ウマ娘〜想いを背負って繋いで〜   作:にゃんころもち(黒糖)

64 / 74
64話〜逃げる者、追う者〜

 

(さて……)

 

 10番ゲートに入り、その時が来るのを待つハーツ。

 

 控え室で作戦を聞かされた時、その内容に驚いた。

 果たしてできるのかとすら思った。

 だがアルフォンスは自分にできない作戦を立てるだろうかと。

 自分に問うてみた。

 答えは否だ。

 

 そんなバカな事はしない。

 そう思い、その作戦に乗る事にした。

 

(さて、吉と出るか凶と出るか……)

 

 文三も好きなようにやれと言っていた。

 ならば好きにやろう。

 やらないで後悔するぐらいならやって後悔しよう。

 そうすれば次回への改善点も見つかるというもの。

 

(やってやる……)

 

 スタートの姿勢を取って。

 開いたゲートから飛び出して。

 狙うのは……

 

 

 

 遂に始まった有マ記念。

 スタートと同時に大歓声が湧き上がる。

 

 多くが注目するディープはいつも通り後方へと下がっていく。

 

 そんななか

 

『さて、先行するのは……ん? タップダンスが行って、オースミハルカ。オースミハルカが抑えきれない様子! おっと!? ここでハーツクライが3番手!』

 

 スタート直後の実況の驚いた声。

 

『ハーツクライが3番手でレースを進めています!』

 

 前走まで追い込みスタイルだったハーツが前から3番手を走っていたのだ。

 

「なんでハーツクライ3番手!?」

 

「ハーツクライ3番手!?」

 

 そのポジショニングにスタンドの観客の中からも驚きの声が上がった。

 

 

 

(な、なにやっとんのや)

 

 驚愕したのは泉助も同じだった。

 

(い、いや……過去にも同じようにスタイルを変えた子は確かにおったけど)

 

 そのウマ娘とはタマモクロス。

 オグリキャップを破った秋の天皇賞での事だ。

 今まで追い込みスタイルだった彼女は一転。

 そのレースは先行策を取ったのだ。

 そしてそのまま。

 後半追い上げて来たオグリキャップから逃げ切って勝利を掴んだ。

 

(は、はは……まさか)

 

 それを参考にでもしたのだろうかと思った。

 

(いや……でも分からんな)

 

 夏明け。

 特にこの前のジャパンカップでの走りはクラシックの時と比べ物にならない走りだった。

 いやそもそもと彼は思い出す。

 

 彼女が追い込み策を取っていたのは、未完成の体故のスタートの出遅れから。

 つまり、体が仕上がれば追い込みをする必要は……

 

(なるほど……つまり)

 

 この先行スタイルこそが彼女の本来のスタイルなのではないか、と泉助は考えるのだった。

 

 

 

「おいアル。これが作戦か」

 

 スタンド最前列。

 文三はアルフォンスに尋ねていた。

 

「はい。これが、僕が考えた秘策です」

 

 きっかけは3月(40話)

 練習中にクロイツがポツリと言った一言。

 もし後半追い上げるタイプではなく、先行タイプだったらもっと勝てていたのではないか。

 その言葉を思い出したアルフォンス。

 

 そこから彼は過去の有マ記念のレース映像をできるだけ取り寄せて見直した。

 それと並行でディープのレースも見直した。

 

 そして分かったのは、ディープは確かに強い。

 だが彼女は追い込みスタイルのため、後方から徐々に追い上げて来る。

 全てのレースでそうだった。

 前目に付けられる時でも後ろに下がってレースを進めていた。

 

 おそらく彼女は前に出たらそのままドンドンと言ってしまう性格なのだろう。

 そうなってしまえば後半のスタミナが無くなってしまう。

 だから我慢して後方にポジショニング。

 ラスト一気に飛ばしてまくって勝つスタイルになったのだろう。

 とアルフォンスは予想した。

 

 そして次に分かった事は中山の形状について。

 小回りなうえに最後の直線が短い中山レース場は先行が有利だと判断したのだ。

 現にハーツが出た年の皐月賞は最初から2番手をキープしていたダイワメジャーが取っている事からある程度確かだろうと思っていた。

 一応だが、シンボリクリスエスのように差しタイプが有マを制する事もあるのに加え、ディープは三冠を達成している。

 つまり、中山レース場で行われた皐月賞を制しているのだ。

 

 ただタイムで言うならダイワメジャーの方が速い。

 メジャーのタイムは1分58秒6。

 対するディープは1分59秒2。

 先行策を取ったメジャーの方が0.6秒速いのだ。

 

 もちろん。

 だからと言って油断はできない。

 上がり3ハロンのタイムはメジャーが33秒9なのに対してディープは34秒とほぼ同じなのだから。

 

 それでもアルフォンスはハーツに先行策を取らせようと考えていた。

 同じ追い込みという土俵では勝てないと思ったからだ。

 

 さらに言うならばいくらディープと言ってもいきなりトップスピードにはならない。

 必ず加速するための時間が必要なはず。

 

 またシンボリクリスエスのトレーナーと交友があった彼は、クリスエスが有マに出た際にタップダンスシチーからあまり離されないようにと言っていたと聞かされた。

 

