木曜日。
昼過ぎのトレセン学園。
そのコースをローゼンクロイツとウオッカが併走していた。
3月5日に行われたGⅢ中京記念。
クビ差及ばずの2着だった彼女。
次走は産経大阪杯を目指しており、現在はそれに向けてトレーニング中。
だが現在彼女は、文三とアルフォンスがハーツクライとユートピアと共にドバイに行ってしまったため、諒太のチームと練習をしていた。
(デビュー前でこの走り!?)
ウオッカと併走しながら驚くクロイツ。
だがそれと同時に、シニアクラスの先輩として負けられないと前に出る。
まるで、ついて来いと言うように。
そしてそれに食らいついて行くウオッカ。
そんな二人をディープスカイは木陰で休みながら見ていた。
(先輩達凄いな……)
「隣失礼するッス〜」
そう言いながら隣に座ったのはワンアンドオンリー。
トレーニングメニューをこなして来たのか、額には玉のような汗が浮かんでいる。
「スカイさんは調子どうッスか? 自分はもうバリバリッス! バリバリどこまでも走れそうッス!」
「そ、そうなんだ。私は……ボチボチかな」
グイグイと来るオンリーに苦笑い気味で返すスカイ。
明るくて元気な良い子だと思うと同時に、その元気さに圧倒されていた。
(悪い子じゃないんだけどな……)
そう思う彼女の前を、文三のチームに所属するロジックが駆け抜ける。
昨年10月にデビューしたロジック。
彼女の戦績は6戦2勝。
前走はGⅢのアーリントンカップ。
結果は2着。
次走はニュージーランドトロフィーを目指しており、それはスカイのチームにいるファイングレインと同じだった。
今もファイングレインと併走しているロジック。
同期であり、クラシックレースで競い合う仲である二人が共にトレーニングをしている。
普段はライバルチームだが、走って気づいた事があったり気になる点があればお互いに伝え合う。
レース以外ではライバルであると同時に学友。
そしてお互いに高め合う仲でもあるのだ。
「さて、と……」
土埃を払いながら立ち上がるスカイ。
休憩は終わりだ。
(私も頑張らないと)
まず目指すはデビュー。
それがいつになるかは分からない。
でもそのいつかに向かって彼女は走り出すのだった。
「待つッスー! せっかくだから自分も一緒に走るッス〜!」
追いかけて来るワンアンドオンリーと共に……
場所は変わってドバイ。
日本との時差は5時間。
その地にて
「こっちの芝には慣れたか?」
「あぁ。まぁな」
ジャージ姿のハーツクライはナド・アルシバレース場で走り込みをしていた。
「日本ほどじゃねぇけど、まぁまだ時間は少しある。本番までには慣らすさ」
と文三に返すハーツ。
本番は今度の土曜日。
他のメンバーも使うので練習時間はもう少ない。
それでも
「なら、精一杯相手をしないとね」
ハーツと同じくジャージ姿で現れたユートピア。
それとタイマーを持ったアルフォンスも姿を見せる。
これから始まるのは二人による併走だ。
「よし、次でラストだ!」
彼女達に割り振られた時間的に次がラストだ。
文三の言葉を聞き、右手軽く振って返すハーツ。
そんなハーツと並び、最後の併走を始めるユートピア。
その結果は
(伊達にレコード更新してないわね……)
汗を拭いながらそう思うユートピア。
レコード更新とは、負けはしたがハーツがジャパンカップにて出したタイムの事だ。
併走の結果は凄かった。
ラスト3ハロン。
力まず、リラックスした様子で走ったハーツは33秒台のタイムを出していた。
ちなみにだが昨年の有マ記念でのハーツの上がり3ハロンタイムは35秒。
レコードを更新したジャパンカップの時で34秒4である。
それより早いのは秋の天皇賞の時に出した32秒8である。
(これなら世界ともやれそうだ)
時間が来た事もあり、コースから出ながら思う。
視線の先ではまだまだ走れるといった様子のハーツがいる。
自身に満ちた姿に頼もしさを感じる。
そんな彼女達の進行方向から来る影がひとつ。
(あれは……)
その相手とはウィジャボード。
イギリスから来た、鹿毛色の髪をミディアムボブにしたウマ娘。
昨年のジャパンカップでハーツクライ達と走っており、その際の結果は5着。
だがその次走では見事1着を取っている。
重賞5勝を挙げている、実力のあるウマ娘である。
そしてハーツと同じくドバイシーマクラシックに出走登録している一人である。
そんな彼女はすれ違う際にハーツに一瞥して歩いて行く。
何か言葉を交わすよりも今はトレーニング。
彼女に割り当てられた時間もハーツ達同様に多くはないのだ。
そんな彼女の見るハーツに文三はただ一言。
「行くぞ」
と言うのだった。
その日の夜。
ドバイのホテルの一室に藤井泉助はいた。
