ウマ娘〜想いを背負って繋いで〜   作:にゃんころもち(黒糖)

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25話〜まだ私は。またオレと。〜

 

 9月26日。

 中山レース場控え室。

 

(……喉、良し)

 

 体操着に着替え終わったダイワメジャーは椅子に座って喉の調子を確認しつつ、時間が来るのを待っていた。

 

 絶好調とまではいかないが、レースを走り切れると判断できるほどには良かった。

 

(トレーナーの許可も出たし、ね)

 

 そもそもトレーナーである雅弘が許可を出さなければ、彼女はここにいない。

 その雅弘はすでにスタンドにおり、レースの時が来るのを待っている。

 

(……必ず勝つ)

 

 共に走る8人のライバルに負けるつもりはない。

 そして、母と姉が取れなかったGⅠレースをたくさん取りたい。

 そして妹のダイワスカーレットに、姉の凄い所を見せてやりたい。

 そのためにもこのレースで勝って、次の秋の天皇賞をのはずみにする。

 

 秋の天皇賞はキングカメハメハも出走を目指していると発表している。

 ダービーでは喉の不調もあってか逃げ切られた。

 そんな皐月賞ウマ娘の自分とダービーウマ娘のキングが再びぶつかればさぞ盛り上がるだろう。

 

 だからこそ、ここで負けたくはない。

 

(……時間か)

 

 そろそろ出走の時間だ。

 控え室を出て地下バ道を進む。

 

 そこには共に走るライバルが姿を見せている。

 全員やる気に満ちており、1着を取るという強い意志を感じる。

 もちろん本気で行くからには、メジャーに一切遠慮はしないという思いもヒシヒシと伝わってくる。

 が

 

(上等。そうでなくっちゃ勝つ意味が無い!)

 

 獰猛とも言える笑みを浮かべ、彼女はターフへ続くスロープを上った。

 

 

 

 その頃阪神レース場では

 

「ようキング。今日はよろしくな」

 

「こちらこそ」

 

 神戸新聞杯に出るハーツとキングは地下バ道を歩いていた。

 今日こそ自分が勝つ。

 キングに背中を見せつけてやると気合十分のハーツ。

 

 対するキングはその挑戦を受けて立つと言わんばかりに自信たっぷりである。

 そんな二人を横目に今日の主役は自分だと、共に走る6人のウマ娘がスロープを上って行った。

 

 

 

 場所は戻って中山レース場。

 出走するウマ娘達が次々とゲートに入っていく。

 

 今回出走するのは9人。

 その内7人が先輩である。

 1枠1番にはトウカイオーザ。

 GⅡレースのアルゼンチン共和国杯、大阪ハンブルクカップで白星をあげている。

 

 2枠2番の子はマーベラスダンス。

 阿賀野川特別、天の川ステークスにて白星をあげている。

 

 3枠3番にはウインジェネラーレが入る。

 晩秋特別、冬至ステークス、GⅡレースの日経賞に勝利している。

 

 4枠4番はトーセンダンディ。

 前走ではGⅢレースの新潟記念に出走。

 6番人気ながらも3着と好走。

 その他にダートで2勝、芝レースで5勝している。

 

 5枠5番にスーパージーン。

 前走はトーセンダンディも出た新潟記念。

 そこで1着を取っている。

 重賞での勝利はまだその新潟記念だけだが既に7勝している。

 

 6枠6番はグラスエイコウオー。

 前走はスーパージーンが勝った新潟記念。

 そこで7着を取っている。

 デビュー戦とその次のオキザリス賞、翌年12月に行われた師走ステークスに勝って以来なかなか勝ち星をあげられておらず、久しぶりの1着を目指している。

 

 そして7枠7番にダイワメジャー。

 

 8枠8番はトレジャー。

 前走はタップダンスシチー、ゼンノロブロイ、ザッツザプレンティ、スティルインラブ、ダイタクバートラムも出た宝塚記念。

 結果は13着だったがその前走であるGⅡ目黒記念では1着とクビ差同タイムでの2着。

 初の重賞勝利を目指している。

 

 そして最後の9枠9番はハイアーゲーム。

 ダービーにて3着、青葉賞にて1着。

 青葉賞ではデルタブルースやホオキパウェーブと競い合って勝利。

 上がり3ハロンで33.7秒と17人中最速の末脚を繰り出し、タイムも2分24秒1とレコードタイムを叩き出している。

 その事もあってか、今回のレースでは1番人気となっている。

 

