冬休みが終わり、ハーツ達昨年のクラシック組がシニアクラスに向けて練習を始めている頃。
彼女達も本格的にトレーニングを始めていた。
「やぁぁぁぁぁっ!!」
練習用コースを駆け抜けたのは文三のチームのローゼンクロイツ。
デビュー戦は2着だったものの続く未勝利戦で見事1着。
次走の京都ジュニアステークスでも1着を取ったがその次のホープフルステークスでは2着。
かなりの好走が続く彼女の次走を何にするか、文三は考えていた。
クラシック三冠制覇を目指すクロイツと文三。
そんな彼女の世代には良いライバルがいた。
ホープフルステークスで1着を取ったヴァーミリアン。
京都ジュニアステークスで3着、ホープフルステークスでは4着とデビューしてから掲示板を外したのはデイリー杯ジュニアステークスの一度のみのハヤテエンペライザ。
デビュー戦で1着、ホープフルステークスで3着のアドマイヤジャパン。
デビュー戦1着、中山で行われた芝2000mの方のホープフルステークスで3着、そして先日行われた寒竹賞ではシーザリオにクビ差同タイムでの2着だったアドマイヤフジ。
ちなみにだが、エンペライザやアドマイヤジャパンが出たホープフルステークスは阪神レース場で行われる芝2000mのレースで、別物である。
そして先日のデビュー戦で圧勝してみせたディープインパクト。
(今年のメンツも凄いのが多いな……)
もちろん、自分のチームのクロイツだってと思う文三。
次走はまだ未定だが、三冠のひとつである皐月賞が4月にあるのでそれの前には走らせたい。
(ホープフルの疲れがまだ抜けきっていねぇみたいだから今月は出さないとして2月か3月……)
3月にある弥生賞は皐月賞の前哨戦として有名だ。
おそらく他の子達もそこに照準を合わせて来るだろう。
ならば必然的にその前後にズラし、有力なウマ娘と当たらないようにするのも戦略だ。
こうやって担当が少しでも勝てる確率を上げる。
そうして夢を叶えられるように手伝うのだ。
(だとしてもまずは疲れを取るのが先だが、それと並行してトレーニング)
今日は様子見で走らせているが、まだ本調子でないように見える。
(適度に休ませつつトレーニングをさせる、か)
とこの先のトレーニングプランを練りながら文三は
「よし。今日はここまでだ。クールダウンに入れ」
と指示を出す。
そして
「次はお前達だ。ハーツ、ユートピア」
「……おう」
「はぁい」
彼女達のトレーニングを開始した。
「気合い入れろー! もうレースは今週末だからなー!」
「はーい!」
と、諒太に喝を入れられながら走るのはハヤテエンペライザ。
「次はアドマイヤも来るんだぞ! そんなんで勝てるのか!」
ホープフルステークスにて3着を取ったアドマイヤジャパンも出走する予定となっていた。
そんなエンペライザだが足首にアンクレット型の重しを着け、負荷をかけながら走っている。
そんな彼女の次の出走予定は京成杯。
次の日曜日に中山レース時で行われるGⅢの芝2000mのレースである。
勝っても皐月賞への優先出走権は無いが、それでもクラシックレースに向けて走る者は多い。
ただ
(問題なのは……)
諒太が気にしているのは当日の天気だ。
予報だと当日は雨。
雨だとバ場のコンディションが悪くなる事がある。
特に今回の芝コースの場合は雨で滑りやすくなり、走りにくかったりする事もある。
そのため、良バ場の時よりも慎重にレースを進める必要がある。
(せめてやや重ぐらいで済むと良いんだが……)
やや重とは、良ではないが重くもない。
そんな感じである。
掲示板等でバ場の状態を表す際には、稍重と表記される。
イメージとしては少しぬかるんでいる感じだろうか。
中にはそういう重バ場を得意とする子もいたりするので、そういう面でも相性が出て来る。
かと言ってコースに水を撒いて重バ場状態にして練習するわけにもいかないのが悩みどころだ。
ただ雨で滑りやすくなる分、走るのにパワーがいるので足に負荷をかけるトレーニングをさせているのだ。
(俺なりにやれるだけの事はやっている。後はアイツ次第だな……)
そう思いながらエンペライザを見る諒太なのだった。
そうして……
(あ〜ちくしょう。降りやがったよ)
1月16日。
京成杯当日。
天気、雨。
バ場状態は不良。
一応重バ場にはなっていないのが救いだろうか。
スタンドで傘をさしながらレースが始まるのを待つ諒太。
