3月19日。
晴れの土曜日。
阪神レース場にて行われている若葉ステークス。
芝2000mのこのレース。
1着を取った者には皐月賞への優先出走権が与えられる。
たったの1枚だけ用意されたチケット。
それを掴むために……
「ウオォォォォォッ!」
最終直線。
外から一気に駆け上がったアドマイヤフジ。
それを追うようにタガノデンジャラスがペースを上げ、後方にいたグッドネイバーとハヤテエンペライザも前へと駆け上がって来る。
だが先頭はアドマイヤフジ。
その末脚を爆発させて先頭を譲らずそのままゴールイン。
デビュー戦で勝って以来2着1回、3着2回と前戦こそすれど勝てずにいたアドマイヤフジ。
5戦目にして2度目の勝ち星を獲得。
勝ちタイムは2分0秒3。
2着は3/4バ身差でタガノデンジャラス。
3着にグッドネイバーが半バ身差で駆け込み、4着に3/4バ身差でエンペライザが入った。
ちなみにタイムだが、1着から4着まで0.1秒差ずつ。
それぞれ、2分0秒4、0秒5、0秒6。
さらに9着のビッグファントムまでが1秒以内のタイム差でゴールしていた。
そのレースを
(今年もこの季節になったか)
スタンドから見る一人のウマ娘がいた。
鹿毛色の髪。
鼻近くまである長い前髪に走る流星。
長めに伸ばした後ろ髪は艶のある黒。
右耳に白、左耳に白十字が入ったオレンジの耳カバーを着けている。
シンボリルドルフの1年前にデビューし、天皇賞春秋制覇がかかった彼女に勝利したウマ娘。
ルドルフの3敗の1敗で勝利したウマ娘。
ギャロップダイナである。
彼女はクラシック三冠に出る事は叶わなかったが、東京新聞杯や安田記念で勝利を収めている他、多くの重賞レースに出走している。
その戦績から最強の伏兵ウマ娘とも言われている。
今はトゥインクル・シリーズを引退し、自身のチームで後進育成の手伝いをしている。
今日はチームの後輩であるスクリーンヒーローとエフティマイアが見に行くと言うので、共に来ていたのだ。
(今年はどんなレースを見せてくれるのかな)
楽しみなギャロップダイナ。
そんな彼女だけでなく、ファンの注目が集まるクラシックレース。
中でも注目されているのは5人。
4戦2勝。
デビュー戦はクビ差で負けるも続く未勝利戦では3バ身差以上つけて勝利。
続く京都ジュニアステークスで勝つもホープフルステークスでは2着。
26日の毎日杯を目指すローゼンクロイツ。
5戦2勝。
デビュー戦にて2バ身半差つけて勝利。
続けてクロイツが出た方ではない、中山レース場で行われるホープフルステークスに出走するもエキゾーストノート、カンペキに次ぐ3着。
次走の寒竹賞ではシーザリオにクビ差同タイムの2着、きさらぎ賞でも3着だったが今回の若葉ステークスにて見事1着を勝ち取ったアドマイヤフジ。
4戦2勝。
デビュー戦にて2バ身つけて勝利。
続くホープフルステークスではヴァーミリアン、ローゼンクロイツに次ぐ3着。
年明けの京成杯にて1着を勝ち取り、先日の弥生賞ではディープインパクトに次ぐ2着。
好走の続くアドマイヤジャパン。
8戦1勝。
デビュー戦はクビ差の2着だったが、続く未勝利戦で1着。
だが次のデイリー杯ジュニアステークスでは8着。
京都ジュニアステークス3着、ホープフルステークス4着、京成杯2着、きさらぎ賞4着。
今回の若葉ステークス4着。
勝ち星こそ、まだ未勝利戦の一度だけだが好走が続くハヤテエンペライザ。
3戦3勝。
デビュー戦、若駒ステークス、弥生賞。
全てで勝利を収めており、デビュー以来無敗のウマ娘。
ディープインパクト。
この5人だ。
