ユートピアの勝利で始まった日本勢のドバイワールドカップミーティング。
この流れによって快進撃が始まる。
そう思っていた。
だがその結果は
第3レース
GⅢレースのUAEダービー。
ダート1800mの結果。
フラムドパシオンが3着。
共に走ったガブリンは7着。
続く第4レース
GⅠレースのドバイゴールデンシャヒーン
ダート1200で行われた結果。
アグネスジェダイは6着。
というものだった。
「すごい……」
学園の寮で中継を見ながら誰かが言った。
代表として己が国を背負い、その地に立った。
全力と全力をぶつけ合い、勝った者がその賞賛を一身に浴びる。
ユートピアがそうだったように。
第3、第4レースの勝者に惜しみない拍手が送られる。
その光景に。
敗れた者は健闘を讃えて拍手を送る。
(これが世界レベル……)
中継を見て。
中には言葉を失う者がいた。
中には興奮する者がいた。
そんな生徒達の中で彼女は思う。
果たして
(し、師匠は……)
世界を相手に
(勝てるんスか……)
と。
自称ハーツクライの弟子であるワンアンドオンリーは思ってしまった。
いや、嫌でも思ってしまう。
その世界の壁の高さに。
レベルの高さに。
いつもなら勝てると。
平気だと。
そう言えるのに。
実際に競い合ったわけでもないのに分かってしまう。
そしてそれは彼女も同じだった。
(分かってはいたが……)
場所は変わってドバイ。
控え室で着替えを済ませたハーツクライは前走の様子を見て、改めて世界のレベルに震えていた。
ジャパンカップで世界のウマ娘と走った事はある。
初めてのジャパンカップは10着だった。
去年出た2度目のジャパンカップはハナ差及ばすの2着。
世界のレベルを間近で見た。
だがそれは走り慣れた日本での事。
今回は逆。
慣れない地でのレースとなる。
(あの時とは何もかもが違う……)
そう思いながら控え室を出る。
初めての海外戦。
多くの歓声に出迎えられて。
彼女はその舞台へと上がった。
数えきれないほどの人がいた。
頭上には夜空。
そして自分達を照らす照明。
ついに来たのだと実感する。
世界の舞台に立ったと。
今日までの戦績は16戦4勝。
昨年の戦績は6戦1勝。
戦績だけ見ればパッとしないだろう。
だがその1勝が大きい。
無敗の三冠ウマ娘を破っての1勝。
そしてその1勝は、ハーツクライにとってGⅠでの初勝利だったのだ。
力を見せた勝利。
だがその勝利はこう言われた。
奇策によるまぐれ勝ち、と。
それに対して彼女は何も言わなかった。
ただ、言わなかったからといって何も思わないわけではなかった。
自分はあの時出せる全力を出したし、相手もそうだった。
全力同士のぶつかり合いをしたのだ。
それをまぐれで片付けるのは、相手にとっての最大の侮辱だと思った。
だからここに来た。
文三達から話を聞いた時。
決めたのだ。
自分の実力を示し、あの勝利がまぐれではないと証明するために。
文三をはじめ、自分の力を信じてくれたチームのメンバー。
応援の手紙をくれたファン。
もっと走りたかったはずなのに途中で離脱したライバル達。
その者達の想いも背負っている。
が、彼女の背中を押した者は他にもいる。
ただ、その者に実際に会ったわけではない。
その者について書かれた本を読んだのだ。
その者とはすでに引退したとあるウマ娘。
ある年に行われた日本ダービーに出走し、ハイセイコーを下して勝利した。
その時にこう言われたのだ。
まぐれ勝ちだ、と。
それに対しトレーナーはもう反論。
そして彼女にこう言ったのだ。
菊花賞を勝ってダービーがまぐれじゃないって見せてやろうと。
そうして菊花賞勝利を目指し、それを果たした。
その本を読んだ時、ハーツは自分と同じだと思った。
自分も、本のウマ娘も。
当時話題の中心になっていたウマ娘を倒し、その勝利をまぐれと言われた。
(そうだよな……)
歓声に出迎えられてながら思う。
(勝てば良い)
ライバル達を見て思う。
(勝って証明すれば良い)
スタンドから自分を映すカメラを見て思う。
(もう二度と)
次に文三とアルフォンスを見て
(まぐれなんて言わせねぇ)
固く。
固く誓って。
ゲートへと向かう。
13人のライバル達が待つゲート。
ハーツが入るのは外から2番目。
ゲートに入り、後ろが閉められる。
目を閉じて一度だけ深呼吸し、昂りを鎮める。
(大丈夫……俺は)
目を開け、スタートの体勢を取る。
(強い)
その直後。
ゲートが開き、ドバイシーマクラシックの始まりを告げた。
スタートの出を見てアルフォンスは悪くないと思った。
そんな彼らが見守る中、ハーツは加速していく。
