ウマ娘〜想いを背負って繋いで〜   作:にゃんころもち(黒糖)

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50話〜片鱗〜

 

 6月26日。

 宝塚記念当日の阪神レース場。

 天候、晴れ。

 バ場状態、良。

 

 多くのファンが上半期最後の芝GⅠレースの幕が上がる時を待っていた。

 

 

 

 地下バ道。

 パドックからコースに続く道。

 照明に照らされた道を、勝負服に身を包んだ15人のウマ娘が歩いていた。

 

 ファン投票により選ばれた15人。

 文字通り、トゥインクル・シリーズを代償する15人と言って良いだろう。

 

 その15人を観客は大歓声で迎えた。

 

 

 

「来たわね。選ばれし15人」

 

「今年は誰が勝つかね」

 

 見に来ていたマルゼンスキーとミスターシービーが短く言葉を交わす。

 

「そうだね。ただ分かるのは」

 

 二人のその言葉に

 

「誰が勝ってもおかしくはないという事だ」

 

 皇帝シンボリルドルフはそう返す。

 

「宝塚記念、か……」

 

 静かに。

 ただ静かに呟く。

 宝塚記念前日の練習で転倒して負傷し、出走が叶わなかったルドルフ。

 

 自分が出られなかったレースに後輩達が出る。

 出られなかったからこそ、無事に走り切って欲しい。

 夢を叶えて欲しいと願ってしまう。

 

 だがその夢を叶えられる者は一人だけ。

 

 果たしてその者は誰なのか。

 

(見届けるとしよう)

 

 そう思った直後。

 ファンファーレの演奏が行われ、ゲートインが始まった。

 

 

 

 始まるゲートイン。

 これが終わればいよいよレーススタートである。

 そしてメンバーの枠順は抽選の結果こうなった。

 

 1枠1番 シルクフェイマス

 戦績 28戦8勝

 前走 金鯱(きんこ)賞(GⅡ)3着

 

 2枠2番 ビッグゴールド

 戦績 18戦2勝

 前走 天皇賞・春(GⅠ)2着

 

 2枠3番 トウショウナイト

 戦績 16戦4勝

 前走 天皇賞・春(GⅠ)4着

 

 3枠4番 ハーツクライ

 戦績 12戦3勝

 前走 天皇賞・春(GⅠ)5着

 

 3枠5番 ボーンキング

 戦績 12戦2勝

 前走 エプソムカップ(GⅢ)5着

 

 4枠6番 ゼンノロブロイ

 戦績 15戦7勝

 前走 有マ記念(GⅠ)1着

 

 4枠7番 コスモバルク

 戦績 16戦7勝

 前走 チャンピオンズマイル(香港・GⅠ)10着

 

 5枠8番 サンライズペガサス

 戦績 19戦5勝

 前走 天皇賞・春(GⅠ)14着

 

 5枠9番 リンカーン

 戦績 15戦4勝

 前走 天皇賞・春(GⅠ)13着

 

 6枠10番 ヴィータローザ

 戦績 25戦5勝

 前走 金鯱賞(GⅡ)2着

 

 6枠11番 スイープトウショウ

 戦績 12戦5勝

 前走 安田記念(GⅠ)2着

 

 7枠12番 アドマイヤグルーヴ

 戦績 17戦7勝

 前走 金鯱賞(GⅡ)4着

 

 7枠13番 サイレントディール

 戦績 19戦5勝

 前走 エプソムカップ(GⅢ)4着

 

 8枠14番 スティルインラブ

 戦績 14戦5勝

 前走 金鯱賞(GⅡ)6着

 

 8枠15番 タップダンスシチー

 戦績 38戦12勝

 前走 金鯱賞(GⅡ)1着

 

 秋シニア三冠ウマ娘のゼンノロブロイ。

 トリプルティアラウマ娘のスティルインラブ。

 エリザベス女王杯2連覇ウマ娘のアドマイヤグルーヴ。

 宝塚記念連覇がかかるタップダンスシチー。

 

 彼女達先輩組に挑むのは今年からシニアクラスに入ったコスモバルク、スイープトウショウ、トウショウナイト、ハーツクライ達4人。

 

「……ッ、すーっ……ふぅ」

 

 ゲートの中で深呼吸し、ゆっくり目を開くハーツ。

 

(もう……)

 

 去年5月の京都新聞杯以来勝ちを掴めないでいるハーツ。

 さぁ、今日こそ頂きに立とう。

 

(負けねぇ)

 

