5月1日。
ハーツクライは京都レース場に来ていた。
そこで行われる春の天皇賞。
それに出るためだ。
芝3200mのGⅠレースである春天。
昨年の菊花賞で7着だったハーツ。
さらに距離が長くなるのだが、彼女が成長している事から出走を決意。
(さて、どこまで通用するか……)
スタンドで腕を組みながら、姿を見せる出走ウマ娘を見て文三は思った。
今回の出走メンバーは18人。
内一人は海外からの挑戦者。
1枠1番 ザッツザプレンティ
戦績 15戦3勝
1枠2番 アクティブバイオ
戦績 48戦7勝
2枠3番 アドマイヤグルーヴ
戦績 15戦7勝
2枠4番 トウショウナイト
戦績 15戦4勝
3枠5番 ユキノサンロイヤル
戦績 53戦7勝
3枠6番 リンカーン
戦績 14戦4勝
4枠7番 シルクフェイマス
戦績 26戦8勝
4枠8番 ヒシミラクル
戦績 27戦6勝
5枠9番 チャクラ
戦績 22戦3勝
5枠10番 スズカマンボ
戦績 14戦3勝
6枠11番 ハイアーゲーム
戦績 12戦3勝
6枠12番 マカイビーディーヴァ
戦績 30戦11勝
先ほど言った海外からの挑戦者である。
7枠13番 アイポッパー
戦績 14戦6勝
7枠14番 サンライズペガサス
戦績 18戦5勝
7枠15番 マイソールサウンド
戦績 32戦8勝
8枠16番 ハーツクライ
戦績 11戦3勝
8枠17番 ビッグゴールド
戦績 46戦6勝
8枠18番 ブリットレーン
戦績 31戦6勝
シニアクラスというだけあり、経験豊富な先輩ウマ娘の姿が見られる。
天気は小雨だがバ場には影響無し。
良バ場の京都レース場で天皇賞が始まった。
「ハァァァァァッ!」
「まだまだぁぁぁっ!」
残り200を切って先頭を走るのはビッグゴールド。
それを凄まじい気迫と共に追いかけるスズカマンボ。
スズカに並んでアイポッパーも追い上げて来る。
さらにはトウショウナイトも懸命に追い上げる。
(ここからっ!)
そんな先頭集団を大外から追いかけるハーツ。
グイグイと前へ前へと。
グングンと順位を上げていく。
だが
『スズカマンボ追い込んで来た!』
スズカマンボがビッグゴールドとの距離を縮める。
『スズカマンボ追い込んで来る!』
雨粒を弾き飛ばす勢いで
『先頭はスズカマンボ!』
ビッグゴールドを交わす。
『2番手は接戦! スズカマンボゴールイン!』
ゴール前で見事に差し切ったスズカマンボが1着。
2着はビッグゴールド。
3着はハナ差でアイポッパーとなった。
勝ちタイムは3分16秒5。
ハーツは3分17秒1で5着。
4着のトウショウナイトに2バ身半差でのゴールとなった。
(やはり3000以上は厳しいか……)
と、渋い顔の文三。
だがその視線の先にいるハーツは
(変わったな……アイツ)
悔しさこそあれどその中に楽しんだ色を感じる。
昨年の菊花賞では7着だったハーツ。
その時よりも距離が200m長くなった今回。
掲示板内に飛び込んでみせたハーツ。
その力。
クラシック期と比べれば明らかに成長していた。
(次は宝塚記念か……)
宝塚記念。
阪神レース場で行われる芝GⅠレース。
距離は2200m。
出走メンバーは有マ記念のようにファン投票で選出される。
つまり、どれほど強くてもファンに選ばれなければ出られない。
それが宝塚記念なのだ。
(さて、どうなるか……)
そう思いつつ文三は、意識をダービーに切り替えるのだった。
(分かってはいたが……)
ジャパンカップ、有マ記念、産経大阪杯と先輩達と走って来たハーツ。
(やっぱ強ぇな)
負けた悔しさと共に強者とのレースによって得られる高揚感を感じていた。
だがそれと同時にある種の壁を感じていた。
自慢の末脚を爆発させても届かない。
後方に控え、最終直線で一気に抜き去る。
得意なやり方で勝てなくなった。
壁を超えられなければ次の勝利を掴めない。
その壁をハーツは
(やってやる……!)
