ウマ娘〜想いを背負って繋いで〜   作:にゃんころもち(黒糖)

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62話〜前夜〜

 

 有マ記念を翌日に控えた12月24日。

 

 キングカメハメハは東京レース場の敷地内にある博物館に来ていた。

 この博物館ではトゥインクル・シリーズの歴史を見る事ができる。

 じっくり見れば1日過ぎてしまうほどの情報を得る事ができる。

 

 主な展示内容はその時々によって変わる。

 ダービーが近ければダービー展をやるような感じだ。

 

 その他にも本物の蹄鉄を持てるコーナーやゲート体験コーナーといったものもある。

 蹄鉄もレース本番で使う物からトレーニングで使う物、本番兼トレーニング用と種類があるのでそれぞれに触れる事ができる。

 

 引退したウマ娘の勝負服のレプリカが展示されていたりする。

 

 そんな博物館でキングは

 

(……私、こういう顔してたんだ)

 

 自分の勝負服のレプリカの前にいた。

 そのレプリカの横には彼女がダービーを制覇した時の様子の写真が飾られている。

 

 キングカメハメハと刻まれたプレート。

 その下には彼女の戦績である8戦7勝が。

 ダービーレコードを叩き出した事も書かれている。

 

(最強の大王、か……)

 

 どうせならもう少し可愛い感じが良かったなと思いつつ苦笑いしてしまう。

 だがそう言わせるほどの走りができた事に、ある種の誇りを持っていた。

 

 あの年のダービーは暑かった。

 そんな中行われたダービーは1000mを57秒6で通過するハイペースだった。

 故障者を続出させるほど過酷だったレース。

 それを制した彼女は同年の神戸新聞杯の後に屈腱炎でターフから去った。

 

 それでも今なお。

 URAからはドリームトロフィーリーグに出ないかと誘われている。

 屈腱炎は治った。

 確かに治った。

 ドリームトロフィーリーグはトゥインクル・シリーズを引退した者の中からさらに選ばれた者だけが移籍できる。

 さらにその打診は断る事もできるので、走っている者はそこまで多くはない。

 

 そしてレース自体もそこまで多くはない。

 

 そこにキングは出ないかと誘われていたが、誘われる度に断っていた。

 自分の走りはあの8回で出し尽くしたと言って。

 

 それでも同期の、先輩の、後輩の。

 走りを見る度に脚が疼く。

 心がザワつく。

 走りたいと思ってしまう。

 

 もう走らないと決めたのに思ってしまう。

 もうすっかり弱まった種火が再び燃え上がらないように。

 何度も何度も灰を被せても。

 その火は消えない。

 

 おそらくどちらも本音なのだろう。

 出し切ったからもう走りたくないのも。

 まだ走りたいのも。

 どちらも彼女の心の中にある本音なのだろう。

 

 だから苦しい。

 だから辛い。

 だから悩んでしまう。

 

 そんな彼女の横に

 

「私のもあるとは。光栄だ」

 

「あ、あなたは……」

 

「これは初めまして。有マ記念の前にせっかくならと来たら。大王様にお会いできるとは」

 

 キングの前に現れたのは

 

「トニビアンカです」

 

 オグリキャップとタマモクロスが出た年のジャパンカップに出走。

 同年の凱旋門賞を制覇したウマ娘。

 そしてハーツの親戚でもあるトニビアンカだった。

 

「えと、なんでここに」

 

「理由はさっき言った通り。有マ記念を見に来てね。でもせっかくならと思ってまだ来ていなかったここを見に来たのさ」

 

「いや、なんで有マ記念を」

 

「あぁ、そっちか。今年も走るハーツクライは私の姪っ子でね。応援に来たのさ」

 

「あの人、すごい有名人の親戚だったんだ……」

 

「有名人、か。ならサインをあげよう」

 

「え、良いんですか?」

 

「別に構わないよ? 何に書こうか」

 

「えっと……じゃあ、これに」

 

 持っていた手帳にサインを書いてもらうキング。

 

「大事にします」

 

「ちゃんと使ってあげてね」

 

 そう言うとトニビアンカは続けて

 

「それで、何に悩んでいたのかな?」

 

 と尋ねた。

 

 

 

「なるほど……」

 

 博物館内のベンチに座りながらトニビアンカは口を開く。

 あの後、ベンチに移動してキングから事情を聞いたトニビアンカはこう返す。

 

「つまり、自分の心に火を点けてくれる人が現れるのを待っている。ってところか」

 

「えっ、いやそれは」

 