なんせエンペライザ以外は掲示板外になった事は一度もなく、そのエンペライザ自身も掲示板外になったのは一度だけ。
中でもディープインパクトは無敗という事もあり、一際注目されていた。
その注目株の一人であるローゼンクロイツは、26日の毎日杯に向けて
「うおぉぉぉぉぉっ! 負けないッスよー!!」
ワンアンドオンリーと併走していた。
「私だって!」
オンリーに負けじと加速するクロイツ。
そんな彼女とは別に
「お久しぶりです!」
「ご無沙汰しています!」
ジャージ姿のハーツの所に来たのはアルティマトゥーレとファルカタリア。
二人共チーム入りが決まったのでその事を報告しに来たのだ。
アルティマトゥーレはシーキングザパール、エアシャカール、シーキングザダイヤのいるチームに。
ファルカタリアは武蔵野ステークスを制したピットファイターがいるチームに。
それぞれ所属する事に決まったのだ。
「へぇ。そりゃ良かったな」
「はい!」
「いつか先輩とも走れますかね」
「さぁどうだかな。オレの所まで来れるか?」
と挑発するようにハーツが返すと
「行きます!」
「追いついて見せます!」
と二人はやる気十分。
そんな二人にハーツは
「そうか。なら、追いついて来いよ」
と、その背中を押すのだった。
「……良い後輩だね」
「ん? まぁ、そうだな」
それぞれのチームでの練習があると言って去った二人を見送ったハーツに話しかけるのはユートピア。
その姿はすでにジャージ姿になっている。
「よその後輩を可愛がるのも良いけれど、ちゃんと自分の後輩も可愛がってあげてね」
「分かってるよ……」
ユートピアの言葉に苦笑いして返し、コースへと入るハーツ。
そんな彼女に続くようにユートピアもコースに入る。
そして、二人による併走が始まった。
「すご……」
クロイツは思わず足を止めて呟いていた。
自分とオンリーを追い抜いて行った二人。
本番のレースさながらの勢いで走る二人の迫力は、彼女の足を止めるに十分なものだった。
そして
(いつか私もあんな走りを……)
そう思わせていた。
ハーツが産経大阪杯を目指すように、ユートピアもマーチステークスを目指している。
中山レース場で行われる、ダート1800mのGⅢレースである。
ちなみに毎日杯の翌日である27日に行われる予定である。
つまり、クロイツと同じようにもう時間はほとんど無い。
「じゃ、私はこっちだから」
「おう。頑張れよ」
ウォーミングアップとしてのハーツとの併走を終え、体が温まったユートピアはダートコースに移動。
そこから本格的な走り込みを開始する。
ハーツもクロイツ達と合流し、トレーニングを再開する。
今日のハーツ達のメニューは室内プールでの体力作りである。
空いている時は普通に使えるが、混む事もある。
そういう時のために申請をしておくとレーン単位で貸し切る事ができるのだ。
事前に文三が申請を出しており、1レーンをハーツ達が使える事になっている。
併走していたのはその貸切開始時間が来るまでのウォーミングアップ代わりだったのだ。
「んじゃアルフォンス。後はよろしく」
「は、はい!」
「まぁそんな緊張すんなって。お前は監視員みてぇなもんだ。アイツらは勝手にやるから心配すんな」
「は、はい……」
と、文三にハーツ達を頼まれたアルフォンス。
ちなみに文三はユートピアの方を見るそうだが、連絡をすれば来てくれるそうだ。
「えっとそれじゃあプールトレーニングをする前に準備運動を……」
「んな当たり前の事。言われる前にやってるわ」
「で、ですよねぇ」
アルフォンスの前で入念に準備運動をするハーツ達。
ちなみにこのプールには泳ぎが苦手な子用にビート板が用意されている。
