? 俺のとこに来るか?」
そう、重要なのは当人の意思だ。
入れたくても当人が嫌だと言えば無理なのだから。
「ウチとしてはまぁ、それなりに人数いるから賑やかで退屈はしねぇと思うが……」
と言うと
「入ります。ぜひ、お願いします」
相手はペコリと頭を下げた。
「……分かった。じゃあ加入届け書いてもらわねぇとな。あ、そういやお前さん名前は? まだ聞いてなかったな。なんて言うんだ?」
彼女の名前は
「私はリーチザクラウン。よろしくお願いします」
頂点にて冠を頂く者だった。
翌日。
「うおぉぉぉぉぉっ! カニカニカニカニ! エビエビエビエビエビィッ!! いくら! ウニ! ラーメン! ジンギスカァァァァァンッ!!」
「勝ったらいくらでも食わしてやるぞー!!」
朝食後。
ハヤテエンペライザは諒太が見守る中、盛大に砂を蹴り上げて砂浜ダッシュをしていた。
ちなみに彼女だが、昨日はデビューまでの最後の追い込みの予定を確認するので潰されており、夏のビーチも友人と遊ぶ事も叶わなかったのである。
その分の鬱憤もと思ったが……
(いやよくよく考えたら同じ日にデビューする子だって大変なんだよね……)
と冷静になっていた。
が、それはそれこれはこれである。
諒太に、デビュー戦勝てたら北海道グルメを堪能させる事を約束させたのだ。
「ウオォォォッ! 待っていろアンコォォォォォウ!! ドリャァァァアァァァァァッ!!」
気合い十分に走る彼女。
そんな彼女を見て諒太は、きっと勝てると信じていた。
そして来る7月17日。
函館レース場で行われたデビュー戦の結果は……
「わ、私のカニが! エビが! いくらとウニが! ラーメンに、ジンギスカンが……うわぁぁぁぁぁん!」
1着はパーフェクトマッチというウマ娘。
ハヤテエンペライザは2着。
しかもクビ差で同タイムの1分53秒1という結果。
これが何バ身も離されていたら諦めもついただろう。
だが差はわずか。
悔しくて仕方がない、はずなのだが……
「俺のカニが!」
とガタイの良いウマ娘が。
「私のラーメンがぁ!!」
おとなしそうな顔のウマ娘が
「はぁ……」
やれやれといった様子のウマ娘。
3人ともハヤテのチームメンバーであり、3人ともまだデビュー前のウマ娘。
高身長でガタイが良い子の名前はファイングレイン、おとなしそうな子はソングオブウインド、やれやれといった様子を見せたのはレジネッタである。
3人とも、ハヤテの祝勝会を楽しみについて来ていたのだ。
そのデビュー戦は黒星。
よって祝勝会は無しに。
楽しみにしていた3人から負の感情の籠った視線を向けられたハヤテは
「あんた達まだデビューしてないでしょうがー!」
と返す。
が
(ん……待てよ……今日負けたって事は)
次のレースは必然的に未勝利戦となる。
そして諒太の方を見ると
来月出ようなという顔で彼女を見ていた。
つまり
「私の夏がァァァァァッ!!」
彼女が気にする所はそこだった。
「やだー! やだー! 海ー! 私の夏ー! バカンスとロマンスー!」
「ふざけた事言ってねぇで振り返りすんぞ」
レース後の控え室は惨状だった。
祝勝会が無くなった事よりも夏合宿が短くなる事を嘆くハヤテ。
「俺はデビューで勝つぞー!!」
といつか来るデビュー戦に燃えるファイングレイン。
「次は祝勝会したいですね」
とソングオブウインド。
「まぁ、勝つ子がいれば負ける子もいるって事ですよね」
と椅子に座って雑誌を眺めるレジネッタ。
そして
「誰も慰めてくれない!?」
とハヤテ。
そんな彼女達を見て
(……回転寿司ぐらい連れて行ってやるか)
と思う諒太。
なお、連れて行った結果4人とも遠慮する事なく食べた事もあり、財布がかなり軽くなったそうだ。
その翌日。
福岡県にある小倉レース場にて行われる西日本北九州記念。
GⅢに分類される距離1800mのレース。
それに文三とそのチームは来ていた。
というのもそのレースにユートピアとダイタクバートラムが出走しているのだ。
13人のウマ娘が勝利を目指して走る。
そんな彼女達が走る小倉レース場だが、登って下って下ってのコースとなっている。
高低差は3m。
3m登って下る。
最後の直線は293mと短く、坂が無い平坦な造りとなっている。
ファンによる大歓声を受けながら最後の直線を駆け抜ける13人。
そんな中で
「負けるもんかァァァァァッ!!」
先頭を走っていたメイショウカイドウをダイタクバートラムが差し切った。
勝ちタイムは1分44秒1と、レコード更新タイムだった。
2位のメイショウカイドウはバートラムとハナ差同タイム。
共に出ていたユートピアは5着という記録だった。
「はぁ、はぁ……やられた」
1番人気に推されながらも5着という結果に、苦笑いしつつも勝者を称えるユートピア。
