ウマ娘〜想いを背負って繋いで〜   作:にゃんころもち(黒糖)

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54話〜開花、限界〜

 

 10月23日。

 菊花賞当日の京都レース場。

 天気は晴れ。

 バ場状態は良好。

 

 スタンドはすでにファンで埋め尽くされている。

 その人数はなんと13万人を超えていた。

 

 二冠ウマ娘のディープインパクトが今回勝った場合、ナリタブライアン以来6人目の三冠ウマ娘の誕生となり、シンボリルドルフ以来二人目の無敗の三冠ウマ娘の誕生となるレースなのだ。

 

 偉大な記録達成に大手をかけているディープ。

 その記録を達成し、歴史に名を刻むのか。

 それともライバルがそれを阻止するのか。

 

 注目の集まるレースの始まる時を、観客は今か今かと待っていた。

 

 

 

「やっぱり1番人気はディープか……」

 

「人気なんて気にするな。レースに絶対はねぇんだからな」

 

 控え室で文三にそう言われるクロイツ。

 

「お前はお前の走りに集中しろ。でなければ勝てるレースも勝てねぇぞ」

 

「……トレーナーは、私が勝てると思いますか?」

 

 と尋ねるクロイツに文三はこう返す。

 

「バカな事聞くんじゃねぇよ。勝てねぇレースに出すバカがどこにいんだよ。胸張って行け」

 

 と背中を軽く叩く。

 そんな彼に

 

「うん。行ってくる」

 

 そう返してクロイツは控え室を出た。

 

 

 

(凄い……)

 

 地下バ道を歩くクロイツの耳にはスタンドの歓声が届いていた。

 それほどの観客。

 それほどの熱に胸の奥で高鳴りを感じる。

 

 そして

 

(来た……)

 

 カツンカツンと背後から聞こえる足音。

 その主が誰なのかは見なくとも分かる。

 早くも世代最強と言われている。

 二冠ウマ娘のディープインパクトだ。

 

 出るレースは全て1番人気。

 そしてその人気に応えて勝利を収めるディープ。

 

(今日こそ勝つ……)

 

 今の自分で勝てないと言うのなら限界を超えて。

 

(咲かせてみせる)

 

 菊の舞台に。

 菊が霞むほどの。

 大輪のバラを。

 

 

 

『本バ場入場です』

 

 地下から姿を見せるウマ娘達。

 その姿に観客達の盛り上がりのステージが上がる。

 

(頑張れよ。クロイツ)

 

 後輩の背中をハーツは見送った。

 

 

 

(あぁ、始まるんだ)

 

 ゲート前に来たクロイツ。

 もう何度も入ったはずなのに今日は緊張する。

 慣れているはずなのに。

 

(落ち着け……)

 

 緊張をほぐすように深呼吸する。

 

(……良し。行ける)

 

 一歩踏み出し、自分の入るゲートへと向かう。

 

(絶対に勝つ)

 

 気合い十分。

 目指すは1着ただひとつだ。

 

 

 

 ゲート入りが始まる。

 今回の出走者は16人。

 

 1枠1番 コンラッド

 戦績 7戦3勝

 前走 セントライト記念(GⅡ)10着

 

 1枠2番 ヤマトスプリンター

 戦績 13戦3勝

 前走 川西特別(2勝クラス)1着

 

 2枠3番 ミツワスカイハイ

 戦績 11戦2勝

 前走 不知火特別(2勝クラス)8着

 

 2枠4番 ローゼンクロイツ

 戦績 8戦3勝

 前走 神戸新聞杯(GⅡ)3着

 

 3枠5番 アドマイヤフジ

 戦績 9戦2勝

 前走 セントライト記念(GⅡ)4着

 

 3枠6番 アドマイヤジャパン

 戦績 7戦2勝

 前走 神戸新聞杯(GⅡ)5着

 

 4枠7番 ディープインパクト

 戦績 6戦6勝

 前走 神戸新聞杯(GⅡ)1着

 

 4枠8番 シャドウゲイト

 戦績 6戦2勝

 前走 グリーンチャンネルカップ(1勝クラス)1着

 

 5枠9番 エイシンサリヴァン

 戦績 12戦2勝

 前走 信濃川特別(2勝クラス)12着

 

 5枠10番 レットバトラー

 戦績 8戦2勝

 前走 美作特別(2勝クラス)6着

 

 6枠11番 ハヤテエンペライザ

 戦績 11戦1勝

 前走 神戸新聞杯(GⅡ)2着

 

 6枠12番 ピサノパテック

 戦績 10戦2勝

 前走 セントライト記念(GⅡ)3着

 

