27日に迫ったジャパンカップ。
世界から海を渡って集まった強豪と日本のウマ娘が競い合うレース。
だがその前日。
26日には砂のジャパンカップが行われる。
名前はそのまんま。
ジャパンカップダート。
東京レース場で行われる。
ダート2100mのGⅠレース。
今回は海外から3人参加する。
そのレースにユートピアも出る。
彼女含む13人の日本勢が、海を渡って来る挑戦者を迎え撃つのだ。
芝ダートそれぞれのジャパンカップが二日連続で行われる。
そんな週末を
「ついにジャパンカップウィーク本番や!」
藤井泉助はやる気に満ちており、まさに燃え上がっていた。
去年は両レース同日開催だったのだが、今年は連日に変更。
ちなみにだが泉助はジャパンカップの担当となっている。
そんな彼は出走メンバーを見て思う。
昨年ジャパンカップ覇者のゼンノロブロイ。
さらに今年のクラシック世代からは菊花賞で好走を見せたアドマイヤジャパンが出るのだ。
(まぁクラシックの子はこの子だけやないけど)
もう一人いる。
ストーミーカフェという名のウマ娘だ。
アドマイヤジャパンやディープの同期である彼女だがクラシック三冠レースには出走していない。
2月の共同通信杯後に左脚で剥離骨折が確認されて療養。
復帰は夏明けの神戸新聞杯。
その後は距離適性から菊花賞は回避して秋の天皇賞を目指して出走。
そしてその次走としてジャパンカップを選択した。
(本番が楽しみやな)
クラシッククラスから二人出走する。
そして共に出走するシニアクラスメンバー。
日本から12人。
海外から6人。
合計18人が出走する。
(……レース前の取材行っとくか)
椅子から立ち上がり、カバンを手にする泉助。
彼が向かうのはトレセン学園。
そこでは
「もう時間も無いぞ! 最後まで気を抜くな!」
「はい!」
ダートコースを走るユートピア。
ジャパンカップダートに向けてトレーニングに励んでいた。
そんな所に
「あぁいたいた。こんにちは文三さん」
泉助が到着した。
「ん? おぉ。藤井か。悪いがもう少ししたら上がるから先に部屋行っててくれ。ほれ、部屋の鍵」
そう言って部室の鍵を渡す文三。
それを受け取り、先に部室へと向かう泉助。
「さて……ユートピア! これ終わったら休憩だ!」
「はい!」
脚に力を入れてスピードを上げるユートピア。
そんな彼女を文三はジッと見ていた。
「悪い。待たせたな」
「あぁいえいえ。こちらはこちらで色々聞けましたので」
「ん? ……あぁ。それなら良かった」
ユートピアのトレーニング後、部室に戻った文三。
それと入れ替わるようにハーツとアルフォンスが出て行ったので、泉助は文三を待っている間に二人から話を聞いていたようだ。
「んじゃ始めっか」
「よろしくお願いします」
こうして取材が始まった。
取材後。
(ジャパンカップダート……)
再びトレーニングを再開したユートピアを見ながら文三は思う。
今回海外から来たのは3人。
アメリカからタップデイとラヴァマン。
タップデイの前走はGⅡレースのメドウランズBCSで1着。
ラヴァマンの前走はGⅠレースのゴールドカップで7着。
イギリスからエキセントリック。
前走はGⅢのダーレーステークスで8着。
(油断はできねぇ……)
前走の結果も大事だが、だからと言って無視して良い理由にはならない。
海を越え、わざわざ日本に来て出走するのだ。
前走の記録がどうであれ、勝ちを目指しているのはこちらと同じ。
いや海を越えてくる分、向こうの方がその思いは強いかもしれない。
(まぁ、勝ちたいのはこっちも同じだが……)
目の前を走るユートピア。
(ハーツの方はアルが見ているが……)
その日はどんな練習をしたかを纏めたレポートを提出させてはいるが、基本的にはアルフォンスに任せている文三。
ハーツを担当して二度目のGⅠレースであるジャパンカップを迎えるアルフォンス。
まだ緊張したりトレーニング内容で悩んだりしてはいるがハーツとコミュニケーションを取っており、信頼関係は築けているように思える。
(さて、俺は俺で集中しねぇとな……)
と気を引き締める文三。
警戒する相手は3人。
(まずは……この)
10戦6勝。
1着はJpnⅠで2回。
GⅢ、OP戦と、1勝クラス、未勝利クラスで1回ずつ。
OP、GⅢ、JpnⅠ2レースを連続で制している。
そんな彼女に与えられた異名は砂のディープインパクト。
そんな彼女。
前走は今回より距離が500m短い武蔵野ステークスに出走。
結果は1着と1と3/4バ身差で2着。
