ウマ娘〜想いを背負って繋いで〜   作:にゃんころもち(黒糖)

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61話〜背負うもの〜

 

 12月25日の有マ記念を翌週に控えた18日。

 トレーニング中のクロイツは調子が悪かった。

 ハーツとの併走もいつもなら食らいついて行こうと踏ん張るのだが、ここ数日は引き離されたらもう諦めたかのように減速してしまっていた。

 

 そんな彼女を流石に心配したのだろう。

 ハーツはクロイツに併走相手から外れるように言った。

 その言葉に初めは驚いた様子を見せつつも頷いてコースから出たクロイツ。

 

 代わりに併走相手に入れられたのはロジック、スリープレスナイト、リーチザクラウンの3人。

 ちなみにだが

 

「うおぉぉぉぉぉっ! やる気満点ですよ師匠ぉぉぉっ!」

 

 ワンアンドオンリーはハーツが入れと言おうが言わまいが勝手に入っている。

 

「うおぉぉぉっ! 師匠の隣はウチの物ッスー!」

 

 と今日も元気に走っているのだがハーツに追いつけていない。

 それでも

 

「うおぉぉぉっ! 待っていてくださいよ師匠! いつか! いつか!」

 

 追いかけながら

 

「追い抜いてみせますからぁ!」

 

 その目はハーツの背中を超えて。

 その先を見ていた。

 

 その様子をクロイツはただ黙って見ていた。

 

 

 

 翌日の月曜日。

 

「はぁ、はぁ……はぁ……ぁ」

 

 ハーツとの併走中。

 途中で走るのをやめてしまったクロイツ。

 

「あっ……す、すみません」

 

 と謝るクロイツに文三はレースでの疲れがここに来て出たのだろうと思い、今日はトレーニングから離れて帰って休むように指示をするのだった。

 

 

 

 そして翌日。

 

「あっ、ぁ……あの……」

 

 併走スタート直後。

 クロイツは走れなくなっていた。

 

「どうした? どこかケガでも」

 

 走るのをやめたハーツが戻り尋ねるが、クロイツは首を横に振る。

 どこかを痛めたわけではない。

 それなのに走れなくなってしまったのだ。

 

「わ、私……その」

 

「……クロイツ。最近どうした。昨日は帰って休んだんだよな?」

 

「は、はい」

 

「……どこか痛めたわけとかではないんだよな?」

 

「はい」

 

「うーん……」

 

 腕を組んで考える文三。

 

(精神的な不調、だろうな……)

 

 休ませる方が良いか。

 それともトレーニングに参加させ、運動させて溜まっている何かを発散させた方が良いか。

 

(……いや、走れないのに走らせるわけにはいかねぇな)

 

 と判断して

 

「クロイツ。念の為今日はサポートに回れ。バートラムの手伝いに行け」

 

「はい……すみません」

 

 トボトボと歩いてコースを出るクロイツ。

 

(スランプ、ってわけじゃなさそうだが……後で話聞いてみるか)

 

 そう思いつつ、チームの練習を見る文三。

 だが翌日

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……っ! うあぁぁぁぁぁっ!」

 

 放課後の練習用コースにて。

 クロイツは汗だくになりながら走っていた。

 

「お、おい!?」

 

 文三が来た時にはもうそうだった。

 その光景に、思わず驚きを隠せない文三。

 そんな彼の前で彼女は

 

「こんなんじゃダメ……行ってくる」

 

 タイムを計ってもらっていたのだろう。

 クラレントにそう言うと再び走り出してしまう。

 

「次来たら止めろ! 良いな!」

 

 走っている時は危ない。

 だから戻って来た時に止める。

 

(クロイツ……)

 

 これなら昨日のうちに話を聞けば良かったと思うのだった。

 

 そして戻って来たクロイツに

 

「おいクロイツ!」

 

 と呼びかけると

 

「トレーナーさん……見てくれたんですね。私、私。走れましたよ」

 

 貼り付けたような笑顔で。

 ただし笑っていない目で文三を見て。

 クロイツは言った。

 

 

 

 その後、走るのを止められたクロイツは文三に部室に連れて行かれていた。

 

「クロイツ……」

 

「見てくれましたかトレーナーさん! あれなら私」

 

 クロイツは先ほどと同じ顔で

 

「有マ記念で勝てますよね」

 

 言う。

 

「クロイツ」

 