見上げはしない。
まっすぐ見据える。
超えるのではない。
壊してやる。
そう言うように。
そして
(次は勝つ)
そう決意し、スタンドにいる文三を見ようとそちらを見る。
そこで彼女は
(まぁ、来てるか。そうだよな)
スズカマンボの応援に来ていた北原チーム。
そこにいるキングカメハメハを見つけたのだった。
(……)
相手に見つけられ、一瞬視線を交わしたキング。
だがハーツは何を訴えかけるでもなく地下バ道へと向かって行った。
だがその目は勝利を目指していた。
まだ勝負を諦めていない目だった。
「……」
脚が、疼く。
右脚が。
疼く。
痛くてではない。
ただあの目で見られたら。
眼の奥を見せられたら。
瞳の中で燃える炎を見てしまったら。
「……ッ」
ギュッと。
脚の疼きを抑えるように。
制服の裾を掴んだ。
(わ、私は……もう)
自分に言い聞かせるように。
(走らない……)
燻る種火に灰を被せるように。
(そう……)
目を伏せて
(私は……)
たとえ叶う夢だとしても
(走らない)
心に。
可能性に。
蓋をした。
翌週の土曜日。
(負けはしたけど……道は繋いだ)
京都新聞杯に出走していたアドマイヤフジはインティライミ、コメディアデラルテに次ぐ3着でゴール。
まだ確定ではないが、ダービーの出走圏内へ駒を進めた。
その頃学園では……
「うーん……」
アルフォンスが難しい顔をしていた。
もしもハーツが追い込み型ではなく、先行型だったらという話。
それが気になっていたのだ。
(末脚は彼女の武器と言って良い。現にこの前の天皇賞では5着まで上がっている……勝てない理由はポジショニングか? いや、特別悪いとは思えない)
顎に手を当て、リモコンを操作してレースの様子を始めから見る。
(2着だったダービーと何が違う?)
ダービーと他レースでの大きな違いと言えば、やはりタイムだろうか。
キングと0.2秒差。
つまり彼女もレコード更新並みの速さで走っている。
おまけに上り3サロンのタイムは彼女が最速の34秒3。
そのレースを引っ張ったマイネルマクロスの脚。
それに食らいついて行った結果生まれたあの展開。
(いや、まだ分からない……)
なんせデータが少ない。
12戦しか走っていない以上、まだ確定させるほどのデータが無かった。
だがそれでも勝てせてあげたい。
GⅠを取らせてあげたい。
そう思いながらアルフォンスはハーツの分析を進めた。
別の日。
「うおぉぉぉぉぉっ! ダァァァビィィィッ!」
ハヤテエンペライザはタイヤと自分の腰をロープで繋ぎ、ダートコースをゆっくりと進んでいた。
「ぐぬぬっ! ふんぬーっ!」
歯を食いしばって進むエンペライザ。
皐月賞で2着だった彼女。
差は2バ身半。
届かなかったディープインパクトの背中。
それでも食らいついてみせた。
だから
(次こそはっ!)