今回出るのは10人。
1枠1番ウォーターダッシュ
前走は先月25日のクリスマスローズステークス。
着順は5着。
4着のチアフルワールドに半バ身差となった。
2枠2番カネサマンゲツ
前走は昨年11月20日に行われた東京スポーツ杯ステークス。
着順は10着。
1着のスムースバリトンとのタイム差は1秒2だった。
3枠3番ジョウノビクトリア
前走は先月25日に行われた未勝利戦。
2戦目で初勝利をあげており、2着のシンシンマーキーにアタマ差同タイムでの勝利だった。
4枠4番コスモオースティン
前走は先月25日に行われた、エンペライザ達が出た方ではない方のホープフルステークス。
着順は4着であり、3着のアドマイヤフジとは半バ身差でのゴールとなった。
5枠5番ウインクルセイド
前走は先月4日に行われた葉牡丹賞。
結果は1着。
2着のナイトアットオペラとは1バ身と1/4差で勝利している。
6枠6番ニューヨークカフェ
マンハッタンカフェの妹という事もあり、雰囲気は似ている。
前走は先月26日の未勝利戦。
デビュー2戦目にして勝利し、今回で3戦目の彼女だったが、直前で出走取り消しとなった。
6枠7番モエレアドミラル
前走は昨年11月9日に行われた北海道優駿。
デビュー戦で競走除外となるも、2戦目から北海道優駿まで4戦走って全て1着。
4戦全てダートレースであり、今回初めての芝レースとなる。
7枠8番ニシノアレックス
前走はモエレアドミラルが優勝した北海道優駿で、結果は4バ身差の2着。
今回はその時のリベンジも兼ねて勝利を目指している。
デビュー戦と続く未勝利戦は芝レースに出ていたが、その後2戦でダートレースに出走。
久しぶりの芝レース参加である。
7枠9番アドマイヤジャパン
デビュー戦で1着を取り、前走はコスモオースティンが出た方ではない方のホープフルステークスで3着。
今日で3戦目となる。
8枠10番イブキレボルシオン
前走は先月26日に行われた未勝利戦。
8戦目でやっと勝利を掴んだ彼女。
勝った勢いに乗り、2戦目を目指しての出走である。
8枠11番ハヤテエンペライザ
前走はアドマイヤジャパンが出た方のホープフルステークス。
その時は4着だったが、今日は良い走りができそうだと第六感が告げていると控え室で諒太に言っていた。
戦績としては現在5戦1勝。
2勝目を目指しての出走である。
以上の10名が今日の京成杯に出るメンバーである。
雨の中コースに彼女達が姿を現すと、歓声が上がる。
雨もなんのその。
全力応援という姿勢がスタンドから感じられる。
そんな声援を受けながら、ゲートインしていく彼女達。
今回は2000mのレースなので、スタートはスタンド正面右側。
スタート直後はスタンド前を駆け抜けていく形となる。
時折顔についた雨粒を手で払うウマ娘達。
そんな全員のゲートインが完了。
ゲートが開き、京成杯が始まった。
降った雨雫が芝や土と共に蹴り上げられて宙を舞う。
そんなレースを先頭で引っ張るのはウォーターダッシュ。
それをコスモオースティンが追いかけ、その背後にはカネサマンゲツとモエレアドミラル、ウインクルセイドが走る。
その後ろをニシノアレックス、アドマイヤジャパン、ハヤテエンペライザが固まって走る。
それから少し離れてイブキレボルシオンとジョウノビクトリア。
その順位で迎える折り返し地点。
1000mの通過タイムは1分4秒2とやや遅めの展開。
そのまま先頭が第3コーナーへ入り、勝利へと向かう最終直線へと全員がペースを上げて駆け向かう。
ペースを上げたライバルに、先頭は譲らんと先頭を死守するウォーターダッシュ。
そんな彼女にコスモオースティンとモエレアドミラルが襲いかかるようにペースを上げて追走する。
そうして第4コーナーを駆け抜け、最後の直線に突入する10人。
直線に入ると同時にコスモオースティンがウォーターダッシュをかわして先頭に立ち、カネサマンゲツとモエレアドミラルが続く。
そのタイミングでモエレアドミラルの外からアドマイヤジャパンが強襲。
一気にコスモオースティンを捉えるや並ぶ気配無く抜き去る。
そんな彼女の背中を追い、エンペライザが進出。
まさに猛追といえる勢いで駆け上がって来る。
「負けるかぁぁぁっ!」
雨粒が口に入るのもお構いなしと言うように叫びながら迫るエンペライザ。
だが
(それはこっちも!)
