ついに始まったドバイワールドカップミーティング。
第1レースからおおいに盛り上がった。
その中継を日本で見ているワンアンドオンリーは
「先輩が走る! 次走る!」
とユートピアの出る第2レースが始まるのを今か今かと楽しみにしており、手作りの団扇を両手に持っていた。
また共に栗東寮で見ている友人達も盛り上がりがすごい。
全7レース中6レースに日本から行ったウマ娘が出走する。
友人が世界で走るのだ。
注目しないわけがなかった。
「世界に見せたれー!」
「盛り上がってまいりましたー!」
「ピザ焼けましたー!」
すっかりお祭り騒ぎである。
かなり賑やかだが、寮長のフジキセキは今日くらいはと言った感じだ。
普段ならば夜にピザは避ける子達も今日は特別と言う感じだ。
そんな彼女達が見るテレビ。
その中継先では……
「……と、言うわけだ」
控え室で作戦の確認をする文三とユートピア。
新調した勝負服を着ながら文三の話を聞くユートピア。
「ま、と言っても予定通りに行くとは限らんからな。最後の判断はお前に任せる」
作戦はあくまで作戦。
その時その時の状況に合わせて臨機応変に。
ユートピアが一番走りやすいように走れと。
「全てを出し切って来い」
文三が言うとユートピアは肩越しにただ簡潔に
「行って来ます」
と言って部屋を出た。
その後スタンドに移動した文三。
すでにウマ娘の本バ場入場が始まっている。
今回出走するのはユートピア含めて10人。
紹介のアナウンスが行われている。
(頑張れよ)
と応援していると
「いよいよ始まりますな〜。文三さん」
手にカメラを持った泉助がやって来た。
そこから泉助はユートピアの調子等を尋ね、文三もそれに答えた。
そして最後に
「そんじゃまた。次はウイナーズサークルで会いましょ」
と言い、写真を撮るのにベストなポジションに移動しようとする泉助に文三はこう言った。
「あぁそうだな。2回会おうな」
その言葉に泉助は文三の自信を感じ取るのだった。
場所は変わってスタート地点のゲート前。
ユートピアの枠は1番内側の1番となった。
(行ける。行ける。行ける。私なら)
最後に軽くストレッチをしながらユートピアは自分に言い聞かせる。
(行ける)
9人のライバル。
それも普段とは違い、海を越えて集まったライバル。
世界の強豪との競い合い。
果たして自分は勝てるだろうか。
気を抜けばすぐそんな思いが顔を出す。
すでにピークは過ぎた。
全盛期の頃の力はもう無い。
それでも出るレースでは全力を出した。
掲示板に入れる時もあれば二桁順位だった時もあった。
その全てが懐かしい。
その時だった。
一陣の風が吹き抜け、勝負服の裾をバタバタと暴れさせた。
(風は良いな)
誰にも追いつかれない速さを持つ風にふと思う。
その時だった。
(……あぁ、そうか)
何か閃いたように。
何かに気づいたように。
目を僅かに見開く。
(そうか。そうだね)
今度は目を細めてスタンドの方を見て彼女は思う。
(うん。全部……全部出し切るよ)
直後、ゲート入りを係員から伝えられた彼女は静かに一歩。
その足跡を刻むように。
力強く踏み出した。
(さて、どこまで通用するか)
ゲート入りするユートピアを見て文三は彼女の戦績を思い出す。
30戦7勝。
掲示板入りは22回。
3着以内は14回。
前走のフェブラリーステークスは3着。
力はある。
文三はそう思っている。
だから今回の出走にゴーサインを出した。
(大丈夫。お前なら勝てる)
1番近くで見てきたから。
(全部出し切って)
自信を持って言う。
「行ってこい。ユートピア」
担当ウマ娘の名前を呟いた瞬間。
ゲートが開いた。
ゲートが開いて直線。
先頭を行ったのはユートピアだった。
(これで良い)
出遅れずにスタートを切れた彼女は迷う事なく前へと出た。
というのも彼女が挙げた7勝の内5勝が逃げてのものだったのだ。
さらに4勝の距離は今回と同じ1600m。
さらに5勝は同じく左回りで挙げている。
相性の良い条件に彼女は逃げを選択したのだ。
そんな彼女を
(飛ばすねぇ)
(ま、お手並み拝見)
(ペースメーカーにさせてもらいますか)
と思いながら追うライバル達。
だがそんな事知らんと言うように走るユートピア。
そのフォームはブレが少なく綺麗だ。
そのまま長い長い直線を最終コーナーに向けて走る。
(まだだ。仕掛けるのはまだ)
そう思うのは2番手を走るシャモーン。
(このまま飛ばしても最後まで続かないはず)
と3番手のマーブッシュは機を待つ。
そして全員が同じ事を思っていた。
それは、自分が勝つ。
ただそれだけだった。
そうしてユートピア先頭のまま最初の直線が終わってコーナーへ。
このコーナーを抜ければ残り600mの直線がゴールまで続く。
(さぁ、ここから!)
