ウマ娘〜想いを背負って繋いで〜   作:にゃんころもち(黒糖)

59 / 74
59話〜0.1秒の先と3cmの大きな差〜

 

 ジャパンカップ。

 東京レース場の最終直線。

 ゴールを目前にした所で。

 

 先頭を走るアルカセットへと。

 バ群を切り裂くように。

 

(行かせるかよ)

 

 前を走るリンカーンとウィジャボードの間を駆け抜けて。

 

「よう。追いついたぜ」

 

 内からアルカセットに並ぶハーツクライ。

 

No way(マジかよ)……」

 

 まさかの追撃に驚きつつ、だがそれでいて最後まで競い合えるライバルの出現に対して楽しそうにそう呟くアルカセット。

 

 バ群から完全に抜け出した二人による先頭争い。

 

 片や領域に突入し、限界を超えた剛脚を繰り出すアルカセット。

 片や全力でその横に並ぶハーツクライ。

 

 来る前に対戦相手の事は調べていたアルカセット。

 それこそ徹底的に。

 ハーツの事ももちろん調べた。

 勝ち星こそ少ないが掲示板入りする事が多い。

 なんせ14回走って掲示板入りしたのは9回。

 その9回の内3着以内は8回。

 それだけで十分警戒するに相応しい相手だった。

 そんな相手が自分の隣に立つ。

 

(油断したつもりはなかった)

 

 しかも勝ちを確信したこのタイミングで来るとは。

 

 そうだ。

 こうでなくては面白くない。

 だってそうだろう。

 まさか、まさか。

 相手が自分の予想を上回って来たら。

 裏切って来たら。

 その結果、今自分と先頭争いをしているとしたら。

 

 楽しくないわけがない。

 

Follow me(ついて来い)! I'll win though(私が勝つがな)!」

 

 残り数十mで終わってしまう。

 

 早く終われ。

 長期戦は分が悪い。

 

 もっと続いてくれ。

 こんな楽しい事終わらないでくれ。

 

 二つの相反する思いを抱きながら突き進むアルカセット。

 

「負けねぇ!」

 

 隣で吠えるハーツクライ。

 ずっと負けて来た。

 文三に勝ったと報告してやりたい。

 アルフォンスをGⅠトレーナーにしてやりたい。

 

 勝ちたいアルカセッと負けたくないハーツクライ。

 

 前を向いていてもチラチラと視界の端に相手の姿が映る。

 その相手より先へ。

 その相手より先に。

 

 栄光を掴むために。 

 

 マントを靡かせて。

 コートの裾を靡かせて。

 二人並んで。

 突っ込むように。

 

『先頭はアルカセットかアルカセットか! 内からハーツクライィィィッ!』

 

 ゴール板前を駆け抜けた。

 

『二人並んで、勝ちタイムは2分22秒1!』

 

 ほぼ同時にゴールした二人。

 そのタイムはなんと

 

『ジャパンカップレコード! レコードです! 2分22秒1! あのフォークインとオグリキャップが出した22秒2を! コンマ1秒縮めました!』

 

 レコード記録だった。

 しかも1着は所に番号の表示は無い。

 その代わりにあるのは写真判定を示す表記。

 その事に興奮冷めやらぬ泉本。

 

 だが掲示板には審議を示す青いランプが点っていた。

 その審議内容は最終直線での事に関して。

 ハーツが抜いた際にウィジャボードの進路が狭くなった事に対してだった。

 これが認められればハーツは降着。

 最悪失格になる。

 

 が、そうはならなかった。

 

 着順表示が行われる。

 5着 6番ウィジャボード

 4着 5番リンカーン

 3着 8番ゼンノロブロイ

 

 果たして1着はどちらなのか。

 どちらが勝ったのか。

 

 ハーツクライか。

 アルカセットか。

 

 1番上に灯った数字は

 

 14。

 アルカセットの番号だった。

 

「っ……えっ、あっ。勝っ、た? 勝った……勝ったッ! ッ、たぁぁぁっ!」

 

