1月が終わって2月。
普段お世話になっているトレーナーに、日頃のお礼にとバレンタインにプレゼントを送ろうと考える子達が最後の追い込みを始める頃。
ユートピアも20日に行われるフェブラリーステークスに向けてトレーニングをしていた。
そんななかで
「……はぁ、はぁ……っ」
昨年菊花賞ウマ娘のデルタブルースは、練習用コースで暗い顔をしていた。
菊花賞を取り、ジャパンカップでは3着、そして有マ記念では5着と連続して掲示板入りを果たした彼女。
ジャパンカップでは上がり3ハロンで34.6秒と2位のスピードを出した彼女。
そんな彼女だが、疲労による不調に悩まされていた。
だがそれも仕方のない事だろう。
一昨年の11月にデビューした彼女。
翌12月に未勝利戦に出走。
年を越した1月にには未勝利戦に二度出走。
翌2月に梅花賞出走。
3月の未勝利戦に出走し、翌4月はレースに出ず休養。
5月には青葉賞ともつひとつレースに出走。
6月は休んで7月から8月にかけて行われる夏合宿に参加し、合宿明け9月に兵庫特別に出走。
続く10月には九十九里特別と菊花賞に出走。
11月にはジャパンカップに出走し、12月に有マ記念に出走。
デビューしてから走っていないのは4月、6月、夏合宿の7月と8月の4ヶ月のみ。
計13レースに出走。
ちなみにハーツは昨年1月にデビューし、2月から4月までは月1で出走。
5月に二度出走。
6月は休んで夏合宿に参加。
合宿明けの9月から12月も月1での出走。
計10レースに出走している。
話を戻し、それだけ走った事もあってかデルタの肉体にはかなりの疲労が蓄積されていた。
そしてその疲労から調子が落ち、トレーニングの際のタイムも落ちていた。
今日も走っていたのだが思うように走れず、タイムも悪かった。
(今日はもう上がろ……)
これ以上走っても良い記録は出ないと、練習を切り上げる事にしたデルタ。
そんな彼女と入れ替わるようにハーツがコースに姿を現す。
クロイツとの併走の際に扉を感じたハーツ。
その扉を開けるための鍵を探すため。
その扉の向こう側に至るために自身を鍛え直していた。
そんな彼女の手伝いをするのはアルフォンス。
現在文三はフェブラリーステークスを目指すユートピアの方に行っており、せっかくのサブトレなんだから行って来いと言われたのだ。
「それじゃぁハーツさん。タイム計りますね」
「おう。頼んだ」
「では……スタート!」
アルフォンスの合図に合わせて走り出すハーツ。
いきなり飛ばしはしない。
まずは様子見。
そこから徐々に上げていく。
レースが近いわけでもないので無理に上げて怪我をしないように。
それでも
(凄い……やはり彼女は)
その走りにアルフォンスは、タイマーを止めるのを忘れるぐらい見惚れてしまったのだった。
「ご、ごめん。次はちゃんと計るから」
「……ふん」
ハーツとしてはタイムは二の次。
あの日感じた扉を開けるための鍵を探しているのだから。
翌日。
(また今日もダメだ……)
調子が戻らないデルタ。
そんな彼女の目の前を走り抜けるハーツ。
さらに翌日。
(ッ、どうして!)
