9月20日。
「……まぁまぁ、かな」
兵庫特別に出走したデルタブルース。
結果は5着。
初めての2500m。
今まで走った中で最長だった2400mより100m長いレース。
タイムは2分33秒ジャスト。
1着とは0.8秒差。
上がり3ハロンのタイムは37秒6。
ちなみに2500mは有マ記念と同じ距離。
昨年有マ記念を制し、連覇を果たしたシンボリクリスエスの上がり3ハロンタイムは35.3秒。
ダイユウサクが同じく35.3秒。
トウカイテイオーが35秒ジャスト。
スペシャルウィークを下した際のグラスワンダーが34.6秒。
イナリワンが35.8秒。
ナリタブライアンが34.8秒。
こうして見るとデルタの上がりのタイムは早くなく見える。
だが良い。
(初めての2500……走ってみたけれど、100メートルの差は意外と大きい)
梅花賞や青葉賞より100m長かった今回。
敗北こそしたが、掲示板に入れた事。
そして初の中長距離でペース配分の目安は分かった。
だから
(次は勝つ……)
負けないではなく、勝つ。
そう誓うのだった。
デルタブルース。
ハーツクライのルームメイトで高等部所属。
戦績は9戦2勝。
勝ちの内訳は未勝利戦と5月の特別レースの2回。
9回走って掲示板を外したのはデビュー戦と青葉賞の2回だけ。
それ以外は2着が2回、4着が2回、5着が1回というもの。
実力はあるとトレーナーである鈴墨は考えていた。
単純に距離適性の問題なのか、はたまた共に走ったライバルの実力が上だったのか。
それとも自分の指導が間違っていたのか。
そう思う時もあった。
なんせ勝たせてあげられないのだから。
夢だったクラシック三冠の内、皐月賞とダービーを走らせてあげる事ができなかった。
だが、先輩であるタナベの言葉を受けて長距離トレーニングを始めた所、彼女は良い走りをした。
単純に距離適性の問題だったかと考えた鈴墨は今回の兵庫特別に彼女を出した。
2500mは長距離に分類される。
故に、長距離に慣らすために出したのだ。
結果は5着だったが彼女の顔を見ると何か掴めたものがあった事を察する鈴墨。
(さて、こっから忙しくなるな)
次のレースはもう決めてある。
10月2日。
菊花賞と同月に、中山レース場で行われる九十九里特別。
距離2500の芝のレースである。
それに勝てればポイント等で菊花賞に出る道が開かれる。
(負けんなよデルタ。俺も頑張るからよ)
と、早速トレーニングメニューを考える鈴墨なのだった。
そして翌日の9月21日。
翌週の26日に神戸新聞杯を控えたキングカメハメハが走るコースを、デルタは眺めていた。
彼女にとってもキングは超えたい壁だ。
まだ競い走った事は無いが、その走りを見た事はある。
見ただけで分かる。
彼女は強いと。
本能が理解してしまう。
ダービーレコードを出した彼女と走ったら自分はどう走るだろうか。
何度も何度も頭の中でシミュレーションした。
その全てで負けた。
毎日杯、マイルカップ、ダービー。
全てで追い付けなかった。
だがそれがなんだ。
このまま順調に行けば菊花賞で勝負できる。
彼女はどうか分からないが、デルタは長距離に適性がある。
だがそれでも、デルタは油断していなかった。
キングはまだ長距離を走っていないから、長距離に適性をどう走るか分からない。
もしかしたら、自分以上の走りをするかもしれない。
そんな事をデルタは考えていた。
それと同時に、長距離が苦手な可能性もあると考えていた。
だが、たとえ苦手でも菊花賞に出るだろうとも考えていた。
なんせ彼女は変則二冠を達成し、三冠を目指す挑戦者。
だがそれと同時に、三冠を阻もうとする数多いるライバルに挑まれる者。
挑む者であり、挑まれる者でもあるのだ。
そしてなにより、最強の大王として戦わずして負ける事はしないだろう。
苦手だからと戦わずに変則二冠止まりになるよりも、戦って負けての変則二冠を選ぶだろう。
そう考えていた。
自分が挑戦される側ならそうする。
苦手だから出ないで変則二冠のウマ娘として歴史に名を刻む。
もちろんそれはありだ。
だが本能がそれを拒む。
ケガをしたわけでもない。
出る事は可能。
ならば出て、ライバルの挑戦を受けたい。
自分が挑む偉業。
それを阻もうとする者達がどのようなウマ娘なのか。
知るには共に走るのが一番だから。
現にキングは菊花賞に出ると表明している。
さらにその前は秋の天皇賞と神戸新聞杯に出ると言っている。
つまり
(迎え討つ気満々だね……)
トレーニングの様子からもそれは見て取れる。
目の前に迫った神戸新聞杯で勝つため、真剣な眼差しでトレーニングをしている。
今回彼女が競うウマ娘は7人。
前走ラジオNIKKEI賞にて1着を取ったケイアイガード。
前走ダービーにて10着となり、リベンジに燃えるグレイトジャーニー。
毎日杯以降しばらく休んでいたが、今回から復活するラバグルート。
前走阿寒湖特別ではハナ差で6着となったチキリサンサン。
前走特別レースで3着と調子が良いマイネルマグナート。
ヒカリデユールメモリアルレースにて3着のメイショウハヤボシ。
そして前走ダービーにてキングに1バ身半差で2着となったハーツクライ。
その7人の挑戦を受けるキングカメハメハ。
(凄い……)
緊張を感じさせない。
ただただ、目の前のレースで自分の走りをする事だけを目的に、トレーニングをこなすキング。
そんな彼女とデルタの視線がぶつかった。
「……一緒に走る?」
唐突な併走の誘い。
その誘いにデルタは……
(これが、ダービーウマ娘の走りなの!?)
