ウマ娘〜想いを背負って繋いで〜   作:にゃんころもち(黒糖)

40 / 74
40話〜衝撃〜

 

 3月。

 皐月賞前哨戦である弥生賞を週末に控えた金曜日。

 出走する10名のウマ娘達は最後の追い込みをしていた。

 

 出るのはアドマイヤジャパン、エイシンサリヴァン、ダイワキングコン、ディープインパクト、ニシノドコマデモ、ニューヨークカフェ、ブレーブハート、マイネルレコルト、マチカネオーラ、レットバトラーの以上10名。

 

 他にもアドマイヤフジとハヤテエンペライザは若葉ステークスから、ローゼンクロイツは毎日杯から皐月賞を目指す事とした。

 

 一生に一度の大舞台。

 クラシック三冠レースの内のひとつ。

 皐月賞。

 

 今年は4月17日に行われるそれに向け、全員のモチベーションが高まっていた。

 

 

 

「うおぉぉぉぉぉっ!」

 

「どうしたクロイツ。そんなんじゃ勝てねぇぞ!」

 

「は、はいっ! まだまだぁぁぁっ!!」

 

 26日に行われる毎日杯に照準を定めたクロイツは、ハーツに併走の相手をしてもらっていた。

 毎日杯は別に勝っても皐月賞の優先出走権は与えられないが、きさらぎ賞と同じように前哨戦として選ばれるレースだった。

 

 阪神レース場で行われるそれを目指すクロイツ。

 その横を走るハーツは、仮のゴールを目指してスパートをかける。

 

(ッ! やっぱりこの加速……ついて行けない。でもっ!)

 

 振り切られまいと走るクロイツ。

 だがハーツにも先輩としての意地がある。

 それにハーツはクラシッククラスの際に若葉ステークスと神戸新聞杯で阪神レース場を走っている。

 しかも距離は毎日杯と同じ2000mだ。

 

 併走相手としてはちょうど良いだろう。

 

 そのままクロイツを振り切ってゴールするハーツ。

 そんな彼女も4月に行われる産経大阪杯を目指している。

 落ちていた体重も戻って来ており、調子も良い。

 

 扉を開ける鍵を探す事。

 そしてその扉を開けて向こう側へと行く事。

 向こう側へ行って次のステージに行く事。

 どうやらそれがモチベーションに繋がっているようだ。

 

 ちなみに産経大阪杯も阪神レース場で行われる。

 こちらは毎日杯と同じく芝のレースだが距離が2000m。

 対する毎日杯の距離は1800m。

 200mも差があるが、ハーツはクロイツに合わせて併走をしていた。

 

「10分ぐらい休むか」

 

「は、はい……そうします」

 

 ハーツに言われ、コース脇に移動して座り込むクロイツ。

 ちなみに5本ほどぶっ通しで走っている。

 そんなクロイツの目の前で

 

「ッ!」

 

 ユートピアの合図と同時に走り出すハーツ。

 スタートの位置がクロイツと走った際よりも200m移動している。

 今度は産経大阪杯を想定した2000mの走り込みだ。

 

(す、すごい……)

 

 自分と5本走った後にさらに走れるなんて、と驚愕するクロイツ。

 そんな彼女に

 

「ちゃんと水分補給して下さいね」

 

 アルフォンスがドリンクを持って来た。

 

「あ、どうも……」

 

 それを受け取って一口飲むクロイツ。

 

「ハーツさん凄いですね。まだ走れるなんて」

 

「流石先輩って事ですかね。2着とはいえダービー出てますし」

 

 そんな彼女と併走したクロイツ。

 走ったから分かるハーツの末脚の爆発力。

 文字通り手も足も出ないほどの加速力はハーツの最大の武器だろう。

 

「もし先輩が後半追い上げるタイプじゃなくて先行タイプだったらもっと勝っていたんですかね」

 

 ポツリと漏らし、ドリンクを飲むクロイツ。

 その言葉を聞いたアルフォンスは

 

「ねぇクロイツさん」

 

「はい?」

 

「その事、誰にも言わないでおいて。もちろんハーツさんにも」

 

「えっ……どうし」

 

 どうして、と尋ねようとしてクロイツは言葉を止める。

 

