「ってわけで有馬マ記念目指す」
菊花賞後。
アルフォンスに有マ記念を目指すと伝えたハーツ。
追いかけるのはやめたが超えるのはやめていない。
そして自分の中では最強であり続けてほしい。
そんな考えはアルフォンスも理解できた。
だからこそ
「ディープに勝つ、ねぇ……うーん」
「なんだよ。勝てねぇって言うのか?」
「いや、それより来週は秋天があるんですからね」
そう。
翌週には秋の天皇賞を控えているのだ。
「ディープに勝つ云々はまず目の前の天皇賞が終わってからですよ」
あくまで勝てないとは言わない。
まずは目の前のレースに集中しようと言うアルフォンス。
そんな彼の態度がハーツは心地良かった。
「あぁ。それは分かってるよ」
夏合宿を終えての初レース。
毎日王冠といった前哨戦無しでの直行便。
そしてアルフォンスが担当してから出る初めてのレースである。
当然緊張するアルフォンスだが
(やれるだけの事はやったんだ。それに今は僕がトレーナーなんだ。信じてあげないでどうする)
と自分に言い聞かせていた。
そうして迎えた秋の天皇賞。
前半の1000mを1分2秒4で通過というスローペースの展開。
アルフォンスがトレーナーになって初めてのレース。
新しい勝負服になって挑む初めてのレース。
その結果は
(……悪くは無かった。はずだ)
掲示板を見上げながらハーツは思う。
5着までの番号が表示されるそこに、ハーツの数字は無かった。
彼女の順位は6着。
5着のスイープトウショウにクビ差届かなかった。
1着はヘヴンリーロマンス。
2着にゼンノロブロイ。
3着がダンスインザムード。
勝ちタイム並びに3着までのタイムは2分0秒1だった。
だが、アルフォンスは今回のレースを見てある事に気付いた。
それは
(スタートの出が良くなっている……)
夏合宿中に本格化して仕上がった体。
走るのに適した筋肉を獲得した肉体は今まで遅れ気味だったスタートを改善させていた。
そしてレースでは中段のやや後方を走った彼女。
最後のスパートで上がったペースに追いつく事ができなかった。
そしてハーツはハーツでもう少し前目に付けれていればと振り返っており、早くも次のレースに向けて考えていた。
また文三は今回は敗北したが、次走もアルフォンスに任せるつもりだった。
曰く、たった1回で判断はできない。
とにかく秋は任せると言ったのだ。
ただそれもあるが、天皇賞前日に行われた萩ステークスにロジックが出走し3着。
その結果を受け、11月に行われる1勝クラスに出走させる予定を立てていたのだ。
他にもユートピアが11月3日に行われるJBCクラシックに出走予定と立て込んでいる。
決してそれが理由というわけではないが、今回でレースがどういうものか知れただろうし、次に活かせれば良し。
ダメでも学ぶ事があれば良しと思っていた。
「またやってんな。この前の菊花賞の事」
翌日の放課後。
部室のテレビを見ていたハーツ。
やっているのはディープインパクトの特集だ。
(ま、無理もねぇか)
ナリタブライアン以来の三冠ウマ娘にしてシンボリルドルフ以来の無敗の三冠ウマ娘の誕生である。
この先無敗記録がどこまで伸びるのか。
注目されないはずがなかった。
そんなテレビの中ではレポーターがディープとそのトレーナーである文乃にインタビューしている。
それを見ながら思い出すのは菊花賞の事だ。
誰も寄せ付けない走りで駆け抜けたディープ。
三冠を達成し、ルドルフのように指を三本立てた右手を掲げて見せた彼女。
まさに世代最強と言って良いだろう。
いや、歴代最強候補に加えて良いだろう。
ハーツもそう思っていた。
(俺で勝てるのか?)