そんな彼女の視線の先では、前走11着という敗北から1着という文字通りの返り咲きを果たし、ファンからの歓声に右手を挙げて返すバートラムがいた。
(エース復活、かな……)
今回のレースでちょうど30戦目のバートラム。
7勝をあげ、内重賞は2勝。
24度の掲示板入りを果たしている。
ユートピアのいるチームで文句無しのエースである。
そんな彼女の復活は、負けはしたが同チームのメンバーとしては嬉しい事である。
が
「……」
チームメンバーがバートラムに手を振る中、文三は腕を組んで難しい顔をしていた。
(あいつ……)
ファンに向けて右手を挙げた後、笑顔で手を振るバートラムを見て何かを思う文三。
(まだ完全には戻っていねぇか……)
昨年の宝塚記念後から長期療養に入っていたバートラム。
トレーニングを積んでレースに復帰させたが、それでも長期療養に伴う離脱期間が生んだ物は大きかった。
レコード勝ちこそしたが、文三としては今回の走りに満足していなかった。
そしてそれは、バートラムの顔からも感じられた。
(合宿でどこまで取り戻せるか……)
と文三が思うと同時に
(夏でどこまで取り戻せるか……)
バートラムも同じ事を考えていた。
彼女としては今日の走りに納得できていなかった。
確かにレコードタイムを出して勝利した。
が
(これじゃあの子に勝てない……)
あの子とは今年のダービーウマ娘のキングカメハメハ。
来年シニアクラスに上がって来た彼女とのレース天才をすでにシミュレーションしていたのだ。
会場こそ違えどキングのデビュー戦は今回の北九州記念と同じ1800m。
それで向こうのタイムは1分50秒5。
今回のバートラムのタイムより6秒1遅い。
上がり3ハロンもバートラムが34秒3でキングは35秒2と0.9秒の差がある。
クラシックでこれならば、シニアに上がってさらに磨き上げられたらどんな走りになるのか。
バートラムだけではない。
ゼンノロブロイやナリタセンチュリー、タップダンスシチー、アドマイヤグルーヴといったシニアクラスのウマ娘達も警戒している。
それと同時に楽しみでもある。
NHKマイルカップとダービーの両レースにおいてレコードを更新したのだ。
それほどまでの強者と戦える。
純粋に、ウマ娘の本能がそれを楽しみにしている。
だが残念な事もある。
取り戻せるかとあるように、彼女自身自分の力が衰えている事を自覚していた。
確かに、長期間レースから離れていた事に加え、治療のためにトレーニングを行えなかった事からパフォーマンスの低下はあるだろう。
だがそれとは別に、彼女のパフォーマンスは落ちていた。
なんて事はない。
レース中は時速70kmに迫るスピードで走るのだ。
当然、体にダメージは蓄積されていく。
それ以前に、長く走れば必ず起きる事もある。
それは、単純な衰えである。
彼女がそれを自覚したのは前走宝塚記念での事。
それまではカブトヤマ記念の8着が1番下の順位だった。
だが初めての二桁順位。
思うように走れなかった。
距離適性かと言われたが、彼女はそうは思わなかった。
なんせ彼女は1400mから3600mまで幅広く走っていたのだ。
その戦績だが
1400mは1戦0勝。
1600mは3戦1勝。
1800mは7戦1勝。
2000mは9戦3勝。
2200mは3戦0勝。
2500mは2戦0勝。
3000mは2戦2勝。
3200mは2戦0勝。
3600mは1戦0勝。
合計すると30戦7勝。
7勝のGⅠ勝利はまだ無いがGⅡとGⅢで1勝ずつ。
内掲示板入り回数は30戦中24回。
掲示板を逃した際の順位も、6着と7着が2回ずつ、8着と11着が1回ずつである。
掲示板を外した距離が苦手なのかとも考えた事はあるが、同距離で掲示板入りした事もある。
故に彼女は思ったのだ。
もう、全盛期は終わったのだ、と。
ただ、だからと言って諦める気はない。
現に今日のレースではレコード記録を出している。
まだ走れる。
走れる内は走る。
ファンにその姿を見せたい。
後輩に、ライバルに、自分の背中を見せてやりたい。
(まだだ……)
勝てなくて悔しかった時、泣きたくなった時。
いつもそこにいてくれた。
凄かったぞと言ってくれた。
次は勝てるよと言ってくれた。
惜しかったと言ってくれた。
トレーナーやチームメンバーだけじゃない。
ファンがいてくれたから走れた。
今日もそうだ。
おめでとうと祝福の言葉を全力で言ってくれるファンがそこにいる。
だから自分は
(まだ、走れる)
止まるわけにはいかないのだ。
翌日。
レースの疲れを取るためにユートピアとバートラムは1日オフに。
それ以外のチームメンバーはトレーニングメニューをこなしていた。
少し離れた所では、今度の未勝利戦では勝ってカニを食べるんだと砂浜ダッシュをするハヤテ。
そしてエビとラーメンとウニも食べるぞとファイングレイン、ソングオブウインド、レジネッタが併走している。
