12月25日。
クリスマスの日曜日。
中山レース場は開門から多くの観客で賑わっていた。
有マ記念。
出走するメンバーがファン投票によって決められるGⅠレース。
数多の名レースが繰り広げられ。
そして伝説が生まれた。
注目されるレースである。
そのレースに今回出る18人のウマ娘達。
その全員がファンの思いも背負って走る。
己の思いと共に。
すでに多くの観客で埋め尽くされたスタンド。
「おぉー! 有マまでまだまだ時間あるけど落ち着かねー!」
「やっぱディープっしょ!」
「いやいやラストランのシチーだって!」
「お前分かってねぇな。ゼンノロブロイが勝って有終の美を飾るんだよ」
「とにかくケガしないで皆無事にゴールしてくれぇ」
観客もそれぞれの想いを胸に。
その時が来るのを待っていた。
その頃控え室では
「有マ記念だけじゃないって見せてやるー!」
「ウチらもいるんだぞー!」
「うおぉぉぉっ! 有マ以上に盛り上げてやんよー!」
有マ以外のレースに出るウマ娘が気合に燃えていた。
そして第1レースが9時50分にスタートした。
そして午後。
「調子は?」
「良い。最高だ。今までにないほどにな」
「作戦は?」
「まだ聞いていない」
控え室。
勝負服に着替え終わったハーツは文三とアルフォンスと共に最後の打ち合わせをしていた。
「アル、お前まだ言ってなかったのか?」
「え、えぇ。どこから漏れるか分かりませんので本当にギリギリに伝えようと」
「なるほどな……まぁそれは構わねぇけどよ、そんなギリギリでハーツは対応できんのか?」
「問題ねぇ。そのためのメニューだったんだろ?」
「あぁ。意図が伝わって良かった」
とハーツが自分の狙いを感じ取ってくれた事を嬉しく思うアルフォンス。
「んじゃ、俺が聞いて作戦が漏れたら大変だな」
そう言って席を立とうとする文三。
どうやらここから先は二人でやれと言いたいようだ。
そんな彼にハーツは
「なぁトレーナー」
呼び止めて
「そのネクタイ。くれ」
彼が着けている青いネクタイをくれと。
右手を差し出した。
「ん? これか? まぁ、構わねぇけど急にどうした?」
ネクタイを外し、差し出して尋ねる。
「いや……まぁなんて言うか」
それを着けながらハーツは言う。
「俺が着けた方がカッコ良いからに決まってんだろ?」
「なんだそりゃ。ったく」
ニッと笑って見せるハーツと苦笑いする文三。
「んじゃ、俺は行くわ」
背中を向け、ドアノブを掴む。
「あぁそうだ」
ドアを開ける前に少しだけ振り返って
「今回はお前達のレースだ」
二人に向けて
「好きなようにやれ」
そう言って部屋を出た。
「さて、これで俺とお前の二人きりだ。さっさと作戦を教えろ」
「あ、うん。作戦ね……えっと」
ここに来て不安になったのか、口籠るアルフォンスにハーツは
「どんな作戦でも驚かねぇよ。ほら、さっさと言えって」
と促す。
「う、うん。じゃあ言うけど……作戦ってのは」
「ほうほう……はぁ!?」
驚かないと言ったが、その作戦の内容にやっぱり驚くハーツなのだった。
その頃スタンドでは
「行けー! 行け行けー!」
「うおぉぉぉっ!」
「頑張れ頑張れー!」
3勝クラスのフェアウェルステークスを見る観客で盛り上がっていた。
ダート1800mで行われる本レースを制したのはワイルドワンダー。
ここまで7戦3勝。
前走の奥多摩ステークスでは11着と大敗した彼女が見事制した。
そして次のレースはいよいよ有マ記念である。
観客のボルテージも上がってくる。
すでにスタンドは移動も困難なほどの人で埋め尽くされていた。
その数なんと約16万2000人。
トイレに行くのも一苦労である。
