11月26日。
ジャパンカップダートが終わった日の夜。
府中市内にあるホテル。
そこでジャパンカップの会見が行われるため、出走ウマ娘とそのトレーナー。
そして報道関連の人達が来ていた。
今はまだ会見の時間ではなく、その前に行われる立食会。
そこには勝負服姿のウマ娘がおり、思い思いに過ごしている。
そんな光景に
(お〜お〜いるいる!)
藤井泉助はカメラを構えたい衝動を抑えていた。
室内にいる18人のウマ娘。
日本勢12人。
海外勢6人。
その豪華な顔ぶれは彼だけでなく、他の記者達の取材欲を十分に刺激していた。
それでも自制する。
プロだから。
だがそれでも
(あ〜。早く撮りたい!)
ウズウズする泉助達なのだった。
そうして時間は過ぎて会見が始まった。
壇上には今回出走するウマ娘が並んでおり司会に紹介されている。
まずは日本勢が名前順に紹介される。
アドマイヤジャパン
コスモバルク
サンライズペガサス
スズカマンボ
ストーミーカフェ
ゼンノロブロイ
タップダンスシチー
ハーツクライ
ビッグゴールド
ヘヴンリーロマンス
マイソールサウンド
リンカーン
以上12名。
司会が流れるように名前を呼び上げて紹介を行う。
(ホンマに凄いメンツやな)
とカメラを向け、シャッターを切りながら泉助は思う。
前走菊花賞2着。
日本勢唯一のクラシック組にして菊花賞2着のアドマイヤジャパン。
昨年覇者にして二人目の秋シニア三冠達成者のゼンノロブロイ。
他のメンバーも豪華である。
「続きまして」
次に海外勢が紹介される。
アメリカから来たキングスドラマとベタートークナウ。
イギリスから来たアルカセット、ウィジャボード、ウォーサン。
そしてフランスから来たバゴ。
計6名。
こちらも流れるように紹介する司会。
(ほ〜。こりゃ凄いな)
と海外勢にカメラを向ける泉助。
そのレンズの向こうでは海外勢がコメントしている。
皆共通しているのは勝ってみせるという事。
そして
「最後になりましたアルカセットさん。意気込みをお願いします」
司会の言葉にアルカセットはその手に持ったマイクに向かって口を開く。
「Ah〜……」
明るい声で彼女は言う。
「そうだねぇ。あ、今日東京レース場に行って来たんだけどね。みんな凄いレースをしていたよ」
日中見ていたレースの事を話す。
そして加えて話す。
「それを見ているみんなの顔もすごく良かったよ。だから」
一拍挟んで彼女は言う。
「みんなの期待に応えられるレースをしてみせるよ」
その目に確かな闘志を宿して。
彼女は言った。
そして翌日。
ジャパンカップ当日の東京レース場のパドック。
晴れに恵まれ、気持ちの良い風が吹く中で。
出走するウマ娘が呼ばれて出て来ては、手を振るファンに手を振り返したりしている者もいれば軽く準備運動をしている者もいる。
その後彼女達は一旦控え室に戻り、レース前まで待機。
その後時間が来たらコースへ向かうのだ。
その控え室では
(す、すごい気合いだ……)
アルフォンスはハーツの様子に圧倒されていた。
(は、話しかけられない)
椅子に座りながら集中しているハーツ。
まるで一本の線を描くように。
ブレが無いと言えるほどの集中力に、むしろ話しかけない方が良いとすら思ってしまう。
(そういえば今回で重賞は13回目。GⅠは9回目。ジャパンカップも2回目だって言ってたな)
昨年のジャパンカップの結果は10着。
掲示板に届かなかった。
今年はそれのリベンジ。
掲示板に入るだけじゃない。
GⅠ初勝利を目指す。
「……よし」
椅子から静かに立ち上がったハーツは
「行って来る」
ただ一言。
そう言って部屋を出た。
「あ、来た!」
そう言うのは諒太のチームのウオッカ。
後学のためにと来ていたのだ。
そんな彼女の前に地下バ道からハーツ達が姿を現す。
「うおーっ! せんぱーい! 頑張れー!」
ハーツ達に声援を飛ばすウオッカ。
そんな彼女達から少し離れた所では
(先輩……)
ハーツのチームメイトであるローゼンクロイツが彼女の勝利を願っていた。
「はははっ。昨日も思ったけど、凄い人だねぇ」
「……」