 両の拳を握り、喜びを噛み締めるように。

 アルカセットは空へ吠えた。

 

(……負けた、か)

 

 その背中を見ながら、肩を上下させながら荒い息を整えるハーツ。

 2着となった彼女。

 アルカセットとの差はハナ差。

 ほんのわずかな差での2着。

 

「……勝ったって。勝てたって……思ったんだけどな」

 

 空を見上げつつ、キャップを深く被って目元を隠して。

 彼女は小さく呟いて。

 下唇を小さく噛んだ。

 

 GⅠ初勝利とは、ならなかった。

 

 

 

「やぁハーツ」

 

 ウイニングライブ前。

 アルカセットはハーツに声をかけていた。

 

「うーん。ステージ衣装も似合うね」

 

「何の用だよ」

 

 ステージ用の衣装に身を包んだハーツをジッと見て

 

「うん。可愛い」

 

「足踏むぞコラ」

 

 ジト目で返すハーツ。

 

「いや、ごめんごめん。でも似合っているのは本当だよ」

 

「フン……」

 

「まぁまぁ。ライブ前にちょっと話がしたくてね」

 

「俺は話す事なんて無いね」

 

「あはは……じゃあ勝手に話すからさ」

 

「……フン」

 

 腕を組んで。

 鼻を鳴らして。

 そっぽを向くハーツにアルカセットは話し出す。

 

「良いレースをありがとう」

 

 純粋に

 

「楽しかったよ。本当に全力を出せた……悔いの無いレースだったよ」

 

「……その言い方。やめんのか? お前。レース」

 

 と尋ねるハーツにアルカセットは

 

「どうだろう。まだ分からない。香港ヴァーズも良いかなって思ってたんだけど。でも、うん。終わりにしても良いって思えるほどのレースだったからさ。ここで終わらせても良いかもって思っている」

 

「……そうか」

 

「あれー? 何? もしかして来年リベンジしてやる〜とか思ってた?」

 

「……まぁな。だから、ちょっと残念だな」

 

「そっか。残念、か……確かにもっと強くなった君とも走りたかったかな。でも……ほら。分かるでしょ?」

 

 強いままの姿でターフを去りたい。

 ピークを過ぎて、走れなくなって。

 ボロボロになって終わりたくない。

 

「日本だとそういうの、有終の美って言うんでしょ? 綺麗に幕を引くのも悪くない」

 

 ライブの時間が近づいて来た事もあり、ステージの袖にいる彼女達にも観客のさらなる盛り上がりが聞こえてくる。

 

「かもしれねぇな。来年の俺のリベンジ受けて負けて引退なんてなったらかっこ悪いもんな」

 

「あはは。確かにそうだね」

 

 気付けば二人は楽しそうに話していた。

 

「……ねぇハーツクライ」

 

 そう言って右手を差し出すアルカセット。

 

「最高の勝負をありがとう」

 

「……おう。こちらこそ」

 

 そう返して彼女の右手をハーツは握る。

 

「さてとライブだな。胸張って行けよ」

 

「もちろんさ!」

 

 ライブ曲のイントロが流れ出し、それに続いてステージへと駆け出す。

 

 こうして、ジャパンカップは幕を閉じた。

 

 

 

「って、昨日の今日で来たの?」

 

「ま、暇だったからな」

 

「暇って……トレーニングは?」

 

休んだ(サボった)

 

「えぇ……良いのかなそれ」

 

「良いんだよ。昨日の疲れが出たんだよ」

 

 翌日の空港。

 ハーツはアルカセットの見送りに来ていた。

 レースの疲れがひどいと言う理由で休んで(サボって)いる。

 

「ま、たまには良いだろうよ」

 

「あはは……まぁこういう事って学生の時にしかできないからね」

 

「そういう事だ」

 

 と、悪巧みしている時の子どものような笑みで返すハーツ。

 

「で、何か話があったんでしょ? まさかただ見送りに来たってわけじゃないだろうし」

 

「チッ、お見通しかよ……お前、来月暇か?」

 