 ちなみに2番人気は皐月賞ウマ娘のダイワメジャー。

 3番人気は日経賞制覇者のウインジェネラーレとなっている。

 

(やっぱりスカーレットはいないか)

 

 そんななか、ゲートに向かう途中スタンドに妹がいない事を確認したメジャーは、少し寂しそうな顔を見せた。

 

 北原のチームにいるダイワスカーレット。

 彼女はキングの応援のため、阪神レース場にいるのだ。

 一応ベルノが、メジャーの応援に一緒に行こうと言ったのだがスカーレットは、アタシの応援がなくてもお姉ちゃんは勝つわと言って断ったのだ。

 その言葉から、彼女の中での姉に対する信頼の高さが伺える。

 そんな彼女の夢は、いつか姉とレースで走る事。

 そして勝つ事である。

 

 彼女にとって姉はすでに、超えたい壁なのである。

 

 そんな目標にされているメジャーのオールカマーが始まった。

 

 スタート後はスタンド前の直線をそのまま駆け抜ける。

 そして1周してゴールである。

 2200mを駆け抜けるこのレース。

 まず先頭に立ったのはトーセンダンディ。

 続いてメジャー、スーパージーンが追いかける。

 

(うん……息は乱れていない。これなら行ける)

 

 前を走るトーセンダンディの背を見ながら、皐月賞の時のようにラストスパートで横を駆け抜けてやろうかと考えるメジャー。

 だがそう上手くいかないだろうなとも考えていた。

 なんせ今回出ている9人の内、メジャーとハイアーゲーム以外の7人はシニアクラスのウマ娘。

 レースの経験値が圧倒的に違う。

 さらに言えば皐月賞の走りからメジャーは先輩から警戒もされている。

 当然、マークをされている。

 

(こっちとしては、皐月賞ウマ娘としての意地がある!)

 

 先輩相手でもそれは変わらない。

 むしろ胸を借りるつもりで全力で走るメジャー。

 そんな彼女達の1000mの通過タイムは1分1秒3。

 レースの展開にもよるが、200m(1ハロン)を約12秒前後で走る彼女達からすれば1000m通過タイムは大体1分前後。

 今回のタイムはほぼ平均ぐらいだろう。

 ちなみにだが、彼女達の先輩であるツインターボが大逃げに大逃げをかまして逃げ切った際のオールカマーの1000m通過タイムはなんと59.5秒だったりする。

 

 そんなレース展開の中で先は譲らないと言うように、第4コーナーまで2番手を死守するメジャー。

 そして全員が最終直線へと飛び込んだ。

 

(絶対に逃げ切る!)

 

 まずスパートをかけたのはスタート直後から先頭を走り続けたトーセンダンディ。

 ここまで先頭を走り続けてさらにスパートをかける。

 そのスタミナは凄まじいものだろう。

 

 それを見てメジャー達もペースを上げ、ダンディを追い抜かんとする。

 

 が

 

「っ!? カ、ヒュッ……」

 

『おっとどうしたー! ダイワメジャーが! ダイワメジャーが沈んでいく! 伸びない! 伸びない!! どんどん沈んでいくー!!』

 

 最悪のタイミングで、喘鳴症の症状が出た。

 息を吸っても吸っても吸えない。

 足に力が入らず、転ばぬように走るだけで精一杯な彼女を一人、また一人と追い抜いていく。

 

 皐月賞ウマ娘のそんな姿に実況が叫び、スタンドのファン達の一角から悲鳴が上がる。

 

(クソッ……まだ、まだ終わっちゃいない!)

 

 まだレースは続いている。

 310mの最後の直線。

 先頭がそれを走り切るまで、勝負はつかない。

 

(吸え、吸え! 全力で息を吸え!)

