ウマ娘〜想いを背負って繋いで〜   作:にゃんころもち(黒糖)

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56話〜割れたガラス〜

 

 11月3日。

 JBCクラシック当日の名古屋レース場。

 ダート1900mにて行われるこのレース。

 今回はユートピアを含めて12人が出走する。

 

 天気は曇り。

 バ場の具合は良。

 

 前走のマイルチャンピオンシップ南部杯にて見事勝利を収めたユートピアは

 

 

 

『外から外からタイムパラドックス! 内を通って! 内を通ってユートピア!』

 

 先頭を走るレイナワルツに迫る二人。

 最内を通り、距離ロス無く最終直線に入った彼女を。

 

 残り50mの所で並ぶ事無く抜き去る二人。

 

『外からタイムパラドックス交わした!』

 

 追いかけるユートピア。

 逃げるタイムパラドックス。

 

『交わしてタイムパラドックスだ!』

 

 そのまま逃げ切ったタイムパラドックス。

 

『意地を見せたタイムパラドックス!』

 

『ユートピアが良い脚を見せて2番手!』

 

 1着タイムパラドックス。

 そのタイムは2分0秒9。

 上がり3ハロンのタイムは37秒。

 

 ユートピアは1バ身差で2着。

 タイムは2分1秒1。

 上がり3ハロンのタイムは37秒4。

 

 3着はレイナワルツ。

 3/4バ身差で2分1秒2という結果だった。

 

 

 

 そして続く11月6日。

 雨が降りはしたが良バ場の東京レース場では、アルゼンチン共和国杯が行われていた。

 芝2500mで行われるGⅡレース。

 

 デルタブルースの復帰戦であるこのレースには、文三のチームからダイタクバートラムも出ていた。

 

 昨年の有マ記念以来の出走であるデルタブルース。

 その結果は5着だった。

 ビッグゴールドと同着での5着となった。

 

 そして共に走ったダイタクバートラムは15着。

 自分が入れなかった掲示板を見上げながら、彼女は何かを考えていた。

 

 

 

 その後。

 バートラムの控え室では。

 

「……話ってなんだ」

 

 椅子に座りながら文三は、トレセン学園の制服に着替えたバートラムに尋ねていた。

 彼はレース後に、彼女なら話があると言われていたのだ。

 

「トレーナー。あのさ、私」

 

 バートラムの話というのは

 

「トゥインクル・シリーズ。引退しようと思う」

 

 現役引退についてだった。

 

「……訳、聞いても良いか」

 

「訳……うん。まぁ一言で言うんならもう走れないから、かな」

 

 彼女は2月の京都記念の後に天皇賞を目指していたが繋靭帯炎を発症してしまい、出走を見送っていた。

 何とか治すも再び繋靭帯炎に。

 それもなんとか治して今回出走したのだ。

 

 が、その結果が15着だった。

 

「短期間で2回もなっちゃったしさ……またなるかもって思うと全力出せなくて」

 

 再発の恐怖。

 それが彼女から走る力を奪っていた。

 

「この辺が潮時なのかなって」

 

 1度目を治して再発したのも、神様がここまでにしろと言っていたのかもと笑顔で続けるバートラム。

 そんな彼女の話を黙って聞く文三。

 

「だから……もう」

 

 走らないではない。

 走れないから。

 

「引退、するよ」

 

 そう言うバートラムに文三はただ一言。

 

「分かった」

 

 そう言って立ち上がる。

 

「引退の手続きに必要な書類はこっちで用意する。今日まで、よく頑張ったな。バートラム」

 

「あはは……ありがとう。あっ、でもチームは抜けないからね。先輩みたいにサポーターで残るからさ」

 

「おう。頼りにしてるぜ」

 

 そう言って部屋を先に出る文三。

 

「うん……頼りに、し……て、っ」

 

 廊下に出た文三はその背中で。

 ただ静かに。

 部屋から聞こえる泣く声を聞いていた。

 

 ダイタクバートラム

 2度の繋靭帯炎によりトゥインクル・シリーズ引退(ガラスの靴を脱ぐ)

 生涯戦績 36戦8勝.

