ウマ娘〜想いを背負って繋いで〜   作:にゃんころもち(黒糖)

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60話〜信頼、期待、願望〜

 

 12月11日。

 香港ヴァーズ当日。

 その名の通り香港で行われる芝2400mのGⅠレース。

 

 ステイゴールドが現役最後に走り、唯一取ったGⅠレースでもある香港ヴァーズ。

 

 それに今回

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 諒太のチームのハヤテエンペライザは出走していた。

 

(これが……これが世界のレベル)

 

 スタートで出遅れてしまった彼女は中段やや後方にポジショニングしてレースを進め、最終コーナーでは外から前へと進出。

 

 外から先頭を目指してペースを上げて最終直線へ。

 初めてのGⅠ勝利をその手に掴むために。

 

「負けるもんかぁぁぁっ!」

 

 出せる力の全てを出して駆ける。

 

 だが、その時だった。

 

「今日は負けない」

 

 内側のバ群を引き裂くように。

 ウィジャボードが中央突破して先頭を奪った。

 

 そのままウィジャボードはグングンと加速して後続を引き離してゴール。

 それから2と3/4バ身離されるもエンペライザは2着でゴール。

 3着とはハナ差という僅差での2着。

 

(届かなかった……)

 

 初めての海外遠征。

 慣れない環境でいきなり勝てるほど甘くはないと再認識する。

 それでも

 

(勝ちたかった……)

 

 負けた悔しさをバネに。

 彼女は勝利を目指して帰国した。

 

 

 

 が

 

 

 

「文三さ〜ん!」

 

「お前飲み過ぎだって……その辺にしておけ。な?」

 

「うえぇん。全然飲んでないですよぉ〜」

 

 帰国後。

 諒太は文三と飲んでいた。

 元々文三が飲んでいた所に諒太がたまたま来たのだ。

 ならせっかくだと香港ヴァーズお疲れ様会をする事になったのだが……

 

「負けたぁ〜」

 

 このザマである。

 

「まぁ、まぁ。ほら。俺もこの前負けてるからよ。な? 落ち着けって」

 

「うぅ。負けたって言っても文三さんは菊花賞ウマ娘のトレーナーやってたじゃないですかぁ。僕はまだ大きなタイトル取らしてあげてないんですよ。次元が違いますよ〜」

 

 という諒太に苦笑いの文三。

 こういう時、後輩の話を聞いてあげるのも先輩の務めである。

 

「ま、今回は残念だったがまぁ……そこまで気にする事ぁないと思うぞ」

 

「……と言いますと?」

 

「そもそもお前さん。今回の敗因はなんだと思っている?」

 

「え……そりゃ実力差とか」

 

 バ群を切り裂くように前に出たウィジャボードの姿を思い出して答える諒太に文三はこう言う。

 

「確かにそれもあるだろうが、今回はそこに経験値も加わるな」

 

「経験値、ですか?」

 

「おう。ウィジャボードの方が長く走っているからな。その分経験値も多い」

 

 ウィジャボードの戦績は今回のを加えると13戦7勝。

 掲示板外になったのは7着を取った際の一度のみ。

 それ以外は全て掲示板に入っており、4回は3着以内となっている。

 

「そんなやつ相手にあそこまでやれたんだ。胸張って良いと思うぞ」

 

 なにより、と前置きをして文三はこう続ける。

 

「もしあの直前で前が開かなければ。お前さんとこが1着だったんだ。たらればにはなるが、クラシックのウマ娘であそこまで走れたんだ。しかもスタートミスってあれだ。分かるか? ミスってあれだ。十分、お前さんとこの子は実力はあると思うぜ」

 

「ぶ、文三さ〜ん」

 

「えぇい引っ付くな引っ付くな」

 

 と、抱きつこうとする諒太を押し返しつつ

 

(まぁ、あの走りは見事としか言えねぇけどな)

 

 バ群の真っ只中にポジションを取り、先頭がわずかに開いた所を見逃さずこじ開けるように前に出た。

 

(ハーツもそうだが)

 

 前回のジャパンカップでハーツも似た事をやってのけた。

 