迫らせない。
捉えさせない。
追い付かせない。
アドマイヤジャパンが逃げる。
逃げる。
逃げて、逃げて。
逃げる。
勝ちたいから。
その一心で意地を見せる。
駆け上がるエンペライザに差を縮めさせない。
これ以上の接近を許さない。
そう言うように加速する。
その背中を見せつける。
届かない。
(勝つのは……)
届かせない。
(私だッ!)
突き進むアドマイヤジャパン。
雨粒を蹴散らす。
突き抜ける。
スタンドの前を先頭で駆け抜ける。
ゴール板目掛けて。
その背中を追いかける9人を寄せ付けぬ圧倒的な勢いで。
(届かない!?)
1番近くて。
届かない。
その差を縮められない。
エンペライザはその背中を見て思った。
みるみるゴール板までの距離が無くなっていく。
ここで追い抜かなければと焦りながらも諦めずに走る。
だが。
それでも。
勝ったのは。
『アドマイヤジャパンゴールイン!』
彼女が2勝目をあげた。
勝ちタイムは2分7秒4。
上がり3ハロンのタイムは10人の中で最速の36秒9。
2着はハヤテエンペライザ。
タイムは2分7秒6。
アドマイヤジャパンとは1と1/4バ身差。
上がり3ハロンのタイムは2番目に速い37秒ジャスト。
3着はコスモオースティン。
タイムは2分7秒8。
エンペライザとの差は1と1/4バ身差。
上がり3ハロンにタイムは5番目に速い37秒8。
1秒にも満たぬ差に彼女達は壁を感じた。
先頭まで一気にブチ抜いて魅せた末脚は、壁を感じさせるには十分だった。
が
(次は勝つ……)
(次は負けない)
(今度は勝ってみせる)
負けた全員。
その壁を越える気満々であった。
そしてそのレースを
(早くあの子達とも走りたいな……)
ディープインパクトは見ていた。
最後の末脚。
後続を引き離すスピード。
そして何より先頭へと突き抜け躍り出たあの姿。
あぁなんて事だ、とディープは思う。
早く走りたい。
クラシックレースで早く走りたい。
追い越したい。
競い合いたい。
レースを楽しみたい。
爛々と目を輝かせながらスタンドで応援してくれたファンや来てくれた人達に手を振るアドマイヤジャパンを見て思う。
アドマイヤジャパンだけではない。
最後まで走り抜いた同世代を見て、ディープはその日が来るのが楽しみだと。
そう思いつつ、翌週22日に行われる若駒ステークスへの出走が今から楽しみで仕方がないディープなのだった。
その日、学園に戻った諒太は
(なんて励ましたら良いんやら……)
先にエンペライザ達を部室に向かわせ、駐車場に車を停めた彼。
帰りの車内はエンペライザだけでなく、同チームのファイングレイン、ソングオブウインド、レジネッタも黙っていた。
こういう時に励ましの言葉をかけて、メンタルケアをするのもトレーナーである自分の役目なのだがと思いつつ、言葉が見つからない諒太。
(走れば忘れる、ってわけじゃねぇか……)
それが通用する子もいるが、エンペライザがそうとは限らない。
(さて……どうするか)
そう考えながら部室のドアを開けると
「えー、ではこれよりエンペライザ頑張ったねパーティーを始めまーす!」
部室内は紙テープ等で飾られており、ファイングレイン達によるエンペライザ慰め会という名の打ち上げが行われていた。
(ま、元気になるなら良いか)
と、やや苦笑い気味のエンペライザを見て思う諒太なのだった。
次の日の放課後の事。
「うおォォォォォッ!」
「どりゃァァァッ!」
クロイツはワンアンドオンリーと併走していた。
「おーおー元気にやってんなぁ」
「お前もちゃんと練習しろ」
と、そんな二人を見て感心するように言うハーツとそんなハーツに返す文三。
「ま、オレはしばらく休みだからな。のんびりやらせてくれよ」
「のんびりし過ぎると走り方忘れんぞ」
「忘れるかよ」
ただいまハーツは彼女が言ったようにお休み中。
次のレースは春。
4月を目安にしている。
そんな彼女だが
