ウマ娘〜想いを背負って繋いで〜   作:にゃんころもち(黒糖)

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26話〜斜陽〜

 

 神戸新聞祭の後、ハーツクライがキングに追い付くために秋の天皇賞ではなく菊花賞を目指すと伝えた翌週。

 10月2日の中山レース場。

 

「はあぁぁぁぁぁっ!!」

 

 九十九里特別レースに出ていたデルタブルースは、ゴールを先頭で駆け抜けた。

 

 その光景に彼女のファンが湧き立つ。

 前走の兵庫記念での5着。

 目標の菊花賞への道が危ぶまれていた事から今回の勝利に、まるで菊花賞を制覇したのではないかという程の盛り上がりを見せている。

 そんなファン達に穏やかな笑みと共に手を振り、着順指定エリアに向かう彼女。

 

 そこにはすでに数名の記者が待っており、取材の準備をしていた。

 

「まずは優勝おめでとうございますデルタブルースさん」

 

「ありがとうございます」

 

 女性記者にまずそう返す。

 

「良い走りでしたね」

 

「課題はまだまだ残っています」

 

 次に尋ねて来た男性記者にそう返す。

 

「次は菊花賞でしょうか?」

 

「はい。クラシック三冠最後の菊花賞を狙っています」

 

 次は初老の記者に返す。

 

「菊花賞といえば、ダービー2着のハーツクライさんも出走しようかと言っていますが。同世代としては意識したりしますか?」

 

「ハーツですか?」

 

「はい。秋の天皇賞ではなく菊花賞に行くそうですが、やはり神戸新聞杯での敗走を受けてのキング回避でしょうかね」

 

「さ、さぁ……私はそこまでは」

 

「キングに勝てないから菊花賞に逃げ」

 

「はいはいどうも。後ろつかえてますんで」

 

「ちょっ!? まだ私が質問の」

 

 デルタではなくハーツについてしつこく聞いて来た男性記者を、関西弁の金髪の記者が背中を押してどこかへと連れて行った。

 

「……あっ、質問良いですか」

 

「は、はい」

 

「今回のレースですが……」

 

 それからも数人の質問に答えるデルタ。

 

(ハーツ……)

 

 自分より先に重賞デビューをした元ルームメイト。

 GⅠでの勝ちこそ無いがGⅡで勝ちを収め、重賞ウマ娘の仲間入りを果たした彼女。

 そんな彼女に追い付きたくて、寮長のフジキセキに頼んで部屋を変えてもらった。

 

「……菊花賞は、誰が相手だろうと私が勝ちます」

 

 最後にそう言って質問を切り上げ、控え室へと向かった。

 

 

 

(ハーツ……)

 

 控え室でトレセン学園の制服に着替えながら、先月見た神戸新聞杯の中継を思い出すデルタ。

 最後の直線で見せた33.8秒の末脚。

 

(この前の兵庫特別での私の上がりタイムは確か……)

 

 37.6秒。

 ちなみに今回のデルタが出した上がりタイムは34.6秒。

 今回のレースでは最速の末脚である。

 

(いや……)

 

 末脚だけが全てでは無い。

 

(向こうの末脚でも届かないほど前に行ってしまえば……)

 

 勝つ方法ならある。

 ただ、それを実行するためにはまだまだ自分を鍛えねばならない。

 

(あと3週間……)

 

 菊花賞は10月24日。

 時間は無い。

 

(集中して追い込む。絶対に……菊は取る)

 

 初めて勝負服を着るレース。

 負けたくないのは皆同じだが自分もそれは同じだと、彼女はまだ見ぬライバルへ闘志を燃やした。

 

 

 

「うおぉぉぉォォォッ!!」

 

 日は過ぎて10月9日。

 タップダンスシチーが凱旋門賞に挑戦した翌週。

 デルタと同じく優のチームにいるブルーイレヴンは学園の練習用コースを走っていた。

 デビュー戦とその年の東京スポーツ杯ステークスで勝って以来、勝利から遠のいていた彼女。

 

 デビューの翌年は1月の京成杯に出るもその後で骨折が判明。

 療養のために年内全休。

 

 年が明けて再始動。

 1月の中山金杯に出走するも14着。

 続く2月の中山記念も9着。

 3月の大阪城ステークスで4着。

 4月に行われた、ネオユニヴァースも出た産経大阪杯が9着。

 同じく4月に行われたオーストラリアトロフィーでも4着。

 5月の新潟大賞典にて7着。

 同じく5月に行われた金鯱杯ではタップダンスシチーに同タイムのアタマ差で2着。

 7月の夏合宿を経て8月の関屋記念で久し振りの1着を取り、重賞2勝目とした。

 重賞1勝目は東京スポーツ杯ステークスである。

 