 2200m先で待つ栄光を目指して。

 

『スタートしました!』

 

 宝塚記念が始まった。

 

 

 

『タップ出た! タップ綺麗に出ました!』

 

 綺麗なスタートの中、大外枠から出たのは1番人気のタップダンスシチー。

 そのまま内へ内へと入って行くシチー。

 

『内からシルクフェイマスも好スタート!』

 

 そんな中先頭に立ったのはシルクフェイマス。

 次いでビッグゴールドとコスモバルクが並んで追いかけ、その後ろにシチーがポジションを取る。

 

 ゼンノロブロイは真ん中に。

 ハーツは後ろから3番手の位置で進む。

 

 スタンド前をやや縦長に並んで駆け抜ける。

 

「行けーッ! 師匠ーッ!」

 

「ハーツ先輩ーッ! 頑張ってぇーッ!」

 

 目の前を駆け抜けるハーツに声援を送るチームメイト達。

 その横で文三は

 

「どう見ますか」

 

 ユートピアに問われていた。

 

「……そうだな」

 

 いつも通り後方にポジショニングしたハーツを見て文三は言う。

 

「距離的に大丈夫だと思っている。枠も4番。まぁ良い方だろうよ」

 

 2200mの宝塚記念。

 2000mの皐月賞より200m長く、2400mのダービーより200m短い距離。

 ダービーでの好走。

 

 さらには同じ阪神レース場で行われた若葉ステークスで1着を取り、産経大阪杯では2着、神戸新聞杯では3着と掲示板入りを果たしている。

 レース場との相性も悪くはないだろう。

 

 ただ問題があるとするなら……

 

「まぁ気にするんならペースだろうな……」

 

 スタート直後の下り坂からの上り坂。

 第1、第2コーナーを回って向こう正面。

 それを抜けたら下りながら第3、第4コーナーと最終直線。

 そして待ち構える上り坂。

 

 坂を駆け上がる際に勢いを付け、その勢いのまま走ってしまってはペースが上がってしまう。

 

「坂を二度も越えなきゃならねぇ。しかも二度目は体力を消耗した最後の最後。そこをどう乗り越えるか……」

 

 ただでさえ消耗する坂越え。

 

「あいつが焦らず。自分のペースを守れるか。そこが鍵だろうな」

 

 そう思いながら第1コーナーへ。

 後方に陣取り、じっくりとその時を伺うハーツを見るのだった。

 

 

 

「もらった!」

 

『タップダンスシチーは4番手。先頭に立ったのはコスモバルク! ゼンノロブロイは中団内側を行きます』

 

 スタンド前をスィーッと駆け抜け、先頭で第1コーナーに入るコスモバルク。

 ハーツは後ろから3番手のまま。

 その後ろをアドマイヤグルーヴとスティルインラブが駆ける。

 

(これで良い……)

 

 ヴィータローザとボーンキングを追うように走りながら、ハーツは落ち着いていた。

 第2コーナーを抜けて向こう正面へ。

 

 コスモバルクの先頭は変わらず。

 それをタップダンスシチーとシルクフェイマスが追いかける。

 

 アドマイヤグルーヴが並び、少し前に出るが慌てない。

 自分のペースを守る。

 いつも通りの走りを守る。

 

(ここは無理をしねぇで耐えてラスト。いつも通りペース上げてブッチ切る。今日の調子は前よりも良い)

 

 地鳴りのような音を立てながら走る前方を見ながらペースを保つハーツ。

 

 

 

 そんな彼女のレース映像を

 

「君はこの展開をどう思う」

 

 自身のトレーナーである鈴墨に問われながら

 

「デルタ」

 

 デルタブルースは見ていた。

 

 昨年の菊花賞ウマ娘である彼女。

 一昨年の11月にデビュー。

 翌年1月には未勝利戦2走。

 5月と10月にも2走。

 翌11月にジャパンカップ、12月には有マ記念にも出走。

 年内11レースに出走した彼女。

 

 参考にだが同期のハーツの昨年出走数は10レース。

 コスモバルクが8レース。

 スイープトウショウが7レース。

 トウショウナイトが6レース。

 

 こうして今回宝塚記念に出走している同期と比べて見ると、デルタブルースの出走数が多い事が分かる。

 

 そんな彼女だが疲労の蓄積もあり、年明けから今日に至るまでレースに出走せずに様子を見ながらトレーニングをしていた。

 

「……そうですね」

 

 1000mを59秒9と1分を切るタイムで駆け抜ける。

 