 

 

 

 時間は過ぎて翌日。

 場所はトレセン学園にある文三の部室。

 そこでアルフォンスは打倒ディープインパクトに向けて作戦を練っていた。

 

(やっぱり彼女の武器はスタミナとそれを活かしてのロングスパート……)

 

 ディープの全レースを見ながらそう分析するアルフォンス。

 

(それとあの末脚。脚の回転の速さも一歩一歩の幅も違う)

 

 歩幅が広い上に脚の回転も早い。

 そして繰り出されるのは異次元の末脚。

 

(同じ後方から攻めるスタイルじゃ到底勝てない……)

 

 思い出すのは先月の菊花賞。

 2着のアドマイヤジャパンは100点満点の走りをしていたと言って良いだろう。

 それほど見事な走りをしていた。

 

 だがそれをディープは鮮やかに差し切った。

 

 出せる全ての力を出して完璧な走りをした相手を鮮やかに差し切った。

 

 そんな相手と同じスタイルで戦って勝てるだろうか。

 否だろう。

 

(どうやったら勝てるんだ……)

 

 レースに絶対は無い。

 あの皇帝ですら黒星を持っている。

 あの世紀末覇王も黒星を持っている。

 英雄と呼ばれる彼女にだってどこか付け入る隙はあるはずだ。

 

 そう思いつつ彼は、ハーツが出たレースも分析していた。

 彼女の得意な展開に持ち込めればもしかしたらと考えていたのだ。

 

(うーん……)

 

 レースの展開を見返したり、気になる点を書き出してみるがこれと言った突破点が見つからない。

 

(いや……)

 

 そこで気付く。

 見方を変えてみようと。

 ハーツは夏合宿期間で体が仕上がった。

 筋肉が付き、弱かった足腰がしっかりするようにもなった。

 つまり夏前と今では状況が違う。

 そうすれば得意も変わってくるはずだと。

 

 そうして夏後の秋天。

 そして夏前の宝塚記念と春天の記録を見る。

 

 6着だった前走秋天。

 夏前最後の出走で2着だった宝塚記念。

 3200mもの長期戦で5着だった春天。

 

(……もしかして)

 

 前走。

 6着秋天は1200mまでのラップタイムは12秒台が続いていたが、そこから一気に11秒台になっている。

 

 では2着だった宝塚記念はどうか。

 先頭争いが落ち着くまでは早めのタイムだが、中盤は12秒台前後。

 それが最後まで続いていた。

 

 ならば5着の春天はどうだ。

 ラスト3ハロンは全て11秒台だが、それより前の大半は12秒台である。

 

 7着だった菊花賞の場合。

 序盤は11秒台の所もある。

 1000mを過ぎてからも11秒台の所はあるが、12秒前半から13秒5となっている。

 

 また14着と大敗した皐月賞は12秒台で進んでいたが、ラスト3ハロンは全て11秒台。

 1600mから1800mまでのタイムに至っては11秒3である。

 

 その事からアルフォンスはある仮説を立てた。

 それは、ハーツクライは一定のペースで走るのが得意なのではないか、というものだった。

 スローペースなら最後までスローペースでのようにだ。

 途中までスローだが最後だけハイペースというのは苦手なのではないかと考えたのだ。

 

 もしそれが正しければハーツがディープに勝つのは難しくなる。

 というのもペースは基本的には前を走るウマ娘が作る。

 前の子が早く走ればハイペースに。

 ゆっくり走ればスローペースにといった具合にだ。

 

 つまり、後ろを走るハーツはペースを作れない。

 相手が作ったペースに乗るしかないのだ。

 

 スローペースから一気にスピード勝負に変わった前回の秋天は、まさにハーツにとって苦手な展開だったのだろう。

 

 ダービー2着は1000m57秒台というハイペースで進み、後半も12秒前後のラップタイムが続いたからだろう。

 

 相手に作られたペースが最後まで同じとは限らない。

 それに控えていた子達が後半追い上げてペースを上げる事もある。

 

(作られる側じゃなくて作る側に行く必要がある……)

 

 それはつまり、今までの後方策ではなく前目に付ける走り方でないと得意を活かせないという事だった。

 