世界中のウマ娘と話せるぐらいには語学が堪能な彼は日本から行った9人に加え、各レースに出走する海外勢からもしっかり話を聞いていた。
(にしても……)
取材メモを見る彼の心は、躍るを通り越して震えていた。
日本でも中継が行われるドバイワールドカップミーティング。
行われるのは全部で7レース。
その内5レースがダート。
2レースが芝で行われる。
その7レースの内、日本勢は第1レース以外に出走する。
海を越えて渡った9人の内の二人。
ガブリンとフラムドパシオンは昨年デビューしたばかり。
(まぁ二人とも前走共に1着。まだ断言はできんが実力はあるやろな)
と思いつつ、勝てる自信が無ければ出走させないかと結論付ける。
(にしても……)
気になるのはやはりと言うべきか。
昨年の有マ記念でディープインパクトを下したハーツクライだろう。
こちらに来てのトレーニングの様子から彼女の調子はかなり良い。
そんな彼女を見ているのはアルフォンス。
文三のチームでサブトレーナーをしているが、半ばハーツクライ専属になっている。
そんな彼に対し取材をしても作戦等を話してくれない。
どう聞いてもはぐらかされてしまう。
(何か企んではいるんやろうが……)
不気味なまでにそれを隠し切っている。
それを知りたいと思うと同時に、また有マの時みたいに驚かせて欲しいとも思ってしまう。
そう思いながらメモのページを捲る。
そこに纏められているのは海外勢の事だった。
取材して全員のモチベーションの高さを実感した泉助。
各々自国代表として来ているのだからそれも当然だろうか。
「にしてもウィジャボードも出るとはな」
取材した一人に彼女はいた。
香港ヴァーズ勝者。
日本から出たハヤテエンペライザの追撃を突き放して勝利した彼女。
その戦績は13戦7勝。
内GⅠで4勝を上げており、さらに掲示板外になった事は一度も無い。
そんな彼女がドバイシーマクラシックに出走するのだ。
(GⅠになってからまだ日本勢が勝った事は無い)
最後に勝ったのはGⅠになる前年。
ステイゴールドが勝ったのが最後だ。
そしてそのレースに出るハーツクライ。
(今回勝てばステイ以来の勝利。しかもGⅠなってから初や)
果たして初勝利となるのか。
さらに、と出走メンバーを見て思う。
(今回は文三さんとこから二人出てるしな。両方勝てば芝ダートでの海外GⅠ制覇や。そうなったら盛り上がるな)
そう。
ユートピアが出るゴドルフィンマイルはダート。
ハーツクライが出るドバイシーマクラシックは芝。
共に勝てば偉業として歴史に名を刻むだろう。
だがそれを成すために乗り越えねばならないハードルは高い。
なんせ世界から集まった強豪が相手なのだ。
それこそ簡単に勝てる相手ではない。
きっと激闘が繰り広げられるだろう。
(楽しみや……)
早くレースが見たい。
そう思う泉助なのだった。
その翌日。
ハーツはレース場に来ていた。
本番を控えた彼女は頬に風を感じながら本番で走るコースを見ていた。
(明日、か……)
ついに翌日に迫ったレース。
勝てばチーム初めての海外芝GⅠ制覇。
共に来たユートピアと共に勝てばダートと芝で両方の制覇となる。
泉助が思っていた事を彼女も思っていた。
ついに始まるドバイワールドカップミーティング。
そこに日本代表の一人として出る。
そんな彼女だが、日本を発つ前に手紙をもらった。
その子はウマ娘で、姉と妹がいると書かれていた。
姉と妹はディープのファンでその活躍に目を輝かせ、テレビに夢中になって見ていたと。
そんな時だった。
昨年の有マ記念を見たのは。
ハーツの走りを、勝ちを見て思ったと言う。
偉大なウマ娘になると。
(偉大なウマ娘……か)
確かにハーツは名を歴史に刻むだろう。
無敗の三冠ウマ娘を退け、有マ記念を制したウマ娘として。
そんな自分を彼女は偉大なウマ娘と言った。
初めてその手紙を読んだ時はこそばゆさを感じたが、同時に嬉しかった。
その後ハーツは相手に返事を書いた。
時間も少なかったので簡単にだったが、手紙のお礼を記して送った。
その事を少し思い出していた。
(あの子も見てくれるだろうか)
おそらく中継されるだろう。
それを手紙の送り主は見るだろうか。
もしそうなら
(なおさら負けられないな)
海外GⅠ制覇も重要だ。
最強を示すのも重要だ。
だが一番はやはりファンの期待に応える事だろう。
そのためにも
(明日は勝たねぇとな)
芝2400mで勝つと誓う。
自分を偉大なウマ娘と呼んでくれた彼女のためにも。
そう胸に刻み、彼女はレース場を後にした。
そして。
ドバイワールドカップミーティング当日を迎えた。
お読みくださり、ありがとうございます。
次回もお楽しみに!