帰りに観客が言った言葉。
有マ記念が楽しみだと。
ファン投票1位は決まったな。
その言葉からはディープの勝利を信じて疑わないという思い。
最強はディープで間違いなし。
クラシックを無敗で終えてシニアクラスへ。
そんな思いだ。
それがハーツの心に火を点けた。
追うのはやめたが超えると誓った背中。
最強の大王。
彼女の中で最強はキングのみだ。
ハーツがディープに勝つ。
そうすればディープに勝ったハーツに勝ったキングカメハメハが最強であると証明できる。
だから今年の有マ記念を目指す事にしたのだ。
が
「……ハァ〜。自信ねぇ〜」
直に菊花賞の走りを見て思った。
次元が違うのだ。
同じ追い込み型の自分で追いつけるだろうか。
首を横に振りたくはないが、素直に頷けない。
それだけの走りを見せられた。
それだけの衝撃を与えられた。
一部ではその強さから英雄と呼ばれているが、その意味が少し分かったかもしれないと思っていた。
が
(つってもアルに言っちまったしなぁ)
とはいえ秋天では掲示板を外したハーツ。
掲示板を外したのはこれで6回目だ。
レースに出る以上は掲示板外になる可能性だってある。
が、目指すのは打倒ディープ。
掲示板外になるような走りをしていては到底無理だ。
(次は……)
目指すのは11月27日のジャパンカップ。
(……そこで結果出して選んでもらわねぇと)
有マ記念の出走権はファン投票で決まる。
どんなに強いウマ娘でも選ばれなければ走れない。
(もう後がねぇからな)
10月が終わって11月が来る。
そうすればジャパンカップはすぐだ。
(気合い。入れ直さねぇとな)
と、カレンダーを見て思うのだった。
その日の夜。
「遅くまで熱心だな」
「あ、文三さん。お疲れ様です」
部室に残っていたアルフォンスに文三はコーヒーを差し入れていた。
「ハーツのやつ。惜しかったな」
「そうですね……思った以上にスタートも良かったですし、驚かされました」
そう言いながらテーブルの上の資料を整理するアルフォンス。
その資料にはハーツの今までのレースの展開について纏められている。
(良く纏められてんな……)
その中身は文三が感心するほどだった。
(今回は負けちまったが、こいつに任せて正解だったかもしれねぇな)
勝つためにはハーツの事も研究しているアル。
その資料の中にはハーツの脚の事もあった。
彼女の脚は立った時に爪先がやや外向きになっていたのだ。
競争能力に影響したり、ケガにも関わってくるので矯正する子もいたりする。
ハーツの外向はそこまで酷くなく、文三は彼女の親と相談の上でそのままで行く事にしたのだった。
今思えば矯正していたらもっと勝たせてやれたのかもしれないと考える事もあるが、それは今日まで走ってきた彼女に対して失礼だとも思っていた。
(本当に、強くなったよ……)
入学当初。
周囲のトレーナーからのハーツの評価は高くなかった。
それがここまで強くなった事。
文三は素直に嬉しかった。
「じゃあ俺は行くけど、あんまり遅くならないようにな。それと帰る時は」
「戸締りですよね。分かってます」
「なら良し。じゃ、お先な」
「お疲れ様です」
そう言って部室を後にする文三を見送るアルフォンスは
(……さて)
目の前の資料と向き合う。
今までハーツが出たレースの展開とタイムを見比べる。
(ハーツが有マ記念を目指す以上、勝つプランを立てないと……)
担当の夢が叶うように最善を尽くす。
それがトレーナーの務めだと。
そう思いながらプランを立てるアルフォンスなのだった。
ちなみに帰らずに泊まってしまい、翌朝来た文三によってソファーで寝ている姿を発見され、その時の寝顔を撮られたそうだ。
その日の昼間の事。
(勝てなかった……)
ハヤテエンペライザの菊花賞の事を思い出していた諒太。
圧倒的な脚を見せたディープインパクト。
それに食らいつくも届かなかったアドマイヤジャパン。
自分の猛追を逃げ切ってみせたローゼンクロイツ。
そんな3人に追いつけず、彼女は4着だった。
彼女が勝ったのは一度だけ。
未勝利戦での一度だけ。
そして掲示板外になったのも一度だけ。
しかも掲示板に入った際は4着以下になった事が一度も無い。
そんな堅実な走り。