足が重い。
そんな自分と対照的に走るハーツ。
そしてさらに翌日。
「デルタ」
一向に調子の戻らないデルタに、トレーナーの優が声をかける。
「去年は少し無理をさせたかもな……」
と。
皐月もダービーも出られなかった。
だから最後の菊花賞だけはとモチベーションが高かったデルタ。
さらに続けてジャパンカップと有マ記念に出走し、見事掲示板入りをしてみせた。
だが菊花賞とジャパンカップで見せた不完全な領域。
有マ記念ではそれが発揮できなかったのは、おそらくだがすでに疲労が溜まっていたからだろう。
それでも有マ記念では5着に入った。
さらに言えば1着から4着まではシニアクラスの先輩ウマ娘。
つまり、クラシッククラスの同期達に先着をさせていないのだ。
それを鑑みると確実に成長している彼女。
だがそんな彼女でも、疲労が溜まった肉体に無理をさせればいつか大怪我をしてしまう。
だから優は
「春は休もうデルタ。しっかり休んで、合宿に行って、秋を目指そう」
長い。
あまりにも長い休息宣言だった。
「そ、そんな事しなくても! 私は……春天に宝塚だってあるのに……そ、そんな事したら」
5月に行われる春の天皇賞と6月に行われる宝塚記念。
京都レース場で行われる芝3200mのGⅠレースである春の天皇賞。
タマモクロスがしたように、天皇賞春秋連覇に憧れる者も少なくはない。
当然デルタも憧れていた。
宝塚記念は阪神レース場で行われる芝2200mのGⅠレース。
こちらは有マ記念のように出走メンバーがファン投票で決められる。
ファンに選ばれたウマ娘達が鎬を削るレースである。
春全休となると、その両方に出られないという事だ。
「また、また私に……諦めろって言うんですか」
ダービーの時のように。
あの時は自分も納得していた。
故に優に諦めさせて欲しかった。
でも今は違う。
不完全ながら領域に達した彼女は、自分の走りなら春天も取れると自信を持っていた。
疲れだってそれまでには抜けると。
取れると。
だから走れると。
そこからトレーニングをしても間に合う。
たとえトレーニングが不十分でも今の自分なら先にシニアクラスに上がっていた先輩と対等に渡り合える。
そう自信を持っていた。
そう自分に言っていた。
「私は勝てます! 私は強くなりました! 私は……私は……」
だから
「もう諦めたくないんです!」
目の前を走り抜けたダイワメジャー。
最強の大王となり、1敗のままターフを去ったキングカメハメハ。
秋シニア三冠を目の前で達成してみせたゼンノロブロイ。
そんな彼女達と戦いたい。
走りたい。
競い合いたい。
もっともっと高みへと行きたい。
「デルタ……」
落ち着かせるような口調で優は言う。
「俺は、きっとこのまま天皇賞に出ても良い結果は出せるとも思っている。でもお前はもっと上を目指せるウマ娘だと思っている。だから俺は、そのもっと上のステージでお前に走って欲しい。そのために、堪えてくれ。頼む」
そう言って頭を下げる。
そんな彼にデルタは
「そんな事……そんな事言われたら……」
耳を倒して
「わがまま、言えないじゃないですか……」
デルタブルース。
春シーズン。
全休。
2月13日。
晴れの日曜日の京都レース場。
そのコースを9人のウマ娘が走っていた。
芝1800mのGⅢレース。
きさらぎ賞が行われていた。
レースも終盤。
最終コーナーを周って最後の直線。
マキハタサーメットを先頭にテイエムヒットベ、シルクネクサスとコンゴウリキシオーが追いかけ、さらにそれをスイートアリッサムとレジェンダロッサとハヤテエンペライザ、アドマイヤフジとシンメイレグルスが追いかける。
それぞれのファンが勝利を願って最後の声援を送る。
怒号にも近い、まさに声の塊がそれぞれのウマ娘の背中を押す。
そんななか、コンゴウリキシオーが伸びて来る。
さらにエンペライザと後方からアドマイヤフジが迫り、前方を走っていたテイエムヒットベも粘る。
迫るゴール板。
先頭はマキハタサーメット。
その背中にコンゴウリキシオーが迫り、アドマイヤフジとエンペライザがテイエムヒットベと並ぶ。
並ぶ。
並んで。
塊となって。
ゴールを駆け抜けた。
どっちだと言うように、ゴールを駆け抜けたコンゴウリキシオーとマキハタサーメットは止まると掲示板へと振り向いた。
1着と2着の欄に数字はまだ表示されておらず、3着から5着までは表示されていた。
それから数分。
結果が表示された。
1着コンゴウリキシオー