スタンド前でハーツに話しかけるアルカセット。
そんな彼女の方を見るだけで何も返さないハーツ。
「そんな警戒しないでよ。私達は同じ。チャンピオンに挑戦するチャレンジャーなんだからさ」
「……日本語。ずいぶん上手いんだな」
「そりゃ練習したからね。でも上手いって言ってもらえて良かったよ」
マントを風に靡かせるアルカセットとコートの裾を靡かせるハーツ。
「彼女だろう? 去年のチャンピオンのゼンノロブロイって」
「あぁ。そうだが」
「あんな小さな体で凄いね」
にこやかに笑みながら話すアルカセット。
前年ジャパンカップ覇者にして二人目の秋シニア三冠を達成したゼンノロブロイ。
昨年の有マ記念では、一昨年にシンボリクリスエスが樹立したレコードを1秒更新してみせた彼女。
「いやぁ、光栄だなぁ……」
「……あ?」
「いやね……」
腰に手を当て、ゼンノロブロイからハーツに視線を戻してアルカセットは言う。
「ここに来て良かったなって」
「……そうかい」
背を向け、ゲートへと歩き出すハーツ。
その彼女の背を見てアルカセットは静かに呟く。
「うん。本当に良かったよ」
と。
『秋晴れの東京レース場に、GⅠ総数25勝という豪華なメンバーがレースを待っています。ジャパンカップ。18人のフルゲートでレースが行われます』
実況の泉本の声にはやや興奮の色が見える。
GⅠウマ娘10人参加の本レース。
各ウマ娘もゲートインの時を待っている。
(いよいよや……)
スタンドの前列。
カメラを構える泉助の気持ちも昂る。
そんな中スターターがスタート台に上がり、その手に持った赤い手旗を振る。
それを合図にファンファーレの演奏が行われ、ジャパンカップの始まりを告げる。
その演奏に、9万人を超える観客が拍手で応じる。
そしてゲートインが始まる。
1枠1番 マイソールサウンド
戦績 35戦8勝
前走 アルゼンチン共和国杯(GⅡ)11着
1枠2番 タップダンスシチー
戦績 40戦12勝
前走 天皇賞・秋(GⅠ)9着
2枠3番 ウォーサン(イギリス)
戦績 41戦9勝
前走 凱旋門賞(フランス・GⅠ)8着
2枠4番 アドマイヤジャパン
戦績 8戦2勝
前走 菊花賞(GⅠ)2着
3枠5番 リンカーン
戦績 18戦5勝
前走 天皇賞・秋(GⅠ)6着
3枠6番 ウィジャボード(イギリス)
戦績 11戦6着
前走 ブリーダーズカップ・フィリー&メアターフ(アメリカ・GⅠ)1着
4枠7番 ベタートークナウ(アメリカ)
戦績 31戦11勝
前走 ブリーダーズカップターフ(アメリカ・GⅠ)7着
4枠8番 ゼンノロブロイ
戦績 18戦7勝
前走 天皇賞・秋(GⅠ)2着
5枠9番 ストーミーカフェ
戦績 7戦3勝
前走 天皇賞・秋(GⅠ)8着
5枠10番 ヘヴンリーロマンス
戦績 31戦8勝
前走 天皇賞・秋(GⅠ)1着
6枠11番 コスモバルク
戦績 18戦7勝
前走 毎日王冠(GⅡ)11着
6枠12番 バゴ(フランス)
戦績 16戦8勝
前走 ブリーダーズカップターフ(アメリカ・GⅠ)4着
7枠13番 サンライズペガサス
戦績 22戦6勝
前走 天皇賞・秋(GⅠ)12着
7枠14番 アルカセット(イギリス)
戦績 15戦5勝
前走 チャンピオンステークス(イギリス・GⅠ)5着
8枠15番 キングスドラマ(アメリカ)
戦績 25戦8勝
前走 レッドスミスハンデキャップ(アメリカ・GⅡ)1着
8枠16番 ハーツクライ
戦績 14戦3勝
前走 天皇賞・秋(GⅠ)6着
9枠17番 スズカマンボ
戦績 16戦4勝
前走 天皇賞・秋(GⅠ)13着
9枠18番 ビッグゴールド
戦績 50戦6勝
前走 アルゼンチン共和国杯(GⅡ)5着
以上18名のゲートイン。
まずは奇数番から入って行く。
ベタートークナウがゲート前で一度立ち止まるが気合を入れ直すようにしてすぐに入る。
大外のゲートではスズカマンボがなかなか入らないでいる。
その横を通るように偶数番のウマ娘が続々とゲートインしていく。
その中にはゼンノロブロイの姿もある。
その後、マンボはなんとかゲートイン。
