有マ記念から数日経った12月29日。
文三は悩んでいた。
有マ記念でディープインパクトを打ち破ったハーツクライ。
その無敗記録に終止符を打ち、史上初の四冠達成を阻止した彼女。
これだけの結果を出したのだからトレーニング等に関してはアルフォンスに引き続き任せるつもりでいた文三。
だがアルフォンスから次走に関しての相談を受けていたのだ。
次はどのレースに出ようか、と。
やはりGⅠが良いだろうか。
年明け最初のGⅠと言えば3月に行われる高松宮記念だろう。
だが距離は1200mの短距離レース。
おそらくハーツには合わないだろう。
次は4月の春の天皇賞。
ハーツも一度走っているレースだが、その時は5着だった。
その次はとなると5月以降になってしまう。
そこまで期間を空けるのは得策ではないだろう。
そのため文三は悩んでいた。
再び春天に挑戦してリベンジをするかどうか。
だがそれには懸念はある。
おそらく。
いや確実にディープインパクトは出るだろう。
ディープとの再戦となれば、今度は向こうがハーツへのリベンジに燃えてくるだろう。
有マ記念はアルフォンスが中山レース場とディープを研究し尽くして考案した作戦と、それをハーツがぶっつけ本番でこなしてみせたからこそ勝てたのだ。
だがディープも対策をしてくるはずだ。
さらにいえばレース場も変わる。
あの作戦は直線の短い中山だから通用したのだ。
同じ手は通じないだろう。
(いや、いっそ……)
国内のレースではなく、国外のレースも良いかもしれない。
そう考えた。
(まぁ、まずは話してみないとだけどな)
年末という事もあり、ハーツ達も実家に帰省するだろう。
その時ぐらいレースの事は忘れ、羽を伸ばして欲しい。
そう思う彼が今いるのは大井レース場。
そこで行われるGⅠレースの東京大賞典にユートピアが出ているのだ。
距離2000mにて行われる本レース。
冬の寒空に蹴り上げられた砂が舞う。
その結果は……
「お疲れさん」
「いやぁ、皆さん強かったです」
5着。
6着の相手にアタマ差勝手の掲示板入り。
勝ったのは前年覇者のアジュディミツオー。
地方所属の彼女が中央所属のユートピア、シーキングザダイヤ、タイムパラドックス、ベラージオを抑えての連覇を果たした。
「でも、まだこれからです」
そう言うユートピアの目は力強かった。
まだ勝利を諦めていない。
そんな光を宿していた。
「……また来年。頑張ろうな」
そんな彼女に文三はそう声をかけるのだった。
そして年が明けて新年。
シニア2年目を迎えたハーツは
「あ〜……やっぱコタツ最高だわ。発明した人は偉大過ぎるわ」
コタツでぬくぬくと温まっていた。
(これがあのディープインパクトを破った話題のウマ娘の姿……)
と、そんな娘を見て思う母。
あの日。
ハーツの実家は近所の人が集まって大変だったのだ。
みんなでハーツを応援していた様はさながら応援団。
そしてハーツが勝った時の騒ぎは凄かった。
そして地元からとんでもないウマ娘が生まれたと大賑わい。
ハーツが帰省した際も近所の人達が握手してくれと来たり、行きつけの魚屋は鯛をプレゼントして来たりと大変だったのだ。
それもレースの結果を見れば当然だろう。
「ダラけてるねぇ」
「まぁ良いんだけどね。ほんと、凄い子になったわ」
ハーツの姉であるエメラルドアイルと話す母。
そんな時だった。
テレビでは昨年のトゥインクル・シリーズを振り返る特番が放送されていた。
もちろんその内容の主役はディープインパクト。
それは当然だろう。
無敗の三冠ウマ娘なのだから。
皐月賞、ダービー、菊花賞についてもそれぞれ時間が割かれてコーナーになっている。
「こんな凄い子にウチの子は勝ったんだねぇ」
しみじみとする母。