「クラシック三冠は落としましたけど、有マ記念でリベンジ果たしますから見ていてくださいね」

 

「クロイツ」

 

「こう見えてちゃんと練習していたんですから」

 

「クロイツ」

 

「昨日までは調子悪かったですけど、ここから挽回を」

 

「クロイツ!」

 

「私は!」

 

 初めて。

 文三に対して声を荒げて。

 クロイツは言う。

 

「勝たなきゃ、いけないんです」

 

 追い詰められたように言う。

 

「こんな話。知っていますか……」

 

 そこからクロイツが話した内容に文三は言葉を失う。

 その内容はこれからに関しての事。

 ディープのその強さから、彼女の同期達の中には1着を狙わずに2着を狙って出ようと考えている子達、トレーナーがいるという事だった。

 

 強い強い言っても実際に走ればうちの子が勝つだろうと思っていたトレーナーが。

 本番は自分が勝つだろうと思って走った子が。

 ディープと走ってその強さに絶望させられた。

 そして来年のシニアクラスも競い合う事に、どう戦えば良いのかと。

 そもそも勝てるのだろうかと。

 

「世代最強って言われて……」

 

 文三は分かっていなかった。

 

「悔しいって。もうそんな次元じゃないんです……私は」

 

 だって

 

「勝ちたいんです」

 

 クロイツは囚われていた。

 勝利に。

 

「勝って、見たいんです……みんなが」

 

 そして

 

「笑ってくれるのを」

 

 自分を応援してくれる人達が笑ってくれる所を見たいんだと。

 自分が勝てない時も励ましの言葉をくれた人達に。

 自分の勝利を届けたいのだと。

 

「だから」

 

 自分に言い聞かせるように文三に言う。

 

「勝たなきゃいけないんです」

 

 そう言うクロイツに

 

「今のお前は」

 

 文三は言う。

 

「休め」

 

 と。

 

「今のお前じゃ勝てるレースも勝てない」

 

 先ほどの走りを見たうえで言う。

 フォームの崩れた走り。

 良く言えばがむしゃら。

 悪く言うのであれば、脚への負担を考えない走りだった。

 あんな走りでは

 

「ディープに勝つなんて夢のまた夢だぞ」

 

 そう言う文三に

 

「じ、じゃあ。もっと練習します……練習して、それでその」

 

 椅子から立ち上がるクロイツの行手を遮るように文三は椅子から立ち上がり、前に立つ。

 

「とにかく今は休め。練習をする時じゃない」

 

 言い聞かせるように言う。

 が

 

「そんな余裕無いんです! 私に、休んで良い余裕なんてないんです!」

 

 文三を見上げてクロイツは言う。

 

「言いたい事は分かる! だが、そのまま行けばお前の体がもたないぞ!」

 

「一度でも勝てれば良い! 勝てなきゃ、意味がないんです!」

 

「練習で潰れたらそれこそ意味がないんだぞ!」

 

 それもそうだろう。

 練習で故障すれば本番のレースで走れなくなる。

 だが。

 それでも。

 

「どいてください!」

 

 クロイツは練習に出ようとする。

 

「聞けクロイツ!」

 

 両肩を掴んで言う。

 

「お前は伸びる! 来年、再来年。きっとお前は勝てる! だから今は耐えろ! その悔しさをバネに……」

 

「きっとって、なんですか。私は、勝たなきゃいけないんです!」

 

 勝ちに囚われてしまい、それ以外の選択肢が見えていないクロイツは言う。

 

「私は今! 勝ちたいんです!」

 

 今にこだわる原因は確実にディープだと。

 クロイツの様子から理解する。

 むしろ意識するなという方が無理だ。

 

「気持ちは分かる。だが焦っても勝てはしな……」

 

「勝ちたい思いがなければ勝てません!」

 

「確かに勝ちたいって気持ちは大事だ。だが強過ぎたら」

 

「他で勝てないのなら、気持ちで補うしかないじゃないですか!」

 

「お前が言いたい事は分かる。だが気持ちだけでどうなる。普段以上に厳しいトレーニングをして、疲れを残して本番に出て。それで勝てると思っ」

 

「そんな事言って! ハーツ先輩もユートピア先輩も全然勝てていないじゃないですか!」

 

「ッ!?」

 