 そんな彼女だが、領域を使う事ができる。

 ただしそれを使うと暴走気味の爆走モードに入ってしまい、スタミナ切れを起こして最終的に順位を落とすという本末転倒な結果に。

 領域に入る事はできるが、制御が一切できない。

 入るきっかけも分からない。

 レース中に気付いたら入れるようになっており、その領域に突入する条件も分からない。

 

 そして領域に入る条件が分からないので、入らないようにする事もできない。

 

 ただそんな彼女だが、トレーナーである鈴墨に初めての重賞タイトルをもたらしたウマ娘である。

 

 そんな彼女は

 

 

 

「3勝目頂くぜェェェェェッ!!」

 

 翌日、彼女は東京レース場のターフの上を駆けていた。

 最終コーナーを7番手で通過しますイレヴンはそのまま領域に突入。

 先を走るマイネルアムンゼン、メジロマントル、プリサイスマシーン、シェルゲーム、ヴィータローザに襲いかかるように迫る。

 一人、また一人と追い抜き、順位を上げていく。

 

 そして先頭を走るローエングリンを遂に射程内に捉えるイレヴン。

 だがローエングリンも粘って逃げる逃げる。

 

「チッ、行かせるかァッ!」

 

 追うイレヴン。

 逃げるローエングリン。

 追うイレヴン。

 逃げるローエングリン。

 

 あと少しでゴール。

 このまま行けばローエングリンがイレヴンに1バ身差で先にゴール板を駆け抜ける。

 

 そう思った時だった。

 

「……ア?」

 

 風が、彼女を追い抜いた。

 

 最終コーナーを11番手に駆け抜けたテレグノシスが最後の直線を、大外を一気に駆け上がって来たのだ。

 イレヴンと、ローエングリンの意識の外から猛然と駆け上がって来たのだ。

 

 そしてイレヴンを抜き、ローエングリンを抜いたのだ。

 そのまま先頭でゴール板を駆け抜け、ローエングリンに半バ身差でテレグノシスが勝利。

 イレヴンはローエングリンに1バ身差でのゴールとなった。

 

「……チッ」

 

 悔しそうに舌打ちをするイレヴン。

 だがそれは自分に向けてのもの。

 真剣勝負の中、目の前の相手しか見ておらず、背後の相手に意識を向けなかった故の敗北に対してだった。

 

(課題は見つかった……次は負けねぇ)

 

 重賞3勝目を自分に。

 そしてトレーナーにも。

 そのために、今日のレースを経ての改善点の洗い出しを早速始めるのだった。

 

 

 

 翌日の京都レース場。

 

「クッソォォォォォッ!!」

 

 デイリー杯ジュニアステークスに出走していたハヤテエンペライザ。

 1600mの本レース。

 最終直線に3番手で入った彼女だったが、後続に次々と抜かれてしまっていた。

 

「ッ! ハヤテ!!」

 

 スタンドの最前列から彼女に声を飛ばす諒太。

 だが順位を上げる事ができず、ハヤテは8着でのゴールとなった。

 

 

 

 同日盛岡レース場。

 この日はJpnⅠのマイルチャンピオンシップ南部杯の開催日。

 そのレースに出るため、ユートピアは勝負服に身を包み、ダートコースの上に立っていた。

 

(そういえば今日は……)

 

 紫のイヤーカバーに包まれた耳をピピッと振るわせ、相手の方をチラと見るユートピア。

 そこにいるのは青いイヤーカバーを着けたアドマイヤドン。

 前走帝王杯にて見事1着を取ったウマ娘である。

 そして現在中央と地方のGⅠレースで6勝取っており、今回のレースで勝てば7勝目となる。

 ちなみにユートピアのGⅠ勝利数は2回である。

 

(ま、今回は負けないけどね)

 

 前走の北九州記念は5着だったユートピア。

 今回は勝って連敗にしたくないと意気込んでレースに臨む。

 

 そしてそのレースは……

 

「デヤァァァァァッ!!」

 

 スタート直後から先頭を取ったユートピアの逃げ切り勝ちとなった。

 2着は最後の直線で追い上げて来たアドマイヤドン。

 二人の差は半バ身だったそうだ。

 

 

 

 そして翌日。

 トレセン学園の練習用コースでは

 

「ハアァァァァァッ!」

 

 気合い十分なローゼンクロイツが走っていた。

 そんな彼女の横を、菊花賞に向けて調整中のハーツクライが走っている。

 ハーツはハーツで、3000mを走り切るためのスタミナ作りとして、チームメンバーの併走相手をしていたのだ。

 