 その事から、ある程度の距離が開いてしまえば逃げ切る事は可能である事。

 そしてそれを、9バ身差をつけて勝利して引退したクリスエスのトレーナーが言っていたのだからと確信。

 

 先ほども言ったが、最初からアルフォンスはディープと同じ土俵で戦っても勝てないと理解していた。

 今まで通りの追い込み策では勝てないと。

 

 勝つには相手にある程度の距離を取って最後の直線に入るしかないと。

 

 そしてさらにハーツの得意不得意の話も入って来る。

 アルフォンスはハーツを、スローペースからギアを上げての瞬発力勝負は苦手だと分析していた。

 事実スローペースだった秋の天皇賞は敗北。

 逆にハイペースだったダービーは負けたが2着。

 同じく2着だった前走のジャパンカップも1000mの通過タイムは58秒3というもの。

 

 ある程度のハイペースが得意、というよりは一定のペースで走る。

 最初から最後までワンペースな展開が得意だと分析。

 

 つまりなおさら相手が作ったペースに乗せられる後方よりも、どちらかといえばペース作りに参加できる前方の方が彼女の得意に向いていると判断。

 

 結果。

 ペースを作るのに参加できてディープから距離を取れる先行策を選択。

 

「なので前目にと言ったんです」

 

「なるほど……」

 

「ただ」

 

 懸念点が無いわけではない。

 今回の作戦は外にバレて対策されたら意味がなくなってしまう。

 なので当日ぶっつけ本番となった。

 

 故に練習なんてものはなく、全て彼女の才覚頼り。

 

 追う側から追われる側へ。

 プレッシャーを与える側から与えられる側へ。

 

 さらに言えば、可能ならば10バ身は欲しいと考えていた。

 それだけ離せれば、相手のあの剛脚をもってしても届かないだろうと。

 粘り切れるだろうと考えていた。

 

(いや、大丈夫)

 

 精神的にも成長したハーツを信じる。

 

「……あぁ、だからか」

 

「はい?」

 

「いやほら。基礎トレで座禅させてただろ。慣れないスタイルに耐えられる精神をってやつだったのか」

 

「えぇ、まぁ」

 

 精神面がプレッシャーに耐えられず、負けてしまえば本来の実力は出せない。

 だからアルフォンスは座禅という形で精神力を鍛える事にしたのだ。

 

「にしてもまさかな……」

 

「前目にとは言ったのですが、まさか3番目とは……予想外です」

 

 彼女のポジショニングに驚いたのはアルフォンスも同じだった。

 

 そしてハーツはハーツで

 

(やべっ、出過ぎたか!?)

 

 3番手という初めてやった前目のポジション取りに失敗したかと驚き焦った。

 が

 

(……いや、こいつぁ良い)

 

 すぐにそう思った。

 なんせ今までは、後方から一気にまくり上げて何人も追い抜かねばならなかった。

 だが今回は違う。

 前にいるのは二人。

 そうたったの二人だ。

 

 つまりゴールまでにこの二人を抜けば良い。

 もちろん後ろから追い上げて来るライバルから逃げねばならないが、それでもいつもよりは気が楽だった。

 

 今日は二人抜けば良い。

 これだけだ。

 

 気付けば彼女は笑っていた。

 ただその笑みは、前を走る二人のライバルという名の獲物を狙う、まるで牙を剥いた猛獣のような笑みだった。

 

 

 

 コーナーを曲がり切ってスタンド前へと向かう彼女達。

 そんな彼女達の中にいるハーツを見る者がいた。

 

Got it(なるほど)……)

 

 ジャパンカップの後に有マ記念を見に来いと誘われたアルカセットだった。

 一応サングラスと帽子で変装はしているが、その雰囲気は隠せていない。

 

 そんな彼女はハーツの走りを見て狙いを見抜く。

 

That's not a bad idea.(その手は悪くないね。)I think so too(私でもそうするよ)

 

 来る以上、自分ならどう走るかをシミュレーションして来た彼女。

 

But.(でも。)Will it be that easy?(そう簡単にいくかな?)

 

 予想外の事が起きるのがレースだ。

 自分もまさかジャパンカップでレコードを出せるとは思っていなかった。

 でも、それでも。

 

Miracles are made.(奇跡は起こすもの。)Right?(そうでしょう?)

 

 彼女の名を口にして

 

「Heart's Cry」

 

 その勝利を願った。

 

 

 

(あの10番のウマ娘。雰囲気に飲まれて飛ばしたか?)

 

 その様子を見ながらそう思う会長。

 いつもなら追い込み策をである事は知っていたが、前から3番手。

 どうせその場の雰囲気に飲まれ、気分が上がって飛ばしてしまっているのだろうと思い、視線をディープへ移す。

 

(いつも通り後ろから。今日も頑張ってくれよー!)