「まぁ、分かりました……」

 

 そして了承する。

 何故なら、アルフォンスが今まで見せた事ないほど真面目な顔で何かを考えていたからだった。

 

 

 

「そろそろ始めるか」

 

「はい!」

 

 15分後。

 ハーツに言われてクロイツは立ち上がり、再び併走を開始。

 それなりに休めたクロイツは気合いを入れて走り込んだ。

 今度こそハーツより速く走ってみせると。

 

 ペース配分を見直し、仕掛けどころを変えたりしてハーツに挑むクロイツ。

 だが、流石はダービー2着の実力か。

 

 あれこれ作戦を変えてくるクロイツをブチ抜くハーツ。

 伊達に2着は取っていない。

 その凄まじい末脚をもってその背中を見せつける。

 

 見せつけられる度に追い付きたいと思った。

 追い越したいと思った。

 

 そして何度目の併走の時だったか。

 

(もう少し! もう少しで!)

 

 ハーツを抜き、後もう少しで先にゴールできる。

 最後まで気を緩めずに。

 全力で走り切る。

 

 そう思って一歩一歩走る。

 そんなクロイツの背後で

 

「ッ!?」

 

 ハーツの存在感が一瞬膨れ上がった、とクロイツは思った。

 その直後だった。

 ハーツが自分の真横を、凄まじい末脚をもって駆け抜けた。

 

 

 

「良い感じだったな」

 

「あ、ありが、とう……ござい、ます」

 

 息を整えながらハーツに礼を言うクロイツ。

 そんな彼女にハーツは言う。

 

「特に最後のスパートは良かったぞ。あれならクラシックも取れるかもな」

 

「は、本当ですか!?」

 

「おいおい。疲れてんだろ。そんな大声出すなって。本当さ。オレはレースの事で嘘は吐かないからよ」

 

 実際ハーツは最後の最後で本気を出した。

 本気を出さないと抜けないと思わせるほどの走りをクロイツはして見せたのだ。

 

 昨年の10月にデビューして4戦2勝という結果を出している彼女。

 そんな彼女の走りは、先輩であるハーツに本気を出させたのだ。

 

「まぁなんだ。時間がある時は走んの付き合ってやるから。また声かけてくれよ」

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 そう言うクロイツにハーツは最後に

 

「まぁでも。まだしばらく負けるつもりはないから。頑張れよ。後輩」

 

 と言った。

 先輩として。

 本番のレースでなくても。

 負ける気は無いと。

 

 

 

 その日の夜。

 

「……」

 

 アルフォンスは部室で一人、レースの記録映像を見ていた。

 止めて巻き戻して再生し、また止めては巻き戻して再生を繰り返している。

 

(もし僕の予想が正しければハーツさんは……)

 

 サブでもトレーナーとして。

 チームにいるウマ娘が少しでも勝てるように作戦を練る。

 そのために彼は遅くまで映像を見ていた。

 

 

 

 土曜日。

 

「師匠ー! ウチとも併走してくださいよー!」

 

「あーまた今度なー」

 

「なーんでですかー!」

 

 私服姿のハーツはワンアンドオンリーに併走に誘われていた。

 ちなみにハーツの私服は黄色のシャツに薄手のロングコート、黒のパンツである。

 

「着替えて走りましょーよー!」

 

「んでだよ……今日は先約がいるから諦めてくれ」

 

「誰ッスか!? ウチも良いか聞くんで教えてくださいッス!」

 

「あー、えーっと……先約って言ってもお前の知らないやつだからそのだな……」

 

「大丈夫ッス! 師匠のご友人はウチの友人ッス!」

 

「あー……」

 

 この程度では諦めないか、と思いつつハーツは

 

「はぁ。分かった分かった……なら来いよ」

 

 と諦めるのだった。

 

 そしてオンリーと共に先約との待ち合わせ場所である正門に行くとそこにいたのは

 

「やっほー。ってあれ? お友達?」

 

「そうだよ。エメ姉ちゃん」

 

 ハーツの姉であるエメラルドアイルだった。

 

「へぇ〜。お友達か〜。初めまして。私はエメラルドアイル。この子のお姉ちゃんでーす」

 