(実力もそうだが勝つにはそういう所で仕掛ける、ある種の勝負根性も必要なのかもな)

 

 安全策だけを取るのではなく、一か八かの大博打に出る。

 そしてその博打に勝つ。

 

(有マ記念……か)

 

 開催日は今月の25日。

 

(アルフォンスの野郎……さっさと帰ってきやがれってんだ)

 

 担当の帰還を待っていた。

 

 

 

 そして翌日。

 

「……やっと来たか」

 

 放課後の練習用コースで

 

「遅かったな。トレーナー」

 

 ハーツはアルフォンスの復帰にニヤリと笑った。

 

「遅くなってすみません」

 

「いんや良いよ。あんな負け方したんだ。悔しいに決まってる。ま、ちと長かったけどな」

 

「それは、本当にすみません」

 

「あぁ良いって良いって。その間も何か調べたりしてたみたいだしな。サボってたわけじゃねぇんだ。気にすんな」

 

「……ありがとうございます」

 

「んじゃ、今日からまたハーツの事頼むぞ」

 

「はい!」

 

 気合いのこもった返事と共にトレーニングに加わるアルフォンスなのだった。

 

 

 

「で、これからの事なんだけど」

 

 2週間たっぷり落ち込んだ。

 手が届きかけた勝利。

 初GⅠ制覇までわずか3cm。

 それは落ち込む。

 

 だが落ち込んでいる場合ではないと自分を奮い立たせた。

 少々時間はかかったが、落ち込んでいる最中もいろいろと調べた。

 中山レース場の構造。

 今まで有マ記念を制してきたウマ娘の傾向。

 いろいろ調べた。

 

 そして

 

(僕には、彼女を勝たせるためにやる事がある)

 

 自分の心に火を点け

 

(考えろ。彼女がどうしたら勝てるか。考えるんだ!)

 

 立ち上がった。

 そして始めるトレーニングは

 

「このメニューをやって欲しい」

 

「このメニュー? これって……」

 

 渡されたトレーニングメニューを見てハーツは

 

「基礎トレじゃねぇか」

 

「そう。基礎トレーニングをやって欲しい」

 

「おいおい。今更基礎トレやってもディープには」

 

「頼む」

 

 ただ一言。

 真っ直ぐ相手の目を見て。

 アルフォンスは言った。

 すると

 

「……分かったよ。他ならぬ担当トレーナーの指示だ。乗ってやる」

 

 ハーツはそれを受けた。

 

「その代わり。作戦は任せたぞ」

 

 こちらもまた相手の目を見て返す。

 

「任せて」

 

 担当トレーナーとして。

 ハーツを勝たせる作戦を立てるため。

 アルフォンスも全力で挑むのだった。

 

 

 

「で、基礎トレねぇ……」

 

「ま、あいつなりに考えがあんだろ。ならそれに乗ってやるしかねぇよ」

 

 場所は室内トレーニング場。

 そこでハーツはランニングマシンを使っていた。

 そんな彼女と話しているのはユートピアだ。

 

「信用してるんだねぇ」

 

「担当信じないで誰信じるんだよ……っと」

 

 ランニングマシンを止め、一旦休憩に入るハーツ。

 

「ほい水」

 

「サンキュ」

 

 とユートピアからボトルを受け取り、水分補給をする。

 この後はレッグプレスによるトレーニングの予定である。

 レッグプレスは座って使う器具で、足で板を押して使うアレである。

 

「ジャパンカップ……」

 

「うん?」

 

「俺は、負けねぇって思っちまったんだ。でもあいつは……アルカセットは違った」

 

 負けない事を意識したハーツに対し、アルカセットは勝つ事を意識した。

 相手は英語で言っていたが、なんとなく分かった。

 おそらく

 

「勝ち負け決めたのはそこだったんだ……俺は、勝ちを目指していなかった。だから」

 

 負けた。

 届かなかった。

 

「あいつを、GⅠトレーナーにしてやれなかった」

 