デフォルメされたニンジンの形をしており、普通に可愛い。
それをジーッとハーツが見ていたのは、きっと気のせいだろう。
そのままプールに入って少し泳ぎ出すハーツ達。
前の子が向こう側まで泳いだら次の子がスタート。
向こうまで泳いだら上がって戻って来てまた泳ぐ。
それの繰り返しだ。
ただひたすらそれの繰り返しだが、全員真剣にやっている。
ちなみにプールに気分転換で来る子もいるので、全員練習をしているわけではなかったりする。
そんな子達は、ガチで泳ぐ子達が起こした波に揺られて楽しんでいたりする。
楽しみ方はいろいろあるようだ。
そうしてみんなそれぞれしっかりと、着実にトレーニングをして……
3月26日。
土曜日。
曇りの阪神レース場。
全15名のウマ娘が出走する毎日杯当日。
GⅢレースである本レース。
今日もファンが駆け付けて賑わっている。
そんな毎日杯に出走するメンバーはこちら。
1枠1番 エイシンサリヴァン
戦績 7戦2勝
デビュー戦、セントポーリア賞にて勝利。
2枠2番 コンゴウリキシオー
戦績 4戦3勝
未勝利戦、くすのき賞、きさらぎ賞にて勝利。
3枠3番 コスモオースティン
戦績 7戦2勝
デビュー戦、水仙賞にて勝利。
3枠4番 エプソムドン
戦績 6戦1勝
前走未勝利戦にて勝利。
4枠5番 シルクトゥルーパー
戦績 4戦1勝
デビュー戦にて勝利するもその後3レースで勝てず。
今回2勝目を目指して気合十分。
4枠6番 ローゼンクロイツ
戦績 4戦2勝
未勝利戦、京都ジュニアステークスにて勝利。
目指すは3勝目。
5枠7番 トーセンマエストロ
戦績 7戦2勝
未勝利戦、エリカ賞にて勝利。
5枠8番 コメディアデラルテ
戦績 2戦1勝
未勝利戦にて勝利。
6枠9番 テイエムメガスター
戦績 4戦1勝
前走未勝利戦にて勝利。
前走の勢いそのままに2勝目を目指して気合い十分である。
6枠10番 ケージーツヨシ
戦績 5戦1勝
未勝利戦にて勝利。
未勝利戦で勝つもその後の2レースで勝利から遠のいており、2勝目を是非ともと狙っている。
7枠11番 マルカジーク
戦績 8戦2勝
未勝利戦、1勝クラスにて勝利。
その後4戦連続で1着を逃しており、ここで勝つ姿をファンに届けたいところ。
7枠12番 レットバトラー
戦績 6戦2勝
未勝利戦、梅花賞にて勝利。
前走弥生賞にて初めて掲示板外になり、今回再び勝利しての掲示板入りを目指す。
8枠13番 カネヒキリ
戦績 4戦2勝
未勝利戦、1勝クラスにて勝利。
前走の1勝クラスでは大差勝ちをしており、その勢いに乗って今回も勝利を目指す。
8枠14番 マルイチクエスト
戦績 1戦1勝
なんとつい先日デビューしたばかり。
1と3/4バ身差をつけての勝利をしており、まだまだ実力は未知数。
果たして今回はどんな走りを見せるのか。
以上の14名が出走するメンバーである。
地下バ道からターフに出ると歓声が上がる。
そんな中で
「クロイツちゃーん! 頑張ってー!」
「なっ!? マッ、母さん!?」
左耳に薔薇の耳飾りを付けた鹿毛色の髪をしたウマ娘がクロイツに手を振っていた。
よく見ると彼女だけじゃない。
「おー! 頑張れよー!」
「クロイツ姉ちゃんファイトー!」
家の近所のおじさんや近所の子も応援に来ていた。
「な、なんでいるのさ!?」
「あら、トレーナーさんが教えてくれたのよ。今日のレースに出るって」
「家のテレビで良くない!?」
「良くないわよー。娘の初重賞レースを見れなかったのよ? 今回は見に行かなきゃでしょ!」
ふんすふんすと元気な母親に
「はぁ……もう」
来ちゃったものは仕方がない、という様子のクロイツ。