 そんなハーツが併走するクロイツだが、17日にデビューする事が決まっていた。

 デビュー前最後の週でもあり、練習に熱が入る。

 

「ぐぬぬぬぬぬっ、うおぉぉぉぉぉっ!!」

 

 懸命に走るクロイツ。

 だがそんな彼女をハーツは、彼女が少し前に出そうになるとちょっとだけペースを上げて隣に並ぶ。

 絶対に抜かせないし抜かさない。

 絶妙な塩梅で走り続ける。

 

 そうしてハーツを抜けずに終わったクロイツ。

 そんな彼女に文三は口を開く。

 

「よし。最後に模擬レースするぞ。ユートピアとバートラムも入れ」

 

「……え、私?」

 

「えぇ……」

 

「良いから。後輩の特訓に付き合ってやれ」

 

「付き合ってやれって……」

 

「それって自主的にやる側が言う事じゃ……」

 

「良いから。ってこらなに自分は終わりみたいな空気出してんだハーツ。お前も走るんだよ」

 

「はぁ? いや、オレはもう」

 

「スタミナ作りのためだ。ほら戻った戻った」

 

 そう文三に促された3人はクロイツと模擬レースをする事に。

 結果は言わずもがな先輩の勝ち。

 

 クロイツはビリだったが、それでも何かを学べたような、そんな良い顔をしていた。

 そんな事を繰り返して迎えた10月17日。

 京都レース場で行われたデビュー戦。

 そのコースに彼女はいた。

 芝コース、1600mの右回り。

 

 出走するのは全部で14人。

 1枠1番 トーワユメジ

 2枠2番 ワキノエクセル

 3枠3番 オースミグラスワン

 3枠4番 サンライズタイム

 4枠5番 ノーヴァーチャル

 4枠6番 ローゼンクロイツ

 5枠7番 ファンドリショット

 5枠8番 ミステリーサークル

 6枠9番 フォルテベリーニ

 6枠10番 コアレスウィーク

 7枠11番 マルブツダンディ

 7枠12番 メイショウコウテイ

 8枠13番 アドマイヤコング

 8枠14番 ピアソラ

 

 1番人気は8枠13番のアドマイヤコング。

 2番人気は3枠3番のオースミグラスワン。

 3番人気は4枠6番のローゼンクロイツ。

 

「先輩3番人気とか凄いッス!!」

 

 と、クロイツの評価に驚きを露わにするワンアンドオンリー。

 だが

 

「まぁ」

 

「私達も手伝ったし」

 

「負けたら許さねぇ」

 

 バートラム、ユートピア、ハーツの順の言葉である。

 ただそれほどまでに3人は、共にトレーニングをしてクロイツの事を評価していた。

 

 そして始まるデビュー戦。

 折り返しの800mの通過タイムが47秒5。

 そして1000mの通過タイムはなんと59秒5。

 ちなみにだが、デルタブルースとダイワメジャーのデビュー戦の距離も1600m。

 デルタブルースが出たレースで800mの通過タイムは49.3秒、1000m通過タイムは1分2秒1。

 ダイワメジャーの時が47.9秒と1分0秒6である。

 

 そんな少し早めの展開のレースで、クロイツはサンライズタイム、メイショウコウテイと共に後方に陣取って先頭の様子を伺いながら走る。

 勝負を仕掛けるのは最後の直線。

 そのタイミングを逃すまいと集中する。

 

 そして最後のコーナーを駆け抜け、最後の直前に入って全員が動き出す中で

 

「良し……」

 

 仕掛けるクロイツを見て、ハーツは静かに呟いた。

 その前を駆け抜けるクロイツ。

 その凄まじい末脚で後方から前へとグイグイ加速する。

 

「ハアァァァァァッ!!」

 

 前を走るフォルテベリーニを抜き、オースミグラスワンの背中に迫る。

 風を切りながら走り、後続をグングンと引き離していく二人。

 

 先頭争い。

 1着争いはほぼほぼこの二人のどちらかだろうというほどの競り合い。

 

「ウアァァァァァッ!!」

 

「ハアァァァァァッ!!」

 

 そのままほぼほぼ差を作らず駆ける二人。

 だが僅かに。

 ほんの僅かにオースミグラスワンが前に出る。

 本当に僅かにだ。

 何かひとつでもミスをすればクロイツが差すほどの小さな差。

 

 その差を埋め、越えるために懸命に腕を振り、足を動かすクロイツ。

 その差を広げるために懸命に腕を振り、足を動かすグラスワン。

 