 タイムは同じでも負けは負け。

 それも3cmの差。

 目安だが500円玉の直径は2.65cm。

 1円玉の直径が2cmなので3cmは1枚半。

 そのわずかな差で敗北したのだ。

 

「もう、負けるのはたくさんだ」

 

 だから次は

 

「相手がディープだろうと関係ねぇ。俺は勝つ。勝って」

 

 初GⅠ制覇をしてみせると決意するのだった。

 

 

 

「では本日はよろしくお願いします」

 

 翌日。

 学園の応接室に藤井泉助は来ていた。

 その隣には秋から泉助の下で勉強中の新人記者がいた。

 

 そして取材相手は

 

「こちらこそよろしくお願いします!」

 

 ディープインパクトだった。

 

「まずはこの時期にお時間取っていただいた事。感謝しております」

 

「いえいえ。私の方こそ取材なんて……ありがとうございます」

 

 お互いにペコペコと頭を下げる泉助とディープ。

 

「ディープ。それだと取材できないから」

 

「あ、はい。すみません」

 

 トレーナーである文乃に言われ、頭を上げるディープ。

 

「ではまずは」

 

 そこから取材開始である。

 

「まだ確定ではありませんが、おそらく決まりと思います。有マ記念。やはり目指すは」

 

「1着です。無敗で四冠を取ります」

 

 キッパリと。

 泉助の言葉を遮って宣言する。

 

「なるほど。では次に警戒……気にしているライバルはいますか?」

 

「ライバル、と私が言って良いのかは分かりませんがやはりゼンノロブロイ先輩ですね。去年勝った先輩を警戒しないわけにはいきませんから」

 

「ほうほう。では次に……」

 

 スムーズに取材は続いていき、1時間ほどで問題無く終了した。

 

 

 

「今日はありがとうございました。またよろしくお願いします」

 

 ディープと文乃に頭を下げて別れる泉助。

 

「いや〜、凄かったですね。初めて本物見ましたよディープインパクト」

 

「ん? あぁ。そういやそうやったな。先月までえっと」

 

「野球の方担当でしたから。ウマ娘のレースはテレビで見るぐらいでして」

 

「あ〜。見るっていつからや?」

 

「今年のレースからですね。ディープがダービーを取った辺りからです」

 

「なるほどな……」

 

 後輩の言葉に泉助は小さく返す。

 

「えっと、先輩?」

 

「なぁ、今のトゥインクル・シリーズの状況がどんなもんか知ってるか?」

 

「え?」

 

 歩きながら泉助は言う。

 

「簡単に言えば人気とかやな。知ってるか?」

 

「えっと……人気なんじゃないですか?」

 

「まぁ、そら人気ではあるけど」

 

 続ける。

 

「ぶっちゃけ下降気味や」

 

「えっ、嘘……ですよね?」

 

「ほんまやほんま。まぁ確かに人気ではあるが、前と比べると下降線や」

 

 という言葉に信じられないという顔の後輩。

 

「ま、信じられんでも無理はないな。ぶっちゃけ今URAは人気回復に躍起やし」

 

 校舎の外に出て話を続ける。

 

「僕が記事書いてたオグリキャップの時なんてもっと人気凄かったからな」

 

「あ、聞いた事あります。噂ですけど、許可をもらってない記者が学園の敷地内に入って生徒に取材しようとしたとか」

 

「噂やない。事実や。あの時はほんま凄かったわ……」

 

 文字通り、当時スターだったオグリのスクープをゲットしたい記者による出待ちもあった。

 それほどまでにオグリ人気は凄まじかった。

 ぬいぐるみは即完売。

 一家に1オグリ。

 高速道路のパーキングエリアにある売店でも売られ、それが買われるほど人気だった。

 

「今はある程度落ち着いたというか、ほとんど無いけど。あの時はほんと凄かったんや」

 

「そ、そんなに……」

 

「そんで次に出てきたトウカイテイオー。年間全勝のテイエムオペラオー。スターはいたっちゃいたんやけどなぁ」

 

 その後は

 

「……それぞれファンがいたり頑張っている子がいるのは分かっている。分かったうえでや。スターがおらんかったんや」

 