そんな時だった。
話題が有マ記念に移る。
そうなれば当然。
ハーツが勝ったシーンが流れる。
「本当に凄い子になって……」
噛み締めるように母が言う。
そんな時だった。
映像が終わった後。
『もう一回やりましょうよ! やり直しやり直し! 今度はディープが勝ちますから』
と壇上の芸人が言ったのだ。
すると
「はぁ〜? 何度やってもウチの子が勝ちますけどー!?」
「黒星増やしたろかあーん?」
母とエメラルドアイルがテレビに向かってキレる。
言った所で相手には届かないのだが、それでも言う。
「ウチの子が最強!」
「妹マジ最強!」
そんな二人を
「厄介な古参みたいだな」
と言う父。
だが
「家族が!」
「古参ファンじゃなくて!」
「どうすんの!」
「はいお父さんそこ正座!」
母と娘にコンコンと説教される父なのだった。
そしてそんな中で
「マジでコタツ最高」
ハーツはのんびりと休息を取るのだった。
冬休みも終わり、新学期が始まったトレセン学園では
「今年こそ勝つんだー!」
「デビューするぞー!」
ハヤテエンペライザとウオッカが併走していた。
香港ヴァーズは惜しくも2着だったエンペライザ。
今年こそ2勝目を上げるべく、練習にも熱が入る。
隣を走るウオッカはその言葉の通りデビューを目指して走っている。
そんな二人を見ている諒太。
彼は彼で冬休み中は猛勉強した。
なんせエンペライザが届かなかったディープが負けたのだ。
つまり、最強であっても無敵ではないという事が分かったのだ。
展開や作戦次第では勝てる可能性が見えて来た。
かと言ってエンペライザに先行策を取らせる等は考えていない。
彼だってそれを誰もがすぐにできる事ではないと理解していた。
さらには集めた情報から、ハーツがその作戦を実行できたのは体が仕上がったからという事も理解していた。
もし彼女のデビューが1年ズレてエンペライザと同期だったら。
そう思うと恐ろしく感じると同時に、盛り上がりはすごかったろうなと思ってしまう。
だが、今はそんなたらればを言っている時ではない。
エンペライザの他にもいるメンバー。
ファイングレイン、ソングオブウインド、レジネッタ、ウオッカ、ディープスカイ、アサクサキングス、レッドディザイアの7人。
ソングオブウインドは今月デビューが決まっている。
さらにはファイングレインは今年はクラシックレースを走る事になる。
距離適性的には短距離とマイル辺りが合っているので、マイル路線で活躍できるかもしれない。
とにかく、彼女のデビューが今から楽しみだった。
「……よし。良いタイムだ」
そう言って手元のタイマーを見る文乃のもとに、走り終えたディープインパクトが戻って来る。
「どうでしたか?」
「うん。良いタイムだった」
その言葉にホッとした顔を見せるディープ。
そんな彼女を見て文乃は思う。
やはりあの敗戦が響いていると。
今まで無敗で勝ち続けて来たディープインパクト。
そんな彼女が初めて出た有マ記念。
ファン投票によってメンバーに選ばれた。
初めてのファン投票1位。
それだけの人が自分の走りを応援してくれている。
その事実を彼女は嬉しいと思っていた。
だが、敗北はそれを一気にプレッシャーに変えた。
あの日からネットではこんな言葉が呟かれるようになった。
ディープが勝てたのは同期が弱いから。
あれがディープの実力。
そう言われるようになったのだ。
だがそう言われて来たのは彼女だけではない。
他の三冠ウマ娘でも言われた時はあった。
もちろん文乃はそうは思っていない。
菊花賞でアドマイヤジャパンが見せた脚は凄かった。
あれがもし中山だったら逃げ切れていただろうと考えていた。
そして実際に有マ記念では逃げ切られた。
慢心していたわけではない。