「トレーナーのチームのエースの二人が勝てていないじゃないですか! 今のチームで一番強いのはあの二人じゃないですか! その二人が勝てていないんですよ! 勝てていないって……違う。違う! 私のトレーニングに付き合ってくれたりするから! あの二人は自分の時間を私に使っているから……だから、だから。勝てないのは、私の……せい」

 

「ち、違うぞクロイツ! 落ち着け!」

 

 その時だった。

 

「おい。何騒いでんだよ。表まで聞こえてんぞ」

 

 ハーツが部屋に入って来た。

 

 

 

「ほんっとうに申し訳ありませんでした!」

 

「はははっ。気にする事ねえって。だから、な? 顔上げなって」

 

 あの後クロイツは、気分転換だとハーツに喫茶店に連れて来られていた。

 注文し、席に着くなり謝罪するクロイツ。

 

 まぁそうだろう。

 なんせハーツは全然勝てていないと言ってしまったのだから。

 だがハーツは

 

「ま、事実だからな。気にすんなって……な」

 

「わわわわわー!? ほんっとうに申し訳ありませんー!」

 

 現実を見て暗い雰囲氣のハーツと慌てて謝罪するクロイツ。

 

「あー、うん。勝てない俺が悪いんだよ。うん」

 

「あわわわわわ……わ、私はなんて事を……本当に申し訳ありません」

 

「あぁ。良いから良いから。さっきも言ったけど勝ててないのは事実だからよ。今落ち込んでんのもこう、さ……勝てない俺に対してだから。気にすんな」

 

「は、はぁ……」

 

「あ、次謝ったらデコピンな」

 

「うぇ!? えっと、はい」

 

「よし、んじゃ。トレーナーとなんであんな話してたのか。聞かせてみろよ」

 

「は、はい……」

 

 こうしてクロイツは文三と話した事をハーツに話した。

 精神的に追い詰められていた事もあり、記憶が不明瞭な部分もあると伝えて。

 文三との会話を話した。

 

 そして話した上で

 

「デコピンされても良いです。ですのでその……本当に、すみませんでした」

 

 改めて頭を下げた。

 そんな彼女にハーツは、真面目な子だなと評価した。

 自分は最初の方ですでに気にしていないと伝えてある。

 勝てていないのは事実だからと。

 

「まぁ、ユートピアはマイルチャンピオンシップ南部杯で勝ってるからちょっと違うって思うけどな」

 

「あ、じゃあ……」

 

「俺だけだぁ……」

 

 アニメで見かける、落ち込んだ際に頭に青い線が3本ほど入った時のような落ち込み方をするハーツ。

 

「まぁ。まぁ良いさ……今はお前だ。まぁ、文三の言い分も分かるけどな。ほら、俺達に怪我されて親に連絡されたら怒られるだろ? それが嫌なんだよ」

 

 とまずはこう言う。

 続けて。

 

「俺の事もするな。俺がどれだけ勝とうがお前にはなんも関係ない」

 

「あ、はい……」

 

「んで、こっからが本題だ。誰が俺の時間使ってまでお前の練習しているだ? ハッ。笑わせんな。お前の練習に付き合ったせいで俺は負けたなんて、俺に勝った奴には絶対に言わない。俺は、どのレースも勝つつもりでやっている。納得のいく仕上がりに持っていけなかった時でもな」

 

 その言葉にクロイツは返せない。

 

「ま、勝ててない俺が言っても説得力ないか」

 

「そ、そんな事は」

 

「ただまぁ。お前の言いたい事も分かるけどな」

 

 かつての自分もそうだった。

 最強の大王の背中に追いつきたくて。

 勝ちたくて。

 それだけを追いかけて。

 勝負を忘れていた。

 

「まぁ、トレーナーもお前の事は分かっていると思うからよ。そこまで気にする必要はねぇも思うぞ」

 

「でも……私、酷い事を」

 

「まぁ、あいつの考えている事も分かるけどな」

 

 文三が担当していたダンスインザダークは菊花賞後に屈腱炎で引退した。

 ダイタクリーヴァはレース中に屈腱断裂によって引退した。

 

「もしかしたら。俺達以上にケガにビビってんのかもな」

 

 そう言ってお茶を飲むハーツ。

 

「ケガした奴を黙って見ている事ほど。辛い事はねぇからな」

 

 ケガを代わってはあげられない。

 痛みを肩代わりしてやる事はできない。

 苦しむ姿をただただ黙って見ているしかできない。

 トレーナーとはそういうものでもあるのだ。

 