ハーツのチームでは、まだデビュー前のロジックとローズキングダムがいつか来るその日を目指し、砂浜ではなく波打ち際を走っている。
その様子をダイタクリーヴァがタイムを測ったりしている。
ローゼンクロイツ、クラレント、スリープレスナイトは合宿所近くにある練習コースを走っており、そちらにはダンスインザダークが見ている。
残るハーツクライ、ワンアンドオンリー、リーチザクラウンは文三と練習コースの端で話をしている。
ワンアンドオンリーとリーチザクラウンは何が得意なのかを知るために文三が見る事に。
ハーツはハーツで話があるからと呼ばれたのだ。
(話ってなんだよ……)
そう思うハーツの前をオンリーとクラウンが走り抜ける。
文三に少し待っていろと言われていた彼女は退屈で仕方がないといった様子。
(走りてぇ……)
そう思いながら二人を見ると同時に、デビュー前の事を思い出す。
デビューしてから、レースに出るようになってから忘れていたこの感じ。
あの頃の焦ったさを懐かしく思ってしまうぐらいに、自分にとって走る事は当たり前になっていたのだろう。
そう思うハーツ。
と、その時だった。
「お、来たか。ハーツ」
「ん? なんだよ」
「待たせて悪かったな。今日からお前は別メニューでやってもらう」
「は? オレだけ? なんで急に」
というハーツの言葉の途中で
「久しぶりだな。ハーツ」
一人のウマ娘が姿を現した。
「え? あっ……」
その相手を見て一瞬固まるハーツ。
「な、なんでここに」
長く、縦ロールをかけた髪は鮮やかな朱色。
瞳は若草を思わせる色を宿している。
かつて欧州王者と呼ばれ、イタリア代表としてジャパンカップに参戦し、オグリキャップやタマモクロスと激突した経歴のウマ娘。
そのレースの後は日本に根を下ろし、後進育成のために日本でもトレーナーとして活動するための資格勉強をしていた。
そんな彼女だがハーツの親戚であり、文三から連絡を受けて手伝いに来たのだ。
役職的には文三のサポートなのだが、正規のチームメンバーではないので外部招集サポーターといった感じである。
そんな彼女を見てハーツは全てを察する。
察したうえで文三にこう尋ねる。
「な、なぁ……さっきオレは別メニューって言ったけど、まさか」
「ん? おう。お前はしばらく、トニビアンカさんに見てもらう」
予想通りの答えにハーツは
「嫌だァァァァァッ!」
ダッシュで逃げ出した。
が
「ほう。早速走りを見せてくれるのか。良いぞ……」
ダッシュで追いかけたトニビアンカにすぐに捕まるのだった。
ジャージの襟を掴まれ、ズルズルと引き摺られて連れ戻されたハーツは
「い、嫌だ! 嫌だァ! トニビアンカさんのトレーニングは嫌だァ!」
「安心しろハーツ。頼まれたからには手を抜かんから」
「だから嫌なんだァッ! 妥協ってもんをアンタ知らないんだもん! 嫌だ! 嫌だァ!」
イタリアにいた時から指導者としても優秀だったトニビアンカ。
厳しくも優しく、大胆で繊細に。
具体的でありながら抽象的にも。
その相手によって適した指導を行える彼女。
故に文三は、キングを超えたいハーツにとって最良のトレーニングをしてくれると判断したのだ。
が
「離せぇ! 離せぇ! オレにはまだ! やる事があるんだぁ!!」
(あそこまで嫌がるハーツ。初めて見たぞ……)
文三的にハーツはまだ素質が眠っている。
その素質の高さは、目覚めればトップを狙える程だと彼は思っている。
つまり
「……あ」
相手に適した指導をするトニビアンカ。
高い素質を眠らせているハーツ。
つまり
(……うーん。がんばれハーツ)
その素質を目覚めさせるために、トニビアンカはきっと頑張るだろう。
その指導を受けるハーツに頑張れよーと応援をする文三。
「この私が、必ずをお前を強くしてやる」
「嫌だァァァァァッ!!」
「安心しろ。身内だからって手は抜かんから」
「話噛み合わねェ! ここまで噛み合わねェ事ってある!? あるんだね! ありましたよ!」
軽く現実逃避に入るハーツ。
そんな彼女をコースの外からキングカメハメハが静かに眺めていた。
お読みくださり、ありがとうございます。
ハヤテちゃんのモデルはシックスセンス。
04年から活躍した馬です。
ハヤテエンペライザは友人がいろいろと考えてくれまして。
それを元にいろいろと足したり引いたりして生まれました。
名前の意味はハヤテが和をイメージ、エンペライザの部分はエンペラー(皇帝)と昇るという意味のライズ(rise)を組み合わせたそうです。
占い師のキャラ付けはエスペランザ(希望)という単語がエンペライザに似ていたので……付け加えちゃいました。
ハチャメチャ展開が続きますが、入れられる内に入れておけと……私の勘が告げるのです。
次回も、お楽しみに。