 2月12日の春日特別で1着を取り、3月12日に行われる中山ウマ娘ステークスに出走予定のエメラルドアイルだった。

 

 そんな彼女の自己紹介に

 

「お、おっ……お姉様!?」

 

 トレセン学園に来る前の友達と会うのだろうぐらいに思っていたオンリーの許容値を超えたのだった。

 

 

 

「へ〜。オンリーちゃんはハーツのお友達じゃなくてお弟子さんなのか〜」

 

「そ、そんな。弟子なんてそんな」

 

「思いっきり弟子にしてくれって来てたじゃねぇか……はぁ」

 

 駅前の喫茶店へと場所を変えた3人。

 そこでオンリーはアイルに可愛がられていた。

 

「いや〜ハーツも隅に置けないねぇ」

 

「やめろよ」

 

 そう言ってコーヒーを飲むハーツ。

 

「よし! 今日は予定を変えてオンリーちゃんとの親睦会にしよう!」

 

「やーめーろって」

 

「というわけで今日はこのままオンリーちゃんの服を買いに行こう」

 

「良いんスか!?」

 

「二人だけで行け」

 

「アンタも行くのよハーツ!」

 

「師匠ッ!」

 

「……っ、はぁ」

 

 行かないと帰してくれなさそうだなと思い、頷くハーツなのだった。

 

 

 

 それから服を買ったり映画を見たりしてあっという間に夕方を迎えた3人。

 荷物を持ったハーツが前を歩き、アイルとオンリーがその後ろで話しながら歩いている。

 

「今日はありがとうね。いやー、楽しかった〜」

 

「自分も楽しかったッス! でも、どうして待ち合わせを? 寮の前でも良かったんじゃ……」

 

「え〜? せっかくのお出かけなんだし、それじゃ面白くないじゃん。待ち合わせした方が待つ時間も楽しいじゃん」

 

「な、なるほどッス」

 

「それに……」

 

 正門前で待っている時の事を思い出すアイル。

 昨晩急に出かけようと誘ってそれに応じてくれた妹。

 急だったから何か心配してくるだろうか。

 もしそうだったらなんて言おうか。

 それを考えながら待っていた。

 

 そんな妹が連れて来たオンリー。

 元気溌剌天真爛漫な彼女と話すのが楽しかった。

 出かけるのが楽しかった。

 

「なんかほら! 待ち合わせって楽しくって良いじゃん!」

 

 笑顔を見せて言う。

 そんな彼女にオンリーも

 

「ッスね!」

 

 頷いた。

 そんな時だった。

 

「あー……歩くの、速かったら言えよ。エメ姉ちゃん」

 

 と言い、ゆっくり目に歩く妹。

 

(なんだ……バレてたのか)

 

 と思うのエメラルドアイルだった。

 

 

 

 その日の夜。

 

(楽しかったな……)

 

 寝る支度をしながらハーツは、アイルとオンリーと共に出かけた事を思い出していた。

 なんだかんだ言いながら楽しかったようだ。

 

(にしてもエメ姉ちゃん。なんの話があったんだろ)

 

 出かけようとメールで誘われた際、話があると書いてあったのだが話無しで解散となってしまって。

 

(……まぁ、なんかあったんだろうな)

 

 前より歩くのを遅く感じた。

 オンリーと話しながらだろうかと初めは思ったが、それにしても遅かったと思う。

 

(怪我とかしてねぇと良いんだけど……)

 

 そう思いつつベッドに入るハーツ。

 明日は弥生賞を見に中山に行く予定だ。

 出走は15時35分を予定しているが、混雑が見込まれるので早めに行く予定となっている。

 

 他にもレース場のグルメもせっかくならばと予定に組み込んでいる。

 行くのならば楽しみたい。

 

(この前行けなかった店に行けたら良いな……)

 

 そう思いながら目を閉じるハーツ。

 そんな彼女が眠るベッド。

 そのベッド脇。

 

 何もいない。

 

 何も無い。

 

 だが窓には確かに、大王の影が写っていた。

 

 

 

 翌日。

 天気は曇りだがバ場状態は良好の中山レース場のなか迎える弥生賞。

 芝2000mのGⅡレースである本レース。

 勝てば皐月賞へと繋がる大一番。

 

