2月19日。
『カネヒキリ! カネヒキリです!』
東京レース場で行われたフェブラリーステークスを勝ったのはカネヒキリ。
ジャパンカップダートに続き、2連勝をあげていた。
2着はシーキングザダイヤ。
ユートピアは3着となった。
(思ったより、走れたな……うん。良かった)
と、自分で走りを振り返って思う。
帰ったら改善点の洗い出し。
そして
(次は……)
次走予定の3月25日。
ドバイに向けてのトレーニングだ。
初めての世界での勝負。
ジャパンカップダートで世界のウマ娘と走った事はある。
が、その時は相手がこっちに来ていた。
今回はこちらが行く側だ。
慣れない環境に初めてのコース。
そこで最高のパフォーマンスを発揮する。
世界だからとかは関係無い。
出るからには勝ちたいし、勝つ気で走る。
(それに……)
フーッと息を吐いてから視線を落とす。
見るのは自分の脚。
(もう、時間は無い)
ピークは過ぎた。
おそらく、頂点は過ぎている。
今は調子を合わせているだけ。
世代交代の時は刻々と近づいている。
でも
(その前に。私も……)
限界の壁を。
(超える。超えてやる)
ギュッと。
拳を固く握るのだった。
翌週。
「次こそ勝ぁぁぁつ!」
「次も勝ぁぁぁつ!」
「デビューするんだぁぁぁっ!」
ソングオブウインド。
ハヤテエンペライザ。
ウオッカ。
3人で仲良く併走中だった。
エンペライザの2勝目は諒太のチーム全体の士気を上げていた。
デビューから2戦。
勝ててはいないが掲示板内を維持し、その力を見せているソングオブウインド。
そして春のGⅠに向けてモチベーションの高いエンペライザ。
目指すは春の天皇賞と宝塚記念。
そして最終目標は有マ記念。
絶賛レースに燃えていた。
そしてウオッカ。
デビューを目指してトレーニングに励む彼女。
それぞれの目標に向かって。
3人は走った。
「もう一本行ってくるね」
そう言ってエンペライザは走り出した。
軽やかな足音と風の音が耳に届く。
京都記念を見事勝ったエンペライザ。
勝利に届かなかった昨年。
今年は白星スタートを切れた。
きっと今年は良い事があるだろう。
そう思っていた。
(でもびっくりしたな……)
びっくりした、というのはトレセン学園に帰って来てからの事。
寮に置いておいた水晶玉が割れていたのだ。
幸い綺麗に割れており、細かい破片は無かったので今はテープを張ってくっ付けている。
新しいのを買おうか迷ってはいるが、捨てる気は一切無い。
ただ、割れて以降その水晶は何も映さなくなった。
(結局数字の意味は分からなかったけど、まぁ良いか)
3から始まり、1で終わった数字。
その意味は分からない。
でもそれでも良い。
何かの意味があったかもしれないが、全てが分かるわけではない。
世の中には分からない事の方が多いのだから。
そう思いながら走る。
風を感じながら走る。
芝の感触を感じながら走る。
(にしてもアレは凄かったな)
京都記念でのラストスパート。
サクラセンチュリーを交わしたあの剛脚による強襲。
今までにない走りに、彼女自身びっくりしていた。
だがそれと同時に
(またあの走りができたら……きっと)
ディープの背中に届くかもしれない。
そう思っていた。
だから
(またアレができると良いな)
そう思いながら走る。
今いるステージよりも上へ。
より高みを目指して。
走っていた。
その時だった。
(……?)
右脚にふと。
違和感を感じた。
次の瞬間……
「!? ……ッ! あっ!?」
違和感はピシッという鋭い痛みに変わった。
その痛みは彼女の脚を止めさせ、その場に蹲らせるのに十分だった。
そしてその様子を見たウオッカとソングオブウインドが慌てて駆け出す。
「先輩! 先輩!」
駆け寄り、呼びかけるウオッカ。
だがエンペライザは痛みに顔を歪め、遂には右脚を押さえて横になってしまう。
「先輩! 先輩!」
「待ってて。今人呼んでくるから!」
ウオッカの呼びかけとウインドの走って行く音を聞きながら、エンペライザは痛みに耐え続けた。
「屈腱炎ですね」
エンペライザが病院に運ばれ、検査を終えて。
駆け付けた諒太は主治医から診断結果を聞かされていた。
不治の病と呼ばれ、多くのウマ娘を引退に追い込んで来た。
それをエンペライザは発症したのだ。
「……先生。その、治りますか」
「治りはします。ただ」
屈腱炎は治る。
だが再発率が高い。
治療後にトレーニングを再開したら再発。
トレーニング中に再発しなくとも、レースに復帰して再発するというケースもある。
「日常生活に支障は出ませんが今まで通りの走りは……それこそ前回のような走りはもう……」
はっきりと言わないが、レース復帰は諦めろ。
医師の言葉はそう言っていた。
「……そう、ですか」
やっとの思いで言葉を絞り出す諒太に、医師は言う。
「私から言えるのはここまでです」
「はぁ。ちくしょう……」
なんて言えば良いんだと思いながら病室に向かう諒太。
エンペライザがいる病室が近付くに連れて足が重くなる。
だが止まるわけにはいかない。
こういう事を伝えるのもトレーナーとしての責務だからだ。
(あそこか……)
部屋に着き、ドアをノックして入る。
「トレーナー。先生、なんだって?」
真っ先に聞いて来たのはウオッカだった。