走る全員がそう思った。
ユートピア本人もそう思いながらライバル9人を引き連れるように先頭を走り続ける。
走りながら気づけば彼女は今までの事を思い出していた。
(あぁ、そういえば……)
いろいろと諦めてきた。
中央トレセン学園に入り、文三のチームに入った彼女。
目指すはもちろん歴史に名を刻む事。
その他にもクラシック三冠や有マ記念に出るなど。
いろいろあった。
そんな彼女が迎えたデビュー戦。
芝1400mで行われたそれの結果は5着。
次走はダートの1400mに出た。
その結果は1着。
2着に9バ身差をつけての圧勝だった。
それから文三は彼女にはダート適性があると判断してダート路線を進ませる事にした。
続くシクラメンステークスでは2着相手に6バ身差での1着。
次走の全日本ジュニア優駿では3番人気のエースインザレースに4バ身つけての1着だった。
その後毎日杯とNHKマイルカップと芝レースに続けて出るも、掲示板入りはできても勝てず。
NHKマイルカップで4着を取った際、ダービーへの道が閉ざされた事に彼女は落ち込んだ。
そして再びダートに戻して出たユニコーンステークスでは1着。
2着相手に5バ身とまた圧勝してみせた。
続くジャパンダートダービーではビッグウルフにゴール前で差し切られてハナ差の2着。
だが次走のダービーグランプリではそのビッグウルフ相手に逃げ切って4バ身差つけての1着。
見事リベンジを果たした。
だが次走とその次は二桁順位。
その後の2走は3着と8着。
芝路線に変えて挑んだダービー卿チャレンジでは2番人気を得るも7着。
安田記念では10番人気だったが4着と好走を見せた。
次走も芝のレースに出るも5着。
そして再びダート路線に戻して挑むマイルチャンピオンシップ南部杯。
そこで久しぶりの勝利を挙げた。
だが、翌年のマイルチャンピオンシップ南部杯を連覇するまで1着を取れなかった。
その連覇をした後も4走するも勝てずだった。
多くの夢を諦めてきた。
後輩達の夢を応援してきた。
ハーツもその一人だ。
自分が出られなかったクラシック三冠レースに出る彼女を見送って来た。
有マ記念に出る背中を見送って来た。
昨年の有マは凄かった。
自分もあんな凄いレースをしたいと思った。
そんな彼女に文三は言った。
全てを出し切って来いと。
だから出し切る。
今まで学んできた事もそれ以外も。
全てを出し切る。
(来た……)
コーナーの終わりが見えて来た。
(あと600……)
後続がペースを上げたのが伝わってくる。
(ここから……)
嬉しかった思いも。
悔しかった思いも。
全てを力に変えて。
一切の出し惜しみはしない。
(本当の勝負は……)
ピリピリとした何かを感じ
(ここからだ!)
その何かが弾けた。
残り600m。
ゴールへと続く最終直線。
「……は?」
「ウソでしょ……」
2番手を走っていたシャモーンと3番手を走っていたマーブッシュは思わずそうこぼしていた。
前を走っていたユートピアを交わし、自分が先頭に立とうとギアを上げた。
確かに上げたはずだった。
だがどういう事か差が縮まらない。
マーブッシュがシャモーンを交わして2番手になり、追い上げるも前との差が縮まらない。
いや、縮まるどころか2バ身3バ身と広がっていくのだ。
(どうなっている……なんで、なにが!)
何が起きていると思わず尋ねたすなる。
叫びたくなる。
逃げて先頭を走っていたユートピアがさらにペースを上げる。
脚の回転が上がる。
地を蹴る力が上がる。
「ハァ、ハァ、ハァ……クソッ。このっ、はぁ……はぁっ」
懸命に追いかけるも差はどんどん広がっていく。
それはさながら、広い砂漠の中見つけたオアシスに向かって歩くも辿り着けないよう。
まるでそこにいないように。
幻なのではないかと。
自分は追いつけないのではないかと。
そう錯覚してしまうほどの剛脚を発揮するユートピア。
さらに後ろではジャックサリヴァンがシャモーンを交わして3番手に上がって来る。
前は差を広げ、後ろは差を縮めて来る。
(負けるかぁぁぁぁぁっ!)
懸命に脚を動かすマーブッシュ。
前へ前へと踏み出す。
だが
だが
(あぁ、この感覚……)
先頭を走るユートピアは、まるで世界が自分一人きりになったかのように感じていた。
静かだ。
感じるのは頬を撫でる風。
耳に聞こえる風の音。
極限まで高まった集中状態。
あの有マ記念でハーツクライが到達したのと同じ。
領域に彼女も到達したのだ。
それにより発揮される剛脚。
「あぁ……あぁ。良い。良い!」
前傾姿勢で。
腕を振って。
地を蹴って。
駆けながら。
彼女は確かに笑った。
頬を引き上げて。
笑う。
なんの感情もない。
ただ自然に生まれた純粋な笑み。
その笑顔とはまさに真逆。
ライバルからすれば凶悪なまでの剛脚により、差がさらに広がって行く。
後続が懸命にその背を追いかける。
地を蹴って追いかける。
歯を食いしばって追いかける。
雄叫びを上げながら走る者もいた。
だがその全ての一切が。
ユートピアの耳には届かない。
領域にたどり着き、極限の集中状態になった彼女には届かない。
そして、そして。
そのまま。
「行け……行け!」
文三が見守る中。
彼女は先頭でゴール板を駆け抜け、逃げ切ってみせた。
その結果を控え室で聞いたハーツ。
「そうか。勝ったか」
その報せにまず笑みがこぼれる。
だがすぐに表情を引き締める。
次は俺が勝つ番だと言うように。
「負けねぇからな」
そう決意を口にしながら、ギュッと右手を握った。
お読みくださり、ありがとうございます。
次回もお楽しみに!