 

 自分に命じる。

 わずかでも良い。

 吸い込んだ酸素を体の隅々に送れ。

 足りなければ回数を増やせ。

 吸って吸って吸って。

 吸いまくれと自分に命令する。

 

 だが

 

『誰も! 誰も追いつけない! トーセンダンディ先頭! トーセンダンディ先頭ッ! スーパージーン追いかける! 届くか!? 差すか!? ウインジェネラーレも追いかける! 追いかけるが戦闘争いは二人だ! 二人になった! トーセンダンディか! スーパージーンか! 逃げるか!? 差すか!? 逃げるか!? 差すか!? 逃げ切ったぁぁぁぁぁっ!!』

 

 2分13秒4。

 スタートから先頭を走っていたトーセンダンディが、見事に逃げ切った。

 

 2着はスーパージーン。

 タイムは2分13秒5。

 3/4バ身届かずだった。

 

 3着はウインジェネラーレ。

 タイムは2分13秒7。

 4着のハイアーゲームとはクビ差で同タイムゴールとなった。

 

 そしてダイワメジャーだが、彼女の順位は9着。

 タイムは2分15秒。

 

 8着のグラスエイコウオーと0.2秒、1バ身半差でのゴールとなった。

 

 

 

(っ、届かなかった!)

 

 スタンドのファンから祝福を受けるグラスエイコウオーを両手を膝につきながら見るメジャー。

 その肩は忙しなく上下しており、呼吸は激しく繰り返していた。

 

(良い所まで行けたと思ったんだけどな……)

 

 最終コーナーを抜け、喉の症状が出るまでは2番手をキープできていた。

 あのままプラン通りにスパートをかけられていれば……

 

(いや……終わった後ではどうとでも言える。今回の結果が全てだ……)

 

 なんとか息を整え、上体を起こす。

 

(次だ……次の、秋の天皇賞。そこで勝ってみせる)

 

 そう思いながらチラッと、こちらを見ているファンを見る。

 手作りだろうか、応援用のうちわを持った人が何人かおり、心配そうに彼女の事を見ている。

 

(……あの人達のためにも)

 

 そちらの方に向かって、まだ息苦しさはあるがそれを隠し、微笑みと共に手を振る。

 

(これ以上、負けるわけにいかない……)

 

 そう思いながら彼女は控え室へと向かった。

 

 

 

「師匠〜ッ! 行け行けッス師匠〜ッ!!」

 

 場所は変わって阪神レース場。

 神戸新聞杯がスタートし、目の前を駆け抜けるハーツクライにスタンドからワンアンドオンリーが声援を送る。

 

 参加しているウマ娘は8人。

 

 1枠1番に入っていたのはチキリサンサン。

 4度目の未勝利戦で初勝利をあげ、その後ムーニーバレーRC賞にて1着を取っている。

 前走まで14回レースに出て1着は2回、掲示板入りは11回。

 掲示板を外れたのも3回となっている。

 

 2枠2番はケイアイガード。

 3番人気の彼女はデビューして7戦。

 1着4回、3着1回、4着1回、5着1回とデビューしてから一度も掲示板を外していない。

 

 3枠3番にはメイショウハヤボシ。

 デビューして17戦2勝。

 掲示板外は6回。

 今回が重賞初レースである。

 

 4枠4番ラバグルートはきさらぎ賞でブラックタイドやハーツと、毎日杯ではキングカメハメハと走った事があるウマ娘。

 6戦2勝。

 重賞レースは今回が三度目の挑戦。

 初勝利を目指して走っている。

 

 5枠5番のマイネルマグナートは京都新聞杯でハーツと走って4着。

 7戦1勝と、この子もまだ重賞勝利はしていないので、今日は勝つぞと気合十分。

 

 6枠6番はグレイトジャーニー。

 皐月賞ではダイワメジャーに敗れての11着。

 ダービーではキングに敗れての10着。

 1月に行われたスポシンザン記念で勝って以来、勝ちから遠のいている彼女。

 今日こそ久しぶりの勝利を手にし、ファンと喜びを分かち合おうと走っていた。

 

 そして7枠7番にキングカメハメハ。

 1番人気での出走となった。

 

 その隣の8枠8番にはハーツクライ。

 ダービーでの走りを評価されてか2番人気。

 

 その8人によるレースはグレイトジャーニーがスタート直後から先頭を取り、それを追いかける形で進んでいた。

 順番としてはマイネルマグナート、ケイアイガード、ラバグルート、チキリサンサン、キングカメハメハ、メイショウハヤボシ、ハーツクライの順でグレイトジャーニーを追いかけていた。

 

 そのまま1000mを駆け抜けていく。

 

(やはり私をマークしますか……)

 

 後ろから3番目を走りながら、キングはハーツの圧を感じていた。

 

(想定通りに走れている。このぐらいの距離なら前に届く。あとはどこで仕掛けるか……)

 

 第3コーナーへと入る。

 残り800を切りながらも冷静に考えられるほどにキングは落ち着いていた。

 

(ダービーの時の末脚もあるし……油断はできない)

 

 第4コーナーから最後の直線へと差し掛かる。

 その時だった。

 

(ここっ!)