「だってそうだろう? 現役を退いても君はチームに残っている。指導する方面に進むでもなくただ残っている。何故か。簡単な事さ。走らたいんだろう? 君は。でもその声を無視している。いや、出し切ったと。満足したと自分に言い聞かせているのかな」

 

 その理由をトニビアンカは言う。

 

「恐れているんじゃないかな。ダービーの時のように走れなかったらファンをガッカリさせてしまうと。幻滅させてしまうと。それが怖くてターフに戻れないんじゃないかな」

 

 と。

 NHKマイルカップとダービーで勝利して変則二冠を達成し、その両レースでレコード記録を出した彼女。

 唯一敗北した京成杯も3着という記録の彼女。

 

 最強の大王と呼ばれた。

 与えられた称号は彼女に敗北を許さない。

 

「怖いんだろう。また走ってもし負けたら。なんだ、大王もたいした事無かったなって言われるのが」

 

「……ッ」

 

「でも良いじゃないか。負けたって。負ける事でしか学べない事だってある」

 

 敗北を知るから言える事もある。

 トニビアンカだって負けたって事はある。

 

「悔しさをバネにできる子は強くなるぞ」

 

 そう言うとベンチから立ち上がり

 

「明日。一緒に有マを見に行こう」

 

 そう言ってキングに手を差し出した。

 その手をキングは……

 

 

 

「有マ! 有マ! 有マ! 来たでー! 有マ記念やー!」

 

 盛り上がっている藤井泉助とそんな彼を少し離れた所から見ている後輩。

 先月のジャパンカップ以上の盛り上がり。

 今日はこれからホテルで行われる有マ記念前の会見の取材だ。

 だが会見の時間まではまだかなりある。

 

 が、これで良い。

 街の様子も記事にした方が雰囲気は出るのだ。

 

 そんな泉助に後輩は

 

「にしても先輩。すごい盛り上がってますね。やっぱ有マ記念だからっすか?」

 

 と尋ねた事を数秒後に後悔する事になる。

 

「当然や! 良いか? 有マ記念は宝塚記念と同様。年に2回しかない。ファン投票で出走メンバーを決めるレースや! つまりお祭りでもあるんや! 良いか? ちょっとあそこの店入ろか。きっちり話したるわ!」

 

 こうして彼は泉助による有マ記念講座を受ける事になったのだった。

 

 

 

 そう時間は過ぎて

 

「先月もここ来たなぁ」

 

「ま、まぁまぁ」

 

 会見前の立食会。

 勝負服姿のハーツは特に何かを食べる事はせずにいた。

 

「流石に慣れたけどな。にしても……」

 

 来ている記者達の方を見て

 

「人気者だねぇ。英雄さんは」

 

 苦笑いしながらそう言う。

 圧倒的1番人気のディープインパクト。

 歴戦のシニアウマ娘がいるにも関わらず、記者達の視線は彼女のいる所に注がれていた。

 

「まぁ仕方ないですよ。年間無敗がかかっていますから」

 

「今回勝てばルドルフ(会長)ですら成し得なかった無敗の四冠か」

 

 四冠。

 皐月賞、ダービー、菊花賞、そしてその年の有マ記念を制した者に与えられる称号である。

 ディープの前に無敗の三冠を達成した皇帝シンボリルドルフも四冠は達成している。

 だが、菊花賞の次に出たジャパンカップでカツラギエースに敗れての3着だったので、無敗の四冠ウマ娘ではない。

 その他にもナリタブライアンも同じく四冠を達成してはいるが、無敗の四冠ウマ娘はまだいない。

 

 四冠は取れても、それまで無敗というのは難しいのだ。

 

 そして今回。

 もしかしたらトゥインクル・シリーズ始まって初。

 無敗の四冠ウマ娘が誕生するかもしれないのだ。

 

 そうなれば

 

「気にならねぇって言ったら記者失格だな」

 

 とハーツが言うと。

 

「ありゃ。こりゃ手厳しい事言いますな」

 

「あ?」

 

 話しかけたのは泉助だった。

 

「時間は……あぁ、過ぎてたか」

 

「すみませんね。お話、少しだけ良いですか?」

 

 標準語に切り替え、泉助はレコーダーをハーツに向けて尋ねる。

 

「ズバリ。勝算は?」

 

「無きゃ出てねぇよ」

 

「ほう。つまりディープに勝てると?」

 

 その問いにはハーツではなくアルフォンスが口を開く。

 

「勝てると思います」

 