デビューしてから掲示板を外したのは2回。
しかもその2回は今走っているダートではなく芝コースでのレース。
ダートレースだけで見るとその戦績は7戦6勝。
(カネヒキリだな……)
実は一度だけ。
毎日杯でローゼンクロイツとも走っている。
(次は……)
戦績は24戦8勝。
昨年出走した灘ステークスではレコード勝ち。
今年に入ってから4レースに出るも掲示板入りは3回。
それでも5月の東海ステークス(GⅡ)、夏合宿中のブリーダーズカップ(JpnⅡ)、夏合宿明けのさざんかテレビ杯(JpnⅡ)で3連勝。
ただその後に走ったJBCクラシックでは4着だった。
(サカラート……)
過去にマーチステークスと先述のJBCクラシックで共に走ったライバルだ。
(それと……)
最後に思い浮かべたのは去年のフェブラリーステークス、JBCクラシック、ジャパンカップダート、東京大賞典。
そして今年のフェブラリーステークス、帝王賞、マイルチャンピオンシップ南部杯、JBCクラシックにて競い合った相手。
現戦績は41戦15勝。
昨年のジャパンカップダート覇者のタイムパラドックス。
前走のJBCクラシックでもユートピアに1バ身差を付けて勝利している。
出走するメンバーで気を抜いて良い相手はいないが、この3名を最も警戒している文三。
ユートピアもこの3人を警戒しつつ、1着を撮るためにトレーニングを続けた。
そうして迎えたレース当日の東京レース場は晴れの良バ場。
2枠4番でレースを迎えたユートピア。
逃げを打つ子がいないなか、ユートピアが先頭を取ってライバル達を引っ張る。
そのままラチ沿いに内側を通って最終直線へ。
そこで
「捉えた……」
彼女が来た。
外から。
シーキングザダイヤが来た。
シーキングザダイヤ。
アメリカ生まれの彼女がデビューしたのは一昨年の12月。
デビュー戦は掲示板入りするも5着だった。
続く未勝利戦ではクビ差で勝利。
続くクロッカスステークスでも勝利を収めた彼女はそのまま重賞レースに挑戦。
選んだのはGⅢレースのアーリントンカップ。
半バ身差で勝利した彼女。
続けて彼女はGⅡレースのニュージーランドトロフィーも勝利。
そして進んだGⅠレース。
NHKマイルカップ。
そこで彼女は大王の領域を見せつけられた。
その結果は7着だった。
その後はイギリスとフランスで走るも二桁順位だった。
帰国後はとちぎマロニエカップに出るも3着。
続く兵庫ゴールドトロフィーにてクビ差1着を取ってみせた。
ニュージーランドトロフィー以来の1着に当時はトレーナーと共に喜んだ。
が、続く川崎記念はタイムパラドックスにクビ差届かずの2着だった。
続くフェブラリーステークスはメイショウボーラーに敗れて2着。
そして黒船賞にて9着。
シンガポールで行われたエアラインズ・カップ7着。
帰国後に出走したマイルチャンピオンシップ南部杯はユートピアに敗れて2着。
JBCクラシックは掲示板外の6着。
もう、もう。
(負けはいらない!)
再び頂きに立つ。
かつて自分を下したタイムパラドックスとユートピアを今度は自分が倒す。
(私が……)
そして一番になる。
(私が!)
ユートピアを交わして先頭に立つ。
「勝つ……」
その時だった。
「やぁ。追いついたよ」
内からスターキングマンが並ぶ。
さらに
「悪いけど」
彼女は静かに口を開く。
「勝ちを譲るわけには」
外から並んで来た彼女は言う。
「いかないんだよ」
砂のディープインパクトのあだ名を与えられたカネヒキリが。
ユートピアを交わした3人が横一列となって駆け上がる。
残り200を切ってほぼ横一線。
少しでも。
1ミリでも先へ。
横を走るライバルより先にゴールするために。
一歩。
また一歩踏み出して。
砂を蹴って前に進む。
ゴール目前で僅かにスターキングマンが前へ出る。
が、ダイヤとカネヒキリが再び並ぶ。
並んで今度はその二人が前へ出る。
ダイヤとカネヒキリの競り合いに変わる。
もう負けたくないダイヤ。
あの掲示板を見上げるのはもう十分だ。
次に見るのは、1位の所に自分の番号が刻まれた掲示板。
世代最強と同期の名をを異名として与えられた彼女。
砂のディープインパクトと呼ばれるカネヒキリ。
「負けるもんかぁぁぁぁぁっ!」
僅かだった。
僅かに。
本当に僅か。
ハナ差ほど。
ダイヤが前に出る。
このまま押し切る。
押し切ってやると。
駆ける。
駆ける。
駆ける。
このまま勝ってやる。
だが、だが、だが。
まだレースは終わっていない。
(砂のディープ?)