どうやらやる気に満ちて昂っていたようだ。
アドマイヤジャパンも自分を落ち着かせてからゲートイン。
残り5人。
ゲート前で立ち止まったバゴの横をハーツが通ってゲートイン。
バゴもそれに続くようにゲートイン。
続けてアルカセット、ウィジャボード。
最後にビッグゴールドがゲートに入って体制が整う。
ゲートが開くその時を待つ18人。
全員が見据えるのは2400m先にて輝く栄冠。
それを手にするのはただ一人。
その栄冠を手にするために。
『ジャパンカップ』
18人全員が
『今スタートが切られました!』
駆け出す。
東京レース場。
芝2400m。
左周り。
ジャパンカップが始まった。
まず先頭を取ったのはタップダンスシチー。
それに続くはストーミーカフェ。
この二人が引っ張る形で第1コーナーへと入って行く。
(まずは様子見と行こうか……)
ウィジャボードとバゴの後ろ。
ゼンノロブロイの前。
中段やや後方に位置取ったアルカセット。
(大丈夫大丈夫。私、勝つから……見ていてよ。トレーナー)
仕掛けるタイミングを伺いながら。
彼女は走る。
(ちっ……出遅れたな)
スタート直後。
少々出遅れてしまったハーツはコース取り合戦に入れず後方を。
後ろから3番目を進んでいた。
(もう少し前に入りたかったんだが……)
まだレースは始まったばかりなので、ペースを上げて消耗するのは得策ではない。
さらに言えば前の集団に加わってコース取り争いに巻き込まれればそれこそ体力を消耗する。
(今は……)
無理に前に出るよりは慣れている後方待機がベストか、と考えながら走るハーツ。
(さて……)
第2コーナーを抜けて向こう正面へと入る。
(遅れを取り戻そうと無理に考えるな。致命的な遅れってわけじゃねぇ)
前を走るライバルの背を追いながら、冷静に走るハーツだった。
場面は変わって向こう正面。
先頭は変わらずタップダンスシチーが逃げる逃げる。
それを追いかけるストーミーカフェ。
それから離れてビックゴールド、右後方にコスモバルク。
内からアドマイヤジャパンとキングスドラマ。
リンカーンの外にヘヴンリーロマンス。
ウィジャボードの後ろにウォーサン。
ウォーサンの外側にアルカセット。
アルカセットの外側にバゴ。
内からベタートークナウとゼンノロブロイが並ぶ。
ハーツクライとほぼ並んだ位置。
やや右前方にサンライズペガサス。
離されてスズカマンボとそれを追いかけるマイソールサウンド。
その順番で第3コーナーへ向かう。
(さて……)
ウォーサンとバゴに挟まれるようにして進むアルカセット。
(いつ抜けるか……)
あまり良い位置取りとは言えないだろう。
外に位置取るバゴが彼女の前に出た場合、前を塞がれてしまう。
相手の外を通れば抜き返す事はできるが余計に走らなければならなくなる。
(いや……)
先頭のタップダンスシチーとストーミーカフェが第3コーナーへ入ろうとしている。
(行くか)
そのタイミングで前を走るウィジャボードが動き出す。
それを追うようにアルカセットはウォーサンとバゴの間から抜け出して前へと出る。
が、
(いやはや……)
前は前で大混戦。
彼女の前には内からアドマイヤジャパン、ウィジャボード、キングスドラマ、ヘヴンリーロマンスが壁になるように走っている。
さらにヘヴンリーロマンスはキングスドラマの右後方。
アルカセットの右前方を走っている。
加えて右後方にはバゴがいるので、減速して外に出ようとすれば後続に飲み込まれる可能性もあった。
(いや焦るな……まだここじゃない。仕掛けるのはここじゃない)
第4コーナーを通過する。
先頭は変わらずタップダンスシチー。
(仕掛けるのは……)
最後の直前に入る。
その瞬間。
コーナーから直線に移ると同時に各々のポジションがわずかに変わる。
内側のウマ娘は前に。
外側のウマ娘は後方へ。
それによって隙間が生まれる。
彼女の前を走っていたウィジャボードとキングスドラマ。
外を走っていたキングスドラマは距離ロスの関係でわずかに後ろへ下がる形になる。
それによって隙間が生まれる。
そこから
(ここだっ!)
