眠りとは、人間にとって最も自然で当然な行為です。 しかし、深い眠りの中に潜む未知の世界は、時には恐ろしいものとなり得ます。

1 / 1
眠りの囁き 

 

時計の針が夜中の2時を指していた。志保はソファに横たわり、うつろな目で天井を見つめていた。最近、眠ることが恐ろしくなっていたのだ。眠りに落ちるたび、彼女の夢はどこか不穏なものに支配されていた。

 

最初の異変は一週間前に起きた。志保はベッドに入った途端、何者かが部屋に入り込むような錯覚を覚えた。気のせいだと自分に言い聞かせて眠りについたが、その夜から毎晩、同じ夢を見るようになった。夢の中で、志保は暗闇の中、見知らぬ部屋に立っている。部屋には窓がなく、閉じ込められたように四方が壁に囲まれている。唯一の出口は重く閉ざされた木の扉だけだった。

 

ある夜、夢の中で志保はその扉に向かい、恐る恐る手をかけた。すると、背後から何かが近づく気配がした。振り返ると、黒い影がじっとこちらを見つめている。顔のないその影が、彼女に向かって手を伸ばしてくると、志保は悲鳴をあげて目を覚ました。

 

夢から醒めたはずなのに、心臓の鼓動は激しく、息も荒い。しばらくの間、志保は現実と夢の境目がわからなくなっていた。

 

「これはただの夢じゃない……」

 

彼女はそう確信していた。夢の中で感じる恐怖はあまりにも現実的で、体に染みつくようだった。それでも、日々の疲れから逃れられない志保は、眠らないわけにはいかなかった。

 

数日後、志保は友人の美咲に相談することにした。美咲は霊感が強いと言われており、何か助言をくれるかもしれないと期待していた。

 

「夢の中で、何かが近づいてくるのを感じるの。顔もない影が私を見つめてるのよ」

 

志保の話を聞いた美咲は、眉間にしわを寄せて真剣な表情を浮かべた。

 

「志保、それは夢じゃないわ。もしかしたら、“眠りの精”があなたに取り憑いているのかもしれない」

 

「眠りの精?」

 

美咲は頷いた。

 

「人間の眠りを操る霊的な存在よ。疲れ切った人間の魂を引き寄せ、夢の中で徐々に取り込んでいくの」

 

美咲の言葉に、志保の体が震えた。そんな話を聞くのは初めてだったが、妙に納得がいく気がした。あの夢は、彼女の精神を蝕んでいるような感覚が確かにあったからだ。

 

「じゃあ、どうすればいいの?」

 

「簡単ではないけど、眠りの精が取り憑いたなら、きっと夢の中でそれに立ち向かうしかない」

 

その夜、志保は再び夢の中で同じ部屋に立っていた。いつものように暗く、閉塞感が漂う空間だが、今回は意を決して扉の方に向かって歩き始めた。恐怖に震える心を抑えながら、志保は扉を強く押し開けた。

 

扉の向こうは暗闇だったが、奥から声が聞こえた。

 

「お前は逃げられない……」

 

その声はまるで彼女の内面をえぐるような囁きで、脳裏に直接響くようだった。

 

「私はここから出る!」

 

志保は叫び、暗闇の中に踏み込んだ。すると、黒い影がすぐに現れ、彼女に手を伸ばした。影の手は冷たく、触れられただけで体が凍りつくようだった。しかし、志保は必死に抵抗し、影を振り払おうとした。

 

その瞬間、彼女は目を覚ました。いつものベッドの上で、息を荒げながら志保は自分が無事であることを確認した。しかし、安堵したのも束の間、腕には影の手形のような痣が残っていた。

 

彼女はその痣を見つめ、背筋が凍る思いをした。影は、夢だけの存在ではなかったのだ。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。