ズンッと地面を踏み締めて。
一歩一歩進むのだった。
そして今度の日曜日にダービーを控えた水曜日。
(ダービー直前の注目ウマ娘、か……)
文三は新聞を読んでいた。
(ディープインパクトにアドマイヤジャパンとアドマイヤフジ。それにハヤテエンペライザとローゼンクロイツ。えらく注目されたもんだな)
藤井泉助が書いた記事を読みながら思う。
皐月賞でのディープの走りを見て、どう崩すか。
どう場面をひっくり返すか。
(アイツの最大の武器はあの末脚だろうな)
後方から一気に飛び込んで来るや並ばずに抜き去る。
ハーツの末脚も素晴らしいものだが、ディープのそれは凄まじいものだった。
(仕掛けるタイミングも上手いしなぁ……)
文乃が良い教え方をしているのだろうと思いつつ天井を見上げる文三。
(クロイツはやれるだけの事をやっている。信じてやるしかねぇか)
そう思いつつ、残された時間で少しでもクロイツが勝つ確率を上げられるように。
文三はトレーニングメニュを考えるのだった。
そして5月29日。
日本ダービー当日。
東京レース場。
控え室。
「調子は良さそうだね。ディープ」
新たな靴を履き、具合を確かめるディープ。
「えぇ」
最後にトントンと爪先で床を叩くようにして確認すると
「絶好調よ」
これから始まるレースが心の底から楽しみだと言うように。
フワリと笑んで見せる。
世代の頂点を決めると言って良い日本ダービー。
出走メンバーは18人。
数多いる同期の中から選ばれた優駿。
その中で栄冠を掴めるのは一人だけ。
「勝つよ。今日も」
ポツリと。
なんて事ないように。
さも当たり前のように。
ディープは言う。
疑う余地が無いと言うように。
「スタンドで見てて。私が勝つところを」
ニコリと笑顔で。
「皐月賞で最速を示した私の走りを」
そう言ってディープは部屋を出た。
カツンカツンと蹄鉄が床を叩く音が鳴る地下バ道。
ダービーに出る18人のウマ娘が、ターフに向かって歩いて行く。
勝つのはこの中の一人だけ。
それが誰なのかはまだ分からない。
だが一つだけ分かっている事がある。
それは
(私が)
(私が)
(私が)
(私が!)
ローゼンクロイツが、アドマイヤジャパンが、アドマイヤフジが、ハヤテエンペライザが。
いや。
その場にいる全員が同じ事を思っている。
(勝つ!)
そう。
ダービーを取る。
17人のライバルに勝つ。
勝って頂に立つ。
(あぁ、そうこなくっちゃ……)
17人のライバルに向け、ディープはニィッと深い笑みを刻む。
見開いた目でその背をジッと見て。
一歩踏み出す。
彼女が思う事も同じ。
胸に抱くは勝利への渇望。
それと同時に
(楽しくないわ)
楽しむ事。
ライバル達との勝負を全力で楽しむ。
全力の相手と走るからこそ楽しい。
そう思う彼女は今日も全力で
地下バ道からターフへ。
18人のウマ娘が姿を現す。
その彼女達をスタンドを埋め尽くす観客の大歓声が出迎える。
緊張を吹き飛ばすほどの迫力。
レース場を包み込む熱気。
その熱気の中、17人が意識を向ける相手はただ一人。
皐月賞を取り、二冠目のダービーを狙うウマ娘。
圧倒的一番人気のディープインパクト。
(皐月は届かなかったけど、今日は!)
今度はその背中に追いついてみせるとエンペライザ。
(負けない……)
ジッと見るクロイツ。
(皐月では3着だったけど。今日こそ一冠……取る!)
気合いを入れるアドマイヤジャパン。
(京都新聞杯は3着だったけど。ここで勝つ! 今日こそ勝つ!)
吹き抜ける風にマントを靡かせながら誓うアドマイヤフジ。
彼女達だけではない。
共に走るライバル達全員が今日のために厳しいトレーニングを乗り越えて来た。
だからこそ油断しない。
気を抜かない。
自分がそうであるように。
相手もそうだと分かっているから。
観客の声を背に、全員がゲートへと向かう。
クラシック三冠レースの一冠。
日本ダービー。
2400mを彩る芝の祭典が、今始まる。
お読みくださり、ありがとうございます。
まだ燻っているんです……
次回もお楽しみに!