そんな中で
「師匠まだッスかね〜」
「いやまだだろ。つかこれだとアルと合流できねぇな」
「いっそアルフォンスさんは控え室待機でよろしいのでは?」
「そうはいきません!」
「うわっ!? えっ、どこから出て来ました?」
ヒョコッと姿を現したアルフォンスに驚く文三、ワンアンドオンリー、ユートピア、ローゼンクロイツ。
「ま、まぁ頑張って来ました」
「そうか。で、ハーツの様子は?」
「行けそうです。大丈夫です……彼女は負けません。そのための策ですから」
自信タップリに言うアルフォンス。
その自信から、いったいどんな作戦を立てたのか気になる文三。
だが聞く事はしない。
どうせレースが始まればその秘策は分かるのだから。
(ま、お手並み拝見だな)
秋の天皇賞とジャパンカップでの敗北から何を学んだのか。
見せてもらうとしようと構える文三なのだった。
スタンドの別の場所では
「なぁなぁトレーナー! これめっちゃ美味いぜ!」
諒太のチームのウオッカがGⅠ焼きを食べては表情を綻ばせていた。
「お、おぉ。そうか。良かったな」
「トレーナー! こっちも美味しいですよ!」
と言いながらたこ焼きを食べているのはハヤテエンペライザ。
その他のチームのメンバーもそれぞれ手にしたグルメを楽しんでいる。
対して諒太の財布は薄くなった。
(まぁ、みんなが楽しめているのなら良いか)
そんな諒太達がいるスタンドの後ろ。
屋内指定席では
「やはり予約しておいて正解だったよ」
トニビアンカが隣に座るキングカメハメハにそう語る。
「確かに。でも帰りは大変そう」
「それはどっちも一緒だろう。まぁ、帰りはのんびりと行こうじゃないか」
そう言いながらトニビアンカは、まだ誰もいないコースを見て思う。
(さて、この1年でどれほど成長したのか。見せてもらうぞ。ハーツ)
姪っ子の出走を楽しみに待つのだった。
トニビアンカとキングがいる上の階。
ごく一部の人しか入れない階にある席に、ディープインパクトのトレーナーである奈瀬文乃はいた。
「いや〜奈瀬くんよく来てくれたねぇ!」
と出迎えるのはURAの現会長である男性。
ここ最近トゥインクル・シリーズの人気が下降気味だった所に無敗の三冠ウマ娘が誕生。
話題となって人気が盛り返そうとしているためか、非常に機嫌が良い。
「ディープくんは元気かね? 今日の調子はどうだった?」
と聞いてくる。
やはり気になるのだろう。
史上初の四冠達成が。
しかもそれが、無敗で誕生する瞬間に立ち会えるのかもしれないのだから。
「調子は良さそうでした。別れる前も全力で走ると言っていましたので」
「おぉそうかそうか! それは楽しみだ!」
すでに勝った気でいる会長。
「私もねぇ、夢なのだよ。歴史的瞬間に立ち会う事が。やはりほら。夢見てしまうだろう?」
「まぁ、そうですね」
「明日の新聞の一面はもう決まりだな!」
と、そこで
「まだ結果は出ておりませんよ」
文乃は静かにそう言う。
それに対し会長は
「いやいや! 彼女が負ける事など」
無いと言おうとした時だった。
「あなたもレースに関わる人間なら知っているはずです。レースに。レースに絶対は無いと。では失礼します。ここでは彼女の姿がよく見えませんので」
そう言うと一礼して部屋を出て行く文乃。
ただ彼女としても会長の言いたい事は分かる。
が、それと同時に一人のトレーナーとして。
このレースに向けて真剣に挑んでいるライバル達の存在を知るからこそそう言ってしまった。
「あ、あぁ待ちたまえ!」
そんな彼女を慌てて追いかける会長なのだった。
そして場所は再び戻ってスタンド。
(っくぅ〜! やっぱこれやこれ! この熱気! たまらんなぁ!)