(まぁ、良いか)
でも悪い気はしない。
「じゃあ、せっかく来たんなら見てってよ。私、勝ってくるから」
「うん、行ってらっしゃい」
母に見送られ、娘はゲートへと向かった。
そしてゲートに入り、その時を待つ。
(大丈夫。私は)
静かに目を開き、スタートの体勢を取る。
小さく深呼吸。
目の前のゲートに集中する。
(勝てる)
ゲートが開いた。
レースは進み、折り返しである1000m。
コスモオースティンを先頭に通過タイムは1分2秒5。
少し遅めの展開となった今回の毎日杯。
そのままコスモオースティン先頭で最後の直線へと入っていく。
それと同時にコンゴウリキシオーがコスモオースティンの背中へと迫る。
対するコスモオースティンは追い付かせまいとギアを上げる。
捉えんと迫るコンゴウリキシオーと逃げ切ってやるとコスモオースティン。
そこへ
「そこは」
外から
「私の場所だ」
ローゼンクロイツが駆け上がって来た。
(みんな速い。確かに速い。でも)
スッと冷静に。
あの日の事を思い出す。
初めて見せられたハーツの本気。
ハーツの背中。
あの走り。
追いつきたい背中。
でも
(ここで負けるようじゃ追い付くなんて夢のまた夢……)
一気に駆け上がる。
(必ず追い付く。そのために)
コンゴウリキシオーと一瞬並んで抜き去る。
歯を食いしばって先頭を守るコスモオースティンに迫る。
粘るコスモオースティンに迫る。
ジリジリではない。
一気に距離を詰める。
瞬く間に縮まっていく。
そして並び、抜き去っていく。
言ったはずだ。
そこは私の場所だと。
有言実行するように差し切る。
そしてそのまま。
先頭に立ったローゼンクロイツがゴール目掛けて一気に駆け抜ける。
差し返しなんて許さない。
差し返させない。
「取ったぁぁぁっ!」
『ローゼンクロイツ、ゴールイィィィン!」
差し切って見せたローゼンクロイツ。
母や近所の人も両手を上げて大喜びだった。
これにより、注目株5人の皐月賞出走が決まった。
ディープインパクト、アドマイヤジャパン、マイネルレコルトは弥生賞での成績により優先出走権を獲得。
ダンスインザモア、ウインクルセイド、トップガンジョーはスプリングステークスでの結果、優先出走権を獲得。
アドマイヤフジ、タガノデンジャラスが若葉ステークスを制して優先出走権を獲得。
ハヤテエンペライザとローゼンクロイツはレース後に結果によって与えられるポイントによって出走権内に駒を進めた。
このポイントは、こちらの世界でいう所の賞金にあたる物である。
春休み前、夏休み前、冬休み前の年3回にポイントを元に賞金が算出され、それぞれ払われる。
流石に1ポイント1円とはならないが、それでも勝てばかなりの額になる。
そのポイントが多い順に出走権が与えられれのだ。
でなければ皐月賞の出走メンバーは8人だけになってしまう。
こうして彼女達は今度は4月17日に行われる皐月賞に向けてトレーニングを始める。
だがその前に翌日27日にはユートピアが中山でマーチステークスに出走。
翌月3日にはハーツクライが産経大阪杯に出走するが……
「やっと走れる」
トレーニングを終え、汗を拭うダイワメジャー。
次走の予定が固まったのだ。
中山で行われる1600mのGⅢレース。
ダービー卿チャレンジートロフィー。
手術を乗り越え、リハビリを終えた彼女。
皐月賞ウマ娘が再始動する。
「さぁて」
風に髪を靡かせながら言う。
「夢の続きを見ようか」
未到の頂点を目指して。
お読みくださり、ありがとうございます。
一生に一度のクラシックが始まります。
そして彼女の復活。
その復活戦は果たして…
次回もお楽しみに!