1月24日。
京都レース場では若駒ステークスが行われていた。
「ウオォォォォォッ!!」
最後のスパートをかけるウマ娘達。
その表情は皆必死そのものだった。
というのも
(あの野郎。本気でやる気だ……)
彼女達は噂で聞いたのだ。
キングカメハメハがNHKマイルカップと日本ダービーを目指していると。
変則二冠を目指していると。
それを無謀だと言う者もいた。
が、レースに出ているからこそ彼女達は理解してしまう。
キングは本気だと。
なぜそう思ったかはレースの日時に関係している。
NHKマイルカップは5月9日。
日本ダービーは5月30日。
同月に開催されるのだ。
普通、そんな事はしない。
基本的には月1回。
オグリキャップのように2週連続で走る、連闘パターンもある事にはある。
一応デルタブルースは翌日25日に未勝利戦に出るが、前走は同月17日なので連闘であったりする。
考えてみて欲しい。
2000mや2400m。
長ければ3000m以上走るレース。
全力で駆け抜ける。
ライバルと全力でぶつかり合う。
走り終えればヘトヘトだ。
それでもウイニングライブが待っている。
それを立て続けにできる者がどれほどいるだろうか。
さらに言ってしまえば今回キングが出る二つのレース。
NHKマイルカップとダービーの距離差は800m。
当然トレーニングの内容も変わってくる。
マイルカップの翌日からダービーに向けてのトレーニングだろう。
1ヶ月内期間で調整するのだ。
それがどれだけキツくてハードなのか。
今走っている子達は理解していた。
理解できてしまう。
分かってしまう。
だからこそ、キングカメハメハの本気度も必然的に理解してしまうのだ。
だからこそ
(ここで負けられない!)
先頭を走りながら思うブラックタイド。
(俺だってダービー目指してんだ! クラシック三冠目指してんだ! ここで勝てなくって、叶えられっかよ!)
最後の直線を先頭で駆け抜ける。
「おっルァッ! 俺の勝ちだァァァッ!!」
右拳を高々と掲げて叫ぶ。
クラシック三冠を目指す以上、ここで負けてはいられない。
(まだだ。こんなもんじゃねぇ……俺はもっともっと上へ行く。ルドルフが立てた芝GⅠの勝利数記録。7勝は俺が超える)
汗を拭い、払う。
「良いか! 見てろよオメェら! 俺が必ずルドルフの記録を塗り替える! 芝GⅠ七勝の記録はこの俺! ブラックタイドが超えてやるからな! しっかり見ていろよ!」
その叫びにファンは大盛り上がり。
その光景を、彼女に負けたウマ娘達はただただ見ていた。
その翌日。
「ごめんトレーナー。また勝てなかったよ……」
未勝利戦。
デルタブルースは4着だった。
「みんな本当に強くて参っちゃうよ。もっと練習頑張らなきゃな……あ、着替えるから待っててトレーナー」
明るく言って、帰るために着替えるデルタ。
飲み物を買ってくると言って部屋を出るトレーナー。
その控室のドアが閉まる。
「……まだまだだな。私は」
まだ勝てない。
でも諦めない。
応援してくれるファンのためにも。
トレーナーのためにも。
いつか。
勝たなければならない。
(泣くな……まだ、間に合う)
ウマ娘ならば目指すクラシック三冠。
その一発目である皐月賞。
それに出るためには弥生賞で3着以内、若葉ステークスで2着以内、スプリングステークスで3着以内。
どれかひとつのレースでそれを成せれば、皐月賞への優先出走権が与えられる。
いずれのレースも3月だ。
まだ間に合う。
だから
(次こそは、勝たなきゃ……負けないで、勝たなきゃ)
まだ時間はある。
だが、残された時間はそう多くはない。
2日後。
キングカメハメハは学校の敷地内にある練習用コースを走っていた。
(ここで……)
コーナーを曲がって最後のストレート。
そこに入ると同時に足に力を更に入れて加速する。
彼女が見ている光景はただのコースではない。
あの日の光景。
1月18日の京成杯の光景。
追い抜かれた時の光景。
追い付けなかった時の光景。
初めての敗北。
初めて挑戦した重賞での敗北。
悔しかった。
それと同時に羨ましかった。
今までその身に浴びていた賞賛を受ける姿が。
そこに立っているはずだったのにと。
だから
(次は譲らない)
勝ちたい。
(譲ってやらない)
先頭に立ちたい。
(そこは私の)
目の前を走る二人の幻影。
(私の場所だ!!)
二人の背中を追いかけて走る。
フォーカルポイントとマイネルマクロスの背中を。
踏み込む足に力が入る。
(届かせる。今度こそは届かせる。そして……)
あの日越えられなかった二人。
その二人と自分の間にある壁を乗り越える。
そして
(その先に行く)
その先。
次のレベルに辿り着く。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ」
時間は少し巻き戻って1月22日。
走り切り、息を切らせるキング。
そのまま汗を拭い、ボトルから飲み物を口に含む。
(ダメだ。あれでは届かない……)
先日の敗北を受け、どうしたら勝てるかを模索しながら走っていたキング。
負けてから今日に至るまでずっとレースの振り返りをしていた。
ミスはなかったか。
何故負けたか。
そもそも自分と相手の間にどれほどの力量があったのか。
その差を技術で埋める事はできたのか。
考える。
考えて、シミュレートして。
そして
負ける。
ダメだ。
届かない。
なんとかマイネルマクロスを抜けたとしてもフォーカルポイントには届かない。
迫れても追い抜くまで届かない。
何が足りない。
彼女達にあって自分に無いものはなんだ。
それが分かれば勝てると思った。
そう思ってがむしゃらに走った。
走って走って。
分からなかった。
見えなかった。
それでも走り続けた。
そうするしか自分にはできる事が無かったから。
ファンを失望させたくなかった。
ガッカリさせたくなかった。
全ての、ほとんどのウマ娘が思う事だろう。
声援に応えたい。
応援を歓喜の声に変えたい。
応援する時の必死な顔を、勝利を共に喜んでくれる輝かしい笑顔に変えたい。
そのためには勝たねばならない。
(もう一本!)