 7枠13番 ディーエスハリアー

 戦績 10戦2勝

 前走 本栖湖特別(2勝クラス)5着

 

 7枠14番 フサイチアウステル

 戦績 7戦3勝

 前走 セントライト記念(GⅡ)2着

 

 8枠15番 マルツブライト

 戦績 10戦3勝

 前走 セントライト記念(GⅡ)5着

 

 8枠16番 マルカジーク

 戦績 11戦3勝

 前走 堀川特別(2勝クラス)1着

 

 以上16名。

 彼女達が淀の舞台で菊の冠を競う。

 与えられた一生に一度のチャンス。

 

 もっとも強いウマ娘が勝つという格言がある菊花賞。

 

『3000メートルの先に栄光の瞬間が待っています。新しい歴史の扉は開かれるのか!』

 

 駆け付けた人達を。

 中継を通して見守る人達を。

 

『歴史の目撃者になりましょう!』

 

 ゲートインが終わり

 

『いざ!』

 

 一瞬の静寂の後

 

『今、スタートしました!』

 

 菊花賞が始まった。

 

 

 

 スタート後にコーナーを回り、スタンド正面を駆け抜ける彼女達。

 

 先頭はシャドウゲイト。

 逃げる逃げるとにかく逃げる。

 

 それを追いかけるアドマイヤジャパン。

 クロイツは5番手。

 

 ディープはその後ろ。

 記録のかかる舞台に、本人も気付かぬ内に昂っていたディープは想像以上に前に出てしまっていた。

 そんな自分を落ち着かせるために内側へと入って進むディープ。

 いつも通りの走りをするため、今は堪える。

 

 その後方。

 エンペライザは9、10番手辺りを進んでいる。

 

 スタートからの1000mのタイムは1分1秒2。

 逃げるシャドウゲイトのリードによりかなり縦長の列になっている。

 

 第2コーナーを抜けて。

 漆黒のマントを靡かせ、風を切りながら先頭を走るシャドウゲイト。

 まだだ足りないと。

 そう言うようにリードを広げていく。

 

 そんな彼女をぴったりと。

 後ろでマークするのはアドマイヤジャパン。

 逃がさないと言うように。

 抜いてやると言うように。

 そしてディープから逃げ切ってやると言うように。

 前を見据えながら。

 左肩につけたペリースを靡かせながら走っている。

 

(気にしないで前だけを……)

 

 そう自分に言い聞かせているのはローゼンクロイツ。

 現在4番手を走る彼女。

 長いコートの裾をはためかせながら進む彼女。

 あくまで自分の走りをする事に集中し、菊の舞台でバラを咲かせんと走っている。

 

 そこから少し離れてディープインパクト。

 

 彼女を追うようにマントを靡かせながら走るのは水色のマントをバタバタとはためかせるアドマイヤフジ。

 

 その後ろにはエンペライザ。

 無数のカラスの羽を重ねられたようなデザインのスカートを、まるで羽ばたかせるように靡かせて。

 前を行くライバルの背を追いかける。

 

 

 

(ッ、振り切れない!)

 

 ピッタリとアドマイヤフジにマークされたまま坂を登り、第3コーナーへと入るシャドウゲイト。

 

(もっと離したいのに!)

 

 これ以上ペースを上げれば体力を消耗してしまう。

 彼女にも今回のレースを走るにあたりプランを立てている。

 そのプランの通り走るにはこれ以上の消耗はできない。

 

(……ッ、負ける……もんか)

 

 思い出せ。

 

 

 

 彼女のデビューは6着からだった。

 勝てると思っていたが結果は違った。

 1着とは0.5秒差。

 

 勝つためにトレーニングしてきた。

 ライバルより速く走るために。

 少しでも速く走れるように。

 

 それで挑んだ未勝利戦は2着。

 2度目の未勝利戦で初めて勝った。

 

 続くプリンシパルステークスは2着。

 

 ダービーは16着。

 初めて追ったディープの背中は遠かった。

 はるか上空をさらに超えた高い所を走る箒星のように。

 速かった。

 

 追い付きたいと思った。

 

 この背中を見せてやりたいと思った。

 

 勝ちたいと。

 そう思った。

 

 あの時見せられた末脚。

 それですら追いつけないほど速く走ってやろうと。

 考えた。

 考えた。

 

 そしてトレーナーと。

 チームの仲間と。

 己を鍛えた。

 

 そして迎えた菊花賞。

 

(いや……)

 

 アドマイヤジャパンを引き離せない。

 だが、それで良い。

 本番に想定外はつきものだ。

 練習中にはいないライバルがいるのだから。

 