デルタの前を走るキング。
その背を追いかけるデルタ。
初めは普通に併走をしていた。
が、最後はキングの背を見せられていた。
ハーツクライが追いかけた背中。
ダイワメジャーが追いかけた背中。
あの日、17人のウマ娘が追いかけた背中を、デルタも追いかけていた。
「流石ダービーウマ娘……速いね」
「そう言うそっちこそ。そこまで離されなかったじゃない」
キングの言葉に苦笑いするデルタ。
確かにそこまで離されはしなかった。
でも付いて行くので精一杯だった。
「……ねぇ。本当に菊花賞に出るの?」
「もちろん。変則三冠を狙っているからね。出るよ」
「でもあなたは」
併走して分かった。
キングは
「多分、長距離が苦手でしょ」
デルタの言葉に、今度はキングが苦笑いする。
「あなたは多分、マイルと中距離……ダービー取れたから中長距離ぐらいが合っていると思うけど」
「うん、そうね。それは私も思った」
デルタの言葉に頷きながら、コースの外へと出るキング。
「確かに私は、長距離は走れはするけれど向いていないんだろうね」
そのままコースの外に置いておいたボトルを手に取る。
「なら、どうして出るの?」
勝てるか分からないレースに何故出るのかと尋ねるデルタに、キングはこう返す。
「んー、そうだね。私ってさ、みんなが思うほど凄いウマ娘じゃないんだよ」
その言葉にデルタは、何を言っているんだと思った。
が、そんな彼女にキングはこう続ける。
「私がここまで走れたのはトレーナーさんや、チームメイトのみんな。それとファンの皆さんの応援のおかげなんだよ。とても、私一人じゃ走り続けられなかった。だからこれは、恩返しっていうのかな……応えたい。そう思ったら不思議とね。走れるんだ」
一人の力じゃダメでも、みんなが支えてくれるから走れる。
自分とみんなの力を合わせて100にする。
そしてゴールを目指すのだと言う。
「私自身は特別じゃないし、凄いウマ娘でもない。特別にしてくれたのはファンのみんなやトレーナーさんだし、凄いウマ娘にしてくれたのもそう。だからね」
スッと目を細めて言う。
その時デルタは、キングから発せられる空気が変わるのを、雰囲気が変わるのを感じた。
「みんなが望む限り、私は最強の大王であり続ける。挑戦者がどれほどいようと。どれほど苦手なレースでも。私は勝ち続ける」
そして、と言って続ける。
「私の負けはたった一度のみ。京成杯のあれだけ。それ以上増やしはしない」
この後は無敗を。
全勝であり続けると宣言する。
だから
「菊花賞。楽しみにしているよ。私は変則三冠を取って、その後の秋の天皇賞に出る。そしてジャパンカップと有マ記念にも出る。そしてその全てで勝つ」
その宣言にはキングの覚悟にも近い意志を感じた。
そもそもこのキングの宣言。
菊花賞に出て秋の天皇賞にも出ると言うのはかなりハードなものだ。
というのもこの年の菊花賞が開催されるのは10月24日。
そして秋の天皇賞は10月31日。
翌週なのだ。
つまりキングは宣言通りに走るとなると、2週間連続で走る事になるのだ。
さらに11月28日のジャパンカップで世界から集まった競合と戦い、12月26日の有マ記念ではファン投票によって選ばれたウマ娘達と競い合う。
しかも天皇賞、ジャパンカップ、有マ記念はシニアクラスのウマ娘も参加するため、レベルがグッと上がる。
にも関わらず、迷う事なく出ると言い切るあたり自信があるのだろう。
「勝つ自信があるんですね」
「……まぁ、ね。期待には応えたいしさ。それに」
「……え?」
それにの後。
キングは何かを言っていたが、その時ちょうど吹いた風が言葉をかき消してしまった。
「あの……」
「そろそろ練習に戻るよ。レースで一緒に走れるの。楽しみにしているよ」
「あ、ちょっ」
デルタの言葉を聞かず、言うだけ言うや次のトレーニングメニューのために移動してしまうキング。
(なんて言っていたんだろ……)
とデルタが思うと同時にキングは思い返していた。
(そう……うん。そうよ)
それは
(走れる時に、走りたいもの)
風にかき消された言葉だった。