 デビュー戦を勝利で飾りたいのはどちらも同じ。

 故に、隣を走る相手に絶対に負けたくない。

 

 勝ちたい。

 勝ちたい。

 負けたくない。

 負けたくない。

 勝つのは私。

 勝つのは私。

 

 同じ思いを胸にゴールを目指す。

 

 芝を蹴り上げて。

 土を蹴り上げて。

 

 ゴール板を駆け抜けた。

 

 結果は、クビ差でオースミグラスワンの勝利だった。

 勝ちタイムは1分35秒2。

 2着のクロイツは同タイムでのゴール。

 3着のフォルテベリーニは3バ身差で1分35秒7となった。

 

 先に同距離レースとして出したデルタとメジャーのデビュー戦。

 デルタブルースのデビュー戦で1着を取った

 ブラックヘリオスのタイムが1分39秒9。

 ダイワメジャーのデビュー戦にて1着を取ったモンスターロードのタイムが1分36秒9。

 

 メジャーの時は中山レース場で行われたため一概には言えないが、同じ京都レース場で行われたデルタのデビュー戦での1着のタイムより4秒7速いタイムを出したグラスワン。

 それとクビ差のクロイツ。

 

「まぁ、デビュー戦にしては凄かったんじゃない?」

 

 とユートピア。

 

「もう少しだったね」

 

 とバートラム。

 

「戻ったら鍛え直しだな」

 

 とハーツ。

 そして次回に向けてすでに闘志を燃やしているクロイツ。

 

(次の未勝利戦が楽しみだな)

 

 チームの雰囲気にクロイツの自走である未勝利戦でどんな走りを見れるのかが楽しみな文三なのだった。

 

 

 

 そんなデビュー戦を見ていたウマ娘とトレーナーの中に、彼女達の姿はあった。

 

「今日のレースも凄かったですね」

 

 トレセン学園の制服に身を包み、満足した顔で廊下を歩く一人のウマ娘。

 その後ろを歩くのは彼女のトレーナーである文乃。

 

「ねぇトレーナー」

 

 クルリと振り向き、後ろ向きに歩きながら彼女は文乃に言う。

 

「私、デビューするのが凄く楽しみです」

 

 心の底から楽しみだと、顔が言っている。

 目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだと思う文乃。

 

 ブラックタイドから紹介され、ディープを担当するようになって約半年。

 文乃はディープの事が少し分かって来ていた。

 

 ディープは、自身の勝利を疑わない。

 それほどまでに高い素質を秘めている。

 それよりも彼女は、楽しいという感情を大切にしている。

 

 勝ちたいでなく、楽しみたい。

 みんなと走れて楽しい。

 レースに勝てて楽しい。

 良い記録を出せて楽しい。

 

 そしておそらく

 

(ファンが喜んでくれて嬉しい、も入るのだろうな……)

 

 と考える文乃。

 だがそれは、ディープの素質の高さが可能にさせている。

 出会った頃は小柄な子というのが第一印象だった。

 

 だがトレーニングを積むに連れその素質は少しずつ、だが確実に花開いていった。

 

 夏合宿にもチームのメンバーと共に行った。

 10月10日に行われた京都大賞典に出るも4着だったアドマイヤグルーヴ。

 ちなみにこの京都大賞典にはバートラムも出ており、結果は5着である。

 京都大賞典と同日にデビュー戦に出るも9着だったスズカフェニックス。

 こちらもまた京都大賞典と同日にデビューし、1着を取ったヴァーミリアン。

 一応、この3レースは全部京都レース場で行われている。

 

 そしてデビューを目指すディープインパクト。

 

「私、キングさんと走るのが夢なんです」

 

 おそらく、今期のクラシック最強はキングカメハメハだろう。

 強い相手と走れたらきっと楽しいと、ディープは思っていた。

 

 その他にも皐月賞ウマ娘のダイワメジャー。

 ダービーにてキングの背に迫ったハーツクライ。

 宝塚記念勝者のタップダンスシチー。

 皐月賞2着のコスモバルク。

 宝塚記念にてタップダンスシチーに次ぐ2着を取ったシルクフェイマス。

 アドマイヤグルーヴが出た京都大賞典にて1着を取ったナリタセンチュリー。

 

 きっと、彼女達と走ったら楽しいだろう。

 そうディープは思っていた。

 

 もちろん、自分がデビューした後にライバル達とクラシックを走る事も楽しみにしている。

 

 つまり彼女にとって、デビューした後は楽しみでいっぱいなのだ。

 

 だから

 

「本当に、デビューが楽しみです」

 

 と言う。

 そんな彼女に文乃は

 