(落ち着け……)

 

 まだアドマイヤジャパンとの距離はある。

 残り800mの標識を過ぎ、下り坂へと入る。

 

(落ち着け……)

 

 今焦る事が一番アウトだ。

 

(大丈夫……このまま)

 

 第3コーナーを過ぎて第4コーナーへ入る。

 

(プラン通りに)

 

 行く。

 そう思った時だった。

 

「行かせない」

 

 ハッキリと。

 確かに。

 そう言って。

 

 アドマイヤフジが動き出した。

 

 

 

『ディープインパクト! そろそろ行くのかディープインパクト! ローゼンクロイツの外へフサイチアウステル! その外からディープインパクト! その外からディープインパクトだぁっ!』

 

(分かっていた……)

 

 アドマイヤジャパンはどうすればディープに勝てるか考えていた。

 そして行き着いたのは、彼女の末脚をもってしても届かぬほどリードする事。

 

 故に

 

「お先に」

 

 シャドウゲイトを一気に追い抜いて最後の直線に入る。

 

『逃げ込みを図るのはアドマイヤジャパン! アドマイヤジャパンが逃げる逃げる! そしてその後ろにローゼンクロイツ!』

 

 13万人を超える大歓声が彼女達を迎える。

 

(みんなディープばかり見てる。私を見ろ! 私も見ろ!)

 

 今先頭を走っている自分を見ろと。

 そう言うように地面を踏み締める。

 駆ける。

 駆ける。

 駆ける。

 

 ディープを負かしてやると。

 そのために今日までどれほどの時間を過ごして来たか。

 

(負けたくない)

 

 一歩踏み締めて。

 

(負けたくない)

 

 前へ進む。

 

 三冠達成を阻止したいわけではない。

 同期の偉業達成を応援したい自分もいる。

 だが。

 だが。

 

(勝ちたい!)

 

 それとこれとは別だ。

 一度ターフに立てばライバルだ。

 偉業も何も関係ない。

 

 ゲートを出れば目指すのは1着。

 

 謝りはしない。

 だって立ちたいから。

 頂点に。

 

 見たいから。

 そこからの景色を。

 

 デビュー戦でも京成杯でもその景色は見た。

 だがやはり。

 GⅠでの景色を見たい。

 

 だから。

 だから。

 

(負けるもんか!)

 

 超えてやる。

 

(追いついてやる!)

 

 二冠ウマ娘に。

 

(私だって)

 

 あの背中に。

 

(勝つのは)

 

 ピシリとヒビが入る。

 

(1番は!)

 

 ガラガラと。

 目の前にあった透明な壁が音を立てて崩れていく。

 そして

 

「わた……」

 

 私だ。

 そう叫ぼうとした時だった。

 

「負ける、もんかぁぁぁぁぁっ!」

 

 自分を追いかけるバラが開花した。

 

 

 

 デビューは2着だった。

 続く未勝利戦で勝って、ジュニアステークスで勝って。

 ホープフルステークスは2着だったが毎日杯で勝った。

 

 だが皐月賞9着。

 続くダービーは8着だった。

 

 クラシック2レースは掲示板にすら入れなかった。

 

 夏合宿明けの神戸新聞杯は3着。

 彼女もまたディープの背中を追う者だった。

 

 そんな彼女も黙って見ているだけではない。

 ハーツクライを始めとするチームメンバーとのトレーニング。

 ハーツとの併走。

 それらは彼女を確かに強くした。

 

 だがそれだけではなかった。

 トレーナーにもう一度クラシックタイトルを届けたかったのだ。

 

 彼女のチームの先輩であるダンスインザダークのように菊花賞のタイトルを。

 皐月賞とダービーも届けたかったが叶わなかった。

 ならば。

 ならば。

 せめて菊花賞タイトルだけは届けたい。

 

 だから。

 

(勝ちたい!)

 

 その思いが

 

(行かせない)

 

 彼女の中の蕾を開かせ、大輪のバラを咲かせる。

 

「負ける、もんかぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 

「あぁぁぁぁぁっ!」

 

「やぁぁぁぁぁっ!」

 

 まさかの二人同時に領域に到達したラストスパート。

 

 限界を超えた剛脚を繰り出す二人。

 リードしているのはアドマイヤジャパン。

 それを追いかけるローゼンクロイツ。

 

 届くのか。

 それとも逃げ切るのか。

 

 領域同士の競り合い。

 はたしてどちらが勝つのか。

 

 そう、誰かが思った時だった。

 

 忘れていた。

 彼女の存在を。

 

『一番外から!』

 

 失念していた。

 領域同士のぶつかり合いで。

 