2着マキハタサーメット
3着アドマイヤフジ
4着ハヤテエンペライザ
5着テイエムヒットベ
勝ちタイムは1分48秒5。
1着と2着の差はなんとハナ差で同タイムだった。
アドマイヤフジは2着と半バ身差。
エンペライザはフジとクビ差。
テイエムヒットベはエンペライザとアタマ差。
とそれぞれなった。
ちなみに上がり3ハロンのタイムだが、アドマイヤフジが33秒7と最速を出し、2番目がエンペライザの34秒4。
3番目が6着スイートアリッサムの34秒4となった。
「へ〜。良い走りするじゃん。後輩達」
そのレースの中継をダイワメジャーは部室でストレッチをしながら見ていた。
喉の手術を終え、トレーニングでレースの間隔をだいぶ取り戻して来た彼女。
(いつか一緒に走れるかな……)
ストレッチを終えた彼女はテレビを消し、部室を出るとそのまま学園外に。
今日は学園の外を軽く流して来る予定なのだ。
(目標タイムはっと……)
軽く流すと言ってもダラダラ走るわけにはいかないので目標タイムは決めてある。
(よし、行くか)
走る前に軽く屈伸をしてスタート。
車や他の人に気を付けながら走り出した。
(よし。目標達成っと)
その後無事に戻ったメジャー。
今日の調子も順調で終了。
この調子なら近い内に復帰できるだろうとなんとなく思うメジャー。
トレーナーの雅弘には復帰戦は盛大にやるからねと言っており、彼は彼で何のレースが良いか良い意味で悩んでいるそうだ。
(どんなレースが来るか、楽しみだな)
そう思いながら明日の支度をするメジャー。
こうして全員が夜を過ごし、翌日を迎える。
それぞれの想いを胸に。
ある者は再起するために春シーズンを休む事に。
またある者は扉の向こうへと進む鍵を探して。
またある者は後輩の悩みを知るために。
そしてある者達はこれから始まるクラシック戦に向けて。
それぞれができる事をするのだった。
そうしてしばらく。
迎えた2月20日日曜日。
小雨の中東京レース場でフェブラリーステークスが行われた。
ダート1600mのGⅠレースである本レース。
不良バ場で行われたレースに出たのは15人のウマ娘。
その中にユートピアの姿もあった。
応援に来てくれた文三達に手を振る彼女。
果たしてその結果は……
1着メイショウボーラー
2着シーキングザダイヤ
3着ヒシアトラス
4着タイムパラドックス
5着アドマイヤドン
掲示板入りを果たせなかった。
1着のメイショウボーラーは最初から最後まで先頭を走っての逃げ切り勝ち。
前半800mを45秒8、1000m通過タイムは57秒8というハイペースで駆け抜け、叩き出したタイムは1分34秒7とレコードタイム。
上がり3ハロンのタイムは36秒9。
2着のシーキングザダイヤに1バ身と1/4差での勝利となった。
途中ストロングブラッド、サイレンスボーイ、シーキングザダイヤ、ヒシアトラスの4人が並んで熾烈な2番手争いが行われ、それを抜け出したシーキングザダイヤとヒシアトラスが並んで追い上げるが惜しくも届かず。
スタートで出遅れ、最高峰からのスタートとなったアドマイヤドン。
だがJBCクラシック3連覇、昨年のフェブラリーステークスと帝王賞制覇、ジャパンカップダートに3年連続で掲示板入りした意地を見せて5着に入った。
ではユートピアはどうだったか。
「はぁ、はぁ……ははっ」
自分の順位に信じられないと思いつつもこれが勝負の結果だと受け入れ、小さく溢れる乾いた笑い。
(ちくしょう……)
それと同時に湧き上がるのは悔しさ。
「勝ちたかったなぁ……」
フェブラリーステークス
ユートピア
15着。
タイムは1分37秒3。
14着のノボトゥルーとはクビ差の同タイム。
1着のメイショウボーラーとは2.6秒差でのゴールとなった。
だが
(にしても凄かったな……)
思うのはメイショウボーラーの逃げ足の凄さ。
誰にも捉えられない
捉えさせない。
完全な逃げ切り勝ち。
負けたのにその脚を称賛してしまう。
(さて、と……)
パンパンと服についた砂を軽く落とし、コースから地下バ道へと入る。
(次は負けない……)
次走はまだ未定だが、次こそは勝ってみせると誓うのだった。
数日後。
「よし……これなら」
「いけそう」
ダンスインザダークとダイタクリーヴァの目には自信が満ちていた。
お読みくださりありがとうございます。
デルタは休養に。
そしてメジャーは復活までのカウントダウンがスタート……かも?
次回もお楽しみに!