「……まだ全員の射程圏内である事は先頭の彼女も分かっていると思います」

 

 第3コーナーに入っても先頭を行くのはコスモバルク。

 そこにタップダンスシチーが上がって来て並ぶ、わずかに前に出る。

 

「ファンの期待、応援は私達に想像以上の力をくれます」

 

 彼女が思い出すのは菊花賞の時の事。

 勝ち、輝く姿をみんなに見てもらいたかった。

 皐月もダービーも出られなかったから最後の菊花賞は勝ちたかった。

 

 その結果彼女は、不完全な領域に到達した。

 

 勝つために磨き上げた。

 自分で用意できないものはその場で補った。

 その補った物の中には、ファンからの声援や期待も入っていた。

 

 菊花賞での人気は全18人中8番人気。

 そのレースで勝った。

 その評価をひっくり返した。

 

(領域……)

 

 自らに秘めた力を全て引き出すあの境地。

 過去には条件を揃える事で限定的にその域に達したウマ娘がいたと知り、自分もそうして到達した。

 

 菊花賞の次走のジャパンカップは3着。

 その年最後に出走した有マ記念は5着。

 どちらも不完全な領域で挑んでの結果だ。

 

 そしてその反動は大きかった。

 疲労という形で現れ、春は全休。

 このまま夏合宿に向かう事となった。

 

「……動きましたね」

 

 画面の中。

 第4コーナーを駆け抜けて最終直線へ場面が移る。

 先頭はタップダンスシチー。

 続くリンカーンはペースを上げてタップダンスシチーを抜く。

 

 が、その後ろから上がって来たスイープトウショウがそれを抜き去って先頭に立つ。

 さらにゼンノロブロイがリンカーンを抜き、スイープトウショウの背中を追いかける。

 

 その3人による先頭争いが展開される。

 

 その時だった。

 

『外からハーツクライが突っ込んで来る!』

 

 彼女が来た。

 

 

 

(狙ってた通りの展開!)

 

 レースを後方で控えたハーツは最後の直線に入るや一気にペースを上げ、先頭を走るスイープトウショウへと襲いかかった。

 彼女以外に眼中には無い。

 2番手3番手は敵ではない。

 オレが目指すのは先頭。

 

 そう言うように

 

「行かせるかよ、トウショオォォォォォッ!」

 

 一気に駆け上がる。

 前髪がめくれ上がるほどの勢いで。

 猛然と。

 その背中を目指して。

 

 そんな彼女に負けじとゼンノロブロイとリンカーンも粘るが、ハーツはそんな二人を並ぶ事なく抜き去る。

 

 ゴールまで後わずか。

 そんななかハーツは

 

(来やがった!)

 

 壁を感じていた。

 

 超えるのではなく、壊したい壁。

 この先。

 この壁の向こう。

 

 そこにたどり着いた時。

 自分は新たな境地に至れる。

 そう直感が告げている。

 

 その壁が目の前にそびえ立っている。

 突き破ってやろうと突っ込む。

 

(届けオレ! 届けよ! 届かせてみせろよ! オレェッ!)

 

 向こう側へ向かって。

 懸命に突き進む。

 走って、走って、走って。

 

 スイープトウショウを追いかける。

 

 が後少しが届かない。

 

『先頭スイープトウショウ! スイープトウショウ! ハーツクライ! ゼンノロブロイ!』

 

 もう少しでスイープトウショウに並ぶ所まで追い上げて来たハーツ。

 駆け上がり、ゼンノロブロイを抜いて見せたハーツ。

 

 だが

 

『なんとスイープトウショウ!』

 

 届く前に

 

『スイープトウショウだぁっ! ハーツクライは2番手!』

 

 2200mを駆け抜けた。

 

 1着はスイープトウショウ。

 勝ちタイムは2分11秒5。

 上がり3ハロンタイムは35秒7。

 

 2着はアナウンスの通りハーツクライ。

 結果はスイープにクビ差の同タイム。

 上がり3ハロンタイムは35秒2。

 

 3着はゼンノロブロイ。

 ハーツに1と1/4バ身差。

 タイムは2分11秒7。

 上がり3ハロンタイムは36秒1。

 

 同期のトウショウナイトは6着、コスモバルクは12着となった。

 

 

 

(……タイミングは間違えてなかった。調子も良かった。トレーニングだって手を抜いたりしなかった)

 

 レース後、地下バ道を歩きながら思い返すハーツ。

 

 クビ差まで迫ったあの末脚。

 それをもってしても、2200m(宝塚記念)では届かなかった。

 いや

 