(走った所で……だな)
幻影のキングに勝ち、虚しい勝利を遂げたハーツ。
正月に帰省した際に
こんな状態で走っても、ライバルに失礼なだけだ。
でもいつまでも休むわけにもいかない。
なので4月を目処に再始動する事にしたのだ。
(それまでに見つけられりゃ良いんだけどな……)
と、フッと目線を落として思うハーツ。
そんな彼女を見る者が二人いたのだが、その視線に気付く事は無かった。
その日の夜。
門限はとっくに過ぎ、みんなが寝静まった頃。
(……)
ダンスインザダークは一人、部室に来ていた。
本来ならば鍵もしっかりかけられているのだが、サポートを担当する彼女には合鍵を渡されていたのだ。
そこで彼女はただただ、保管されていた自分の勝負服を眺めていた。
デザインとしては黒を基調とした、肩出しタイプのドレス。
裾には五線譜を思わせるラインが引かれており、ト音記号をはじめいろんな音符が描かれている。
現役時代はこれに加えて足の部分は白で上に行くに連れて黒に変わっていくロングブーツを履いていた。
インナーもあるが、今は大事にしまわれている。
菊花賞翌日に屈腱炎が発覚して引退した後もずっと、文三が大切に保管してくれていたのだ。
しかも定期的にクリーニングにも出してくれていたのだろう。
初めて袖を通した時と遜色ない状態だった。
それを見てダークは思う。
私が先輩として、悩む後輩にできる事は無いのだろうか、と。
(走れたら……)
屈腱炎は治った。
でも、またあの痛みを味わうのかと思うと足が動かない。
そう思った時だった。
「なんだ。ダークも来てたんだ」
「リーヴァ」
来たのはダイタクリーヴァ。
骨折を乗り越えるも屈腱断裂により引退したウマ娘だ。
「もう、門限過ぎてるよ」
「それはお互い様でしょ」
リーヴァの言葉に肩をすくめて返すダーク。
「まぁ、ね。でも、後輩が悩んでいるのに黙ってじっとなんてしていられなくてね。気付いたら来ていた……」
そう返すリーヴァが思い出すのは現役で走っていた時の事。
デビュー戦で勝った日の事。
4戦目にして走った初重賞レースのシンザン記念では3バ身つけて勝った。
続けて走ったスプリングステークスでも勝った。
そして続けて走った皐月賞ではエアシャカールにクビ差で届かずの2着。
ダービーでは距離適性が合わなかったのか12着。
その後も勝ったり負けたりした。
京都金杯を2連覇したりもした。
最終成績は19戦7勝。
掲示板外になったのは5回。
掲示板に入った際も3着以下になった事は無い。
「まぁ、それは同感かな……」
と返すダーク。
彼女はデビュー戦、弥生賞、プリンシパルステークス、京都新聞杯、菊花賞で1着を取っている。
ダービーにも出た彼女だが、その時はフサイチコンコルドの音速の末脚に一歩及ば、クビ差の2着だった。
トゥインクル・シリーズで輝いてみせた二人。
共にケガでターフを去った二人。
その二人は共に悩むのは、一人の後輩をどうしたら助けられるか。
「せめてまだ走っていたら。彼女の気持ちも分かったのかな……」
と勝負服を見ながら言うダーク。
もう走っていない自分では後輩の悩みを理解できないだろうと。
走る者の悩みは走る者にしか分からない。
一線を退き、サポートに移った自分では無理だろう。
そう思った時だった。
「そうだね。走る子の気持ちは走らないと分からない。あの日ケガをしてやめた私達じゃ分からないかもね……」
とリーヴァは言う。
「でも」
月明かりが差し込む窓を見て言う。
「今は走れる」
たとえあの時の走りができなくても。
たとえ全盛期の走りができなくても。
たとえトゥインクル・シリーズで見せた輝きから遠くても。
あの頃の輝きを出せなくても。
「今の私達は走れるよ」
その気さえあれば走れると。
ダンスインザダークに言うのだった。
お読みくださり、ありがとうございます。
後輩の悩みに先輩が動く……のか?
次回もお楽しみに!