 クラシック三冠を目指す子は多い。

 ハードルは凄まじく高い。

 それでも目指す。

 それほどに憧れの称号。

 

 だが、それを成すためには皐月賞は落とせない。

 そしてその前哨戦である弥生賞。

 

 それに出る10人のウマ娘達が地下バ道から姿を現す。

 皐月賞に繋がるレースという事もあってか、緊張した様子の子もちらほらいる。

 

 直前での出走取り消し等は無く、出走メンバーは変わらず。

 ゲートインが始まる。

 

 1枠1番 アドマイヤジャパン

 2枠2番 ブレーヴハート

 3枠3番 レットバトラー

 4枠4番 ダイワキングコン

 5枠5番 ニューヨークカフェ

 6枠6番 マチカネオーラ

 7枠7番 マイネルレコルト

 7枠8番 ニシノドコマデモ

 8枠9番 エイシンサリヴァン

 8枠10番 ディープインパクト

 

 以上10名がゲートイン。

 出走の時を待つ。

 

 果たして誰が勝つのか。

 果たして誰が皐月賞への切符を掴み、道を繋ぐのか。

 

 全員が注目するなか、ゲートが開いた。

 

 

 

 始まった弥生賞。

 ダイワキングコンを先頭に、1000mの通過タイムは1分2秒2で折り返しに入る展開。

 

 第3コーナーを過ぎ、第4コーナーへと入る。

 先頭はダイワキングコンのまま。

 このまま逃げ切るのか。

 それとも誰かが先頭を奪うのか。

 

 その先頭を狙うのはアドマイヤジャパン、マイネルレコルト、レットバトラー。

 

 そんな時だった。

 静かに。

 ただ静かに。

 

 後方を走っていたディープが前へと出始めた。

 

 そうしてゴールへと続く直線へと入る一団。

 まだダイワキングコンが先頭を守っていた。

 

 そんな彼女に内側から迫るアドマイヤジャパン。

 内ラチに沿うように最内を一気に駆け上がっていく。

 ジワリジワリとだが、確かに前へと上がっていく。

 

 届く。

 

 マイネルレコルトも上がって来ているが、勝てる。

 そうアドマイヤジャパンが思った時だった。

 

 大外から彼女は来た。

 まさに飛んで来た。

 

『東でも炸裂するのか! 一気に外からディープインパクト!』

 

 ディープインパクトが一気に駆け上がって来た。

 

(来たっ!)

 

 来るとは思っていた。

 想定通りだとアドマイヤジャパンはギアを上げ、引き離しにかかる。

 が

 

『皐月に向かって弥生賞! 一気に先頭を奪った! ディープインパクトが先頭だ! 残り百を切って最後の坂!』

 

 ディープインパクトが先頭を奪い、駆け抜ける。

 

(行かせるかっ!)

 

 負けたくないと差し返そうと走るアドマイヤジャパン。

 それを追いかけるマイネルレコルトとダイワキングコン。

 

『最内からアドマイヤジャパン! 内からアドマイヤジャパン! アドマイヤジャパンも差を詰めて来る!』

 

「っ! ぬあぁぁぁぁぁっ!」

 

 1番を狙って。

 1番だけを狙って。

 全力で走る。

 

 だが

 

『しかしディープインパクト!』

 

 差は僅かだがディープインパクトが先頭。

 

『この二人の接戦だ!』

 

 マイネルレコルトとダイワキングコンを抜き去り、1番争いをする二人。

 ほとんど差は無い。

 だが

 

(ッ!?)

 

 懸命に腕を振る。

 懸命に足を前に出す。

 懸命に地を蹴って進む。

 

 なのに追い付けない。

 ディープに並べない。

 届かない。

 

(それでもっ!)

 

 ギアを更に上げる。

 このまま行けば2着は取れるだろう。

 皐月賞への道は開ける。

 

 だが、それでも。

 

(1番が良い!)