「ん? んー、まぁ……多分暇かな」

 

 暇だ。

 つまりもうレースに出る気は無いという事だろう。

 昨日言っていた香港ヴァーズも出ないという事だろう。

 事実上の引退宣言。

 それを聞いてハーツは

 

「来月の25日に来い。有マ記念を見に来い。俺も出る」

 

 なんとレースを観に来いと誘った。

 

「有マ記念を? 出るって、まだファン投票とか」

 

「うるせぇなぁ。出るよ。俺は。絶対に出る。選ばれるって信じてるからな」

 

 と自信たっぷりに返す。

 すると

 

「そっか……あ、でも確か有マにはあの子も出る予定なんでしょ? えっと……あの英雄って言われている」

 

「……ディープインパクトの事か?」

 

「あぁそうそうその子その子。いや〜。ジャパンカップで一緒に走りたかったな〜。あ、でもそうしたら結果は変わっていたかな?」

 

「さぁ。どうだろうな」

 

「ん〜。まぁでも、彼女が出た所で君が3着になってたぐらいかな?」

 

「……」

 

「あ〜、冗談だよ冗談。あの差し脚からは逃げ切れる自信はちょっと無いかな〜」

 

 と返すアルカセット。

 

「でも、走ってはみたかったな」

 

 その言い方から、やはりアルカセットは引退の意思を固めているのだと。

 改めて実感するハーツ。

 

「なら、レースを見に来いよ」

 

「そうだね。スタンドからの景色も悪くない」

 

 そう言うとちょうど、飛行機の搭乗手続きが始まる。

 

「さて、そろそろ行くよ」

 

「おう。じゃあな」

 

「じゃあ、と行きたい所だけど……最後にもう一回。良いかな」

 

 そう言って右手を差し出すアルカセット。

 

「……断る理由がねぇよ」

 

 そう言って右手を差し出して握るハーツ。

 

「君のこれからの走りが、君にとって良いものになるよう。祈っている」

 

「ありがとな」

 

 そう言って手を離し、搭乗手続きに向かうアルカセット。

 その姿を見送り、姿が見えなくなるまでハーツはそこにいた。

 

 

 

(勝てたと思ったんだよなぁ……)

 

 ハナ差3cmの差で敗れたハーツ。

 その事実にアルフォンスはボンヤリと空を見上げていた。

 

(スタートさえ上手く切れていたら……)

 

 もう2バ身。

 せめて3バ身前にいられたら。

 そこからレースの流れにもう少し乗れていたら。

 

 GⅠレースで2着になるのは今回で3回目。

 その事に文三は、こういう運命なのかと思っていた。

 

 それでもへこたれている訳にはいかない。

 担当するロジックが12月17日に行われるさざんかステークスに出る予定なのだ。

 OPレースの芝1400mの当レース。

 担当ウマ娘が負けたからと言って、他の担当ウマ娘がレースに出るのを待ってくれるわけではない。

 

(……気合い、入れねぇとな)

 

 そう思うと同時に

 

(まぁ、これも良い経験になんだろ)

 

 紙一重の所でGⅠトレーナーを逃し意気消沈のアルフォンスを見て、しばらくそっとしておいてやろうと思うのだった。

 

 

 

「と、いうわけで……しばらく俺が見るぞ」

 

「やだ」

 

「やだじゃねぇ。ワガママ言うんじゃねぇ」

 

「チッ……」

 

「今舌打ちしたか?」

 

「……してねぇよ」

 

「ったく。まぁ、昨日はレース直後だったから良いとして、今日からまた少しずつ始めんぞ」

 

「マジでトレーナーとやんのか?」

 

「まぁ一応な。アルフォンスに任せちゃいるが今ちょっと立て込んでてな。しばらくは俺が見る。と言っても、ロジックの併走を頼むぐらいだけどな」

 

「……そんなんで良いのか?」

 

 割と軽めの内容に思わず尋ねるハーツに文三はこう返す。

 