『一番外から!』

 

 彼女は

 

「あぁ……やっぱり」

 

 二人を射程圏内に捉えて

 

「楽しい」

 

 領域に入って。

 

『ディープインパクトだぁぁぁっ!』

 

 2番手に上がって来た(バラを摘み取った)

 

 

 

「!?」

 

「!」

 

 菊花賞に出ていた全員が驚愕していた。

 その末脚に。

 そのスピードに。

 

 一人だけ次元が違う。

 そうとしか言えない足。

 

 まるでクジラが魚の群れを飲み込むように。

 前を走るライバルをスイスイと。

 大外から抜き去っていったディープインパクト。

 

 彼女の前を走るのは最内を走るアドマイヤジャパンのみ。

 だがその距離は瞬く間に縮まっていく。

 一人だけ、まるでビデオを早送りしているかのような速さで。

 グングンと加速するディープインパクト。

 

『捉えた! 捉えた捉えた! 残り100メートル!』

 

 もうほとんど並ぶ二人。

 

『粘る! アドマイヤジャパン粘る!』

 

 並ぶ。

 

『しかし先頭はディープインパクトだ!」

 

 抜き去る。

 そして今度はディープインパクトとアドマイヤジャパンの差が広がっていく。

 

「ッ! アァァァァァッ!」

 

 少しでも差を縮めるために懸命に走るアドマイヤジャパン。

 だが。

 だが先頭は変わらない。

 縮まらない。

 

『世界のウマ娘達よ見てくれ! これが! これが!』

 

 その先は聞こえなかった。

 ディープインパクトがゴールの瞬間。

 沸き起こった大歓声が掻き消したのだ。

 

『ディープインパクト三冠達成! シンボリルドルフ以来二人目! 無敗の三冠ウマ娘誕生の瞬間です!』

 

 デビューから全戦全勝。

 この日の事はトゥインクル・シリーズの歴史の1ページに刻まれるだろう。

 

 その主役の姿をライバル達は見ていた。

 見ながら思った。

 

 彼女には勝てないと。

 どうしたら勝てるんだと。

 

 いやそもそも彼女が負ける事なんてあり得るのだろうか、と。

 

 そんな彼女の勝ちタイムは3分4秒6。

 上がり3ハロンのタイムは33秒3。

 

 2着はアドマイヤジャパン。

 2バ身差でのゴールとなりタイムは3分4秒9。

 

 そして3着にローゼンクロイツ。

 咲いたバラは4バ身差でタイムは3分5秒6。

 

 4着にハヤテエンペライザ。

 半バ身差でのゴール。

 領域に到達していないながらもタイムは3分5秒7と好走してみせた。

 

 全員がベストを出した。

 出した全員を捩じ伏せたディープ。

 

 中でもアドマイヤジャパンは腰に手を当てて空を見上げている。

 

「……ッ、くぅっ……」

 

 右手で目元を覆いながら口元を震わせる。

 

「ちく、しょう……」

 

 震えた声で。

 やっと絞り出した言葉。

 それはきっと全力を出し切ったからこそ出る言葉なのだろう。

 

 出し切って負けたから。

 だからこそ自然と出て来た言葉。

 

 そして次に出るのは

 

「強いなぁ……本当に、強いなぁ」

 

 称賛の言葉だった。

 

 

 

 こうしてこの年のクラシック三冠レースは幕を閉じる。

 彼女達を待つのはシニアクラスの先輩ウマ娘達。

 

 

 

「今年の有マ記念楽しみだな」

 

「あぁ。ディープなら出られるだろ」

 

「ファン投票1位は決まったな」

 

 帰り。

 観客の言葉を聞きながら彼女は思う。

 

(……最強、か)

 

 思い返すのは追いつけなかった背中。

 

 もう追いかけるのはやめた背中。

 

 やめはしたが超えてやると決めた背中。

 

 それでも

 

(俺の中の最強はアイツだけだ)

 

 そう思いながら彼女はある事に気付く。

 

(……俺があいつに勝ったら、そんな俺に勝った王様が最強って証明になるのか)

 

 最強に勝った自分に勝ったキングが最強だと

 

(……ったく。キングの野郎)

 

 証明するために

 

(今年の有マ。目指すしかねぇじゃねぇか)

 

 ハーツクライの闘争心に火が点いた。

 

 

 

 その頃。

 寮のエンペライザの部屋にある水晶玉は2という数字を浮かび上がらせていた。




お読みくださり、ありがとうございます。

やはり強かった!

そしてハーツも有マを目指す事に…

そして3から2へ…

次回もお楽しみに!
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