 

 キングが動いた。

 

 

 

 その光景にスタンドから歓声が上がる。

 外からグングンと順位を上げるキング。

 歓声に背を押され、領域へと突入する。

 

 一人、また一人と抜き去り、瞬く間に先頭を行くグレイトジャーニーに追いつく。

 先に行かせるものかと、マイネルマグナートをかわしたケイアイガードがキングを追いかけるが、キングは彼女を並ばせる事なく先頭に立つ。

 

(これが、ダービーウマ娘の走り!?)

 

 競り合う事すらできなかったケイアイガード。

 彼女は目の前を行くキングの背を追いかけながら、ダービーウマ娘の力に驚きを隠せないでいた。

 

 が

 

(来た……)

 

 チラッとキングは後ろを見る。

 その視線の先にいるのは、自分をマークしていた相手。

 自分が仕掛けた直後は出遅れたが、残り200mの標識を過ぎた辺りでやっとエンジンがかかったのか、凄まじい勢いで追い上げてくる。

 

 

 

「行けー! 師匠ここからッスー! 師匠〜ッ!!」

 

 スタンドから聞こえた自称弟子の声。

 

(クソッ!)

 

 ゴールへの直線で出遅れた。

 どうやってキングを抜くかを考えていた。

 そのせいにするわけではないが、集中が乱れた。

 タイミング悪くその時にキングが仕掛けたのだ。

 

 気付いた時にはキングはすでに先頭へと迫っていた。

 

「行かせるかぁぁぁぁぁっ!」

 

 自慢の末脚。

 ダービーの際、一気に2番手まで駆け上がった自慢の末脚でキングを追う。

 だが、いくら自慢の末脚でも仕掛けるタイミングが遅ければ意味が無い。

 

「キングゥゥゥゥゥッ!!」

 

 抜かせまいと踏ん張るグレイトジャーニーをかわし、前を走るケイアイガードとその先を走るキングの背を追いかける。

 

 だが、だが……

 

『キングカメハメハ圧勝! ダービーウマ娘の底力を見せ、秋初戦を勝利で飾りました!』

 

 届かなかった。

 1着はキングカメハメハ。

 勝ちタイムは1分59秒ジャスト。

 かつてトウショウボーイが出した1分58秒9に僅かに及ばずとも迫るタイムだった。

 

 2着はケイアイガード。

 ハーツクライの猛進から逃げ切った彼女のタイムは1分59秒2。

 1着のキングとは1バ身と1/4差だった。

 

 そして3着のハーツクライ。

 タイムは1分59秒4。

 ケイアイガードとの差は彼女とキングと同じ1枚身と1/4差となった。

 

 ちなみに最後の上がりのタイムだが、キングは33.7秒。

 ケイアイガードは34.4秒。

 ハーツは33.8秒。

 上がり2位の末脚を見せたが仕掛けるタイミングが遅かったため、3着となってしまった。

 

 4着のグレイトジャーニーも奮戦した。

 1分59秒5と、ハーツに半バ身差でのゴール。

 スタートからずっと先頭を走りながらの4着ゴールに、ファンは大盛り上がり。

 次も頑張るよとスタンドに手を振りながら応えるのだった。

 

 そんななかハーツは

 

「ッ……」

 

 3着という結果に

 

(……クソッ。このままじゃ)

 

 スタンドからの祝福を受けるキングを見て

 

(アイツに勝てねぇ……)

 

 己と目標の実力差を改めて実感するのだった。

 

 

 

 場所は変わって中山レース場の控え室。

 レースを終えたダイワメジャーは雅弘に

 

「しばらく休め。これ以上は限界だろ」

 

 と、レースへの出走休止を提案されていた。

 その提案にメジャーは

 

「は、ははっ。冗談はやめてよトレーナー。今日の敗北は次回の盛り上がりへのスパイスさ。それに、いきなり私に負けたら先輩方の立つ瀬が」

 