藤井泉助は今日もいた。
開門と同時に入場し、ベストポジションを確保した彼は第1レースからシャッターを押しまくっていた。
(みんな有マばっかに注目しとるけど。その目を自分に向けさせようと頑張る子達の輝きもまたたまらん! でもやっぱり)
開始時刻が迫るに連れ、高まる観客のボルテージに
(有マ記念は特別や!)
普段はレースを見ない人の中にも有マ記念だけは見るという人がいるぐらいなのだ。
それほどまでに有マ記念は特別なレースなのだ。
彼の中でもそうだ。
忘れられないレースが数多くある。
テイエムオペラオーの有マ記念は初めての秋シニア三冠、重賞8連勝、年間全勝という前代未聞の記録がかかったものだった。
ライバル全員から厳しくマークされ。
気付けばバ群の真っ只中に封じ込められていた。
残り310m。
最後の直前に入っても依然バ群の中。
だがその程度で諦める覇王ではなかった。
残り200m。
目の前に生まれた僅かな隙間をこじ開けて。
彼女は前へと切り込んだ。
メイショウドトウとの先頭争い。
それを制して見せたテイエムオペラオー。
ハナ差にて掴んだ勝利。
その記録に並ぶ者は未だにいない。
そしてあの有マ記念。
そのレースは実況ですら驚かせてみせた。
いや、魅せた。
1年ぶりのレース。
本来ならば無謀とも言える出走。
だが、だが。
彼女は来た。
奇跡の復活を遂げたトウカイテイオー。
そして彼が最も忘れられないのはあのレースだろう。
メジロアルダン、メジロライアン、ミルワカバ、ヤエノムテキも出たあの有マ記念。
後にこのレースはこう言われた。
《神はいる。そう思った》
と。
澄み切った師走の空気を切り裂いて繰り広げられた最後の力比べ。
そしてレース後に起きた17万を超す観客によるコールは文字通り中山を震わせた。
今年はすでに名レースになる事が確定している。
史上初が生まれるか。
無敗の英雄に土をつける者が現れるのか。
どちらにしても歴史に名を刻む事になるだろう。
(こう思っても仕方ないのは分かる。でも思わずにはいられん!
子どもが好きなアニメが早く始まって欲しいと思うように。
有マ記念が早く始まってくれと思う泉助なのだった。
そしてついに。
16万人を超える観客が。
中継を見るファン達が。
待ち望んだ瞬間が訪れる。
地下バ道。
カツン、カツンと蹄鉄を鳴らしながらハーツは歩いていた。
(……大丈夫だ)
右手でネクタイをギュッと握りながら。
自分に言い聞かせる。
(俺なら行ける)
アルフォンスがくれた秘策もある。
(俺は一人じゃない)
気恥ずかしくて言えなかった。
お守り代わりに貰った文三のネクタイ。
デビュー前から自分を見てくれた。
ここまで育ててくれた。
いわば第2の父親のような存在である文三。
そんな彼にGⅠ制覇を届ける。
彼だけじゃない。
アルフォンスに。
チームの仲間に。
そして何より自分自身に。
(勝つぞ……ハーツクライ)
奮い立たせるように。
自分の名を胸に刻むように。
彼女は坂を登り、ターフに姿を現した。
大歓声に迎えられてターフに姿を現す18人のウマ娘。
アナウンスがそれぞれ名前を呼んでいく。
やはり1番歓声が上がったのはディープの時だった。
その歓声に応えるように静かに手を振り返すディープ。
そんな彼女だが、スタンドの前列に文乃の姿を見つけると年相応の笑顔を見せた。
「ようデルタ。お前と走るのも久しぶりだな」
「そうだね。去年の有マ以来だね」
ターフの上での友人との再会に少し話をする二人。
「去年。君は何着だったっけ?」
「9着だよ。忘れもしねぇ。そういうお前は確か」
「5着。バートラム先輩にクビ差届かなかったよ」
お互いに苦い思い出の有マ記念。
「悔いの残らない走りにしよう!」