 スターになれる子。

 スターになった子。

 その世代を代表できるようなスターが生まれなかった。

 

「キングは惜しかったんやけどな。ケガで引退してもうた。多分URAのお偉いさんは頭抱えたんやないかな。せっかくのスターがぁってな。そんな時や」

 

「ディープがデビューした」

 

「そや。まさに渡りに船やったと思うで。しかも無敗のウマ娘の誕生や」

 

 デビューから無敗。

 

「お偉いさんが言いたい事も分かるけどな」

 

 URAの推し方は凄まじかった。

 なんせ皐月賞の時から凄かったのだから。

 アグネスタキオン以来の無敗の皐月賞制覇。

 その走りは実況に三冠を確実視させた。

 

 そしてダービーでは前年にキングカメハメハが樹立したレコードに並ぶ記録を出した。

 

 菊花賞当日には個数限定で目指せ三冠弁当なるものが販売されて即完売。

 そして期待を背負っての菊花賞で見事勝利。

 全戦全勝での三冠達成。

 

 そして次走に目指すは

 

「年間全勝のかかった有マ記念や」

 

 シンボリルドルフ以来二人目の無敗の三冠ウマ娘。

 ナリタブライアン以来6人目の三冠ウマ娘。

 

 もう注目するなという方が無理だ。

 

「おそらく彼女は出るで。こんだけ盛り上がっておるんや。選ばれんはずがない」

 

「じゃあ、このまま」

 

 無敗の四冠、と後輩が口にしようとした時だった。

 

「いや、それは分からん。シニアクラスの先輩もおるしな。ただで勝たせるとは思えへん」

 

「じ、じゃあもしかしたら」

 

「さぁな。ディープが勝つかもしれへん」

 

「どっちなんですかぁ!」

 

「さぁ? ただ一個言えんのは」

 

 正門を出て。

 学園を振り返って泉助は言う。

 

「レースに絶対は無いって事や」

 

 

 

 

 

 翌日。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 ローゼンクロイツは真っ暗な闇の中を走っていた。

 

(逃げなきゃ……逃げなきゃ……でないと)

 

 直後。

 背後から追って来た圧倒的な強者が彼女を抜いた。

 

「ッ!? はぁ、はぁ……はぁ」

 

 なんと彼女が見ていたのは夢だった。

 

(……最悪。ほんと、最悪)

 

 起き上がり、時計を見ると深夜の2時。

 

 勝てなかったクラシックレース。

 自身の前に立ちはだかったディープインパクト。

 いや、その言葉は適切ではないか。

 

 クラシック三冠レースで掲示板に入れたのは菊花賞の一度のみ。

 皐月賞は9着。

 ダービは8着だった。

 

 最後に勝ったのは3月の毎日杯。

 

 それでも夏明けの神戸新聞杯は3着に入り、菊花賞でも3着に入ってみせた。

 

(私はもう、勝てないのかな)

 

 来年からはシニアクラスの先輩とも走る。

 今のこの状況で勝てるのか。

 酷く不安になってくる。

 

 先ほど見た悪夢もその不安が原因だろう。

 

(寝なきゃ……)

 

 明日に響く。

 

 でも

 

(もう、追い抜かれるのは……嫌、だな)

 

 眠る。

 それでも眠る。

 いつか大輪の薔薇を咲かせる日を夢見て。

 

 

 

「おはよー!」

 

 翌朝。

 元気良く食堂に顔を出したエンペライザ。

 そのまま朝食を食べ、今日も張り切って勉強だ。

 

 が、そんな彼女はある事を思い出していた。

 それは

 

(そういえばまた変わっていたな。数字)

 

 彼女の水晶が映し出す数字。

 その数字が2から1に変わっていたのだ。

 

(ん〜、なんなんだろ……はっ、もしかして私が1着を取るまでのカウントダウンだったりして!?)

 

 と、そんな事を考えながら朝食を食べるエンペライザ。

 果たしてその数字の意味は……




お読みくださり、ありがとうございます。

ついに、数字が、1に!
いったい何の数字なんでしょうねぇ……

次回もお楽しみに!
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