「……もう一回、言ってくれる?」
その日の夕方。
チームのトレーナー室に戻ったキングは、北原の言葉に思わず尋ね返していた。
「……すまない。キング」
重い口を開け、北原が言ったのは
「秋は、天皇賞とジャパンカップを狙う。菊と有マには、出ない」
「ッ!?」
それはキングの変則三冠を諦めるというものだった。
「あ、あはは。冗談キ」
「冗談なんかじゃない。本気だ」
「……」
キングの言葉を遮ってまで言い切る北原。
「り、理由を聞いても良い、かな?」
キングがそう言うと北原はファイルをテーブルに広げて話し始める。
専門的な単語もいろいろ出しながらの説明。
突然の菊花賞と有マ回避に動揺しつつ、それを表に出さないように努めていたキングがなんとか理解できた内容。
菊花賞は距離適性的に不向きすぎる事。
そして有マは京成杯で敗れた中山は、皐月賞を回避するほど相性が悪い事。
その2点から出走回避を判断したと北原は言ったのだ。
「で、でも……もしかしたら、克服できているかもしれないじゃない」
みんなが支えてくれた。
ベルノ達チームメンバーもトレーニングを手伝ってくれた。
なにより負けたあの頃より自分は成長していると言うキングに北原は静かにこう言う。
「これは、もう決めた事だ」
「そんな……」
「お前の言うように、もしかしたら克服しているかもしれない。走り切れるポテンシャルもあるかもしれない。でも、俺ではそれを引き出せない。今の俺では、無理だ」
「夏前に……ダービーの後の祝勝会で、プラン練らないとって言ってたじゃないですか!」
「キングちゃん!」
思わず北原の上着を掴んでしまうキング。
それを止めようとするベルノをオグリが右腕を前に出して止める。
「オグリ、ちゃん?」
どうして止めるのと言うようにオグリを見るベルノ。
だがそのオグリの表情を見て理解する。
「私に、戦わずして負けろと言うんですか……」
北原を揺さぶる。
「私に、勝負から逃げろと言うんですか!」
もう一度揺さぶる。
「私が! 三冠取る所を見たくないんですか!」
「見てぇよ! 見てぇに、決まってんだろ……」
北原の言葉に手を離し、ヨロヨロと後ろに下がるキング。
「あっ……っ……」
「キングちゃん!」
そのままトレーナー室を飛び出し、走って行ってしまうキングとそれを追いかけるベルノ。
「……ちくしょう。見てぇに、決まってんだろ」
そのまま椅子に座り、項垂れつつも額に手を当ててこぼす北原。
分かっていた。
一番ショックを受けるのはキングだって。
祝勝会で応援すると決めたのに。
トレーニングの様子やノベル達から聞く様子から、キングは長距離に向かないと分かった。
だから、せめて自分の口から言う事にした。
それが、ただただ彼女の夢を応援すると決めていた、自分なりのケジメだと思ったから。
でも
(本当は出て欲しい……走らせてやりたい。でも)
勝てるか分からないレースに出して。
ファンの前で負けさせたくない。
出なければファンはがっかりする。
それも十分理解している。
だが、負ける姿を見せるよりかは良いと思っている自分もいる。
「……くそっ」
静かに。
静かに呟く北原を見て、甥の様子を見に来ていた叔父の六平は静かに部屋を出て行った。
が、それと入れ違いになるように
「あの〜、すみませーん」
明るい茶髪のウマ娘がドアを静かに開けた。
かと思いきや
「チームに入れてくーださーい!!」
黒と茶の混ざった髪に立派な流星を持ったウマ娘が茶髪のウマ娘を押し退けるようにして入室するや、元気いっぱいの声でそう言った。
「……えっと」
だがその元気とは真逆の空気の室内に、一瞬言葉を探す流星のウマ娘。
右耳に根元が緑で先端に行くにつれて赤くなっている、鳥の羽を思わせる耳飾りをつけている。
「あっ、私の名前はフサイチホウオーって言います! よろしくー!!」
「あー、えっと……うん。ちょっと待ってね」
突然の自己紹介に呆気に取られつつ、北原はなんとかスイッチを切り替える。
「えっと、そちらは?」
「あっ、私はブエナビスタと言います!」
茶髪のウマ娘。