「もちろんだ!」
パンッと互いに右手でハイタッチをし、ゲートへと向かうのだった。
そしてまだ続くアナウンス。
ゲートへと向かうその姿を家のテレビで見るウマ娘がいた。
「ほらシュヴァル。始まっちゃうわよ〜」
「ま、待って姉さん。今行くから!」
姉と妹と共にテレビの前にスタンバイする一人のウマ娘。
姉と妹がディープインパクトの事を応援している姿を見ながら座る。
彼女の名前はシュヴァルグラン。
彼女もまた、夢を抱く者である。
そして全員の名が呼び終えられる。
出走の時が刻一刻と迫る中、遂にスターターがスタート台に乗る。
台が上にせり上がり、その手に持った赤い旗が振られる。
そしてファンファーレの演奏。
観客達の手拍子と大歓声。
文字通り、中山レース場がひとつになる。
そこからウマ娘達のゲートインが始まった。
1枠1番 マイソールサウンド
戦績 36戦8勝
前走 ジャパンカップ(GⅠ)15着
1枠2番 サンライズペガサス
戦績 23戦6勝
前走 ジャパンカップ(GⅠ)6着
2枠3番 ゼンノロブロイ
戦績 19戦7勝
前走 ジャパンカップ(GⅠ)3着
2枠4番 コスモバルク
戦績 19戦7勝
前走 ジャパンカップ(GⅠ)14着
3枠5番 スズカマンボ
戦績 17戦4勝
前走 ジャパンカップ(GⅠ)9着
3枠6番 ディープインパクト
戦績 7戦7勝
前走 菊花賞(GⅠ)1着
4枠7番 ヘヴンリーロマンス
戦績 32戦8勝
前走 ジャパンカップ(GⅠ)7着
4枠8番 グラスボンバー
戦績 35戦7勝
前走 福島記念(GⅢ)1着
5枠9番 タップダンスシチー
戦績 41戦12勝
前走 ジャパンカップ(GⅠ)10着
5枠10番 ハーツクライ
戦績 15戦3勝
前走 ジャパンカップ(GⅠ)2着
6枠11番 オペラシチー
戦績 11戦5着
前走 京阪杯(GⅢ)11着
6枠12番 ビッグゴールド
戦績 51戦6勝
前走 ジャパンカップ(GⅠ)17着
7枠13番 コイントス
戦績 25戦4勝
前走 鳴尾記念(GⅢ)6着
7枠14番 リンカーン
戦績 19戦5勝
前走 ジャパンカップ(GⅠ)4着
8枠15番 デルタブルース
戦績 15戦5勝
前走 ステイヤーズステークス(GⅡ)1着
8枠16番 オースミハルカ
戦績 20戦6勝
前走 エリザベス女王杯(GⅠ)2着
以上16名がスムーズにゲートへ入って行く。
最後にオースミハルカが入り、全員のゲートインが完了。
『クリスマスに迎える有マ記念!』
実況の泉本奈々が言葉を紡ぐ。
『最強の衝撃対歴戦のウマ娘! 史上初の無敗の四冠へ!』
そして
『さぁ、ディープインパクトのスタートは』
ゲートが開き、その年を飾る有マ記念がスタートした。
『良いスタートを切りました! ディープインパクトは後方2番手でレースを進め……いえここで最後方に下がっていきます』
そこで実況は前へ視線を移す。
『さて、先行するのは……ん? タップダンスが行って、オースミハルカ。オースミハルカが抑えきれない様子! おっと!? ここでハーツクライが3番手!』
実況の若干驚いた声。
「はぁ!?」
その実況に思わず驚く文三。
そのまま彼は隣に立つアルフォンスを見ると
(作戦ってまさか……)
彼の顔を見て理解する。
これこそがアルフォンスが用意した作戦だと。
『ハーツクライが3番手でレースを進めています!』
追い込みから先行への切り替え。
それこそがアルフォンスが考えた作戦だったのだ。
コーナーを曲がり切ってスタンド前へと向かう彼女達。
泣いても笑って一度きり。
ファンの声援を受けて。
2500m先に待つ栄光へ。
彼女達は駆けた。
お読みくださり、ありがとうございます。
果たして秘策の結果は…
次回もお楽しみに!