「言ったろ。今はアルフォンスに任せてるって。アイツが今何を考えてるかは分からんが、かと言ってお前を遊ばせておく訳にもいかねぇからな」

 

「なるほどな……ま、俺は俺で走り込みにはなるから良いけどよ」

 

「まぁな。ただ、だからと言って手を抜くなよ。ロジックのためにならんからな。それに」

 

 そこで一旦言葉を切った文三は、少し考えてから口を開く。

 

「タップダンスシチーとゼンノロブロイがどうやら有マで引退するそうだ」

 

「!?」

 

「分かっているな? つまりそういう事だ」

 

 有マ記念。

 ファン投票にて出走ウマ娘が決まる。

 その年最後を締めくくるレースと言っても過言ではないレース。

 それを最後に引退。

 つまり

 

「仕上げてくるぞ。気合い入れろよ」

 

 勝って有終の美を飾る。

 そのために生半可な仕上がりでは出て来ないだろう。

 

「フン。上等だ……」

 

 その話にハーツは

 

「面白くなってきたじゃねぇか」

 

 ニヤリと笑って返した。

 

 

 

「うおぉぉぉぉぉっ! まだまだぁぁぁっ!」

 

 その週の金曜日である12月2日。

 練習用コースを走っているハヤテエンペライザ。

 翌週の日曜日である11日に香港ヴァーズに出走予定の彼女は今から気合い十分だった。

 

 そんな彼女と併走しているのは

 

「おりゃぁぁぁっ! 負けませんよぉぉぉっ!」

 

 ウオッカだ。

 彼女自ら併走相手に立候補し、追いかける形ではあるが食らいついている。

 

「私だってぇぇぇっ!」

 

 そしてそんなウオッカに並んで見せているのはディープスカイ。

 

 諒太のチームの新入りだが、すでに気合い十分な彼女達。

 デビューに向け、トレーニングも真面目に行なっている。

 

(この先が楽しみだな……)

 

 アサクサキングスとレッドディザイアも各々自分のペースでトレーニングしている。

 彼女達のこれからが本当に楽しみな諒太なのだった。

 

 

 

 そして翌日の中山レース場。

 第11レース。

 ステイヤーズステークス。

 芝3600mの長距離のGⅡに分類される本レース。

 3200mの天皇賞・春を上回る距離を走る事になる。

 その距離からコースを2周するという長期戦である。

 また、ゴール前には2.2mの高低差を誇る上り坂が待ち構えている。

 この坂が残り180m地点から70m地点にかけての約110mに渡って続くのだ。

 

 ちなみにだが東京レース場のゴール前にある坂は高低差2m、長さは160mである。

 

 距離は短いが高低差は東京レース場を超える中山の坂。

 

「よし……」

 

 その坂を駆け上がって勝利を掴んだのは、休養から復帰して2戦目のデルタブルースだった。

 

(感覚は取り戻せた……)

 

 昨年の有マ以来休養に入っていた彼女は握った右手を見て思う。

 

(あとはアレを完成させる……)

 

 不完全な領域。

 領域には届かず、己の力のみでは入れない彼女。

 それをレースの状況等で補い突入していた。

 会場の熱気やライバル達の闘志。

 それを使って領域まで自分を押し上げていた。

 だが本来ならば領域に入れない身で入ってしまった結果負担も大きく、長期療養に入っていたのだ。

 

 そんな彼女は11月にレースに復帰。

 初戦から掲示板内に同着5位で食い込んでみせた。

 

 そして2戦目の今回。

 エルノヴァの猛追を凌いでのアタマ差1位。

 

 そして次の目標は

 

(この調子なら行ける)

 

 昨年出た時は5着だった。

 掲示板には入ったが満足していない。

 

 領域を完成させて昨年のリベンジを。

 

(待っていろ……)

 

 目指す先は

 

(有マ記念)

 

 そこで勝って完全復活した姿をファンに見せるのだと。

 心に誓うのだった。




お読みくださり、ありがとうございます。

次の目標は有マ記念!

次回もお楽しみに!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。