(ただの言い訳だな……)

 

 距離が長ければ届いた。

 これがダービーやジャパンカップなら届いた。

 それはどうとでも言える事だ。

 

 自分をスイープトウショウが上回った。

 ただそれだけだ。

 

 だがそれでも。

 何かを掴めたような気がするハーツ。

 

(次のレースは秋……それまで夏合宿で)

 

 もっと掴んでみせる。

 そして秋でGⅠを取ってみせる。

 そう誓うのだった。

 

 

 

 トレセン学園にある文三の部室で

 

(また、勝たせてやれなかった……)

 

 文三は資料を眺めていた。

 今までハーツとしてきたトレーニングの資料。

 そしてレースの展開や結果を纏めた資料だ。

 

 惜しい所までは行けるのに最後の一歩が足りない。

 自分の教え方は合っていないのではないか。

 そう思ってしまう。

 

(夏、か……)

 

 来週から夏合宿が始まる。

 ただその前。

 6月の29日にはユートピアが帝王賞に出走する。

 大井レース場で開催されるダート2000mのレース。

 JpnⅠに分類されるこのレース。

 

 これが終わったら文三のチームで出走予定のウマ娘はいない。

 

 ただ問題なのは

 

(どうするかな……)

 

 伸び悩むハーツのトレーニングだ。

 ハーツ自身の調子は良い。

 絶好調だと自信を持って言える。

 

 だがそんな彼女を伸ばせるトレーニングをできなければ時間の無駄になってしまう。

 

 そこにさらにロジックのデビューも加わる。

 担当するウマ娘は他にもいるのだ。

 ハーツだけを見る事できない。

 

 と、そこに来て文三は思い出す。

 

 彼のチームにいるもう一人のトレーナー。

 扱いはサブトレーナーだが、常日頃からチームに所属するウマ娘をよく見ており、来た当初と比べるとかなりできるようになった。

 

(あいつにやらせてみるか)

 

 ハーツも場数を踏んで成長し、もうトレーナーの言う事をただ聞くだけではない。

 自分からも意見を出すようになった。

 そんな彼女なら新人育成にもちょうど良いかもしれない。

 

(秋シーズン。やらせるか)

 

 文三チームのサブトレーナー。

 アルフォンスの知らない所で、運命の歯車は確かに回り始めた。

 

 

 

 その日の夜。

 

(名前は確かハーツクライと言ったな……)

 

 シンボリルドルフは宝塚記念のレース映像を見ていた。

 

 スイープトウショウが見事勝ったレース。

 だが今見ているのはハーツ。

 初めは特に注目していなかった。

 が、最後の追い上げでその認識は変わった。

 

(彼女。もしかしたら……)

 

 踏み込み、一気に加速する。

 前髪がめくれ上がるほどの勢い。

 文字通り、猛然と駆け上がるその姿。

 

(……いや。まだ、か。だが……ふむ)

 

 面白いものを見つけた、というような笑みで。

 彼女は映像を見ていた。

 

 

 

 同日フランス。

 サンクルーレース場。

 

La première place revient à Alkaased !(1着はアルカセットだぁっ!)

 

 赤ダイヤが描かれたマントと白い帯を靡かせ、先頭でゴール板を駆け抜けたアルカセット。

 

 GⅠレースに分類される、芝2400mのサンクルー大賞。

 

 前走のコロネーションカップ にて自身を下したイェーツもいるが今回は9着。

 

 そのレースで今回勝ったアルカセットは

 

(……あぁ、風が気持ち良い)

 

 勝利を実感していた。

 

 極限の集中。

 感じたのは踏みしめる芝の感触。

 聞こえたのは風の吹く音と自身の息。

 

 観客の声援は聞こえなかった。

 ライバル達のプレッシャーは感じなかった。

 

 波紋ひとつ無い水面のように静かだった。

 

 その状態で繰り出したのは圧倒的なまでの剛脚。

 その結果は2着のポリシーメイカーに2バ身差をつけての勝利。

 

 ゴールしてから歓声を聞いた。

 誰も自分の前にいない事に気づいた。

 そこでやっと、自分が勝利した事に気づいた。

 

 領域(ゾーン)

 日本のウマ娘ならばシンボリルドルフやオグリキャップが到達した境地。

 そこに彼女はたどり着いたのだ。




お読みくださり、ありがとうございます。

気付けば50話ですよー!
個人的にはあっという間に来たように思います。

次回は平和……かなぁ?
お楽しみに!
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