「まぁ……だからってわけじゃねぇけどよ。俺は、走れる内は全力で走りたいって思っている」

 

 かつての自分と同じ後輩に。

 道を示すのも先輩の務めと言うように。

 ハーツは言う。

 

「今度の有マ記念。勝ってやるよ」

 

 ダンスインザダークもダイタクリーヴァもダイタクバートラムも取れなかった有マ記念。

 

「えっ……でも」

 

 ディープインパクトは確実に出てくる。

 走ったから分かる。

 その背中を追いかけたから分かる。

 彼女には

 

「勝てない、なんて言わねぇぞ。勝ってやる」

 

 だがそれは何を指し示すのか。

 それを理解した上でハーツは言う。

 自分の戦績も加味したうえで。

 それを示すのに適した言葉を。

 

「奇跡を見せてやる」

 

 ハーツは言った。

 

 

 

「と言うわけで有マ負けらんなくかったわ」

 

「もー! なんでそういう事言っちゃうんですか!?」

 

 その翌日。

 アルフォンスと会ったハーツはクロイツとの話を伝えていた。

 

「なんだよ。作戦は任せて良いんだろ?」

 

「そりゃ任せてって言ったけどさぁー

 

「だろ? なら問題ねぇ。お前が俺を勝たせるために立てた作戦だ。俺は勝つに決まってる」

 

「あ、あのねぇ」

 

「で、その作戦ってのは?」

 

 有マに向けて。

 作戦はできたのかと。

 できたのならばその作戦を実行するためのトレーニングを始めると。

 そう言うように尋ねるハーツにアルフォンスは

 

「作戦は教えられない」

 

 まさかの返答をした。

 

「は? あ? どういう事だおい。まさかできてねぇのを誤魔化してんじゃ」

 

「そうじゃない。作戦はできている。ただ、いや。話を聞いてくれ。これも作戦の一環なんだ」

 

 そう言うとアルフォンスは訳を話し始めた。

 

 

 

 その翌日。

 ハーツはトレーニングコースを走っていた。

 

「有マはもう明後日だけど。良いの? 基礎トレばっかりで」

 

「うるせ。トレーナーからの指示ならやるしかねぇだろ」

 

 併走するユートピアにそう返しながら、昨日アルフォンスから聞いた理由を思い出していた。

 

 簡単に言えば、相手にバレないように作戦をレース直前に伝えると言われたのだ。

 作戦を伝え、それに合わせたトレーニングをすれば相手にバレる。

 それを防ぐためだと言われたのだ。

 

(ま、言いたい事は分かるけど)

 

 そのために、どんな作戦でも対応できるように基礎を磨いて欲しいとも言われたのだ。

 

(それで正解、かは分からねぇけど。あいつなりに考えてんならそれを信じるだけだ)

 

 そう思いながら思い出すのは昨夜発表された有マ記念の出走メンバーだ。

 

 五十音順で

 オースミハルカ

 オペラシチー

 グラスボンバー

 コイントス

 コスモバルク

 サンライズペガサス

 スズカマンボ

 ゼンノロブロイ

 タップダンスシチー

 ディープインパクト

 デルタブルース

 ハーツクライ

 ビッグゴールド

 ヘヴンリーロマンス

 マイソールサウンド

 リンカーン

 の16名。

 

 やはりというべきか。

 クラシッククラスから唯一の選出となったディープインパクト。

 ファン投票はダントツの1位。

 

 そんな彼女を迎え撃つシニアクラスのウマ娘達。

 ハーツはファン投票6位で無事に選出されていた。

 

「……頑張ってね」

 

「おう。勝つよ。今回こそな」

 

 クラシックになって初の勝利を。

 GⅠ初制覇を。

 固く誓うのだった。

 

 

 

(お、なんだいるじゃねぇか)

 

 その後。

 トレーニングも終わりという頃。

 ハーツはクロイツを見つけると

 

「クールダウンがてら軽く走るからついて来い」

 

「は、はい!」

 

 走りに誘った。

 すると

 

「自分も行くッス師匠ォォォッ!」

 

 いつも通り元気満タンの自称弟子もついて来て。

 賑やかなランニングになったのだった。




お読みくださり、ありがとうございます。

悩んで、乗り越えて。
少しずつ前に。

次回もお楽しみに!
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