 

 と応援するのだった。

 

 

 

 そんなディープのトレーナーを務める文乃はスタンドで

 

(何故あんなに前にいる? 今年デビューした子が雰囲気に飲まれて高揚し、普段の走りを忘れてしまうのなら分かる。だがハーツクライはシニアクラス。レースや場の雰囲気には慣れているはず……何か企んでいるな)

 

 そこで文乃は冷静に状況を分析した。

 追い込み型だったハーツクライが先行に切り替えた。

 その理由をまずは考えた。

 

 ひとつは体が出来上がったから。

 今まではスタート直後に先行できるほどではなく、先頭争いに加われなかった。

 だが体が仕上がってそれに参加できるようになったのでやりたかったスタイルに変えた。

 

 二つ目は周囲を動揺させる。

 普段とは違う走り方をする事でライバルに警戒させ、動揺させるのが目的。

 

 三つ目はディープから距離を取る事。

 ディープは強い。

 それは確かだ。

 トレーナーである文乃自身もそう思っている。

 だが完全無欠というわけではない。

 

 ディープだってウマ娘だ。

 欠点はある。

 特に彼女は前に行きたがる癖がある。

 ペースを考えずにドンドン前に行ってしまう。

 走るのが好きなのだろう。

 だがそれでは並外れたスタミナを持っていても後半でバテてしまうしまう。

 だから文乃は追い込み策を教えた。

 

 そうして我慢させて後半のスパート。

 彼女が持つ並外れたスタミナを活かしてのロングスパートをかける。

 それが彼女の最大の武器だった。

 

 そしてそのスタミナは底を知れない。

 なんせレース後が息を切らしている所をほとんど見た事が無いのだ。

 

 だから彼女にはまだ上があると考えていた。

 

 が

 

(あれ以上離されたらキツイぞ……)

 

 直感的にそう思ってしまう。

 それほどまでにハーツクライは静かに。

 不気味に。

 前から3番手を走っていた。

 

 

 

 様々な期待が、夢が、情念が。

 渦巻く中山レース場のスタンド前正面。

 

 下り坂を駆け下りて来たハーツ達が一度目の坂を駆け上がる。

 ゴール前180m地点から70m地点にかけて用意された高低差2.2mの上り坂。

 

 そこを駆け上がった後。

 第1コーナーから第2コーナーにかけて上り坂は続き、下り坂に転じる。

 

 その先頭はタップダンスシチー。

 悠々と後続に差を作って第1コーナーへと走って行く。

 

 それを追いかけるはオースミハルカ。

 続くハーツクライとマイソールサウンド。

 

 昨年の菊花賞ウマ娘のデルタブルースは後方に控えている。

 ゼンノロブロイは中団やや後方。

 

 ディープインパクトは少しずつ順位を上げ、現在後ろから4番手辺り。

 

 1000m通過のタイムは1分1秒8。

 

 

 

『さぁ順位ですが。先頭はタップダンスシチー。これが彼女のラストダンスとなります』

 

 ゆったりと走っている。

 

『その後ろ3バ身ほど離れてオースミハルカ。早めに仕掛けたか? 上がって来ましたコスモバルク。そしてハーツクライ。悲願のGⅠ初制覇となるか! その外側にマイソールサウンド』

 

 それを追いかけるのは

 

『オペラシチーとそのインコースにはリンカーン。その後ろにはポツポツとゼンノロブロイ、そしてデルタブルースにコイントス』

 

 そして

 

『ディープインパクトはここにいる! 中団のやや後方!』

 

 ヘヴンリーロマンスと並ぶように走っている。

 

『そしてサンライズペガサス。その後ろビッグゴールド。さらにはスズカマンボ。その外にグラスボンバー!』

 

 坂を上り切り。

 今度は坂を下り。

 向正面を瞬く間に駆け抜けて。

 第3コーナーへと入る16人。

 その展開に歓声が巻き起こると同時に各ウマ娘がペースを上げ始める。

 

『さぁディープインパクトはどこで動く。ディープはどこで動く!』

 

 中団に構えていたディープが。

 だがその体を外へと。

 バ群の外へと移す。

 

『ディープインパクトの姿が外へと。外へと。差し切り体勢へ入っていきます!』

 

 それだけで盛り上がる。

 

『先頭までの差は5バ身から6バ身! 先頭は変わらずタップダンス! タップダンスシチーだ!』

 

 大外を回りながら。

 坂を下りながら。

 徐々に徐々に順位を上げて行くディープインパクト。

 

(ここだ……)

 

 踏みしめて。

 蹴り上げて。

 ディープがギアを上げる。

 

『無敗の四冠にその差を詰めてくるディープインパクト!』

 

 それと同時に

 

(来た。この感覚!)

 

 領域に突入する。

 限界を超えた剛脚が発揮される。

 

 

 

 坂を駆け下りて。

 第4コーナーが終わる。

 坂が終わり、次に始まるのは直線。

 ゴールへと続く最終直線。

 

 そこで

 

(来たか。それじゃ俺も……)

 

 沸き起こる大歓声。

 ディープインパクトに向けられた大歓声を合図にするように。

 

(行くか!)

 

 ハーツクライもまたギアを上げた。

 

 310mの直線。

 泣いても笑ってここで勝負が決まる。

 最後の勝負が始まる。




お読みくださり、ありがとうございます。

次回、決着です。

お楽しみに。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。