油断していたわけでもない。
ただ、想定外過ぎた。
想定外がつきもののレースにおいて失念していた。
まさか。
まさか。
追い込みスタイルのウマ娘が先行してくるなんて予想していなかった。
(僕もまだまだだな……)
そう思うと同時に相手を尊敬する。
なんせ直前の直前。
前走のジャパンカップまで追い込みスタイルを貫き、有マ記念で先行策に切り替えたハーツクライ。
そしてその策を思いついたアルフォンス。
さらに言ってしまえばそれが外に漏れないように徹底した情報管理。
実際にはアルフォンスがどこから漏れるか分からないからと本当にレースの直前に伝えただけなのだが。
それを知らない文乃はアルフォンスに一目置くようになるのだった。
そして対するディープはディープで
(もっと頑張らなきゃ……)
自分が負けたせいで同期が弱いと言われてしまった。
それを返上させるにはどうしたら良いか考えた。
そして思いついた。
それは、シニアクラスでも勝つ事。
先輩ウマ娘相手に勝って勝って勝って勝ちまくる。
そうすれば、同期が弱かったんじゃなくてディープが強過ぎたんだ。
これなら負けても仕方がない。
そう評価が変わると思ったのだ。
だからもっと強くなる。
もっと速くなる。
落ち込んでいる暇は無い。
落ち込んでいる暇があったら強くなって勝つ。
そしてあんな事を言った人達を見返してやる。
(もっと勝たなきゃ……)
もう同期が弱いなんて言わせないために。
共に走ったライバルがそんな事を言われないように。
(私は)
強くなると心に決めたのだった。
「あ、キング先輩!」
ジャージ姿で走っていたダイワスカーレットが足を止める。
それを見た北原は、ちょうど良いと一旦休憩を入れる事にした。
「どうしたキング。珍しくアップも済ませているみたいだな」
キングカメハメハの額に浮かぶ汗を見て北原は尋ねる。
「……また、走ろうと思って」
と返すキングに北原は
「お、併走の相手をしてくれるのか? そりゃ助かる」
ダービーウマ娘が併走をしてくれる。
その言葉にスカーレットだけでなく、デビューを目指すブエナビスタとフサイチホウオーの顔がキングの方を向く。
すると
「まぁ良いけど。ただ、着いて来れるのならね」
と笑みと共に言ってこう続ける。
「また目指すから。あのターフの上を」
灰をかけられてもなお消えなかった火種が。
「お、おいキング……まさかお前」
あの日。
自分に追い縋った相手が英雄を下した姿を見て。
「1年以上もブランクあるからどうなるか分からない。でも」
再び燃え上がる。
「また走ろうと思う」
燃え上がる。
一度燃え上がってしまった炎を止める術は無い。
灰すら燃やし尽くしてしまう勢いで燃え上がる。
それはまさに
「ドリームトロフィーリーグの誘い。受けようと思う」
復活の狼煙だった。
「さてトレーナー。また頂点を目指すから。王の隣に立つ準備は良いかな?」
そう言って差し出された右手を北原は、力強く握った。
この数日後。
諦めずにキングにドリームトロフィーリーグへの移籍を打診していた担当者はキングからの電話を受けたそうだ。
今更だが移籍したいと言われた担当者は電話を受けながら泣いたそうだ。
そしてその知らせは
「ホンマかいな!?」
泉助の耳にも当然届いた。
「あの大王がドリームトロフィーリーグに移籍を決めたって……はわぁ」
興奮して立ち上がったと思いきやヘロヘロと椅子に座る。
トゥインクル・シリーズの記事を書いている身としては当然、キングの事は知っている。
ダービーも現地で見た。
その時は彼女の走りに圧倒され、危うくシャッターチャンスを逃す所だったほど。
そんな彼女が引退して1年と少し。
速報で流れた大王復活の知らせ。
(こりゃ忙しくなるで!)
