時計の針が夜中の2時を指していた。志保はソファに横たわり、うつろな目で天井を見つめていた。最近、眠ることが恐ろしくなっていたのだ。眠りに落ちるたび、彼女の夢はどこか不穏なものに支配されていた。
最初の異変は一週間前に起きた。志保はベッドに入った途端、何者かが部屋に入り込むような錯覚を覚えた。気のせいだと自分に言い聞かせて眠りについたが、その夜から毎晩、同じ夢を見るようになった。夢の中で、志保は暗闇の中、見知らぬ部屋に立っている。部屋には窓がなく、閉じ込められたように四方が壁に囲まれている。唯一の出口は重く閉ざされた木の扉だけだった。
ある夜、夢の中で志保はその扉に向かい、恐る恐る手をかけた。すると、背後から何かが近づく気配がした。振り返ると、黒い影がじっとこちらを見つめている。顔のないその影が、彼女に向かって手を伸ばしてくると、志保は悲鳴をあげて目を覚ました。
夢から醒めたはずなのに、心臓の鼓動は激しく、息も荒い。しばらくの間、志保は現実と夢の境目がわからなくなっていた。
「これはただの夢じゃない……」
彼女はそう確信していた。夢の中で感じる恐怖はあまりにも現実的で、体に染みつくようだった。それでも、日々の疲れから逃れられない志保は、眠らないわけにはいかなかった。
数日後、志保は友人の美咲に相談することにした。美咲は霊感が強いと言われており、何か助言をくれるかもしれないと期待していた。
「夢の中で、何かが近づいてくるのを感じるの。顔もない影が私を見つめてるのよ」
志保の話を聞いた美咲は、眉間にしわを寄せて真剣な表情を浮かべた。
「志保、それは夢じゃないわ。もしかしたら、“眠りの精”があなたに取り憑いているのかもしれない」
「眠りの精?」
美咲は頷いた。
「人間の眠りを操る霊的な存在よ。疲れ切った人間の魂を引き寄せ、夢の中で徐々に取り込んでいくの」
美咲の言葉に、志保の体が震えた。そんな話を聞くのは初めてだったが、妙に納得がいく気がした。あの夢は、彼女の精神を蝕んでいるような感覚が確かにあったからだ。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「簡単ではないけど、眠りの精が取り憑いたなら、きっと夢の中でそれに立ち向かうしかない」
その夜、志保は再び夢の中で同じ部屋に立っていた。いつものように暗く、閉塞感が漂う空間だが、今回は意を決して扉の方に向かって歩き始めた。恐怖に震える心を抑えながら、志保は扉を強く押し開けた。
扉の向こうは暗闇だったが、奥から声が聞こえた。
「お前は逃げられない……」
その声はまるで彼女の内面をえぐるような囁きで、脳裏に直接響くようだった。
「私はここから出る!」
志保は叫び、暗闇の中に踏み込んだ。すると、黒い影がすぐに現れ、彼女に手を伸ばした。影の手は冷たく、触れられただけで体が凍りつくようだった。しかし、志保は必死に抵抗し、影を振り払おうとした。
その瞬間、彼女は目を覚ました。いつものベッドの上で、息を荒げながら志保は自分が無事であることを確認した。しかし、安堵したのも束の間、腕には影の手形のような痣が残っていた。
彼女はその痣を見つめ、背筋が凍る思いをした。影は、夢だけの存在ではなかったのだ。