実力の高さ。
それでも勝てない彼女をファンとマスコミは史上最強の1勝ウマ娘も呼んだ。
さらにトゥインクル・シリーズのファンであるとある人気落語家は彼女の事を、ナイスネイチャみたいに頑張るウマ娘と評していた。
そんな彼女の次走はまだ決まっていなかった。
(ジャパンカップか有マ記念か……それとも別のレースにするか)
デビューした年でジャパンカップは早いだろうかと考えつつ、有マ記念も厳しいかと考える諒太。
その理由としてはやはり先輩ウマ娘と走るという所にある。
エンペライザより経験が豊かなシニアクラスのウマ娘達。
アドマイヤフジは3勝クラスの古都ステークス。
アドマイヤジャパンはジャパンカップ。
ローゼンクロイツは休養に。
それぞれ同期は発表していた。
そしてディープは年内にあと1レース走りたいとしており、ジャパンカップか有マ記念のどちらかとしていた。
そして選ばれたのは
(まぁ、そうなるよなぁ……)
有マ記念を選択していた。
その際担当トレーナーである文乃は、皆さんに選ばれればですけどとインタビュアーに言ったそうだ。
が、その実心配はいらないだろう。
デビューから無敗の最強ウマ娘。
その年内最後のレースとして有マ記念ほど相応しいレースはない。
おそらくだが彼女はファン投票で1位を取るだろうと諒太は予想していた。
そして、今のディープには勝てないだろうとも考えていた。
ならばジャパンカップに出るか。
それもあまり得策とは言えない。
国内外の有力なウマ娘が集まるジャパンカップ。
クラシッククラスのエンペライザには少し厳しいのではないかと考えていた。
ただ、デビューしてからの好走を考えると掲示板入りはできるだろうと考えていた。
が、1着を取れるかと聞かれたら少し考えてしまう。
ならば別のレースにするか。
と考えてももう時間はそんなにない。
「うーん……」
いっそ今年はもうレースに出ないで来年にとも考える。
事実同期のローゼンクロイツはそうしているのだ。
同じようにしても良いだろう。
「うーん……ん?」
どうしたものか、と考える諒太の目にある物が入る。
それは学園から配られた手紙だった。
「……あ〜、良いかもしれないな」
それは海外レースの出走案内についてだった。
そしてその放課後。
「ってわけなんだけどどうだろうか。国内レースも良いが、世界を知るきっかけにもなるだろうし」
諒太はエンペライザに海外レースに出てみてはどうかと提案していた。
その返答は
「うん……良いかも。行ってみようかな。海外」
好感触だった。
その後もいろいろと話し合い、正式に海外レースに出る事を決めた二人。
そしてその出る事にしたレースの名は香港ヴァーズ。
香港で行われるGⅠレースだった。
「……よう。久しぶりだな。デルタ」
放課後のトレーニング帰り。
ハーツはデルタブルースと会っていた。
会ったと言っても待ち合わせしたわけではなく、トレーニング終わりが重なったのだ。
「そうだね。久しぶりだねハーツ」
元ルームメイトである二人の関係は悪くない。
「この前の秋天見たよ。結果はまぁ、あれだったけど」
「ふん。次は負けねぇ」
「ははっ。相変わらずだね。ハーツ」
と笑みを見せるデルタ。
「そう言うお前はどうなんだ? 復帰戦は決まったのか?」
「うん。今度の日曜日にやるアルゼンチン共和国杯に出る予定だよ」
アルゼンチン共和国杯。
東京レース場で行われる芝2500mのGⅡレースである。
「私も」
前を見据えてデルタは言う。
「有マ記念。目指すから。今年も出るから」
去年は5着だったデルタ。
今年はそのリベンジに燃えていた。
そんな彼女にハーツはこう返す。
「そうか」
なら
「今度は負けねぇ」
前回9着のハーツ。
ディープに勝つだけではない。
デルタにもリベンジである。
「まぁその前に俺はジャパンカップがあるけどな」
と言うハーツにデルタは言う。
「なんか、雰囲気変わったね」
と。
「そうか?」
俺は俺だぞと言うように返すハーツ。
その言葉に笑みを返すデルタ。
そんな二人を夕陽が優しく照らした。
お読みくださり、ありがとうございます。
秋シーズンも折り返し…
どんなレースが彼女達を待つのか!
次回もお楽しみに!