「喉。限界なんだろ」

 

 雅弘の言葉に、メジャーは言葉を切られる。

 

「今日の走りを見て分かったよ。もう、限界だろ。グラスとオージも、お前の走りを見てそう言っていた」

 

 グラスとはノーブルグラス、オージとはスガノオージ。

 二人とも雅弘のチームに所属している先輩ウマ娘。

 トゥインクル・シリーズは引退したが、今はサポートするためにチームにいる。

 

 先輩二人からしても、メジャーの走りは限界に近いと判断されるものだった。

 が

 

「いやいや。あれは」

 

 と何か言おうとするが

 

「カハッ!? フッ、ヒュッ!!」

 

 息が吸えず、喉を抑えて崩れ落ちてしまう。

 そんな彼女を支え、椅子に座らせる雅弘。

 

「ほれ見ろ。そんな体で、レースに出されるわけないだろ」

 

「カハッ、エホッ……ゴホッ。ま、まだ大丈夫だよ」

 

「良いから休んでろ。学園の方に電話して、しばらく休むって事を」

 

 携帯を手に部屋から出ようとする雅弘。

 だが

 

「……おい」

 

 ジャケットの裾を掴まれ、引っ張られる。

 だが

 

「そんな力しか出せねぇお前を、走らせるわけにはいかねぇ」

 

 人とウマ娘は、本来なら力比べでは勝負にならない。

 それほどウマ娘の力は強い。

 だが今のメジャーの力は、雅弘を行かせないためにするので精一杯だった。

 

「で、でも私はまだ……」

 

「ダメだ。その手を離せ」

 

「まだ走れる!」

 

「……だが」

 

 確かにレース終盤までは喉の調子が良かった事もあり、2番手をキープできていた。

 もしも呼吸に支障が出なければ、1着を取れていたかもしれない。

 

「けど……」

 

「お願いだよトレーナー……まだ、まだ私は、走れるんだよ」

 

 ぜぇぜぇと苦しそうに呼吸を繰り返しながら言うメジャー。

 

「勝てないお前を見るのを、誰が一番辛いか。分かっているのか」

 

「……分かって、いるさ」

 

 雅弘の言葉に、メジャーが思い出すのはスタンドに来てくれるファンの姿。

 勝てば喜んでくれた。

 皐月賞の時もそうだった。

 その顔がまた見たいだけなのに。

 喉を患って全力を出せなくなって。

 勝てなくなって。

 

 でも、だから

 

「秋の天皇賞。あれに、最後にあれに出させてよ」

 

「秋天にだと!? それこそお前」

 

 思わず振り返るとジャケットを掴んでいた手はスルリと離れた。

 

「それで最後にする。トレーナーが言うなら、引退しても良い。せめて、せめて最後にGⅠを走らせて」

 

「ッ……お前……」

 

 GⅠレースのひとつである秋の天皇賞。

 東京レース場で行われる、芝2000mのレース。

 シニアクラスのウマ娘も参加するレースで、ジャパンカップと有マ記念と本レースの三つで秋シニア三冠と呼ばれており、現状での三冠達成はテイエムオペラオーのみである。

 

「お願いだよトレーナー。まだ走れる内に……走らせてよ」

 

 そう言って顔を上げるメジャー。

 喉の不調によって体力を消耗したその顔は、先ほどレースを終えた者の顔とは思えなかった。

 だが目の奥には強い意思が宿っている。

 走りたい。

 走らせて。

 そう訴えるように。

 

 その目に雅弘は

 

「……それでも俺は、トレーナーとして。お前には休んで欲しいし、走って欲しくない」

 

「……ッ」

 

「でも、一人の人間として。ファンとしては走って欲しいと思っている」

 

 悩んで、考えて。

 言う。

 

「1回だけだ。次の秋天が終わったら、喉の治療に専念する。良いな?」

 

 その言葉に、メジャーは無言で頷いた。

 

 

 

 場所は戻って阪神レース場。

 ウイニングライブも終わり、すっかり日も暮れた頃。

 衣装から着替え、学園に帰るためにレース場を出たキング。

 今は車を取りに行った北原待ちである。

 そんな彼女の周りにはダイワスカーレット、ザッツザプレンティ、スズカマンボ、アドマイヤドン、フサイチホウオー、ブエナビスタがいる。

 