彼女は思っていた。
今までも異名を付けられたウマ娘はいるだろう。
皇帝。
女帝。
帝王。
黒い刺客。
異次元の逃亡者。
世紀末覇王。
芦毛の怪物。
白い稲妻。
弾丸シュート。
漆黒の帝王。
聖剣。
黄金旅程。
数ある名の中で、他のウマ娘の名前が異名に使われたのはおそらく初めてだろう。
その事に彼女は
(何を言っている……違う)
違和感を感じていた。
だってそうだろう。
(私は)
だって
(私は!)
彼女は
(ディープインパクトじゃない!)
彼女は
(私はカネヒキリだ!)
己を証明するために。
私を見ろと。
砂のディープインパクトと呼びたいのなら好きにしろと。
だが私は私だと。
私はカネヒキリ以外の何者でもないと。
そう言うように砂を蹴って前へ突き進む。
そうしてゴール板から数m手前の所で二人が並ぶ。
お互いの足音を。
荒い息を。
その耳で聞きながら。
目はただひたすら前だけを見て。
ゴール板を駆け抜けた。
(どっち!?)
ゴール後。
掲示板の方を見るダイヤ。
果たしてどっちが1着なのか。
そう思って掲示板を見る。
5着の欄から見ていく。
4着、3着。
(勝ったはず……勝った。私が)
2着の欄を見る。
(勝っ……)
そこに表示されているのは7。
ダイヤの番号だった。
「ッ!? ……ぁっ」
1着は10番カネヒキリ。
着差はハナ。
3着までが2分8秒の同タイム決着となった。
(負けた……)
全力を出した。
結果はハナ差。
僅かな。
本当にごく僅かな差だった。
1位への扉に彼女の手は届いていただろう。
そのドアノブに指はかかっていただろう。
だがそれを開けるための力が足りなかった。
そのドアを開けたのはカネヒキリだった。
(あぁ……ちくしょう)
溢れる涙は止まる事なく
「悔しい、なぁ……」
彼女の頬を濡らし続けた。
8着。
ユートピアの今回のレースの結果だ。
7着のサカラートとは1バ身半差だった。
(また勝たせてやれなかったな……)
スタンドからレースを見ていた文三の胸の内はその思いでいっぱいだった。
前走JBCクラシック2着。
2連敗となった。
スタンドから室内へ入りながら思う。
もしあの時のトレーニングを別のメニューに変えていたら。
もしもう少しちゃんと休ませてやっていたら。
もしもあの時。
そんなifが頭の中をグルグル回る。
だが今更そんな事を考えても無意味だ。
どれだけ考えてもレースの結果は変わらないし、もう1回も無い。
そして分かっていた事だ。
何人出ても勝つのは一人だけだと。
その一人が今回はカネヒキリだったのだと。
それだけの話だ。
なにより生涯一度も勝てない子だっている。
1勝できたら御の字。
万々歳なのだ。
それを分かっていても思ってしまう。
(……ちくしょう)
一番悔しいのは走った当人だろう。
それでも慣れないものは慣れないし、勝たせてやりたいレースで勝たせられなかった時は辛い。
中には負け無しの子もいるかもしれない。
だが大半のトレーナーはこれを経験する。
ベテランだって経験する。
経験した上で言う。
こればっかりはいつまで経っても
(慣れねぇなぁ……)
静かに目を伏せながら歩くその背中は、普段担当するウマ娘達には決して見せないものだった。
(ふぅ〜ん……なるほど、ね)
ジャパンカップダートの次に行われたオリエンタル賞を見ている一人のウマ娘がいた。
鹿毛色の髪とキャップにサングラス。
白シャツにダメージジーンズ姿の彼女。
(日本のレースってこんな感じなのね)
サングラスを少しだけ下げて。
キャップとサングラスの隙間からチラッと覗いて。
(良い所だ。うん。走りやすい)
そう思っていると携帯にメールが届く。
(ははっ。せっかちなトレーナーだなぁ)
返信をせずジーンズのポケットに携帯を戻し、彼女は出口へと向かう。
すでに最終レースも終わった事もあり、出口に向かう人で混み合っていた。
その人混みの中に彼女は紛れていく。
(あぁ。明日が楽しみだ)
下見という目的を果たして。
お読みくださり、ありがとうございます。
ジャパンカップが!
始まるよー!
次回もお楽しみに!