両耳に黄色の耳カバー、黄色と茶のチェッカー柄のカチューシャを付けている。
頭の両サイドで三つ編みをそれぞれ作っており、お辞儀に合わせて揺れている。
「このチームに私達を入れて下さい!」
と、もう一度頭を下げるブエナビスタとフサイチホウオー。
そんな二人を見て北原は
「と、とりあえず座って。えっと……加入届けどこにしまったかな」
久しぶりのチーム加入者に嬉しく思いつつ、キングの事もあってか曇った表情の北原。
だがそれを加入届けを探すフリをして、ブエナビスタとフサイチホウオーには見せないのだった。
「ったく。ここにいたか」
「六さ……ろっぺいさん」
「
夕陽が空を茜色に染める頃。
場所はトレセン学園のある府中市を流れる多摩川。
その河川敷と土手を繋ぐ階段に座り込んでいるキング。
その隣に、彼女を追いかけて来た六平が座る。
ちなみにだがノベルはなんて声をかけたら良いか分からず、近くの木の後ろに隠れていた。
彼女の顔はほんのりと赤い。
きっと夕日のせいだろうと、六平はサングラスの隙間から彼女を見る。
「……アイツの言う事は」
「分かっています。私の事を思っているって。ファンの皆さんの事を考えているって。でも……でも」
膝を抱えるようにして座り、その膝に額を押し当てるようにするキング。
そんなキングに六平はこう言う。
「知っているとは思うが、アイツはオグリのトレーナーを一度降りている。いや違うな……良い言葉が見つからねぇな」
そう。
北原は一度オグリキャップのトレーナーを辞めている。
オグリが笠松から中央に移籍する際の話だ。
当時北原は中央でのトレーナー資格を持っておらず、資格を持っている叔父の六平にオグリを託したのだ。
「知っています。その後すごく勉強をして資格を取ったって」
「あぁ。何回か落ちてるけどな。でも最終的にアイツはオグリの所に追い付いた。んだけどな……」
それはオグリが二度目の有マ記念を終えた後の事だった。
「あの時にアイツが来てなきゃ、どうなっていたか……」
その後の戦績を思い出し、苦い顔をする六平。
当然キングもその事は知っている。
地方から中央に移籍し、異例の活躍をしたオグリキャップはファンが多かった。
ダービーに出してくれと、とある記者の煽動こそあったが署名も大勢がした。
その結果、後年にクラシックの追加登録制度が生まれる事になり、世紀末覇王テイエムオペラオーが皐月賞に出走したりした。
当然、ファンが多ければ期待も多い。
北原がオグリの元に辿り着いた時には、それはもう凄かった。
「ファンからの期待は時に凶器になるからな……」
勝てばウマ娘が褒め称えられる。
負ければトレーナーの指導のせいにされる。
当時大人気だった、文字通りスーパーアイドルウマ娘だったオグリに対する期待は相当だった。
「……でもオグリ先輩は」
「分かってるよ。お前の言いたい事は。引退した年の有マ記念だろ?」
前走菊花賞3着のメジロライアン。
前走秋の天皇賞2着のメジロアルダン。
ヤエノムテキやミルワカバといったライバルも多く出た有マ記念。
当時オグリは終わったと言われていた。
負ける所を見たくないと言うファンもいた。
もう走らせるなと言うファンもいた。
結果、その年の有マ記念を最後にオグリはトゥインクル・シリーズを引退する事となった。
その結果は……
「神様ってのはいるもんだな……」
「……私も、そう思いました」
「話を戻すけどよ……アイツの中じゃ、あの時の光景を忘れられねぇんだろうな」
担当ウマ娘が、ピークを過ぎて終わったと言われた事。
負ける所をもう見たくない、見せないでという言葉。
もう走らせるなという言葉。
「自分は耐えられてもよ、ファンから終わったなんて言われる事の辛さは俺達にゃ分からねぇ。それが分かるのは言われた本人だけだからな」
「……私は別に」
終わっていないと言いたいキング。
だが違うと思って言葉を飲み込む。
「おめぇは賢いからよ。平気なフリしちまうだろ。平気なフリしてよ、一人になってこっそり泣いたりとかすんだろ」
「べ、別に泣いたりとかは」