 いつかデビューする日のため、スカーレット、フサイチホウオー、ブエナビスタはしっかり今日のレースから学んでいた。

 

 ザッツザプレンティはキングの先輩だが、現在前走の宝塚記念後に発症した屈腱炎の治療のためにレースから離れている。

 戦績は14戦3勝。

 掲示板入りは10回となっている。

 

 アドマイヤドンも先輩の一人である。

 今まで18のレースに出て9勝。

 その内芝のレースで2勝、ダートのレースで7勝。

 掲示板入りは14回。

 この年の3月には海外GⅠレースのドバイワールドカップに出走するも8着となっている。

 ちなみにだが、テイエムオペラオーとナリタトップロードをダービーにて破り、キングが更新するまではレコードタイ記録を持っていたアドマイヤベガの親戚でもある。

 

 ダービーにキングと共に出たが5着だったスズカマンボ。

 彼女は9月11日に行われた朝日チャレンジカップに出走し、見事1着で勝利。

 ちなみにこのレースに11人が出走したのだが、その内の8人がシニアクラスである。

 そんな彼女の次走は菊花賞を予定している。

 

 そんな、実力のある北原のチーム。

 オグリやベルノにも支えられながら成長する彼女達。

 その中にいるキングに話しかける者がいた。

 

「よう、遅かったな。キング」

 

 その者は

 

「ハーツ?」

 

 ハーツクライだった。

 そんな彼女に

 

「ウチのチームの先輩に何か用?」

 

 突然の相手に前に出たのはスカーレットだった。

 

「あ? お前は……あぁ、メジャーの妹か。悪いけどお前に用はねぇよ」

 

「なんですって!?」

 

「まぁまぁスカーレット。そんな喧嘩腰じゃダメだよ」

 

 そう言ってスカーレットを嗜めたのはアドマイヤドン。

 優しそうな口調ではあるが、怒ると結構怖い。

 そんな彼女に言われ、下がるスカーレット。

 

「それで、話というのは」

 

「ん? あぁ。キングにちょっと、な」

 

「私に?」

 

「あぁ。次なんだけどよ」

 

 次のレースに関してだった。

 キングが予定しているのは秋の天皇賞。

 10月31日に行われる予定である。

 もちろん、キングに勝つ事を目標にしているハーツも走ろうと思っていたのだが

 

「オレ、秋天やめるわ」

 

「……え?」

 

 まさかの回避宣言だった。

 

「……そ、それは急だね。この前まではライバルだって。背中を見せてやるって言っていたと思うんだけど」

 

「あぁ、そのつもりだ。ただ……今のオレじゃお前に届かねぇ。ライバルだって言ったのに、お前に背中を見せるって言ったのに、今のオレじゃ追い付く事すらできねぇ。だから」

 

 そこで一旦言葉を切り、顎に手を当て、少し考える素振りをして口を開く。

 

「少し鍛え直す事にしたわ。菊花賞を取って有マを目指す。そんで来年。シニアになって先輩相手とやりあって、そんで秋天に行く」

 

 クラシック三冠最後のレースである菊花賞。

 今年は10月24日に開催される予定であり、秋の天皇賞の前週。

 つまり、両方を目指していたハーツは予定通り行けば連闘となっていたのだ。

 

 今まではやってやる、走り切ってやる。

 勝ってみせると思っていたのだが、今回の敗北から自分に足りないものがあると実感。

 故に

 

「もっと強くなる。まずはな。キングのライバルに相応しいぐらい。胸を張ってお前のライバルって言えるように強くなる。だから」

 

 相手を見てハーツは言う。

 

「来年の秋天だ。そこでまた、オレと走ろうぜ」

 

 その言葉にキングは

 

「そうね……」

 

 一瞬、寂しそうな目をして

 

「なら私はもっと強くなって待っている。だから」

 

 ハーツを見て言う。

 

「来年。また一緒に走ろうね」

 

 こうしてキングは秋の天皇賞へ。

 ハーツは菊花賞へ。

 それぞれ別々の目標へと照準を定めた。




お読みくださり、ありがとうございます。

……気付いたらこんなに長くなってました。

秋シーズンが始まりますが……
うん、次回も、お楽しみに。
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