エンペライザが倒れた際、最後まで声をかけ続け、病院まで付き添ってくれていたのだ。
「……その顔。やはり」
と言うのはソングオブウインド。
彼女もまた、付き添いで来てくれていたのだ。
「……エンペライザ。その」
重い口を開く彼に
「トレーナー。覚悟ならできています」
エンペライザが言う。
「先生がなんて言っていたのか。教えて下さい」
諒太の目を見て言う。
そんな彼女に諒太は
「お前はもう走れない」
伝える。
「いや、戻れるかもしれない。でも、この前みたいな走りはもうできない」
その言葉に、一瞬目を見開いてからエンペライザは言う。
「なら、引退。ですね」
「……あぁ」
彼女の言葉に、諒太は静かに頷いた。
あの瞬間、彼女の脚は限界を超えていた。
領域には届かなかったが、確かに限界を超えていた。
あの日1番の輝きを見せた彼女は、この日ターフを去る事を決めた。
ハヤテエンペライザ
屈腱炎により、トゥインクル・シリーズ引退。
戦績 14戦2勝
あの後諒太と少し話したエンペライザ。
彼等が帰った後。
彼女は一人病室で窓の外を眺めていた。
(終わっちゃったか……)
結果的に最後の走りになった京都記念。
後悔の無い走りをできはしたが、心残りが無いわけではない。
それでもマイナスな言葉を口にはしない。
アドマイヤジャパン。
アドマイヤフジ。
ローゼンクロイツ。
ディープインパクト。
名前を挙げたらキリが無い。
彼女達と駆け抜けたクラシックシーズンは楽しかった。
でも
(また、走りたかったな……)
そう思わずにはいられない。
でも
「後は任せたよ」
自分が叶えられなかった、諒太をGⅠトレーナーにする夢。
「後輩」
言葉にはしない。
が、その想いを託すのだった。
「というわけで、エンペライザは引退する事になった」
病院からトレセン学園に戻り、チームメンバーにエンペライザの事を伝える諒太。
「あくまでレースを引退するだけでチームには残る」
これからはサポート側のエンペライザ。
「まずは全員デビュー。ウインドは未勝利戦での勝利を目指して頑張るぞ」
諒太の言葉に、全員が頷いた。
時は流れて3月。
「聞いたよハーツ。ドバイのメンバーに入ったって」
練習用コースの脇で休んでいたハーツに話しかけるのはダイワメジャー。
2月26日に行われた中山記念で2着だった彼女は、次走未定ながら軽く流しに来ていた。
「まぁな。お前は来ないみたいだけどな」
「まぁねぇ。復帰戦で勝ちはしたけどその後が続かないしね……しっかり整えるよ」
「そうかい」
「うん……」
と頷くメジャーが思い出すのは中山記念での事。
中山レース場で行われる、距離1800mのGⅡレース。
今年はバランスオブゲームというウマ娘が勝ったのだが、メジャーに5バ身差をつけていたのだ。
(復帰してだいぶ経つ。あんな離されて終わって……良いわけが無い)
また自分を鍛え直す。
世界への挑戦はそれからだ。
そう言うように彼女はストレッチを終え、コースを走り始めた。
「ふぅむ……」
場所は変わって文三の部室で彼はアルフォンスと共に、ドバイに行くメンバーを確認していた。
今回ナド・アルシバレース場で行われるドバイワールドカップミーティング。
そこで行われるレースの参加メンバーは以下の通りである。
第2レース
ゴドルフィンマイル(GⅡ)
ユートピア
戦績 30戦7勝
前走 フェブラリーステークス(GⅠ)3着
第3レース
UAEダービー(GⅡ)
ガブリン
戦績 8戦3勝
前走 2勝クラス 1着
フラムドパシオン
戦績 5戦3勝
前走 ヒヤシンスステークス 1着
第4レース
ドバイゴールデンシャヒーン(GⅠ)
アグネスジェダイ
戦績 21戦4勝
前走 根岸ステークス(GⅢ)13着
第5レース
ドバイシーマクラシック(GⅠ)
ハーツクライ
戦績 16戦4勝
前走 有マ記念(GⅠ)1着
第6レース
ドバイデューティーフリー(GⅠ)
アサクサデンエン
戦績 26戦8勝
前走 香港マイル(香港GⅠ)6着
ハットトリック
戦績 14戦8勝
前走 中山記念(GⅡ)11着
第7レース
ドバイワールドカップ(GⅠ)
カネヒキリ
戦績 12戦8勝
前走 フェブラリーステークス(GⅠ)1着
スターキングマン
戦績 37戦7勝
前走 フェブラリーステークス(GⅠ)13着
の以上9名。
文三のチームからはハーツクライとユートピア。
デルタブルースがいる鈴墨優のチームからはカネヒキリとハットトリックが出走する。
「今回もハーツは任せてるが調子はどうだ?」
「そうですね……良いとは思います。この前もユートピアと併せをして良いタイムを出していましたし」
「そうか。最後までしっかり頼むぞ」
文三の言葉にアルフォンスは力強く頷いて返す。
そんな部室の壁にかけられたカレンダー。
3月25日の所にはドバイと書かれ、赤いペンでグルグルと丸印が付けられていた。
練習コースで。
「先輩が取れなかったGⅠ……必ず取ります」
「トレーナーをGⅠトレーナーに」
「必ず……」
ソングオブウインド
レジネッタ
ウオッカ
諒太のチームにいる3人は、それぞれ練習をしながら違うのだった。
お読みくださり、ありがとうございます。
離脱者が…
でもその想いは確かに受け継がれました…
次回もお楽しみに!