そして彼女が立ったのはなんと先頭だった。
前回の有マで見せた先行策ではなく、逃げとなったのだ。
それを見て文三は驚きを隠せない様子だったが、アルフォンスは違った。
「よし、行け」
先頭を走るハーツを見て。
静かに。
そして確かに。
彼は呟いた。
(さぁて。こっからどうするか……)
リラックスした様子で先頭を走るハーツクライ。
ただ、当初想定していた展開との違いに、作戦の練り直しをしていた。
有マでの走りから積極的に前に行こうと考えていたハーツ。
さらに練習で走っているとはいえ慣れないコース。
そして一定のペースで走る方が得意な彼女。
その事からアルフォンスとの作戦会議で、前にポジションを取って挑むと決まった。
が、自分が一番前になるのは想定外。
だがなってしまったものは仕方がない。
彼女はポジションを下げず先頭を走り、レースを引っ張った。
そしてそのまま先頭をキープし、レースは最終局面へと突入する。
第4コーナーを過ぎ、ゴールへと続く直線。
後続もスパートをかけ、先頭へと迫る。
その背中に。
昨年の同レース3着のコリアーヒルが迫る。
「ハアァァァァァッ!」
文字通りの全身全霊。
己が持つ全てを吐き出して駆けるコリアーヒル。
彼女だけではない。
他のライバル達も全力を発揮する。
その結果、中には領域の扉を開きかけた者もいた。
だがそれは閉ざされる事になる。
「さぁ行くぞ」
その扉を閉ざすのは
「世界を獲りに」
アルフォンスの言葉に合わせるように領域に突入したハーツクライだった。
その走りに後続は驚愕した。
ずっと先頭を走っていたハーツ。
最後の直線勝負になってもその勢いは衰えず、むしろ上がっている。
さらにグングンと加速するハーツ。
(な、なんだこの走りは……)
そう思ったのは2番手を走っていたコリアーヒル。
領域に入って仕留めようとしていた彼女。
だがその彼女の前で領域に入ったハーツ。
黒い炎と黄金色の稲妻を纏っての豪脚。
実際に纏っているわけではないが、領域に入れる者。
またその可能性を秘めている者にはそう見えた。
そしてそんな、先頭を走るハーツはというと
(まだだ。まだ足りねぇ……)
満足していなかった。
(もっとだ)
更なる先を求めて。
(もっと速く)
更なる上を求めて。
あの時の勝利を。
真剣勝負を。
もう二度と。
絶対に。
まぐれなんて言わせないために。
(俺の力を証明するために!)
彼女の強い意志が。
領域を底上げする。
(は、はは……なんだよ、あれ)
2番手を走るコリアーヒルはハーツを見て思わず笑いそうになった。
黒かった炎が紫に変わる。
紫の炎と黄金色の稲妻。
その様子に文字通り圧倒される。
(それでも!)
負けるわけにはいかないと、自分も負けじと領域へと入るコリアーヒル。
昨年の無念を晴らすため。
勝利を手にするため。
ハーツを捉えんと。
差し切ろうと。
追いかける。
だが。
だが。
「ッ!?」
届かない。
むしろ距離が開いていく。
(なんで……)
その目の前で。
ハーツの炎が青へ変わった。
(あぁ、世界ってやっぱすげぇな)
領域に入ったコリアーヒルの前を走らながら。
ハーツは素直に。
純粋にそう思っていた。
そもそも国を代表して来ているのだ。
弱いはずがない。
だが。
だからと言って負けられる理由にはならない。
だって自分も国を代表して来ているのだから。
いや、それだけではない。
無敗の最強に黒星を与えた。
その前には負けはしたがライバルと共にレコードを塗り替えた。
そしてなにより、大王の背を追い続けた。
その脚で
「負けるわけにはいかねぇんだよ」
その言葉と共に。
彼女の領域はさらに昇華し、紫の炎は青い炎へと変わる。
有マ記念の時よりも研ぎ澄まされた領域。
極限の集中状態によって引き出される剛脚。
それにより後続との距離をどんどんと開いていく。
2バ身3バ身では終わらない。
4バ身5バ身と広げていく。
そして
「うおォォォォォッ!」
一度も先頭を譲らぬまま。
ゴール板前を駆け抜けた。
5バ身ほど離れていた差は最後にコリアーヒルが意地を見せ、4と1/4バ身に縮めていた。
それでも初めての海外レースでの圧勝だった。
ゴールの後。
スタンドから大歓声が。
そしてターフでは共に走ったライバル達から勝利を讃える拍手がハーツに送られる。
それにより改めて自分が勝った事を実感したハーツは、力強くその右手を空へと掲げた。
(俺、やったぞ……)
その口元には微かに。
だが確実に。
笑みがあった。
お読みくださり、ありがとうございます。
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