アルカセットがウィジャボードを追うように前へと迫る。
先頭を走るタップダンスシチーを追う。
追いながら、最後の直線の上り坂を駆け上がる。
高低差2mの坂。
ここまで走って来た彼女達を待つ上り坂。
だがそれを駆け上がらなければ勝利は掴めない。
「ここからぁぁぁっ!」
一気に駆け上がる。
内を走るウィジャボードと競い合うように駆け上がる。
そんな彼女達に、外からは連覇を狙うゼンノロブロイが駆け上がって来て迫り、わずかに抜く。
残り200mの所でゼンノロブロイがわずかに先頭に立つ。
(流石はチャンピオン! でも!)
負けじと差し返すアルカセット。
「そこは私の場所だ!」
勢いに。
波に。
乗って加速したアルカセットが前に出る。
ハナ差がアタマ差へ。
アタマ差がクビ差へ。
その差は広がっていく。
坂を駆け上がって完全に先頭に立つアルカセット。
マントを靡かせて。
髪が捲れ上がるほどの勢いで。
(あぁ……)
先頭を走る彼女は
(この感覚だ!)
領域に入っていた。
他を凌駕する剛脚で後続を一気に引き離しにかかる。
追いつけるものなら追いついてみろ。
そう言うように。
一歩。
また一歩。
踏み出す度に加速するアルカセット。
アルカセット。
イギリスの代表として来た彼女は引退を考えていた。
先一昨年の9月にデビューした彼女。
その戦績は悪くなかった。
15戦5勝。
その他の順位も2着が7回、4着2回、5着1回というもの。
掲示板外になった事が一度もない戦績。
普通に強いと言って良いだろう。
だがもう4年走っている。
過酷なレースによる疲労は脚に溜まっているだろう。
それでも彼女は走った。
全てはトレーナーに恩を返すために。
デビュー当初。
シニアクラス前の彼女の戦績は6戦1勝。
その戦績から一度担当トレーナーから契約を解除されてしまったのだ。
そんな彼女と担当契約をしたのは今のトレーナー。
だがその際に医師から、故障持ちであり走れるかは半々だと言われたのだ。
あぁ、また契約を解除される。
そう思った彼女の前で、トレーナーはこう言った。
「この子の目は走りたがっている。たとえ五分だとしても、僕は走れる方に賭けるよ」
そうして今のトレーナーと正式に担当契約を結んだ。
そこからの彼女の戦績は9勝4勝。
内GⅠとGⅡで1勝。
成績はメキメキ上がっていった。
そうして挑んだジャパンカップ。
自分の脚に賭けてくれたトレーナーに報いたい。
恩を返したい。
その一心で
(勝たせてもらう!)
突き進む。
だがそれは、“彼女”も同じだった。
バ群を切り裂くように。
彼女は駆け上がって来る。
ゴール目前の所で上がって来る。
(行かせるかよ)
領域を発動させたアルカセットへ。
リンカーンとウィジャボードの間を駆け抜けて。
ハーツクライが駆け上がる。
そして
「よう。追いついたぜ」
内側から並ぶハーツ。
その姿に驚愕すると同時に楽しそうに
「
アルカセットは呟いた。
さぁゴールまであと少し。
アルカセットとハーツクライによる最後の勝負が始まった。
お読みくださり、ありがとうございます。
次回決着です!
お楽しみに!