クラシック戦線はもちろん。
ディープがシニアクラスに上がり、先輩ウマ娘と走るのもある。
そこにキングの復活。
おそらく忙しくなるのは確定だ。
だがそれと同時に泉助は嬉しそうに。
純粋な笑みを浮かべるのだった。
そして週末。
土曜日。
「文三さーん! 来ましたよー!」
泉助はトレセン学園に来ていた。
今日はハーツクライの取材日なのだ。
「まだ約束の時間まで5分ある。ちっと待ってろ」
と、泉助の方を見ずにコースを走るハーツを見る文三。
その隣ではアルフォンスがタイマーを手にしている。
「はいはいっと。んじゃ写真写真っと」
待っている間写真でもとカメラを手にし、ハーツを数枚撮影する。
文三は文三でせっかく来たんだから練習の様子を撮って行けといった様子だ。
その後走り終えたハーツが戻り、クールダウンを終えて取材が始まった。
「じゃあまず初めに。有マ記念は凄かったですね。改めて優勝おめでとうございます」
「俺に言うな。言うんならコイツと、あの作戦を立てたコイツに言ってやってくれ」
そう言って文三はアルフォンスの肩を軽く叩く。
「ほぉ、あなたがあの作戦を。にしても思い切りましたね。今まで追い込みタイプだった彼女に先行策を取らせるなんて」
「あ、まぁ。はい。半分賭けでしたが、そこは彼女を信じました」
「なるほど。その作戦を聞いた時はどう思いました?」
「俺は別になんとも。ただ、できねぇ作戦を持っては来ないだろって思っただけだ」
「なるほどなるほど。つまりハーツクライさんもアルフォンスさんの事を信頼していたと」
「なっ!?」
泉助の言葉に若干顔が赤くなるハーツと、そう思ってくれたのかと朗らかな顔を向けるアルフォンス。
チッと舌打ちをしつつそっぽを向くハーツ。
「では気になっている人も多いと思うんですけど……ズバリ!」
泉助は尋ねる。
「次は何のレースに出る予定ですか?」
次はどのレースでディープと熱いレースを見せてくれるのか。
そう言うように尋ねる。
だが泉助はその直後に驚かされる事になる。
口を開いたのは文三だった。
「次かぁ。次なぁ。悩んだよ。なやんでさ、二人とも話して決めたんだよ」
次のレースは
「海外に行くぜ」
なんと海外遠征だった。
「ほ、ホンマですか!?」
と興奮気味に尋ねる泉助に対し、文三は一度頷いてからこう続ける。
「あぁ本当だ。もともと海外には行きたいとは思っていたんだ」
思うのは自由だがそうそう簡単には行けない。
そこはレース。
実力が無ければ出られない。
「あれだけの走りをしてくれたんだ。こいつはきっと、世界を狙える。俺はそう信じている」
そう言ってハーツの肩を軽く叩こうとして避けられる。
「そういえばハーツさん。有マの時にネクタイをしていましたけど」
ジャパンカップまではしていなかった青いネクタイ。
当然だ。
レース直前に文三から貰ったのだから。
ちなみにあれは文三がかつてフランスに行き、凱旋門賞を見た際に買った物である。
それをハーツはあの後正式に譲り受け、勝負服として取り入れた。
「あぁ、あのネクタイか。ありゃ……」
なんて言おうか考えるように。
少しだけ上を見上げてからハーツは
「大切なお守りだ」
と言うのだった。
「今日はありがとうございます。それと、最後にひとつ。ハーツさんに」
「俺に?」
「はい。失礼だとは思うんですけど」
泉助の前置きにハーツは、相手が何を言いたいのかを理解した。
「有マ記念の後の事なんですが」
その言葉にあぁやっぱりな、と思う彼女。
ディープがあの後、同期が弱いから今まで勝てたんだと言われたように。
ハーツもいろいろと言われていた。
代表的なのはたまたま作戦がうまく行っただけ。
今回一度だけの
と言われていたのだ。
「その事に関してなのですが」
恐る恐る尋ねる泉助にハーツは
「どうって? 別に気にしてねぇよ」
と、わずかに尻尾を揺らして答える。
「言いたい奴には言わせておけば良い。それで俺の走りがどうこうする訳じゃない。ただまぁ、そうだな……次のレースだ。そこであれがまぐれ勝ちじゃねぇって事を証明する。だから」
スッと泉助を見て言う。
「お前も海外に来い」
「……え?」
突然の言葉に。
「えぇぇぇぇぇっ!?」
まさかの指名に。
泉助は驚きを我慢できなかった。
お読みくださり、ありがとうございます。
みんなそれぞれ次に向かって進んで行きます。
次回もお楽しみに!