 端的に。

 飾らずに。

 真っ直ぐに答えた。

 

「言い切りますね。よほど自信があるんですね。ですが相手はこのまで無敗。対してハーツさんは……本当に勝てると思いますか?」

 

 すると

 

「ずいぶんな言いようじゃねぇか。なぁ?」

 

 泉助の背後から現れたのは文三が口を開く。

 

「こ、これはこれは渡橋さん。お久しぶりです」

 

「ふん。ま、夏明けてからハーツはアルフォンスに任せていたからな」

 

「新人に任せて勝てると思いますか?」

 

 改めて尋ねる。

 するとそれに対しては文三は

 

「そうだな……ハーツがディープを差し切れるのは想像できねぇけど」

 

 と返し、続けて

 

「ディープがハーツを差し切れるのも想像できねぇな」

 

 と返した。

 それに対して泉助は

 

「ここの所は調子も良いですからね。前走のジャパンカップは惜しかったですが」

 

「うぐぅっ!」

 

 アルフォンスが呻いたようだが多分気のせいだ。

 

「最後のあの追い上げを見ちゃうと期待してしまいますね」

 

「そりゃどーも」

 

「いやー。ありがとうございます。続きはまた後で。では!」

 

 聞きたい事は聞けたのだろう。

 明るく挨拶をして泉助はデルタブルースのいる方へと速足で去って行った。

 

「期待、か……」

 

「ハーツ?」

 

「いや、なんでもねぇ。ちょっと飲みもん貰ってくるわ」

 

 そう言うや言ってしまったハーツ。

 残された男二人。

 

「なぁ、アル」

 

「なんですか?」

 

「……明日。楽しみだな」

 

「そうですね。やれるだけの事はやりました。後は彼女次第です」

 

 まだ伝えていない作戦。

 それを明日。

 レースの直前に伝える。

 それが上手く行くかは分からない。

 

 作戦もハーツと相談した方が良いかとも思った。

 だがこれで良い。

 ギリギリまで作戦を考える。

 どんな作戦でも対応できるように基礎練をやらせた。

 

 基礎練をやらせたのもハーツが持つ素質を信じていたからだ。

 

「僕は、彼女が勝つって。信じてます」

 

 真っ直ぐ。

 彼女の背中を見ながら言うのだった。

 

 

 

 そして時間が来て会見が始まった。

 

 やはりと言うべきか、質問はディープに集中した。

 

「明日のレースに向けて一言!」

 

「全力を出して勝ちます」

 

「トゥインクル・シリーズ初の無敗の四冠がかかっておりますが、それに関して一言!」

 

「出せる力を出すだけです」

 

「明日はクリスマスですが、サンタにお願いするとしたら何をお願いしますか?」

 

「支えてくれるトレーナーさんやチームの皆さんに温泉旅行を」

 

「ファンの皆さんに一言!」

 

「明日来てくださる方も来れない方も。全ての力を出して頑張りますので応援よろしくお願いします」

 

 全ての質問に明るく返すディープ。

 だがその言葉には全て、勝利への想いが込められていた。

 

 

 

「いや〜。良い話聞けましたね〜」

 

「ま、大半がディープに注目しとったけどな」

 

 帰り。

 泉助は後輩と話しながら駅のホームに立っていた。

 

(ま、無理もないけどな)

 

 でも、と思いつつ泉助は取材内容を纏めたメモを見る。

 

(伏兵……になるかは分からんが)

 

 そこに書かれていたのは

 

(……ま、ここの所調子良いみたいやし。明日が楽しみやな)

 

 電車が来るアナウンスが鳴ると同時にメモを閉じる泉助。

 

「明日は早いからな。寝坊しないように!」

 

「分かってますよ〜! 子どもじゃないんすから〜」

 

 そんな事を話しながら到着した電車に乗る二人。

 

 

 

 

 メモ内容。

 ハーツクライ。

 ジャパンカップにて2着になるも1着と同タイムを出してレコード更新。

 文三曰く、差し切れるとは思わないが差し切られるとも思わないとの事。

 ディープと同じ追い込み勢だが、彼女の前を走れれば勝てる可能性も?

 チームのサブトレーナーに夏明けから任せているとの事。

 何か秘策があるのか、勝てると言い切っていたのも気になる。

 ゼンノロブロイの次に注目して良いかもしれない。

 

 

 

 

 

 そして日付は変わり、日が上り。

 12月25日。

 有マ記念の日がやって来た。




お読みくださり、ありがとうございます。

次回もお楽しみに!
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