「良いんだよ。泣いて。泣きてぇ時はよ。泣いて良いんだ。最強の大王だなんだ言われてもよ、お前はキングカメハメハ。一人のウマ娘なんだからよ」
「でも……でもファンの皆さんは」
「お前のファンは、お前がちょっと休んだら離れちまうような奴らなのか?」
「そんなはず……ない、と言いたいです」
「なら良いじゃねぇか。無理して走って目の前で怪我されたり、後になって怪我してましたって分かる方がファンは辛いってもんだ」
「……」
「まぁ、俺達としてはお前に感謝してんだぜ」
「え?」
思わず顔を上げるキングに六平は言う。
「オグリが走れなかったクラシックでお前とプレンティが走ってくれた」
プレンティとは北原のチームに所属するザッツザプレンティというウマ娘。
キングのダービー祝勝会の時は外せない用事があって不在だった。
現在は右脚の屈腱炎の治療のためにチームから離脱している。
「プレンティが菊花賞を。お前がダービーを取ってくれた。アイツがオグリと見たかった景色を、お前達が代わりに見せてくれたんだ。アイツに代わって言わせてくれ。ありがとうな」
それは心の底から出た本音だった。
本当ならばオグリと見たかった景色。
オグリに見せてあげたかった景色。
それを代わりに叶えてくれた。
だからこそ言う。
「もう、無茶はすんな」
全て知っていた。
勝つために、北原が用意したメニュー以外にも自主トレをしていた事。
かなり自分を追い込んでいた事を。
「確かにお前さんは強い。それは認める。だがな、もしそれが原因で怪我をしたら、アイツはきっとこう思う。あぁ、俺は信頼されていなかったんだ、ってな」
信頼されていないから自主トレされてしまうのだろうと。
「そ、そんな事! 私はトレーナーを信頼して」
「分かってるよ。なら、アイツの言葉を聞いてやってくれ」
信頼しているのなら、今回の2レース回避を聞いてやれと。
「アイツは決して、お前達を蔑ろにするような奴なんかじゃない。それは俺が叔父として、トレーナーの先輩として保証する」
「……
「ま、後でアイツは説教だけどな」
「え?」
どっこいせと言いながら立ち上がる六平をキョトンとした顔で見上げるキング。
「だってそうだろ。お前のトレーナーはアイツだ。今俺が言った事。本来ならアイツが言わなきゃなんねぇんだぞったく……まだまだ鍛えてやらねぇとな」
頬を掻きながら言う六平。
「まぁだから、なんだ。アイツの事。頼むぞ」
その言葉にキングは
「……はい。分かりました」
と返した。
そんな彼女に六平は思い出したかのようにある物を差し出す。
「そうだそうだ。これを渡そうと思ってたんだ」
差し出したのは1通の便箋。
それを受け取り、誰からだろうと名前を確認すると
「この人……」
北原の前の担当トレーナーからだった。
「あ、あの」
「読んでやれよ。もちろん、俺は中身を知らねぇからよ」
そう言われ、便箋を開けて中を確認するキング。
そこに書かれていたのは、前のトレーナーからの言葉だった。
今はもっと良い指導ができるトレーナーになるように、祖国イタリアで勉強をしている事。
キングの走りは中継で見ている事。
ダービーレコード更新に対するお祝いの言葉。
そして最後に、怪我をせずに健康に走り続けて欲しい。
君の活躍をイタリアから願っていると書かれていた。
「……」
「……お前の事を思っている人は大勢いるって事。忘れんなよ」
「……はい」
その手紙を胸に抱くようにした、キングは頷いた。
その後キングは六平とノベルと共に北原の元に戻り、菊花賞と有マを諦めると伝えた。
その代わり
「神戸新聞杯で勝って、その次の秋の天皇賞を絶対に取りますから」
と、自身に満ちた目で宣言。
それに対して北原は申し訳なさそうな姿から一変。
力強く頷いて返すのだった。
そんな二人を
「あれがキングカメハメハ先輩……」
「本物近くで見ちゃった……かっけぇ」
新しくチームに入ったブエナビスタとフサイチホウオーが見ていた。
お読みくださり、ありがとうございます。
託し託され引き継がれていく想い。
彼女の想いは果たして誰に引き継がれるのか……
次回もお楽しみに……