足は悲鳴をあげていた。
だが走る。
走って答えを探す。
(想像しろ……)
答えを探すために。
より深く、鮮明に。
観客の声を。
走るライバル達の様子を。
土を蹴る音を。
まくられて舞う芝を。
芝の香りを。
風の音を。
全てを思い出せ。
全ての要素を思い出せ。
ゲートが開いてからゴールを駆け抜けるまでの、2分間を。
何も逃すな。
そして走っていた時だった。
(ッ!)
壁を感じた。
それもただの壁ではない。
分厚くて、固く閉ざされた扉。
これを開ける事ができれば、次のステージに行ける。
だが、どうしたらそれを開けられるだろうか。
分からない。
分からないが走るしかない。
だって自分はウマ娘なのだから。
もう何度走っただろう。
何度追い抜けなかっただろう。
もう数える事もやめた。
それほど走った。
走って、走って……走って走って走って。
走り続けて、前を走る二人の幻を追い抜けなかった。
(これじゃ)
届かない。
届かせたいのに。
何が足りない。
何か思い出せていない事は無いか。
思い出せ。
走りながら思い出せ。
扉を開ける鍵を見つけろ。
その時だった。
彼女が思い出した光景。
そこにあったひとつのピース。
それは
「がんばれー!」
「もう少しだぞー!!」
「行けー!!」
ファン達の声援だった。
いや、声援があるという事は分かっていた。
重要なのは、言葉の内容だった。
出走するウマ娘の数だけファンがおり、レースの際に贈られる声援。
それは凄い大声援となり、誰が何を言っているかを正確に聞き分けるかは不可能に近い。
それでも理解できた言葉はある。
それを思い出した。
(あぁ、そうか……)
必要な事が分かった。
勝ってそれに応える。
今まではそれだった。
だが違った。
その声援に応える。
それが勝利に繋がるのだ。
卵が先か鶏が先かに近い。
勝つ事が声援に応える事になるのか、声援に応える事が勝つ事になるのか。
だが、今までの勝つ事が声援に応えると思っていた彼女はそれを答えと思った。
(勝つ事だけ考えていた)
でもそれは違った。
(あの声が私の力になっていたのに)
どうして忘れていた。
勝った時に送ってくれた大歓声。
それだけを念頭に走ってしまった。
違う。
レース中にも送られる声援も自分の力になっていたのに。
それに気付いた彼女は、扉を開けた。
(これは……)
体の奥底から力が湧き上がってくる。
まるで世界が、自分一人になったように錯覚するほど静かだった。
(すごい……)
先程までとは比べ物にならないほどの力強さで地面を蹴る。
風を追い抜くような速さで走る。
グングンと幻の背中が近付いてくる。
そして追い抜いた。
(これなら……)
そのままゴール板を駆け抜けた彼女のタイムを計っていれば分かっただろう。
京成杯の時のフォーカルポイントより0.2秒早かったという事が。
辿り着いた境地。
それは彼女に絶対の自信を与えた。
故に彼女はトレーナーに伝えた。
NHKマイルカップとダービーの両方に出ると。
その話は瞬く間に学園内に広がった。
そして現在。
(だいぶコツは掴めて来た……)
あの日開けた扉。
その境地。
それによって獲得した力。
それを自在に使う練習。
今キングがしているのはそれだった。
また二人と戦う日が来るかは分からない。
が、それでも彼女は思う。
次は負けない、と。
彼女が辿り着いた境地。
それは一部のウマ娘が辿り着くもの。
一部の、それこそ歴史を作るようなウマ娘が辿り着ける境地。
シンボリルドルフ、マルゼンスキー、ミスターシービー、タマモクロス、オグリキャップ、ディグダストライカ、トニビアンカが到達していたと言われている。
また、限定的ではあるがオベイユアマスターというウマ娘が再現に成功していた境地。
また、テイエムオペラオーのような一部のウマ娘も到達したいかもしれない境地。
トレーナーの間でも噂程度にしか知られていない、一部の者しか辿り着けない。
文字通り扉の先。
そこにキングは辿り着いたのだ。
(多分だけど、アレに私がなる条件は分かった)
果たしてその条件は一体なんなのか。
(次のレースで確かめるか……)
次のレースはすでに決まっている。
2月29日に行われるすみれステークス。
そこに静かに照準が定められていた。
そして月は変わって2月。
各々がそれぞれのレースに向けて鍛錬を積んで迎えた2月。
「今度こそ、勝ってみせる……」
2月8日。
デルタブルース。
梅花賞出走。
「んじゃ、初重賞。行ってくるぜ!」
2月15日。
ハーツクライ。
きさらぎ賞出走。
「まずは1勝を……」
2月29日。
キングカメハメハ。
すみれステークス出走。
勝つために。
皐月賞へと道を繋ぐために。
ダービーへと道を繋ぐために。
ターフに立った。
お読みくださり、ありがとうございます。
ダービーは夢がいっぱい……
次回も、お楽しみに!