 

 1着を取りたい。

 1番になりたい。

 その一心で走る。

 

 だが

 

『マイネルレコルトは3番手!』

 

 だが

 

『ディープインパクト勝った! ディープインパクトゴールイン! お見事3連勝! デビューから3連勝ディープインパクト!』

 

 届かなかった。

 その差はクビ差。

 タイムは2分2秒2。

 1着のディープインパクトと同タイムでの2着。

 

 掲示板に記される、クビの文字。

 クビ差。

 ほんの僅かな差。

 

 その僅かな差が生むのは1着と2着という大きな差。

 

 しかもディープは、ほとんど息が上がっていなかった。

 あれだけの走りをしてまだ余力を残していた。

 

 次元が違った。

 でも

 

(次は、次は追い付いてみせる……)

 

 スタンドに向かって手を振る彼女の背を見て決意する。

 

(勝ってみせる!)

 

 彼女だけじゃない。

 3着だったマイネルレコルトも4着だったダイワキングコンも。

 このレースに出た全員が、次は勝ってやると誓うのだった。

 

 

 

 2日後の8日。

 ハーツはクロイツの併走に付き合っていた。

 弥生賞を見た後、クロイツから頼まれたのだ。

 

 ディープインパクトに勝ちたい。

 でも今の自分じゃ勝てない。

 だからもっと鍛えて欲しいと。

 

 それを承諾したハーツは本気で付き合っていた。

 昨日も走ったが、今日の走りはまた冴えて来ている。

 

「良い走りじゃないか。これなら今度の毎日杯は行けそうだな」

 

 素直にそう思ったハーツはそう言うや飲み物を取って来ると言って休憩を指示。

 クロイツはあの日自分に背中を見せてくれた先輩からの素直な称賛に喜びを感じつつ、コースの外へと出て休む事にした。

 

 

 

(本当に良い脚をしているよ。アイツ……)

 

 そう思いながらそれぞれのボトルを手に歩くハーツ。

 頼まれた以上は本気で強くしてあげたいと思っている。

 だからこそ適度に休憩を挟むのも忘れないようにしている。

 

(明日は……)

 

 レースは26日にある。

 まだ少し日はあるが、そこまで余裕があるわけでもない。

 さらに言えば自分もレースを控えている。

 クロイツばかりという訳にもいかない。

 

(ま、なんかありゃトレーナーから言ってくるか)

 

 と思う事にした。

 

 そんな時だった。

 

「もう、私を追いかけてはくれないの?」

 

 背後から声をかけられた。

 その声に思わず脚を止める。

 その声は聞き覚えのあるもの。

 突然のそれに驚き、目を見開いたハーツはゆっくりと振り返る。

 

 そこにいたのは、僅かに俯いたキングカメハメハ。

 俯いているためか前髪が顔にかかっており、表情は見えない。

 が、幻影である事は分かる。

 レースでもないのに勝負服を着ているからだ。

 

(またお前か……)

 

 最近出て来なかったのに、と思うハーツに影は続ける。

 

「あんなに追いかけてくれたのに」

 

 静かに

 

「もう、追いかけてくれないの?」

 

 心に突き刺さるように

 

「私のタイム。超えてないのに」

 

 拒む暇すら与えずに。

 

「ッ、黙れ!」

 

 影に向かって叫ぶ。

 すると影は

 

「あなたは私に勝てないよ」

 

 スゥーッと風にかき消されるように姿が薄くなっていき

 

「それはあなたが1番分かってるんじゃないかな」

 

 消えていった。

 

「……ふざけやがって」

 

 ポツリと呟くハーツ。

 その時だった。

 

「あー! 見つけたッス師匠!」

 

 ワンアンドオンリーが見るからに大慌てな様子で駆け寄って来た。

 

「んだよ……併走なら」

 

 今度にしろ、と言おうとしたハーツの言葉を珍しく遮ってオンリーは言う。

 

「併走どこじゃないッス! 大変ッス!」

 

 持っていたスマホの画面を見せて

 

「お姉様がっ!!」

 

「お姉様……あぁエメ姉ちゃんの事か。どうかしたのか?」

 

 スマホを受け取り、画面を見るハーツ。

 そこに映し出されていたのは

 

 エメラルドアイル。

 トゥインクル・シリーズ引退発表。

 原因は脚部不安との事。

 

 姉が引退するというニュースだった。




お読みくださり、ありがとうございます。

ついに彼女が始動。

そしてハーツは…

次回もお楽しみに!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。