(でも……)

 

 得意分野が分かっただけでも収穫は大きい。

 あとは

 

(これを活かせる作戦を立てる。だけだけど……)

 

 それが簡単にいけばここまで悩みはしない。

 と思いつつハーツを勝たせてあげたいアルフォンス。

 だがそれと同時にジャパンカップの対策も考えるのだった。

 

 

 

「行きます!」

 

 そう言って走り出すのはスズカマンボ。

 ジャパンカップへの出走を目指している彼女。

 そんな彼女は北原のチームに所属している。

 オグリキャップやキングカメハメハがいるチームである。

 

 そんな彼女のチームにいるアドマイヤドンとザッツザプレンティがトゥインクル・シリーズを引退した。

 

 が、そこで終わりではない。

 ダイワスカーレット、フサイチホウオー、ブエナビスタがデビューを目指してトレーニングに励んでいる。

 

 その光景を眺めているのはキングカメハメハ。

 トゥインクル・シリーズを引退して1年と少し。

 北原のチームにサポーターとして在籍している彼女。

 ダービーレコードウマ娘のいるチームとして加入申し込みが一時期増えたが、今は落ち着いている。

 

 その理由はキングにある。

 

「あっ、私がやります!」

 

「いいのいいの。スカーレットちゃん頑張ってるし、少しは休んで」

 

 そう言ってドリンク作りをして配るキング。

 引退してから彼女は一度も走っていない。

 併走を頼まれても足の調子が悪いと言って断っている。

 あの日から走っていない。

 足が疼いても。

 風を感じても。

 走る後輩や同期達を見ても。

 

 どれだけ心が燃えようとしても。

 

 もう走らないと決めたのだから。

 砕けて割れたガラスの靴はもう無いのだから。

 

 だからキングに見てもらえると思って、共にトレーニングに参加できると思っていた子達はキングが走らないと知るや去って行った。

 

 それを聞いてもキングは、去って行った子達の事を否定しようとは思わなかった。

 ダービーウマ娘に色々教えてもらえる。

 ダービーウマ娘に教えてもらえたら強くなれる。

 そう思うだろうと考えたからだ。

 彼女自身だってそう思わないかと言われたら否定しない。

 

 だから、強くなるための手段として自分の元に来た。

 その自分が走らないのならば。

 教えてもらえないのならばいる必要はない。

 そう考えるのは自然だと思ったのだ。

 

 期待に応え、最強の大王として名を刻んだダービー。

 引退して期待に応えられない今。

 

(……でも、それを選んだのは私)

 

 そう自分に言い聞かせる。

 

 言って教えるのにも限界がある。

 そういう時は実際にやって見せた方が伝わる。

 でも今の自分にそんな走りができるだろうか。

 

 おそらくあの頃のようなレベルの走りはできない。

 だから、今も来ているドリームトロフィーリーグへの誘いを断っている。

 皆が望む、最強の大王の走りはもうできないから。

 期待に応えられないから。

 

 ファンが求めるのはあの日の自分なのだから。

 それができないのならターフに立つべきではない。

 そうすればファンの記憶には強かった自分が残り続ける。

 期待に応えられない自分で上書きされる事はない。

 

(……あぁ、なんだ)

 

 その思いに気付いた彼女は

 

(私って、卑怯だな……)

 

 悲しそうに。

 寂しそうに。

 小さく笑った。

 

 

 

 それからもレースは続いた。

 

 13日に行われたエリザベス女王杯では3連覇のかかるアドマイヤグルーヴをスイープトウショウが下した。

 20日に行われたマイルチャンピオンシップではハットトリックがハナ差でダイワメジャーを下した。

 

 こうして迎えた11月下旬。

 27日に行われるジャパンカップ。

 今回は6人が海を渡って来た。

 

 イギリスから三人。

 アメリカから二人。

 フランスから一人。

 

 その中の一人。

 

「やっと日本に来たー!」

 

 イギリス代表のアルカセットが到着した。




お読みくださり、ありがとうございます。

デビューした時から引退へのカウントダウンは始まっている…
でも引退したからといってそこで終わりというわけではない。

次回もお楽しみに!
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