「そうだね。僕も今から楽しみだよ」

 

 きっとこの子は凄いウマ娘になる。

 そう思うのだった。

 

 

 

 この日、京都レース場で芝の、東京レース場で芝とダートでデビュー戦が行われた。

 それぞれの夢を胸に、トゥインクル・シリーズに飛び込むウマ娘達。

 

 オースミグラスワンのように勝った者がいれば、ローゼンクロイツのように負けた者もいる。

 

 勝利し祝福を受ける者がいた。

 敗北をするも次は勝つと闘志を燃やす者がいた。

 

 だが忘れてはいけない。

 デビューする者がいるという事は、去る者もいると。

 

 

 

 

 

 同日夕方。

 トレセン学園の練習用コース。

 そこでキングは同じく北原のチームの後輩であるダイワスカーレットにタイムを測ってもらいながら走っていた。

 

 31日に行われる秋の天皇賞に向けての調整。

 必ず勝つために。

 

 走りながら彼女は、今までの事を思い出していた。

 生まれて、走る事が好きで走って走って。

 友達からも凄いと言われた。

 トレセン学園に来てからもそうだった。

 デビューして3戦目で初めて負けて悔しかった。

 でも、そこからは違った。

 

 ダービーの時に言われたように、最強の大王の肩書に相応しい走りをできるようになった。

 

 ファンの応援、トレーナーやチームのメンバーのサポート。

 何かひとつでも欠けたら、きっと自分はここまで来れなかっただろう。

 奇跡だ。

 本当に。

 

(うん、調子も良い)

 

 走りながら思う。

 だからこそ、変則三冠を無理して目指さず、応援してくれた全員に少しでも長く、自分が走る姿を、勝つ姿を届けたい。

 そのために路線を変えた。

 

 公表した時、ネット等にはいろいろと書き込まれた。

 でも最終的にファンは、それでも応援すると言ってくれた。

 どこまでもついて行く。

 キングの走る道が俺達の行く道。

 次のレースも応援に行く。

 

 温かくて優しい言葉をいっぱいもらった。

 貰って貰って貰って。

 それを力に変えて彼女は走る。

 走って勝つ。

 それが恩返しだから。

 

 最後に一本走って終わりにするとスカーレットに言って走り出す。

 

 スカーレットもだ。

 キングのトレーニングを手伝ってくれる良い後輩。

 デビューしたらきっと良いレースをするだろう。

 

 そんな彼女達に支えられたキング。

 

 だが忘れてはいけない。

 

 彼女が言ったように、何かひとつでも欠けたらここまで来れなかっただろう。

 

 そしてここまで勝ち続けられたのも彼女の努力の成果だろう。

 

 一度の敗北を受け、最強へと至り、世代の主役となったキング。

 

 彼女達の脚はガラスの脚と言われている。

 それほど繊細な存在。

 

 そんな彼女が、2度のレコード更新と一度敗北するだけでその他のレースで勝てたのは凄い事だろう。

 偉業と言えるかもしれない。

 

 だが、王はいつかはその冠を取り、玉座から去らねばならない。

 

 最後の一本。

 コーナーを曲がってスカーレットが待つ仮のゴールへと向かうキング。

 調子は最高だ。

 

(これなら秋天も……)

 

 勝てる、と思った時だった。

 

「……?」

 

 ふと、右脚に違和感を感じた。

 その直後だった。

 

「ッ!?」

 

 激痛が彼女を襲った。

 このままでは転ぶ。

 そう思った彼女は痛みに耐えながら徐々に減速。

 やがて止まると左膝をつき、右脚を押さえた。

 

「キング先輩!?」

 

 そんな彼女を心配し、スカーレットが駆け寄る。

 

(あぁ……これは)

 

 キングはなんとなくだが、自分に何が起きたのかを理解した。

 理解した上で

 

「スカーレットちゃん。お願いがあるんだ」

 

「お、お願いですか?」

 

「うん。トレーナーを……北原さんを呼んで来てくれないかな」

 

「トレーナーを……は、はい!」

 

 キングに言われ、急いで北原を呼びに行くスカーレット。

 その背中を見送るとキングは

 

「いっ……」

 

 脚の痛みに顔を顰める。

 

(あぁくっそ……)

 

「走りたかったな……」

 

 と小さく呟いた。

 

 

 

 少女を舞踏会の主役に変えた魔法はいつか解けるものなのだ。

 それは彼女とて例外ではない。




お読みくださり、ありがとうございます。

今回はいろんなレースがありました!
ついにクロイツもデビュー!
負けスタートですが、闘志はメラメラです!

そして……

次回も、どうかお楽しみに。
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